電脳戦機 VIRTUAL−ON

Truth 〜Story of ORATORIO TANGRAM〜

 

第4話『強襲』

 

 彼は目の前の出来事が未だに信じられなかった。事の起こりは真夜中だったのだが、彼等は警戒を怠っていたわけではない。“奴等”は闇に溶け込む様にやって来た。それはわずか2機の見た事も無いVRだった。その2機のVRに、彼等の部隊に配備されていた8機のVRがほぼ全滅させられた。“ほぼ”と言ったのは彼だけが生き残っていたからだ。

「一撃当たりさえすれば…!」

 彼はそう吐き捨てた。眼前のVRは手足が細長く、装甲やフレームが見るからに脆弱そうだった。目立つものは背中の蝙蝠の羽を思わせるウイングと、細い腕に似つかわしくない大型のロングランチャー。VRは彼の目の前にそのロングランチャーをかざして見せる。ランチャーは瞬時にその銃身を変形させ、先端のブレードから紅い光を放つ。それはまるで死神の持つ血塗られた大鎌のようだった。

 偶然、基地のサーチライトがそのVRの上半身を一瞬ではあったが照らし出した。彼に見えたのは髑髏のようなフェイスマスクとその奥に赤く光る双眼だけ。再び闇が戻った時、大鎌は彼の機体に振り下ろされた。そして――、生存者はいなくなった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「先輩にその制服は似合わないっすねえ。」

 ワイズの服装を見てマクレガーはからかうように言った。ワイズはいつもの待機服や戦闘服では無く軍の礼服を身につけている。カーキ色の制服の胸元には今までの戦績を称えた勲章が、襟には大尉の階級章と士官学校VRパイロット課程を主席で卒業した証“プラチナ・イーグル”が輝いている。

「こいつとももうお別れだな。」

ワイズは大尉の階級章をなぞってみる。

「先輩なら少佐昇進は遅すぎるくらいですよ。3年後輩の俺達はもう中尉なんですから。」

「そうだな、人使いの荒い上司とわがままな後輩の板ばさみで、我ながらよく頑張ったと思うよ。はっはっはっ。」

「まあ、先輩が中央に出向している間は俺達が留守を守りますから。もし敵が攻めてきたとしても先輩の“ウィザード”には指一本触れさせませよ。」

 エルは自分のフォローをワイズ一流のジョークで笑い飛ばされても、兄貴分の昇進を心から喜んでいた。ワイズは少佐昇進の辞令を受け、DNA本部のある首都“ミレニアム”での昇進式と研修のため隊を2、3日離れなければならなかった。第7方面隊の日常はその時はまだ平穏だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「第7方面隊…ですか?」

 RNA・ハンス中佐は聞き返した。

「そんな僻地の部隊に我々の虎の子、最新鋭機スペシネフを投入する必要があるのでしょうか?」

 彼の目の前の男――彼に命令できる唯一の人間――の顔はカーテンを締め切った薄暗い部屋の中でうかがうことはできない。男はシルエットを動かさないまま答えた。

「大空洞における戦闘、先日のブロックV制圧、二つの成功の鍵を握っていたのが第7方面隊なのだ。隊長ハルトマンの手腕、近年稀に見る逸材と言われながらも本隊所属を蹴ったワイズの実力は以前から評判高かったが、最近では彼等の元でその後輩がめきめき頭角を現していると言う噂だ。情報ではこの数日の間、ワイズが少佐昇進のために基地を離れると言う。叩くなら今なのだ。」

「命令とあれば私は従います。そうやって私はO...以来、あなたに仕えてきたのですから。」

「期待している。おあつらえむきに…明日は新月だ。」

 そう言った男の口元がかすかに笑ったようにハンスには見えたのだが、彼は何も言わずに退室した。彼の頭の中にはもはや、いかに第7方面隊を殲滅するかという事しか頭に無かった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 その夜、マクレガーは当直としてガレージに待機しており、彼の乗るバトラー“ウォーリア”はいつでも起動できる体制にあった。

『マクレガー中尉、そろそろ外部の警戒に当たってくれ。』

「了〜解。」

 マクレガーは管制官からの通信を受け、コクピットに乗り込んだ。

 よどんだ大気は星の微かな光を遮り、新月の夜の空は真っ黒であった。暗闇の中を動く僚機の視認用ライトが彼に安心感を与えていた。レーダーの感度は最大にまで上げてある、しかし、基地の側面に近づいてくる3機のVRに、彼だけでなく基地の全員は気付くことはできなかった。

 

 ハルトマンは夜もふけた頃、外書の小説に目を落としていた。その時、部屋のFAXから不意に数枚の書類が吐き出された。彼はそれに一度だけ目を通して済まそうとしたが、すぐにもう一度読み返す事となった。彼は自分の表情が自然と強張るのを感じた。そして基地内線用スピーカーのマイクを取り、告げた。

「待機中の戦闘士官全員、至急隊長室に集まってくれ。」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 彼らは第7方面隊基地にほど近い岩陰に身を潜めていた。

『ハンス中佐、ジャミング成功です。我々の接近をあちらは気付いていません。』

「その様だな…、だが最初に一撃食らわせるまで存在を気付かせないのが我々のやり方だ。決してぬかるんじゃない。」

『分かっています中佐、敵はバトラーとテムジンが警戒中です。』

 3機の異形のVRは静かに、確実に忍び寄り、目的地を眼下に捉えていた。

「よし、各機散開。配置に着け。」

 ハンスの一言で彼らは獲物を狙う狩人の如く動き出した。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「緊急召集とは穏やかじゃあないですね。」

 そこにいる全員の気持ちを代弁するかのようにエルは訊ねた。隊長室にはマクレガー達、当直組を除いたパイロット、士官が集まっていた。時間はすでに午前2時を過ぎている。

「実は一昨日から第5方面隊との連絡が途絶えていた。事態を重く見た本部は現地に直接使いを送ったのだが、その報告がたった今、こちらにも送られてきた。」

「原因は?」

ハルトマンの言葉に誰となく聞き返した。

「全滅だ。VRは全機大破、パイロット・整備員にも生存者は無し。いかに通信機が破壊されていても、一人でも生きていれば何かしらの連絡手段があるはずだからな。よって、敵に関する情報は何も無いわけだ。全軍警戒せよ、ということなのだが…」

ズガァァアン!!!

 ハルトマンが言葉を結ぼうとした時、部屋を、いや基地全体を爆発音が揺るがした。部屋のコールが鳴るや否や、ハルトマンは受話器を取る。

「どうした!?状況は?」

『攻撃です!裏の倉庫が…おそらく高出力エネルギー弾のようなのもので――』

「全員戦闘配置、近接迎撃戦用意!!稼動可能な機体にパイロットは搭乗せよ!」

 報告が終わらないうちに、ハルトマンは目の前の部下に指示を出す。エルも隊長室を飛び出すと、格納庫に向かった。

「マック…、持ちこたえてくれよ…!」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「管制室、何があったんだ!?」

 突然の轟音に驚き、マクレガーは思わずインカムに怒鳴りつけた。

『攻撃だ!倉庫が爆破された!当直中のVRは敵襲に留意してくれ。現在、待機中のVRが起動作業を行っている、格納庫をやられたらまずい!』

「了解!!」

 僚機も同じ報告を受けただろう、すでに動き始めている。その時、マクレガーは背後で何かが動く気配を感じた。

「敵かっ!?」

 マクレガーは反射的に、気配のした方向に機体を向けた。そこには地面を滑るようにして高速移動してくるVRの姿があった。手には大型のロングランチャーを構えている。“ウォーリア”とすれ違いざまにVRは蒼い光弾を放った。直撃でバランスを崩しながらも、“ウォーリア”は転倒を免れた。被弾した部分は装甲がはがれ、うっすらと白い煙が上がっている。

「VR!?レーダーには反応が無かったぞっ!」

 マクレガーは自分の言葉を確かめるようにレーダーに目をやる。レーダーには靄がかかるようにノイズが走っている。防害電波によるジャミングであることは明らかだった。

「味なマネを…。だがな、一旦モニターに入っちまえばレーダーなんて関係無いんだよ!」

 マクレガーはマシンガンを構えながら目の前の敵に注意を向ける。細長く、節くれた手足、ほとんどフレームだけで構成されたような胴体、背中のウイングによってシルエットの面積が増しているせいか妙な威圧感がある。だが、トンファーを直撃させれば原型を留めないほど破壊できそうだ。

「初めて戦う相手だ…、慎重に行くか。」

 マクレガーは牽制するように敵機に向けてマシンガンを撃つ。次の瞬間、敵機は一瞬にしてマクレガーの視界から消える。ほんのわずか、“ウォーリア”の側面に回りこむ影が見えた。

「速いっ!」

 マクレガーは今までに見たことの無いスピードに驚愕した、だがその動きに合わせ、その場で“ウォーリア“を反転させる。高速で側方移動をかけながら敵VRは何か光球のようなものを投げつける。それは“ウォーリア”のまわりを漂いながらゆっくりと近づいてくる。

「!?」

 一瞬その動きに気を取られたが、マクレガーは光球を当たり前のようにかわす。それを狙ったかのように、敵VRはロングランチャーを大鎌(サイズ)に変形させ振りかぶっている。光球に気を取られていたせいか、さすがにマクレガーも反応が遅れた。サイズをトンファーで何とか防御するも、鎌の刃先はバトラーの首筋に迫っていた。

「華奢なくせして結構力がありやがる…!」

 それでも力比べならバトラーが勝っていた。少しずつサイズを押し返しながら、マクレガーはがら空きな敵VRの懐を狙ってトンファーを振り出す。敵の反応も素早かった。バトラーのトンファーの動きを見ると、それをバーニアを吹かして後ろに飛び退き距離を開けかわす。軽量な機体はスピードのレスポンスをも向上させているようだった。それでも2機の距離はまだバトラーの近接武器発動間合いにあった。相手が動いた隙をついて、“ウォーリア”はトンファーを振りながら高速で踏み込んでいく。

「もらった!!」

 マクレガーがそう確信した時、敵VRは前かがみになると背中の二枚のウイングを瞬時に組み合わせ、巨大な手裏剣にして飛ばしてきた。それはマクレガーにとって完全なカウンターになった。スペシネフの全重量の3分の1を占める手裏剣が“ウォーリア”の胸元を直撃、あおむけにダウンさせた。

「くそっ、やりにくい相手だ!今までの敵とはタイプが違う…!!」

 目にも止まらぬスピード、そこから繰り出されるトリッキーな攻撃、今更ながらマクレガーは敵の実力に嘆息した。そう思っている間に、敵VRは倒れたままの“ウォーリア”にサイズを振り上げている。

「だが、あの装甲の薄さは奴の弱点であるのに間違い無いはず…!」

 マクレガーは瞬時にあらゆる思考をめぐらせた。その中にあった選択肢のひとつ、それは自分にも被害をもたらすものであったのだが、

「これしかないかっ!」

 マクレガーはコクピットの中で壮絶な表情を浮かべていた。その視界の中にサイズを振り上げた敵VRの姿が見える、そして倒れたまま弾装からボムを取り出し信管のパターンを近接式にセットする。

「食らいやがれッ!!!」

 “ウォーリア”の投げつけたボムは手を離れた瞬間、まさにサイズを振り下ろさんとした敵VRを巻き込み、爆風を発生させる。敵VRはその軽量さゆえ爆発の衝撃に耐えられなかった。あちこちの装甲が吹き飛び、フレームを露出させながら倒れこんだ。

「へへへっ、硬さの勝利だな!」

“ウォーリア”は爆発のダメージでよろめきながらも立ち上がる。敵VRもすでに立ち上がりかけている。

「これで終わりだ!死神野郎!!!」

“ウォーリア”の振り出したトンファーを敵VRはダッシュでかわそうとする、しかしダメージは大きかったのか、さっきまでのスピードは無い。マクレガーは逃げる相手にクイックステップで追い着くと、そのまま胴体を薙ぎ払う。敵VRの体は二つに分かれ、双眼はゆっくりと光を失った。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

『あれがまさか、スペシネフ!?』

 マクレガーとの交戦を見ていたハルトマンは思わずつぶやいた。それは“ラプター”のコクピットで戦闘準備をしていたエルの耳にも入ってきた。

「スペシネフ?あのVRの名前ですか?」

『以前から噂はあったのだ。RNAが極秘に新型強襲用VRを開発しているという話がな…。本部も調査を続けたのだが、外見・スペック、一切不明。分かっているのはスペシネフというコードネームのみ。おそらく第5方面隊を全滅させたのもあいつらだろう。』

「スペシネフ…」

エルはその名前を繰り返してみる。その時、システムオールグリーンを告げるサインが鳴った。

『マクレガーがあれだけ苦戦した相手だ。気を付けろよ、エルストーム。』

「分かってますよ、大佐。“ラプター”行きます。」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「Vアーマーの残量…40%か、かなりやられたな。まあ、自爆紛いな事をやった俺も悪いわけだが。」

 マクレガーは“ウォーリア”の受けたダメージを点検した。これ以上は戦えないほどひどいダメージは受けていなかった。

『マクレガー中尉、大丈夫か?』

 それは管制官からの通信だった。

「ああ。こちらは敵VRの継戦能力を奪った。そちらの状況はどうなっている?」

『“ラプター”が稼動開始、もう1機の方に対応している。』

「了解。このまま警戒にあたる。」

 マクレガーはレーダーに目を向けた。電波のノイズは消えている。

「だがエルでもあのVRには苦戦するかもな…。俺も加勢に行ったほうが良いのか?」

 そんなマクレガーの考えを遮るように、再び管制官から通信が入った。

『どう―た?“ウォ…リあ”、そちらとの――交信―できな―…』

 言葉の最後はノイズで掻き消されていた。レーダーにはジャミングされていることを示すように靄がかかっている。

「どうやらもう1機来やがったようだぜ。」

“ウォーリア”の前に、今まで暗闇に身を潜めていた、ハンス中佐の乗るスペシネフがゆっくりと姿を現した。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 砲撃され炎上を続ける倉庫、燃えさかる炎を背にもう1機のスペシネフが消火隊の前に不気味に立ちふさがっていた。

「このままじゃあ基地全体が火の海だ…」

 消火隊の一人が吐き捨てた。スペシネフに向かっていった味方VRの残骸を目の前にしては、彼らにできることは何も無かったが、そこにエルが駆けつける。

「こいつは俺が相手します。その間に早く消火を!」

『気を付けてください。敵はかなり手強い…!』

エルは彼自身なりに、マクレガーの戦いぶりからスペシネフの戦闘力を分析した。

「武装はロングランチャー、左手から投げるボール、背中のブーメラン…か。まだ何か隠しているかも知れないな。それに問題なのはあのスピードだ、完全に捉えるのは難しいだろう…」

 エルが考えをめぐらしている間に、スペシネフの左手のクローが輝き、エネルギーボールを発生させると“ラプター”に向けて投げつけてきた。

「あんまりこういうやり方は好きじゃあないがなっ!」

 エルは“ラプター”とスペシネフの中間点にボムを投げる。爆風はスペシネフの視界を一瞬遮り、エネルギーボールをかき消した。

「!?」

 スペシネフのパイロットはこの爆煙の向こうからテムジンが攻撃してくると予測し、即座に回避行動に移っていた。しかし、エルは動こうとしなかった。エルもまた、スペシネフの回避行動を先読みしていたのだ。

「敵機の左手は炎上する倉庫、後ろにはフェンス、避けるなら右しかない!」

 レーダーは使えなくともエルには状況を分析し、敵の動きを予測できるだけの実力があった。後は勘で敵が回避に移るタイミングを読む、テムジンはダッシュをかけながらライフルから高出力の光弾を放つ。正にスペシネフが移動したピンポイントの位置に、テムジンのショットは撃ちこまれた。それでもなお、スペシネフのパイロットは即座に機体を反応させる。

「この新鋭機のダッシュ速度をもってすれば避けられるはず…!」

 しかし、ライフルの光弾はスペシネフで最も面積の大きなパーツである、背中のバインダーを直撃し弾き飛ばす。バインダーが外れる衝撃でバランスを崩すスペシネフ。エルはそれを見逃さず、追い討ちをかけるべく間合いを詰める。だが、彼はこの装甲が薄くリスキーな新鋭機のために選ばれた優秀なパイロットである。機体をしゃがませることで体勢を立て直し、ランチャーをサイズに変形させ構えると、そのまま肩越しに振り下ろした。突進してくる“ラプター”に向かい、大鎌から地面を割るが如きの衝撃波がほとばしった。

「うわあああぁっ!!!」

 ダッシュ中、予測していなかった衝撃波の直撃を受け、エルは思わず悲鳴を上げた。吹き飛ばされた“ラプター”は地面に何度も叩きつけられ、やっと停止した。スペシネフのパイロットはそれを見て息をついた。この衝撃波はロングランチャーの全エネルギーを消費してしまうのでその後暫くは通常攻撃や大鎌に変形させての近接攻撃ができなくなるのだが、その威力は中・軽量級VRに対してなら致命的なダメージを与えることができる。

「あの距離で“ショックウェーブ”を食らってはもう動けまい。だがパイロットの息の根も止めておかねばな…。」

 スペシネフは左手のクローを不気味に輝かせながら“ラプター”に接近した。この機体で任務を行うようになり、彼はどんな残虐な行為も肯定できるようになっていた。それは戦場で生き残る術として、畏怖すべき上官――ハンス中佐――から与えられた命令に等しきものでもあった。

だが、彼は不意に歩みを止めた。

「おっと、その手には乗らないよ…テムジン。」

 彼はコクピットで一人ごちた。このスペシネフのスピードを封じ、薄い装甲を突くためにダウンしたままこちらを近くに引き付けているのかもしれない。テムジンのビームソードを食らってはひとたまりも無い。しかし、テムジンのセンサーアイは光を失っている。稼動中のVRのセンサーを意図的に切るにはシステムそのものを落とさなくてはならない。どちらにしろ今のテムジンに動く力は残っていない、彼は確信した。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「くそっ!動けッ!!」

 コクピットの中で、あらゆるレバーをもがくように動かすエル、“ラプター”のシステムは衝撃波の威力で緊急停止してしまっていた。モニターもブラックアウトし、敵の姿を見ることはできない。

「動け!動いてくれ…」

 エルはレバーを握りつぶしてしまうのではないかと思われるほど拳に力を込める。

 そんな時、エルは不意に奇妙な感覚に囚われた。急に五感が研ぎ澄まされ、あらゆる光景が頭の中にイメージとして流れ込んでくる。それはエル自身の記憶の中の物もあり、まるで覚えの無い戦闘や見知らぬ人物のイメージもあった。その中の一人の人物だけはかすかに見覚えがあった。親しみと懐かしさが混ざり合った不思議な感覚だが、はっきりと思い出すことはできない。どこからともなくその人物を呼ぶ声がする…

『マク…ラーレン…?』

それと同時に、エルの視界が元に戻る。すると“ラプター”のセンサーアイにも再び光がともった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「ふっ、やはりな…」

 彼の目の前でテムジンはゆっくりと立ち上がった。

「だが機体のダメージは隠せないだろう。もはや奴は手負いの獲物に過ぎない。」

 自信に満ちた笑みを浮かべるパイロット、スペシネフの得意な戦術は元々そのスピードを生かした撹乱戦法だが、彼は自身に力押しの戦法を選択させた。スペシネフは“ラプター”の周囲を旋回しながらゆっくりと距離を詰めていく。130…110、100、90、モニターに示された距離が100を切り、近接武器発動距離になってもテムジンは動こうとしない。

「どうした!?諦めたのか?ならばそのまま死ねッ!」

 瞬時に大鎌に変形するロングランチャー、スペシネフは旋回体勢のままテムジンに向かいサイズを振りかぶる。動きが緩から急へと変わる時、普通のパイロットにはスペシネフの動きが今まで以上の速さに映っただろう。しかし、その時のエルにはそれは引き続きスローモーションのように見えていた。そして頭の中に相手の斬撃がイメージとして浮かび上がる。

「こいつには負ける気がしない…」

 サイズの刃先は正確に“ラプター”のコクピットに迫ってくる。

「もらった!!」

スペシネフのパイロットは勝利を確信し叫ぶ――が、次の瞬間目を疑った。

 完全にコクピットを捉えていたはずのサイズをテムジンは刃先ギリギリの間合いでかわしたのだ。軽量の体で大きな手持ち武器を振り回すために攻撃後の隙は大きい。鈍い衝撃とともにスペシネフのモニターがブラックアウトする。サイズをかわし、懐に入り込んだテムジンの拳が顔面を捉えていたのだ。髑髏のようなフェイスマスクが外れ、無機質な素顔がさらされる。スペシネフに対し、エルは次の行動を許さなかった。素早く相手の軸足を払い、あおむけに転倒させると“ラプター”はビームソードを展開、スペシネフに突き立てる。スペシネフは左手のクローを突き出し抵抗を試みるが、ビームソードはクローを砕き、そのまま背中のVコンバータまで機体を貫通した。死神然としたVRはまるで助けを求めるように手を天に伸ばした無残な姿のまま完黙した。

 エルは一息つくと、自分の手を見つめた。

「今の“ラプター”の動き、本当に俺がやったのか?」

 大鎌の刃先を目の前にしても驚くほど冷静だった自分、それをギリギリで回避した操縦、隙を与えず追い討ち…、すべてが自身の実力を超えていた。

「それに倒された時、頭に流れ込んできたイメージは?そういえばあの後から俺は…」

 エルはかぶりを振ると思考を現実に引き戻した。

「今はそんなこと考えている場合じゃあない。まだ敵が残っているかもしれないんだ。」

ガシャン……ガシャン……

 そんなエルの耳に近づいてくるVRの足音が聞こえた。音がした方向に目を向けると、闇の中から“ウォーリア”がゆっくりと姿を現す。

「マック、お前も無事か!俺の方ももう終わって…」

「!?」

 言いかけたエルだったが、その時なぜか違和感を覚えた。“ウォーリア”の手足はだらんとぶら下がっており、脚は地面についていないのだ。

ガシャン……ガシャン……

 なおも足音は近づいてくる。エルはサーチライトでその方向を照らし出す。そこにはクローで“ウォーリア”の頭をつかみ、持ち上げながらこちらに近づくスペシネフ・ハンス中佐機の姿があった。“ウォーリア”にはほとんど装甲が残っていない、剥き出しになったフレームには全身に大小様々な傷が走っている。

「マック!!大丈夫か!?応答してくれ、マック!」

 わずかな沈黙の後、マクレガーはかすれたような声で返してきた。

『気をつけろエル…、こいつは強い!応援を待つんだ…』

 マクレガーがそこまで告げると、スペシネフはゆっくりとクローを開く。“ウォーリア”は地面に崩れ落ち、その衝撃であちこちの関節が無残にちぎれる。

「貴様、よくもマックを…!!!」

 エルの叫びはスピーカーを通して真夜中の大気に響き渡った。しかしスペシネフはそんなエルの威勢に臆することなく仁王立ちのままだ。明らかに今まで戦っていた相手とは威圧感が違った。乗りこむだけでそのVRを別物のように見せる、それは超一流パイロットの証明である。エルはブロックVであの“遮光の翼”と対峙した時と似た雰囲気を感じていた。

 睨み合う“ラプター”とスペシネフ、そんな2機の間に、建物の陰から1機のストライカーが割り込み、スペシネフに殴りかかった。不意を突かれたにもかかわらずハンス中佐はその攻撃を当然のようにかわし、同時にランチャーを素早くサイズに変形させるとストライカーに突き立てる。そして、攻撃はそれだけでは終わらない。サイズを突き刺したままストライカーの周囲を高速で旋回する。ストライカーの機体は斬撃で螺旋状に切り裂かれ、攻撃が終わると同時に空中高く放り投げられる。地面に激突したストライカーにもはや動く力は残されていなかった。

「雑魚に時間はかけていられないからな…」

 ハンス中佐は相手を《サイズ・スパイラル》と名付けた技でしとめると冷笑した。

 問題は目の前の敵に会った。先程倒したバトラーはしぶとくはあったが、事前の戦いのダメージも残っていたのか、彼の負ける相手ではなかった。そしてこのテムジンパイロット、彼は話には聞いていた。それは数日前、“遮光の翼”フォスター大佐と会った時のことだ。

 

 

「お前が相手に情を見せるとは、らしくないな。」

 二人は人気(ひとけ)の少ない街外れのバーのカウンターに居た。

「そんなんじゃあない。」

 フォスターは表情を変えることなく答えた。彼は常にサングラスで視線を隠しているため、その素顔を知る者は少ないと言われる。ハンスほど彼を知る男でも素顔を見たことは無かった。

「だったらなぜなんだ?よほどの理由があるのか?」

 久しぶりにアルコールが入ったこともあり、ハンスはこの無口な男に珍しく絡んでいった。

「奴は俺が持っていない物を持っている。まだ自分では気付いていないだろう。俺はそれが目覚めるまでの時間を与えてやっただけさ。持たざる者が持つ者を倒す、戦いの中で何がこれ以上のカタルシスをもたらすというのかな?」

 フォスターの口元にかすかな笑みが浮かぶ。ハンスには彼が言っている事の意味がほとんどわからなかった。しかし、“遮光の翼”ほどの男が一目置くパイロットについては少なからず興味がわいていた。

「そのパイロットは何者なんだ?」

「DNAの…どの部隊に所属しているかまでは分からない。ただ奴の乗るテムジンの肩には鷲をデザインしたエンブレムと“RAPTOR”のコールサインが書かれていた。」

「“ラプター”…、猛禽?」

 いつになく饒舌だった自分を隠すようにバーボンのグラスを傾けるフォスターの横で、ハンスはその言葉を脳裏に刻みつけていた。

 

 

 目の前のテムジン、確かに大鷲のエンブレムと“RAPTOR”のサインがマーキングしてある。彼の部下を倒した腕を見てもフォスターの言っていたパイロットに間違い無いように思われた。

「こんな所で出会うとはな…、悪いがフォスター、お前がこいつと戦うことは2度と無い!」

そう言うが早い、スペシネフは戦闘態勢に移行する。

「エル…とか言ったな。俺のスペシネフは部下の物とは一味違うぞ。」

 スペシネフは左手のクローを上向きに構えると、そこからエネルギーボールを発生させる。それは先程までの敵も何度か牽制に使ってきた、威力は低いものの高いホーミング性を持つ攻撃と同じように見える。しかし、ハンス機が発生させたボールはその場の空間を侵食する様に膨張し始めたのだ。

「なにっ!?」

 その光景に驚きを隠せないでいるエル。そうしているうちに膨張した光球はスペシネフの姿を覆い隠すくらいの大きさになっていった。

「この“暗黒空間”、かわせるかな?」

 ハンスがそう言うと“暗黒空間”はスペシネフの手を離れ、“ラプター”にゆっくりと近づいてくる。エルは目の前の不気味な物体にに2発、3発とライフルを撃ちこむが、まるで飲み込まれる様に光弾は消滅する。ハンスはそんなエルを嘲るように暗黒空間ごしにランチャーを続けざまに放つ。スペシネフのエネルギー弾は暗黒空間に遮られること無く“ラプター”に襲いかかった。

「くそっ、都合のいいことだぜ!!」

 回避する“ラプター”の間近を2発の光弾が唸りをあげて通り過ぎる。さらに間髪入れずにブーメランを放ってきた。出所のわからない連続攻撃と暗黒空間のプレッシャーで、エルの注意は正面に引きつけられていた。

その瞬間――、

『後ろだ…』

ハンス中佐はコクピットで静かに、しかし凶悪にささやいた。

 エルの注意が正面に集中した隙に、ブーメランを切り離しさらに身軽になったスペシネフの高速を生かして素早く“ラプター”の後方に回り込んでいたのだ。その動きに、エルは完全に虚を突かれていた。しかし、エルの頭の中にはこちらの後ろに回りこむ敵機がイメージとして見えていた。自機の正面には暗黒空間が迫っている、左右に避けてはそのまま大鎌の餌食になる。エルはためらうことなく“ラプター”をジャンプさせていた。テムジンが今いた場所を、サイズはビームフィールドの残像だけを残して通り過ぎる。エルはジャンプした体勢からスペシネフにビームソードを振り下ろす。

「ジャンプ近接!?こしゃくな!」

スペシネフはビームソードをサイズの柄で受け止め、両機は後ろに飛びのいた。

「ちいっ。」

 ハンスは舌打ちした。確かに、今の攻撃を避けるためには上空に逃れるほか無かっただろう、それは彼も承知に上だった。しかし、彼を驚かせたことはエルの反応の速さだった。完全に虚を突いたはずの攻撃だったが、それをまるで予想通りであったかのようにかわし、あまつさえ攻めにまで転じてきたのだ。

「なるほど、これは天性の戦闘センスだ。まだフォスターまでには及ばないようだな…、こいつの本当の力が目覚めるのを待とうというのか?…奴の考えそうなことだ。」

 一人ごちたハンスの目が冷たい光を帯びた。

 エルは自分が今、“ラプター”を操縦していることが信じられなかった。この様に静観している時は普通なのだが、いざ攻防が始まると自分の意識は掻き消え、自分の中の別人が動かしているかのような感覚なのだ。エルは自分が何かに侵食されているような、恐怖に近いものを感じていた。しかし、目の前の敵を倒すためにはその“何か”の力を借りなくてはいけないのか?心の中をそんな葛藤が支配し始めていた。

 ハンス中佐は大鎌をランチャーに戻した。

「この男と接近戦を続けることは危険かもしれない。」

 ここは距離をあけ、スナイパー的戦術に徹する――、彼の出した結論だった。ハンスはエネルギーボールを放ち、テムジンを牽制しながらスペシネフを後退させた。ボールは“ラプター”に迫る、しかしエルはそれを避けようとしない。

「どうする…つもりだ?」

 ハンスはその姿を視界に捉えながら、わずかな不安を感じつぶやいた。その時テムジンはビームソードを展開させ、ボールを薙ぎ払うとそのまま機体を高速旋回させながらスペシネフに斬りかかってくる。

「なにぃ!!!」

 ハンスの不安は瞬時にして驚愕に変わり、彼から冷静な判断を失わせた。スペシネフはその攻撃をランチャーを盾にしてガードしようと試みたが、回転するビームソードに2度3度と斬りつけられ、断末魔の如き鈍い音を残しランチャーはへし折れる。次の瞬間、機体はソードの回転に巻き込まれるように吹き飛ばされていた。地面に激突した衝撃で機体のあちこちが悲鳴を上げる。

「くそおっ!!」

ハンスは吐き捨てた。

 彼には絶叫する暇さえ与えられなかった。スペシネフはよろめきながらも立ち上がることはできたが、衝撃をまともに受けた右腕は使い物にならなかった。

「貴様は天才だ…!悔しいが認めてやる。だがな……」

 モニター越しにテムジンを、いやコクピットにいるエルを睨みつけるハンス。その時を見計らった様に、標的を失い迷走していた暗黒空間が“ラプター”とスペシネフの間に割って入ってきた。スペシネフは右腕を、生き残った左手でひきちぎると暗黒空間に向けて投げつける。右腕をその中に飲み込こむと暗黒空間はその場で炸裂し、周囲に衝撃波とプラズマの嵐を撒き散らす。

「しまった!!!」

とどめを刺そうとしたエルが思わずひるんだ時――、

『お前は俺の手で必ず殺す!!必ずだ!!!』

エルに対する恨みの言葉を残し、ハンス中佐のスペシネフは姿を消していた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 東の空はいつのまにか白み始め、基地のあちこちでは黒い煙が燻り続けている。大きな被害の傷跡を残しながらも、第7方面隊の長い夜は明けていった。

 

To be continued

Written by GTS

 

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第5話「使者」〜前編〜へ

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≪さあ、あとがきだ≫

「皆さん、今晩は、おはようございます、今日は、始めまして、ご無沙汰です、作者であります。これだけ挨拶しておけば何時、どんな人がこのHPを見ても問題無いからね。何、英語が無い?だってこのHPはJapanese Onlyでしょう。」

『不毛な努力してるっスねえ。』

 

「むっ!?出たな、怪人全身打撲肋骨骨折ムチウチミイラ男!!!成敗してくれるっ!『人誅』の時間だ!虎伏絶刀勢!!!

『何をるろうに○心の技パクってるんスか!!!前回もエ○ァのネタをパクってたし…、普段どんな本を読んでるのか知れますよ。それになんすか!その全身〜(以下略)って!』

「もちろん君の事だよ、今回のゲスト、マクレガー中尉。」

『やったのはあんたじゃあないっスか!!!』

「いや、やったのはハンス中佐で、私は『ウォーリアがズタズタにされた』と書いただけで本編では全身〜(以下略)とは書いてないぞ。」

『……同じだ――!!!

「こんな事も書けるぞ。『ここはあとがき特設リング、当然現れたエルがマクレガーを羽交い締めにし、正面からワイズがドロップキック…』」

がしっ

『ちょ、ちょっと待て、エル!正気か!?俺は怪我人だぞ、やめろっ!!』

エ『だめだっ、作者の描いたシナリオには主人公も逆らえない!すまん、許せマック!』

たったったったったっ

『先輩も冗談抜きっすよ!!!頼みますから止めてくださいィィっ』

 

ワ『お前が再起不能になれば俺の出番が増えるんだあああぁっ!!!

『それが本音ですかあああぁぁぁっ!!!』

どがしゃあぁん!!!

 

「さて、全身〜(以下略)がさわやかに昏倒したところで解説にいくか。」

「今回の第4話は作者の愛機でもあるスペシネフが敵キャラです。スペシネフは一切が極秘の新型機でRNAだけが数機保有しているという設定にしています。つまり、稼動数としたらライデンより少ないわけです。オラタンで始めてスペシネフが登場した時の未知の魅力、そんなところ小説にしてみました。一つ後悔したのはスペシネフのメインパイロットであるハンス中佐の性格が前回登場したフォスター大佐と少し被ったこと。ど〜もGTSが悪役を書くと“冷徹非情な二枚目”になってしまうのです。この辺りはこれ以降のキャラ作りに生かさなくては…、あえて違いを言わせてもらうと、ハンスは命令を冷徹に実行するタイプ。フォスターは冷酷にも戦いを楽しむタイプ、といったところでしょうか。さて、エル、マクレガーの様子はどうだ?」

エ『あの〜、頭からどくどく血を流して全身がぴくぴく痙攣してるんですが…』

「ちっ、第5話のシナリオを全治3週間から全治2ヶ月に修正せねばならんな。まあ良い、こいつは次回に出番は元々考えてないしな。」

エ・ワ『恐ろしい人だ……』

「何か言ったか?二人とも」

エ『いいいいい、いいえ!何も!』

ワ『用が済んだようなので俺達もこの辺で……』

マックを担ぎ、そそくさと引き上げる二人。

「ということでマクレガーの復活は第6話を予定しています。次回は第5話です、シリーズ初の3部構成でストーリーの謎に迫ります。では、ごきげんよう!!!」

<完>