電脳戦機 VIRTUAL−ON
Truth 〜Story of ORATORIO TANGRAM〜
≪前回のあらすじ≫
休暇で中立都市「AVION」を訪れていたエルとマクレガー。その「AVION」をRnaの戦闘部隊が急襲、目的は都市中枢の制圧と試作型VRバルバドスの実戦演習であった。同時に第7方面隊基地もRna部隊の牽制を受け身動きが取れない。しかし、ワイズの機転で”ラプター”と”ウォーリア”を「AVION」まで送り届けることに成功。エルとマクレガーもまた、Rna兵士の方位網を突破し、合流地点にたどり着く。AVIONにおいて、VR同士の市街戦が始まろうとしていた!
第7話『逆襲』〜中編〜
エルはテムジン、コールサイン“ラプター”のコクピットに乗り込むとスロットにOSのディスクをセットする。初期画面が読みこまれると頭にHMDが被さり、パイロットの照合が始まった。システムに登録された正規パイロットの網膜を識別するのだ。
「Well Come RAPTOR SYSTEM、Mr.ErStorm.」
電子的な音声メッセージが流れると、HMDにモニターの映像が映し出された。
「“ラプター”起動完了。」
エルが言うと、やや遅れて、
『“ウォーリア”起動完了。』
マクレガーもアファームドBT、コールサイン“ウォーリア”の起動を完了した。2機はキャリアーから下ろされると、中立都市AVIONに向けて駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇
大型トレーラーの内部にに偽装された管制ルームで、眼鏡の男は南ゲートに接近する2機のVRをレーダーで捉えていた。彼はヘッドセットのマイクからバルバドスのパイロットを呼び出した。
「ヨハン、聞こえるか?南ゲートから2機のVRがこちらに接近中だ。識別信号青、DNAのVRと見て間違い無いだろう。」
『…ホンマか?で、機種は何や?』
「テムジンとバトラーだ。2時間前、第7方面隊基地からVRキャリアーが発進したのが確認された。まったく、包囲隊の奴等は何やってるんだか…!」
運転席に座る長髪の男が付け加え、毒づいた。
「(お兄ちゃん達や…!)」
コクピットの中で少年――、ヨハンは笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇
AVIONに近づくにつれ、“ラプター”と“ウォーリア”に対するRnaの攻撃は激しさを増した。しかし、手持ちのパルス銃やロケットランチャーで2機のVRを止められる訳でもなく、トンファーが振り起こした竜巻とテムジンのパワーボムの爆風に兵士達や装甲車は吹き飛ばされた。
「ダメだ。機動部隊では敵VRを足止め出来る訳は無い…!」
眼鏡の男はインカムに入ってくる報告を聞くなり毒づき、運転席で別働隊との通信を続けている長髪の男に声を荒げた。
「そっちは…、CSG(サイバースクエアガーデン)の方はどうだ!?」
長髪の男は無線機を耳に当てたまま答えた。
「侵入には成功、だがガードシステムの抵抗に遭っている。それを切らなくてはセンタールームには近づけない…」
それは数々の修羅場を潜り抜けてきた彼だから出来る極めて冷静な口調だった。そして、ややあって、
「…時間までバルバドスで足止めが出来るか?」
それを聞いて眼鏡の男はニヤリと笑いながら言った。
「俺の計算通りならな…!」
彼はインカムのマイクを再び口元に向けると、コクピットのパイロットを呼び出した。
「待たせたな、ヨハン。いよいよゲームの本番が始まるぞ。本隊がCSGのセンタールームを占拠するまでお前のバルバドスがDNAのVRの相手をするんだ!出来るな…」
『それって、お兄ちゃん達を倒してもいいってことか?』
「ああ、お前とあのパイロット達に何があったかは知らないが奴らは敵だ。殺しても構わん。」
『分かった、本物の乗ってもボクの方が強いってことを見せたるわ!』
ヨハンはそう言うと切り離していたハンドビットを呼び戻し、バルバドスを完全な姿に戻すと、エルとマクレガーの到着を待ち構えた。
◇ ◇ ◇ ◇
街中に入ると熾烈を極めていたRnaの攻撃がぱたりと止んだ。エルとマクレガーはレーダー反応を頼りに得体の知られぬVRに近づいて行った。
『あのVRだが、新型だったか?』
マクレガーが不安げな口調で聞いてきた。
「いや、確かに見たことの無い機体だったが…あれはバル‐バス‐バウの発展型じゃあないのか?上半身のフレーム構成や武装に共通するものがあった。」
『バル‐バス‐バウ…か…』
マクレガーはそうつぶやくと続けた、
『大佐に聞いた話だが、OMGでバル‐バス‐バウは「Ruins」での戦闘でベルグドルを中心とした戦闘部隊を壊滅にまで追い込んだと言う…。障害物の無いあの場所で、ハンドビット攻撃を防ぐ術は無かったそうだ。未完成の段階でそれだ…、開発の進んだ今なら更に…』
マクレガーは途中で言葉を切った。それ以上言わなくても彼と同等以上の実力を持つエルには充分に思われたからだ。
「分かってるさ…」
警戒心を含ませてエルは返すと、レーダーの反応が「警戒」に変わり、識別信号赤が表示された。
「いよいよだ…!」
エルは不謹慎ながらも見知らぬVRと戦えるという、パイロットの本能的な快感を感じていた。そして、1ブロック挟んで敵VR―バルバドス―を捉えた。テムジンやバトラーより小柄なダークブルーの機体、そのラインは丸みを帯び、最新鋭のデザインがされているのがわかる。しかし注目すべきは両腕に装備された「ERLシステム」である。この機体がバル‐バス‐バウの後継にあることを物語っていた。
『どうやらエルの考え通りのようだな…』
実際に機体を見てそうつぶやいたマクレガーだったが、次の瞬間、敵VRから聞こえてきた声に2人は声を失った。
≪そのテムジンとバトラー、エルとマクレガーのお兄ちゃんやろ!?≫
それは2人が昼間に出会ったばかりの、少年ヨハンのくったくの無い声だった。
「ヨ、ヨハン!?お前なのか?一体、どうして…?」
エルは驚きのあまり任務も忘れ声を上げた。それはマクレガーも同じだった。
≪何をやっとるって決まってるやんか、VRの操縦や。≫
ヨハンの言葉に悪びれた様子はまったく無い。
『そんな事は見れば解かる!どうしてそのVRに乗っているか…ってことだ!』
≪…このVR、バルバドスはボク専用に作られとるんや。ボクはちっちゃい頃からバルバドスに乗るために訓練を受けてきた、ボクはみんなから選ばれたパイロットなんや!せやから、バルバドスはボクしか動かせへんのや!≫
ヨハンは自信たっぷりに捲くし立てた。
≪勝負や、お兄ちゃん達!ゲーセンで言ったろ、ボクはホンマモンのVRを使っても勝つ自信あるって!本気でやらな痛い目見るのはお兄ちゃん達やで!≫
「子供相手に本気で戦える訳ないだろう!考え直すんだ!」
説得の気持ちをこめてエルは叫んだ。しかし、ヨハンの答えはそれを裏切るものだった。
≪お兄ちゃん達にその気が無いなら、ボクから行くでえっ!!!≫
ヨハンがそう叫ぶと同時にバルバドスの胸部から2本の緑色光が迸った。“ラプター”と“ウォーリア”はそれをビルの影に隠れてやり過ごす。緑色のレーザーは突き当たりのビルに風穴を開けた。
『ヨハンっ!!!』
ビルの影から飛び出し、“ウォーリア”はバルバドスにマシンガンを向けた。しかしその場所にバルバドスの姿は無い。だが、その時――、
≪やっとやる気が出たみたいやな!でも、今のは挨拶代わりや!≫
どこからともなく聞こえてくるヨハンの声があった。エルとマクレガーはレーダーに目を向けるが、奇妙なことにレーダーにはVRと思しき反応が3つあった。
「どう言うことだ…?分身したとでも言うのか!?」
『エルッ、お前は右側に回ってくれ!俺は左側を当たる!』
そう言うが早く、“ウォーリア“は路地に消えて行った。
「分かった!」
エルもその姿を見送ると“ラプター”を駆け出させた。Rnaの部隊がすでに中枢部を占拠してしまっているのか、ビルの窓から漏れる明かりはまばらで、昼間の賑わいはどこにいったのかと思わせる。おそらく緊急警報か何かで外出が禁止されているのだろう。
「(無暗に避難をしないのは正解だったかもな…。街中にはRnaの部隊が配置されていた。被害者を増やすだけだ…)」
そんな事を考えながらもエルはレーダーの反応に近づいていた。その時、何の前触れもなく反応が“ラプター“の頭上に移動してきたのだ。
「―――!?」
不意な出来事にエルが反応すると、テムジンの頭部に取り付けられたセンサーアイが頭上を見上げた。そこにはバルバドスから切り離されたハンドビットがこちらに砲口を向けていた。次の瞬間、無数のビームバルカンが“ラプター“に襲いかかった。
「くっ…!!!」
数発を被弾しながらもエルは機体にバックダッシュをかけ、光弾の群れから逃れる。“ラプター”がいた場所のアスファルト路面を光弾はズタズタに穿って行く。体勢を立て直し、“ラプター”はライフルを構えると、空中のハンドビットに狙いを定める。エルがトリガーを引くと同時に青い光弾が続けざまに放たれるが、ハンドビットはそれを嘲うかのように“スッ”っと上昇し、それをかわす。光弾は虚空を焦がしただけに終わった。
「ちっ!(的が小さすぎる…!)」
エルは毒づくと、レーダーの反応を頼りに本体の動きを追った。
◇ ◇ ◇ ◇
迫り来る無数のフローティングマインに向けて、マクレガーは“ウォーリア”の手持ち武器であるマシンガンを掃射した。低出力ではあるが連射性能の高い光弾がマインを空中で撃ち抜くが、宙に浮いたハンドビットは、壊される数を上回って、次々とマインを放っている。次第にマクレガーの方が追い詰められていた。
『埒があかないな…』
マクレガーはマシンガンによる撃墜を諦めた。いくらエネルギーがVコンバータから供給されてくると言っても、使い過ぎはマシンガンに負担をかける。その間にマインは再び数を増やして行く。マクレガーは武器管制システムのLW対応兵器を手で投擲するナパームから両肩に装備されたグレネードディスチャージャーに変更すると、すかさずトリガーを引く。目の前に迫るマイン群に向けて2発の円筒型機雷が射出され、低い放物線を描くと“ウォーリア“の目の前に球状の爆炎を発生させる。この爆炎は通常のボム系とは異なり、破壊力は低いがその威力がその場に残る時間が長い。”ウォーリア“目指して突っ込んできたマインは炎の壁に遮られ、次々に焼失した。
マイン群を凌ぎ切ったことを確認すると、マクレガーは外部スピーカーに向けて叫んだ。
『ヨハン!聞こえているんだろ!!!こんなチマチマした攻撃で俺達を殺れるとでも思っているのか!?俺を本気にしたければお前自身でかかって来い!!!』
一瞬の静寂が訪れた。しかしその静寂は、マクレガーが背後にVRの足音を耳にすることで簡単に破られた。ビルの間から“ウォーリア”より一回り小さなダークブルーの機体が現れた。
≪へへへ…、ボクもあんな攻撃でお兄ちゃん達を倒せるとは思ってへん。≫
機体から発せられた声は紛れも無くヨハンの物だった。
『ヨハン…!』
マクレガーは吐き出すようにつぶやいた。
≪さっきの言葉、お兄ちゃんが本気になったと思っていいんやな!≫
『―――――』
マクレガーはその問いに沈黙を守った。その時、エルの乗る“ラプター”が2人に追いつき、バルバドスに向けてライフルを構えた。
『待て!エルっ!』
それを、マクレガーは激しく制した。
「どうしたって言うんだ!?」
エルはマクレガーの態度に戸惑い感じながらも、構えを崩さずに返した。
『俺一人でやらせてくれ…』
「何っ!」
≪なんやて!!!≫
マクレガーの言葉にエルと、敵であるはずのヨハンまでが反応する。
『おい、ヨハン!俺と本気で戦いたいなら一対一が条件だ!そうじぁあなきゃフェアじゃないしな…。バーチャロンだって一対一だろ?』
それは根っからのゲーム好きであり、まだ子供であるヨハンに対する幼稚な挑発だった。しかし、それゆえか効果は充分だった。
≪よっしゃ、わかったで。お兄ちゃんがそう言うならボクもそれでええ!≫
そう言うとヨハンの戦意に感応するかのようにバルバドスは戦闘態勢を取る。同じく戦闘体勢に入った“ウォーリア”に、エルは機体間インカムで話し掛けた。
「マック、お前正気か?いくらRna側の人間とは言えヨハンは子供なんだぞ!?」
『んなことは分かってるさ…。でもやるしかない、ヨハンは本気だ…!それにエル、お前、撃たれた肩は大丈夫なのか?』
その言葉を聞くと、エルの右肩が思い出したかのように痛み出した。右肩は戦闘服で守られていたとは言え、パルス弾を受けて少なからずダメージを受けているのがエルには分かっていた。
『ここは俺に任せろ。もし俺が負けたら…、仇を取ってくれればいいさ。』
マクレガーは言葉の最後を冗談めかしながらも、声には決意に満ちていた。それを聞いてエルも彼を止めることは出来ないと感じた。
「……やりすぎるなよ。」
エルがそう言うと“ラプター”は構えていたライフルを降ろし、後退させた。その場には“ウォーリア”とバルバドスだけが対峙していた、まるでゲーム「バーチャロン」のスタート時のように…。
両機はほぼ同時に動いた。“ウォーリア”が前に駆け出すのに合わせて、バルバドスは跳び上がる。
『逃がすかっ!!!』
“ウォーリア“がパワーボムを地面に叩きつけると、球状の爆炎が撒きあがり、その衝撃波がビルの窓ガラスを打ち砕いた。煙と埃が辺りを包み込む間に、バルバドスは両腕のERLを切り離した。煙の中の”ウォーリア“にビームバルカンが降り注いで行った…。
◇ ◇ ◇ ◇
「始まったな…」
長髪の男は辺りに響く爆発音を耳にしながらつぶやいた。
「ああ…」
眼鏡の男はそれに、モニターを覗きこみながら生返事を返した。
「バルバドスだが…、今までのVRと何が違うんだ?」
それを聞いて、眼鏡の男はニヤリと笑った。彼の相棒は腕が達ち、頭も切れるがいかんせん技術屋ではないからだ。
「バルバドスに使われているVコンバータはB3計画の流れを汲むものだ。小型ながら、今までよりも高度なリバースコンバートにより大量なマインの形成が可能。さらには高出力化により近接時にはアファームドシリーズ並の、そしてレーザー系にはライデンに匹敵するほどの攻撃力がある。それらをコントロールするERLの改良も同様だ。B3ではロックオンした相手を追い回すだけだったハンドビットを遠隔操作、固定位置に配置することも出来る…」
「…大した物だな…」
長髪の男は感心したのか、今ひとつ理解していないのか、どちらとも付かない口調でつぶやいたが、眼鏡の男は構わず続けた。
「バルバドスは操縦技術よりもシステムをマスターするだけのセンスと高いバーチャロンポジティブが必要だった、そのために専属パイロットとして養成されたのが――」
「ヨハンだ…」
そこから先は彼もよく知ったことだった。彼は工作員の傍ら、ヨハンの身辺警護も勤めてきたのだ。それゆえ、ヨハンもトレーニングやシミュレーションでの付き合いが多い眼鏡の男よりも、彼の方を慕っていた。
「(バルバドスのためだけに育てられた子供か…。俺があの位の頃は一体何を考えてた…?)」
長髪の男は心の中でひとりごちた。だが、次の瞬間彼の思考は突如の爆音によって遮られた。それは“ウォーリア”の放ったパワーボムが炸裂した音だった。
◇ ◇ ◇ ◇
≪やったか!?≫
爆炎の中にビームバルカンを撃ち込みながら、ヨハンは叫んだ。パワーボムの爆炎は思いの外激しく、目視もレーダーさえも役に立たない状況。その時、煙を切り裂いて“ウォーリア”が飛び上がった。上昇しながら両腕からビームトンファーを輝かせ、バルバドスに向けて振りかぶる。
≪バルバドスをなめるんやないで!マックのお兄ちゃん!!!≫
ヨハンの意識に反応し、切り離されていたビットが瞬時に両腕に装着される。と、同時にビットからは緑色のビームクローが展開され、振り出されたトンファーを掴み取った。バチバチバチ……、ビームの粒子同士が反応し合い耳障りな音を立てる。
『バトラーのトンファーを掴みやがった!』
コクピットの中でマクレガーはかすかな戦慄を覚えた。VRのあらゆる近接武器の中でも最高の出力を持つビームトンファー、それを防御する事は容易ではなく、重量級の装甲にとってもその威力は脅威である。それを掴み取ることは互角かそれ以上の出力を持っていると言うことだ。だが、出力が互角でも機体のパワー自体はバトラーの方が勝っていた。空中ではあったが、次第にバルバドスが姿勢を崩していく。
『このまま勝たせてもらうぜ!ヨハン…』
マクレガーはマニピュレーターのグリップに力を込めた。その時――、
≪なめるな言うたやろっ!!!≫
ヨハンのその言葉と共にバルバドスの両脚部の装甲が展開され、そこからもう2基のビットが切り離された。
『なにっ!?』
驚きの声を上げるマクレガー。“ウォーリア”はトンファーを収納し、バルバドスから距離をとろうとする。
≪遅いっ!!!≫
2基のビットからマクレガーの視界を覆うほどの広範囲にリングレーザーがばら撒かれた。被弾した部分はリングレーザーにこそげ取られる様に装甲が削られる。
「マック!危ないっ!」
リングの嵐が止み、体勢を立て直そうとしたマクレガーの耳にエルの叫びが飛び込んできた。マクレガーの視線がモニター正面に向いた時、なにやら高速の物体が目の前に迫っていた。
マクレガーがリングレーザーに気を取られている隙に、バルバドスは右腕のビットをリバースコンバートし、バズーカの弾頭のように変形させると、そのままロケットのように放っていたのだ。
『くっ…!』
マクレガーはなんとか機体を反応させた。“ウォーリア”の顔面のすぐ横を猛スピードのビットが通り過ぎる。その衝撃波でコクピットのモニターにノイズが走った。ビットはそのまま“ウォーリア”の背後のビルに着弾すると構造物突き抜け、風穴を開けた。その痕跡はテムジンのバスターライフルか、ライデンのレーザーが直撃した物を思わせた。
『とんでもねぇ攻撃をしやがる…』
マクレガーは敵機の見かけに似合わぬ強力な攻撃に戦慄を覚えた。
≪油断せんほうがええで、お兄ちゃん!≫
その声を聞いて彼はバルバドスに視線を戻した。バルバドスは残った左腕のビットを切り離したところだった。次の攻撃を警戒しマクレガーは構えを取る、その時――、
『!?』
マクレガーは違和感を覚えた。事前にバルバドスが切り離していた3基のビット、それが地面から三角形の底辺を描きながら、上空に配置されたビットを頂点にして3本の光を放つ。4基のビットで構成された4面体のフィールドの中に“ウォーリア”は閉じ込められる形になった。
『こ…、これは!?』
マクレガーは“ウォーリア”の手をフィールドの外に伸ばそうとする、しかし、その手は見えない光の壁に弾かれた。
「マック!!!」
≪ははは、お兄ちゃん、無駄やで!その“ピラミッドフィールド”は中からの力じゃ絶対破れへんのや!≫
エルの絶叫はヨハンの哄笑に掻き消された。“ウォーリア”は両腕のビームトンファーを展開すると光壁に殴りかかった。バチッ…、ビームの粒子同士がぶつかりあう甲高い音と主に弾け飛んだのはトンファーの方であった。
≪だから無駄やと言ったろう!≫
ヨハンのその声を合図とするようにそれぞれ四面体の頂点に配置されたビットがフィールド内部に電撃のようなエネルギーを放出する。“ウォーリア”は成す術は無なくその攻撃に晒された。
『ぐあああぁぁっ!!!』
絶叫を振り絞るマクレガーと同調するように“ウォーリア”は機体を仰け反らせた。だが、マクレガーは苦痛の中であることを思い出していた。それは、昼間にゲーム“バーチャロン”でヨハンと対戦した時の事だった。
ヨハンの勝ちパターンは二つだった。一つは自分の隙をわざと見せ、深追いしてきた相手をカウンターで叩く。もう一つは相手が隙を見せたところに反撃をさせる隙を与えないような強力な攻撃を畳み掛けること。だが、後者には弱点があった。強力な攻撃を連発するがゆえ、相手を仕留めきれなかった時に大きな隙をもたらす可能性があるのだ。
『(ヨハンがゲーム的発想で戦っているとすればこの次に俺にトドメを刺すような攻撃をしてくるはず…!それをかわすことができれば俺の勝ちだ…!!!)』
≪そろそろ限界みたいやな、お兄ちゃん。≫
ヨハンはそう言うとピラミッドフィールドを解除した。“ウォーリア”は全身から白煙を上げながらその場に崩れ落ちる。
≪今、楽にしたるさかい…!≫
そして、切り離された4基のビットはその砲身を展開し、それぞれがパラボラ状の反射板に変形すると同時にメインとなる左腕のビットから収束されたレーザー光線が放たれる。黄緑色の一条光はパラボラで反射する度に加速され、倒れたままの“ウォーリア”に襲いかかった。
『今だっ!!!』
マクレガーがそう叫ぶと共に“ウォーリア”は弾かれたようにバルバドスに向けて駆け出した。今いた場所に着弾したリフレクトレーザーは地面を飴のように融解させ蒸発させた。
『うおおおぉぉっ!!!』
叫びながらマクレガーはバトラーの機動力を最大限にまで発揮させた。次々に降り注ぐリフレクトレーザーをすんでのところでかわしていたものの、最期に放たれた一撃が“ウォーリア”の右肩を貫いた。貫かれた傷自体は小さい物だった。しかしその傷は瞬時に赤熱し、右腕を根こそぎ爆砕させた。
『くっ…!』
その衝撃がコクピットまで達し、計器類がスパークする中でもマクレガーはダッシュする“ウォーリア”の勢いを弱める事はしなかった。正面に捉えたバルバドスに向けて、残った左腕からビームトンファーと展開する。ヨハンは初めて目の前の相手に戦慄を覚えた。ゲームであれば今の攻撃で勝負はついている…、だが昼間にゲームで叩きのめしたはずの相手は右腕を失いながらも、怯む事無く自分に襲いかかって来る。
≪なんでや…、なんでなんや…!?≫
しかし、バトラーの左腕に宿った力強い輝きを目にして我に返る。
≪ビット、戻れっ!≫
バトラーがトンファーを振りかぶると同時に両腕にビットが戻ってくる。このビットから形成されるビームクローであればいかにビームトンファーであろうと防ぐことが出来る。だが――、
≪…!?≫
ヨハンは己の目を疑った。ビットの先端から発生させたはずのビームクローが展開しないのだ。不意の警告音を耳にして反射的にモニターに目を遣る。そこには彼にとって非情とも言える表示がなされていた・
≪…エネルギー切れ!?しまった、ピラミッドとリフレクトにビットのパワーを使いすぎたんや!!!≫
次にヨハンが目を上げた瞬間、視界はトンファーの青いレーザー光に遮られていた。ヨハンは自分の死を覚悟する時間すら与えられなかった。だが、鈍い音と共に吹き飛んだのはバルバドスの頭部だけだったのだ。
≪――!?≫
ヨハンには何が起こったのか分からなかった。モニターはブラックアウトしていたが、目の前にバトラーが佇んでいるのが分かった。
≪どうしてや、どうしてコクピットを狙わなかったんや!本気でやるったんは嘘やったんか!?≫
子供らしく、そう捲くし立てたヨハンの目には悔しさと初めて感じた恐怖のあまり涙があった。そんなヨハンに対し、マクレガーは淡々とした口調で応える。
『本気で戦ったさ…。だが、お前を殺す気は無かった。』
その言葉にヨハンは頭を殴られたような衝撃を受けた。
≪(ボクはお兄ちゃん達を殺してもええと思っとったのに…)≫
ヨハンはボロボロと涙をこぼしながらうなだれた、それも生まれて初めての事であった。
≪ボクの負けや…、お兄ちゃん…≫
そう言ってバルバドスが立ちあがりかけた時――、
バシュッ――、聞きなれない射出音をその場にいた3人が耳にした次の瞬間、バルバドスの左胸に紫色をした光の槍のようなものが突き刺さっていた。その反動でバルバドスの機体が前のめりに倒れこむ。
≪な…なんや…ボク…死ぬん…か……――≫
ヨハンの言葉は力無く途切れた。光の槍が消えた時、バルバドスの胸には焼け爛れたような風穴が開いていた。かなりの高出力の攻撃を受けた事、そして、ヨハンの死は明らかだった。
『ヨハンっ!!!』
マクレガーは“ウォーリア”を駆け出させ、倒れかかるバルバドスを抱き止めた。しかし機体には力が無く、彼の呼びかけに返ってくる言葉も無かった。そんなマクレガーを見るよりも早く、エルは上空を見上げていた。例によってレーダーに反応は無かったけれども、今のエルにはそこから発せられる、覚えのある殺気を感じる事が出来た。月明りも星の光も無いダークグレイの夜空に白い影が浮かんでいる。極限にまでシェイプされたフレーム、蝙蝠か西洋の悪魔を彷彿とさせる背中のウイング、華奢な腕に似つかわしくない大型のロングランチャー、カラーリングこそ違え、それが3週間前、第7方面隊基地を強襲したVRスペシネフであり、パイロットは死闘の末エルに破れ、逆襲を予告して去って行ったハンス中佐であることを物語っていた。
――続く――
Written by GTS