<前回のあらすじ>

 消失していた『タングラム』が突如、月の軌道上に出現した。これによりDNA、Rnaの双方は今まで以上の緊張状態に突入した。そんな時、ワイズはDNA最精鋭部隊『ミレニアムナイツ』と合流すべく衛星軌道上の第4プラント『サッチェルマウス』にいた。そこで士官学校の旧友カーウェンと再会するのだが、『サッチェルマウス』は深紅のサイファー“遮光の翼”を操るフォスター大佐の襲撃を受ける。ミレニアムナイツの精鋭達が、そしてカーウェンまでもが倒れる中、ワイズはフォスターと最強サイファーの称号をかけて激突することとなった。タングラム奪還部隊に選ばれたエルとマクレガーはこの戦いに間に合うのか!?

 

 

第8話『死戦』〜中編〜

 

 

 お互いのブレードを突き合わせたまま動かない、真紅と紫の2機のサイファー。真紅のサイファー、フォスターの乗る“遮光の翼”が先に地面を蹴って、ワイズの乗る“ウィザード”と距離を取った。

「貴様、ミレニアムナイツの隊員では無いな…!?」

 フォスターは“ウィザード”の機体を見て叫んだ。“ウィザード”のカラーはミレニアムナイツ専用の都市迷彩では無いからだ。だが、次の瞬間彼の目にワイズの機体にマーキングされた魔道士を模した紋章が目に入った。

「WIZARD?そうか、聞いた事があるぞ。かつて士官学校で主席を取り、ミレニアムナイツに入隊しながらも半年で依願除隊…、その後は出世コースとは無縁の道を歩んでいるというサイファー乗り。コールサイン“ウィザード”、貴様がワイズか!?」

「それがどうした!?」

 ワイズは怒りを込めて返した。

「貴様の噂は聞いている。ミレニアムナイツ除隊直前に起こした唯一のミス以外はほぼ完璧な戦績、ミレニアムナイツのパイロット達を差し置いてDNA最強との評価もあるパイロットである貴様と戦えて嬉しいのだよ!」

「何だと…貴様!!!」

「くっくっくっ…私は誉めているつもりだがな。DNA最精鋭部隊“ミレニアムナイツ”でさえ私のかかればこの様だ。お前の方がよっぽど楽しませてくれそうだ…」

 コックピットの中で冷たく口の端を歪ませるフォスター。

「――いいだろう。貴様のその高慢な鼻をへし折ってやる!!!」

 ワイズは“ウィザード”を立ち上がらせ、“遮光の翼”と向き合った。が――

「待て……ワイズ!!!」

 それは倒れた“ヘッジホッグ”からのカーウェンの声。

「ヤツは強い!いくらお前一人では無理だ…」

「カーウェン!じっとしていろ!!骨が折れているかもしれない。大丈夫だ、俺はもう誰も目の前では死なせはしない…!!!」

 ワイズは立ち上がろうとする“ヘッジホッグ”を制した。

「そう…死なせはしない…」

 ワイズは過去、士官学校を卒業した直後を思い出していた――

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 ワイズは4年間の士官学校を主席で卒業。文句無く最精鋭部隊“ミレニアムナイツ”への配属が決まった。卒業式の日、学校のホールでは卒業記念パーティーが行われていた。

「4年間でとうとうお前には一度も勝てなかったな…。」

「ふっ、俺も下から突き上げてきたお前に負けたくない一心で主席が取れたようなものだよ。」

 ワイズの傍らではカクテルのグラスを回しているのはカーウェンである。二人は士官学校時代から親友であり、お互いをライバルとして認め合っていた。

「あら、ワイズこんなところにいたの?」

 そこに、一人の女性が声をかけてきた。

「ヘレン…」

 ワイズはその女性の名を呼んだ。彼女は士官学校の政治戦略過程在籍のヘレン・クルフォード。士官学校の中でも最エリートと言われる情報戦略過程で首席を獲得した才媛である。彼女の気の強さを現す眼差しときりりと引き締まった美貌は華奢な体を補って余りあるほど軍服がよく似合っていた。――そしてワイズの恋人でもある。

「おっと、将来の女性将軍様のお出ましだ。邪魔者は一時退散するとしよう。」

「ちょっとカーウェン?それってどう言う意味!?」

 悪戯っぽく笑うカーウェンと対照的にヘレンは不機嫌だ。

「気の強さは天下一品でもこう言う日くらいは愛しい人と二人っきりになりたいだろうって事さ。」

 カーウェンがそう言ったとたん、ヘレンの頬が赤く染まる。

「な、な、な、何を言って…―」

 彼女が次の言葉を紡ぎ出す前に、カーウェンは二人に手を振りながらパーティーの雑踏の中に紛れて行った。ワイズはそんな彼女に微笑みかけていた。

「勘違いしないでよね!私が将来指揮官になる事になったら、前線で戦うあなたの頭の中を知っていなくちゃいけない。その為に付き合っているんだから!」

 そう言って彼女は頬を膨らませるが、顔が真っ赤のままでは何とも説得力が無かった。

「分かってるさ。君の指揮で俺とカーウェンがコンビを組めばミレニアムナイツは史上最強になる。Rnaを叩き潰した後、ゆっくり君を攻略するさ。」

 ワイズは笑いながら言う。

「情報戦略過程とVRパイロット過程では卒業時の階級が少佐と少尉で違うんだから、身の程をわきまえてちょうだい!」

 彼女は形の良い胸を反らせて言う。そんな素直ではないところもワイズを惹き付けて止まない彼女の魅力だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 それは、ワイズ達が士官学校を卒業して「ミレニアムナイツ」に配属された後、初の任務のことだった。半年間の実地訓練の最後として、Rnaの一拠点を攻撃する命令が与えられたのだ。部隊は森林内を手探りするようにゆっくり進んでいた。

「こちら指揮車、部隊の先鋒をワイズとカーウェンで固めて!後続は二人を援護する形で…」

 ヘレンの指揮が流れたところに、ワイズから通信が入った。

『こちら“ウィザード”。それでは殿(しんがり)が手薄になる!先鋒は俺でもいいが、“ヘッジホッグ”は後方に下げた方が…』

 だが、言葉はヘレンに遮られた。

「作戦の指揮官は私です、命令に従いなさい!偵察衛星からの情報では敵は私達の動きに気付いている様子はありません。向こうが動きを見せる前に一気に殲滅するにはこの布陣が一番です。」

『――了解。先鋒に付く…』

 ワイズは不安を抑えながら唇を噛み締めた。ここは戦場であり、士官学校のティールームなどでは決して無い。立場上上司であるヘレンと自分が口論することは許されなかった。

『こんなところで痴話喧嘩は止してくれよ、ワイズ!』

 ヘッドフォンにカーウェンの失笑が聞こえてくる。

「そんなんじゃない。ただ…万が一の事に備えたいだけだ。」

『ヘレンだって独断であんな事を言っている訳じゃないさ。衛星からのデータもリアルタイムで入っているだろうし…』

 カーウェンがそう言ったが、ワイズは黙って先頭に並んで進んだ。

 

 その頃、先鋒隊からやや離れて着いて来る指揮車と護衛VRの傍らの森林に、数個の赤い光が灯った――!!!

ドガアアァッ!!!

 指揮車の前を進むテムジンが突如青白い光に弾き飛ばされ、スクラップと化した。指揮車も急停止する。

「敵襲!?こんなところで!!!」

 ヘレンは叫んだ。しかし、相手の動きは素早かった。木々の間から3機のライデンが姿を現した。

「ライデン!!!」

 それを見てヘレンは息を呑んだ。RVR−75ライデン。汎用VR中最強の火力を誇る重戦闘VR、戦闘能力の高さに加えて高価な生産コストの為に少数しか作られず、幻とも言われている。そのライデンが目の前に3機――。不意を突かれた護衛部隊は次々と高出力レーザーの餌食となってゆく。そして、その中でも艶の無い漆黒のペイントに赤いラインが目を惹くライデンが、ヘレンの乗る指揮車にバズーカの砲門を向けた……

 

 ワイズ達、先鋒隊の指揮車からの通信がノイズとともに突如途切れた。

「ヘレン!?どうしたヘレンッ!!応答してくれ!!!」

 ワイズが叫べども指揮車からの答えは返ってこない。そして嫌な予感を裏付けるように後方から響き渡る爆発音。次の瞬間、ワイズは“ウィザード”を全速力で駆け出させていた。

 

『指揮車の護衛は全て沈黙させました。まずは成功ですね、ツルギ閣下…』

 ライデンのパイロットの一人が、リーダーらしき漆黒の機体に呼び掛けた。彼等の周りは指揮車を護衛していたテムジンやバトラーの残骸が散乱している。

「ツ…ツル…ギ!?あの…“漆黒の魔神”が…ここに…!?」

 ヘレンは爆破された指揮車の中から何とか這い出したが、喉の奥に熱い物がこみ上げ、血を吐いた。その様子に「ツルギ」と呼ばれたパイロットが向き直った。

『これは驚いた。将来の将軍候補が貴方のようなお嬢さんだったとは…。』

 驚きを含んだその声は低く威厳に満ちている。

『待ち伏せという卑怯な真似をして済まなかったが、これも戦場の鉄則だ。油断すれば殺される、殺られる前に殺れ…。もし貴方が生きて戻る事が出来たなら、今度は正々堂々と戦いたいものですな。』

『閣下、先鋒隊から1機のサイファーが急速接近中です。いかが致しますか?』

『これ以上長居する必要は無い。即時撤収。エネルギー反応を消せ!』

『了解しました。』

 ツルギの言葉とともに、3機のライデンは再び森の闇に紛れていく。

「ワ…イズ……」

 ヘレンは咳き込みながらも愛しい人の名前を呟いた…

 

 数分後、ワイズは現場へと戻って来た。指揮車を護衛するVRは全てがミレニアムナイツ所属の機体ではないが、全てがほぼ一撃で破壊されている。

「この傷痕は…ライデンの仕業か…!?」

 ワイズは惨状を見て呟いた。

「ヘレン…ヘレンは!?」

 “ウィザード”から飛び降り、原形を留めないほど破壊された指揮車に駆け寄ると、その傍らに横たわる長い髪の人影を見つける。ワイズはそれを一目でヘレンだと分かった。

「ヘレンッ!!!」

 ワイズが彼女を抱き寄せると、ヘレンはゆっくりと目を開いた。

「ワイズ…ワイズなの…?」

 彼女は既に目が見えていないのか、のろのろと空中に手を伸ばす。ワイズはその手をしっかり握った。

「ダメだ!喋るな!今、手当てをしてやる!!!」

 ワイズはそう言ったが、彼女がもう助からないのは目に見えていた。彼女の顔は霜が降りたように蒼白となり、額から頬にかけて固まりかけた血がべったりとこびり付いている。そして、地面にはおびただしい量の流血…。

「ごめんなさい…ごめんなさい…ワイズ…」

「謝らなくていい…悪いのは俺の方だ。君を守れなかった…!!!」

 ワイズは彼女を制し、唇を噛んだ。

「…愛してるわ…」

「俺もだよ…」

 ヘレンが消え去りそうな声で囁くと、ワイズは彼女を抱きしめて返した。そして、ゆっくりとヘレンの体から力が抜けて行く…。

「ヘレン…?ヘレエエェェェンンンッ!!!」

 ワイズは辺り一帯に響くような大声で絶叫した。そして、カーウェン達が追い付いて来た時も人目をはばからずに泣き続けたのだった――。

 

 その後、ワイズはミレニアムナイツを辞めた。OMGの戦乱で両親を早くに亡くし、身寄りの無かったワイズは守るべき者を失った無力感にさいなまれ、怠惰な毎日を過ごしていた。その日も、基地の近くの酒場で一人グラスを傾けていた。

「ワイズ…久しぶりだな。」

 その声にワイズは顔を上げた。

「教官…ハルトマン教官…、お久しぶりです。」

 声の主は、当時の士官学校でワイズ達を教官として指導していたハルトマンだった。

「教官と呼ばれるのももう少しだな。実は士官学校は今期で辞める事になったんだ。」

「――!?」

 ワイズに一瞬驚きの表情が浮かぶ。

「お前やカーウェンを送り出して士官学校での仕事も一段落付いたと思っていたところに、今度…部隊を持たないかと言う話が来た。」

「栄転じゃあないですか、おめでとうございます。」

 ワイズはなんとか微笑みを作って、ハルトマンに向けた。

「栄転と言うわけでも無い。東部第7方面と言う辺境の部隊だ。前任の指揮官は問題を起こして辞職させられた。その後釜として、教官経験の長い私が隊の立て直しを命じられたんだよ。」

 ハルトマンは自嘲気味に笑った。

「教官ならば立派に務まりますよ。辺境の部隊には惜しいくらいだ…。俺やカーウェンといった問題児を4年間相手にして来たんだから。」

 士官学校の事を思い出すとワイズの胸がズキリと痛んだ。あの時代を思い出すと、どうしても失ったあの女性(ひと)の姿が頭をよぎる――。

「ワイズ、私がお前を尋ねて来たのは他でもない。俺の部隊に来ないか?お前がミレニアムナイツを辞めた理由は知っている。だからと言っていつまでも今の生活を続けるつもりか!?」

 ハルトマンの問いかけに答えず、ワイズはただグラスを傾ける。ハルトマンの言葉にも次第に熱を帯びてきた。

「正直、私はお前の実力が惜しいと思う。俺はワイズと言う人間を誰よりも――執行部の老人達よりも評価している。天才パイロットのワイズ以外の、人間ワイズをな。お前と、私の士官学校での最後の教え子の中から見つけた二人、エルストームとマクレガーが加われば、私の理想の小隊が完成出来る!」

 エルストームとマクレガー、その名前はワイズも覚えていた。彼が4期生の時に新入生として入ってきたはずだ。訓練も何度か見かけた。二人とも荒削りながら彼の目を惹きつける操縦をしていた。二人がハルトマンの指導を受け、4年間のカリキュラムを卒業したとしたら、かなりのパイロットになっているだろう。それを想像すると、忘れかけていた彼の闘争心に久しぶりに火が付いた気がした。

「協力してくれるか!?」

 ハルトマンは言葉に力を込めた。ワイズは俯いたままでその表情を窺い知ることは出来ない。

「――何か条件はないんですか?俺に接触する限りはミレニアムナイツから引き合いがあったのでは?」

 ワイズは俯いたまま答えた。

「確かに、彼等から話はあった。お前を軍に復職させる代わりに、有事の際は一時的にミレニアムナイツに協力すること、それが条件だ。だが、お前を協力させるかどうかは私が判断することで押し通したよ。後はお前が決めてくれ…」

 僅かな沈黙――ワイズはゆっくりと顔を上げた。

「――教官にそこまで言われては断れませんね…。刺激の無い生活にもちょうど飽きてきましたし、骨のありそうな後輩も入ってくるようですし…!」

 そう言ったワイズの目は先程までとは違った光を湛えていた。何か、新たな決意が宿ったような…

「いいかげん教官は止して欲しいな。これからはハルトマン…大佐だ。」

 ハルトマンも嬉しそうに笑った。

 それが現在の第7方面隊が誕生した瞬間だった――

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「俺は大佐の部隊に入った時から決めたんだ。俺の目の前ではもう誰も殺させやしない…ってな。」

 ワイズがそう言うと“ウィザード”はゆらりと立ち上がった。

『御大層な信念だな。だがそれも今日まで、グリスの奴も貴様も今ここで俺に殺されるからだ…』

 ククッ、言葉の最後にフォスターは冷笑した

「俺がそう簡単に殺られると思うか!?“遮光の翼”さんよ!!!」

 フォスターが身構えるよりも早く“ウィザード”は駆け出していた。右腕のマルチランチャーからレーザーブレードを煌かせると、“遮光の翼”に向けて斬りつける。だが、フォスターはその斬撃を素早いバックステップで躱す。

「速い!」

 その動きを見てワイズは驚きを隠せなかった。ワイズのダッシュ近接攻撃を避けられたパイロットなど、彼の記憶には無かった。

「(だが、俺の捉えられない速さじゃない!)」

 ワイズは自分の速さから相手の速さを推し量っていた。“遮光の翼”のスピードは自分のものとほぼ互角。あとは戦いの中でどちらが先にミスをするか、腕の勝負になる。

 二人はまるで居合いの達人同士が対峙するかのように間合いを取って構えていた。お互い、攻撃する隙を見出せないのだ。

『この男、私の想像以上に出来るようだな…。だが待つは私の性に合わない!!!』

 “遮光の翼”は地を蹴ると、ブレードを真っ直ぐ“ウィザード”に突き出しながら突進した。“ウィザード”はその攻撃を身を翻して躱す。そして間髪入れず返す剣が襲ってくるが、ブレードの軌跡に回り込みながら“遮光の翼”に向かって斬りつける。一旦”ウィザード“に背中を見せかけた”遮光の翼“だったが、自分の攻撃の勢いを利用して機体を一回転させ、裏拳の要領で”ウィザード“のブレードを受け止めた。ビリビリとブレードとブレードの擦れ合う振動がコックピットにも伝わってくるようだ。

 その後も両者は互角に斬り結び続ける、いや、そのように見えた。接戦の中で苛立ちを感じ始めたのはワイズだった。

「(何だ!?この違和感は!?)」

 自分は全くミスはしていない。史上最強の呼び声も高いフォスター大佐を相手に互角の闘いをしている。しかし僅かづつ、自分のリズムを崩されているような錯覚を感じる。

「くっ…!!!」

 ワイズは舌打ちすると、“遮光の翼”と間合いをとって離れた。その瞬間、全身からどっと汗が噴き出してくる。

「このまま続けていたのでは俺が殺られる…!?」

 ワイズは本能的にフォスターの危険さを感じた。

『――正解だ、ウィザード。』

 フォスターの声が辺りに響いた。

『お前は強い、しかし私には勝てない。これは最初から分かっていた事なのだ。』

「最初からだと!?そんなことは終わってみなければ分からない!!!」

 食って掛かるワイズ。

『くっくっくっ。所詮お前の技術は普通の操縦の延長線上にあるに過ぎない。考えてみろ、バーチャロイド操縦において、一流と呼ばれる者とそうでない者の最大の差は何だ?』

「なんだと…?」

 ワイズは一瞬考えを巡らせた。

「VRの欠点は人間の反応速度をフィードバックさせた時に出る僅かな誤差だ。腕の良いパイロットとそうでない差はこの誤差を自分の感覚でどれだけ修正できるか、そこにある――」

 そこまで言ってワイズは絶句した。もし人間が反応速度の誤差無く、まるで自分の体を操るようにVRを操縦する事が出来たら…。

『それが正解だ!!!』

 ワイズが思考の淵に沈もうとしたその時、“遮光の翼”が襲いかかって来た。水平に薙ぐ斬撃を“ウィザード”はブレード盾にして受け止める。だが勢いの分“遮光の翼”が“ウィザード”を圧している。

「(攻めだ!攻めるんだ!!)」

 “ウィザード”は“遮光の翼”のブレードを弾くとそのままブレードを消し、近距離からハンドレーザーを放つ。しかしその瞬間、ワイズの視界から“遮光の翼”が消える。

「見えているぞ!!!」

 ワイズは叫んだ。“ウィザード”のブースターを全開にすると、空中に避けていた“遮光の翼”に向けてジャンプする。ブースターの勢いで“ウィザード”が機体を宙返りさせながら脚を伸ばすと、高速回転するサイファーの脚のエッジはビームフィールドの力を借りなくとも鋭い刃と化した。

『――!!!』

 一瞬、フォスターの顔から余裕が消える。“遮光の翼”はぴたりと動きを止めると、“ウィザード”の放った蹴りをまさに紙一重の間合いで躱した。“ウィザード”のエッジが“遮光の翼”の装甲を微かにかすめる――。

「(やっぱりだ!!!)」

 ワイズは心の中で舌打ちした。

「(奴の動きには機械的なタイムラグが全く無い!だからVRを本来のVR以上の速度で動かし、不可能な動きを可能に出来るんだ!)」

 だが“ウィザード”はワイズの出した大技の影響か、機体を一瞬硬直させてしまった。そこへ“遮光の翼”がブレードを煌かせながら襲い掛かる!一瞬の硬直によって、さすがのワイズも反応が遅れた。ブレードの展開が不十分なまま受け止めた為、“遮光の翼”の剣が“ウィザード”の刃を侵食する。

「間に合わない…ウェポン破棄!!!」

 ワイズは躊躇しなかった。素早くマルチランチャーを右腕から切り離す。宙で真っ二つになって舞うランチャー、右腕も僅かに切り裂かれた。

『その反応速度ととっさの判断、さすがと言うべきか…。だがメインウェポンを失って私に勝てると思うか?』

「くっ…!」

 言葉の中に余裕の浮かぶフォスターとは対照的に、ワイズは唇を噛んだ。腕のランチャーを失ってはサイファーに出来る攻撃はホ−ミングビームくらいである。しかしこの攻撃は中長距離以上に離れて初めて効果があるものであり、もし避けられてしまえば相手は“遮光の翼”。一瞬で懐に飛び込まれてしまえば成す術はない。

「(――“あれ”しかないか…)」

 ワイズの脳裏に一つの技のイメージが浮かんだ。それはワイズの腕を以ってしても完全に成功させた事は無い技。失敗すればより完全な敗北が待っている。

「(このまま続けていても俺の勝ち目は薄い…。ならば賭けるだけの価値はある!)」

ボウッ!!!

 “ウィザード”の背面ブースターが全開になり、エネルギーの気流とともに機体が高く舞い上がる。

『ほほう…』

 それを見てフォスターは嘆息した。

『“あれ”を出すつもりか…。そうでなくては困る…』

 あくまでフォスターはワイズとの戦いを楽しんでいるようだった。“ウィザード”は上空高くに静止しながらバーニアから光の粒子を吹き出し続けている。

「行くぞっ!!!」

 ワイズが気合いを込めて叫ぶと、“ウィザード”は戦闘機形態に変形し、急降下を開始する。その間にパワーを緩める真似はしない。限界を超えた速度とパワーに、機体の周囲をエネルギーフィールドが包む。

 SLC Dive――サイファー最強の切り札。光速の火の玉となった“ウィザード”が“遮光の翼”に襲い掛かる!!!

『いいだろう!私が完璧なSLC Diveと言うものを見せてやる!!!』

 迫り来る“ウィザード”をジャンプで躱すと、“遮光の翼”はパワーを全開にしたまま上昇する。

「逃すか!!!」

 “ウィザード”はそれを追って、地面スレスレの位置で反転すると、急上昇した。以前サンクチュアリでAJIMにSLC Dive見せた時のワイズではここまでの芸当は出来なかっただろう。しかし、ワイズはあの時以来前にも増して操縦の腕を磨いた。それは急成長するエルに触発されたからでもあり、AJIMという今までの自分では太刀打ちできない相手に出会ったからでもあった。

『これ本当のSLC−Diveだ!!!』

 “遮光に翼”もエネルギーの気流に包まれる。ワイズのそれが青色であるのに対し、フォスターのものは機体と同じ、凶凶しいまでの深紅。エネルギーを纏ったまま“遮光の翼”は戦闘機形態と化すと、一気に降下を始めた、加速と供にエネルギーフィールドが鋭角な刃となる!もはや2機は空気抵抗からも重力からも開放され、一条の光の矢となった。そして赤と青、二つの閃光が激突する――

 接触は一瞬だった。傍から見れば、2機が僅かに触れ合っただけのようにも見えた。降下してきたフォスターの“遮光の翼”は地面に激突する直前、機体をVR形態に戻すと足の裏を甲板に擦り付けて火花を上げながらピタリと静止する。だが、上昇したワイズの“ウィザード”は空中でフィールドを失うと、バランスを崩したままVR形態となった。

「ちっ…!!!衝突してからはまだバランスが崩れやがる…!!!」

 ワイズは必死に体勢を立て直そうとするが、フルパワーを使った後の機体は彼の言う事を聞かなかった。自由落下する“ウィザード”へ合金製の甲板が迫る――

「エル!マクレガー!後は頼んだ!“遮光の翼”を倒せ!!この戦いを止めてくれ!!!」

 ワイズは覚悟を決めて眼を瞑った。次の瞬間、“ウィザード”の機体を凄まじい衝撃が襲った。コックピットではそれを感知し、内部の至る所からエアバッグが飛び出すが衝撃の威力の方が上回っており、ワイズは頭を強かに打ち付けてしまった。その時、ワイズの意識は白い闇の中へ埋没していった――

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 エルとマクレガーは輸送船を飛び出し、宇宙空間を一路「サッチェル・マウス」に向かっている時それを目撃した。

「何だあの光は!?」

 マクレガーは叫んだ。間近に迫った「サッチェル・マウス」の飛行甲板上で赤と青、二つの光が激突したのだ。

「俺はあの光に見覚えがある……!」

 エルは思い出していた。その記憶は、最近の彼の不安定だった情緒の中であっても確かなものだった。以前エルとワイズが『魔の空域』偵察に行った時、そこで遭遇した謎のクリスタル人形――AJIM――と交戦した際ワイズが見せた技――

「――SLC−Diveだ!!!」

「何だって!?」

 マクレガーは驚きを隠せなかった。SLC−DiveといえばOMG時代のバイパーUからの流れを汲むサイファーの幻の技。DNA、Rna全体でも一握りのパイロットしか操れないと言われているそれ同士の激突を目の当たりにしたのだから、それも無理なかった。

「青い光はおそらくワイズ先輩、もうひとつの赤い光は……」

「先輩がSLC−Diveを使うのほどの相手!?一体そいつは!?」

 マクレガーは当惑しているようだったが、エルには相手の正体が分かっていた。

「“遮光の翼”、フォスター大佐だ……!!!」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 ピクリとも動かない“ウィザード”に“遮光の翼”がゆっくりと迫る。

『普通の人間にしては、上出来な動きだった。ここまで俺と長い時間を戦えたパイロットは知らない……』

 “ウィザード”の機体を見下ろし、冷たい笑みを浮かべるファスター。

「やめろおぉぉぉっ!!!」

 先のフォスターとの戦闘で身動き取れなくなったカーウェンが悲鳴に近い叫び声を上げる。だが、非常にも“遮光の翼”は脚を振り上げると鋭角な踵を“ウィザードに向けて落とした。装甲が砕け、歪んだフレームが悲鳴を上げる――

「ワイズ先輩!!!」

 その時、絶叫にも似た声が甲板上に響き渡る。それに気付いたフォスターとカーウェンがそちらに向き直ると、DNA仕様のテムジンとバトラーが降り立ったところだった。

「応援――か!?」

 カーウェンはその時には二つのVRがワイズから話に聞いていた後輩の二人であるエルとマクレガーだとは気付かなかった。しかし、フォスターはテムジンの肩にマーキングされている鷲の紋章と『RAPTER』のマーキングをじっと見詰めていた。

『RAPTER、貴様か…こんなところで会えるとはな……』

「俺のことなんかどうでもいい!!!“ウィザード”からその脚をどけろ!!!」

 冷徹なまでの口調を変えないフォスターに、エルは“ラプター”のライフルを構えたまま言い放つ。

『ふっ、こいつか…』

 が――フォスターは“ウィザード”の機体を踏みにじった。原形を留めていない機体がさらに形の無いものに変わる。

『止めて欲しかったらさっさとかかって来い!貴様ならばこいつとよりもさらに楽しい戦いが出来そうだ……』

「てめぇっ!!!俺が相手だ!!!」

 マクレガーが身を乗り出させるが、エルはそれを制して言った

「――奴と戦うのは俺だ。俺が決着を付けるべきなんだ……」

 エルの言葉は非常に冷静なものだった。しかし言葉とは裏腹に、その瞳には怒りと決意の色を湛えていた。

 

――続く――

Written by GTS

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