電脳戦機 VIRTUAL−ON

Truth 〜Story of ORATORIO TANGRAM〜

 

第5話『使者』〜前編〜

 

 彼にとってこの飛行は気の進まないものだった。今回の任務はパイロット達の間で「最後の聖域」、「魔の空域」などと呼ばれている地帯の偵察である。

 この地域に侵入したVRや航空機が次々と消息不明になり、衛星を使った観測さえ不可能ないわく付きの場所である。

 彼は「魔の空域」に近づくにつれて操縦桿を握る手が汗ばむのを感じた。

「大丈夫。何かがあっても、このサイファーの機動力なら振りきれるさ…」

 彼は自身に言い聞かせる。

 不意にコクピットにアラーム音が鳴り響き、「魔の空域」に進入したことを彼に知らせた。パイロットはモニターに目を向ける。眼下には荒涼とした台地が広がり、青空には雲一つない。

「こんな見通しの良い所が何故…?」

 それは実際に「魔の空域」を目の当たりにして浮かんだ疑問だった。

 飛行は何事も無く続いた。彼が安心しかけていたその時、レーダーが奇妙な反応を示した。自機に重なるように、一つの反応が突然現れたのだ。

「なっ…何なんだ!?」

 彼は思わずサイファーをを加速させる。しかし、反応は離れていかない。

 次の瞬間、サイファーは最高速度のまま爆砕し、残骸はまるで流星のように地面に激突した。機体が爆発した場所にはVRの背丈と同じ程の八面体のクリスタルが静かに回転していた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 ハンス中佐のスペシネフ部隊が第7方面隊基地を襲撃してから1週間が過ぎ、エルと少佐昇進式から帰隊したばかりのワイズは隊長室に呼ばれていた。

「調査…なんですか?」

「そうなるな。」

 エルの問いかけにハルトマンは即答した。

「調査とは言っても今までのものとは事情が異なる。お前達も知ってはいるだろう、『魔の空域』だ。以前からあそこでは原因不明の事故が続いていた。幹部会の連中も帰還率0%という事実を突きつけられて、必要以上の偵察行動は行われてこなかったのだが、タングラム消失以来、連中の目の色が変わっていてな…。DNA、RNA双方とも再び偵察合戦を始めたところ……」

「以前、事故続きといったところですか。」

 ワイズが口を挟む。

「その通り。そこで今回は我々に御鉢が回ってきたということだ。まったく、こちらはまだ基地復旧の最中だというのに…、身勝手な要請だよ。ワイズ少佐、お前の“ウィザード”は後輩の奮闘の甲斐あって無傷だ。となるとワイズに着いていけるパイロットだが、マクレガーがあの怪我ではエルストーム中尉、お前しかいない。」

 確かに、マクレガーは全治3週間の重傷、大破した“ウォーリア“は修復のためプラント送りになっている。他にも大破、小破した機体もあり、負傷したメカニックもいた中、“ラプター“のダメージは軽い方で修理は3日ほど前に完了していた。

「話は以上だ。それと―、ワイズ少佐、お前は少し残ってくれ。」

 エルが敬礼し、隊長室を出るのを待ってワイズは口を開いた。

「…あの件についてですね?」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 ワイズがハルトマンに話した一件の発端は数日前、帰隊したワイズにエルが相談を持ちかけてきたことに始まる――

 

「見たこともない新型VR2機を一人で撃退とは…、やはりお前は大したやつだよ。」

「……どうも…。」

 素直に誉めたワイズだったが、エルはそれにうつむきながら答えた。

「どうした?あんまり嬉しそうじゃあないな?」

 その様子にワイズは怪訝そうに問いかけた。

「あれは…、俺じゃあないかもしれないんです!」

 そのあと、エルの口から取り乱さんばかりに言葉が溢れ出した。

「スペシネフに一度攻撃された時、テムジンのシステムが緊急停止しました。その間、見たことも無いようなイメージが頭の中に流れ込んできたんです!それからの戦いは自分は目の前の光景が見えているのに操縦している感覚がない…、まるで自分以外の誰かが動かしているような…。一体あれは何なんですか!!そう考えると、とてもVRに乗ることさえ……」

「まあ、落ち着け。俺は心理学者じゃあないんだぞ。一人で悩んでいても仕方の無いことだが…、他に誰か相談してみたのか?」

「いいえ。」

 エルは力なく答える。

「お前からじゃあこんなことは聞きにくいだろう。俺がそれとなく調べてやるよ。」

 そう言うとワイズはエルの肩を元気付ける様に叩いた。

 

 

「―――私も最初は馬鹿げた話だと思ったのだがね。」

 ハルトマンはそう言いながら机の引出しを探っている。

「それと大佐、“マクラーレン”という人物は誰ですか?」

 それを聞いたハルトマンは手を止めずに答えた。

「私と同じ年代のパイロットにその名を聞いたなら答えは一つだ。マクラーレン大佐。OMGで遺跡の最深部まで侵入したメンバーの一人でDNAきってのアファームドパイロットだった…、そして――マクレガーの実の父親でもある。」

「!?」

 ワイズに驚きの表情が浮かぶ。

「それがどうかしたかね…?」

「いえ、なんでもありません。」

「これを見てみるんだな。」

 ハルトマンがワイズに投げ渡した一冊のファイル、その表紙にはこう書かれていた。

    バーチャロン現象に関する報告書【極秘】

◇ ◇ ◇ ◇

 

『間も無く目的地上空に到着です。パイロットは降下準備に入ってください。』

 エアキャリアーのオペレーターの声を聞いてエルは我に帰った。

 ハルトマンから指令を受けた翌日、エルとワイズは「魔の空域」に向けて出発していた。第方面隊の輸送力では時間がかかるために“セクター5”から航空輸送機を使って移動は行われた。

 エルは作戦中にもかかわらず別の事を考えていた。一つは“遮光の翼”が残した言葉の意味、もう一つは先の戦いで彼を襲った不可解な感覚の謎である。相談を持ちかけたワイズに再び問いかけても、

『今はまだ話せない。』

 と、答えるだけだった。

 その口ぶりからは何かをつかんでいる様にも思われたが、今のエルにそれ以上聞き入る勇気は無かった。

『………ウィザード、準備完了。』

 インカムに流れたワイズの声を聞いて、エルも急いでシステムを操作する。

「ラプター、準備完了。」

 エルもすぐさま続いた。

『OK,ウィザード、ラプター、作戦の成功を祈ります。』

 オペレーターがそう告げると両機はキャリアーから切り離され、降下を開始した。自然落下で速度が上がり始めるとVコンバータからブーストを展開、機体がふわりと中に浮く。「魔の空域」まで距離約10000、飛行は順調に続いた。

 

「そろそろ『魔の空域』に入る、レーダーの反応に注意しろ。」

『了解。』

 エルの返事はそっけないものだった。このミッションが始まってから、エルは必要なこと意外喋らない。仕方なくなったワイズは自分から口を開いた。

「バーチャロン現象を知っているか?」

『えっ…!?』

 驚いた声をあげるエルに対し、ワイズはかまわず続けた。

「バーチャロン現象…、OMG以前、遺跡から発掘されたVクリスタルの分析途中や、VRの心臓部であるVコンバータの開発段階で発見された特殊現象だ。それらに携わっていた人間の中に幻覚を見たり、超人的な感覚を持つ者が現れた。彼らに共通していたのは発現の直前までVクリスタルの強い影響下にいたという事だ。」

『俺はそれと同じだと言うんですか?』

「いや、それはまだ分からない。俺もこの情報を最近知ったばかりなんだ。可能性はあるかもしれないということだ、幻覚に超人的な能力、症状が似ている。…エル、少しは楽になったか?」

『……』

 エルは無言のままだった。いきなり現実を突き付けられては無理のないことだ。

「もう一つ聞かせてくれ。お前、マクラーレン大佐とは面識があったか?」

 ワイズはあえてエルに先入観を抱かせないように聞いた。

『マクラーレン…、ああ、マックの親父さんの事ですか?士官学校に入る前までですが、何度か会ったことはあります。それが何か?』

「いや、何でも無いんだ。気にしないでくれ。」

 我ながらわざとらしい言い訳だと思いながら、ワイズは一つの仮説を立てていた。

「(エルは心の中で聞いた名前と自分の知っているマクラーレン大佐が同一人物だと分かっていない…?)」

 だが、その場で証明するには情報が少なすぎた。後はハルトマンが進めている調査の結果待ちとなる。そして、彼はエルに一つの情報を隠したままだった。それはバーチャロン現象を起こした人間は昏睡状態に陥るか、精神崩壊を起こして死亡しているという事実だった。

 エルは正面のモニターを見つめながらも、ワイズの話を頭の中に何度も思い浮かべた。しかし、そんなエルの目を覚まさせるかのように目の前の光景が突然変化した。荒地が広がっていた眼下に神殿やピラミッドらしき構造物が現れたのだ。

 エルは憂鬱な気持ちを一瞬忘れ、インカムに大声をあげた。

「先輩!!遺跡です、こんな所に遺跡があります!」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 エルとワイズの乗る2機は遺跡の上空を大きく旋回するとそこから少し離れたところに着地した。遺跡に直接下りた場合、もしそこに敵がいたなら狙い撃ちにされてしまう恐れがあるからだ。しかし、遺跡に到達した2機を待ち伏せする者はいなかった。

『こんな遺跡が今まで発見されなかったとは…』

 ワイズは目の前の光景が信じられないようだった。DNA軍の巨大基地の一つ、セクター5とほぼ同規模の敷地に神殿、ピラミッド、舞台といったほかの遺跡と共通したものが建てられていた。

そんな中、エルは一つの疑問に気付いた。

「先輩、『魔の空域』の中でも通信機は使えるんですね。」

『機体間インカムは正常に作動しているが、本部への長距離通信は無理だな…、衛星が応答しない。どうやら魔の空域一体が電波を遮断している様だ。』

「ますます怪しい……待ってください!!!レーダーに反応、こちらに接近中!!」

 レーダーの反応は識別信号赤、、遺跡に接近してくるRNA側VRの姿を捉えていた。

『建物の影に隠れて、Vコンバータの出力を下げるんだっ!』

 ワイズの指示はレーダーに反応する識別信号を抑えるためのものである。エルもすぐさまそれに従っていた。

 エル達からやや離れた所に1機のVRが降り立った。ストライカーは警戒するように辺りを見回している。

「気付かれなければいいが…」

 エルは一人ごちた。

その時、ストライカーが二人の隠れている建物の方を向き、グレネードキャノンを構える。

『ちぃっ!!!』

 はっきりと聞き取れるほどあからさまなワイズの舌打ち、グレネードが放たれると同時に2機は建物の陰から飛び出していた。直撃弾で粉々に吹き飛ぶ神殿、いったん横に飛び出しながらも2機は飛んでくる瓦礫を避ける様に機体を上昇させる。

 相手の方向に向き直ったエル達に攻撃してくるでもなく、ストライカーはその場にたたずんでいた。その様子はまるで何かを待っているかのようにも見える。

「先輩…、闘りますか?」

 エルが声をかけると同時に地面がかすかに振動し始めた。そして聞き覚えのある金属音とともに地面から突き出される巨大なドリル。

「こいつか……」

 それは大空洞でエルとマクレガーが対峙したVR、ドルドレイだった。あらゆる攻撃に耐えることのできる重装甲に、エルは今回も苦戦を覚悟していたその時――いや、瞬間――その場にいた4機全てのレーダーに同じ反応が現れた。

『エルっ、散開しろ!!!』

 本能的に危険を察知し、声をあげたのはワイズだった。その後、機体の機動力に正比例するかのように“ラプター”、ストライカーとその場を飛びのく。そして次の瞬間、一番反応が遅れたドルドレイはまるで見えない力に押しつぶされるかのように爆砕した。

「何が…、起こったんだ…?」

 その言葉はエルだけでなく、ワイズも、RNAパイロットも同じ事を考えたに違いない。爆煙が収まり始め、全員がその場を凝視する。そこにはもはや原形を留めていないドルドレイの残骸とVRと同じ背丈ほどの8面体クリスタルの姿があった。淡い水色をしたクリスタルの表面はまるで油を滴らせたように光の加減により七色の輝きを放っている。

「俺とマックがあれほど苦戦したドルドレイを一瞬で…」

 エルは驚愕していた。その間にクリスタルは目にも止まらぬ速さで回転を始める。回転が収まるとクリスタルは姿を変えていた。先程までより二回りほど小さな8面体を核として、胴体、頭、腕、足が形成されている。それはまさにクリスタルの人形としか形容できない物だった。

 見た事も無く敵か味方かもわからない相手に対し、エルより実戦経験豊富なはずのワイズさえどうしたらいいか分からなかった。唯一できた事は戦闘体勢をとるだけ、そして――、

 RNAのストライカーは人形に襲いかかっていた。コクピットの中で怒りと恐怖に震えながら…。

 

キュクルルルッ…

 

 金属音にも似た駆動音を立てながら人形はストライカーに向き直り、その先に手のひらは付いていない腕をそちらに突き出す。瞬時にその先端にクリスタルの弾丸が形成され、続けざまに放たれる。

 我を忘れ突撃してくるストライカーにそれを避ける術は無かった。弾丸は中量級の中では強靭な部類に入るストライカーの装甲を苦にすることなく貫いた。ボディが文字通り蜂の巣となり、手足が吹き飛ぶ。そのまま惰性で人形の手前に倒れこんだストライカーはすでに完黙していた。

『桁違いの破壊力だ……』

 ワイズは彼に珍しく嘆息した。同時に戦闘体勢を解かないまま、もし敵だった場合の恐ろしさも実感していた。

 エルは目の前の存在に神経を集中させた。それで何か感じる事ができるように思ったからだ。そして…

≪……ル。≫

「!?」

 まるで幻聴のようにエルの耳にくぐもった声が聞こえてくる。

≪……スル。…殲滅スル。殲滅……≫

 凶悪なまでに感情の無い言葉、エルは即座にその声の意思を理解した。

「先輩…、こいつを倒さなきゃ俺達も殺られます!!!」

 彼は断言した。

『そうか、なら戦うしかないようだな!』

 自信に満ちたエルの言葉に、ワイズも自分の勘の正しさを確信していた。

 それを証明するかのようにクリスタルの人形は2機の方に向き直り、全身を妖しく光り輝かせた…

 

To be continued

Written by GTS

 

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