1.トロイアの救援


◇アマゾーン女王ペンテシレイア(第一巻)

 神にもまがうヘクトールがペーレウスの子アキレウスによって討たれ、トロイアが悲歎と恐怖に満ちているとき、
テルモードーン河のほとりから女神の姿に似たアマゾーン族の女王ペンテシレイアが十二人のアマゾーン、
すなわちクロニエー、ポレムーサ、デーリノエー、エウアンドレー、アンタンドレー、ブレムーサ、
ヒッポトエー、ハルトモエー、アルキビエー、アンティブロテー、デーリマケイア、テルモードーサを引き連れトロイアに来援した。
トロイアの民は、彼女の武装と美しい容貌に感動して見とれ、それまでの苦悩を忘れて喜んだ。
 老王プリアモスは彼女たちを歓待し、豪華な贈り物を贈る。
気をよくしたペンテシレイアは、アキレウスを倒しアルゴス勢を滅ぼすことを約束した。
それを聞いたアンドロマケーは彼女の広言をあわれみ、夫ヘクトールのことを思って心を痛めた。
 その夜、ペンテシレイアが寝台で寝ていると、パラス・アテーネーが不実な夢の神(オネイロス)をその枕元に送り、
アキレウスを一騎打ちを挑むようにとけしかけた。そのため、ペンテシレイアはすっかりその気になってしまった。

 次の朝、ペンテシレイアは父であるアレース神に賜った武具を身にまとい、大剣を肩に掛け、楯を持った。
そして楯の裏に二本の槍をはさみ、右手で戦斧をつかんでこれをかかげ、トロイア勢を鼓舞する。
トロイア勢が集結すると、ペンテシレイアは北風の妻オーレイテュイアより賜った馬に跨って町を飛び出した。
 富裕なるラーオメドーンの気高き息子プリアモスはペンテシレイアの無事を神に祈ったが、
その時一羽の鷲が瀕死の鳩をわしづかみにして左のほうへと飛び去った。
プリアモスは彼女が町へ戻ってはこないだろうと思い、暗澹たる気持ちになる。
(鳥が左手を飛ぶのは凶兆。右手を飛べば吉兆とされた)

 トロイア勢が出てきたのを見たアカイア勢はすぐさま応戦に向かったが、
ペンテシレイアはたちどころにモリーオーン、ペルシノオス、エイリソス、アンティテオス、
勇武のレルノス、ヒッパルモス、ハイモニデース、屈強なるエラシッポスを殺す。
デーリノエーはラーオゴノスを、クロニエーはメニッポスを殺した。
メニッポスはプローテシラーオスに従ってピュラケーから来た者だった。
 メニッポスの死を見てその親友イーピクロスの子ポダルケース(プローテシラーオスの弟)は深く心を痛め、
クロニエーに襲いかかるとその腹を槍で刺し貫いた。
 クロニエーが討たれたことに怒ったペンテシレイアはポダルケースの右腕を巨大な槍で貫いた。
血がどっと噴き出し、ポダルケースは退却したものの、間もなく出血多量で死亡した。

 クレタの王イードメネウスが影長く曳く槍でブレムーサを仕留め、
彼の従者メーリオネースがエウアンドレーを槍で、テルモードーサを短剣で討ち取る。
さらにオイーレウスの勇猛なる倅アイアースがデーリノエーを槍で刺し、
テューデウスの子ディオメーデースがアルキビエーとデーリマケイアの頭をはねた。
 そしてステネロスがセーストス出身の逞しいカベイロスを討ち取る。
パリスは怒ってステネロスに矢を放ったが、それは当たらなかった。
さらに矢を放つと、それはドゥーリキオーン勢の、青銅の胴巻きを締めたエウエーノールに当たり、その命を奪う。
 エウエーノールの死に、ドゥーリキオーン勢を率いるピューレウスの子メゲースは怒った。
そしてトロイア勢の中に切り込むとイーテュモネウス、ヒッパソスの子アゲラーオス
(ミーレートス出身。ナステース、アンピマコスの配下)を打ち倒し、多数の兵士を殺戮した。 
 一方、アレスの寵あるポリュポイテース(ラピタイ族、ペイリトオスの子)はテイオダマースとネアイラの子ドレーサイオスを殺す。

 ペンテシレイアは雌獅子のごとく暴れ回り、アカイア勢を押し戻した。
彼女は昂揚し、ディオメーデース、アキレウス、アイアースは出てこないのか、とアルゴス勢を挑発する。
 アキレウスと大アイアースはパトロクロスの塚の前で嘆いていたが、この時アイアースが戦の喧騒を耳にした。
彼はアキレウスを促し、二人はすぐさま武装して戦場へと向かった。二人の姿を見たアカイア勢は喚声を上げ、反撃に転ずる。
 アイアースはデーイオコス、勇武のヒューロス、戦好きのエウリュノモス、誉あるエニューエウスを殺し、
ペーレウスの子アキレウスはアンタンドレー、ポレムーサ、アンティブロテーを殺し、
さらにヒッポトエー、ハルトモエーも討ち取る。こうしてペンテシレイア配下の十二人のアマゾーンは全滅した。
 テラモーンの子アイアースとアイアコスの裔アキレウスはトロイア勢に襲いかかり、その戦列を突き崩す。
その姿を見たペンテシレイアは勇んでその前に立ちはだかり、槍を投げた。
槍はアキレウスの楯に当たったが、ヘーパイストスの作った楯はそれをはね返す。
 ペンテシレイアは二本目の槍を手にし、二人に向け挑発の言葉を投げかけたが、
その大それた物言いにアカイア勢は皆笑った。ペンテシレイアは槍を投げたが、アイアースの脛当てを貫くことはできなかった。
アイアースは彼女を一顧だにせずトロイア勢の中に飛び込んでいった。
彼女がアキレウスの敵ではないことをわかっていたからである。
 アキレウスはペンテシレイアの身の程知らずさを笑い、ケイローン譲りの長槍を振りかざして突進すると、
彼女の右胸を傷つけた。黒い血が流れ出す。ペンテシレイアは反撃しようか、馬から下りて命乞いしようかと思い惑ったが、
アキレウスは彼女が自分に向かってこようとするのを見ると、彼女を馬もろとも刺し貫いた。
ペンテシレイアは馬上で力尽き、腹這いに崩れ落ちた。

 トロイア勢はペンテシレイアが討たれたことを知り、町へと退却した。
アキレウスは勝ち誇り、ペンテシレイアの無謀さを罵りながら槍を抜き取ると、彼女の兜を剥ぎ取った。
すると、そこにあったのは女神にもまがう美しい顔だった。
アカイア勢は驚き、アキレウスは今さらながらにペンテシレイアを殺してしまったことを悔やんだ。
 さて、北風の娘である微風の精(アウラ)たちから娘の死を知らされたアレース神は激怒し、
オリュンポスの峰を駆け下りるとイーデーの山に立ち、アキレウスに一撃を加えようとした。
しかしその時、彼の足元へ恐ろしい稲妻と無慈悲な雷が無数に突き刺さった。
アレースはゼウスに逆らうことができず、アカイア勢から離れていった。

 アカイアの子らが敵の遺体から血塗れの武具を剥ぎ取っている時、
アキレウスはペンテシレイアの死に苦しんでいた、それはパトロクロスの死の時と同じようであった。
その姿を見て、テルシーテースがアキレウスにからかいと罵りの言葉を浴びせる。
アキレウスは激怒し、彼の側頭部を一撃した。
テルシーテースはすべての歯を地上に撒き散らし、うつ伏せに倒れた。その口から血がどくどくと流れ出、彼は絶命した。
それを見てアカイア勢は拍手喝采した。テルシーテースの罵詈雑言には皆怒り心頭だったからである。
ただ、彼と血のつながりがあるディオメーデースはこの挙に怒り、アキレウスに向かっていこうとした。
アカイア勢は必死で二人を止め、二人はその説得に従った。

 アトレウスの二人の子、アガメムノーンとメネラーオスは、高貴なるペンテシレイアに憐れをもよおし、
その遺体をイーリオンへ武具と一緒に返還させた。プリアモスからそのように要請があったからである。
プリアモスはペンテシレイアを火葬に付し、ラーオメドーンの墓に納めた。
そして、そのかたわらに、彼女に従って戦に赴き死んだアマゾーンたちを埋めた。
アトレウスの子らは、彼女たちの遺体も返還することを認めていた。
 アルゴス勢も、数多くの勇者を火葬に付していた。中でも、ポダルケースへの哀悼は並々ならぬものがあった。
彼は兄弟のプローテシラーオスに劣らぬ武勇の持ち主だったからである。
アカイア勢は、ポダルケースの塚を他の戦死者の塚から離し、豪華に作った。
そして卑劣なテルシーテースをさらに離れたところに埋め、アキレウスを讃えながら船陣へと引き揚げていった。
 その夜、アガメムノーンの天幕の中ではアキレウスが祝宴を張っていた。

◇エチオピア王メムノーン(第二巻)

 一夜が明けた。アカイア勢はアキレウスの武勇に感謝し、トロイア勢はアキレウスの恐怖におののいていた。
苦しむトロイアの人々の中で、テュモイテースが口を開いた。まだこれ以上戦うのか、それともここから逃亡するのがよいだろうかと。
プリアモスは、救援を頼んでいるエチオピア王メムノーンがやってくるまでは固く守って持ちこたえよう、と言う。
しかし思慮深いプーリュダマースは、メムノンが来ても勝利は確実ではない、と言い、
ヘレネーと彼女の財宝、そして彼女がスパルタから持ってきたすべての品々を倍にして返し講和するのが得策だ、と説いた。
 これを聞いた人々は心の中でこれに賛同したが、パリスは怒ってプーリュダマースを臆病者と罵った。
プーリュダマースも怒り、おまえがトロイアに不幸をもたらしのだ、とパリスを糾弾する。パリスは一言も答えなかった。

 そうしているうち、勇壮なメムノーンが多数の兵とともに到着した。彼は肌の黒いエチオピア人の王で、暁の女神(エーオース)の娘。
父ティートーノスはプリアモスと兄弟であり、プリアモスの甥にあたる。
プリアモスは彼の来援を喜び、歓待の宴を開く。二人は心ゆくまで語り合い、それから眠りについた。
 一方、稲妻を集める神ゼウスの宮殿では神々も饗宴を開いていたが、
クロノスの御子は、明日の戦闘では大変な災厄が襲いかかるであろうが、誰も戦場へ行ってはならぬ、と厳命した。

 きらめく明けの明星が天空に上ると、光を運ぶ暁の女神の勇敢な息子メムノーンは最後の眠りから覚めた。
母神エーオースはいやいやながらも天空に上っていく。
 トロイア勢とエチオピア勢は武装を固め、メムノーンに率いられて船陣へと進撃した。
アカイア勢もペーレウスの子を中心として戦列を整え、迎撃に出る。たちまち両軍が激突し、激しい戦いが沸き起こった。
 エチオピア勢は奮戦し、アカイア勢を押し込む。その中、アキレウスはトロイア勢のタリオスとメンテースを討ち取る。
一方メムノーンはアルゴス勢に突き入ってこれを粉砕し、多数の将兵を殺した。
プティア勢のペローン、エレウトンがまず討たれ、次いでメムノーンはネーレウスの子ネストールに襲いかかった。
ネストールの子アンティロコスがその前に立ちはだかり、槍を投げる。
メムノーンはそれをかわしたが、槍は彼の親友ピュルラソスの子アイトプスを殺した。
怒ったメムノーンはアンティロコスに躍りかかったが、アンティロコスは大石で彼を撃った。
メムノーンはぐらりとなったが、いっそう戦意を猛らせて相手に襲いかかり、
アンティロコスの胸を撃つと、次いで槍の一撃を加えた。
アンティロコスは心臓を貫かれ、絶命した。

 アカイア勢は彼の死に戦慄したが、とりわけ息子を目の前で殺されたネストールの悲痛はとりわけ大きかった。
彼はトラシュメデース(ネストールの息子で、アンティロコスの弟)に呼びかけ、兄を殺した者をアンティロコスの遺体から遠ざけよと命ずる。
トラシュメデースはすぐさま駆けつけ、アンティロコスの従士ペーレウスとともにメムノーンに向かっていった。
 二人は投げ槍を放ったがメムノーンには当たらなかった。
しかしペーレウスはさらに接近するとメゲース(トロイア勢の将。アカイア勢の同名の将とは別人)の息子ポリュムニオスを倒し、
ネストールの果敢な息子トラシュメデースはラーオメドーン(トロイア勢。トロイアの先王とは別人)を討った。
だが、メムノーンは彼ら二人が自分の敵ではないことを見てとり、悠々とアンティロコスの武具を剥がしにかかった。
 これを見て落胆したネストールは、周囲の味方を鼓舞すると、自らの年齢も省みずメムノーン目がけ突き進んだ。
自らの父ほどの年齢の老人が向かってくるのを見たメムノーンは、憐れに思って彼に声をかけた。
「ご老人、わたしがあなたと戦うことはよくありません。
あなたは大胆な戦士ですが、今すぐこのおぞましい戦場から退いてください。
わたしが望んでもいないのにあなたを撃ってはいけないし、あなたが自分よりも強い勇士と刃を交え息子の側で亡くなられるのも、
よくありません。常軌を逸していると人に噂されるのもよくないでしょう。自分より優れた者に挑むのは間違っていますぞ」
 ネストールは答えて言った。
「メムノーンよ、なにをほざく!息子のために敵と戦う者を、息子を殺した相手をその遺体から追い払おうとする者を、
誰が常軌を逸しているなどと言うものか。ああ、わしの体がまだ壮健であったなら!
そうすれば貴様にわしの槍を味わわせてやったものを。
わしは老いさらばえた獅子だ。歯はもう固くないし、力も弱く、寄る年波に剛毅な心も萎えてしまっておる。
しかし、わしはそこらの男どもよりもまだ勇敢で、わしを凌ぐ者は少ないのだぞ」
 しかし、ネストールは苦渋に満ちながら少しく退いた。トラシュメデースたちもメムノーンに追い散らされ、退く。

 メムノーンとエチオピア勢は、ヘレスポントスまでアカイア勢を追い、殺戮した。
メムノーンは法悦の境地で敵を追撃し、トロイアの大地を死体で覆った。
彼の周りにはアルキュオネウス、ニュキオス、アーシアデース、メネクロス、アレクシッポス、クリュドーンという家来たちがいて、
彼らもどっと敵陣に突入し、頑強に戦う。
 ネストールは反撃し、メネクロスを討ち取った。怒ったメムノーンはさらに猛り狂い、アルゴス勢を薙ぎ倒す。
ネストールは力強きアイアコスの末裔アキレウスのそばに来ると、アキレウスにアンティロコスの遺体を護ってくれるよう嘆願した。
これを聞いたアキレウスは悲痛にとらわれた。アンティロコスは、彼にはとりわけ親しい戦友であったからである。
それまでトロイア勢を屠っていたアキレウスはすぐさま矛先を転じ、エチオピア勢へと襲いかかった。

 アキレウスの接近を悟ったメムノーンは大石を持ち上げ、アキレウスの楯目がけて投げつけた。
アキレウスはこれを全く意に介せず、メムノーンの右肩を槍で突く。
しかしメムノーンはひるまずに反撃し、槍でアキレウスの右腕を傷つけた。その傷口から血が飛び散る。
それを見たメムノーンは喜び、勝ち誇ってアキレウスを挑発した。
アキレウスはすぐさま言い返し、長剣を抜いて斬りかかる。メムノーンも長剣を抜いてこれに応じた。
 戦闘は続き、戦塵は上天まで達した。血に飢えた死(ケール)が両軍を鼓舞し、アレースもこの殺戮を止めることはせず、
邪悪な死神(オレトロス)は楽しんでいた。
オリュンポスの神々はこの光景を見て楽しみ、テティスとエーオースの二女神は心穏やかでない。
 アキレウスとメムノーンの二人の戦いは果てもなく続くかと思われたが、
ゼウスは二人の死神を呼び寄せると、彼らのそれぞれのそばに陣取らせた。
明るい死神はアキレウスのほうへ、暗い死神はメムノーンのほうへ。
 不和の女神エリスは戦闘の釣り合いを秤で計ったが、もはや釣り合いは保たれなかった。
その時、誉れ高いメムノーンの心臓をアキレウスの剣が刺し貫いた。メムノーンの命が果て、彼の体は血の海に倒れた。
すぐにミュルミドーン勢が彼の武具を剥ぎ取る。

 メムノーンの死を知ったトロイア勢は逃走し、アキレウスは全力でこれを追った。
暁の女神エーオースは大いに嘆き、雲に隠れてトロイアの地に赴くと、自らの息子たちである風の神々を呼び寄せ、
彼の遺体を故地へと運んで行かせた。風たちは兄弟の死に呻きつつ、青白い霧を裂いて飛んでいった。
彼の遺体から血が滴ったが、神々はそれらを一箇所に集め、騒がしい河を作った。
イーデーの山から流れ下るその河の名はパープラゴネイオスと呼ばれ、毎年メムノーンの命日には血の色に染まったという。
 またエチオピア勢も、神の力により故地へと運ばれた。
 疲れを知らぬ風の神々はメムノーンの遺体を流れ深きアイセーポス河のほとりに安置した。
日が沈むと、暁の女神は天から降りてきて息子の死を嘆いた。
夜の女神ニュクス(エーオースの母)も彼女と嘆きをわかち、天空(ウーラノス)もすべての星辰を覆い隠した。
 そのころトロイアの人々もメムノーンの死を心から悼んでおり、
またアカイア勢も平原で野営していたが、アキレウスの武勇をほめそやし、またアンティロコスの死を嘆いていた。
 一晩中嘆いたエーオースはオリュンポスを憎み、日の出を考えなかった。
しかし、立腹したゼウスが激しい雷を轟かせて大地を激しく揺さぶったので、不滅のエーオースは大いに畏れた。

 肌の色の黒いエチオピア人たちは、哀悼しつつメムノーンを埋葬した。
すると、泣き咽ぶ彼らの姿がみるみる鳥の姿に変わっていった。暁の女神が彼らの姿を変えたのである。
この鳥はメムノーン鳥と呼ばれ、彼らの王の墓に飛んできては泣き、墓に土埃を振りまき、
そして互いに戦ってメムノーンを慰めている。メムノーンは冥王(アイデース)の館でそれを見、喜ぶのだ。
 不滅のエーオースは四季女神(ホーライ)とともに空に飛び上がった。
エーオースは嫌々ではあったが、ゼウスには逆らえずに天空の運行へと戻る。ホーライはエーオースを力づけてやった。
プレーイアデスが女神の露払いをしていたが、エーオースは自ら天の門を開き、闇を吹き散らした。


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