電脳戦機 VIRTUAL−ON

Truth 〜Story of ORATORIO TANGRAM〜

 

第6話『悪戯』

 

「い、今何と言いましたか?」

エルは思わず自分の耳を疑った。それほど目の前の男――彼の直属の上司、ハルトマン大佐――の言葉は意外なものだった。

「何だ、折角の話を聞いてなかったのか?エルストーム中尉、お前はこの2ヶ月ほど勤務し通しだったからな。久々に休暇でも取ったらどうか…、と聞いているのだよ。基地の復旧も進み、負傷者も復帰してきて人手にも余裕ができてきたからな。マクレガーの休みも週明けまでだ。この週末、骨休みもかねて奴の復帰祝いなどしてやったらどうか?基地に戻ればまた激務が待っている。…安心しろ、当然有給だ。」

「分かりました、心遣い感謝します。エルストーム中尉、明日より2日間休暇を取らせていただきます。」

エルは平静を装いながらも、内心久しぶりの休暇に喜んでいた。タングラム消失以来、臨戦体勢並みの勤務、危険な出動が続き、休みなどと言ってられなかったからだ。しかし、

「(これが最後の休息になるのかもしれないな…。)」

いずれ来る戦いに向けて決意を新たにしていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

ハルトマンに会った後、エルはガレージでサイファー、コールサイン“ウィザード”のシステムを調整しているワイズを訪ねていた。

「休暇だと!?」

ワイズは手もとのラップトップコンピューターから顔を上げると、多少驚いたような面持ちでそう聞き返してきた。

「ええ、それでマックとどこかへ足を伸ばしてこようと思いまして…。先輩ならどこか良い場所を知っているんじゃあないかと。」

「そうだな…、2日じゃあそれほど遠くには行けないわけだし…。」

しばらく思案した後、ワイズは何かが閃いたように手を打った。

「近場なら今は中立都市“AVION”がおすすめだな。洒落た店も多いし、女は綺麗だし。ついでに好みの娘がいたら誘ってみたらどうだ?男二人じゃあつまらないだろう。24歳にもなって彼女がいないなんて恥ずかしくないのか?はっはっはっ!」

「何言ってるんですか!マックはともかく、俺は休暇で行くんですよ。先輩こそ、彼女がいるなんて話は聞いたこと無いですがね!」

「俺は理想が高いんだよ…」

そう言うとワイズは再びディスプレイに視線を戻した。エルにはその時の表情がどこか物悲しかったような気がした。しかし、ワイズにはワイズの過去があり、それなりの想いがあるんだろう、と自分を納得させた。

「AVION…か。」

エルは自分の部屋に戻りながらそうつぶやくと、マクレガーの携帯電話を呼び出した。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

次の日、マクレガーは約3週間ぶりに第7方面隊基地に戻ってきた。目的はエルと合流するためだ。スペシネフ戦で負った負傷はすっかり完治し、基地の人間からは手荒い歓迎を受けたのは言うまでも無い。

「まったく、皆荒っぽすぎるぜ。」

マクレガーは愛車であるエアカーのリニアエンジンの音も滑らかにハイウェイを疾走しながら頭をさすった。

「そう言うな。お前が帰ってきて皆喜んでたぜ。」

車のドアに頬杖をつき、猛スピードで移り変わる景色を見ながらエルは返した。確かに、マクレガーは持ち前の明るさと熱血で隊のムードメーカー的存在であった。

「それは俺も嬉しいんだが。」

彼が釈然としないのも無理はない。彼はまるで“9回の裏2アウト満塁逆転サヨナラホームランでリーグ優勝を決めたバッター”の如く歓迎を受けたのだ。それも病み上がりの体に…。

そうこうしている間に彼らの目の前にも車が目立ち始めた。ハイウェイの先にはぼんやりと中立都市AVIONのメガロポリスの威容が覗える。“中立都市AVION”――、OMG以前に、DN社によらない民間資本によって建設された都市であり、DN社がDNAとRNAに分かれた後でも中立な市場、自由な商業地として人が集まり、その自治権を維持するために独自の自衛組織をも持ち、今では地域でも有数な大都市に成長していた。

エルとマクレガーは予約を入れていた街の中心部にあるホテルにチェックインし荷物を降ろすと、そのまま街へ繰り出して行った。ちなみに二人の服装は、エルが長身に黒のスラックス、グレイのシャツ、黒いジャケットとスマートに決め、マクレガーはがっしりした体格で足元が組み上げのブーツ、一目で年代物と分かるジーンズ、黒の皮ジャンでワイルド志向…いったところである。二人ともどちらかといえばハンサムな部類に入るのに加え、それぞれが似合いすぎるファッションをしていたため振り向く女性も少なからずいた。そんな視線を気にするエルに対し、マクレガーはまんざらでも無さそうだった。

そんな感じで通りを歩いていたエルの目に、こんな広告が飛び込んできた。

 

『電脳戦機バーチャロン 新Ver入荷! これで君もVRパイロットだ!!!

ハイテクワールド SEGA AVION』

 

「へえ、最近はこんなゲームもあるのか…。」

それを見たエルは何やら感心したように頷く。

「やってみるか?エル。これでも俺はそのゲーム得意なんだぜ!」

「(まったく、いつゲームの練習なんてやってるんだか…)」

そう思いながらもエルは、好奇心と休暇による開放感からまずはそのゲームセンターに向かうことにした。

市の中心部からそれほど遠くないところにそのゲームセンターはあった。3階建てで奇抜な外観をした建物だ。中に入るやいなや、二人の耳に劈くような電子音が聞こえてきた。

「どれがそのゲームなんだ!?」

エルはBGMに負けないよう声を思わず張り上げた。

「あれだよ!」

マクレガーが指差した先には4つの箱型の筐体が並んでおり、その正面にある大きなディスプレイにギャラリーの目は釘付けになっていた。ディスプレイには実物そっくりの3DCGで描かれたVRが目まぐるしく動き回っている。

「すごいな、これは…!」

筐体の規模と精密なCGにエルは思わず唸った。筐体についている説明を見ると、使用できるキャラにはテムジンやライデンといった定番からサイファー、ドルドレイなどの新型機まで揃っている。機体操作法を読んでいると間も無く、ディスプレイに戦闘結果が映し出され、負けたと思われる少年が『惜しかったのに…!』と舌打ちしながら筐体から出てくる。

「じゃあ、やってみるか…。」

一通り説明を読み終えると、エルは筐体に入った。狭く、暗い空間は実際のコクピットを思わせたが、その内部はいたってシンプルな物だった。シートの正面にモニターがあり、本体から2本のレバーが伸びている、レバーにはそれぞれトリガーとターボボタンがあるだけで、かなり簡略化されている。確かにゲームには関節や指先の制御をするモーションシミュレーターや、歩行速度を調節するスロットルは必要無いわけである。

「実物とはかなり違うけど…、まあゲームだしな。説明通りにやってみよう。」

エルがコインを投入すると、今までデモが流れていたモニターが機体選択画面に切り替わった。おもむろに“テムジン”を選択し、ゲームが開始される。1ステージの敵は見なれたアファSTである――。

最初は、実物との操作性の違いにエルは戸惑った。実物ではビームライフルの出力は手元でコントロールできるのだが、ゲーム内では機体の軌道によって自動的に変化する。だが、レバーの倒し方によって様々に斬撃が変化する近接戦システムにエルは心引かれた。1面のストライカーを倒し、2面のグリスボックの火力に苦戦しながらも近接戦で辛くも倒し、3面のドルドレイ戦が始まったと同時に画面が突然切り替わった。

ENEMY IS APPROACHINGという表示と共に警報音が鳴り響く。他のプレイヤーが乱入してきたのだ。相手はサイファーだった。空中を機敏に動き、死角から攻撃してくる敵に、初心者のエルはなす術無く敗れた。

「ちくしょう、ワイズ先輩より強いんじゃあないか、あれ。」

筐体から出てきたエルは苦笑した。

「まあ、初めてやったエルにはあの手のサイファーには勝てないだろうな…。任せろ、仇は取ってやる!。」

そう言うと今度はマクレガーが筐体に乗り込んだ。機体は当然バトラーを選択し、エルを倒したサイファーに乱入する。

相手は同じように上空の死角から攻撃してくるが、場慣れしたマクレガーはそれを実際に“ウォーリア”を操っているかのようにバーティカルターンを使ってかわしていく、そしてナパームとソニックリングの牽制で少しずつ追い詰める。サイファーのミスをマクレガーは見逃さなかった。素早く着地点を捉えると、タイミングを合わせてトンファーを振り出す。ジャンプ硬直中にトンファーをまともに食らい、サイファーの装甲は粉々に砕け散り、ライフゲージはあっという間にゼロになる。ギャラリーからは『おおっ!!!』と感嘆の声が上がった。

その後も次々と乱入してくる相手を巧みな近接戦で勝ちぬいていくマクレガーのプレイを、大型ディスプレイで見つめる一人の少年がいた。歳は11、2歳といったところで、長髪を背中で一つに束ねているのが印象的だ。少年はエルに近づくと、元気な明るい声で話し掛けて来た。

「なあ、あのバトラーのお兄ちゃん、お兄ちゃんの友達?」

「え、ああ、そうだけど…。」

自分の目線より下からの声の主を一瞬見失いそうになりながらも、エルは答えた。少年は無垢な笑顔を浮かべながらエルを見上げている。

「上手やなぁ、でもボクの方が絶対巧いで!」

「このゲーム、難しいぞ…。」

「知っとるわ。」

少年には全く悪びれた様子が無い。その間にマクレガーは10人目のライデンを切り捨てたところだった。少年はチャラン、と手の中でコインを弄ぶとエルに言った。

「まあ、見ててや!」

少年は筐体に乗り込むと、当然マクレガーに乱入した。彼の選択した機体は“バル‐バス‐バウ”。OMGにおいて試作された、遠隔操作可能兵器ERLを持つ機体である。癖の強い武装であるが故に使いこなすのは難しいが、根強いファンがいる。そして戦闘が開始された――。

「ああっ!!!」

ギャラリーから悲鳴の如き歓声が上がる。バルを操る少年はフローティングマインを撒きつつマクレガーのバトラーの接近を牽制する。だがマクレガーもバトラーの豊富な機動力を生かし、マイン、リングレーザーを浴びながらも追い詰めていく。トンファーの一撃に賭ける彼らしいスタイルだ。そして、バルの一瞬の隙を捉え、トンファーが振り出される。皆がバトラーの勝利を確信したが、その隙は少年の仕掛けた囮だった。両腕をクロスさせてトンファーをガードするとそのまま上に飛び、両腕のERLを切り離す。トンファーを振り切ったバトラーはその場で硬直したままリフレクトレーザーの雨に曝され、爆砕した。

「おおおっっ!!!」

少年の見事な連携に歓声はどよめきに変わった。だが、この勝利は少年の計算通りだった。マクレガーのプレイを見てこのようなフィニッシュを頭に描いていたのだ。マクレガーは筐体から出てくるとそれを知ってか知らずかエルに向けてお手上げのポーズを取る。その後数人が少年に乱入を試みたが、ことごとくあしらわれ、少年は負ける事無く最終面をクリアしてしまった。

筐体から出てきた少年には羨望の眼差しが向けられた。しかし、彼はそれを気にする事無くエルとマクレガーのところにやって来た。

「どや、今のが見本や!」

「ああ、上手かった。この俺が敵わないんだからな…。」

と、マクレガー。

「バトラーのお兄ちゃんも上手かったで。でもボク、ほんまモンのVRに乗ってもお兄ちゃんに勝つ自信あるけどな」

それを聞いて二人は顔を見合わせる。

「それはどうかな?…っと、自己紹介がまだだったな。俺はエル、こいつはマック。こう見えても正規のVRパイロットだ。いくら君がゲームが上手くても本物には乗ったこともないだろ。」

しかし、少年はエルの最後の言葉を気にした様子も無く、目を輝かせた。

「ホンマか!?ホンマにお兄ちゃん達、VRパイロットなん。何に乗っとるん?」

「俺はゲームと同じくバトラー、エルの奴はゲームは今日が初めてでテムジンに乗っている。二人ともDNA中尉、第4師団第7方面隊所属だ。」

「おい…、マック…!」

エルはマクレガーと少年の会話に釘を刺した。自分達の所属や官名を公の場で名乗ることは軍の守秘義務に違反する、特に現在のようなRNAとの臨戦体制にある時ではなおさらである。中立都市内でもしRNAの人間と小競り合いにでもなったら大問題になりかねない。しかし相手は子供、エルもそれ以上の注意はしなかった。

少年はちらりと時計に目をやると、

「ごめん、お兄ちゃん。ボクもう時間や。また遊んでな!」

そう言い、出口へ向けて駆け出した。そして、何かを思い出したように立ち止まると二人の方に振り向き、掌でメガホンを作ると大声で言った

「ボクの名前はヨハン、ヨハンや!忘れんといてや!!」

 

少年が去った後、彼のプレイがよほど刺激になったのか、バーチャロンは先程に増して盛況になった。缶コーヒーを飲みながら、エルはひとりごちた。

「何かあの少年、隠し事をしていたみたいだったな…。」

「なんだ、ワイズ先輩の言ってた“超能力”か?」

つぶやきが耳に入ったのか、マクレガーはそう言うとコーラを美味そうにあおった。

「さあな、そんな気がしただけさ。」

エルも残っていたコーヒーを一気に飲み干した。しかし、その予感は確信に近かった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

少年、――ヨハンはゲームセンターを出るとすぐ前に止めてあった黒塗りの1BOXカーに乗りこんだ。窓にはスモークシールが貼られており中を覗くことは出来ない。車の中では30歳前後と見られる男が二人、ヨハンの帰りを待っていた。

「遅いじゃあないか、ヨハン!」

しかし、その口調は父親が子供に向けるものではなく、どちらかと言えば教師が生徒を注意していると言った方が近いだろう。

「すまん、すまん。ちょっとチャロンが上手なお兄ちゃんと話してたんや。」

「まったく、ゲームなら研究所の方でいくらでもやらしてやるさ。」

よほど待たされたのか、この眼鏡をかけた青年は呆れているようだった。

「だって研究所のゲームはもうつまらんのやもん。たまにはボクも対戦がしたいわ。」

ヨハンはむくれたように口を尖らせて言う。そこに、今まで運転席で電話をしていた長髪の男が声をかけてきた。

「退屈なのも今日までだぞ、ヨハン。いよいよ明日、お前専用の玩具、VRバルバドスに乗せてやる。何の為に俺達がここに来たと思っているんだ?全ては明日のパーティーをここ、AVIONでやるための準備さ。」

長髪の男はニヤリと笑った。眼鏡の男もそれに頷いた。彼らはRNAの諜報員と研究員。任務は試作型VRバルバドスによる中立都市AVION制圧作戦のための先行調査とその専属パイロットであるヨハンの保護。

「(ホンマもんのVRで勝負が出来るかもな…、お兄ちゃん達。)」

走り去る車の中でヨハンはそんな事を考えながら心底楽しそうな笑みを浮かべた。

 

そんな計画の中に巻き込まれつつある事をエルとマクレガーはまだ知らない――。

 

To be Continued

Written by GTS

 

第7話『逆襲』〜前編〜へ

第5話『使者』〜後編〜へ

小説の目次へ

 

≪あとがきなんですけどねぇ…≫

「どうも、作者です。いやぁ、日が移り変わるのは早いですねぇ。前回のあとがきから早、1ヶ月が経ちました。いや、サボってたわけじゃないんです。レポート、新しいプロバイダ探し、ゲームと忙しくて…。なに、関係無いのがひとつ混じってる?気のせいです。」

『何をひとりで喋っとるん?』

「をうっ、驚いた。私の時間を邪魔しないでくれたまえよ。」

『だって、ゲストやもん。』

「そかそか。では、今回のゲスト。天才ゲーム少年ヨハン君で〜す!」

『ちわす、よろしく。』

「さて、このヨハン君。ハルトマン大佐に続くモデルキャラあり第2弾なのです。マンガに造詣が深い方ならもうおわかりですね。ゲームの天才少年、関西弁、実は敵のパイロット…。そう、“機動警察パトレイバー”のグリフォンパイロット、バドが彼のモデルなのです!」

(パラパラ、マンガのページをめくる)

『作者のお兄ちゃん、これはモデルといわんでパクリちゃうの?』

「(ギクッ)いやね、バルバドスのパイロットは最初から子供と決めてたのよ。それでキャラに個性を出すためには関西弁しかないなー、なんて。先入観とは恐ろしいものだ(汗)。さらに、舞台となる中立都市“AVION”は言わずと知れた有名ゲーセンから取りました。特に意図はありません、語呂が良かったから(死)今回は様々なパクリのオンパレードとなってしまいました、関係者の方がもし読んでいたら申し訳ありません(ペコリ)」

『次回はいよいよボクが大活躍するんやな!?』

「まあね、第7話は作者が第5話で味を占めたと陰口があったとか無かったとか、またまた3部構成です、作者が1度は書きたかった銃撃戦、VR同士の市街戦と盛り沢山、乞うご期待!」

『それは、ネタばらし過ぎなんちゃう?』

「いいのいいの、今回はサービスサービスゥ(はあと)」

『あんたがやると気持ち悪いわ…』

「やっぱ?自分でもそう思うよ…」

<完>