<前回のあらすじ>

 ワイズの強さの理由、それはかつての恋人ヘレンを目の前で失った事で自分の仲間をこれ以上死なせないと立てた誓いのためだった。しかし、そんな決死のワイズを上回る強さを見せつける”遮光の翼”フォスター。膠着した戦況に両者お互いにサイファーの切り札『SLC−Dive』を発動させた。究極の激突を制したのはフォスターの方だった。敗れ、踏みにじられるワイズの命。そんなフォスターの非情さにエルは怒りを爆発させた。フォスターの強さの秘密とは――?ついに始まる宿命の対決!!!

 

 

第8話『死戦』〜後編〜

 

 

『こいつは貴様が預っていろ。これから始まる真の死闘に敗者は邪魔なだけだ。』

 フォスターは地面に横たわる“ウィザード”の首を掴んで持ち上げると、マクレガーの“ウォーリア”に投げて遣して来た。

「何を……!お前は一体どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ!?」

 すでに力無い“ウィザード”を抱えながらマクレガーは言った。思わず“遮光の翼”に掴み掛かりそうになったが、それはすんでの所で思い留まった。前を行くエルの乗る“ラプター”から発せられる雰囲気がそれを許さなかったのだ。

「フォスター大佐、俺は何年も前からあんたの伝説を聞いていた。子供の頃、そして士官学校でVRパイロットになるべく訓練していた時、あんたのような最強と言われるパイロットになりたくて憧れもした。だが、あんたと初めて剣を交えた時、俺達がRnaの基地『ブロックV』を攻撃した時、俺の中のそんな憧れは崩れ去った。あんたは英雄なんかじゃなかった。ただ敵を倒し、破壊する事で自分と言う存在を知らしめるだけの悪魔だ!!!あの時の俺ではあんたと戦えば間違いなく死んでいた。だがあんたはそれをしなかった!何故だ!あの時の『俺をまだ殺さない』と言った意味は何だ!!!」

 エルが一息に叫ぶ。しかし、フォスターは沈黙したまま動かない。

「今こそ答えろ!!!」

ブウウウゥゥン!!!

 エルが“ラプター”のライフルの銃身からビームソードを展開して構える。

『――それは、お前が俺の探していた真の「選ばれし者」だからだ……』

 突然、フォスターが呟くように言った。

『お前自身、今まで経験してきた事はないか?VRをまるで自分の体のように感じる事を、そして操縦の常識では考えられない動きとスピードを繰り出したことを?無いとは言わさん……』

 フォスターの言葉にエルはギクリとした。記憶にあるだけでも、スペシネフを操るハンス中佐との戦闘、そしてワイズとともに調査に出向いた遺跡『聖域〜サンクチュアリ〜』でのクリスタル人形=AJIMとの戦い、戦いが熾烈になればなるほどそれに従ってエルが自分の能力を超えた力を使っているのは明らかだった。

「……」

 何故フォスターはそれを知っているのか、エルは絶句するしかなかった。

『その理由はただ一つ、お前がバーチャロン現象を制御出来る人間だからだ!』

「バーチャロン現象……!?」

 確信を込めたフォスターの言葉は簡単にエルの沈黙を破った。『バーチャロン現象』、エルもその言葉は記憶にあった。遺跡『聖域』がそう名付けられる前、かつて『魔の空域』と呼ばれてきた時、調査の為そこに向かう空路、エルはワイズからその言葉を聞かされていた。

『――バーチャロン現象はOMG以前より、遺跡から発掘されたVクリスタルの分析途中や、VRの心臓部であるVコンバータの開発段階で発見された特殊現象だ。それらに携わっていた人間の一部が幻覚を見たり、突然超人的な感覚に目覚める現象が起きた、これがバーチャロン現象だ。これを発現した人間は精神に異常をきたし廃人となる事がほとんどだったので、詳しくを知る人間は少ないがな……』

 フォスターは笑みを浮かべながら語り始めた。

『だが……バーチャロン現象が人間にもたらす能力に目を付けた人間も少なからず居た。超人的な知覚、反射神経、そして第6感とも言うべき限界を超えた操縦技術、これらを備えたパイロットを生み出す事が出来ればVRは今以上の兵器になる、そう考えたのだ!』

 フォスターの口調は勝ち誇っていた、まるで自分自身がバーチャロン現象を生み出したかのように……。

『この計画はRnaの中で完全に極秘で行われた。表向きはVクリスタルを、機体とパイロットへのフィードバックをバーチャロン現象の影響が出ないレベルに抑えた製品を送り出しつつ、裏では日々実験が行われていた。既に完成しているパイロットを廃人にして失うわけにはいかないので、死んでも代わりのいる人間――下級兵や街のチンピラの類を長時間強いVクリスタルの影響に晒したり、特殊な薬物やチップを脳に埋め込む人体実験紛いの行為も行われた。同時に、有能な人間同士には子供を作らせ、意図的にバーチャロンポジティブの高い人間を作り出そうとした……』

 それはエルやマクレガーにとっては吐き気のするような衝撃的な内容だった。兵器の進歩の為に人命を軽んじて来たRnaへの怒りが燃え上がり、そしてエルの脳裏にはバルバドスのパイロットとなる役目だけを背負って産まれてきたヨハンの姿がよぎるのだった。思わず、レバーを握る拳が震える――。

『だが……実験は次々に失敗に終わった。Vクリスタルの影響に耐え切れず発狂する人間、与えられた薬物に全身を蝕まれて生ける屍となった人間…。運良く力に目覚めた者も、その力を制御できず目から血の涙を流し……脳が破裂して絶命した奴もいたな……』

「(こいつはまさか――!?)」

 エルの頭の中に嫌な予感がよぎった。フォスターの語る言葉は全てが生々しく、まるで彼自身がその現場で全てを見てきたような錯覚をエルに覚えさせるのだ。

『数年の歳月と幾多の知れない犠牲を払った結果、OMG初期に一人の下級兵士に今までに無いバーチャロンポジティブが目覚めた。しかし、彼もまた実験の後遺症で視力と運動能力の全てを失ったが意識だけは残っていた。その男にRnaの幹部は言ったよ。『君は永遠に眠らすには惜しい価値を持っている。このまま惨めに生き長らえるか、死を乗り越えた先に待つ栄光に賭けるか、好きな方を取り給え――』と。』

 その時、フォスターの色の濃いバイザーの奥に感情の無い光が灯った。

『男の選択は一つだった。幹部に向かい、精一杯の力を振り絞って“Yas”の返事を送った。その後、男には義眼と脳内アクセラレーターが埋め込まれ、視界と体の自由を取り戻すこととなった。今までの名前も何もかも捨て、VRを駆って破壊と殺戮を繰り返す事だけを求められることを条件にな…』

 そう言うとフォスターはバイザーを押し上げ、ヘルメットを取った。そこに現れたブラウンの髪に見え隠れする片目は焦点が合わず虚空を見詰めている。もう片目は眼窩ごとざっくりと抉り取られ、赤く冷たい光を放つ義眼が埋め込まれていた。さらに、後頭部からは数本の光ファイバーが伸び、シートの後ろに直接接続されている――。

「お前が……その下級兵士か……!?」

 エルはもはや確信して言った。

『その通りだ!貧しい家庭に産まれ、しがない下級兵士でしかなかった俺はバーチャロン現象を得て生まれ変わった!それまででは想像もつかない程の報酬、賞賛、その時俺は自分が選ばれし者だと確信した!Rnaの最高幹部でさえもはや俺に指図は出来なくなった!俺を敵に回した場合、自分達がどうなるか奴等にも分かっているからだ。』

 フォスターの言葉は歓喜に満ちている。

「それと俺を狙う事が何の関係がある!?」

『――俺はRnaの英雄ツルギと並び賞されるまでになり、戦う事にもこの世に生きる事にも飽き飽きしていた。その時だったよ、剣を合わせたお前から只ならぬ気配を感じたのは。俺のバーチャロン現象は人為的に与えられたものだが、お前は違った。何故かは分からないがお前はバーチャロンポジティブに自然に目覚めつつあった。その時俺は思った、こいつは俺とは全く違う“選ばれし者”だと――』

「だから待った……俺の力が完全に目覚めるまで……」

 エルはコックピットで拳を握り締めていた。自分達の回り、サッチェル・マウスの甲板上にはミレニアム・ナイツのVRが破壊され散乱している。今“ウォーリア”に抱かれている“ウィザード”に乗るワイズの生死も含めて自分がもっと早く力に目覚めていれば、力から逃げずにいれば今自分の回りで起きている悲劇の何割かは回避できたのではないか?怒りと無力感がエルの脳裏を駆け巡る――

「いいだろう!俺がお前を止めてやる!!お前の暴挙も、これから起こる悲劇も、全てだ!!!」

 エルがそう叫ぶと、呼応するかのようにテムジンのライフルに再びビームソードの光が点る。

『その答えが欲しかった!行くぞ!!!』

 フォスターもまたそう叫ぶと同時にサイファーを駆け出させていた。まさに機体が赤い閃光となったように突進し、それをテムジンがなんとか受け止める。

バチバチバチ…!!!

 テムジンのソードとサイファーのブレードがぶつかり合い、エネルギーが火花を散らす。本来ならばパワーで勝るテムジンであるはずなのだが、フォスターの駆るサイファーはスピードに機体の体重を乗せた一撃でテムジンのそれを上回ってみせた。

「くっ…!?」

 思わぬ衝撃にエルはコックピットの中で顔をしかめ、一瞬機体を引いた。

『まだまだ本気に成り切れていないようだな!!』

 フォスターは間髪を入れずにまるで舞を舞うかのように連撃を繰り出してくる。エルはそれをギリギリの間合いで何とか食い止めていた。

「(こいつら…何て戦いをしやがる!?)」

 それを見ながら、マクレガーは心の中で一人語ちていた。本来なら、VRの持っている近接武器は最終的な攻撃手段である。長中距離から狙撃できる武器で相手を狙った方が安全であるのに、今二人は近接武器で、それも近接戦闘が得意であるマクレガーですら捉え切れないほどのスピードで戦闘を行っている。

「(やはり“遮光の翼”は強い、強すぎる!!!)」

 マクレガーは震える拳を握り締めながら思った。

 その頃、エルは次第に追い詰められていた。絶え間無いフォスターの攻撃を捌くのがやっとで、反撃の糸口をまるで掴むことが出来ない。

「くそ…!速いっ!!!」

『どうした!?早くお前のバーチャロン現象を発動させてみろ!!この俺を失望させるなよ!!!』

 コックピットの中で残忍な笑みを浮かべるフォスター。が――、不意に彼は攻撃を止めた。

「「――!?」」

 エルとマクレガーはその思いも寄らなかった行為に当惑した。

『どうやら、まだ完全に力を発揮することは出来ないようだな…。真の力は生死の境目になって初めて発揮されるものだ……』

 そう言うと、フォスターは何やら構えを変えた。サイファーがゆっくりと腰を落とし、腕から力を抜いたような状態になる。言うなれば、剣術の「居合い抜き」のような体勢だ。

『俺の、SLC−Diveと並ぶ必殺技を見せてやろう……。これを躱せなければ貴様はVRごと八つ裂きにされて死……!そう成りたくなければ、バーチャロン現象を発動してみろ!!!』

 その瞬間、“遮光の翼”は視界がぶれるほどのスピードで“ラプター”との間合いを詰めると、剣撃を繰り出してきた。だが、ただの一撃ではない。まるで“遮光の翼”の腕が数本に分裂したかのよな速度で連続して繰り出されてくる。

『食らえ…“連斬”!!!』

 その姿、正に赤い鬼神。だがエルはそれ程のプレッシャーを受けながらも目を見開いてその姿を見ていた。そしてその時、目の前にある映像がスローモーションのように流れ始めると、全身の神経がVRの機体の隅々まで行き渡るような錯覚に陥る。これはエルが今まで数回感じて来た中で最も感覚が鮮明で、自分の体にも違和感を感じないものだった。

「(――避けられる!!!)」

 エルはその瞬間、確信した。一撃目、胴体への横薙ぎは上体を反らせる形で。二撃目、右脇から左肩への斬り上げは半身になって。三撃目、首を狙った横薙ぎは体を屈めて。四撃目、右肩から左脇への袈裟懸けを半身の切り返しで躱す。それぞれがテムジンの装甲をかすめたが、紙一重で避けたために僅かに裂傷を負っただけで本体は全く傷ついていない。

「――!?」

『――!?』

 瞬時の4連撃で相手を八つ裂きにする、“遮光の翼”の代名詞として今までにありとあらゆる敵を葬ってきたこの攻撃を、エルはこの目で見るのが初めてだったに関わらず完璧に見切り、フォスターは外したことの無かった技で初めて捉えられなかったことに驚愕した。だが、同時にフォスターは笑みを浮かべていた。自分の目は確かだった。VRの反応速度を上回る速度で繰り出す事が出来る“連斬”を避けられる者など、人間を超えた感覚の持ち主でしか有り得ない。今、目の前の相手は完全に持ち前の力に覚醒したのだ。そう……自分が望んだ通りに……。

「この感覚だ……」

 エルはコックピットで呟いた。

「今までは自分がまるでVRに操られているかのような感覚だった。しかし、今は違う。完全に……俺がイメージした通りにVRが反応してくれた……。これなら勝てる……!遮光の翼に!!!」

 エルはモニターに映る、深紅のサイファーに視線を送った。だが、“遮光の翼”は“ラプター”に向き直ったまま、立ち尽くしている。

『くっくっくっ……はぁっはっはっは!!!』

 突然、フォスターの哄笑が響いた。

「――何が可笑しい?」

 エルは静かに言う。

『これが笑わずにいられるか!?私の目は間違っていなかったのだからな!この時を待っていた!!選ばれし者を、持たざる者だった私が倒す日を……!!!』

 叫びながら、フォスターはサイファーを駆け出させてきた。背面ブースターから幾筋もの光の尾を引きながら機体を最高速にしたままのブレードでの突き――

「見えているぞ!!!」

 以前の戦闘では眼に止まらなかったこの攻撃だが、今のエルには確かに見える。余裕を感じられるレベルではないが、その速さは機体のスピード差を考えれば互角に近い。迫り来るブレードの切っ先が“ラプター”に突き刺さる直前にその軌道を見切ると、機体を反転させてそれを避ける。

『――甘い!!!』

 フォスターがそう言った瞬間、真っ直ぐエルに向かってきたはずの先端が避けた方向へと高速で横薙ぎへと変化した。人為的にとは言え、バーチャロン現象を発動させられるフォスターはエルが避けたのを見て即座に機体を反応させたのだ。ほぼ無防備な“ラプター”に狂気に満ちた刃が迫る。

カッ!!!

 2機の間に閃光が走る。すると、二つのVRはピクリとも動かない。そして――

ドサッ……

 何か重い物が地面に落ちる音がその静寂を破った。

「ああっ!!!」

 傍らで見ていたマクレガーは思わず叫んだ。2機が激突した次の瞬間に空中に舞い上がった物、それはサイファーの右腕に装備されているマルチランチャーだった。ランチャーからはしばらくの間、弱々しくレーザーブレードが輝いていたが、それもすぐに消えて光を失った。

「エルっ!!!」

 マクレガーが視線を前に向けると、そこには“ラプター”が“遮光の翼”の首筋にビームソードを突きつけている姿があった。

『……まさか回避は不可能と察するやいなや、私の斬撃の起点である右腕を攻撃することで防御に変えるとはな……。機体の速度と反応の正確さに絶対の自信を持っていなければこんな芸当……いや、まさに神業は出来ない……。』

「これが俺の答えだ、フォスター大佐。あんたは俺には勝てない……。」

 エルはどこか寂しげに言った。

「こうして……俺に憎しみをぶつけて来たのはあんたと、スペシネフのハンスだけだった……」

『そうか、ハンスの奴はお前に殺られたのか…。あの冷徹さ、勝利への貧欲さは…俺も嫌いではなかったのだがな…』

「ハンスとは最初はDNA、Rnaとして戦った。しかし戦いの中で俺が奴に手傷を負わせたことで、奴は俺を狙うようになった。それは戦いの中に身を置く者として覚悟しているつもりだった。しかし、あんたは違う!あんたの中にあるのは戦いの中で得られるカタルシスだけ。俺は、屍の上に築いてきた悦楽など認めない!!!」

 それは、エルの心の叫びであり、今までの戦いを通じて得た戦士としての結論でもあった。

『――戯れ言を言うな!!!』

 フォスターはテムジンの脇腹に蹴りを入れると、そのまま間合いを取った。

『戦いの中で自分を見出すことのどこが悪い!?持たざる者であった私が自分と言う者を認めさせるには与えられた能力を駆使して敵を倒すしかなかった!その為にはこの手で全人類を抹殺し、神と言われる存在なっても私は構わない!!!己の正しさを証明したいならば、貴様のその力をもって語ってみよ!!!……だが――』

 激昂していたフォスターだったが、この言葉を境に冷静さを取り戻して行く。

『“連斬”を躱して見せた貴様の事だ。今の攻撃を避けられることも薄々分かっていた。これ以下の攻撃を仕掛けても、間違いなく無意味だろう……。ならば……最強の攻撃をもって貴様を仕留める!!!』

ボウッ!!!

 背面からブーストを吹き出させながら“遮光の翼”は空高く上昇して行った。ここは衛星軌道上にある“サッチェル・マウス”である。青く輝く地球を背にしながら“遮光の翼”は背面だけでなくスカートのバーニアも全開にしながら浮いている。

「――SLC−Dive……!」

 エルはその姿を見て呟いた。一ヶ月程前、ワイズと共に赴いた“最後の聖域”でエルはワイズがAJIMに対して繰り出したSLC−Diveを見ている。だが、SLC−Diveを完全に使いこなす事はワイズにも不可能だった。もしこの技を完璧に使いこなせる者がいると言えば、目の前の男、“遮光の翼”フォスターしか有り得ないだろう。今、自分に史上最強の攻撃が迫ろうとしているのだ。

『見るがいい!これぞ究極、SLC−Diveを超えたSLC−Dive、“遮光の翼”だ!!!』

 フォスターがそう叫ぶと同時にサイファーの機体がVR形態から戦闘機形態へと変わる。バーニアから吹き出されていたエネルギーが機体の周りでフィールドと化してまるで巨大な翼を広げたようになり、地面へと凶凶しい形の影を落とす――

『死ね!!!』

 “遮光の翼”が急降下を開始してきた。空気を切り裂き、一条の閃光と化して“ラプター”に迫る。

「くっ……速い!!!」

 僅かに身を躱した瞬間、“ラプター”をかすめて“遮光の翼”が通り過ぎる。直撃こそしなかったものの、超高速飛行の起こす衝撃波とエネルギーフィールドの翼の威力に“ラプター”は吹き飛ばされた。

「ぐはぁ!!!」

『はっはっは!!無駄だ無駄だ!!!』

 “遮光の翼”は大きく宙を旋回し、再び突入してくる。

『如何に貴様の操縦が速いと言っても所詮テムジン。スピードの面で私の乗るサイファーを上回る道理は無い!そしてSLC−Diveのフィールドを破れるだけの威力を持つ攻撃など、ライデンならまだしもテムジンには無い!』

「(――悔しいが奴の言う通りだ!テムジンの最強の攻撃はバスターライフルだが、奴のスピードでは当てる事は出来ない……。かと言って近接武器で受けようものなら機体ごと吹き飛ばされる……)」

「エルっ!!!」

「来るなマック!!!これは俺の戦いだ!!!」

 マクレガーが“ラプター”の前に割って入ろうとするが、エルはそれを大声で制した。マクレガー記憶の中でもエルがこれほどまで熱くなっている事は記憶に無い。

「(何か……何か手はないのか……!?もし俺に特別な力があるなら、今こそその力を貸してくれ――“ラプター”よ!!!)」

 エルは初めて願った。それは仲間や天にではなく、自分の乗る、この機体に――

(手は……ある!!!)

 その時、静かだが力のこもった声がエルの頭の中に響いてきた。

(だが君一人の力ではこの技を成功させるのは不可能だ。だが、全てはこのテムジンの中にある。心を無にし、全身で感じろ……!)

「(分かった――)」

 目覚めたエルは自分、そして愛機“ラプター”の中に宿る未知の能力をもはや恐れる事はしなかった。自分一人の力では勝てない相手、“遮光の翼”フォスターに勝つために、全てを信じるしかないからだ。

「エル!何をしている!!!」

 マクレガーが叫ぶ。既に“ラプター”の目の前には“遮光の翼”が迫っていた。

『食らえ!!!』

 “ラプター”と“遮光の翼”が交錯する――

「エルー―ッ!!!」

 その時マクレガーの視界に映ったもの、それは天高く舞い上げられるテムジンの機体――。だが、“ラプター”はバーニアを吹かせると空中で2回転3回転してピタリと止まった。エネルギーフィールドを食らったのか、機体の前面には焦げ跡のような傷が付いている。

 コックピットの中で、エルは虚空を見詰めていた。俯いているため、その表情を窺い知る事は出来ない。浅い呼吸を1、2度しながら精神を機体の隅々にまで集中させていく……。

『――SLC−Diveの起こす衝撃波を逆に利用して直撃を避けたか……。この当たりはさすがと言えようしかし……』

 “遮光の翼”は反転し、宙の“ラプター”へと再び向かう――

『空中戦でサイファーに……、それも戦闘機形態に敵うと思っているのか!?』

 その時、“ラプター”はライフルを構え、ビームソードを展開させていた。眼下からは赤い閃光と化した“遮光の翼”が迫っている。

「――行くぞ!!!」

 エルは目を見開くと、ソードを構えたまま“遮光の翼に向けて突進を始めた。だが、その勢いは”遮光の翼が“圧倒的に上回っている。

『これで終わりだ!!!』

 フォスターが、殺意に満ちた絶叫を上げる――。

 次の瞬間、テムジンのブレードが通常の数倍に膨れ上がった。――グライディング・ラム――サイファーのSLC−Dive以上に幻と言われるテムジンの伝説の技。宙を切り裂くその姿が、太古の戦艦が相手に体当たりをして破壊するために舳先に取り付けた鋭角<ラム>に酷似していることからその名が付いた。その制御の難しさから、発動させることも、そして当てる事さえ神業的技術が必要だが、その突進力は相手も、自らも粉砕してしまう危険性を負っている。

『何ぃ!!?』

 さすがのフォスターも驚きを隠せなかった。百戦錬磨の彼とて、グライディング・ラムをこの眼で見る事は初めてだった。しかし、驚いたのはこの一瞬だけ。すぐに残忍な笑みを浮かべ、スロットルレバーを緩めるような真似はしない。

『いいだろう!この激突こそ最強を決定するに相応しい!!!』

「うおおおおぉぉぉ!!!」

 エルはこの一撃に全てを集中させ、絶叫するだけだった。

青い閃光――グライディング・ラムと赤い閃光――SLC−Diveが広大な宇宙空間をバックに交錯する――

カッ!!!

 目も眩むような広い光が“サッチェル・マウス”の甲板上を照らし出した。マクレガーもカーウェンもその瞬間を直視できず目を細める。次第に光りは弱まり、周囲に色が戻ってくる――

 宙に舞う二つの影あり。一つは人型のまま地に降りると、ライフルを支えにして力尽きたようにガクッと膝を付いた。“ラプター”だ。一つは戦闘機形態を地上スレスレで解くと、両足でしっかりと降り立った。“遮光の翼”だ。激突の瞬間を見る事の出来なかったマクレガーにはどちらが勝ったか分からない。だが今、地に付いている体勢で言えばフォスターに余裕があるように見える――

「どっち……だ……?」

 マクレガーは呟く。すると、くるりと“遮光の翼”が“ラプター”に向き直る。

『グライディング……ラムとはな……』

 フォスターが一人語ちるようにいった次の瞬間、サイファーの機体から全ての装甲が弾け飛び、全身から冷却液が吹き出した。力を失ってよろける“遮光の翼”。

『まさか、私のSLC−Diveの威力を上回って来るとは……』

「……俺だけの力で出せたわけじゃない。」

 エルのその言葉と共に、“ラプター”が立ち上がる。

「俺はこの技の使い方は知らなかった。“ラプター”の中に宿る、もう一つの意志が俺にそうさせたんだ……」

 エルはコックピットの中を見詰めながら言った。

『……俺の負けだ!さぁ、とどめを刺せ……!!仲間を殺した俺が憎かったんじゃないのか!?』

 フォスターが叫んだ。

「――確かに……憎いさ。だが、負けを認めたあんたを殺す事は出来ない……」

『何だと?戯れ言を言うな!!この場で俺を始末しなければ、これからずっとお前を狙い続けるかも知れないぞ!?』

「その時はまた止めてみせる!」

『そうか……」

 エルの言葉を聞いたフォスターが声のトーンを落とした次の瞬間、サイファーの機体が右手で自らの左腕を掴むと、力任せに引き千切った。

『それならば!!!』

「何を――」

「エルっ!!」

 力を使い果たした“ラプター”はもはや動く事すらままならない。それを庇うように“ウォリアー”が飛び出して来るが、フォスターのとった行動は意外なものだった。

 掴んだ左腕を大きく振りかぶると、それをそのまま自らの胸に突き刺したのだ。もはや全ての装甲を失ったサイファーの機体はVコンバータまで貫かれ、文字通り串刺しになっていた。

「どういうつもりだッ!!!」

 エルはフォスターの行動が理解できず叫んだ。

『――私にとって敗北は死と同義だ。貴様が私の命を奪わないのならば、私は自ら命を絶つ!!!』

 Vコンバータが破壊された事はVRにとって死と同じ。暴走し始めたエネルギーがスパークとなって“遮光の翼”を包む。

『命を狙った相手に生き長らえさせられるなど私にとって最大の屈辱だ。生きて恥を晒すくらいならば、私は自らの手で闇に消える。それが……私の……掟だ……』

 フォスターの声が消えかかる。彼の命も失われつつある事がエルにも分かった。

『はーっはっはっは!!!』

 フォスターは力の限り笑い声を上げた。そして、それが彼の断末魔となった。Vコンバータが破壊された事で機体が維持できなくなり、構造が崩壊を起こす。形を成していたものが消え、全てがエネルギーに換えると、大爆発と共に“遮光の翼”は跡形も無く消えた。最強と呼ばれたパイロット、フォスター大佐とともに……。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 “遮光の翼”の脅威の去ったサッチェル・マウスでは戦いの後始末が行われていた。破壊されたVRの回収、負傷者の収容、そして戦死者の安置……。冷たくなったワイズの体も遺体袋に収められ、企業国家DNAの国旗に包れて冷凍保存室に収められた。その後に地球に送られ、丁重に埋葬されることになるだろう。

 ワイズの死は地球に残ったハルトマンにも知らされた。ハルトマンは珍しく言葉を失い、人生で初めて泣いた。エルから連絡を受けた通信機の向こうで、他多くの人間の集まった作戦司令室の中で、人目も憚らずに――

 

だが、事態は彼等に悲しむ間すら与えなかった。

 

「本当にもう行くのか?エルストーム、マクレガー?」

 額に包帯を巻き、骨折した右腕を吊っているカーウェンは不安そうに聞いた。

「本来ならば突入部隊となるはずの“ミレニアム・ナイツ”は今回の戦いで壊滅状態、地球からの増援を待たなければ危険だ!」

 だが、エルとマクレガーは首を縦には振らなかった。

「だからこそ俺達が行くんですよ……」

 エルはカーウェンを見詰めて言う。

「ここで立ち止まっている暇はありません。今すぐ……タングラムを止めなければ取り返しの付かないことになります……!!」

「止める?」

 カーウェンは怪訝そうな表情になった。自分達に与えられた任務はタングラムは奪還する事。“止める”などという抽象的な言葉で表現されるものではない。

「そうです……止めるんです……」

 エルは空を――宇宙空間を見上げた。地上で見るよりも遥かに大きな姿の月に、歪な影を落としている巨大な物体が見える。タングラム――これを巡る戦いを終わらせることが今の自分の使命であり、戦いの中で命を落としたワイズへの何よりの餞である、今のエルはそう信じて疑わなかった――

 

To be Continued

Written by GTS

 

第8話『死戦』〜中編〜へ

第9話「宿命」へ

小説の目次へ

 

≪遂にあとがきだ!!!≫

「終わった……なんつーか一種燃えつきましたね(爆)。作者のGTSです(^^;。もはや、後書きのネタなんて枯れるほど燃えつきました、今回の話(笑)。しかし、やらねばなりません!今回のゲストは……ちょっと悩みましたが、今回でお役御免となったワイズ少佐に来ていただきました!」

『よろしこ〜』

「をを!こういう細かい所に書いている時の時期というか、分かりますね〜。しっかり頭に三角の(_△_←こういうやつですよ〜)を巻いているし。」

『殺したのはお前だろうが!?俺だってやりたくてやっている訳じゃない!さっさと本題に入らないと呪うぞ!?』

「う……それは嫌だ……(汗)。では本題、今回の『死戦』の見せ場は、まず某チャットで約束したグリスボックの活躍。この小説ではストライカーとグリスに殺られ役が多いんですが、ストライカーはハルトマンが乗ってそこそこ活躍しているのに対し、グリスにはそういった見せ場がありませんでした。ですからDNA最強部隊の隊長の機体が実は……という意外性を狙いつつ、登場させました。」

『俺の親友であるカーウェンを出した事は、中編への伏線でもあったわけだな?』

「そうです!第2の見せ場はワイズの過去が語られる事と、最強サイファー決定戦!第6話の冒頭で、恋人のいない事を指摘されたワイズが『俺は理想が高いんだよ』と逸らかしていたシーンがありましたが、あの時はワイズが過去に何かを背負っていることをほのめかす程度の事を考えていたんですが、話を進めるに従って、過去の話を挿入してみようと思いましてあのような展開になりました。」

『しかし、相変わらず恋愛ものを書くのが下手だねぇ……あんたは。あれじゃ俺とヘレンの思い出が台無しだぜ!』

「それを言われると辛い……!。ゴジラ小説の方でも恋愛物みたいな展開に挑戦したんですが、あんまり高い評価は頂けませんでしたし。気を取り直しまして……ワイズの過去と同じ回にはフォスター大佐との一騎打ちもあり、ワイズを殺すか生かすかは悩みましたが……どちらがより効果的か考えた場合、ワイズにはこの話で退場していただきました。」

『ま、それはそれで許す。んで後編、憎っくき“遮光の翼”をエルが打ち負かすわけだな!!』

「ええ、その通りなんですが……。そして最後の見せ場はエルとフォスター大佐の最終決戦、第3話から引っ張ってきた戦いです。このフォスター大佐、シャ○vs○ムロ路線はこういう話のお約束……ってことで、気にしたのはフォスターの性格付けでした。当初は悪魔のような戦闘狂というイメージで描いていたんですが、次第にその狂気の裏の劣等感が露わになり、最期は私の、悪役に求めている最期の美学、というものを背負って死んでもらいました。」

『これって……Cの福音シリーズの朝倉○介の台詞に似てないか?』

「ドキッ……、まぁ……あの最期の台詞が凄く気に入っているんですよ。あんな台詞を自分のキャラにも言わせたいなぁ……と思っていましたんで(^^;。」

『ふぅ……またパクリか……』

「う……人が気にしている事を……こうなったら作者権限を久々に使わせてもらうぞ!!お前が最も恐ろしいと思っている存在を登場させる!!」

『何をするつもりだ!?』

ヘレン『ワイズ!こんなところにいたの!?ショッピングに行く約束でしょ!?さっさとしないと承知しないわよ!!』

『ヘ、ヘレン!?どうしてここに……!?』

ヘレン『知らないわよ〜。早く行くわよ(はぁと)』

『へ〜レ〜ン〜……』ずるずるずる……(ワイズが引きずられていく音)

「……ワイズ……尻に敷かれるタイプだったのか……」

カーウェン『俺の言った通りだろっ?』

作者&カーウェン「『末永くお幸せに〜』」

「ゲストにワイズ少佐、特別ゲストにヘレン&カーウェンをお迎えしての後書きでした!次回、第9話『宿命』で遂にあの男が……あのマシンが現れる!!!お楽しみに!ではでは!!」

<完>