《イーリアス》


怒りを歌え、ムーサよ、ペーレウスの子アキレウスの怒りを・・・


 『イーリアス』とは、「イーリオスの歌」の意味。イーリオス(後世ではイーリオンの表記が一般的)とはトロイアの都の名前。いわゆる「英雄時代」の最後を飾る大戦、トロイア戦争を描いている。この名高い戦争が、一人の羊飼いの、「今の恋人より、絶世の美女のほうがいいな」という欲から生まれたというのは何ともはやな感じだが、事実だからしょうがない。
 この作品がトロイア戦争の最後までを歌わないのは、叙事詩の冒頭にあるごとく、「ペーレウスの子アキレウスの怒り」を主題にしているため。第一歌でアキレウスとアガメムノンが対立し、ついにアキレウスが激怒して陣屋に籠ってしまう場面から始まり、パトロクロスがヘクトールに殺されるに及ぶと、怒りの矛先はアガメムノンからヘクトールに向く。そして最後の第二十四歌にて、老王プリアモスの嘆願によりようやく怒りの心を解いたアキレウスがヘクトールの遺体を返還し、彼の葬儀が営まれたところでこの叙事詩は終わる。


◇まずは

*トロイア王家について


◇戦いの前に

*こいつらが元凶だ!・・・パリスとヘレネーについて

*イリオン遠征1年目〜9年目

*別伝:第一次イリオン遠征について

*遠征10年目:アキレウスの怒り(第一歌〜第二歌)


◇両陣営の主な将(第二歌494−877行)

*ギリシア軍(軍船表)

*トロイア軍


◇戦闘開始(10年目の数日間)

*第1日、その1:メネラオスとパリスの一騎打ち

*第1日、その2:誓約の破棄、両軍激突!

*第1日、その3:ディオメデス、武勇を轟かす

*第1日、その4:トロイア、苦戦に陥る

*第1日、その5:ヘクトールVS大アイアス、そして第1日の終わり
*第3日、その1:大激戦!

*第3日、その2:防壁の攻防

*第3日、その3:船陣脇の戦い

*第3日、その4:神々の策略。アカイア勢、押し返す

*第3日、その5:トロイア勢反撃、大アイアス奮戦

*第3日、その6:パトロクロス出撃

*第3日、その7:遺体の争奪

*第3日、その8:アキレウス、大いに嘆く

*第2日、その1:天秤、トロイア方に傾く

*第2日、その2:アキレウス、和解を拒絶する

*第2日、その3:間者の派遣、そして第3日の朝

*第4日、その1:アキレウス、出陣!

*第4日、その2:神々の介入

*第4日、その3:スカマンドロス河畔の戦い

*第4日、その4:アキレウスVSヘクトール
*『イーリアス』エピローグ:
パトロクロスの葬送競技、ヘクトールの遺体引取り

*おおっと*
*以下、トロイア戦争に関するいくつかの作品について*


◇クイントゥス(コイントス)の叙事詩

クイントゥスは三世紀の小アジア・スミュルナの詩人。
ギリシア語圏の人間なので、ギリシア語形の「コイントス」と呼ぶのが正確だが、
ラテン語形の「クイントゥス」との表記が一般的?
彼は『イーリアス』以後のトロイア戦争のエピソードをまとめた唯一の叙事詩を残している。
ギリシア語、全十四巻。
彼の叙事詩には正式な題名はなく、古代から中世にかけては、
「ホメロスの続き(タ・メタ・トン・ホメーロン)、
あるいは「ホメロス以後の事々(ポストホメリカ)」
と便宜的に呼ばれていた。

1.トロイアの救援

2.アキレウスと大アイアースの死

3.ネオプトレモス参戦
4.ピロクテーテースの復帰とパリスの死

5.木馬作戦

6.トロイアの陥落、アカイア勢の帰国

ホメロス以降、トロイア戦争の全てを補完すべくいくつかの叙事詩が作られた。
これらは一括して「叙事詩環(エピコス・キュクロス)」と呼ばれている。
これらすべては散逸して現存せず、九世紀のビザンティンの学者ポティオスが、
五世紀のプロクロス作といわれる『文学便覧』より抜粋した記述により、かろうじてその内容が知られる程度。

1.『キュプリア』(十一巻)・・・ペーレウスとテティスの婚礼の場における三女神の口論から『イーリアス』開始直前まで
2.『アイティオピス』(五巻)・・・ペンテシレイア来援からアイアスとオデュッセウスの争いまで(あるいはアイアスの自殺まで)
3.『小イーリアス』(四巻)・・・パリスの死からトロイアの陥落まで。2、4との内容重複が多い。
4.『イーリオスの陥落』(二巻)・・・木馬作戦に始まるトロイア陥落について。
5.『帰国物語(ノストイ)』(五巻)・・・オデュッセウスのそれを除くギリシア勢の指揮官たちの帰国物語
6.『テレゴネイア』(五巻)・・・オデュッセウスがキルケーとの間に生まれた子テレゴノスの手にかかって死ぬ顛末を描く

クイントゥスは、2〜4そして5のごく一部についてのエピソードを取捨選択吟味し、一つの作品にまとめあげている。


◇プリュギア人ダーレスによるトロイア滅亡のヒストリア

 この文献の前文には、
これはプリュギア人ダーレスが書いたトロイア戦争に関する歴史(ヒストリア)を、
ギリシア語からラテン語に訳したものと書かれている。
ダーレスはトロイア方の軍務につきアンテノールに仕えていたことが本文中に記されており、
つまり、これはトロイア戦争の当事者による記録という触れ込み。
この文献の訳者は、これとホメロスとどちらがより忠実に歴史を書き記しているか、
それはもちろんこちらである、と誇っている。

 この書物が真実「トロイア戦争に参加したプリュギア人ダーレス」の手になるものか、というともちろんそんなわけはない。
二、三世紀ごろにギリシア語散文で書かれ、六世紀ごろにラテン語に翻訳されたと推定されている。
しかし、その歴史的叙述ゆえに後世これを典拠としたロマンスが作られ、
さらにそれから内容を発展させていきながら、中世のトロイア戦争物語流行へとつながっていった。
 中世は、歴史的叙述に重点を置いたダーレス(他にも、あるいはディクテュスの『トロイア戦争日誌』)に発する物語のほうが、
神話的要素を含んだホメロスよりも重んじられていた。
この流れは、十八世紀以降のホメロス研究の隆盛、
そしてダーレスやディクテュスに対する偽作説の提起に及び逆転し、今に至る。

*内容

アルゴナウテース遠征に始まるギリシアとトロイアの確執から語り起こし、
トロイアの滅亡までを簡潔な記述で一気呵成に描いている。
神話的要素を徹底的に排除しているためホメロスとはかなり話の筋が異なっており、
木馬すら登場しない。
読んでいると、「どいつもこいつもバカばっかし」という気分になる。


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参考文献:

ホメロス『イリアス』 松平千秋 訳(岩波文庫)
『ギリシア・ローマ神話辞典』 高津春繁 著 (岩波書店)
クイントゥス『トロイア戦記』松田治 訳(講談社学術文庫)
『ディクテュスとダーレスのトロイア戦争物語』 岡三郎訳・解説(国文社・トロイア叢書1)