パトロクロスの葬礼競技、
ヘクトールの遺体引取り


◇パトロクロスの火葬と葬礼競技(第二十三歌)

 トロイアが悲嘆に暮れる中、アカイア勢は船陣に戻ってきた。
各人は船へと戻っていったが、アキレウスはミュルミドーン勢を集めてパトロクロスの死を悼み哀哭する。
アキレウスはヘクトールを辱めるためにその遺体をメノイティオスの子の担架の横の土砂の中へ仰向けにして寝かせ、
そして将領一同に食事を振舞った。
 将領たちはアキレウスが血塗れの身体を洗わないのでアガメムノンに説き伏せてもらおうとしたが、
アキレウスは、パトロクロスの葬儀が終わるまではこの身を洗うことはない、と言い切り、
アガメムノンに火葬のための薪を調達してほしい、と頼む。
 その夜アキレウスは砂浜で横になっていたが、ふと眠りに着いた時、悲運のパトロクロスの亡霊が現れた。
その姿は生前のままであった。
 パトロクロスは自らの葬儀を行ってほしいと告げ、最後に、自分の骨はアキレウスのそれとともに納めてほしいと願う。
アキレウスはそれに気づき、もっと話し合おうとしたが、パトロクロスの霊魂はそのまま地中に消えてしまった。

 朝が来ると、王アガメムノンはイドメネウスの従士メリオネスに命じて薪の調達に行かせた。
メリオネスは兵士たちを率いてイデの山から樫の木を伐り出し、騾馬に引かせて海岸まで運んでいき、
パトロクロスの塚を造る場所に下ろしていった。
 アキレウスはミュルミドーン勢に完全武装して戦車を用意するよう命じ、
準備ができると彼らを率い、パトロクロスの遺体を運んで海岸へと進んでいった。
そして所定の場所に着くと遺体を降ろし、薪を山のように積み上げる。
 この時、アキレウスは火葬の場から離れて黄金色の髪を切り取った。
彼の父ペーレウスは、もし無事にトロイアから帰還できたならアキレウスの髪の毛と多数の生贄を捧げようと、
故国プティアを流れる大河スペルケイオスの河神に誓っていた。
そのためアキレウスはずっと自らの髪を伸ばしていたのであったが、
もはやそれはかなわず、このトロイアの地で死す定めと知ったアキレウスは、
それならばこの髪の毛をパトロクロスに持たせてやろうとしたのだ。
 アキレウスはパトロクロスの手に髪を持たせ、それを見た戦友たちは悲嘆の思いを新たにした。

 アキレウスはアガメムノンに、兵士たちは食事に返し、将領たちと縁者だけで火葬を行いたいと言う。
アガメムノンは兵士たちを軍勢を船に帰し、縁者たちは残って木を積み上げて焼場を作り、
積み上げた薪の上に遺体を置いた。また多数の肥えた羊と牛を用意し、薪の山の前でその皮をはいで支度を整える。
アキレウスはそれらの獣から脂身を取り出すと遺体の全身を覆い、その周りに皮をはいだ獣の死骸を積み上げる。
次いで蜂蜜と油を入れた取っ手の二つある甕を担架にもたれさせその上に載せ、馬四頭も投げ込む。
パトロクロスには九頭の飼い犬がいたが、そのうちの二頭の頸を裂いて薪の中へ投げ込む。
そして最後に前日の戦いで捕らえたトロイアの若者十二人を引き出し、青銅の刃で斬り殺して投げ込むと、
薪に火を放った。
 アキレウスは泣きながら言った。
「パトロクロスよ、冥王の館に行っても機嫌よくしていてくれ。おまえに約束したことは全て果たした。
勇猛トロイア人の優れた息子たち十二人も、おまえの身体とともに火の餌食となっている。
しかし、プリアモスの子ヘクトールは火には食わせん、犬に食わせてやる」
 アキレウスはこう言ったが、ヘクトールの遺体はゼウスの姫アプロディーテーとポイボス・アポロンが守っており、
その身は香油や黒雲によって犬や直射日光から防がれていた。
 さて、アキレウスは薪に火をかけたものの、火勢は一向に上がらない。
アキレウスは北風と西風に祈り、生贄を捧げると約束して神酒を献じ、一刻も早く以外が焼けるようにしてほしいと願った。
すると女神イリスがそれを聞いて使いに立った。風の神々は折りしも吹きすさぶ西風の屋敷で宴に興じていた。
 イリスの伝令を聞いた西風(ゼピュロス)と北風(ボレアース)はすぐさま出立し、
前面に雲を巻き凄まじい風を起こしつつ飛んでいった。
そしてヘレスポントスの海岸に着くと全力で風を吹きつけ、薪の火はたちまち猛火となり吼えたけった。
 二つの風は夜もすがら鋭い音を立てて薪の火に吹きかかったが、
それと同じくアキレウスも夜を徹して黄金の混酒器から大地に酒を注ぎ、パトロクロスの亡霊に呼びかけつつ嘆き続けた。

 夜が明けると、薪の火も弱まってきた。風たちもトラキアの海を渡って帰途につく。
 アキレウスもいったんその場を離れて横になりしばらくまどろんだが、
アトレウスの子と将領たちがやってくるのに気づいて目を覚ました。
アキレウスは彼らに、きらめく酒で火を消し、パトロクロスの骨をいったん黄金の壺に納めてくれるようにと頼んだ。
近いうちに自分が死んだ時、遺骨を共にすることができるように。
また、墓となる塚はそれほど大きくしなくてよい、自分が死んで同じところに葬られる時、
その時に広く大きなものにしてくれればいい、と願った。
 一同はその言葉に従い、酒で薪の火を消し、泣きながらパトロクロスの遺骨を拾い集めて脂身で包み、黄金の壺に納めた。
そして陣屋に安置され、麻布をかけられる。
それから塚を築くため円形の線を引き、焼き場の周りに土台石を並べ、土を積み上げて塚を造ると、帰っていった。

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 この時、アキレウスは一同をとどめ、そこを大きい集会の場とすると、自分の船から様々な商品を持ってこさせた。
それは大釜、三脚釜、馬、騾馬や逞しい牛、女たちや鉄の什器などであった。
そして、それらを賞品としたパトロクロスのための葬礼競技を開催することを提案した。
まず戦車競走が行われることとなる。アキレウス自身は、自らの馬が神馬であり、
また彼らは今御者を失って悲しんでいる最中だといって参加しないと明言した。
一位の賞品は優れた手芸の心得のある女一人と、二十二メトロンを容れる、取っ手のついた三脚釜。
二位の賞品は、腹に騾馬の子のいる六歳の牝馬一頭。
三位には四メトロンの入る美しい大釜、四位には黄金二タラントン、
五位には二つの取っ手のついた鍋が与えられることとなった。
 これに従い、まず馬術に優れたアドメートスの子エウメロスが立った。
次いでテューデウスの子ディオメデスが立ち、トロス馬をくびきにつなぐ。これは以前アイネイアスから奪ったものだった。
さらにアトレウスの子メネラオスが続き、兄の持ち馬アイテ、自らの馬ポダルコスの二頭の馬をくびきにつなぐ。
そしてネストールの秀でた息子アンティロコスがピュロス産の駿馬を戦車につないだ。
この時、アンティロコスに父ネストールが何やら助言を施した。
 最後にメリオネスが戦車の支度を整え、一同は走行コースを決める籤を引いた。
各々の名を書いた小石をひとつの兜に入れ、それを揺すって飛び出した順番にコースを決めるのだ。
一番に飛び出したのはアンティロコス、次いでエウメロス、以下メネラオス、メリオネス、ディオメデスの順となり、
一同はその並びで一列に並んだ。遥か遠くに老木と標柱が二本あり、その標柱間で折り返しとなるコースで
標柱のところには老ポイニクスが立ち、走行妨害などの不正がないか見張ることとなった。

 一同がスタートし、馬たちは平原を疾駆した。御者たちは勝利を期して胸躍らせながら馬たちに声をかける。
馬たちは飛ぶように野を駆けたが、折り返し点では差がつき始めていた。
首位はエウメロス、それをトロス馬を駆るディオメデスが僅差で追う。
しかし、自らの育てたトロス馬を奪ったディオメデスに含むところのあったポイボス・アポロンは、
彼の手から鞭を叩き落とした。
 ディオメデスは愕然として涙を流したが、それを見たアテネはすぐさまその鞭を拾い上げて彼に手渡し、馬に力を吹き込むと、
さらにおさまらぬ怒りをエウメロスの戦車にぶつけた。馬のくびきが壊れて馬たちは両側へ走り去り、
エウメロスは車上から転落して負傷し、茫然とした。
 ディオメデスがそれをかわして先頭に立ち、そのあとに金髪のメネラオス、そしてアンティロコスが続く。
アンティロコスは、父ネストールより「折り返しの標柱間で仕掛けて内側から抜くように」と指示されていたが、
やや立ち遅れたことでその策を実行することができずにいた。しかし、目の前の状況を見て新たなる策を思いつき、
すぐさまそれを実行に移した。
 眼前には窪地があり、道の一部を崩していた。窪地には雨水が溜まり、走行コースは著しく狭くなっている。
先を行くメネラオスに対し、アンティロコスは道からやや逸れるコースから思い切って仕掛けていった。
メネラオスは両者が激突してリタイアすることを恐れてアンティロコスに自重するよう叫んだが、
アンティロコスは耳を貸さずにメネラオスに並ぼうとする。
メネラオスは衝突を回避するためやむなく馬の手綱を緩め、その隙にアンティロコスが前に出た。
メネラオスはアンティロコスの強引極まりない走りに苦言を呈したが、あきらめずに後を追う。

 一同の注目する中、テューデウスの子ディオメデスが一番にゴールした。一堂の真ん中でさっと戦車から降りると、
逞しいステネロスがすぐに立って女と三脚釜を受け取る。そして部下の手に渡すと、自らは馬をくびきから外した。
 次いでアンティロコスがゴールし、僅差でメネラオスが続いた。
アンティロコスの策でいったんは離されるも激しく追い上げたが、わずかに及ばなかった。
 それから遅れてイドメネウスの優れた従者メリオネスがゴール。彼は白兵戦を得意としており、戦車は不得手だった。
そして最後に、壊れた戦車を何とか馬に引きずらせてエウメロスが戻ってくる。
 馬術に優れる男エウメロスの姿を憐れに思ったアキレウスは、彼に二位の賞を与えようと一同に言い、賛同を得た。
しかしこの時アンティロコスが異議を唱えた。
「アキレウスよ、もしそうするのなら、わたしはあなたにどれだけ腹を立てることか。
あなたは、馬術に優れた男エウメロスに不運な事故があったから、ということでわたしから賞品を取り上げようとしている。
彼は神に祈ればよかったのだ。そうすれば不運に見舞われることもなかっただろう。
それに、あなたがエウメロスを気に入っているのであれば、あなたの陣屋から別に賞品を持ってきて授ければよいではないか。
賞品の馬は譲らない。馬がほしいならば、誰でもかかってくるがいい」
 駿足の勇将アキレウスは、もともとお気に入りの戦友であったアンティロコスがこう言ったのをむしろ嬉しく思い、
エウメロスには昨日討ち取ったアステロパイオスの胸当てを贈ろうと言い、アウトメドンに持ってこさせた。
エウメロスは喜んでそれを受け取る。
 ここでメネラオスが、先ほどのアンティロコスの無謀な走行について詰問し、
奸策を用いて自分を妨げたのは故意ではないと大地を揺るがす神にかけて誓え、と迫った。
それを聞いて恐れ入ったアンティロコスは、若気の至りからやってしまったこと、どうかお許し願いたい、と素直に謝り、
すぐに賞品の馬を曳いてきてメネラオスに渡した。
 メネラオスは元来温和な男なのですぐに怒りを解き、アンティロコスに戒めの言葉をかけると、
自らに渡された馬をまたアンティロコスに譲って彼の部下のノエモンに曳いていかせ、自らは三位の賞品である大釜を手にした。
 メリオネスが四位の賞品である黄金二タラントンを取り、五位の賞品である鍋があとに残った。
アキレウスはそれをネストールへの贈り物とした。彼は老体で、この競技に参加できないからである。
 ネストールは喜んでそれを受け取り、また昔の武勇譚を長々と語り始めた。
かつてエペイオイ人がプブラシオンのアマリュンケウス王の葬礼競技を催した際、
自分は拳闘でエノプスの子クリュトメデスに勝ち、角力ではプレウロンのアンカイオスを破り、
競走では強豪イピクロスを抜き去り、槍投げではピュレウスとポリュドロスを凌いだ。
ただ戦車競走ではアクトールの倅である双子の兄弟(クテアトスとエウリュロス)には敗れてしまった・・・

 アキレウスはネストールの長々とした礼を聞き終えると引き返し、次は拳闘競技の賞品を提示した。
勝者には苦役に耐える六歳の騾馬一頭、敗者には取っ手の二つついた酒盃。
 アキレウスが二人の出場者を募ると、まずパノペウスの子エペイオスが進み出た。
彼は後に木馬製造の指揮者となる男である。
彼は騾馬に手をかけ、酒盃の欲しい者は誰でもかかってくるがいい、自分は戦闘は苦手だが拳闘では負けぬと豪語する。
それを聞いてタラオスの子メキステウス王の息子エウリュアロスが立ち上がった。
彼の父メキステウス王は、オイディプス王の弔いのためテーバイへ行き、
カドモスの子ら(テーバイ人)をことごとく打ち負かした勇士だった。
 ディオメデスは、おじにあたるエウリュアロス(メキステウスとディオメデスの母方の祖父アドラストスは兄弟)に勝ってほしいと願い、
自ら身支度を調えてやった。
 かくて闘いとなり、双方拳を激しく打ち合う。両者からは歯軋りが聞こえ、また汗が飛び散った。
豪勇エペイオスは、さっと身を起こして隙を窺う相手の頬に一撃を加える。
これがきれいに決まり、エウリュアロスはその場に崩れ落ちた。
 エペイオスがエウリュアロスを抱き起こしてやり、彼の戦友たちが血を吐いて気絶しているエウリュアロスを運んでいって座らせ、
賞品の酒盃を受け取ってきてやった。

 三番目の競技は角力。賞品は、勝者には火にかける大きな三脚釜。アカイア人は牛十二頭分と値踏みしていた。
敗者には一人の女で、彼女は様々な技術を身につけていた。同じくアカイア人は牛四頭分と値踏みしていた。
 この競技には、テラモンの子大アイアス、そして才気に溢れ策謀に長けたオデュッセウスが名乗りを上げた。
二人は場の中央に進み、お互いの豪腕でがっしりと組み合った。そして力の限りをこめて押し合う。
引き締まった背はみしみしと鳴り、汗は滝のように流れ、脇腹と肩は充血して赤くなる。
二人はしばらくの間組み合ったが、互いに相手を押し切ることができない。見ているアカイア勢もうんざりとし始めた。
 この時、アイアスはオデュッセウスを挑発した。自分を持ち上げてみるか、それとも逆か、試してはみないかと。
そしてアイアスがオデュッセウスを持ち上げようとした時、オデュッセウスは策を用いて相手の膝の裏をかかとで蹴った。
体勢の崩れたアイアスはどうと仰向けに倒れ、オデュッセウスがその胸の上に落ちる。
 次いでオデュッセウスがアイアスを持ち上げようとしたが、地上からわずかに持ち上げることしかできない。
ここでアイアスが膝に足を絡ませたので、二人は並んで地上に倒れた。
 その時アキレウスが立ち上がり、両者の勝利を宣言した。そして、二人に双方対等の賞品を与えようと言う。
これを聞いて二人とも満足し、体の土を拭いて肌着を着けた。

 ペーレウスの子は続いて徒競走の賞品を置いた。
 一位には銀製の混酒器。容量は六メトロンで、手工に秀でたシドン人の作。フェニキア人がレムノスの王トアス王に献上し、
パトロクロスがプリアモスの子リュカオンをレムノス島へ売りに行ったとき、
トアスの孫エウネオス王よりその代価として受け取ったものであった。
二位には大きく脂ののった牛一頭、最下位の者には黄金半タラントンを用意した。
 この競技に参加したのは、まずオイレウスの子、駿足のアイアス。
そして知謀豊かなオデュッセウス、ネストールの子アンティロコスが出てきた。
 競技が始まると、やはり駿足のアイアスが先頭に立つ。しかしオデュッセウスもそのすぐ後ろを追走する。
ゴールまで間もなくというところ、オデュッセウスは心のうちで眼光輝くアテネに神助を祈願した。
 パラス・アテネはこれを聞くとオデュッセウスの四肢に力を与え、アイアスの足を滑らせた。
そこは駿足アキレウスがパトロクロスを弔うために屠った牛の糞の積もっていたところで、
アイアスは牛糞まみれになってしまった。
 かくてオデュッセウスが一位でゴール、アイアスが二位、アンティロコスが三位となり、
オデュッセウスが混酒器を獲得した。
 牛を獲得したアイアスは、ディオメデスに女神の加護があったことを牛糞まみれで悔しがったが、
アカイア人たちはその姿を見て大いに笑った。
 アンティロコスは最下位の賞である黄金半タラントンを受け取ると、笑いながらアルゴス勢一同に向かって言った。
「どうも神様方は年輩の方々をごひいきになさるようですね。
アイアスは私より少し年上であり、こちらの方(オデュッセウス)にいたってはわれらの前の世代の方、
いわば青いお年寄りというところ。われらアカイア人にはこの方と足で勝負するのは難しい、
ただ、アキレウスは別ですが」
こうしてアキレウスを巧みにおだてると、アキレウスもそれに乗って賞品に黄金半タラントンをさらに加えた。

 ペーレウスの子は、影長く曳く槍、そして楯と兜とを運んできて競技の場に置いた。
これはパトロクロスが奪ったリュキアの勇士サルペードーンの武具であった。
 アキレウスは、この武具を目指し二人の勇士が完全武装で戦い、
先に相手から血を流させた者にはアステロパイオスから奪ったトラキア製の太刀を贈ること、
またサルペードーンの武具は二人の共有のものとし、二人には陣屋で立派な料理を振舞うと約束した。
 これを聞いて立ち上がったのは、かたやテラモンの子大アイアス、かたやテューデウスの子豪勇ディオメデス。
二人は武具をまとい、双方凄まじい形相で歩み寄るとすぐさま激突した。
二人は三たび打ち合い、アイアスは槍でディオメデスの楯を突いたが、その内側で胸当てがそれを防ぐ。
次いでディオメデスは輝く槍の穂先で大楯越しにアイアスの頸を刺そうとした。
これを見たアカイア人たちはアイアスの身を案じ、試合をやめて二人に同じ賞を与えよと言い立てた。
ここでアキレウスは試合を止め、(根拠がよくわからないが)ディオメデスの優勢と判定して彼に大太刀と革の提げ緒を与えた。

 続いてペーレウスの子は炉で熔かしただけの銑鉄の塊を置いた。
これは以前、プラコス山麓のテベの町の王、剛力エエティオン(アンドロマケーの父)が投げていたものだったが、
駿足の勇将アキレウスがこれを殺し、財宝とともに持ち帰っていたものだった。
その大きさは、これがあれば数年の間は鉄に不自由はせぬというくらい。
 競技はハンマー投げ。まずペイリトオスの子、戦場で一歩も引かぬポリュポイテスが立ち、
続いてその剛勇神にも比すべきレオンテウス(ポリュポイテスの戦友)、テラモンの子アイアス、勇将エペイオスが立った。
 まずエペイオスが投擲した。しかし拳闘では無類の強さの彼もハンマー投げは不得手で、
その飛距離にはアカイア勢が呵々大笑した。
 それからレオンテウスが投げ、次いで大アイアスが投げると、彼はそれまでの二人よりも遥かに遠くへ飛ばした。
しかし最後にラピタイ族の勇士、豪勇ポリュポイテスが鉄塊を放ると、それはどんどん伸び、競技場の端を越えていった。
一同は喚声を上げ、ポリュポイテスの部下たちは賞品を船へと運んでいった。

 次は弓道。賞品には菫色の鉄製品、すなわち両刃の斧十個と片刃の斧十個がかけられた。
砂浜の彼方に舳先の青い船の帆柱を立て、そこに鳩を持ってきてその脚に細い紐をくくりつけ帆柱につなぎ、
これを的として射ることになった。鳩を射当てれば両刃の斧、射損じて紐に当てた者は片刃の斧を得る。
紐に当てるほうがより難しいと思うが、とにかく鳩に当てたほうがよい賞品を得られることになっていた。
 これに応じて名だたる勇将テウクロスと、イドメネウスの頼もしい従士メリオネスが立つ。
籤を引いてテウクロスが先となり、まずテウクロスが力強く矢を放ったが、矢は的を射抜かずに紐を断ち切った。
弓の名手である彼が外したのは、彼が弓の神アポロンに生贄を捧げることを祈願せず、神が機嫌をそこねたからであった。
 鳥が空中に飛び立ったのでアカイア勢はどよめいたが、この時メリオネスはテウクロスの手から弓を取り上げ、
遠矢を放つ神アポロンに生贄を捧げることを誓うやひょうと射放った。矢は鳩の胴を見事に貫く。
 かくてメリオネスが両刃の斧、テウクロスが片刃の斧を獲て戻っていった。

 最後に槍投げの賞品として、ペーレウスの子は影長く引く槍と花模様の釜を持ってきた。
 これにはアトレウスの一子、広大な領土を統べるアガメムノンと、イドメネウスの頼もしい従士メリオネスが立った。
しかしこの時アキレウスが立ち上がり、戦わずしてのアガメムノンの勝利を宣言すると彼に賞品を与え、
メリオネスには別に青銅の槍を与えることした。アガメムノンへの怒りを解いたという事を示したということだろう。
かくて葬礼競技は終わった。

(なお、葬礼競技のくだりについては、始まりが唐突なことや前後との関連がおかしいこと、
また内容が劣ることから、後世の挿入であるという説がある)


◇ヘクトールの遺体引取り(第二十四歌)

 アカイア勢は船に向かって散っていったが、アキレウスの嘆きは止まなかった。
パトロクロスのことを思うとどうしても眠れず、横になっては泣き、また砂浜をさまよい歩いた。
そして朝になると、ヘクトールを戦車に結び付けて引きずってゆき、パトロクロスの塚の周りを三度回って戻ってくると、
その遺体を砂塵の中へと放り出して休んだ。しかしヘクトールの遺体は、彼を憐れに思ったアポロンがしっかりと護っていた。
 上天に住む至福の神々もこの有様を見かね、眼力優れたアルゴス殺しの神(ヘルメス)にヘクトールの遺体を奪えとすすめていたが。
ヘーラー、ポセイドン、パラス・アテネは、過去の遺恨からどうしてもこれを承知しようとしなかった。
ヘーラーとパラス・アテネは「パリスの審判」の件で、ポセイドンは先王ラオメドンの不義の件で。
 しかしヘクトールの死より十二日目、ポイボス・アポロンが神々の間で口を切って言った。
「神々よ、あなた方は傷つけ苦しめることのみを快とされるのか。
ヘクトールが生前神々にどれほどの生贄を捧げたか忘れたのか。
あなた方は凶悪なアキレウスの肩を持とうとされるのか。あの男の心は獣のようであるのに。
勇将ヘクトールの命を奪った上、戦車にくくりつけて引きずり回すことは、彼にとって誇りにもならぬし、得にもなるまい。
いかに勇猛の士であっても、われらの憤激を買わぬよう、彼に思い知らせてやらねばならぬのではないか」
 それを聞いた白き腕のヘーラーは怒ったが、ゼウスはそれをなだめて言った。
「あの男は、イーリオンに住んでいた人間の中では、神々に最も好かれていた男ではなかったか。
だが、豪勇ヘクトールの遺体をアキレウスに気づかれずに救い出すのは、そもそも無理な事であるからやめにしよう。
何せ、あれの母親が毎日倅のもとへ来ているのだから。だから、誰でもよい、テティスをここへ呼んできてほしい。
彼女からアキレウスを説得させるようにしよう」
 すると、脚速きこと風のごときイリスが立ち上がり、サモス島(サモトラケ島)とインブロス島の間の海に飛び込むと、
海底の洞窟の中で息子の悲運を思って泣いているテティスの側に立ち、ゼウスの意向を伝えた。
テティスは身支度を整えると、イリスに続いて空へと昇っていく。

 アテネが席を譲り、テティスはゼウスの横に坐った。ヘーラーが黄金の盃を彼女に手渡して言葉をかけ、
テティスはこれを飲み干して盃を返した。ここでゼウスがテティスに語り出し、
神々がヘルメスにヘクトールの遺体を盗ませようとしているが、
自分としては、アキレウスがヘクトールの遺体を身の代と引き換えにトロイアへ返してやるよう、あなたが説得してもらいたい、と告げた。
「ヘクトールへの仕打ちを神々は快く思っておらず、中でもわしが一番腹を立てている、と伝えよ。
そうすればあるいは彼もわしを恐れ、ヘクトールを返すと思うのだ」
 これを聞いた銀の脚のテティスはさっとオリュンポスの峰を下り、息子の陣屋へと到着した。
そして呻き続けるアキレウスの傍らに腰を下ろし、その身を撫でてやりながらゼウスの言葉を伝える。
アキレウスも、ゼウスの意向、そして母の言葉ともあれば逆らうわけにもいかず、それを受け入れた。
 一方クロノスの子は、イリスを聖都イーリオンへと遣わした。
脚速きこと風のごときイリスはプリアモスの館に着くと、こちらも激しく嘆いているプリアモスに声をかけ、
ゼウスよりの伝言を伝えた。すなわち、身の代を用意して一人でアカイアの陣へ赴き、ヘクトールの遺体を引き取ってくること、
ただ、身の代とヘクトールの遺体の運搬のために年配の伝令を一人連れて行ってもよい、と。
また、名に負うアルゴス殺しの神を同行させるので、命の危険を気にすることはない、とも伝えた。

 駿足のイリスが立ち去ると、プリアモスはすぐに息子たちに命じて荷馬車の用意をさせた。
自分は多数の貴重な品々が納められている納戸へ降りていき、妻のヘカベーを呼んで、アカイアの陣へ行く事を告げた。
ヘカベーは必死で引きとめたが、老王プリアモスは聞かなかった。
「これは神のお告げなのだ。神のお言葉を徒にしてはならぬ。
もしもアカイア勢の船の傍らで死ぬのならば、それこそ望むところだ。
倅をかき抱いて泣いたあと、すぐにでもアキレウスに殺してもらおう」
 そして婦人用の見事な衣装十二着、単の外套十二着、それと同数の毛布、白い外套そして肌着を取り出す。
次いで十タラントンの黄金を量り出し、輝く三脚釜を二個、大釜四個、トラキア人から贈られた美しい酒盃を選び出すと、
玄関先に集まっていたトロイアの男たちを叱って追い出し、さらに自らの息子たち――ヘレノス、パリス、アガトン、
パンモン、アンティポノス、ポリテス、デイポボス、ヒッポトオス、ディオスの九人――を呼びつけ、大声で叱りつけた。
「親の面汚し、不孝者の倅ども、急げ!おまえたちなど、ヘクトールの身代わりとなってみな討たれてしまえばよかった。
わしはなんと不幸なのだろうか、このトロイアで立派な子たちをもうけたのに、その一人として生き残ることができなかったとは。
神にも見まがうメストール、馬を駆って戦うトロイロス、それにヘクトール、あれは神の子としか思えなかった、
それらはみな軍神アレスが殺してしまい(実際に三人を殺したのはすべてアキレウス)、あとには恥ずかしい屑ばかりが残った。
嘘はつく、踊りだけは無類の上手、自分の国でのこそ泥は得意という、そういう輩ばかりがな。
さあ、わしが出かけられるように、さっさと荷馬車へあの品々を積み込まぬか!」
 息子たちは肝を潰して荷馬車を整え、それに身の代を運んで積み上げた。

 荷馬車の用意が進む中、へカベーがプリアモスと伝令イダイオスのもとに酒を注いだ黄金の盃を持って近づき、
父神ゼウスに神酒を捧げて道中の無事を祈ってほしいと告げる。
プリアモスはそれに従い、庭の中央に出ると上天を向いて葡萄酒を地に注ぐ。
そしてゼウスに向かって道中の無事を祈り、吉兆を見せてほしいと願った。
明知のゼウスはすぐさま自らの使いである黒鷲を遣わし、プリアモスの右手を飛ばせて吉兆を示したので
(鳥が自分の右側を飛ぶのは吉兆)、
それを見た者はみな喜んだ。
 やがて用意ができると、イダイオスが騾馬に鞭をやって荷馬車を発車させる。老王プリアモスが馬に乗ってそれに続いた。
身内の者たちは彼の身を案じ、嘆きながらそのあとについていった。
 城を出、平野部に降りてくると、身内の者たちはイーリオン城へと引き返した。
ここでゼウスはヘルメスを呼び、プリアモスらがアカイア勢に気づかれぬようにアキレウスのもとへたどり着けるようにせよ、
と命じた。
神の使者、アルゴス殺しの神はすぐに翼の生えた美しい黄金のサンダルを履き、眠りの杖を取ると、
空を飛んでトロイアの地に降り、若い貴公子の姿になって歩いていった。

 プリアモスの一行はイーリオンの建設者イーロスの塚を過ぎ、スカマンドロス河畔にやってきた。
騾馬と馬に水を飲ませるためである。
 ここで伝令イダイオスは間近にヘルメスが姿を変えた貴公子がいるのに気づき、驚き恐れた。
プリアモスも彼からそれを聞いて気も動転したが、ヘルメスは自ら彼らに近づいて優しい言葉をかけ、
危害を加える意思などなく、逆にあなたがたの身を守って差し上げましょうと言う。
青年はさらにプリアモスたちの正体も見抜いたので、プリアモスがその青年の出自を尋ねると、
ヘルメスは、自分はアキレウスの戦友で、ミュルミドーン族ポリュクトールの子である、と偽って答えた。
 それを聞いたプリアモスはヘクトールの遺体が今どうなっているかを尋ねた。
ヘルメスは、遺体は毎日アキレウスによって辱められているが、その身体にはいささかの傷もつかず、
戦死したときに負った傷もふさがり、生前のままの姿を保っていると教えた。
至福なる神々は、死後もご子息の身を気遣っておられるのです、と。
 これを聞いたプリアモスは喜び、道中を守ってくれるなら、と彼に身の代の中から美しい盃を取り出し与えようとしたが、
ヘルメスは、主アキレウスへの品物を受け取ることはできません、とそれを断り、
二人を先導してアカイア勢の船陣へと向かった。
 防壁に近づくと、折しも夜警のアカイア勢が夜食の準備をしているところ。
ヘルメスは杖を揮ってアカイア勢を皆眠らせてしまうと、門を開いてプリアモスたちを引き込み、
ペーレウスの子の陣屋へと二人を導いた。
 人助けの神ヘルメスは陣屋の扉を開けると、プリアモスに自らの正体を明かして言った。
「わたしはここで引き揚げる。そなたは中へ入り、ペーレウスの子の膝にすがり、彼の心を動かすように、
彼の父、髪うるわしい母、また息子にもかけて頼むのだぞ」
そしてオリュンポスへと去っていった。

 プリアモスはアキレウスの陣屋へと入った。
アキレウスは食事を終わったところで、その傍らにはアウトメドンとアルキモスがいて立ち働いていた。
プリアモスはアキレウスに近寄るとその膝にすがり、自らの子を何人も殺した恐るべき殺戮者の手に接吻した。
アキレウスは仰天し、周囲にいた彼の部下たちも顔を見合わせた。
 プリアモスはアキレウスに嘆願して言った、
「姿神々にも似たアキレウスよ、ご尊父のことを思っていただきたい、わたしと同じ年の頃で、
厭わしい老いの敷居に立っているご尊父のことを。おそらくはその方も近隣の敵に悩まされておられるだろうが、
それを守ってくれる者は一人もおられぬ。だが、その方はあなたが存命であると聞いては嬉しく思い、
わが子がトロイアから戻ってくる日を毎日楽しみにしていらっしゃるに違いない。
しかし、世にも不幸なわたしは、広いトロイアで幾人もの立派な倅をもうけながら、一人として生き残りはしませんでした。
アカイアの子らがこの地にやってきたとき、わたしには五十人の倅がおりました。
十九人はひとつ腹から生まれ、残りは妾腹より生まれた者。
しかしその多くは凶暴なアレスに殺され、ただひとり残って町を守ってくれていた倅、
祖国を救わんと戦っていたヘクトールも、先日あなたが殺してしまわれた。
今わたしがここを訪れたのはそのヘクトールのため。彼の身柄をあなたから譲り受けたく、莫大な身の代も用意しております。
どうかアキレウスよ、神々を憚り、ご尊父のことを思い起こされ、わたしを憐れんでいただきたい。
わたしはご尊父よりさらに哀れな身の上、未だかつて地上に存在した全ての人間の一人も耐えたことのない、
苦しい目にも耐えたのです・・・わが子を殺した人の顔の前に手を差し伸べるという・・・」
 アキレウスはここまで聞くと老王の手をとり、静かに押しやって自分の身から離した。
そして、わが父ペーレウスと僚友パトロクロスを代わる代わるに思い、激しく泣き始めた。
その足下ではプリアモスがヘクトールを思って腹這いになってさめざめと泣き、二人の泣き声は陣屋に響き渡った。

 アキレウスは心ゆくまで泣き、その胸と身体から悲歎の情を洗い流すと、椅子から立ち上がって老王の手を取って起こし、
翼ある言葉をかけた。
「なんと気の毒なお方か、あなたも様々な不幸を忍んでこられたのだな。
それにしてもよくも思い切って単身ここまで足を運び、多くの息子を殺した男の目の前に出てこられたもの、
あなたの心は鉄のようだ。さあ、椅子におかけください。苦しいことは、辛いでしょうがもう胸の内に眠らせてしまうことです」
プリアモスはそれよりもヘクトールの遺体を一刻も早く返してほしいと願ったが、
アキレウスはどうしても、と彼を椅子に座らせ、イダイオスも招き入れて椅子に座らせると、
アウトメドンとアルキモスに身の代を運び込ませた。
次いでアキレウスは女たちに命じてヘクトールの遺体を洗ってオリーヴ油を塗らせ、それから外套と肌着を着せる。
そして自らヘクトールの遺体を抱き上げて寝台に寝かせると、部下たちとともに担ぎ上げて荷馬車に載せ、
パトロクロスに呼びかけた。
「パトロクロスよ、このことに腹を立ててくれるなよ。父親が充分な身の代を払ってきたのだから。
おまえには、この中からしかるべき分を分けてやるからな」
 アキレウスは陣屋へ戻り、プリアモスにヘクトールの遺体を寝台に寝かせて荷馬車に積んだことを報告し、
これから食事にしようと提案した。そして銀色の羊を屠り、皮を剥いで切り分け、焼き串に刺してじっくりと焼き上げる。
そして串から肉を抜き、アウトメドンがパンを持って来て食卓に並べ、アキレウスが肉を切り分ける。
 一同が食事を取り終わったとき、プリアモスとアキレウスは改めてお互いを眺め、その威容と気品に大いに感じ入った。
プリアモスはアキレウスに、しばらく眠りたい、と言った。駿足のアキレウスは入り口の柱廊のところに寝所を整えさせ、プリアモスに言った。
「外で寝ていただくことになりますが、これはアカイア勢の誰かがやって来はせぬかと恐れるため。
もしアガメムノンに知れれば面倒なことになりますからな。ところで、ヘクトールの葬儀には何日かけられるおつもりか。
その間はわたしは動かず、兵士も引きとめておきましょう」
 神にも見まごうプリアモスは答えた。
「わたしがヘクトールのために葬儀を営むことを許していただけるのなら、アキレウスよ、ありがたいことです。
九日の間、屋敷で彼を弔い、十日目に葬り、町の者に供養の饗応を行い、十一日目に彼の墳墓を築きます。
戦いが避けられぬのであれば、十二日目に再開いたしましょう」
 アキレウスはそれを承知し、老王の手首を握って約束の印とした。かくて両者は眠りについたが、
人助けの神ヘルメスは、どうやってプリアモスを無事にアカイアの船陣から帰したものかと考え続けていた。
そしてプリアモスの枕元に立って言う。
「いつまで寝ているのか。もしアガメムノンがそなたのことを知ったならば、
そなたの倅たちは、今の三倍の身の代を払うことになろうぞ」
 プリアモスは飛び起きるとイダイオスを起こした。
ヘルメスは二人のために馬と騾馬をくびきにつなぎ、自ら手綱を取って陣中を走っていったが、
彼らに気づく者は誰もいなかった。

 一行がスカマンドロス河畔まで戻ってくると、ヘルメスはオリュンポスへと立ち去った。
 やがて朝が来るころ、二人は城へと戻ってきた。
黄金のアプロディーテーにも見まがう王女カッサンドラーが城壁の上から彼らを認め、またヘクトールの遺体を目にすると、
悲しみの声で町中に呼びかけた。
トロイアの民は皆城門の外に出てプリアモスを迎え、ヘカベーとアンドロマケーはヘクトールの遺体に取りすがって泣いた。
 ヘクトールの遺体は館に安置され、アンドロマケー、ヘカベー、そしてヘレネーが嘆きの音頭を取った。
トロイアの民は九日にわたって薪を集め、町の外へ集めた。
 十日目の朝、豪勇ヘクトールの遺体は運び出されて薪の上に載せられ、火がつけられる。
次の日の朝、火葬の場にはトロイアの民が続々と集まり、きらめく葡萄酒をかけて火を消した。
兄弟や戦友たちが遺骨を拾い、紫の布に包んで黄金の壺に納める。そして穴に納めるとその上に大石を並べ、
手早く塚を盛り上げると、その周囲には警護の兵を配置した。
そして、プリアモスの館の内で、盛大な供儀の宴が行われた。
 馬を馴らすヘクトールの葬儀は、かくのごとく営まれた。

(終わり)


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