電脳戦機 VIRTUAL−ON
Truth 〜Story of ORATORIO TANGRAM〜
≪前回のあらすじ≫
休暇で中立都市『AVION』を訪れていたエルとマクレガーの前に現れたRnaの試作型VRバルバドス、そのパイロットは街のゲームセンターで出会った少年ヨハンだった。彼に奇妙な友情を感じていたマクレガーはヨハンの行動を諭す為、あえて戦いを挑む。一進一退の攻防の末、辛くもヨハンのバルバドスを退けたマクレガーのバトラーであったが、満身創痍のバルバドスのコックピットを紫の光弾が貫いた。絶命するヨハン!その時二人の前に姿を現したのはRnaの死神、ハンス中佐の駆るスペシネフだった!!!
第7話『逆襲』〜後編〜
エルとマクレガーからやや離れた場所に、スペシネフは音も無く降り立った。足元から舞い上がる僅かな砂塵がその機体に質量があることを物語っているような、そんな着地だった。エルの視線は目の前の相手に釘付けになっていたが、マクレガーの乗ったバトラー、“ウォーリア”は残骸と化したバルバドスを抱きかかえたまま俯いていた。
≪この三週間…、貴様のことを忘れた時は無かった…≫
スペシネフから発せられた冷たい声、紛れも無くエルの耳に残った、3週間前に彼らの基地を襲い、エルとの死闘の末破れ、復讐を誓った言葉の主のものだった。
「やはりあんたか…!」
無意識に感じた殺気で薄々感づいていた事だったが、声を直接聞いてエルは相手の正体を確信した。
≪エル…とか言ったな…≫
スペシネフパイロット、ハンス中佐は低くつぶやくと、続けた。
≪私の名はハンス。Rna中佐だ…≫
「ふっ、ハンス中佐。こんなところで自分の官名を名乗るとは…、あんたも軽率だな!」
エルはVRの中からでも感じられるほどの殺気を放つハンス中佐に気後れする事無く返した。
≪私に残された物はもう何も無い…部隊も、階級さえ。それに貴様も自分が殺される相手の名くらい知っておきたいだろう。≫
それを聞いて、エルは目の前のVRを凝視した。以前の戦いの時、スペシネフは夜に溶け込むような闇色を纏っていたが、今は違った。全身がくすんだ白に塗り替えられている。以前が暗黒の死神を思わせたとするなら、今は白骨の悪魔を思わせた。
「(何だ?あの、奴の自信は…!?)」
エルは、ハンスの殺気の裏に隠れた絶対的な自信をその言葉から感じていた。
「(一回負けた相手にもう再度挑むんだ、普通はもっと緊張するもんじゃないのか?それはいくら熟練したパイロットだとしても…)」
そんなエルの考えを読み取ったかのように、ハンスが続けた。
≪このスペシネフは3週間前とはモノが違う…!これが真の死神、プロトタイプ・スペシネフだ!≫
「プロトタイプだとっ!?」
エルは思わず返した。
≪そうだ!この禁断の機体を使ってでもお前を殺す!!!≫
◇ ◇ ◇ ◇
――3週間前、Rna特殊強襲部隊“Hell Brave”専用地下ドック。第7方面隊基地での戦闘から5時間後――
「右腕全損、背部バインダー結合部中破、右足臀部フレーム大破…、これじゃあ十分な機動性を発揮出来ないはず…よくご無事で…」
メカニックは帰還したスペシネフの破損状況を読み上げながら目の前の男の顔色を覗った。だが、ハンスはそれを無視して宙の一点を見つめていたが、メカニックの報告は続いた。
「機体の右半身のダメージが大きいようです。センサー系統も半分死んでますよ…、ロングランチャーは戦闘中に放棄…。ただ、Vコンバータがやられなかっただけでも…」
「もういい…!」
ハンスの言葉にメカニックは報告を打ち切られた。OMG以来、この特殊強襲部隊“Hell Brave”のメカニックを務めてきた彼にとって、部隊のエースパイロットであるハンス中佐の敗北は信じられないものだった。
「零号格納庫を開けろ…」
「はっ…?」
不意な言葉であったが、彼にはハンスの言わんとしている事が分かった。
「いや…しかし…、プロトタイプを使うには機体の再調整が必要で…」
「それにはどのくらい掛かるんだ?」
「それに長官の許可も無く…」
「どれくらい掛かるかと聞いているんだ!!!」
ハンスは彼に珍しく感情的にメカニックを怒鳴りつけ、その胸倉を掴んでいた。彼の双貌は怒り以外の感情を失ったままメカニックを見据えていた。メカニックは背筋が凍った。いかなる場合でも冷静で、時には冷酷であったハンス中佐。しかし、今の彼の中には青白い炎が燃えていた。復讐と言う名の炎が…、それだけが彼を突き動かしていた。震える声でメカニックは答えた。
「さ…3週間です…。」
「何を考えている?ハンス…」
分厚いカーテンで閉め切られた薄暗い部屋、ハンスに話しかけたその男は“長官”と呼ばれている。“Hell Brave”の中でも彼の本名を知っているのはハンスしかいない。名前を知られていなくても不自由は何も無く、彼も他人の名前を知る必要は無い。彼は文字通りの支配者であった。
「DNA第7方面隊所属のテムジン“ラプター”とそのパイロットを抹殺することです。」
ハンスは表情を変えずに答えた。“長官”もおそらく表情を変えていないだろう。薄暗い部屋の中ではそれを確認する手段は無かったが…。
「プロトタイプの再調整をやらせているそうだな…。中佐、お前もあの機体の恐ろしさを目の当たりにしているだろう。敵を滅ぼすと同時に己の命も奪う、諸刃の剣だ…。」
「私の命は今回の敗北と同時に無くなったも同然です。もはや私にプロトタイプを恐れる理由はありません…!」
“長官”が背凭れに体を預けるとそのシルエットが微かに動き、薄明かりにその鋭い眼光だけを晒した。
「君の行動は全て委員会に報告されている。既に私のところには君への解雇通告が届いているのだ、これを私が受理すれば君はすべてを失うことになる。階級も地位も権限も、何もかも…」
「長官…」
ハンスは吐き出すようにつぶやくとやや間を開けて続けた。
「私が望むのは復讐の成功だけです。死人には地位も階級も必要ないでしょう…」
“長官”は腕を組みかえると僅かに身を乗り出させた。
「いいだろう。プロトタイプの調整終了までは君への処分は保留する。ただしだ…!、出撃と同時に君は全てを失うことになる。勝敗に関係無く…な。」
「充分です。」
そう言うとハンスは踵を返し、長官室から退室した。
バタン――、オーク材の重厚な扉が閉まる音と同時に長官は一人ごちた。
「ハンス…、君は本当に今までよくやってくれた。それだけに今回の事が本当に惜しくてならないよ。私が許しても委員会が、あの秘密主義者どもが放っておかないだろう。敗北は死…、勝利しても君は暗殺者に一生狙われる身だ…。本当に残念だよ……」
◇ ◇ ◇ ◇
≪私は貴様を倒すために、全てを捨ててここに来た…!≫
「あんた、正気じゃあないよ…」
エルはハンスの語った、事のあらましを聞いてつぶやいた。
「あんたは組織から見限られたんだぞ!?今の話を信じるなら、委員会とやらはいつでもあんたを殺れるんだ!こうして野放しにしておくのは最期まで利用し尽くそうという魂胆が見え見えじゃあないか!?あんた程の男なら奴等の掌で踊らされているのが分かるだろ?」
エルは自分でも言っていることが矛盾していると分かっていた。ハンスは自分の命を狙う敵である。しかし事情を聞けば組織に捨てられ復讐のみに縋る哀れなパイロットに同情を禁じ得なかったのだ。だが、そんなエルをハンスは冷たく突き放すのだった。
≪言ったろう、私に残されたものは貴様への復讐しかないと…。委員会の掌で踊らされようと特殊強襲部隊“Hell Brave”最期のプライドは果たして見せる!!!≫
「(結局は決裂か…!)」
そう心の中で吐き捨てると、エルは戦闘態勢をとった。その時――、
『御託を並べやがって!!!』
バルバドスを抱えたまま沈黙を守っていたマクレガーが叫びを上げた。
『あんたの事情はこれ以上聞かないがな…、自分が今何をやったか分かっているのか!!?自分のプライドの為には仲間の命なんて惜しくないってのは絶対に許せねぇ…!!!それにあんたは知らなかったかもしれないが…、このVRのパイロットはまだ子供だったんだぞ!!!』
沈黙がその場を支配したのは、一瞬のことだった。
≪知っていたさ…≫
「『―――!!?』」
ハンスの一言にエルとマクレガーは絶句した。
≪ヨハン、確か今年で12歳になる…。物心付いた頃からバルシリーズの専属パイロットとして育てられた天才少年…だった。≫
「そこまで知っていながらどうして…!?」
『やはりあんたは最低にも値しない奴だよ!!!』
ハンスは二人の批難を気に留めず続けた。
≪…ヨハンの父親は私だ。≫
エルとマクレガーは彼のその言葉に再び声を失った。
≪OMG末期のことだ。勢力拡大を続けるDN社に対し、Rnaは様々なプロジェクトで対抗しようとした。その中には人体を改造する事で飛躍的にVRポジティブを高めよう、という狂気とも思える実験もあったらしい。若くして実力を認められ、特殊強襲部隊“Hell Brave”に引き抜かれていた私は、あるプロジェクトに協力することになった。“HB”のメンバーは一部のプライバシー以外の全てが委員会によって統制されているため機密保持が万全だからな…。そのプロジェクトとは、高いVRポジティブを持つ者同士の子供に英才教育を施し、天才的VRパイロットを創り出すというもの…。私が父となり、生まれた子供が――、」
「ヨハンか…!?」
エルのつぶやきにハンスは答えない。しかし、短い沈黙がそれを肯定していた。
『なおさらだっ!!!』
沈黙を破り、マクレガーの怒声が響いた。
『どんな事情であれ、あんたがヨハンの父親なのは間違いないんだろ!?何で殺す必要があった!?親子が…どうして殺し合う…――』
マクレガーの言葉の末尾はかすれて消えかけていた。
≪今度は私から聞きたい。幼い頃から一緒に暮らし育ててきたが血の繋がりの無い関係と、血の繋がりはあるけれどもお互いの顔すら知らない関係。どちらが本当の親子といえると思うかね?私はヨハンの事はファイルのデータで知っているだけだ、母親とも面識はおろか名前すら知らない。ヨハンには真の意味で父親も母親もいない。“造られた子供”なのだよ…。≫
「(作られた子供――)」
エルの頭の中にはヨハンの無垢な笑顔が浮かんでいた。両親の愛を知らない子供にあんな笑顔が出来るのだろうか?。それとも仮面を付けていただけなのか?バルバドスのパイロットとして幼い頃から厳しいトレーニングを受け、常に周囲からのプレッシャーに晒されていたヨハンはゲームとして楽しむことで唯一子供らしく笑うことが出来たのか、今となっては知る由も無かった。
『解かった…』
マクレガーがそう言うと、“ウォーリア”はバルバドスの機体を静かに横たえると立ち上がった。
『ならば俺は友人ヨハンの仇としてあんたを倒す!!!』
“ウォーリア”は無事な右腕からビームトンファーを展開させて身構えるが、一足先に“ラプター”がその動きを制していた。
『エル!?』
「マック…、万全じゃあない今の“ウォーリア”で奴と戦うのは無謀だ。3週間前を忘れたか?」
『――!!』
マクレガーは3週間前のハンス中佐との戦いを思い起こした。あの時の“ウォーリア”はハンスの部下が操るスペシネフと交戦したダメージが残っており、その高速戦術に対応できないまま惨敗を喫したのだった。今もやはりバルバドスとの戦いによって左腕を失い、装甲のあちこちを損傷している。機体の状況は3週間前と比べても悪いことは明らかだった。
「それに奴は俺と戦いたがっているんだ…」
それは静かな口調だった。しかし、マクレガーはそれがエルの本気になった証である事を知っていた。
『…分かった。ヨハンの仇、頼んだぞ。』
エルがコクピットの中で無言で頷くと、“ウォーリア”は“ラプター”の背後に退いた。
ラプターは素早く戦闘態勢を取った。それと対照的にスペシネフはゆらりとランチャーを構える。その瞬間、スペシネフは滑るようにビルの影に消える。エルはその動きに素早く反応し、ライフルを続けざまに放つが、弾道は機体を捉えられずビルの窓ガラスを砕く。
「(速いー―!!!)」
スペシネフを追いながらエルは感じた。スペシネフは機体の向きを変えること無く“ラプター”を牽制しながら猛スピードで網の目のような路地を進んでいくだが、次の角をスペシネフが曲がった時、エルはほくそ笑んだ。
「そこは行き止まりだ!!!」
ラプターがライフルを構える、がそこにスペシネフの姿は無かった。
「いない!?」
だが、即座にラプターのレーダーが反応を示した。
「上か!!」
エルはライフルを上空に向けた。そこにはロングランチャーを大鎌に変形させ背後に振りかぶったスペシネフの姿があった。エルはすぐさまトリガーを引き、光弾を撃ったが――
≪遅いッ!!!≫
ハンスは叫ぶと大鎌を振り下ろした。鎌から放たれた波動はラプターとの直線上にあったビルを真っ二つに薙ぎ倒すとライフルの光弾を呑みこみ、路地に挟まれ逃げ場の無いエルを襲った。エルに鎌の波動は目の前に迫っていた。ハンスはエルから逃げていたのではない、逆に追い詰めていたのだ。エルに別の路地に逃げ込むだけの余裕は無かった。かと言って後ろに下がっても直撃する時間を僅かに遅らせるだけだ。
「――これしかないか!!」
エルは咄嗟に思い付いた。ライフルからビームソードを展開させると側面のビルを数回斬りつけ、その亀裂に機体を強引に割りこませた。脆くなったビルのフロアと壁を崩すと、ラプターが隠れるほどのスペースが出来あがった。次の瞬間、波動が路地を駆け抜けた。衝撃波を至近距離で浴び、コクピットでは計器がスパークを起こす。
≪ちっ…流石と言うべきか…≫
ハンスは崩れるビルを眼下に捉えながら舞い降りると、瓦礫の山に向けて慎重にライフルを構える。若く経験不足であるのに時として信じられないほどの判断と速度を見せる、それが彼のエルに対する評価だった。故に僅かでも隙を見せる訳にはいかなかった。
≪出て来なければこちらから行くぞ!!!≫
スペシネフはランチャーから光弾を続けざまに放つ。ラプターの機体を覆った瓦礫が吹き飛ばされていく。次の瞬間、ボムの爆発が瓦礫の山を炸裂させた。衝撃波が破片を押し退け、ラプターを露わにする。爆発の衝撃に耐えながらラプターがビームソードを展開させる。
≪くっ…!!!≫
軽量級の悲しさか、スペシネフは爆風と飛び散る破片を避ける為に後退を余儀なくされた。そこにラプターがソードを振りかぶりながら踏み込んでくる。スペシネフはそれをジャンプでかわすと、返す剣を鎌で受けとめる。
≪そうだ…!そうでなくてはいけない!!私の倒したい敵は今のお前だ!!≫
ハンスはエルの鋭い動きを見て笑みを浮かべていた。そしてエルもその言葉に返した。
「いや…あんたは俺には勝てない…」
エルは何処からか湧きあがる自信に自分の変化を気付いていた。目の前に鎌の波動が迫った時、自分の中に再び何かが目覚めたのだ。
「勝てないかどうかはこれを見て判断するんだな!!!」
ハンスは画面にパスワードを打ち込むと見慣れぬ画面を呼び出した。それは正式配備されたスペシネフには無いものだった。スペシネフ・プロトタイプ――それはサイファーを超える機動性、アファームドシリーズと互角以上に渡り合える戦闘能力と火力を持つ強襲型VRとして開発された。その為に大容量Vコンバータと新設計軽量スケルトンがコンビネーションされた。しかし二つのバランスは非常にシビアであり、最大戦速が発揮されるとコンバータの出力にスケルトンが着いて来れず、機体が自壊してしまうという欠陥を持っていた。だがこの危険な機体の最後の1機が廃棄されずに残っているのには理由があった。自壊を起こす直前まで、最大戦速を発揮したスペシネフには全身が特殊なエネルギーフィールドに包まれ、外部からの攻撃を一切受け付けない現象が起こったのだ。その現象の解明とあわよくば実用化の為に研究が行われたのだが、原因は不明だった。スペシネフはVコンバータを低出力化し、パワーレベルを安定させる事で正式配備された。だが、開発過程を知る者は自分の命を代償にして無敵の力を得るこの現象を“DEATH MODE”と呼んだ。ハンスが呼び出したシステムは“DEATH MODE”を抑える為のリミッターを解除するものだった。
―DEATH MODE START COUNT DOWN 13―
画面が切り替わった13秒というのは機体の自壊が始まるまでのタイムリミットである。ハンスは数字の偶然に皮肉を感じ得なかった。スペシネフは静止状態であるにもかかわらずVコンバータを展開し、バーニアを全開にしている。そして、機体が赤い光のベールで包まれる。
「…何が…起こっているんだ!?」
エルはスペシネフの変化に驚愕した。だが本能は危険を察知している。
―COUNT 12―
≪行くぞ!!!≫
叫び声と共にハンスはエルに襲いかかる。その動きにはVRの範疇を超えた異常さがあった。鎌のブレードとビームソードがぶつかり合い、粒子が弾ける音がする。
―COUNT 11―
「くっ…凄いパワーだ…!!!」
エルはマニュピレーターを通じてその力を感じていた。それはマクレガーの操るバトラーに勝るとも劣らない程だった。
―COUNT 10―
ハンスは力比べをすぐさま諦め、左手の鉤爪をラプターの胸元に向けて繰り出した。胸部の装甲を僅かに抉られながらもエルは鎌を弾くとバックステップでかわす。
―COUNT 9―
ハンスはその動きを読んでいた。ラプターの死角へ滑るように回り込むスペシネフ。
「速いっ!!!」
DEATH MODEを発動したスペシネフのスピードは“何か”に目覚めたエルの予想すら凌駕していた。咄嗟に反応させ、鎌の軌跡にビームソードを滑りこませるが、そのパワーと回り込みの遠心力を持ってラプターを強引に吹き飛ばす。
―COUNT 8―
“ラプター”のコクピットにスパークが飛んだ。直撃は防いだが、モニターには衝撃によりフレームがダメージを受けた事が示されていた。機体の全体送られるパワーレベルが低下する。
「このままでは殺られる…」
エルは一人語ちた。ここまでの危機を感じたのはRnaの前線基地“ブロックV”攻撃作戦の際、真紅のサイファー“遮光の翼”と対峙して以来の事だった。エルは体勢を立て直すと再び身構えた。
―COUNT 7―
スペシネフは吹き飛ばした“ラプター”が体勢を立て直す隙を突いて斬りかかった。鎌が“ラプター”の首筋に迫った瞬間、ハンスの視界から“ラプター”が消える。ハンスの予測よりも早く硬直が終了していたのだ。エルは機体をしゃがみこませ、鎌の下を潜っていた。エルは思わず叫んだ。
「首を狙うのはあんたの癖なんだよっ!!!」
―COUNT 6―
“ラプター”のビームソードは鎌を振り切り隙を見せたスペシネフの機体を確実に捉えた、しかし、本来ならその華奢なフレームなど一撃で圧し折る斬撃も、機体を包む赤い光のフィールドに弾かれ、装甲を傷付けることさえ出来なかった。スペシネフの機体がテムジンやアファームドBTのビームソードやトンファー以上の出力のフィールドで守られているならライデンのレーザーを以ってしても傷付けることさえ難しい。
「ビームソードが通じない…!?」
―COUNT 5―
≪くっ…今の攻撃を避けただと!!?≫
エルの驚愕を知らず、今の攻撃でスペシネフのスピードとパワーを完全に引き出したはずだったハンスは毒づいた。
<力ガ欲シイカ?>
≪!?≫
ハンスの耳に何かが聞こえた。それは最初は幻聴のように感じられたが…
<オマエハ力ガ欲シイノカ?>
≪何者だ!貴様!!≫
ハンスは叫んだ。しかし声は大きくなっていく。
<オマエハ奴ヲ倒セル力ガ欲シイノダロウ?>
声はハンスの追い詰められた心中を読んでいるようだった。
―COUNT 4―
「動かないとは臆したか!?ハンス!!!」
エルは斬撃に耐えた体勢のまま動かないスペシネフに斬りかかった。いくら自分の武器が通じないと言ってもそのまま仕掛けないわけにはいかない。
≪――誰だか知らないがな、お前に奴を倒す力があるならやってみろ!≫
その声に反応するようにスペシネフの目が光った。同時に背中のウイングに赤い、横に裂けた目玉のような紋様が浮かび上がり、“ラプター”に向けて緑色の怪光線を放った。
―COUNT 3―
怪光線を浴びた“ラプター”に外傷は無かったが、内部で起きた異常にエルは目を疑った。
「近接攻撃用ビームソード、Vコンバータ直結バッテリーが強制切断サレマシタ。フィールド展開不能。」
「どういうことだっ!!!」
エルは出力が急激に落ちて行くビームソードをなんとか維持しようとするが、遂には消え、ライフルの銃身が剥き出しになる。その時、ハンスは再び何かの声を聞いていた。
<今ダ!奴ハびーむそーどヲ使エナイ。>
≪――!!!≫
ハンスは機体を動かせないでいた。
<ドウシタ!?奴ヲ倒スノデハナカッタノカ!!!オマエハ悪魔ニ魂ヲ売ッテデモ倒シタカッタノデハナイノカ!!!サア!!!サア!!!サア!!!>
―COUNT 2―
≪うわああぁぁぁっ!!!≫
声に突き動かされハンスは半ば発狂したように突っ込んで行く。機体の所々がスパークし、白煙を上げている。それでもスペシネフのスピードは上がり続ける。“ラプター”にスペシネフの鎌が袈裟斬りに迫った。そんな状況でもエルは一人語ちた。
「片腕一本捨てればいいことだ!!!」
迫る鎌のブレードめがけてエルはライフルを突き出した。鎌がライフルを捉え、銃身を斬り裂く。が、ライフルで受け止めたことにより鎌の軌道は目標を外れ、“ラプター”の肩口に食い込んだ。
≪何いっ!!?≫
咄嗟に鎌を引き抜こうとするが、次の瞬間、ビームフィールドを纏った“ラプター”の左拳がスペシネフの胸元を抉るように打ち付けた。それは無敵のフィールドの上からでもコクピットに衝撃を感じるほどだった。
―COUNT 1―
吹っ飛んだスペシネフを視界に捉え、エルは我に帰った。
「――テムジンにこんな技が使えたとは!?」
モニターに映り、青く光る拳を見つめた。だが、力無く垂れ下がる右腕が痛々しい。
≪何故だ!!!何故私は奴に勝てない!!?≫
ハンスは叫んだ。
<悪魔ニ魂ヲ売ッテモ勝テナイトハ、貴様デハ役不足ダッタヨウダ…。アノ、我々ノ邪魔ヲスル忌々シイぱいろっとノ力ヲ継承シタアイツヲ倒スニハナ――>
≪力?継承?≫
だが、その問いに答えは無かった。
≪どっちにしろ今の奴はライフルを失い、右腕も利かない。私の勝ちだ!エルストーム!!!≫
既に悲鳴を上げ始めた機体に鞭打つようにスペシネフを駆け出させるハンス、無防備な“ラプター”の首に鎌の刃先を迫らせたその時――
―COUNT 0―
ピタリとその動きを止めるスペシネフ。全身を覆っていたフィールドが消えるとそれを待っていたかのように関節の節々からオイルが噴出す。
≪…時間切れか――≫
ハンスが自嘲気味の笑みを浮かべると同時に機体は鎌を支えにして崩れ落ちた。それでもなおVコンバータは回り続け、全身にパワーを送りこんでいる。過剰なエネルギーはそのままスパークとなり、装甲を内部から引き剥がす。
『危ない!エルっ!!!』
“ウォーリア”が飛び込み、“ラプター”をスペシネフから引き離した次の瞬間、スペシネフは正に骨のようなフレームだけを残して粉々に爆発した。それが復讐に燃え、全てを捨てた死神ハンスの最期だった。
「ハンス…あんたは本当にこれで満足だったのか?」
“ウォーリア”に抱えられた“ラプター”のコクピットの中でエルの心境は複雑だった。DNA、Rnaの対立から生まれた戦闘、復讐、そしてヨハンへの想い――
中立都市AVIONの長い夜はようやく明け始めた。
To be continued
Written by GTS
<あとがきは忘れた頃にやってくる>
「ども、作者としてはお久しぶりになりますねぇ(自爆)GTSであります。いや〜、前話からずいぶんお待たせしてしまいました。楽しみにしていただいた方…なんて皆無だと思いますが一応お詫び致します。では、今回のゲストですが、今回で見事な殉死(笑)をした私の愛機でもあるスペシネフです」
『よろしく…』
「このクールなスペシネフですが、当初は主役と言う考えもありました。今のようにテムジンを主人公機にしてタングラムを追うのではなく、スペシネフが公表されることない裏の指令を執行して行く一種のダークヒーロー物でした。その反動かはたまた愛か、本編では非常に登場回数が多い機体となりました。結局は負けちゃうんですけどね(^^;)」
『ただでさえ5.4になって勝率低いんだ。やられる身にもなってみろ。』
「そうはいきません目指せ全キャラ出演だからね。あと登場していないのはライデンのみ…、フフフ…ライデンファンは楽しみにしていてください。」
『さて、今回で「地上編」が終わりだと聞いたが?』
「そうなんです!第7話をもって地上編は終了、次回は再びタングラムが出現!!!宇宙に舞台を移し今までを超える壮絶なバトルと新たな展開を予定しています!!!」
『なるほど、期待して良いのだな?まぁ…あまり読者を待たせるなよ…。』
「ぐっ…、それを言われると…(汗)。ただ、某チャットで公言した『グリスボックの見せ場』は必ず出します!F.Sさんはご期待下さい!ただねぇ…」
『ただ、何だ?』
「今回のあとがき、あまりネタを考えなかったのでテンション低いかな〜って。次回のあとがきは第8話後編で登場の予定です。それまでに考えておくか(^^;)」
『ということはまた3部構成だな?』
「ははは…実はその通り。グリスの見せ場を考えたら3部構成がピッタリはまってねぇ…(笑)最近1話の内容が膨らみ過ぎの感がありますが、どうでしょう?この辺は意見をお聞かせください。」
『そろそろ時間だな…。』
「ではお別れの時間のようです。次回第8話「死戦」乞うご期待!!!愛機に仕切られっぱなしのGTSでした!!!」
<完>