広島三矢組・組員名簿


2005年組員名簿。


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   下田崇
(シモ)
GK 前所属チーム:広島皆実高
 元日本代表。
ゴールキーパーをやりはじめたのは高校に入ってからだが、
ユース代表、アトランタ五輪代表に相次いで選出され、日本代表にも名を連ねた努力の人。
ボールに対する反応速度は日本ナンバーワンといっても過言ではなく、
01年2nd金沢での吹田戦のロスタイム、
アライーバの至近距離完全フリーからのヘッドを横っ飛びで弾き出したミラクルセーブは今でも語り草。
 ただ、そのセーブ能力に対してキックがいささか不正確なのが玉に瑕。
まあ広島GKの伝統といえば伝統なんだけど・・・

 いつも泣きそうな表情をしているが、最近はそれにも菩薩様のような神々しさが出てきた感じ。
後輩のタクトに追いつかれるかと思いきや、さらに成長して引き離した感もある。
体も頑丈で、ほとんど怪我がないので第2GK泣かせ。
普段の練習から「この座は譲らん!」との気迫でゴールを護る。
   池田昇平
(しょーへー)
DF 清水心電図
DF分が著しく不足しているサンフにレンタルでやって来たお助け人。清水ユース出身。
カズらと同世代で、彼らと同じく年代別代表に名を連ねていた。アルゼンチンWユースメンバー。
クラブのほうでもアジア・カップウィナーズカップ1999〜2000に出場し、DFながら決勝戦で決勝ゴールをゲット、
清水に国際的タイトルをもたらしている。
ペリマン監督以後の監督にいずれも重用されていたが、昨年は負傷で出遅れ、
その間鶴見がDFとして定着したために出番はほとんどなかった。
それを見返すためにも、とこの度広島行きを決意した。

 森崎ツインズやコマとは年代別代表で気の置けない仲。
広島への引越しの時は、浩司が頼んでもいないのに手伝いに押しかけてきた。
ええ話や・・・と思いきや、浩司は何もせずにモスバーガーだけ食って帰ったらしい。
気を置かなすぎだろ。とにかく、それくらい仲がいいということで。
彼らには清水FCからエスパと、サッカー初めてこのかたずーっと清水でサッカーをしてきた昇平を
サポートしてやってほしい。けど。どうだろう。全員天然の気があるし。

 当初広島では、
「顔がデカい」
「頬袋大きい」
という印象で、能力のほうははかりかねているところだったが、
第1節清水戦でのパフォーマンスで「ただのげっ歯類ではない」と認められた模様。
一対一、高さなどストッパーとしての能力は高く、キャラ的にも面白いので、
サンフでもその長所を存分に発揮してほしい。 

 浩司によれば、ゴルフの腕は「弱すぎて話にならない」とのこと。
   小村徳男
(オムさん)
DF 仙台琴鷲会
元日本代表。仙台からやってきた顔面戦士
その強烈なニックネームの由来についてはこちら辺りを参照のこと。
ビッグアーチにもたびたびオムさんの大漁旗が翻った。
そして、サンフ的には何かと縁起のよい島 根 県 出身。

 あきれるほどのヘッドの強さと対人能力の高さを誇り、
加茂時代の日本代表では主力として活躍、32試合出場4ゴールという記録を残す。
サンフ戦では鞠時代のハットトリック&オウンゴールや、
蟹時代のテルFKからのヘッドでのゴール(そのときはリカルドもゴールした!)
と、たびたび苦杯を飲ませていた。
リーグ通算でもDF最多得点を誇っているセットプレイマイスター。
ゴール後に看板に跳び蹴りかますパフォーマンスも豪快で有名だったが、
「ゴール後に看板飛び越えても状況次第ではオッケー」という審判基準の改正に伴い、
「ゴール決めたら絶対飛び越えてやる」と心に決め、
昨年の開幕戦である清水戦でいきなりサンフJ1復帰後初ゴールを決めると迷いなく看板を飛び越え、
ゴール裏に飛び出して漢のガッツポーズを繰り出していた。
これと同時にサポーターのハートをがっちりとキャッチ。
最近鹿島の岩政が凄い勢いでゴールしているので、負けるな。

 闘志をむき出しにして戦うファイターで、
おとなしい選手ばっかりのサンフにはよい刺激。
また、メディア出演やファン感ではお笑いモードで、懐の深いところを見せてくれる。
昨年途中からはスリーバックの中央として守備を統率したディフェンス・リーダー、
今年も歳を感じさせない熱いプレイを見せてほしい。

 今年の目標は「鳥になる」こと。
また、広島FMの“GOA〜L”内の「ベットのポルトガル語講座」では、
オムラ・カベソン(大頭)としてベットをサポートしている。
   ジニーニョ DF サン・カエターノ(ブラジル)
「4バック対応のセンターバック」という要望に応じ、ブラジルからやってきたDF。
最近日本行きプレイヤーを次々に輩出しているブラジルの新興強豪クラブ・サンカエターノは、
昨年はリベルタドーレス杯準決勝まで進出し、テベスらを擁するボカ・ジュニアーズと互角の勝負を繰り広げた
(ホーム&アウェイ二戦ともドローで、PK戦で敗れた)。
それだけのチームの守備の要、能力と統率力はかなりのものだろう。
29歳と経験も積んでおり、人柄やコミュニケーションに関しても問題あるまい。
コミュニケーションは日本人のほうが心配なほどだけど。
クレバーなポジショニング、激しい当たりからスッとボールを奪い取る美しい守備が持ち味。

 加入記者会見を見て――
「うおおジニーニョぶちかっこえええええ!!」
渋い。容姿も物腰もなんかいい。うっすらとした口髭が男の魅力をいや増している。
映画俳優みたい。これは人気出るね。
遠目には、かつて広島のリベロとして勇名を馳せたトニー・ポポヴィッチに似ている。

 来日に当たっては、セザール・サンパイオのアドバイスがあったという。いわく、
「広島はいいチームであり、環境が整っている」
サンちゃんありがとーう!!
   駒野友一
(コマ)
DF 若衆
 元U−23日本代表。
 精度の高い両足を持ち、両サイドどちらでもOK。
プレースキックも両足で蹴れるし、もちろん突破力もある。ミドルシュートも強烈だ。
こう書くと非の打ちどころがないプレイヤーだが、容貌のわりに非常におとなしく地味な性格。
攻めろー!という時でも地味にカバーリングしていたりして思わず泣かせる。
たとえるならいじめられっ子タイプ。
でもそういうところにやられるコアなファン多し。

 一昨年中盤に靱帯損傷で全治10ヶ月の大怪我を負ってしまいリハビリの日々、
アテネ五輪出場は不可能と思われたが、驚異の回復で昨年序盤に復帰、
U−23に選ばれて出場するや、鮮やかなターンで相手をかわし(通称コマ回し)ドリブル突破するなど大活躍。
アテネ行きメンバーに名前を連ねた。
しかし、左右どっちもできることがアダとなったか控えに甘んじ、
グループリーグ敗退が決まったガーナ戦で先発するも、
セットプレイからのカウンターを体を張って止めた際に相手のヒジが鎖骨に入り、鎖骨骨折してしまう。
それでもまた驚異的な回復でJ復帰を果たすも、今度は眼の異常を訴えてまたも離脱と、
ここ二年間はほとんどまともにプレイできなかった。
彼の年初の目標は「全試合出場」だったが、それもむべなるかな。ホントにもう怪我はしないでくれ。

 彼がいない間の右サイドは惨憺たる有様で、調子の悪い時のコマほどのパフォーマンスもできなかった。
ある意味サンフの生命線ともいえる彼のパフォーマンスが、上位進出の鍵を握るといってもいい。
体調を万全に整えて、あの、ボールに意思が宿っているかのような美しいクロスをどんどん見せてほしい。

 ここ最近怪我続きなので昨年末にお祓いしてもらい、それから調子がいいとのこと。
さらに年初にまさかの結婚。心機一転、日本代表を目指せ。
奥さんはなかなかの方で、結婚式では、
「わたしがサンフレッチェを支えます!」
と宣言したらしい。しっかりしすぎです。

「どうするアイフル」のチワワを飼っている。LIFE(スポンサー)の立場は。
   ジョベルト・アラウージョ・マルチンス
(ベット)
MF バスコ・ダ・窯
 昨年、バスコ・ダ・ガマから半年間の契約で引っ張ってきた元セレソン、
めでたく契約延長。とりあえず半年間。
札幌では「ホームシック」で無断帰国そのまま退団、という離れ業で話題をさらった。
しかし、あの事件は契約上の問題、という入り組んだ事情もあったとのこと。
サンフでは実に素晴らしいパフォーマンスを発揮し、サポーターの信頼は磐石。

 練習後の取材に「志村けんのバカ殿」姿で現れたりするなど(オムさんが買ってきたらしい)、
ひょうきんぶりは相変わらず。
練習中も明るく振舞っているが、周りが朴念仁ばっかりなのであまりウケは取れていないらしい。
乗ったれよ。
ポルトガル語を解し、ノリのよいオムさんとは特に仲が良いようだ。
広島FM“GOA-L!”では、オムラ・カベソンと組んでポルトガル講座を担当する。

 昨年は大型台風が立て続けに広島を襲い、みんなは
「ブラジル帰っちゃうんじゃないだろうか」
とハラハラ。
しかし、惜しみない運動量と守備力、パスの正確さと前への推進力をこれでもかと見せつけ、
なかなか調子の上がらないチームの中にあって抜群の存在感を見せ続けた。
また、正確な、そして相手の意識の空隙を突くようなプレイスキックを蹴りまくり、
2ndのサンフはセットプレイの得点力が飛躍的っていうか爆発的に向上した。
今やサンフの中盤には欠かせない存在。

 恐るべきタフマンで、札幌では「全治三週間」の重傷と診断されながら、
一週間で復帰したという恐るべきエピソードをもつ。
広島でも2nd新潟戦で負傷交代し次節よりの出場が危ぶまれたが、
次節緑戦では元気に出場して3−0の完勝に貢献した。

 祈・契約延長。
   森崎浩司
(コージ)
MF 若衆
 元U−23日本代表。
カズの双子ので、左利き。ライバルはそのカズ(右利き)ということで、
まさに「鏡の向こうのライバル(いつかのサッカーマガジンより借用)」といった感じ。
兄より攻撃的な位置を得意とし、「得意なプレイはシュート」と言い切る。
兄のキープ力に対して彼はダイレクトプレイに優れており、ゴールに直結するプレイを好む。
 ネーミングの由来は、ミスター赤ヘル「山本浩二(昔は山本浩司だった)」から。
なので、ご家族の方々は、
浩司は8番じゃろうが」
と思っているかもしれない。

 昨年はチーム一の7ゴールを記録。
しかし、アテネ五輪の後、それまでの肉体的精神的疲れがどっと出て「バーンアウト症候群」にかかってしまい、
本調子にはほど遠い状態に。休養を余儀なくされてしまった。
最終盤にようやく本調子を取り戻してきたが、そこでシーズン終了。天皇杯も初戦で敗退していたため、
今年はそれでプレイ納めとなった。
U−23でも彼の本来の位置ではない左ウイングバックで使われ続けたこともあり、
何かにつけて中途半端な一年だった。
シーズンオフには別府で湯治し、リフレッシュ。今年は頼む!

 山本監督にウイングバックで使われたように、
彼はFWでもボランチでもサイドでも、やれと言われれば一定水準でこなせるとても器用な選手ではある。
ただ、それゆえに「彼の居場所が」一定せず、そのため「これ」といった魅力が輝き出でていない。
指揮官には、彼のポジションをしっかりと固定し、気楽にプレイさせてやってほしい。
もちろん、ちょっと天然系なところがある浩司にも、いっそうの勝負に対する貪欲さを望む。
かつて攻撃大好きヴァレリー・ニポに「彼はスターになれる男」と言われた男、今年こそ開眼せよ。

 小さいときは警察官になりたかったとのこと。理由は、
「権力があるから」
末恐ろしいちびっこであった。
   森崎和幸
(カズ)
MF 若衆
 元U−23日本代表候補。
 かつてのボス・エディからは「スモール・ナカタ」と讃えられ、
2000年には新人王に輝いた、「21世紀のカズ」。
ユース代表でも攻守の基点となった。
サンフの中盤にあっても攻守の要となる。

 浩司とは双子の兄弟で、こちらが右利き
二卵性双生児なのだが、見事に瓜二つ。見分けるのは至難の業。
とりあえずカズには鼻の下にホクロがあるので、そこで見分けてクワさい。
双子だけあって互いに何を考えているのかわかるらしく、
ときどき電波交信でもしているかのような信じられないコンビプレイを見せる。
しかし彼らのコンビによるゴールは公式戦ではまだ一回しかなく、もっと見たいと思う。
昨年のGWには、長居でツインズアベックゴールを披露。

 昨年は「殻を破る」ことを目標に、チームでもトップ下やシャドーストライカーと攻撃的な位置でプレイ、
5ゴールを挙げた。チームが苦闘する中でいろいろと考え悩みながらプレイを続け、
終盤にはようやく「殻を破ってきた!」と見る者に思わせるようなファイトを見せ始める。
シーズン終了後にもその年の反省をかなり厳しく語っており、
今季はエコーズカズACT2」が見られそう。
そして宮崎キャンプで小野監督より今季のゲームキャプテンを拝命、チームをまとめる立場になった。

 小さいときは「ラーメン屋」になりたかったらしい。
何でなんだよ。
   茂木弘人
(モギーニョ)
FW 聖光学院高
 元U−20日本代表としてワールドユースに出場した、福島の星。
ポスト、パス、シュートおまかせ、さらにスピードもある総合力の高いストライカーで、世界を狙える逸材。
地元(福島)に近い仙台を蹴って広島へとやってきた。

 初ゴールゲット後、
「初ゴールはもっと早く取れると思っていた」
ルーキーイヤーでのA契約後、
「今年中のA契約を目指していたので、うれしい」
などと、その素朴なツラに似合わず結構したたかな面も覗かせる。
でも、声援を送ると、いちいち丁寧にはにかみながらお礼を返してくれるので、和みます。

 ほっぺが赤くて、色白。夏でも白い。メラニン色素が少ないため、暑さには弱い。
グアムキャンプでは真っ赤な顔になっていた。
個人能力は高いが、前線からの守備、そしてスペースを創出する動きに難があり、
戦術第一の小野監督にはなかなか起用されない日々。
それでも2ndではアウェイ新潟戦でゴール、緑戦では先制点を呼び込むシュートと、
出れば何らかの活躍はしていた。
あのスピード、そして目の覚めるような弾丸ミドルシュートを見ているサポーターは、
「四の五の言わずに先発させろやコラ」
と内心イライラしている。自分とか。
今年は即戦力FWがガッポリ入ってきたため、勝負の年。
本人も契約後に「来季は死ぬ気でやる」とシリアスなコメントを残している。
キレたモギーニョのプレイに要注目。
10  ジョゼ・マルチンス・アントニオ・ガウボン
(ガウボン)
FW パラナ(ブラジル)
最近ぶっちゃけハズレ続きの外国人FWに、今度こそ!と強化部が召喚した、ブラジルの若きストライカー。
昨年はパラナに所属、開幕戦でサントス相手にゴールを決めて金星の立役者となると、
全国選手権42試合出場15ゴールの記録を残した。
長身でヘッドが強く、また足元の技術も高いレフティ。

 グアムキャンプに途中合流すると、次の日のミニゲームに志願出場し7分間で2ゴールを挙げた。
その後の練習でも高い身体能力を見せつけ、周囲の信頼を得る。
そして宮崎キャンプでは、柏、蔚山、城南、吹田との練習試合で連続ゴール。
すでにエースの座についた。
しかしブラジル人にしては非常におとなしい性格らしく、コメントも真面目で謙虚。
練習試合でのゴール量産についてコメントを求められると、
「本番で取らないと意味がありません」
と言ってのけた。そこにシビれるあこがれる。

 背格好がモリツァに似ているので、
「盛田1号、2号」
あるいは
「ガウボン1号、2号」
と呼ばれて親しまれているらしい!

 すでに妻帯、愛息もいる。
グアムキャンプに発つ前には奥さんが泣いていたそうだが、
日本には彼女と息子も呼び寄せたということで、心置きなく働けるだろう。
11  佐藤寿人
(ヒサト)
FW 仙台琴鷲会
元U−20日本代表。
森崎ツインズと同年代である佐藤ツインズの弟。
U−20代表では一緒だったこともあり、森崎ツインズとは旧知の仲。浩司とは「弟同盟」を結んでいたらしい。

 根っからの点取り屋。
スピードを活かしてゴール前に飛び出し、一瞬でゴールを陥れるフィリッポ・インザーギみたいなタイプ。
気持ちが強く、ゴール前へ強引に割って入って決めることも多い。
仙台では残り時間が少ないという時に何度も奇跡的なゴールを決めていた。
ただ、PKには弱いという話。

 一昨年、サンフがJ1に復帰する際にも彼にオファーを出していたが、
彼は「仙台を離れるわけにはいかない」とこれを拒否していたらしい。
しかしサンフが昨シーズン終了後に、彼の獲得を熱望する小野監督直々の誘いも含めて再びオファーを出し、
彼は仙台との交渉内容も考慮して、悩んだ末にサンフ行きを決めたとのこと。
 サポーターを非常に大切にする性格で、仙台ではもともとレンタルで入ってきた身ではあったが、
すでに仙台の顔といってもいい存在になっていた。
それだけに今回の移籍には、サポーターの間ではかなり複雑な感情が交錯していたようだ。
寿人は、彼らに対するけじめのためにも、自らの判断が間違っていなかったことを結果で示す必要がある。
こちらも、それを望む。

 NHK広島のインタビューで、
「カズと浩司の走り方、変なんですよね」
と、なかなか広島の人間がツッコめないことを言った。
12  サポーター・ナンバー
クラブを有形無形あらゆるところからサポートする。
13  田中俊也
(トシヤ)
FW 星稜高
 星稜高出身。
一見して「海の男か?」と思ってしまった、意志の強そうな顔立ちに引き締まった肉体。
身長はそれほど高くないが、その頑健な身体を生かしたポストプレイ、また強引な突破ができ、
それだけでなくクレバーな動きからフリーになりゴールを奪うことのできるストライカーで、
ある意味モギと似たタイプのスタンドプレイヤーだ。
 
 二年目の昨年はゴール前の強さとシュートの正確さを売りにいよいよ公式戦デビューも、
いざ本番となると期待に応えることができず、トップとサテライトを行ったり来たりの日々。
しかし、2ndの緑戦で途中出場すると、龍朗のクロスをゴール正面で受けて一人をかわしシュート、
これがうれしい初ゴールとなった。
しかしそれからのパフォーマンスが一定しなかったのか、再びサテライト行きとなり、
活躍の機会と話題は俊介に奪われることになってしまった。
せっかく結果出したんだから継続して使ったれよ・・・と小野監督に思わなくもない。

 今年は、FWとしてはけっこう重いナンバーを背負う。
「シュートにかけてはチーム一」と小野監督が評するその力が、
百花繚乱となった今年のストライカー陣の中で輝くか、どうか。
14  木村龍朗
(タツロー、キムタツ)
MF 若衆
 ユース出身。
ドリブルよし、パスよし、シュートよし、フェイスよしの四拍子揃ったハイレベルなプレイヤー。
ちょっと儚げな甘いマスクの彼が滑らかにドリブル、美しくパスを出してゴール前に走り、
ボールを受けるや華麗な身のこなしから鮮やかにゲット!した瞬間、
もうスタジアムの老若男女はズキュゥゥゥンとキムタツの虜さ!
 ユース時代はエースとして活躍し、サテライトに出場してゴールを決めたことも。
「右サイドからのスローインを西村がヘッドで反らして入ってきたボールを胸でトラップ、
DFが詰めてきたのを感じるや左足でボールをリフト、頭上を越して後ろに回すと同時に右回り瞬転、
DFを外してシュートコースを空けるや落ちてきたボールをダイレクトボレーでゴールに突き刺すゥゥゥ!!」

という、トヨタ杯のプラティニのあれを彷彿とさせるファンタジー全開のもうたまらんちんゴールを披露。
Jユースカップでもエースとしてチームを引っ張り、苦戦が続く中ここぞというところでゴールを決め、
準優勝に大きく貢献。
 ここぞというところでゴールを決める・・・エースのオーラを漂わせる彼が、
クヴォ・タツの抜けた後の新たなる「タツ」としてチームに君臨することができるか。

 昨年はいよいよトップ出場を果たし、その変幻自在なドリブルで敵陣を何度も切り裂く。
2ndの緑戦ではカウンターから右サイドをドリブルで突破し切り返してクロス、俊也のゴールをアシストした。
またFW、ボランチ、そして右サイドといろいろなポジションをこなし、かなりプレイの幅を広げている。
今年はMF登録ということで、トップ下もしくはボランチを務めることになるのだろうか?
彼の本領はやはり攻撃において発揮されるので、練習でしっかりアピールしてほしい。

 その美貌で高い人気を誇っていた彼であるが、
今年は強力なライバル・一誠が入ってキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
人気でも負けないように、気張れ!
15  田村祐基
(タム)
FW 若衆
 ユース出身。ジュニアユース出身の選手では初となる、広島へのトップ昇格選手。
(ジュニアユース出身初のプロ選手は、福岡の沖本尚之)
 ユースでは1年の頃より公式戦に出場、豊富な運動量とキープ力で、
主に途中出場で馬屋原とのツートップを組むことが多かった。
2年の時は馬屋原のサブも、運動量を活かした前線からの献身的な守備とボールへの執着心が目立った。
ただシュートの精度が著しく低く、まるで鈴木隆行みたいな感じだった。
しかし3年になって一気に成長。それまでの長所に加えシュート精度アップ!
クラセンU−18ではスーパーサブ的役割で5ゴールを挙げ優勝に貢献、
全日本ユースでは馬屋原を押しのけセンターFWとして先発、2ゴールを挙げた。

 一年目の昨年はその運動量でアピール、1stの鯱戦で早くも初出場。
リードされた後半から投入されるや、浩司へのパスをその前でカットして切り込み、
楢崎@一億円のニアを破る豪快同点ゴール。投入4分でゴールという鮮烈デビューを飾った。
このまま元気を押しのけて主力入りか!と期待されたが、その後調子を崩し、
またなかなか評価を上げられず。2ndで龍朗や俊也が結果を出し、それに埋もれた格好になった。
今年は巻き返しを期待する。

 とにかく運動量豊富で、前線から中盤まで走り回ってボールを追うことができ、
キープ力がありポストプレイもできる。フィジカルを活かした突破力もあり、
強引なドリブルからシュートを放つことができる。小野サッカーにはぴったりのタイプ。
地道に成長を続けてきたストライカー、大化けの可能性は少なくない。
 プロになってちょっと遊んでないかと思うことが時々あるので、努力は怠らないようにしてほしい。
16  李漢宰
(ハンジェ)
MF 広島朝鮮高級学校
 朝鮮民主主義人民共和国代表。元U−23朝鮮民主主義人民共和国代表。
広島朝鮮高出身の、在日朝鮮人期待の星。
その物腰と言動は誇り高きコリアの血を引くことを如実に示す。

 昨年は出場機会も大幅に増え、その運動量と激しい当たりで中盤の潰し役として大いに活躍。
サンパイオがいなくなったあと、中盤守備を一手に引き受けていた。
ただ、ダイレクトプレイにこだわるあまり無理なパスを出してカットされることが多く、
また攻撃時にも周囲を使う意識に欠けるなど、
攻撃面に関してはまだまだ課題が多い。
もっと冷静さと、いい意味での余裕が必要だ。

 代表ではトップ下をつとめ、昨年のアジア一次予選では国家代表に初召集され、
開始1分に先制ゴールを決めるという鮮烈デビューを飾った。
その試合では、監督より
「(使えって日本の同胞から言われてるから使ってやるが、)ダメだったら前半で交代だ」
と言われていたそうだが、「そんならやってやるぜ!」と闘志を燃やしてのいきなりゴールだった。
ちなみにヘッドで決めたらしい。
日本暮らしということで、ほかの「国内組」とは別部屋というなんとも肩身の狭い境遇だそうだが、
新潟のヨンハッといっしょに頑張ってほしい。
自分はサンフの選手がいなくとも当然日本を応援するが、その二人だけには日本戦以外での限定活躍を望む。

 ラジオでしゃべるの聴いていると、なんとなく
「ケイン・コスギに似てるなあ」
と思う。
また、カラオケマスターとの評判で、
ファン感では「栄光の架け橋」を歌ってその実力を示し、大喝采を得た。
17  服部公太
(コータ、ハム太)
DF 渋谷幕張高
 広島の攻撃の要。
2部陥落をささやかれていたどん底の時代から活躍、その左足を駆使してサイドからクロスを次々と撃ち込む。
その信頼は絶大で、彼の不振時も当時のボス・エディは彼をスタメンから外そうとはしなかった。
ついに復調すると、翌年(01年)はその左クロスからゴールを次々に演出。アシストランク3位に入った。
実はその年彼の足は疲労骨折を起こしていたが、
彼はJ1残留のために痛みをおして最後まで出場した。男です。
 J2陥落時は、その後遺症もあってその年満足に活躍できなかった自分を責め、
「自分のせいでJ2に落ちた」とコメントしていた。

 その反省もあったのか、
一昨年はリーグ戦44試合フルタイム出場という鉄人ぶりを発揮。
二、三人に囲まれながらもドリブルで突破するという凄まじいプレイを連発し、
サポーターを熱狂させた。
昨年は上村移籍もあって主将を任される中リーグ戦30試合フルタイム出場し、鉄人度をさらに増す。
でも、ちょっとクロスの精度がよくなかったので、そこらへんもう一度見直してほしい。

 「見栄晴フェイス」もずいぶんと精悍になり、男の渋さを増した、と思う。
時は人を変える。
その長髪もカールさせて金髪に染めたりしたので、
「ベルばらですね」
と言われたりもした!
娘さんの名前は「宇宙(そら)」ちゃん
ハム太、ガンダムファン疑惑。
18  吉弘充志
(ミツ)
DF 広島皆実高
 広島皆実高出身。U−20日本代表。
一対一に強く、長身でヘッドも強い。
また一瞬の判断力にも優れ、正確なフィードを前線に送ることもできる。
高校時代は青山と同じく特別指定選手に承認され、サテライトのゲームに何試合も出場。
浦和をはじめ数クラブから獲得の打診があり去就が注目されていたが、
彼の選択は地元のサンフだった。
「たとえ広島がJ2に残留することになっても、僕は広島に入るつもりでした」
男だぜ!
アジアユース、ワールドユース、そして北京五輪の主軸として、世界での活躍も期待される。

 一年目から戦力として公式戦に出場。昨年圧倒的な攻撃力を誇った浦和との戦いではホーム・アウェイともに出場、
田中達也を押し潰し、エメルソンを投げるなど圧倒的な一対一の強さを見せつけた。
彼は誰の挑戦でも受けて立つ。
男の中の男、出てこいや!

 加入時、中国新聞掲載の写真見て、
パンチ(佐藤康之)二世キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
と小躍りした人は少なくあるまい。
それはともかく、将来のディフェンスリーダとしてしっかりとクラブで、代表で、研鑽を積んでほしい。
あと、そのファッションセンスなんとかしろ。
マエストロ・ソダンにレクチャーしてもらいなさい。
19  盛田剛平
(モリツァ)
FW 大宮栗鼠同好会
 完全移籍実現で、広島のポストプレイ愛好者、狂喜乱舞。
やはりポストプレイは広島の華。高木琢也以来の伝統である!むしろ安芸国国技

 昨年2ndより大宮より期限付き移籍。
彼の経歴はけっこう複雑で、
アジアの核弾頭と呼ばれた男・ハラヒロミの眼鏡にかなって鳴り物入りで駒大より浦和に加入、
会見で「利き足は頭です」という名文句をかましたものの、
期待に反してヘッドは不発、両足も不発。
とんだ不発弾だー!と浦和を放り出され、それから桜へレンタルされるもののここでも不発、
その年の内にこんどはJ2の川崎にレンタルされる。
リーグ戦無得点が続いていたが、京都戦で衝撃の初ゴール!
その後大宮へ移籍し、電柱役だけでなく二列目としての役割も任された。
02、03年はそれぞれ32試合(4ゴール)、28試合出場(2ゴール)と経験を積み、サンフへとやってきた。
加入会見で「利き足は?」と意地悪な質問をされ、
「左足にしといてください・・・『足』っていいましたよね?」
と笑ってごまかす。
こちらは電柱キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!と喜ぶ一方で、「使えるのかよ…」と内心不安におびえる。

 キャンプではいきなり足の張りを訴えて別メニューとなり、
「やはりモリツァはモリツァか・・・」
と思わせたが、若いモンが多いこの組にあってはさすがに責任感を感じたか、
すぐに復帰し、紅白戦ではセンターFWとしてポストに飛び出しに奮闘。
「ザ・ニューモリツァ!」が見られそうな雰囲気が漂う。
そして、ナビスコ杯桜戦で見るも鮮やかなループシュートを決めて調子に乗ると、
J1・アウェイの柏戦でも玉ちゃんスーパーゴールの価値を半減させる値千金の同点弾で、
ねんがんの J1初ゴールをてにいれたぞ!
それからは(満足してしまったのか)ゴールがなかったものの、安定したポストプレイで前線での基点となり続けた。
俊介のゴールも、彼の豪快なヘッドでの落としからだった。

 ファン感ではメガネにハゲヅラ着用で松山千春のものまねを披露、「おもしろい人」としてさらに人気アップ。
完全移籍を、との声が高まった(それでかよ)。これからもおもしろい事してください。
奥さんは関東での試合に観に来るが、試合後のツッコミがきついらしい。
と思っていたら完全移籍に伴い奥さんも広島へ来たらしい。毎日ツッコミ入りそう。
20  大木勉
(ベン)
FW 大分聖三位一体教会
 元U−20日本代表。立派なマユ毛と高い能力を有するものの負傷がちで、
大分聖三位一体教会へレンタルされたものの全く活躍できず。
広島に帰ってきたものの誰にも期待されず解雇直前まで追い込まれ、ついに職安で職を探し始めたが、
時の監督・ニポは我慢強く使い、ついにお菓子杯の東京組戦でVゴール!
それからはクヴォとのコンビで得点を量産、レギュラーの席を獲得した。
日本で一番クヴォと息の合うプレイヤーで、
「どーやったらそれが通るん?」
と言わざるを得ないワンツーを頻繁に繰り出した。
5人くらいいる密集の中をワンツーで突破したときは悶絶しそうになったデスよ。

 性格も優しく、かつて久保が日本代表に選出された際、
「知らない人ばかりだから行きたくない」
と嫌がっていたのを心配した彼は、そのとき同時に選出されていた安永に、
(彼はU−20日本代表でベンとツートップを組んでいた)
「久保の話し相手になってくれ、頼むわ」
とお願いしたエピソードがある。

 昨年はFW一の稼ぎ頭で、5ゴールをマーク。
前線からの守備と中盤でのつなぎを忠実にこなし、キーマンとして活躍した。
しかしスタミナの減退からか夏場には弱く、フィジカルも劣っていたためゴール前での強さが見られず、
見ていてイライラすることも多かった。
かつては久保が「ベンさんは巧い」と絶賛して止まなかったテクニックにもちょっと陰り気味?
2nd吹田戦で、前に立ちはだかるシジクレイにまっすぐドリブルで突っ込んで行ってそのまま激突、
吹っ飛ばされた
シーンは「ファントムドリブル失敗」としてつとに知られる。
それでもゴール前で合わせたらほぼゴールというシュート精度の高さは健在だったりする。
2ndアウェイ神戸戦での2ゴールには彼を見直した。

 ストライカーとしては何かと爽快度に欠けるために野次の対象となることが多いが、
じっくり見れば味のあるプレイヤー。だからあまりいじめるな。

なお彼の名前は、「つとむ」ではなく、「すすむ」と読みます。
21  上野秀章
(ウエノ)
GK 京都紫僧会
昨年7月、京都より4ヶ月の期限付き移籍で広島へやってきた。
カズ、コージそしてタクトらと同世代で、
その年代別代表にもたびたび名を連ねている有能GKのはず、なのだが、
なぜか京都ではくすぶっており、こんな奴の後塵を拝するなどベンチにも座れない日々。
ユース年代をよく知る小野監督や望月コーチも
「京都は何さらしとるんじゃ」
と憤慨し、林がアテネに行っている間の第2GKを彼に任せることに。
11月限りでいったん京都へ帰ったが、河原が鳥栖レンタルのために再び今年2月からまた一年間のレンタルで広島へ。
卓人がけっこう電撃的に札幌に行ってしまったため、いきなり第2GKとなる。頼むぞ。

再び広島へ来ることになった時のコメント、
「良い環境の下でもう1年、がんばりたいと思います」
松永成立の面目なし。しかしモチさんは元日本代表GKコーチゆえ、それも当然。
今年また一年精進して、京都へ帰ったら正GKになれるようにしっかり鍛錬してほしい。

基礎能力は高く、さらにコーチングひっきりなしの「しゃべくりGK」なので、
サテライトとかで見ているのも楽しい。広島には声出すやつ少ないし。
結構よくしゃべるが関西人ではなく、北海道出身。
「チャチャ」という名のネコ(拾い猫)を飼っている。赤ずきん?
22  西河翔吾
(ショーゴ)
DF 広島修道大
ビッグアーチを対面に望む広島修道大より、初の大学生Jリーガー誕生。
沼田高時代は国体選抜、修道大に進学するとデンソーカップの中四国選抜に選抜されるなどそこそこの活躍はしていたが、
広島を含むJからは全くのノーマークだった。
しかし昨年の練習試合でスカウトの目に止まり、特別指定選手として登録され、いきなりお菓子杯・鞠戦に先発出場。
激しいプレイでイエローをもらった後、後半に不可解な判定で二枚目のイエローをもらい退場となったが、堅実なプレイを見せた。
小野監督からも信頼され、2ndは八田・大久保を押しのけてベンチに座るようになり、
試合に出れば確実なパフォーマンスで期待に応えた。

 さらに昨年はサンフでプレイした次の日に中国リーグにフル出場したりと、プロと大学二足のわらじをはく生活で、
そのかいあって修道大はめでたくインカレ出場。
そしてグループリーグで関東リーグ1位の筑波大と当たったが、彼は平山相太相手に空中戦で完勝するなどほとんど何もさせず。
チームも筑波大を1−0で破る大金星を挙げた。
シーズン後にはプロ契約の打診があり、3年生の彼は大学サッカーとの兼ね合いで悩んだが、
やはりプロでやりたい、と契約を結び、正式に広島の一員となった。

 長身を活かしたハイボールへの強さに加えカバーリング能力を兼ね備えるDFで、
プレイが堅実でミスが少ない。加入会見の時もリラックスしてにこやかだったので、精神的にもタフなんだろうと思われる。
時々荒っぽいプレイでカードをもらうことがあるので、そこを克服してほしい。
「気軽に声をかけてください。笑顔が特典です」と会見の時に言っていたので、声をかけるべし。
今年は大学4年生、修道大サッカー部の籍は外れたが大学生という身分は変わらない。
ちゃんと単位取って(かなり残っているらしい)、きっちり卒業するように。
23  青山敏弘
(アオ)
MF 作陽高
 作陽高出身。
高校時代は、2年の時に選手権県予選決勝で自らのゴールが「世紀の誤審」にて認められず選手権出場を逃す。
日本中の注目が集まる中で彼は潰れることなく立ち上がり、翌年主将としてチームを率い見事に選手権出場を果たした。

中盤センターから正確なパスを左右に散らし、
時に攻め上がって凄まじいミドルシュートを叩き込むボランチ。
2年の時の選手権県予選決勝の「幻のゴール」、
3年のときの国体・東京選抜戦の決勝30mロングシュート、
いずれも一直線にゴールを射抜いた、目の覚めるような弾丸シュートだった。
やや小柄ながら、その闘志と統率力でチームを率いることのできる存在。
高校時代から特別指定選手としてサテライトのゲームにたびたび登場し、
一年目の昨年はお菓子杯・鞠戦で右サイドとして先発、
ハンジェのスルーパスを見事な飛び出しから決めて公式戦初出場初先発初ゴール。
サテライトでもよいパフォーマンスを見せていたが、その後骨折してしまい、2ndでは出番なし。
せっかく選ばれたU−18日本代表(彼は早生まれなので)もふいにしてしまった。
今年は巻き返しの年になる。

 ニャーニャーニャーの猫の日生まれの柔和な顔立ちの裏に、
決して折れぬ不屈の精神を秘める闘将。
さらに「Jリーグ28」では見事な肉体美を披露、人気急上昇(どこ方面の)。
この流れに乗っていけ。
24  前田俊介
(シュンスケ、マエシュン)
FW 若衆
U−20日本代表。
高田FCそして高田町の若衆の中で育った高田育ちのドリブラー、いよいよプロ入り。
年代別代表だった彼はいろいろなところから誘われたらしいが、その中でサンフを選んだ理由は
「ほかの高校は上下関係が厳しかったり雑用ばっかりやらされたり、
下級生がTシャツにデカデカと名前書いて練習したりしていてイヤだったから」

というなんともわがままな理由だったらしい。

 ユースでの活躍は有名なので、特に書くこともない。
03年のJユース杯、04年のクラブユース選手権、高円宮杯と三大会連続得点王。
Jユース杯準決勝の「ノートラップランニングボレー隼シュート」や決勝でのアシストにループ、
クラセン決勝でのハーフループに高円宮杯決勝でのGK股抜きなど、とんでもないプレイをいとも簡単にやってのけた。

 3年になると第2種出場登録されてトップチームにも呼ばれ、試合に出場。
最初のうちは自慢のドリブルも新潟や山西ぐらいにしか通用しなかったが、
とにかくボール持ったら勝負!の姿勢は最後まで貫いた。
2ndになるとごく普通にリザーブに入るようになり、
少ない出場時間の中で徐々にプロの間合いを覚えてくると、ついに2nd磐田戦、
モリツァの落としに走り込み左足ダイレクトシュート、これを見事に決めて公式戦初ゴールを記録した。
そして最終節の浦和戦では中盤でボールを持つとドリブル開始、五人を抜いてPAに迫るなど見せ場を作った。

12月のJユース杯では足の状態が悪く、試合前からマッサージをしないと足がもたないという
「先発したらダメじゃん!」状態ながら、ドリブルで相手に脅威を与え続けた。

 高円宮杯の活躍で、今までは「チビでスタミナないから呼ぶだけ呼んでポイ」だった年代別代表にも
本格的に加えられた。しかし12月の代表候補合宿の練習風景ビデオで見せてもらったけど、
見た感じあんまりやる気なさそうだった。でも練習試合では活躍してたそうだし、カタールメンバーにも選ばれたから、
案外やる気はあったのかもしれない。

 キレのあるドリブル、奇想天外な発想、左足から繰り出される鋭く正確なパスとシュート、時にはFKも蹴ったりと、
見る者を夢と熱狂の世界に引きずり込むためのアビリティをしこたま詰め込んだプレイヤー。
人見知りする性格で、チーム内に知り合いがけっこういないと落ち着かないらしいが
(本人によれば、「四人では少ない、もうちょっと必要」とのこと)、
今年は洋次郎に一誠に纉cに森脇にさんま、先輩に龍朗と田村と、よく知ったのが八人になったから大丈夫だろう。
それでも慣れたら関西人らしくボケ倒しモードに入るので、そこは久保竜彦とは違うらしい。
プレイは天才肌だが、クールなところも持っていてちゃっかりしてそうなので、
プロに入ってもメリハリつけてうまくやっていけそうだ。
25  高柳一誠
(いっせー)
DF 若衆
ユースより昇格。U−20日本代表候補。
ジュニアユースから昇格した1年のころから左サイドバックのレギュラーとして活躍。
守備的な位置ならばどこでもこなすことができるユーティリティーさをもつクレバーなプレイヤーで、
攻守のバランス感覚に優れ、堅実な守備だけでなく攻め上がってゴールも決めることもできる。
公式戦初先発初出場のお菓子杯・緑戦では、目の覚めるようなミドルシュートを決めていきなり初ゴールも記録した。
昨年はユースでは主にボランチを、トップでは右サイドを担当したが、
トップチームやU−19日本代表にも引っ張られる「三足のわらじ」をはき、
いろいろと考え込みやすい彼にとってはかなりパニックな一年だったようだ。
それでも、得るものは大きかったと思う。

 サッカーセンスは抜群。ただ、体のほうがまだちょっと追いついていないか、というところ。
体を鍛えて、プロのスピードに慣れていけば、おのずと出場機会は巡ってくるだろう。
繊細で、ちょっと考え込みやすい性格なのが玉に瑕だが、いい具合にこなれてほしい。

 ユースでは圧倒的な人気を誇っていた。試合後には出待ちが列をなすほど。
年代別代表でもかなりのファンを集める。
美形ということであれば柏木(ユース)も結構なものだと思うが、女子はちょっとワイルド入った一誠のほうがいいのか。
近頃とみに毛髪の量が増えてきて、走っているとよく「ゲゲゲの鬼太郎状態」になるので、
視界確保のためにもちょっと散髪しなさいよ、と思う。
26  高萩洋次郎
(ヨージロー)
MF 若衆
 U−20日本代表候補。
ユース2年時にトップチームに参加して評価を上げ、
そして4月5日のJ2第4節湘南戦(アウェイ)で途中出場し、J最年少出場記録を作った(昨年緑のモナウドがこれを破った)。
その後、11月1日にプロ契約。クラブもJ1に復帰し、昨年はレギュラー獲得も期待された。
しかし、いきなりおたふく風邪にかかって体づくりのキャンプに出遅れたり、
U−19日本代表に取られたりでなかなか公式戦に出ることができず、ようやく1st第15節、アウェイ磐田戦に途中出場。
しかし投入されたのはシャドーストライカーの位置で、なかなかやりにくかったようだ。
 新潟国際ユースでU−18日本代表の主将としてチームを優勝に導き、
その後足の甲を骨折したものの2ndステージには何とか間に合わせ、
そして第2節・桜戦ではついに公式戦初ゴールを決めた。これが決勝点となる殊勲のゴールだった。
ゴールの後、ユースから抜擢されて出場していた一誠に「靴磨き」してもらうという一幕も。
 そしてアジアユースに出場、集団下痢に巻き込まれて「俺の体はボロボロだ!」というダディ状態だったが、
ボランチで走り回り、ゴールも記録した。

 抜群のテクニックを持ち、素晴らしい精度の長短のパスを駆使する。
視野も広くダイレクトプレイも秀逸で、ノールックのサイドチェンジパスを出すこともできる。
脚は大丈夫かというくらい細いが、ものすごい威力のロングシュートを放つ。
もちろんプレイスキックも蹴ることができる、飄々エレガントなゲームメーカーなのだが・・・
やはりまだ体が細い。同年代レベルではまだ問題ないが、年長の屈強な選手を相手にすると厳しい。
しかし、テクニックを後付けすることは難しいが、体力を後付けすることはそれよりは楽。
精進してほしい。
とはいえ、本人によると、「いくら肉を食べても太らない」ので困っているという。
何とうらやましい悩みか―――!
もっと食いやがれ。

 モギーニョと同じ福島県出身だが、
「暑さに弱い」と公言する彼に対し、洋次郎は「暑さには強いんです」ということらしい。

 サラサラヘアーの持ち主。いつでもどこでも長髪サラサラ。
U−19代表合宿ではファンに「シャンプー何使ってますか?」と訊かれて、
「エッセンシャルです」
と答えていたミスターエッセンシャル
高校を卒業し、いよいよサッカー一筋になった洋次郎の巻き返しに期待。
19歳だからって、甘い考えで挑まないように。
27  ジョルジ・ペレイラ・ダ・シルバ
(ジョルジーニョ)
FW 名古屋八鯱会
名古屋より加入。
名古屋の猛犬「ピチブー」ことウェズレイの弟で、今年20歳の若きストライカー。
昨年名古屋にやってきて、「C契約の第四外国籍選手」ということでなかなか出場機会に恵まれなかったが、
兄のピチブーが負傷すると出場機会を得、2ndで2ゴールを挙げた。
兄譲りの瞬発力と馬力そして運動量で攻守にわたって活躍でき、
昨年12月には早くも広島へやってきて練習に参加するなど、かなり真面目な選手。
ジニーニョ、ベット、ガウボンと外国籍選手がいるためにまず彼らとの競争に勝たなければならないが、
昨年一年を日本で過ごしているというアドバンテージを活かし、ポジションをつかみ取ることができるか。

夢は、「日本国籍を取ってW杯に出ること」らしい!
28  吉田恵
(メグさん)
DF 市原ブリーダー連合
 ハム太のバックアップ求む!ということで昨年市原からやってきた。
左サイドのプレイヤーだが、スリーバックの左ストッパーもできる。
温和で協調性が高く、さらに川勝男塾で鍛えられた精神の強さ、
そしてオシムイズムを併せ持つ。

 昨年は3バックの左、また4バックの左サイドバックと二つのポジションをこなした。
試合中の3バック→4バックのシステム変更も、彼の存在があってこそなしえたもの。
確実なカバーリングと体を張った守備を見せ、頭から出血しながらも包帯で止血しなおも戦い続けたゲームでは、
「さすが男塾出身・・・!」と唸った。

 28番という番号は、彼が尊敬する「鉄人」衣笠祥雄の広島カープ入団時の番号。
サンフでは二年目となるが、この番号は引き続いて彼の背につくことになった。
その経験と生き様は、若手のよい手本となるだろう。
彼らに日本男児の生き様(色なし恋なし情けあり)と魂(強く激しく暖かく)を注入し、
サンフの道を魁よ。
29  森脇良太
(マッスル、モリ)
DF 若衆
ユースより昇格。昨年のU−18日本代表。
サンフレッチェびんごジュニアユース出身では初のプロ入り選手となる。

ご存知、ミスターマッスル。
ユース時代からそのフィジカルは圧倒的で、
国見の屈強な面々のアタックも彼にとってはへのつっぱりにもならなかった。
右サイドバックが基本的なポジションだったが、チーム状態に応じてセンターバックやボランチ、
そしてびんご時代では本職であったFWで活躍。
迫り来る敵をショルダーチャージで吹き飛ばし、誰も寄せ付けないマッスルドリブルで中盤を蹂躙し、
最後はマッスルキャノンで豪快にゴールを射抜く。そのダイナミックなプレイぶりに魅せられる者は多い。
その一方で逆サイドへの正確なサイドチェンジを多用したり、
ルーレット(三段階くらいにギクシャクしてる)やクライフ・ターンを使いこなすなど、
元FWならではの高いテクニックも併せ持つ。
 向こう気の強いプレイヤーで、トップチームとの練習試合でも「勝つ!」と気合を入れて臨むほど。
そのために試合中ちょっと熱くなることがあり、さんまやゴリさんになだめられることがけっこうある。
Jユース杯グループリーグ、アウェイのガンバ戦で、
主審の不可解(ていうか理不尽)な判定にカーッとなって向かって行きかけた場面はマジヤッベ!だった。
さんまが止めてくれて助かった。勝負に対してはそれだけマジに取り組んでいる。
学生の本分のほうの取り組みでも何かと話題だったが、それは言わないお約束。

 昨年はお菓子杯・桜戦で先発出場。前半は堅さが見られたものの後半はかなりほぐれてきて、
積極的に前へ出てくるようになる。そして左サイドからのクロスのこぼれに飛び込みヘッド!
決定的だったが惜しくもクロスバーに当ててしまい、思わず頭を抱えていた。
そのほかにも、二人を相手にしながらがっちりボールキープしつつ確実につないだりと、
フィジカルの強いところも存分に披露。そのときのインパクトにより、
「コマのいない間の右サイドはマッスルに任せたほうがいいんじゃないか」
と真面目に語られていた。

 加入時の会見で、
「29は肉につながるので、肉をいっぱい食べてキン肉マンになります」
と臆面もなく発言、早くも大物っぷりを発揮している。
今年のルーキーもつわもの揃いだが、
最終的に勝つのはこいつじゃないかと思わせるスケールの大きな男、さらに、
「ワールドユースにも出ます」
出る気なのかよ!いや確かに彼のフィジカルの強さは大熊サカーには見事に合致する。
活躍次第ではありえないことではない。
GO! GO! MUSCLE!!
30  入船和真
(イリ)
DF 鵬翔高
宮崎・鵬翔高より加入。昨年のU−18日本代表。
鵬翔では左サイドバックもしくは3バックのセンターとして活躍。
一対一に強く、正確なサイドチェンジやクロスを繰り出すことのできる左足を持つ。
4バックを理想とする一方でサイドバックの層が薄い(ウイングバック候補なら多いが)サンフにとっては、
なくてはならないタイプの選手。
同じポジションには過去二年間フルタイム出場の鉄人・服部がいるが、
彼をお手本にして成長し、追い抜いてポジションを獲得してほしい。
31  佐藤昭大
(さんま、アキ)
GK 若衆
ユースより昇格。昨年のU−18日本代表。
2年から正GKの座をつかみ、そこから二年間の6大会で4回の栄冠に輝いたチームの守護神として君臨。
昨年は、卓人がU−23日本代表でチームを離れている間、河原を差し置き第2GKとしてベンチに座った。
そのために彼はなかなか実戦(プリンスリーグ)に出られず、
上野を京都からレンタルしてきてようやくユースに専念できるように。
しかし彼もただベンチに座っていたわけではなく、
ユースに戻ったときには、プロチームの練習内容や雰囲気などをユースの面々に伝えるように努力していた。

 昨年はユースの主将をつとめた。非常に真面目で折り目正しい性格。
試合では矢継ぎ早のコーチングで危機を未然に防ぎ、
決定的場面では判断の良い飛び出しと卓越した反射能力でゴールを護る。
身体能力とスタミナは圧倒的で、昨年のトップチーム春季キャンプでは、
「筑波山自転車登山タイムトライアル」にてぶっちぎりのタイムで優勝していた。
キックはまだちょっと弱いところがあるが、サンフGKの宿命と思えば腹も立たない(だろう)。

 その容貌から「さんま」というあだ名を持つ。
しかし親しい仲ならともかく赤の他人は、彼の前では「アキ」と呼ぶようにしましょう。
32  纉c慎一朗
(クワシン)
MF 若衆
ユースより昇格。
サンフレッチェみろくの里ジュニアユース出身者初のプロ入り選手。

 みろくの里ではFWだったが、ユースに入るとMFとして起用される。
高い攻撃センスと、攻守のバランスをわきまえたクレバーなプレイで、2年の途中からトップ下のポジションを確保。
確実なパス、そして何よりもスペースへの鋭い飛び出しで敵陣を混乱の極みに陥れた。
 昨年当初は中盤で確実にボールをつなげるということでしばらくボランチを務めていたが、
柏木の成長に伴いトップ下もしくはFWに入ることとなった。
サテライトにも出場、洋次郎とドイスボランチを組んだりシャドーストライカーの位置に入ったりといろいろこなし、
そのプレイぶりにギャラリーからも感嘆の声が漏れていた。

 勝利に対する執着心が非常に強い選手で、敗戦の後ではいつもひどく打ちひしがれている。
プリンスリーグで観音に敗れた試合、終了のホイッスルが鳴ると同時にその場にくずおれ、
しばらく立つことができなかったほど。
ボランチからFWまでこなすクレバーさ、豊富な運動量、粘り強い守備、正確なパス、飛び出しの鋭さ、そして得点力と、
いかように料理しても美味、という最高の素材。アラとかアンコウみたいな感じ?
年代別代表じゃないからといって甘く見てはいけない。
33  中尾真那
(マナ)
DF 桃山高
京都・桃山高より加入。U−20日本代表候補。
京都でもトレセンに一度呼ばれただけで国体選抜にも呼ばれなかった、まったくの無名選手。
しかし広島に遠征してきて練習試合を行った際、足立スカウトの目にはたと止まってマナたんロックオン。
以後桃山高を円周防御し、彼をサテライトの練習試合に呼んだ際もオフィシャルで出場選手詳細を伏せたり、
時には練習試合の存在自体をスケジュールに載せなかったりと徹底した囲い込みで他クラブの目をくらまし、
獲得にこぎつけた。

 タンザニア人の父と日本人の母をもつハーフ。
一対一と空中戦の強さ、そして松浦にも引けをとらない俊足と、身体能力の高さは圧倒的。
本当に「久保をDFにした感じ」らしい。
素材は一級ながら技術にはまだまだなところがあるため、じっくりと育てていくようだ。
彼は吉田での練習に参加した時、以前宿題として提示されていたことをきっちりと身につけていたりと
サッカーに対する取り組みは真面目のようだし、きっと伸びていくだろう。
彼の目標は「日本代表」。それに向かって頑張ってほしい。

 桃山高ではセンターバックだったが、
広島では俊足も考慮してセンターバック・サイドバック両面で育てていくようだ。
2月、U−20日本代表候補に電撃選出され、話題を呼ぶ。

 「マナ」という名は、旧約聖書・出エジプト記第16章に見える、
荒野で飢えるイスラエルの民に神が降らせた食物の名に基づく。
「神様よりの贈り物」という意味を込めて名づけられたとのこと。
だから、「女の名前なのに・・・何だ、男か」とか言うの厳禁。
34  茂原岳人
(シゲ)
MF
柏より期限付き移籍加入。元U−18〜22日本代表。
高校時代(前橋育英)は松下裕樹とドイスボランチを組み、中盤の底からロングパスを放つ松下に対し、
彼は中盤を走り回って相手の攻撃の芽を摘むことを主な仕事としていた。
その後彼は神戸に加入、そして松下は広島へ。
神戸で2年プレイしたあとJ2川崎へレンタル、ここで2年間プレイ。2003年には敵として相見えた。
昨年は神戸復帰ののち柏へ移籍。
しかしチームはどん底で、さらにベンチスタートが主だったため、あまり目立った活躍はできず。
それでも残留を決め、今年こそはやるぞ、と思っていたところへ突然の広島からのオファー。
すでに昨年と同じ27番という背番号も決まっていたのだが、この話がうまくまとまって急遽広島レンタルに。
慌しく荷造りし、グアムキャンプ二日目からチームに合流した。

 カズ、浩司、駒野、寿人、昇平、上野と同年代で、年代別代表ではしょっちゅう顔を合わせている。。
アルゼンチンワールドユース、アテネ五輪のメンバーには入っていないものの、
小野監督が率いたU−21日本代表ではツーロン国際大会メンバーに選出され、
右サイドバック、ボランチ、トップ下と様々なポジションで3試合に出場。
3位入賞に貢献した。
運動量豊富で、さらにボールをつなぐ能力もあるため、ボランチだけでなく右サイドでもプレイ可能。
周りが知った顔ばかりなので、とっとと連携を確立すればチームがいっそう攻撃的になるだろう。

 無骨な外見だがキャラクター的にかなり面白い人間なので、周囲をいい具合に盛り上げているようだ。



2005若衆名簿


2004年名簿

2003年名簿

2002年名簿

2001年名簿

2000年名簿