電脳戦機 VIRTUAL−ON

Truth 〜Story of ORATORIO TANGRAM〜

 

 

第8話『死戦』〜前編〜

 

 

 地平線を埋め尽くす、鋭角なフォルムをしたビル群が地上数百メートルの高さまでそびえ立っている。地球の実質的支配権を持つ巨大企業国家DN社、その首都「ミレニアム」である。しかし、どこまでも続く巨大都市はほとんどがDNAの表向きの活動であるDN社関連の施設である。支配の中枢は地下数百メートル、地上で核戦争が起こり街が焼き尽くされようが中性子爆弾で市民が死滅しようが関係無い、巨大なネットワークの中にある。彼等はその中にいた。

「タングラムの消失から2ヶ月…、世界全域で我々DNAとRnaの抗争は続いている。だがタングラムに関して新たな情報は得られていない…。」

「ああ、今行われているのはタングラム捜索の名を借りたプラントの争奪戦。このままでは全面戦争に発展するのは時間の問題だ。」

「兵の士気も落ち始めている。この辺りが和睦をする機会ではないかな?」

「Rnaは明らかにタングラム消失前より力を失っている。和睦は我々主導で行うことが出来るだろう。」

「ただ気になるのはRnaの中でもあの“漆黒の魔神”ツルギ少将と“遮光の翼”フォスター大佐の動き…」

「ツルギ…、Rna戦闘部隊の実質的な司令官であり稀代のVRパイロット。」

「そして“遮光の翼”フォスター、あらゆる意味で危険な男だ。」

「交渉は長引かせてはいけない。迅速に、彼等の関与は可能な限り排除すべきだ!!!」

「分かっている。いかに彼等と言えどRnaの首脳を押さえてしまえば自由には動けまい…。」

「実質的勝利は目前だ…。」

その言葉を最後に彼等は次々と現実空間に落ちて行った。しかし彼等にも予想はつかなかった。事態の発端と同じくして破局が突然やってくる事に――

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 衛星軌道上に浮かぶ無数の宇宙観測衛星。それらの全て同時に、本来真空の宇宙空間には存在しないはずの振動を捕らえていた。その振動は次第に大きくなっていく。振動は共鳴し合い増幅され、衛星の微細な部品を破壊していく。そして次の瞬間、月軌道上に奇妙な異形の物体が出現していた――

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 DNA宇宙軍司令部――観測衛星から送られてくるデータは全てここに集められ、専門家によって分析される。地球外からの信号や衛星兵器、未だ両陣営の脅威となっている大気圏弾道ミサイルを警戒する為だ。しかし、その日は衛星が捉えた奇妙な振動と月軌道上に現われた物体の解析にその機能の大半が使われていた。

「つまり、振動は音波や電磁波によるものではないのだな?」

 モニターの解析データを覗きこみながら、軍の制服を着た指揮官らしき男はその前に座る若いオペレーターに尋ねた。

「はい。R‐1、R‐2、R‐3全てが同じ振動を捕らえています。発生地点は地表から38万kmの月軌道上、座標軸F‐12‐k。コンピューターの回答は97.8%の確率で次元振動であるとしています。」

「次元振動…!?」

 軍服の指揮官はその言葉を聞いて顔を潜めた。次元振動――、物体が次元的消失または出現する場合に観測される極めて稀な現象だったからだ。

「『エクスプローラー』、月軌道上に近づきます!」

「画像を正面モニターに回せ!」

 指揮官の指示通り、無人探査機『エクスプローラー』が捉えた画像が映し出されていた。そこに映っていたのは黒々とした、一見瓦礫の塊のようなものだった。しかしよく見るとガラクタのように見えるのは物体の下半分だけであり、残りの半分は綺麗に原形を留めた明らかに人工の建造物だったのだ。

「もっと近くに寄れないのか!?」

指揮官はもはやデスクから身を乗り出さん勢いだった。オペレーターは慎重にコンソールを操作し、浮遊する異物を避けながら物体に近づいていく。そして――

「こ…これは…!!!」

拡大された画像の一点にその場にいた全員の視線が集中した。そこに描かれていたのは

 

9th Plant TANGRAM 

壁面にはそうマーキングが施されていた

「……最高執行部に連絡だ…!!!」

指揮官の命令は驚きのあまり声になっていなかった――

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

タングラム発見!!!――その報がDNA最高執行部に知らされると全軍に非常待機命令が発令された。DNA最高執行部はタングラム奪還の為に執行部直属の精鋭部隊、首都防衛師団「ミレニアムナイツ」の派遣を決定。DNAの保有する月〜地球中間軌道上の衛星基地兼第6プラント「サッチェルマウス」に送りこんだ。

 

 そして、衝撃が走ったのはエルの所属する第7方面隊も例外ではなかった

「――作戦の先遣部隊は『ミレニアムナイツ』が務める。我々は部隊内から選抜したメンバーを後方支援部隊として送ることとなった。ここまでで質問は?」

 ハルトマンは会議室に集まった士官・パイロット達を見渡した。すると、一人の士官が静かに手を上げる。

「大佐は今、選抜と申しましたが、我々の中から何人が選ばれるのでしょうか?」

 それはその場の誰もが気になった点だった。選ばれる選ばれないは自身がどれほど認められているかを表しているかだからだ。

「…それに関しては私に一任して欲しい。今回の作戦はかつて無い程厳しい戦いとなるだろう。「ミレニアムナイツ」に後れを取らないほど優秀で生きてここに帰って来れる人間を選ぶつもりだ。」

「ハッ…了解しました!」

 ハルトマンの言葉に士官は敬礼を返した。場の空気は一気に緊張で張り詰めていた。

「なお執行部は今回の作戦名を「オラトリオ・タングラム」と呼称すると決定した。派遣部隊に選ばれた者には追って命令する。以上で今回の説明を終わる、解散!」

士官たちはバラバラと部屋を出て行こうとしたが、一人だけ呼び止められる男がいた。

「ワイズ少佐はここに残れ!理由は…分かっているな!?」

「当然ですよ…。」

 ワイズはそっけなく答える。その全ての事情が分かっているのは二人だけだった。部屋を出て行くエルは話が気になりながらもその場を離れた。

 

 部隊の休憩室にエルとマクレガーはいた。話題は当然の事ながら「オラトリオ・タングラム」のことだった。

「遂に始まったんだな…」

 マクレガーは興奮気味に語っていた。

「ああ、今度こそ俺達DNAとRnaの戦いが決着するだろう。」

 エルは比較的冷静を装った。しかし、その心の中は違っていた。

「(間違い無くRnaも考えられる最強のパイロットを送りこんでくるはず。そうなれば奴…フォスター大佐との戦いは避けられない!)」

「なぁエル!?」

 マクレガーのその一言でエルは我に帰った。

「…ああ、聞いてるよ。」

「俺達は派遣部隊に選ばれると思うか?俺は戦いたいんだ!!OMGでムーンゲートに突入した親父のように、この俺も『オラトリオ・タングラム』でな…!!!」

「――その気持ちは俺も分かる…」

 二人は戦いへの決意こそ変わらなかったが、表面に出す感情は対照的だった。

「しかし、ワイズ先輩は流石だな。隊長直々のご氏名だ。」

 マクレガーは会議後にワイズがハルトマンに呼び止められたのを思い出して苦笑した。

「先輩は俺達第7方面隊で一番のパイロットだからな。選抜隊に選ばれて当然だ。」

 エルはそう返した。そこに……

「それはちょっと違うな。」

 二人はいきなり背後から声をかけられた。そこにはハルトマンに呼ばれていたはずのワイズが立っていた。

「ワイズ先輩、違うってどういうことですか?それにその格好は!?」

 マクレガーが驚くのも無理は無かった。ワイズの服装は基地では滅多に見ない、首都に赴く時や将軍以上の高官と会う時に着る軍の制服である。

「俺は選抜隊として応援に行くわけじゃあないんだ。『ミレニアムナイツ』に参加することになっている。下手な格好は出来ないだろう?」

「先輩の実力なら『ミレニアムナイツ』にも劣らないと思いますが、突然の話ですねぇ…。」

 会議後のワイズとハルトマンの会話を思い出したエルには疑問が残っていた。

「理由がいろいろあるんだよ。それに『ミレニアムナイツ』は並みの部隊じゃあない。何せ俺が世界で唯一ライバルと認めている男がいるからな。」

「先輩が認めてるですって!?」

 ワイズの言葉にマクレガーは思わず驚きの声を上げた。確かに『ミレニアムナイツ』は首都防衛だけでなく、硬直状態となった各地の紛争への実力行使や通常部隊では解決不可能な特殊任務を成功させ、内外にその名を轟かせている。しかし、自信家のワイズにそこまで言わせる男に興味が湧いたのだ。

「俺が士官学校で主席に送られる称号“プラチナイーグル”を4年連続で取ったことは知っているな?その影で表立ってはいないのだが、4年連続で次席を取った男がいる。」

「聞いた事がありますよ!名前は確か…」

マクレガーが言いかけた時、ワイズが続けた。

「マッド“ヘッジホッグ”の異名を持つ、「ミレニアムナイツ」所属カーウェン中佐。今やDNA…いや、地球最強のグリスボック乗りだろう。」

 ワイズはまるで我が事のように誇らしげに言う。

「ワイズ先輩がライバルと認めている人がグリスボックですか?意外ですね。」

 これは二人のやり取りを聞いていたエル。グリスボックは元々支援機体であり、数も多い。戦闘力こそ高いがパイロットに高い資質は求められないのが現状だった。

「そんなに意外か?士官学校時代からカーウェンの動きは際立っていた。当時の俺の動きを捉えられたのはヤツが操るグリスボックの嵐のようなミサイル弾幕だけだったよ。ま、ヤツが後ろから常に突き上げていたおかげで俺は主席が取れたんだと今でも感謝している。そうでなかったら、俺は士官学校に退屈して中退していたかもしれん。」

 そう言ってワイズは苦笑した。

「先輩にそこまで言わせる人ですか…。是非会って見たいですね!」

 マクレガーは拳を握り締めた。

「なに、お前達が選抜隊に選ばれれば嫌でも紹介してやるよ。…さて、そろそろ時間だ!」

 ワイズは立ち上がった。

「それじゃ、俺は一足先に出発する。『サッチェル・マウス』で会おう。」

 そう言い残してワイズは部屋を出ていった。言葉の中に二人が選抜隊に選ばれるという希望と確信を含ませて。

「先輩もご無事で…。」

 エルはそう言ってワイズの背中を見送った――

 

 翌日、エルとマクレガーは希望通りはたまた予想に反してハルトマンの隊長室に呼ばれていた。

「ここに呼ばれたからには言われなくても分かっていると思う。エルストーム、マクレガー両中尉に『オラトリオ・タングラム』における出撃命令を与える。命令の内容は以前連絡した通り、『ミレニアム・ナイツ』の突入サポート及び後方支援だ。詳しい任務は現地の指示に従ってもらう。この命令に異存がある場合はここで意見を聞く。」

 ハルトマンは言葉を切って、エルとマクレガーを見た。二人はハルトマンを真っ直ぐ見据えたまま視線を動かさない。

「お前達の先輩を差し置いて二人を選んだのは、最近の活躍が特に目覚しいからだ。数々の戦いの先頭に立ってきたお前達なら立派に任務を果たせると信じている。――ワイズも心強いだろう。」

「光栄です、大佐…!」

 エルとマクレガーは敬礼して応えた。

「出発は明日、応援部隊の第一陣は“セクター5”より航空輸送艦にて『サッチェル・マウス』へ移動する。慌ただしいとは思うが、今夜中に荷物の整理と機体の調整を終わらせて欲しい。」

 そこまでハルトマンの言葉を聞くと、二人は再び敬礼して隊長室を出た。

「いよいよだな、エル…」

「ああ…」

 二人は一言二言、言葉を交わしただけで、それぞれ厳しい表情で個室に格納庫へと向かう。決戦前夜は驚くほど短い時間のように感じられながら過ぎていった――

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

“セクター5”――DNA第4師団最大の基地を訪れるのはこれで2回目だった。それぞれの方面隊から選ばれたパイロットの機体が数機の航空輸送艦に載せられていく。それを横目に見ながら、エルとマクレガーも乗員タラップから乗り込んだ。

「(宇宙。8年前、親父もOMGの為にやってきた場所。同じ様に月には行かないけど、これで親父にやっと一歩近づいたんだな…)」

「(これからが本当の、そして最後の戦いになるかもしれない…)」

発進した輸送艦は上昇を続けた。空の色は青から次第に漆黒へと移っていく。二人はそれぞれの思いを胸に秘めながら、待ちうける戦いに思いを馳せた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

『サッチェル・マウス』――DNAがOMGにおいて地上と月の中継地点として衛星軌道上に建設した巨大宇宙ステーション。今回も月軌道上に出現した第9プラント“タングラム”奪回の為に使用されることとなった。ワイズはエル達より一足先にやって来ていた。

「悪い、随分待たせたようだな。」

 食堂内に併設されたカウンターでドリンクを口にしていたワイズはその声で振り返った。

「――俺がここに来たのは昨日だぞ?ようやく時間が取れるようになるまで一日かかるとは…、相変わらず中佐殿は忙しいようだな。」

「久しぶりだってのにご挨拶だな、ワイズ。相変わらずだ。」

 ワイズの皮肉にも動じず笑みを浮かべる男、戦闘服の右腕には剣を構えた騎士を象ったエンブレム、全身から自信を漲らせるはマッド“ヘッジホッグ”の異名を持つカーウェン中佐だった。

「カーウェンこそ変わっていないな。その自信たっぷりなのは士官学校のままだ。」

「そうでもないさ。時間が取れなかったのは俺が今回この“オラトリオ・タングラム“において突入部隊の指揮を任されるようになったからだ。あの頃お前と悪さをしたようにはいかないさ。それに…昔、俺の自信を徹底的に打ち砕いてくれたのは誰だったかな?」

「…いくら潰そうとしても向かってきた人間の名前なんて忘れたよ。」

 それを聞いてカーウェンが吹き出すと、二人は声を上げて笑った。

「ワイズ、お前が来てくれてこんなに心強いことは無い。」

「なに、これは契約のうちだからな。俺が『ミレニアム・ナイツ』からの誘いを蹴った時の…」

 急に表情を引き締める二人。当時のワイズの事情を知るカーウェンはそれに頷いた。

「そう――今お前の下にえらく威勢のイイ奴がいるらしいな?噂には聞いてるよ。」

 話題を変えたカーウェンは、ウィスキーのオンザロックを注文するとワイズの顔を覗きこんだ。

「エルストーム中尉をマクレガー中尉だ。二人ともスタイルはかなり違うがかなりの強者だよ。特にエルストーム中尉、あと2年…いや1年経てば俺も勝てるかどうか分からないな…。」

 それを聞いて。カーウェンは驚きの表情を見せる。

「そいつは面白そうだな…。どうなんだ?今回はこちらに来れるのか?」

「ああ、昨日ハルトマン大佐から連絡があった。エルストーム中尉とマクレガー中尉をこっちに遣すのであとはよろしく頼むってな。」

「そうか。お前といい、お前の後輩といい、今度の戦いは久々に楽しめそうだ…」

 二人が同時にグラスに口を付けると不意に沈黙が訪れる。それをカーウェンの方が先に破った。

「――なぁ、お前『ミレニアム・ナイツ』に戻るつもりは無いのか?あれは不幸な事故だったんだ。いつまでも責任を感じなくてもいいだろう?お前ほどの実力者が辺境の方面隊に甘んじてるなんて、DNAにとって損失だ…!」

「その件に関しては上層部と話が既についている。だからこうして俺はここにいるんだ!」

「だがなワイズ!お前はまだヘレンのことを――」

カーウェンの口からワイズにとって心がズキリと痛む名前が出た時――

<緊急警報!緊急警報!『サッチェル・マウス』に接近するVRを捕捉!識別信号赤!待機中の隊員は至急迎撃体制を取れ!>

「敵襲!?」

ワイズは立ち上がった。既にカーウェンは格納庫に向けて駆け出している。

「(相変わらずの鉄砲玉か!そんなんで指揮官が務まるのかね!?)」

心の中で毒づくと、ワイズも続いて走り出した。

 

「敵さんは一体何機なんだ!?」

「はっ!レーダーでは1機しか捕捉されていません!」

 格納庫に入ってきたカーウェンに捕まえられ、メカニックの一人は答えた。

「1機だけだと…!?『ミレニアム・ナイツ』を随分と舐めてくれるな…!!」

 カーウェンは舌打ちした。

「機体の判別は出来たのか?」

 その後ろからワイズが問う。

「速度からいってサイファーに間違いありません!間も無く“サッチェル・マウス”の迎撃圏内に入ります!」

「分かった。俺の“ヘッジホッグ”を至急用意してくれ!ワイズ!!お前の“ウィザード”はあっちだ!!!」

そう言ってカーウェンは格納庫向かいに固定された紫色のサイファーを指差す。ワイズも頷いてそちらへ駆け出した。しかし、彼の頭の中には一つの疑念が渦巻いていた。

「(たった1機でプラントを襲撃だと…?よっぽどの大馬鹿か自信家だ…!それとも確信犯?Rnaでそれだけの動きが出来る人間といったら…まさか!?)」

ワイズの脳裏に一つの名前が浮かぶ。

「フォスター!?“遮光の翼”――!!!」

 

“サッチェル・マウス”の対空バルカン砲が火を吹く。しかし、高速で迫り来る真紅のサイファーは戦闘機体型でそれを全て避けつつ、的確な射撃で砲塔を潰していく。

「敵VRは対空砲火を全てかわしています!信じられない動きです…!!!」

「化け物か…!?」

 管制室は騒然となった。

「『ミレニアム・ナイツ』が正面滑走路にて迎撃体制を取ります!」

 

 VRや輸送艦が発着する広大な甲板に、特徴的な都市型迷彩が施された10機ほどのVRが並んでいる。それぞれに騎士の紋章が象られた『ミレニアム・ナイツ』の精鋭部隊である。その中にハリネズミのマーキングを付けたグリスボック。標準より軽量化された装甲とチューン済みのVコンバータ、手持ち火器は標準機のサブマシンガンから6連装のビームガトリングに換装されている。カーウェン中佐専用機マッド“ヘッジホッグ”である。

『各機散開!敵を基地エリアに近づけるな!』

 無線越しにカーウェンの指示が飛ぶ。それぞれが2、3機のコンビとなってVRが動き出す。

『ワイズ!お前は俺と一緒に来てもらうぞ。』

 そう言うカーウェンにワイズは答える。

「いいだろう、カーウェン。『ミレニアム・ナイツ』のお手並み拝見させて頂くよ…」

 

 真紅のサイファーは戦闘機体型のまま地表スレスレに突入し、スピードを落とさないまま機体をVR形態に移行させるとホバリングしながら、待ち構える『ミレニアム・ナイツ』のVRに向かった。

「速い――!!!」

 そのスピードは幾多の修羅場を潜り抜けてきた『ミレニアム・ナイツ』のパイロットと言えども驚愕に値するものだった。都市迷彩のストライカーは右腕にショットガンを装備している。左手に持った大振りのターミナスマチェットでその攻撃を受け止めた。サイファーのレーザーブレードがその実剣部分に触れた瞬間、マチェットの周囲に微細振動波が走り、ブレードの威力を無効化する。

「我々『ミレニアム・ナイツ』の装備を他と一緒にしてもらっては困るな…!!!」

 パイロットは叫んだ。『ミレニアム・ナイツ』隊員の機体はそれぞれに専用のカスタマイズが施され、その為に最新装備の開発・実戦投入も他部隊に比べれば遥かに早い。

 ストライカーのパワーを利してサイファーのレーザーブレードを強引に弾く。間合いが離れた両機の間にテムジンが割って入る。右手に構えた二連装のロングランチャーをサイファーに狙いを定め、トリガーを引く。続けざまに2発の光弾がサイファーを襲うが、それを空中に逃れて避ける!!!。そのまま背面バーニアを全開にさせると、下向きにブレードを展開させたまま、テムジンのランチャーを構えた右腕を斬り落とす。反応できずに宙を舞う腕を見上げるパイロット。そして、着地と同時に放ったハンドレーザーがコックピットを貫いた。

「強い…!!!」

 ストライカーは怒りに燃えながらも精神を冷静に保とうとした。仲間が殺られたくらいで熱くなるパイロットでは『ミレニアム・ナイツ』は務まらない。ゆっくりとマチェットを真紅のサイファーに向ける。

≪なかなかクールじゃないか。だが…≫

 じりじりと間合いを詰めてくるストライカーに対し、“遮光の翼”フォスター大佐は静かに言い放った。

≪まだまだ甘い――!!!≫

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 正面格納庫前を守るワイズとカーウェンの耳にも凄まじい破壊音が立て続けに聞こえてきた。

『こちらカーウェン!管制室、状況はどうなっている!!!』

 マイクに向けて叫ぶカーウェン。そこに焦りを含んだオペレーターの声が返ってくる。

<既にレッド機、マエダ機、ニコライ機が沈黙!!!甲板西ゲートは突破されました…!!信じられない強さです!!!>

『だが現実だ…』

 カーウェンは呟くように言った。

「カーウェン、俺の予想が正しければ相手は『ミレニアム・ナイツ』と言えども簡単に勝てる相手じゃない!!Rnaで真紅のサイファーを操っているのはただ一人――」

『“遮光の翼”ファスター大佐だな。俺もヤツの伝説は何度も耳にしたよ…』

 カーウェンの声は震えていた。しかしその言葉に恐れの色はなかった。表情には微笑が浮かんでいる。

『“遮光の翼”は俺が殺る。外野は黙ってろ!ワイズ!!!』

 そう言うが早く、補助腕に支えられた6連装ガトリングを構え直し甲板に向けてグリスボックの機体を駆け出させる。その動きには機体の重量を感じさせない素早さがある。

「カーウェン!!!」

 ワイズもその姿を追って格納庫を飛び出した。

 

 正面甲板は死屍累々といった光景だった。甲板には穴が開いてめくれ上がり、そこから黒煙が濛々と上がる。バラバラにされた警備用VRの中に混じって『ミレニアム・ナイツ』を象徴する都市迷彩の機体も見えており、チカチカと力無くセンサーアイや識別灯が点滅している。

『こいつを…一人でやったのか!?』

 カーウェンは戦慄した。『ミレニアム・ナイツ』を一小隊投入すればプラントの警備部隊を全滅させることは可能な自信がある。しかし、それをたった1機で達成するための労力を頭の中で計算すると、背筋に冷たい物が走った。その時、“ヘッジホッグ”の頭上に小さな影が落ちた。

『――!!!』

 素早く機体を数歩後退させるカーウェン。一瞬前までいた場所に“ヘッジホッグ”と同じく都市迷彩のバトラーが叩き付けられ、パーツがバラバラに砕け散る。上空を見上げるカーウェン、そこには漆黒の宇宙空間を背にして浮かび上がる真紅のサイファーの姿があった。

≪いい動きだな、グリスボック…。≫

 外部スピーカーから流れるフォスターの冷たい声。

『“遮光の翼”…。フォスター大佐だな!』

≪俺も有名になったものだ。“遮光の翼”…、このふたつ名は嫌いではないが。≫

 叫ぶカーウェンに対してフォスターは冷笑した。空中に浮かぶサイファーはゆっくりと“ヘッジホッグ”の前へと舞い降りる。

『その伝説も今日、ここで終わりだ!!!』

 カーウェンがそう言うが早く、“ヘッジホッグ”の構えた6連装ガトリングガンが火を吹いた。毎分3000発の連射能力を持つ重火器が無数の弾幕を張る。“遮光の翼“は素早く機体を上昇させると上空から”ヘッジホッグ“に襲いかかる。

『そうはさせねぇよ!!!』

 ガトリングガンの掃射から間髪を入れずに“ヘッジホッグ”のミサイルポッドが展開し、4発のホーミングミサイルを放つ。“遮光の翼”は迫り来るミサイルをバルカンで正確に撃墜すると、地上の“ヘッジホッグ”へビームダガー投げ付けた。しかしカーウェンはそれを読んでいたかのようにナパームでファイアウォールを張っている。ダガーは爆炎に掻き消された。

「(そうだ、カーウェン…。いくら“遮光の翼”とは言えサイファーの攻撃力は決して高くはない。炎幕で相手の攻撃を相殺しつつ、グリスの火力で追い詰めるんだ!士官学校時代、俺との訓練を思い出せ…!)」

 ワイズは2機の戦闘を見ながら一人語ちた。ワイズの腕を以ってしても最高レベルの技術を持つパイロット同士の戦闘に割って入るのは危険極まりない。だが、一旦カーウェンがピンチになれば即座に戦える体勢を整えていた。

≪なるほど…、やっと骨のある奴が出てきたと言う訳か。≫

『まだまだ俺はこんなものじゃなないぜ…』

 消えかける爆炎をはさんで対峙する両者。今度は“遮光の翼”が先に仕掛けた。カーウェンの視界から消えるほどの速さで“ヘッジホッグ”の側面に回り込む。

『見えてるぞ!!!』

 叫びながらカーウェンは機体を旋回させると、射撃用全方位レーダーでサイファーの影を捉えながら自らの勘を頼りにサイファーの位置を予測しミサイルをばら撒いて行く。4発、8発、12発……!!!“遮光の翼”を追いかけるミサイルの数が次々に増えて行く。これこそ彼がワイズを追い詰める事が出来た由縁。天才的なタイミングでVコンバータの出力を調整し、途切れなくミサイルを連発する。DNAのグリスボックパイロットでは彼だけが出来る技術。小魚の群れの様に10数発のミサイルが“遮光の翼”に迫る!

 この戦いで初めてフォスターの顔から笑みが消えた。彼はミサイルを引き付けつつ機体を急降下させる。しかし、サイファーの機体を完全にロックしたミサイルは急旋回しながらその後を追った。

『無駄だ!飛行形態にでもならない限り、サイファーでも俺のミサイルは避け切れない!!!』

 カーウェンはミサイルに追われる“遮光の翼”を見ながら自身を漲らせながら叫んだ。しかし次の瞬間、“遮光の翼”はその機体を“ヘッジホッグ”の方に向ける。

『何をッ!?』

 正面から、ミサイルを後方に従えて突っ込んでくるサイファーに向けて、“ヘッジホッグ”はガトリングを構えた。僅かなタイムラグの後、6連装の銃身から光弾がばら撒かれる。それを見越していたかのように“遮光の翼”は反転上昇をした。“ヘッジホッグ”の放ったガトリング弾が標的を失ったミサイルを打ち砕いてゆく。弾幕を抜けてきた数発のミサイルが“ヘッジホッグ”自身に迫った。

『畜生めっ!!!』

 カーウェンは素早くその動きに反応して、ナパーム弾で炎幕を張った。しかし、ミサイルと機体の距離が近付き過ぎた。ナパームとミサイルが誘爆し、彼の想像以上の爆発が“ヘッジホッグ”を襲う。

『これじゃ何も見えない…!』

 カーウェンが毒づいた次の瞬間、火柱の間を割ってサイファーのホーミングビームの光弾が彼の眼前に迫っていた。これには彼も反応することが出来なかった。ホーミングビームは“ヘッジホッグ”の装甲に突き刺さり、爆炎が機体を包み込む。モニターがブラックアウトし、センサー系にも火花が散る。

「カーウェンっ!!!」

 ワイズは思わず叫んだ。

「カーウェンが弱いんじゃない…!カーウェンは士官学校時代とは比べ物にならないほど強くなっている!ヤツが…“遮光の翼”がそれよりも遥か上を行っている…!!!」

 ワイズは装甲から煙を上げる“ヘッジホッグ”に近づこうとする。

『余計な事をするな!!!ワイズ!』

 しかし、それをカーウェンが大声で制する。

『ここは俺に…“ミレニアムナイツ”に任せろと言ったはずだ!刺し違えてもこいつだけは殺ってやるぜ…!』

 カーウェンはそう言って、“ヘッジホッグ”のガトリングを再び構える。

『(いくらヤツが手強いと言っても地上でグリスボックの弾幕を受けるような真似はしなかった。ヤツが次に空中から攻撃して来た時…、そこを一撃で仕留める!こいつでな…)』

 カーウェンは心の中で一人語ちながら、カバーに隠れたひとつのボタンを指で撫でた。モニターは既に使い物にならない。彼は射撃用全方位レーダーだけに神経を集中させた――

「カーウェン!上だ!!!」

 永遠とも思われた静寂はワイズの叫びと同時に破られた。それと同時にカーウェンもレーダーに急速降下してくるVRを捕えた。

『こいつで終わりだ!“遮光の翼”!!!』

 カーウェンはトリガーカバーを指で弾くとボタンを押した。カバーには「ICBM」と記されている。すると、“ヘッジホッグ”のVコンバータが急激に出力を上げる。両肩のミサイルポッドがリバースコンバートされ、機体の全長に匹敵するような巨大なミサイルが放たれたのだ!

『ミサイル本体を避けられても爆発には巻き込まれるぜ!!!』

 降下するサイファーと地上のグリスボックの中間の空中でミサイルが炸裂した。爆発は一瞬にして辺りを包み込み、次の瞬間には宇宙空間に高々とキノコ雲が立ち昇り、第7プラントの広大な滑走路に影を落としてゆく。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 その光景は第7プラントに近づく輸送船の中のエルとマクレガーにも見て取れた。

「エル!見えたか、今の爆発を!?」

「ああ、只事じゃない…!」

 機内はにわかにざわつき始めた。DNA宇宙軍のクルーが慌ただしく動き回る。

「現在第7プラントにて“ミレニアムナイツ”とRnaのVRが交戦中との事だ!詳細は不明!」

 それを聞いてエルは思わず立ち上がった。

「どうしたエル?」

「マック…、今第7プラントには“ミレニアムナイツ”とワイズ先輩がいるはずだ。それなのにあの騒ぎは何だ!?DNA最高の精鋭を手玉に取れるパイロットはRnaにも只一人…!」

 それを聞いてマクレガーもハッとなった。

「“遮光の翼”…!」

「ああ、こうしてはいられない…。マック、格納庫に行くぞ!」

 エルの言葉にマクレガーも頷いた。二人はクルーの制止を振り切って格納庫へ駆け出した――

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「――くっ!!」

ワイズは激しい振動と衝撃が薄れてきた頃にコックピットの中で目を開けた。モニターは濛々と立ち込める煙で埋め尽くされている。

「カーウェンは!?」

 ワイズはレーダーを頼りに“ウィザード”を前に進めた。次第に煙が薄れてくると、ワイズは二つの影を見付ける。1機は地面に座るように崩れ落ちたグリスボック、そしてもう1機は右腕にブレードを展開させながらそれに近づくサイファー。

弾かれたようにワイズはその場を飛び出した。そして、今にも“ヘッジホッグ”へと振り下ろさんとされたブレードを自らのブレードで受け止める。

≪貴様!!?≫

『ワ…イズ…?』

 冷たいフォスターの声と、朦朧としたカーウェンの声がワイズの耳に重なる。ワイズは思わず叫んでいた。

「俺の目の前では、もう誰も殺させやしない!!!」

 

――続く――

Witten by GTS

 

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