朝鮮語 韓国語 学習の推薦図書|おすすめ教材

−−人生の貴い時を共にする書物をめざして


★★早稲田大学エクステンションセンター中野校

2016年4月13日(水)より広く一般の方々を対象に,
〈感動の韓国語〉 3つの通年講座を開講します
*講座は1年間通して行われますが、お申し込みは学期ごととなっています。
電話=03-5942-7210

●入門は水曜日19:00-21:00、野間秀樹
   教科書=『韓国語学習講座 凜RIN 1入門』(大修館書店)。
●初級は水曜日16:00-17:30、野間秀樹
   教科書=『新・至福の朝鮮語』(朝日出版社)。
●中級は木曜日18;30-20:00、高槿旭[コ・グヌク]
   教科書=『Viva! 中級韓国語』(朝日出版社)。

韓国語= 朝鮮語への入門から、初級、中級へのコースです。楽しくなければ、学習じゃない。話せなければ、使えない。知的でなければ、面白くない! お一人でも、どこに行っても、一生学び続けることができる韓国語の〈構え〉と〈基礎〉を培います。ささ、ご一緒に楽しんでください! 韓国語の豊かで可能性に満ちた基礎を、びしーっとうち固めます。頭脳だけでなく、ちょっと胸も打ち震える、ことばの学びを。
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早稲田大学エクステンションセンター中野校 電話=03-5942-7210
どなたでも受講が可能です.お気軽にお問い合わせください
楽しい! 少人数で丁寧、親切! できる! 最初から話せる! 続けられる! 知的にして実践的! 感動の連続!

 23 Mar 2016 改訂



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『日本語とハングル』
| 野間秀樹著。文春新書。2014年4月刊行!
| 日本語をハングルから照らす驚愕の面白さを見る。
池澤夏樹先生が『毎日新聞』に書評を。こんなおことばもいただいています!
日本語についての、言語一般についての、この無類におもしろい本

| 目次はこちらでどうぞ!


『韓国語をいかに学ぶかーー日本語話者のために』
| 野間秀樹著。平凡社新書。2014年6月13日刊行
| 入門前のかたから先生方まで.韓国語=朝鮮語を学ぶ人も,学ばない人も!
『日本経済新聞』書評新書欄でご紹介くださいました!
「語順が似ている,助詞がある,漢字語の共通性など,日本語との類似点が多い韓国語を学ぶ知的楽しみを,文字と音声の徹底的な比較研究,言語教育の先端理論まで繰り出しながら説く.
韓国語学習の入門書という体裁だが,著者の筆はもっと奥深く,人間にとって言語とは何かという普遍的な問いにまで到達している.」 2014年7月27日

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入門の前に,入門書を買う前に,
何はともあれ,まずはこれを読んでから!

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内容や目次など詳細はこちらでどうぞ!





●●1.入門のために
言語の学習において,入門は最も重要です.特定の学習書で勉強を始めよう,つまりその言語に入門しようとしたとき,次のことが起こりえます:

1)入門さえうまくできずに,脱落する.
2)なんとか入門はしたが,えらく苦労ばかりが多い.
3)気持ちよく入門し,これは楽しく学んでいけそうだ.


つまり入門さえできないことがあり,またかろうじて入門できても,労多くして,実り少ないということがあるわけです.学習者にとっては,学習書,教材が全てです.学習書の選択を誤ると,自分の労力や人生の貴い時間を無駄にすることになり,かつその言語に対して良い印象も抱けなくなりかねません.場合によっては,ことばを学ぶということや,何かを学ぶということそのものへの嫌悪感や脱力感,敗北感をかき立ててしまうことになります.楽しく,自分を豊かにしてくれるはずの,未知の言語の学習が,自分への抑圧となってしまいます.英語,国語,漢文,古文などといった,学校における言語の学習で私たちがしばしば遭遇した,あの悲しい思い出です.プラスにはならなかったので,ゼロ,ではなくて,何とマイナスになってしまうからこそ,ここはとても重要なのです.

私たちはどうしても上の3),〈気持ちよく入門し,楽しく学ぶ〉ことを目指さねばなりません.

●●2.では,どういう学習書がいいのか?
結論からまず,どういう学習書がいいのかを申し上げましょう:

1)〈発音〉を大切に扱っている本
2)実際に〈話すこと〉を大切に扱っている本
3)〈自然な韓国語〉を扱っている本
4)日本語母語話者のために作られている本
5)学ぶことの歓びを大切にしている本


なぜこれらが重要なのかを跳ばして,急いでいるので一気に〈何を買うか〉を知りたい方は,最後の●●10「では具体的にどれがいいのか?」まで跳ばしていただいても結構です.

●●3.なぜ良い学習書が少ないのか? ーー時間のない方はここは跳ばしてもかまいません

上の5つの点をご覧になると,どれもあたりまえで,どの本もみなこんなことは考えて作っているだろうとお考えかもしれません.ところが実情は全く違います.日本で世に出ている入門,初級用の学習書,教材,教科書を見る限り,実情ははるかに悲惨な状態です.

率直に申し上げて,1)の条件では3分の2の本は脱落します.2)の条件では,驚かれるかもしれませんが,95%以上−−いやもっと多いかもしれません−−が脱落します.3)は近年はだいぶ向上してきましたが,それでも3分の2は脱落するでしょう.4)は日本で出版されたものなら全部良さそうですが,その実,これも3分の2は脱落するでしょう.5)は90%は脱落すると思われます.

こうした実情は,大学などで指定されている教科書でも同様です.なぜでしょうか? それは現在の韓国語教材の出版の事情と学習書の書き手の事情によってこうなっているのです.

一般に本は,非常にシビアに丹精しながらプロの編集者がきちんと作るものから,授業のプリントをそのまま本にしたような悲しい作りのものまで,実に大きな幅があります.装丁やデザイン,製本などがいい加減なものは,まあ,概ね中身も大切にされていないと思って,そう間違いはありません.稀に,とんでもない装丁に大変立派な中身があったりもしますが.

大学などで韓国語の需要はそれなりにあるので,教科書出版会社は大学で教えている人がいると,教科書の出版を持ちかけます.授業で,その教科書を使う,ある程度の人数が確保できれば,大きな利益は望めずとも,そこそこの利益を得ることがありうるからです.多くの執筆者に書いてもらって,薄利多売でいけばいいことになります.こうした事情で膨大な教科書が作られることになります.ちなみに執筆者にとっては,大学の授業で使う教材を作っても,毎年5000部や1万部くらいが出るなどというスケールならともかく,数百部では,普通はいわゆる印税などに期待することは全くできません.

では,執筆者の方はどうでしょうか.日本の大学に限っても,韓国語を教えている先生のかなりの方々は,韓国語学や韓国語教育の専門の方々ではありません.つまり大学院などで韓国語教育などを専攻した方々は,非常に限られています.5%,多くても10%くらいでしょう.他に専門のある方々が,みな,いわば手探りで苦労しながら教えておられるわけです.誤解してはなりませんが,専門だから〈教え方〉が上手だ,専門でないから〈教え方〉が下手だ,ということにはなりません.歴史や文学や政治...他の専門の方々にも,ことばを教えることの大変上手な方々がおられます.さて,教材の執筆という点では,この〈教え方が上手だ〉ということはある程度役には立ちますが,教え方の上手な人がいい本がかけるかというと,残念ながらそうではありません.

要するに学習書を作る,教材を作る,教科書を編む,そのためには,それ自体を正面に据えて学び,研究し,研鑽を積む必要があるのです.小説の素晴らしい読み手が、良い小説を書けるわけではない.ギターの上手な人が誰でも,わかりやすく素晴らしいギターの入門書が書けるわけではない.つまり〈本を書く〉ことはそれ自体が,高度な訓練を要求される,極めて難しいことなのです.
〈韓国語の学習書を書く〉という観点だけでも,少なくとも次の2点をクリアせねばなりません:

1)言語学的に誤ったことや,言語教育上,著しく不都合なことを書いてはいけない=正しく
2)既知のものから未知のものへという順序を違えてはいけない=順序立てて

上の2点をクリアしていない分は,すべて学習者が負担することになります:

学習書の不備は,すべて学習者の労力と時間が負担する



上の観点から既存の学習書を見ると,1)だけでも誤りだらけという本も少なくないのです.それはそうですね,多くの書き手は,実は専門家ではないわけですから.発音の説明などは,危ないものが少なくありません.2)に至っては,本を作るのは本当に難しいことがわかります.第1課に出てくる事項に説明もない,第1課に出てくる事項の説明は第5課にある,などということがあちこちで起こります.説明がなければ,学習者は悩みます.学習者は自分のせいだと思ってしまうかもしれません.でもそれは学習者のせいではない.学習書のせいだ.責任があるのは学習書であり,教科書であり,教材です.悲しいことに,そのことがなかなか初心者にはわかりにくいのです.わかればそんな本はさっさと放り出せばいいのですが,初心者であればこそ,もしや自分がわからないだけかもと,悩んだりもするわけです.

●●4.なぜ〈発音〉を大切に扱わねばならないのか?

では良い学習書の条件の1),なぜ〈発音〉を大切に扱っていることが要求されるのでしょうか.

考えても見てください.学習者Aさんは1年,2年と鬼のように学習を積んだ.語彙もなかなかのもので,文法も凄い.韓国語母語話者とかなり深い討論もできている.でも町で一言言うと,「日本からいらっしゃったんですね」と言われ,ちょっと落ち込む.言っている内容はそれなりのものなのだが,「でもあの人発音が,ちょっと凄いよね−」などと言われている.そりゃそうだ,Aさんはカタカナ発音でなんとか頑張ってきたのです.どうでしょう,Aさんのような学習者になりたいでしょうか? ちなみに既に固まってしまっている発音を途中から直すのは,優れた先生がいても,なかなか難しいことです.

逆に,学習者Bさんはまだ2月しか学んでいません.でも〈発音〉を大切に扱っている学習書を用いて,付属のCDなども利用して,発音も意識的に熱心に学んでいます.母語話者にひとことあいさつすると,「あれ,韓国人ですか?」などと言われたりもする.知っている単語や表現は極めて限られているのだけれど,Bさんの学習書は,文字と発音を学ぶ最初の段階から〈使える表現〉で練習するようになっている.だから表現が口をついて出てくるのです.つまりBさんは〈使える表現〉しか知らないのです.残念なのはまだ超初心者なので,表現も限られているということだけです.Bさんが韓国語で一言言うと,母語話者は機関銃のように話しかけてくる,ここがちょっと困ったことです.でも,機会があるごとに,ことばが通じる歓びを味わう,そしてしばしばことばを褒められる歓びも味わう.どうでしょうか,,Bさんのような学習者は? おそらくBさんがAさんのように1年経ち,2年経ったら,ものすごい人になっているのではないでしょうか? 学習のモチベーションは全く違いますから.

英語のように,世界の広い地域でそれぞれの英語の発音が既に厳然としてあって,そのことを英語話者たちもそれなりに−−どこまでもおそらくそれなりにでしょう−−認めている,韓国語はそういう言語ではないのです.

学習にあたって,学ぶことばそのものを大切に扱うのは,学習者の根本的な姿勢に関わることです.〈発音〉は〈話されたことば〉においては,まさにことばそのものです.この〈発音〉を大切に扱わないことなど,〈話すこと〉を全く無視した学習目標を持つ人でない限り,ありえません.〈発音〉を大切に扱わない本の弊害は,学習が進めば進むほど,学習者の中で累積すると言っても過言ではありません.

●●5.では〈発音〉を大切に扱っている本はどうやって見分けるのか?

1)発音は耳から学べ、発音はCDで学べといって,何の説明も表記もない本は,もう救いようがありません.音を聞いて発音がわかり,発音できるようになるのなら,誰も苦労しません.私たちはみな英語の発音の達人になっているでしょう.私たちは言語を耳から柔軟に吸収しうる子供ではありません.大人です.この点でハングルでしか書いていない本は,授業などでよほどの他のケアがないかぎり,失格です.

2)カタカナやひらがなでしか発音が示されていない本は,概ね危ないと思っていいでしょう.理由は簡単です.例えば韓国語の母音には「広いオ」と「円く尖らせる狭いオ」の2種があって,厳密に区別します.この2つは日本語で言えば「あ」と「え」くらい違うのです.また「イのように平らな唇のウ」と「円く尖らせる狭いウ」の2種があり,これも厳密に区別します.これもかなでは区別できませんね.子音がついて「コ」などとなったら,「広いオ」なのか「円く尖らせるオ」なのか,いよいよ区別できません.子音も同様です.「カ」行にも,平音,激音,濃音と呼ばれる,3種類のkからなる3種類の「カ」があります.カナでは全く区別ができません.他にもカナで区別できない,発音上区別される子音がたくさんあります.

こうした区別のために,かなに記号か何か付すくらいなら,発音記号を使うのと同じことになってしまいます.結局,発音の表記には発音記号を用いるのが,遠回りに見えて,一番の近道です.

ハングルは発音を表す表音文字だから発音記号はいらないのでは,という疑問は,なかなか深い,重要な問いです.残念ながら,ハングルには書いてあるとおりに発音されないものがたくさんあるのです.この点は少し学習が進むと実感できるでしょう.この問いには,他にもいろいろ面白い深い問題が絡んできます.

■書いてあるとおりに発音されないものは,『きらきら韓国語』(同学社),『はばたけ!韓国語』(朝日出版社),『新・至福の朝鮮語』(朝日出版社),『ぷち韓国語』(朝日出版社)などでは,巻末にまとめてあります.『ドラマティック・ハングル』(朝日出版社)には簡単なものが収められています.この種のものでは,『韓国語学習講座 凜 RIN 1 入門』(大修館書店)巻末の「発音の変化のまとめ」が最も新しい体系的なまとめになっています.

3)イントネーションや音の高低にも言及があるものが良い.実は発音で非母語話者であることが最も耳につくのが,このイントネーションだといっても過言ではありません.母音や子音といった単音ができていても,イントネーション,音の高低が自己流ではだいなしです.例えば「あります」を「イッソヨ」と言いますが,東京の話者は多く,「イ」を高く発音します.ソウルことばでは「ソ」が高くなるので,これが違うと,とても聞き苦しいことになります.イントネーションの重要な点を,できれば図解入りなどで説明してあるといいのですが,そういう本は,『きらきら韓国語』(同学社.第5,9課),『はばたけ!韓国語』(朝日出版社.第11,12,13課),『韓国語学習講座 凜 RIN 1 入門』(大修館書店.第4,8,16課)などのほか,そもそも何冊もありません.音の高低は文字に現れないけれど,決定的に重要なのです.

4)結論.発音はきちんと日本語で,図解入りでわかりやすく説明してあるものを選ぶ.できればイントネーションの説明もあるものがよい.発音の表記は,発音記号を用いているものを選ぶ.発音記号とカナの併用ももちろん良い.



■『韓国語学習講座 凜 RIN 1 入門』(大修館書店.第3課)が図解の最も良い見本となるでしょう.『ニュー・エクスプレス韓国語』(白水社.pp.22-25),『きらきら韓国語』(同学社.第4課),『はばたけ!韓国語』(朝日出版社.第3課),『新・至福の朝鮮語』(朝日出版社.第3課)の図解もごらんください.これらの水準を超しているものがあれば,少なくとも発音に関する限り,学習書としては無条件にA級だと思ってよいでしょう.

●●6.なぜ,実際に〈話すこと〉を大切に扱っている本でないといけないのか?

「会話」と名づけられているから,当然〈話すこと〉を大切に扱っているだろうというのは,全くの誤解です.そんなに簡単なことなら,わざわざここに書きません.
先ず何よりも,次のことが押さえられねばなりません:

  ことばには,〈話されたことば〉と〈書かれたことば〉がある


〈話されたことば〉は音として実現します.〈書かれたことば〉は文字に書かれます.〈話されたことば〉には〈話されたことば〉の仕組みや流儀があり,〈書かれたことば〉には〈書かれたことば〉の仕組みや流儀があります.〈書かれたことば〉を音に変換したものが〈話されたことば〉になるのではありません.

〈話されたことば〉では,例えば2人で会話をする場合,2人の話が重なる,同時に進行するということがありますね.でもこうした〈話の重なり〉は〈書かれたことば〉にはありません.相手の話を聞きながら,〈あいづち〉をうったり,聞き取れないところを〈聞き返し表現〉「え?」を用いて相手の話を促したりということもあります.〈話されたことば〉では,ことばが思い浮かばないとき,日本語では〈間つなぎ表現〉「えー」などを用いますね.〈話されたことば〉では,話しかけるときに,〈前置き表現〉として「あのー」などと言ったりもします.あるいは,声を掛けたり,呼びかけるときに,日本語では「すみませーん」などと言いますが,これは何と言うのか? 韓国語では謝るときの「すみません」は「ミアナムニダ」と言いますが,これでは呼びかけはできません.いきなり謝られても驚かれるだけですね.こうした〈呼びかけ表現〉はきちんと教材に位置づけられているのか? それも〈呼びかけ表現〉であるということがきちんと明示されているのか? 人に声を掛けるしかたも学べないのでは,「会話」など始まりもしません.
〈話されたことば〉特有の,対話における様々なありようが,〈書かれたことば〉とは全く別のしかたで現れるわけです.こうした〈話されたことば〉の戦略を意識的に学ぶ必要があるのです.

私たちが編んだ学習書で最初に学ぶ韓国語は,「こんにちは」というあいさつなど,そしてその次の次くらいには,「え?」という〈聞き返しの表現〉です.「え?」は韓国語で「ネ?」と言います.「ネ」は yes にあたる,肯定の返事に使うことばです.それをイントネーションを上げて言うだけです.この〈聞き返しのネ?〉が,その学習書に,〈聞き返し〉として,それも最初の方に位置づけられているのか? きちんと〈聞き返し表現〉であることが明示されているでしょうか? 実際に〈話すこと〉を大切に扱うとは,こうしたことを言うのです.

例えば,教室で先生に当てられて「え? 私ですか?」これを何と言うのか? 「ネ? チョヨ?」と言うのですが,これは早いうちに学んでおくと,とても使い道があります.「チョ」は「私」です.「ヨ」は〈丁寧化のマーカー〉と呼ばれるものです.ことばを丁寧にするためのマーク,助詞のようなものです.日本語ではこういうときに,「私ですか?」と言いますね.日本語では「これは本ですか」の「ですか」と同じものを使います.でも韓国語では,「これは本ですか」の「ですか」は「イエヨ」「エヨ」という形の,指定詞と呼ばれる,活用する単語を使い,単にことばを丁寧にするだけなら,「ヨ」「イヨ」という形の,活用しない助詞のような〈丁寧化のマーカー〉を使うのです.日本語では「ですか」1つですが,韓国語では2種類を区別するのです.

「キムチ」であるかどうかを問題にして,「キムチですか?」と聞くなら,指定詞を使って「キムチエヨ?」と聞く.単に聞き返すだけなら,日本語同様,「キムチ?」でもいい.でも目上の人に向かっては失礼になるので,丁寧にするために,日本語では「キムチですか?」と言い,韓国語では〈丁寧化のマーカー〉を使って「キムチ?」と言うわけです.この〈丁寧化のマーカー〉は,丁寧に話す相手との会話では,指定詞以上の使用頻度を見せるものです.慣れると何でもないのですが,この区別をきちんと説明してある本は,初級学習書のうち,おそらく2%もないでしょう.100冊のうち,2冊もないだろうということです.大部分の教科書では,丁寧に聞き返すことさえ学べないのです.これは日本で出ている本だけでなく,韓国で出ている本でも同様です.

ちなみに,この〈丁寧化のマーカー〉を世界で初めて大々的にきちんと位置づけたのは,金珍娥(キム・ジナ)先生が講師を務めた,2005年度NHKテレビ・ハングル講座でした.これらを最初から学んでいる人は,とても自然に使い分けることができるようになります.〈話すこと〉を大切に扱うとは,こうしたことを言うのです.

「これは本ですか?」という質問文に「はい,本です」といった応答文を並べれば「会話」ができあがるのではないのです.「これは本ですか?」(だいたいこんな質問文自体がそもそも不自然だという感性がないといけませんが)という質問文があったら,学習者はそもそも聞き取れないかもしれないのです.

■例えば『新・至福の朝鮮語』(朝日出版社.2007年)では「こんにちは」の課の次,事実上の最初の会話は「留学生ですか?」という先生の質問文から始まります.学生のそれに対することばは,「え?」という〈聞き返し〉になっています.すると先生がもう1度はっきり聞いてくださる「留学生ですか?」こんどは「はい,留学生です」と答えます.

■『韓国語学習講座 凜 RIN 1 入門』(大修館書店)では,第2課,文字と発音の最初の方で,もう〈呼びかけ表現のチョギ〉,〈前置き表現のチョ〉,〈聞き返し表現のネ?〉が,説明と共に現れます.長々とした文字と発音の勉強が終わってから「会話」ではなくて,文字と発音をまさに会話の中で学ぶのです.

■『ニュー・エクスプレス韓国語』(白水社)では,第3課「自己紹介」で「韓国のかたでいらっしゃいますか?」に対して「え? 私ですか? 私は日本人です.」といった〈聞き返しのネ?〉と〈丁寧化のマーカー〉が早くも出て来ます.実践的です.

「○○は韓国語で何といいますか」などといった,〈韓国語で韓国語について訊ねる〉表現や,〈ことばについて語る〉表現,〈学習について語る表現〉も学習者にとっては極めて重要です.
韓国語母語話者動詞の会話ではあまり出てこなくても,学習者が関わる会話には必ず出てくる素材だからです

■『ニュー・エクスプレス韓国語』(白水社)の第10課「どのくらい勉強なさったのですか」,第17課「発音が難しいですね」や,『韓国語学習講座 凜 RIN 1 入門』(大修館書店)第17課「難しいことばはまだ聞き取れません」,『新・至福の朝鮮語』(朝日出版社)第20課などは,『きらきら韓国語』第13課「ことばについて尋ねる」,『はばたけ!韓国語』第21課などは,課全体がこうした表現を学ぶようになっています.

●●7.〈自然な韓国語〉を扱っている本とは?

これを初学者が見分けるには,日本語訳に頼るしかありません.日本語訳を読んで,いかにも実際に遭遇しそうなことばになっているかどうかを見ることです.教科書然とした,読んでみてリアリティのないものは避けた方がよいでしょう.

「これは本ですか−−はい,本です」などという無内容な例文が出てくるようなものは,まず頭で「会話」を勝手に作っているだけで,著しく不自然な例文となっている可能性が大でしょう.
会話文なのに,〈前置き表現〉〈聞き返し表現〉〈呼びかけ表現〉〈あいづち〉〈間つなぎ表現〉などが現れないものは,まず実際の〈話されたことば〉を正面から観察したことのない執筆者のものだと考えて,そう間違いはないでしょう.

「あのー」と呼びかけたり,わからないときに聞き返したりもできないのでは,「会話」など及びもつきませんし,間違いなく不自然な「会話」になっていると見てよいでしょう.
索引で−−学習書に索引がないなどというのは,そもそも話になりません.学習者に対して失礼です−−丁寧化のマーカーを探してみてもいいでしょう.ヨ/イヨ(-요/-이요)という形があるかどうかですね.「あのー」(저기요)などを引いてみてもいいでしょう.「あ」(아)など,間投詞(感嘆詞)が全く出てこないなどというのは,「会話」ではない証拠です.

●●8.日本語母語話者のために作られている本とは?

これは,学習者が日本語母語話者であることを前提に作ってあるかどうかということです.

韓国で作られた学習書は,様々な言語圏からやって来た人を対象にしていますので,その点では大変優れた本も多いのですが,一般に日本語話者には大変効率の悪いものになりがちです.日本語と韓国語には〈てにをは〉と言われる,いわゆる〈助詞〉にあたるものがある点,語順がほとんど同じである点,丁寧/非丁寧,尊敬/非尊敬がある点,語彙は固有語,漢字語,外来語という3層になっている点などをはじめ,構造的にとてもよく似ています.日本語と韓国語は,よく似ていながら,しばしばどこか異なっている,そういう関係なわけです.であればそのことを利用しない手はない.最大限に利用して,重要なことを押さえるようにすればよいわけです.助詞の「は」と「が」の違いを英語母語話者に説明するのは大変です.そんなことは日本語母語話者にはいらない.日本語との違いだけをうまく説明すればいいわけです.

発音も同じです.何が違って何が同じなのか? そうしたことを日本語を基礎にして説明してあれば,学習者は迷ったら,常に日本語に立ち返って出発できます.単に本が日本語で書いてあるだけではだめで,一言で言って:

日本語と韓国語を対照しながら学ぶ



こうした視点があるかどうかが重要なわけです.このことは理解にも,記憶にも,学習効率にも,大きな違いとなって現れます.言語学ではこれを対照言語学と言っています.〈日韓対照言語学的な視点〉これが学習者を大いに助けてくれるのです.

●●9.学ぶことの歓びを大切にしている本

さあ,このことは,単におもしろおかしく作っているということを意味するのではありません.文字通り,〈学ぶ〉ことが楽しく,歓びとなるように作られているのか,ということです.

韓国語はこういうものだから,これを覚えなさい−−こんなのは〈学ぶ歓び〉からはほど遠いものです.多くの本はそういう形で作られています.この文字はこう発音する,これを覚えなさい,そうした機械的な押しつけはごめんです.実はハングルという文字には,音との深い関わりがあるのです.なぜこんな形になっているのか? ーーこうした問いに,学習書がいささかなりと応えていないといけないのです.『韓国語学習講座 凜 RIN 1 入門』のp.31「子音字母の形は何と発音の形だ」をごらんください.より深くは,『ハングルの誕生』(平凡社新書)の第3章をごらんいただくといいでしょう.そこには知湧き肉躍るような,知的な面白さが秘められています.

学習の現場ではどうしても「この文字はこう読む」という順序になりがちですが,ほんとうは,「この音はこう書く」という順序になって文字が作られているのです.〈話されたことば〉をどうやって〈書かれたことば〉としうるのか? 15世紀の〈知〉はこの問いをいかに解決したのでしょうか.面白い,面白い,これを知らずしてハングルを学んではいけません.こんな面白いところを跳ばしてはいけない.

私たちは大人ですので,学ぶことそれ自体に〈知的な楽しみ〉がなければ,面白くもなんともありません.学ぶこと自体で驚きがあったり,感動があったりする,そういうことが大切なのです.

〈文法〉,そうです.学ぶことの歓びを共にできるかどうかが,如実に問われるものが文法だとも言えます.1を聞いて10や100や,場合によっては1,000を知りうる歓びを,まさに〈文法〉によって獲得することが可能です.ことばを体系的に見る,そうした見方そのものを身につけることができます.なおかつ,日本語や,他のさまざまな言語を韓国語を学ぶことから照らし返すということも可能になります.「この形はこういう意味だ」と機械的に覚えさせる「文法」ではなく,真に楽しい〈文法〉,〈知としての文法〉そうした地平を目指したいものです. イラストレーション1つとっても,センスがなかったり,絵などなくてもいいのに下手なカットが並んでいたり,これは〈歓び〉からほど遠い.学習者をばかにしているようなものです.ページをめくるのが楽しみになるような,新鮮な驚きがあるような,そうした造りになっているのが理想です.発音器官を描いた図1つでも,比べてみてください.

〈学ぶことの歓びを大切にしているか〉どうかは,本の内容と形式,全てに現れます.著者と編集者の知と感性の全てが本を創り上げるのです.


●●10.では具体的にどれがいいのか?

自著関連を挙げることになり,ほんとうに恐縮に存じます.しかしながら,責任を持って推挙できるものでなければなりません.この点,ご寛恕を賜りたく存じます.


(1) 野間秀樹編.野間秀樹・金珍娥著 『韓国語学習講座 凜 RIN 1 入門』 大修館書店.2012年.A5判.262ページ.2色刷.ISBN978-4-469-14244-0
(2) 野間秀樹編.野間秀樹・金珍娥著 『韓国語学習講座 凜 RIN 2 単語』 大修館書店.原稿は入稿済みですが,刊行が遅延しております.申し訳ございません.
(3) 野間秀樹編.野間秀樹著 『韓国語学習講座 凜 RIN 3 文法』 大修館書店.刊行が遅延しております.
*(2)(3)は刊行が遅れており、ほんとうに申し訳ございません。


(1)-(3)は野間秀樹編になる全部で5巻の本格的な学習講座となっています.(1)は全くの初学者を対象にしています.『りん いち』(RIN 1)と呼んでください.宮(クン)アパートとの面々と,韓国からやって来た智由(チユ)さんが織りなすストーリーとなっています.各課の末尾に「plus 表現」があり,余裕があればこれを練習問題のように使えます.時間が限られている場合はこの「plus 表現」を抜いて,最後までまずやってしまう速習型の学習も可能です.文字と発音から実際に使える会話となっている,全く新しい学習シラバスとなっています.
●『RIN1 入門』の中身は こちらでごらんください.写真をクリックすると進みます.

(2)は(1)で初級をある程度学んだあたりから中級,上級の入口まで.語彙を効率的に学習するための本です.超重要語,基本語,発展語,余裕語句,といった4階層にわけて,単語と単語結合を分野別に学習するようになっています.超重要語と基本語には全て例文つき.例文は「これは本です」のようなものはなく,いずれもそれなりに歯ごたえのある例文となっています.元気の出る名文などもちりばめてあります.超重要語と基本語の用言には,全てよく用いられる活用の形を示しています.余裕語句は上級の入口まで学べるようなものが入っています.いずれも単に単語を切り離して学ぶのではなく,他の単語との関わりの中で学ぶことに重点を置いています.これまでなかった形の単語の学習書です.

(3)も(1)で初級をある程度学んだあたりから上級まで.よく見られる,基本文法を学習単元に配列した形の本ではなく,文法の全体像を把握できるような,これまでなかった文字通り体系を知るための〈文法〉の本です.文法論の入門にも使えます.日本語を学ぶ人,教える人にも役立つでしょう.4巻,5巻は以下続刊となっています.


(4) 野間秀樹・金珍娥著『ニュー・エクスプレス韓国語』白水社.2007年.A5判.160ページ.2色刷.ISBN978-4-560-06782-6

(4)は最も薄い,速習型の簡潔な独習用入門書です.韓国語教室で韓国語を学ぶ主婦を中心に,社会人や学生を交える形の会話文のストーリーとなっています.ファンレターを書く課などもあります.第1課「私は服部マキです」から第18課「終講パーティー」まで.発音表記には仮名と発音記号の双方を用いています.第10課までは本文にカタカナ発音が付してあるのも,同じ著者の他の本にはない特長です.各課に「表現力アップ」のページがあり,時間的な余裕があれば,ここで表現を補充できます.数課ごとに練習問題があります.語学講座などのテキストにも使われています.もちろん単語欄には発音記号もあります.漢字+カタカナ+ハングル表記の巻末の朝鮮半島の地図も便利でしょう.CDは贅沢な5名のソウルことば話者によるドラマ仕立てになっています.
CDの試し聞き.第4課です.mp3.
中身のpdf見本はこちら.
jacket(表紙)はこちら.

(5) 野間秀樹・村田寛・金珍娥著『ぷち韓国語』朝日出版社.2004年.A5判.283ページ.2色刷.ISBN4-255-00286-X

(5)も独習用入門書です.学生,社会人など,多様な登場人物による,比較的短めの多様な場面の対話文を中心に構成してあります.各課ごとに練習問題があります.第19課「韓国語がお上手ですね」の後ろに「発展学習」の部があります.
『ぷちかん』を詳しく見るにはこちらへ

(6) 野間秀樹著『新・至福の朝鮮語 第2版』朝日出版社.2007年.A5判.297ページ.2色刷.ISBN978-4-255-00389-4

(6)も独習用入門書です.キャンパスの会話を中心に1冊全体のストーリーを組んであります.第24課「別れの日が近づいた」まで.「2000年紀の知を読み,情を聞き,理を書き,恋を語る」という類を見ないコンセプトで編まれています.全体がほのかなラブ・ストーリーになっています.
巻末に14 ページにわたる「用言の様々な形」という例文集や,これも14ページ分の日本語から引ける,日本語と朝鮮語の漢字音対照表,「教室でよく使う表現」,韓国人の姓一覧など,他ではなかなか見られない付録も豊富です.(1)(4)(5)(7)(8)と比べると,最も高い到達度に編纂されています.長く,東京外国語大学や上智大学,新潟県立大学などをはじめ,多くの大学の教材として用いられ,真に「使える」と言われてきたものです.帯には恐縮ですが,「誰もがこの教科書に嫉妬した」とあります.
●第12課「今,時間がおありですか」のスキット試し聞きはこちらです.
この課の本文だけで,「ある」「ない」など存在詞と呼ばれる用言の,様々な活用が全てわかるように作られています.
●第24課「別れの日が近づいた」のスキット試し聞きはこちらです.
全編のストーリーの大団円です.『新・至福の朝鮮語』のCDは韓国ソウルで声優さんたちが録音してくださっています.素晴らしい声です.
●旧版のほうの『至福の朝鮮語』のサイトですが,ご参考までに.時代を先取りしすぎた感のある旧版の表紙は凄いので,驚かれませんよう.

(7)(8)はいずれも教室用教科書です.

(7) 野間秀樹・金珍娥・中島仁・須賀井義教著『きらきら韓国語』同学社.2010年.B5判.237ページ.2色刷.ISBN978-4-8102-0268-7

(7)は本文がゆぜゆきこさんのイラストによるコミックで構成されているのが特徴です.言語が用いられる場が視覚的に把握できるようになっています.教室では,学習者がみな自分で登場人物になって台詞を覚えてしまいます.第20課「良い友人になれて嬉しく思います−−改まったスピーチ」,第21課は「作ってみよう! 自分だけのhappyエンディング!」で,吹き出しに自分で台詞を作って入れるようになっています.韓国人と日本人,4人の学生が主人公のキャンパスでのストーリーが中心です.19課では尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩「星数える夜」を読みます.課ごとの会話文は(8)よりも短めになっています.各課に練習問題があります.
『きらかん』の中身の見本は こちらでごらんください.

(8) 野間秀樹・村田寛・金珍娥著『はばたけ!韓国語 第2版』朝日出版社.2008年.B5判.232ページ. 2色刷.ISBN978-4-255-55604-8


(8)は課ごとの会話文は(7)よりも長めになっており,到達度も(7)よりやや進みます.全編がキャンパスでのストーリー.第23課「とにかくみんなよかったですね.お幸せに!」まで.会話文にはMio OGUMAさんの可愛いイラストがあります.文字と発音の練習では書き込んで練習できるようになっています.各課に練習問題があります.北海道から九州まで,いくつもの大学の教科書として使われ,好評を博しています.学習者の評価のみならず,とりわけ,先生方が教えやすいという評価も得ています.
●第8課「今日から友だちです−−ええ? 今日からですか?」のスキット試し聞きはこちらです.
CDは韓国ソウルで声優さんたちが録音してくださっています.素晴らしい声です.
●『はばかん』について詳しくはこちらへどうぞ.


(9) 金珍娥著.野間秀樹監修『ドラマティック・ハングル−−君,風の中に』朝日出版社.2012年.A5判.311ページ.2色刷.DVDブック.ISBN978-4-255-00639-0


(9)はNKHテレビ・ハングル講座で金珍娥先生が執筆した韓国語学習のためのドラマ「君,風の中に」の全編と,日本語と韓国語を対照しながら〈話されたことば〉を照らした「会話の究極奥義」の4編の映像がDVDに収録されています.このドラマは,既にあるドラマから場面を取り出して韓国語を学ぶのではなく,韓国語学習シラバスに沿って,ドラマのストーリーを組み立てるという,驚異的な離れ業で作られています.文字と発音を学ぶ最初の回は,主人公がCD店でCDに書かれたハングルを読む場面があるといった具合です.まさに,ことばを学ぶためのドラマで,〈使える表現〉の乱舞,といったところです.主人公は日本人と在日韓国人の留学生,韓国人大学生の2人,全部で男女2人ずつが織りなす,涙なくしては見られないストーリーです.テキストでは,ドラマの全ての台詞とト書きの全てが日本語と韓国語の双方で書かれています.台詞には詳細な解説がついています.基本の台詞は初級で,それ以外の台詞とト書きは中上級で,といった使い方ができます.シナリオ部分にはドラマの写真も組み込まれています.なお,文字と発音,用言の活用,発音の変化についても記述しています.他の教材の副教材のように併用をお薦めします.
●『どらはん』こと『ドラマティック・ハングル』の立ち読みはこちらです.

(10) 野間秀樹著『ハングルの誕生−−音(おん)から文字を創る』平凡社新書.2010年.新書判.369ページ.ISBN978-4-582-85523-4

(10)は韓国語を全く知らない方もお読みになれます.平凡社新書の1冊です.ハングルの創製から現代までを,広く〈知〉といった観点から描き出そうとしています.毎日新聞社とアジア調査会より,第22回アジア・太平洋賞の大賞をいただきました.ことばを単に道具として学ぶのではなく,人間にとってことばとは何か,文字とは何かといったことを考えるための本ともなっています.巻末には詳細な文献案内,文献一覧,年表や,人名索引,作品名の索引,用語集を兼ねた事項索引が付されています.図版も豊富です.韓国語の入門書ではありませんので,学習者でなくとも独自に読むも良し,学習者が副読本のように読むも良し,といったところです.

● 岡山大学教授 辻星児先生(言語学)が『ハングルの誕生』について朝鮮学会の学会誌『朝鮮学報』に書評をお書きくださいました.『朝鮮学報』第219輯.pp.201-207. 2011年4月.こちらでどうぞ.
● 東京外国語大学教授 西谷修先生(哲学者)が『ハングルの誕生』についてブログで書評をお書きくださっています.こちらです.

(11) 노마히데키[野間秀樹]저. 김진아, 김기연, 박수진 역『한글의 탄생』돌베개. 2011년.A5判.448ページ.2色刷.ISBN 978-89-7199-444-3


(10)の韓国語訳が(11)です.韓国語版は2011年,朝鮮日報,東亜日報,教保文庫それぞれの〈2011,今年の本〉に選定されています.数多くの新聞などで書評をいただきましたが,それらはホームページからリンクしてあります.なお,これらによって著者は,2012年,ハングル学会より,周時経(チュ・シギョン)学術賞を頂戴しました.周時経(1876-1914)は「ハングル」の名付け親で,尊敬を集める近代の韓国語学者です.韓国語版には日本語版にない,詳細な訳注や「ハングルの誕生の誕生」という19頁に上る訳者・金珍娥先生による解説もついています.


●中上級の学習書はあまり多くありません.先の(2)(3)のほか,次のものがあります.

(12) 野間秀樹・金珍娥著 『Viva! 中級韓国語』 朝日出版社.2004年.A5判.323ページ.2色刷.ISBN978-4- 255- 00289-7, ISBN4-255-00289-4

(12)は多様な会話文を中心に構成されています.登場人物も,学生,社会人など,多様です.語彙・文法・会話三位一体の方針で貫かれています.とりわけ,日本語の直訳ではできないような韓国語らしい表現を重点的に押さえています.文法の説明は,「これこれの形は意志を表す」という説明ではなく,「意志を表すにはどのような形式があるのか,そしてそれらはどう違うのか」といった形で展開しています.つまり表現のための文法という姿勢で書かれているわけです.引用形の仕組みなどは類書にない詳しさで体系化されています.amazonの書評などでは,CDが絶賛されています.


●第1課からCDスキットの試し聞きはこちらです.
●第3課からCD試し聞きはこちらです.

(13) 野間秀樹著 『絶妙のハングル』 日本放送出版協会.2007年.192ページ.ISBN978-4-14-039452-6

(13)はNHKラジオ講座の中級編を単行本にしたものです.ラジオ講座での解説まで盛り込んだCDが3枚もついています.第1課「カン・スジンと申します:出会い」から第26課「シン・ジュノ恋歌:胸の花火は祭りの後の」まで.例えば自己紹介なども,さまざまな表現をこれでもかと挙げています.食事のメニューの相談,携帯メール,Eメール,漫画といった話題,また朴木月(ぱく・モグォル)の「旅人」という詩を読んだりもしています.巻末には,28ページにわたる「文法ミニ辞典」を搭載しています.「あいさつ」「あいづち」「アスペクト」「意志」「依存名詞」「引用形」「ヴォイス」…「分かち書き」「話法」といった項目を挙げています.「文法ミニ辞典」の見本はこちらです.
●スキットの試し聞きはこちらを開いて,mp3ファイルをクリックなさってください
本書は残部僅少となっています.注文などができない場合は,恐れ入りますが,NHK出版(電話:03-3780-3306)に直接お問い合わせください

以上,(9)(10)(11)以外は全てCDがついています.(9)はDVDがついています.


(14) 野間秀樹編著 『韓国語教育論講座 第1巻』 2007年4月25日.総727頁.東京:くろしお出版.ISBN 978-4-87424-374-9.総論.教育史.方言.音論.表記論.語彙論.辞書論.造語論.
(15) 野間秀樹編著 『韓国語教育論講座 第2巻』 2012年10月15日.総851頁.東京:くろしお出版.ISBN978-4-87424-566-8.文法論・談話論・言語行動論・表現論・社会言語学・民族語教育論.
(16) 野間秀樹編著 『韓国語教育論講座 第4巻』 2008年1月25日.総817頁.東京:くろしお出版.ISBN 978-4-87424-410-4.文化論、文学・映画・漫画・メディア・飲食論、歴史学、翻訳論.



(14)-(16)は『韓国語教育論講座』と銘打たれていますが,内容は「韓国語学講座」と「韓国語教育講座」を併せ,さらに「韓国学講座」の趣も加えてある講座だということができます.総勢70名ほどが執筆しています.
(14)(16)にはハングルが読めなくとも楽しめる論考がたくさんあります.この意味では初学者から座右に置いておくと役に立つでしょう.
第1巻は「ことばを学ぶ〈根拠〉はどこに在るのか」から始まり,韓国語教育の歴史などから造語論まで,総論,音論,表記論などが中心です.音声学,音韻論,形態音韻論,音響音声学,韻律論など,音論はほとんどカバーしています.韓国語の正書法,ローマ字表記法,外来語表記法など,表記論も充実しています.
第2巻は文法論と談話論などが中心です.文法論や談話論の全体像は本書で獲得できるでしょう.なお,140ページにわたる「文法論の基礎概念」では,術語に,英独仏露などの術語を付すなど,他の言語を学んだり研究なさる方との交わりをも念頭に置いています.韓国語学以外の語学の方々にも参考になるでしょう.索引を利用しながら,術語辞典のようにも使えるでしょう.社会言語学や日本における朝鮮学校での民族語教育の論考も貴重です.
第4巻は文学や映画,漫画,インターネットなどが扱われています.分野ごとの膨大な文献紹介も充実しています.
どの巻も1万項目を超える詳細な索引がついています.韓国に関わることで,政治や歴史など社会科学以外,とりわけ韓国に関する人文科学的なことは,とにかくまずこの『韓国語教育論講座』を見てみるといいでしょう.なお,最終配本の第3巻は2013年に刊行予定です.

『韓国語教育論講座』については特設サイトがあります.目次と執筆者一覧,見本組などもごらんいただけます

上で取り上げた書籍をamazonで見る.本の写真や中身が見られるものもあります


●●11.先生方に

これをごらんになっている方々の中には,韓国語を教えておられる先生方もいらっしゃることでしょう.恐れながら,先生方には声を大にして申し上げたいと思います.教科書は学習の根幹である.教科書の選択は,学習者の,場合によっては人生をも左右します.学習者は先生の授業によって,韓国語に目覚め,ことばに目覚め,学習に目覚め,人生に目覚めるかもしれない.大学や高校で,最初の授業には皆期待に胸をふくらませて授業に臨むのです.でも日本の大学の多くの場で,それら期待は無残に打ち砕かれます.それは先生方ご自身が大学や高校で味わってこられたことです.ああ,この授業もこんなのか.そして諦めが支配します.学習者は質問などしても意味がないことを悟ります.そして授業が単位のためにという,恐ろしく空虚な時間と化してしまいます.せっかくことばを学び,ことばを共にし,歓びをわかちあって,学習者と教師が共に豊かになれたかもしれないのに−− 授業の根幹を教材が,教科書が決定します.教科書がひどいと,先生がどんなに立派でも授業全体では限界を超えられません.ただただ,先生の人間性だけで,かろうじて支えているということになってしまいます.学習者の皆さんは先生を慕っておられるかもしれません.でもそれは先生の人間性を慕っているのであって,先生の教え方や教える内容,そして教える思想といったものを先生と真に共にしているのかどうかは,〈ことばを学ぶ〉という観点から,捉え返さねばなりません.せっかくの先生の良さを,教科書はいとも簡単に殺してしまいます.逆に,教科書さえ良ければ,例えば先生は全く初めての授業であっても,教室に誠実に臨む先生でさえあれば,授業は出席するに値するものとなるでしょう. ゆえに教科書の選択は決定的に重要です.問いはこう立てられています−−学習者の貴い青春の時間を,無内容な教科書で奪うのか? それとも,良い学習書によって,学習者と共に,ことばの生き生きとした豊かさを共にし,先生自身も一緒に向上しながら,学ぶ歓びを共にするのか?

「言語は道具である」という考え方は,残念なことに,言語教育の支配的な思想となっています.しかし言語は単なるツールではありません.決して道具に終わるものではない.私たち人間の存在にとって,もっともっと本質的で,深く,豊かなものです.ことばを学ぶ中でことばを照らし,ことばを見つめ,ことばを考えるという営みがあってよい.人間にとってことばとは何か? 文字とは何か? 〈知〉にとってことばとは? 言語を学ぶことそれ自体に歓びを見出せるとき,私たちはそうした深い問いへと進むことができるでしょう.

教科書もそのうち考えようーー先生はそれでよいかもしれません.でも学習者は違います.学習者にとっては一期一会である.先生と出会う機会はこれが最初で最後かもしれない.そしてその貴い時によって,学習者の韓国語や,ことばを学ぶということへの評価が下されてしまうかもしれない.なんだ韓国語ってつまらんなー,韓国語教育の水準ってこんなもんか,韓国語の教科書ってこんなもんなんだ,言語を学ぶってつまらないな−−学習者にとっては一期一会である.貴い青春の時である.学習者がもしも既に青春でなければ,ことはいよいよ重要です.実はことばの学習が素晴らしければ,学ぶこと自体があたかも青春となることもあるのです.先生方,どうか一刻も早く,教科書を見つめていただきたいのです−−それは真に貴重な人生の時を共にすべき学習書なのかと.もし答えが否であるなら,教科書は直ちに取り換えねばなりますまい.その教科書は学習者の時を奪うだけでなく,他ならぬ先生ご自身の貴い時をも削り取るものだからです.間違いなく言えるのは,教科書は,そしてことばを学ぶということは,私たちの人生をも変えることがあるということです.


since 20 May 2010; 15 Apr 2013 rev, 31 Aug 2014; 01 Feb, 2015, 27 Aug 2015. 18 Oct 2015.

●野間秀樹(2014) 『韓国語をいかに学ぶか−−日本語話者のために』 平凡社新書

ここで挙げた以外の本や辞書についても,入門,中級,上級,それぞれの段階ごとに,pp.313-334にわたって紹介しています.何はともあれ、まずこれからどうぞ.


●資料●野間秀樹(2008)「朝鮮語の教科書が目指すもの」

●資料●野間秀樹(2008)「朝鮮語の教科書が目指すもの」
『外国語教育研究』第11号.pp.129-151.東京:外国語教育学会 pdf

2008年,外国語教育学会における外国語教科書についてのシンポジウムのために書いたものです.
目指すべき朝鮮語=韓国語の教科書について述べています.


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それ以外の本も含めて,野間秀樹の著作論文の要旨.書影もあります


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