電脳戦機 VIRTUAL−ON

Truth 〜Story of ORATORIO TANGRAM〜

 

第2話『深底』

 

 突然現れた巨大な縦穴、その“口”の中に大量の瓦礫と数台の作業用機械が一瞬にして飲み込まれた。第23地区ジオフロント建設作業現場はその時修羅場と化した。地質レーダーでも確認できなかったその巨大坑はライトの明かりすら届かぬ地底へと伸びていた。それは天国への扉なのか、地獄への入口なのか、事故に巻き込まれた者にとっては後者に違いなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「冗談じゃあないぜ!まったく…。」

 エルの部屋で、マクレガーは安物ウイスキーをオンザロックであおると、ぐちをこぼした。エルはその隣でビールを喉に流し込みながら耳を貸していた。

「何が、『これから与えられる任務は危険で過酷なものになるだろう』だ。これじゃあただ当直任務がきつくなっただけじゃないか。」

 マクレガーは以前にハルトマンが言った台詞の声まねを交えながら言った。エルも同じ様なことを感じていたが、仕事に対する不満はいつのまにかマクレガーのほうから出て来るようになっていた。すると、部屋の内線が鳴った。エルは受話器を取り、答えた。

「エルストームです。」

『マクレガーも一緒か?』

 相手はハルトマンだった。当直を終えた後、エルとマクレガーはいつも二人で酒盛りをしているというのは衆知の事であるようだ。

『二人に話がある、隊長室に来てくれ。』

「了解しました。」

 エルのその言葉だけを聞くとハルトマンは電話を切った。

「誰からだ?」

 マクレガーはすでにろれつが回らない様子で聞いてきた。

「しっかりしとけよ、マック。大佐から呼び出しだ。」

 エルはあきれて答えた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「だいぶ酔っているな…」

 部屋に入ってきた二人(視線は主にマクレガーの方に向いていたようだが)を見た最初の言葉がこれだった。ハルトマンは手を組み、あごの下に当てた姿勢のまま続けた。

「まあ、明日までにはしらふになっていてもらわないと困るのだがね…。二人に来てもらったのは緊急の任務ができたからだ。今日、第23地区ジオフロントで発見された地下空洞の調査に行ってもらいたい。本来は軍の仕事ではないのかもしれないが、その空洞が地質レーダーでは観測できなかったということを本部は無視できないらしい。」

「二人だけでですか?」

 と、エルが聞くと、

「バックアップ要員はもちろん一緒に派遣するが、VRを使った基礎的な調査は二人でやってもらうことになる。本格的な調査部隊が入るのはその後だな。出発は明日夕刻17:30。二人とも、二日酔いだけは注意してくれよ。」

 ハルトマンは言った。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 一夜明け、エルとマクレガーは出動に向けてコクピットで最終調整を行っていた。

「任務を与えられたのは嬉しいけど、なにも当直明けの俺達を出動させなくても…」

 マクレガーの声は少し気持ち悪そうである。エルもモニターを調整しながら答えた、

「確かに、今日は特に仕事も無いワイズ先輩がいるのになぁ。」

 すると突然、

『俺のサイファーじゃあ洞窟の中なんて不利だからな。』

 と、インカムにワイズの声が割り込んできた。カメラを下に向けると、ワイズがメカニックから横取りしたインカムを耳に当てながら、こちらに向けて親指を立てている。確かに、ワイズの乗る機体サイファーは軽量な機体による高機動性と戦闘機形態に移行しての広い空間を生かした攻撃が得意であり、洞窟内の限定された空間ではそのポテンシャルが十分に発揮できないかもしれない。汎用性の高いテムジンや近接戦に強いバトラーのほうが適役であり、ハルトマンもその辺を考慮に入れていたのだが、ワイズの実力ならばそんなビハインドは克服できるようにエルには思われた。

『留守番は俺がやっててやるから安心していって来い!。それにお前達は士官学校以来のコンビだろう。』

 そんなワイズの言葉に送られ、二人の機体はVRキャリアーに乗せられて予定時刻ちょうどにジオフロントの現場に向けて出発した。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 到着した二人を待っていたのは、画像を高度にデジタル処理しわずかな光でも増幅するすることのできる、VRのアイカメラをもってしても底が見通せないほど深い縦穴だった。

「想像以上だな…」

 エルがつぶやく。

『だが行くしかないだろう、こいつはただ事じゃあ済まされない様だぜ。』

 アドレナリンで二日酔いも吹き飛んだのか、マクレガーは逆に元気そうに答える。テムジンとバトラーはVコンバータの出力を調節しながらバーニアを吹かし、縦穴への下降を始めた。

「バランスに注意しろ、ここから墜落したらライデンだって無事に済まない。」

『ああ、分かってるさ。』さすがにマクレガーも慎重だった。

基本的に機動性能の高い両機だが、こうした三次元的空中制御は、やはりサイファーが群を抜いている。

 

「もうどれくらい降りただろうか…」

二人がそう思いはじめた頃、穴の底から光が漏れてきた。

「出口か?」

 そうしているうちに、不意に視界が開けた。そこは巨大なドーム状の空洞であり、全体の三分の一ほどは地底湖で占められている。空洞は壁や天井一面がほのかな光を放っており、薄暗いにしてもライト無しで周りを見通せるほど明るく、床や天井には何本もの鍾乳石が形成されていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 ワイズは自分の部屋で気に入りの音楽をかけていた。しかし彼はヘッドホンを使うことは無く、それはもし緊急出動などがかかった時にできるだけ早い対応をするためであった。エルとマクレガーが出発して3時間ほどが過ぎたころ、突如基地内に敵の接近を告げる警報が鳴り響いた。

『北西の方角、距離7000の位置に移動物体を確認。…識別信号赤、RNA側VRと思われる。戦闘員は至急迎撃体制へ…』

 放送を最後まで聞かないうちにワイズは部屋から飛び出し、ガレージに向けて叫んだ、

「俺の“ウィザード”はどれくらいで出せる!!」

「300秒で仕上がります!」

メカニックからの返事も迅速である。

「ついてこられるのは誰と誰だ?」

そういったところに、後ろから声がかかった。

「すでに当直のブライアンとマシューズが準備に入った。」

声の主はハルトマンである。

「どうやらこちらの動きに合わせて向こうも仕掛けてきた様だな。こういうことを避ける意味でも出動のセオリーである早朝と夜中の時間を外したつもりだったのだが…」

 ハルトマンは珍しく困惑の表情を浮かべた。そうこうしている間に出撃準備は完了し、ワイズと他二人のパイロットは機体に乗りこむとガレージを飛び出していった。ワイズの乗るサイファー、コールサイン“ウィザード”は空中で戦闘機形態に変形すると猛スピードで北西の方角へ飛び去っていった。テムジン2機も後に続いたが、距離7000ならばキャリアーに乗る必要は無く、サイファーが少し時間を稼げば十分間に合う距離であった。

 サイファーは高速飛行で目標との距離を詰めていた。

「反応は3つ、大きさ、速度から行ってVRキャリアーを使っているか…。」

 ワイズがレーダーで確認すると、相手もこちらの行動を警戒し始めたのか、動きを止めた。次の瞬間、レーダーが二つの高速移動物体を捕らえた。

「この軌道はホーミング。となるとむこうにはグリス・ボックがいるな…」

 確かに、対VR戦闘においてホーミングミサイルは脅威となる。しかし戦闘機形態のサイファーの機動力をもってすれば回避は容易である。ワイズは接近するミサイルに対してフェイントをかけると旋回して難なくかわす。目標の上空に達すると、ワイズはガン・カメラで敵を肉眼で確認した。

「グリス・ボック一体にストライカー二体…、ほぼ予想通りだ。」

 ホーミングミサイル・ナパームボム・ロケットランチャーと多彩な実弾兵器を主力とする支援攻撃VRグリスボックと、遠距離戦では左肩に背負った狙撃武器グレネード・極地戦では右腕に装備され連射の利くファニーランチャーなどバランスの取れた主戦闘VRアファームド・ザ・ストライカーの組み合わせは戦闘部隊として非常にオーソドックスなものである。ワイズは戦闘機形態を解くと、攻撃を受けにくいように敵の後方に着地し、戦闘体制をとった。

 敵VRもすでにキャリアーから降り、戦闘態勢をとっている。彼らは三対一という状況に自信を持っているのか、ワイズに対して圧力をかけるようにゆっくりと近づいてくる。

 ワイズの今の役目は仲間が到着するまでの時間を稼ぐことであった。彼の実力であれば三体のVRを一人で倒すことができるかもしれないが、彼はもし命令違反まがいをするとしても時と場合を選ぶだけの冷静さを持つ男である。そのあたりが、ハルトマンが彼の無鉄砲を黙認している所以であった。

 RNAは先に動いた。後方にいたグリス・ボックが両腕のアームランチャーを開くと無数のナパーム弾を打ち出した。ナパームは放物線を描いて両者の中間点に着弾し爆炎を上げる。

「目くらましとは古臭い!!」

 ワイズがそう叫ぶのを合図とする様に、煙の向こうから2機のストライカーがサイファーを横から挟もうと接近してきた。サイファーはそれをジャンプで避け、敵の頭上を取ると右腕に装備されたマルチランチャーからビームバルカンを掃射する。背面のバーニアを展開し、そのまま空中で高速移動に移行すると、サイファーが今いた場所を四基のホーミングミサイルが通過した。ミサイルが目標を見失い、迷走するのを確認すると、高速移動体制のままホーミングビームを発射した。四方向に分裂してビームはそれぞれ別の軌道を描き、2機のストライカーのうち1機を直撃、ダウンさせる。もう一方のストライカーがサイファーの着地に合わせて右腕のファニーランチャーと左肩のグレネードランチャーを続けざまに撃ちこんできた。しかし、サイファーは着地すると振り向きながらに左手を突き出す、左手の周り張られたエネルギーフィールドは瞬時にして数本のビームダガーを形成し、敵に向かって飛んでいく。ダガーの数本はストライカーの攻撃のほとんどを両者の中間で撃墜、相殺し攻撃を相殺しなかったダガーは虚を突かれたグリス・ボックに突き刺さり、装甲を侵食した。

 三対一の状況にありながら戦闘を優位に進めるワイズは現場に接近する二体のVRをレーダーに捕らえていた。識別信号青、味方のテムジンである。

「そっちのストライカーとグリスは任せた!」

そう言うと、ワイズは攻撃を仕掛けてきたストライカーと向き合った。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「すごい所だな…、ここは。」エルは嘆息した。

「それにこの光は?ヒカリゴケの類が自生しているわけじゃあなさそうだ。」

 マクレガーは壁面をカメラでアップにして細かく観察してみる。確かに、この空洞では岩自体が自然発光していた。

「この岩は持ち帰って分析に回す必要があるな。空洞自体は広いが特に問題になるようなものは見当たらない。怪しいとすれば地底湖の底が…。」

 エルが洞窟内部を見回していると、レーダーに何かが一瞬、反応した。

「!?」

 レーダーに注意を向けると、今度はゆっくりと移動する物体が示されている。

「移動物体反応!左だっ!!」

 エルはテムジンのライフルをその方向に向けた。しかし、そこにあるのはただの岩壁だった。

「何でも無いじゃあないか。」

 マクレガーもバトラーのマシンガンを同じように構えながら言った。

「ノイズか何かだろう。ここの岩石は少し特殊だし、こっちのレーダーには何も映らなかったぞ。」

「そう…かもしれない、悪かったな。」

 二人が銃を下ろしたその時、壁が細かく振動し、バラバラと崩れ始めた。

 マクレガーは舌打ちした。

「どうやら悪かったのは俺のほうだ。移動物体反応、壁の向こうだ!!」

 壁は本格的に崩れだし、金属音とともに回転するドリルが突き出された。砂煙の中から、土色にペイントされた背が低く無骨なVRが姿を現そうとしていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 彼は自分と仲間の状況を見て絶望した。グリス・ボックは敵のテムジンに対してナパームやミサイルでで応戦したが、懐に入られるとビームソードの餌食になった。別のストライカーはほぼ互角の戦いをしていたが、グリスを倒したテムジンが加わり二対一になるまでの命だった。そして自分は目の前にいるサイファーとの腕の差を呪わずにはいられなかった。こちらからの攻撃はことごとくかわされ、逆にストライカーはサイファーのマルチランチャーから一閃したハンドレーザーに右手を飛ばされ、近接戦に持ち込まれた際、レーザーブレードの下段斬りを食らった足では敵を振りきって現場からの離脱が不可能になっていた。

「くそっ!!」

 彼は怒りに任せてモニターに拳を叩きつけた。するとインカムにノイズが走り、知らぬ男の声が割り込んできた。

『こちらはDNA第7方面隊、ワイズ大尉だ。貴官に降伏を勧告する。これ以上抵抗すれば無事は保証できない。』

 彼らの任務はすでに終わっていると言ってよかった。こいつらをここに引き付け、大空洞へ援軍を送らせないようにする事こそ、本当の目的だったのだ。すでに大空洞へはその場所に最適なVRが極秘に、しかも絶対に探知されない方法で送りこまれていた。だがこの降伏勧告――、それは軍人にとって最大の屈辱である。不幸なことに彼はそれに耐えられるほど弱気な男ではなかったのだ。サイファーはレーザーブレードを展開させながらゆっくりと近づいてくる。彼はレバーに手をかけ、敵を近接戦闘用ロックオン出来る瞬間を待った。相手との距離が100を切った…、生き残った右足で踏み込みながら左手で腰に装備された実剣武装のナイフを抜き放ち、サイファーのコクピットめがけて突き出す。しかし、サイファーの姿は正面から消えていた。

「クイックステップ…!?」

 サイファーは近接戦闘用ロックオン時に敵位置を中心にして一定距離を保ちながら高速で円移動する特殊技術”クイックステップ”を使い、ストライカーの背後に周り込んでいた。彼がそううめくと同時に、サイファーのブレードがストライカーに振り下ろされた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「ドルドレイだっ!」

 エルは敵VRを見て叫んだ。ドルドレイはその右手を成すファイアボール発生機能を持つクローランチャーがO.M.G.時代の重戦闘VRドルカスを彷彿とさせるが、更に低重心となった機体、ホーミングハンマーから巨大なドリルに換装された右腕、天板状の頭上に配置されたVコンバータなど装備はほとんど別物と言って良いぐらいに変更されており、実戦におけるポテンシャルはエルたちにとって未知数に近かった。敵のドルドレイは二体。

「やるしかない様だな。」

 マクレガーはバトラーの弾装からナパームを取り出し、爆発パターン信管をセットしようとするが、

「止せ!マック!」

 エルは急いで止めた。

「こんなところでボム系を使ったらどうなるか解かるだろう!」

「くっ…」

 マクレガーは舌打ちし、ナパームを回収した。ドルドレイ二体は左右に散開しながら攻めてきた。ダッシュをかけるとともにクローランチャーからファイアボールが放たれ、着弾した地面を爆砕する。

「向こうはお構いなしかよ!」

 回避しながらマクレガーは毒づいた。エルはテムジンのライフルを続けざまに撃ちこんだものの、攻撃はドルドレイに弾かれる。

「Vアーマーか…」

 ドルドレイの防御力を見てエルは思った。敵の射撃系武器を弾き返す一種のエネルギーフィールドで、第2世代VRから実用化された新装備であるが、機体に全く影響受けた気配のないドルドレイにはもっと距離を詰めて戦わなくては相手に確実なダメージを与えられない。だがそうするにはいったん敵の間合いに入らなくては行けない、エルには少し迷いがあった。

『エル、援護してくれ。近接戦でビームトンファーを食らわせればVアーマーなんて関係無い。』

 エルの考えを察するかの様にマクレガーは提案してきた。

「気を付けろよ、どんな攻撃をしてくるか解からないんだ。」

『了解!』

 そう言うが早く、マクレガーのバトラー、コールサイン“ウォーリア”は駆け出し、ドルドレイに向けてマシンガンを発射した。バトラーのマシンガンはは着弾すると小さく炸裂するのでVアーマーに弾かれる確率が低い。ドルドレイの装甲に対しては非力だが、“ラプター”の援護射撃と合わせて、牽制には十分だった。

「いける!」

 ドルドレイとの距離を詰め、バトラーがビームトンファーを展開すると両腕から力強い輝きが放たれる。しかしドルドレイがその動きに合わせるかのように左腕のドリルを切り離し、ドリルは高速回転しながらバトラーめがけて突撃してきた。

「なにぃ!?」

バトラーはトンファーを空振りしながらも間一髪かわす、しかしドリルは一旦バトラーにかわされるとこんどは“ラプター”に狙いを変えてきた。

「エルっ、危ない!」

 マクレガーが叫ぶ。しかしもう1機のドルドレイに気を取られていたエルは反応が遅れた。回避するテムジンをかすめてドリルは通り過ぎ、回転するドリルはそれでもテムジンの装甲を確実に削り取っていた。ドリルによって体勢を崩されながらも、バトラーはドルドレイを近接射程に捕らえていた。

「くらいやがれ!!」

 バトラーはトンファーを繰り出す。“ウォーリア”は通常の高速移動の倍、音速を超える速度で目標に踏み込んで行く、ドルドレイの機動力ではこれをかわせるはずは無かった。直撃したトンファーのビームフィールドが装甲を瞬時に侵食し、フレームにいたるまで致命的なダメージを与えた――いや、与えたはずだった。

「馬鹿なっ!」

 マクレガーは己の目を疑った。

 バトラーのトンファーはドルドレイのフレームを破壊する前に装甲で止められていた。トンファーを食らえばライデンでも無事では済まない。それなのに…だ。

 逆にドルドレイのパイロットはコクピットの中で冷たい笑いを浮かべた。彼らの機体には改造が施されていた。地表からこの洞窟まで穴を掘って進んでくる間、土砂の圧力や落盤に耐えられる様に通常の倍近くまで装甲が強化されているのだ。その分機動力は望むべくも無いのだが、彼はこのドルドレイの防御力に自信を持っていた。

 この隙にバトラーはドルドレイのクローアームに頭を捕まれ、機体を持ち上げられた。VRを片手で持ち上げるとは信じられない腕力である。ドルドレイはその体勢でクローからファイアボールを撃ち出す。その威力でバトラーの頭部は爆砕し、コクピットのモニターはブラックアウトした。バトラーから力が失われると、ドルドレイは機体を力任せに地面に叩きつけた。

「うわああああああっ!!!」

 マクレガーは声にならぬ悲鳴を上げ、大きくバウンドした“ウォーリア”は地底湖に落下した。

「マ―ック!!」

 エルは親友の名を絶叫した。コクピットブロックが破損していなければ、VRは浸水する心配は無い。しかしマクレガーの身を案じたエルは“ラプター”を地底湖へ向けて駆け出させていた。その前にもう1機のドルドレイが立ちふさがる。

「どけえっ!!!」

エルはテムジンのビームソード展開させながら突撃した。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

『やったな、ワイズ』

「ああ…」

 現場からの帰路、ワイズは仲間からかけられた声に曖昧な変事をしながら考えていた。

「どうも中途半端だ。2機が出撃しているのが分かっているとはいえ、俺達の小隊には10機前後のVRが残っていた。それと戦うには3機は少なすぎる。俺達3体が出動した後を狙うにしてもそんな動きは無かった。目的の無さが引っかかる…、捨て駒か?それなら何のために…?」

 そんなワイズの頭の中にひらめくものがあった。

「囮…!?揚動作戦か!」

 ワイズは思わず大声を出した。

『どうしたんだ?ワイズ?』

「言ったろ!奴らは俺達の注意をひきつけるための囮なんだよ!本当の目標は大空洞だ!」

 ワイズはそう言うが早く、サイファーを変形させると大空洞のある第23ブロック方面へと飛び去っていった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 マクレガーは気絶していた、いや、ただそう思い込んでいただけなのかもしれない。朦朧とした意識の中で何かが語りかけてくるのが聞こえた。それは少女が悪戯っぽい口調で話している様だった。

《助けてあげようか?》

「助ける…?助けるってあんた誰だ?」

《私の名前はフェイ=イェン》

 少女の声は答えた。

 マクレガーは自分の記憶の中からフェイ=イェンという言葉の意味を探り出していた。O.M.G.時代、フェイ=イェンという名の特殊偵察VRが存在していたという話を彼は聞いたことがあった。“彼女”はマクレガーの心の中を見透かしているかのように答えた。

《本当のフェイ=イェンは私一人だけ。あなた達は私をオリジナル=フェイ=イェンと呼んでいたわ。》

 しかし、その時のマクレガーにはフェイ=イェンだろうとオリジナルだろうと関係無いことだった。

「助けるならば俺よりも上で戦っている俺の仲間を助けてくれ…」

《あなただけ見捨てるなんてできないわよ。》

 “彼女”がそう言うと、マクレガーは機体がふわりと浮かび上がるのを感じた。そして再び、何も聞こえなくなった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 突撃する“ラプタ―”に向けて、ドルドレイはファイアボール撃ち出してきた。エルはそれを鋭く直角に曲がるステップでかわし、接近するとすれ違いざまに体勢を低くしたままドルドレイの足に斬りつける。ドルドレイはバランスを崩すと、仰向けにひっくり返った。エルはそのまま追い討ちをかけ、VRの中で最も脆弱な部分であるセンサーアイにビームソードを突きたてた。センサーアイは小さく爆発を起こし、青白い煙を上げた。

「次はお前だ!」

 エルは“ウォーリア“を投げ捨てたドルドレイに向き直った、その時、”ラプター“をいやな衝撃が襲った。エルがとっさに後方を確認すると、今倒したはずのドルドレイが立ち上がり、頭上のVコンバータをこちらに向け、渦巻き状のエネルギー波を放っていた。このエネルギー波に干渉され、”ラプター“は体の自由が利かない。もう一体のドルドレイは”ラプター“にドリルを向けている。

「今あれをまともに食らえば殺られる…」

その時、後方の地底湖から大きな水柱が上がった。

「マック!?」

 エルは思わず仲間の名を呼んだ。しかし、姿を現したのは“ウォーリア”だけではなく、バトラーの機体を中に浮かべる様に持ち上げている見たことも無いVRだった。それは軽装鎧(ライトメイル)身につけた少女のような外見で、左手にはハートをあしらった盾を、右手には細身の剣を持っている。それはO.M.G.時代のフェイ=イェンを知っているものにはフェイ=イェン・ザ・ナイトと呼べる姿だった。

 フェイ=イェンは“ウォーリア”を地面に降ろすと、エルに話し掛けてきた。

《この人の代わりに私があなたを助けるから。》

「助ける?助けるってあんた誰だ?」

 と、エルは聞き返した。

 エルとマクレガーがまったく同じ質問をしたのがおかしかったのか、“彼女”は笑った。正確には、人間で言う口にあたる部分を笑う様にゆるめたのだ。少なくともエルにはそう見えた。

《説明は後でね。一体は私が相手になるわ。》

 フェイ=イェンは剣を構えた。

 エルは釈然としなかったが、戦いに集中しようとした。敵ドルドレイは立ち上がれたとはいえ、足にダメージを受けているのは間違い無かった。数秒足止めできればテムジンには奥の手がある。しかし、テムジンとドルドレイの戦いは膠着した。奥の手を使うために相手の隙を狙いたいエルに対し、ドルドレイはこちらの出方を伺う様にファイアボールやドリルで牽制してくる。今のまま奥の手を使ってしまえば間違い無くよけられ、自身に致命的な隙を作ってしまう。

「埒があかないな…」

 エルは舌打ちした。

 

 それと同時に、フェイ=イェンと対峙したドルドレイのパイロットは困惑していた。この見知らぬ敵VRはまるで蜂のようにヒット・アンド・アウェイを繰り返している。一撃必殺を狙いこちらが繰り出した、機体の高速移動のスピードにドリルの推進力を上乗せさせた―ドリルチャージ―ですら、この少女型VRはまるで闘牛士のようにひらりとかわしたのだ。その動きの柔らかさと言う点では、VRというものを超えていた。

《どうしたの?当たらないわよ。》

 “彼女”は挑発する様に軽快なステップを踏む。

「なめるなぁ!!」

 ドルドレイはVコンバータを展開すると、渦巻状のエネルギー波、Vハリケーンを放つ。だが、“彼女”はそれを待っていた。“彼女”はそれを当たり前の様にジャンプでかわすと、エルに向かって叫んだ。

《よけてっ!》

 戦いに集中していたエルにも、その声は不思議とよく聞こえた。得るは反射的に横に回避を取った。すぐ横をVハリケーンが通り過ぎ、まるで測ったようにもう一体のドルドレイに向かっていく。

「しまったぁ!!!」

 二人のドルドレイパイロットは同時に同じ言葉を口にした。Vハリケーンの干渉を受け、ドルドレイは痺れるように動きを止める。

「今だっ」

 エルはその隙を逃さず、奥の手―ライフルのターボショットモードをセットする。背中のVコンバータの出力が全開になり、ライフルの構成粒子が読み込まれたデータに従い再構築される。ライフルは一瞬にして大型のロングランチャーに姿を変えていた。これが奥の手、テムジン最強の火力を誇る“バスターライフル”である。

「くらえっ!!!」

 エルは強烈な反動に備え、歯を食いしばりつつトリガーを引く。

 

 ズドオォォン!!!

 空洞全体を揺るがすような轟音、反動でテムジンの足を地面にめり込ませながら、バスターライフルから一条の蒼い閃光が放たれる。その瞬間、身動きのとれないドルドレイに閃光が吸い込まれ、収束された破壊力が装甲、フレーム、動力部にいたるまでを貫き、この重装甲VRを完全に沈黙させた。

 エルは額の汗をぬぐった。ライフルはすでに元の形態に戻っている。バスターライフルは機体にも銃自体にも大きな負担をかける、そのため連射はできないようになっているのだ。

 エルは視線をフェイ=イェンの方に向けた。“彼女”もこちらを向くと親指を立てて小さくガッツポーズをした。“彼女”にとってはすべてが計算通りのことのようだった。しかし、自分の心の中でも読まない限りこんな連携はできない、エルは思った。

《そろそろこっちも終わらせなきゃね。》

 “彼女”は自信たっぷりに言う、しかしその時、

『どこの誰だか知らないけどお嬢ちゃん、そいつの相手は俺なんだ。』

 立ち上がった“ウォーリア”からマクレガーの声が聞こえてきた。ドルドレイに破壊された頭部はいつのまにか復元されていた。その姿を見て“彼女”は、

《わかった、それじゃあ私はお手並み拝見と行くわ。》

 と、あっさりと退いた。

『ありがとよ…』

 “ウォーリア”はゆっくりと歩き出した。

「マック、大丈夫なのか…?」

『ああ、みんなこのお嬢ちゃんのおかげみたいだ。』

“ウォーリア”はフェイ=イェンの方を振り向く。

『エル、お前も手出しするなよ!!』

 “ウォーリア”はトンファーを展開しながら身構えた。エルは、士官学校時代に仲間内で“格闘馬鹿”とまで言われ、近接戦になればエルはおろか教官ですら敵わなかったマクレガーの本気になった姿を久しぶりに見た。

 数秒間の睨み合いの後、ドルドレイは“ウォーリア”に向けてドリルを飛ばしてきた。しかし、マクレガーはそれを避けようとしない。

「そんなおもちゃが何度も通じるかっ!!!」

 そう叫びつつトンファーに体のひねりを加えて振り上げると、そこからソニックリングが竜巻状にになった衝撃波が発生し、直撃寸前のドリルを巻き込んだ。竜巻が消えると推進力を失ったドリルはその場に落下した。ドリルは暫くすると本体の左腕に戻っていく。

「これからがバトラーの本領発揮だ!」

 ドルドレイに前方高速移動で接近するとその体勢のまま近接攻撃を仕掛ける“ウォーリア”、それをドルドレイはドリルを受け止める。トンファーがドリルを真っ二つに斬り裂き、回転部を破壊する。ドレイは左腕を犠牲にしながらも右腕のクローで殴りかかるが、“ウォーリア”もそれを左のトンファーで防ぐ。ドレイは片腕でもバトラーを持ち上げられる腕力を利して、“ウォーリア”を押しつぶさんとばかりにプレッシャーかける。力比べでは不利と見たマクレガーはトンファーを収納し一歩後ろに退く。支えを失って倒れこんでくるドレイに対し“ウォーリア”はバーニアを吹かすとその場で空中後転しながらキックで蹴り上げた。バトラーはそのコンセプトから踵、膝、肘、脛といった打撃に使われる部分にインパクトの瞬間ビームフィールドを発生させる事ができるのでこんな攻撃が可能となるのだ。

 これだけ攻撃をくらいながらも、ドレイはまだ稼動していた。機体のあちこちにダメージを受けているものの、中枢部は無事である。しかし、相手の腕を見る限り近接戦に持ち込まれたところで自分は明らかに不利になった。望みは先ほどの様に相手の攻撃を完全に防御し、その隙に逆転のカウンターを賭けることだ。ドレイは後ろに下がって逃げる素振りを見せると、バトラーの深追いを誘った。

「逃がすかよっ!」

 ドレイの移動速度が遅いのをを狙って、“ウォーリア”はトンファーを展開させながら踏み込む。そのタイミングをドルドレイは待っていた、使い物にならなくなったドリルを突き出し、盾にする。トンファーが直撃し、左右の二振りくらって接続部分から吹き飛ぶ。それを狙いすまし、ドレイはクローにファイアボールをまとわせて振り下ろす

「もらった…!」

 パイロットは自分の攻撃の成功を確信していた。しかし、マクレガーは冷静だった。マクレガーはトンファー攻撃後いったん硬直した機体をVコンバータのブースターを使いジャンプさせ、敵の真上に飛んでいた。そして、バトラーの分厚い踵をドレイのVコンバータに叩きつける。装甲に覆われていないVコンバータはVRの最大の弱点である。

「とどめだ!!!」

 着地と同時に振り出されたトンファーは、最初に傷つけた部分に正確に叩き込まれた。同じ部分を二度も傷つけられてはさすがの超重量装甲も悲鳴を上げ、腰部フレームまでトンファーが侵食すると、ドルドレイは崩れ落ちた。

「やった!」

エルはマクレガーの勝利を我がことの様に喜ぶ。

『あのお嬢ちゃんに助けてもらったからさ。頭部の損傷も機体のダメージも回復していた。そうじゃなきゃここまでの戦いには耐えられなかった。』

“ウォーリア”はゆっくりこちらに戻ってきた。

「そうだ、“彼女”は一体何者なんだ。?」

エルは後ろの方でたたずんでいるフェイ=イェンの方に目をやった。

《何者も何も、さっき言った通り私はフェイ=イェン、ただ一人オリジナルのね》

「オリジナル…」

 エルはその言葉をつぶやいた。つまり、自分達が話に聞いているVRフェイ=イェンと目の前の“彼女”は別物だという事だ。オリジナルの存在はDNAの最高幹部会によって秘匿されてきたので、エル達が知る由も無かった。

『お嬢ちゃんはどうして俺達を助けてくれたんだ?』マクレガーが問う。

《私はあるものを探しているの。この場所に何かを感じて来てみたらあなた達に出会った。ただそれだけのことよ。》

「探しているって…、まさか!タングラム!?」

 エルがそう言いかけたとき、

《私はこれ以上他の人に姿を見られたくないから、そろそろさよならするわ。あなた達とはまた会うことがあるかもしれないけど。》

 そう言うと、フェイ=イェンは金色の光に包まれながら姿を消した。

「ちょっと待っ…」

 エルの言葉が途切れるのと同時に、縦穴から高速で降下してくるVRの姿があった。ワイズのサイファーであった。

『エル、マック、大丈夫か?』

「先輩、どうしてここに…?」

二人の緊張はここでやっと切れたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

『お前達二人でやったのか?』

 大破した二体のドルドレイを見て、ワイズは嘆息した。それに対しエルは言いにくそうに切り出した。

「先輩、実は…」

 エルたちはここで起こった事のありのままを話した。

『フェイ=イェン、オリジナル…』

 さすがのワイズも信じられない様子である。

「先輩は知っているんですか?」

『いや、詳しいことは分からないが、以前噂くらいは聞いたことがある。』

「話、聞かせてもらえますか?」

『ここで話すのはやめよう。とりあえず基地に帰還してハルトマンに報告だ。』

「そう…ですね。」

 二人が納得すると、三機は再び縦穴を上昇し始めた。

 オリジナル・フェイ=イェンとの接触、それは後にエルの運命を大きく左右するということをその時は誰も知るはずが無かった。

 

To be continued

written by GTS

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≪あとがきちっくに行こう!!!≫

「ど〜も、作者です。先日、学校の友人にこのオラタン小説をみせたら、『なんで人間の女の子キャラが出てこないんだ!!!』などとのたまわれてしまった。あの、綾波萌え萌えときメモらー詩織スト理想のタイプは同級生2の唯みたいに『お兄ちゃん』と呼んでくれる血のつながらない妹男には男のロマンが理解できない様だ。…っと、女の子で思い出しました今回のゲストはバーチャロンのオアシス、電脳アイドル フェイ=イェンちゃんでーす。」

『こんばんはー、No.1アイドル、フェイ=イェンでーす。』

「だけどその座はエンジェラン(1Pカラー)に脅かされつつある…」

ぐわしいぃっ!!!

『なにか言いました、作者さん(はぁと)』

「ぐおおおぉぉっ、いきなり近接CWの兜割が来るとは……この電脳暴走イタチ娘っ!!!」

『次はヒップアタックがいいかしら(ニッコリ)』

「うっ……(それはそれで嬉しいかも…)……解説いきます。」

「えっと第2話、VSドルドレイ編がメインのお話です。今回なんですが、あんまりドレイの強さが研究されていない頃に書いたので『僕のドルちゃんはこんなに弱くないっ!』という人もいるかもしれませんね。スペシネフ使いのGTSが実はドレイを苦手としているからあえて弱くした…なんてことはありません、だってその頃はお客さんだったんだから(本音)。“散らしハリケーン”とか、“ファイアリング”なんて出てこないし…、まあ、巨大化はちょっと実戦にそぐわないので、使えば面白いかもしれないけどあえてNGにしました。」

『ふーん、無能は無能なりに考えているんだ。そう言えば話の中で、あたしがバトラーのダメージを治した―なんてことが書いてあったけど…』

「あれは天使エンジェのターボ近接がシールドを吸収したり、AJIMのカラーボールの白はこちらの体力を回復させるって言うのを聞いて考えたんだけどね。この小説ではフェイはオリジナルVRと位置付けているからこんなことができたりするわけです。ちなみに傷ついた戦士にとって一番の休息場所は乙女の膝枕というのが作者の持論であります。」

『膝枕なんて……、あたし、そんなことまでは……キャッ!!!』

「ふむ、これくらいで赤くなるとは、さすがにVRとはいっても精神年齢15歳(バーチャロン副読本参照)。」

『そう……だからあたしは18歳になったらあのバトラー様に……って、

何言わせるのよ――――っ!!!

「これ以上殴られてたまるかい!暴走娘が妄想娘になったとろでおひらきです。では、次回をお楽しみに、ごきげんよう!!!」

『あ―――ん、もっとしゃべるうううぅぅぅっ………(フェードアウト)』

<完>