――23
14時12分、防衛庁――中央指揮所
それは十数分の間に起こったことだが、立て続けに襲ってくる衝撃はその場にいる者達全ての思考を麻痺させ、それが数分、いや数秒のうちに起こったかのように錯覚させた。
『ちょうかい』から、――「『さみだれ』、被弾。炎上中」の報が入った数分後、GPSと連動した海上自衛隊の艦隊位置情報システムからデータがリンクされているメインスクリーンから≪DD106 SAMIDARE≫とマーキングされた輝点が消えた。
「……『さみだれ』、沈没!!!」
オペレーターの血を吐くような叫びがCCPに響き渡る。この場で、リアルタイムで自国の艦船、それも自衛隊の護衛艦が撃沈される様を体験したことがある人間はいない。まるでコンピュータゲームで自らの手駒を失ったかのように、約200名の乗員を抱えた護衛艦が『撃沈』されてしまったこと、そのあっけなさに誰もが言葉を失った。だが、さらにその約10分後――
「『ちょうかい』CICが沈黙!LINK17、スーパーバード(衛星通信システム)ともに応答がありません!!!」
「どういうことだ!?」
渡瀬海幕長が席から身を乗り出す。
「……レーダーと通信システム、双方が破壊されたものと……」
オペレーターは言い澱んだ。フェーズド・アレイ・レーダーを中心とするイージス・システム、スーパーバードのパラボラアンテナともに艦橋構造物に装備されている。少なくともこの両方が同時に使用不能になるほどの損害を受けたことになるのだ。
「『ちょうかい』、速力を弱めつつ進路2−9−0へ移動中。G、防衛ラインを突破します!」
ゴジラの進攻を止めようともせず、力無く彷徨う『ちょうかい』の姿に、その身に戦う力が残されていないことをその場の者達は悟った。余力が残っているならば、艦長の大谷という男は冷静に反撃を行える男だからだ。CCP内部に半ば絶望に似たものが支配し始めたその時――
「航空自衛隊築城基地より入電!第6飛行隊F−1戦闘機5機爆装完了、発進しました!現場上空まで10分!!」
オペレーターが新たな報告を読み上げる。
「総理!ここは一旦、攻撃を艦船から航空機に切り替えて体制を立て直すことを進言いたします!」
「……うむ、ここは統幕議長の言う通りにしよう。」
山之内統幕議長の言葉に、小林総理は頷いた。総理の言質をとると、制服組の動きは素早かった。
「CCPより中空SOC、こちら長谷川幕僚長だ。」
長谷川空自幕僚長が中部航空方面隊司令部(SOC)呼び出す。
『中空SOC、永澤です!』
応対したのは中部航空方面隊司令、永澤空将。中部航空方面隊は東北から近畿まで本州のほとんどを防空を担っている。
「ただ今より第6飛行隊を指揮下に置き、対ゴジラ作戦を実行せよ!」
『了解。対ゴジラ作戦を指揮します!』
永澤は防衛通信の向こうで毅然として答えた。
「自衛艦隊司令部に連絡。対ゴジラ作戦は空自に委譲された。『まつゆき』『せとゆき』は『ちょうかい』『さみだれ』の救助に向かうとともに、空自機の現場到着までJTIDOSとのリンクを維持。ゴジラの位置を補足し続けよ!」
渡瀬海自幕僚長は無念と敗北感を噛み締めながら指示を出す。その間にも鹿児島県の築城基地を飛び立ったF−1支援戦闘機5機は、そのコールサインの示す『LEVIN01』から『LEVIN05』と示された三角形の輝点となって、メインスクリーンの太平洋上をGのアイコンに向かって驀進していった。
14時37分――太平洋上空
西部航空方面隊第8航空団第6飛行隊、西日本で唯一の支援戦闘機部隊は旧来のF−1から最新鋭のF−2への機体更新が始まり、今では隊の保有する機体の3分の2がF−2へと変更されている。しかし、そうであっても、空自で初めてゴジラへ一撃を加えるという栄えある任務がF−1の中隊に与えられたのは彼等の錬度の高さが評価されたことに他ならない。1981年の配備開始以来、F−2への更新が始まるまでに、第6飛行隊には20年以上に渡る支援戦闘機運用のノウハウとF−1を知り尽くしたパイロットと整備員を擁すまでになった。
支援戦闘機とは日本の自衛隊独特の呼び方である。その実は戦闘攻撃機であり、対地・対艦攻撃を主任務とする戦闘機だ。しかし、アメリカ軍のF/A−18スーパーホーネットやF−15Eストライク・イーグルが空中戦もこなす万能機であるのと違い、F−1は支援戦闘機として最大の能力が発揮されるのだ。槍の矛先を思わせる鋭くスリムな機体、小さな三角翼は急旋回や宙返りをするよりも急上昇や急降下、高度を下げての突入と言った、地上や海上の目標に対するヒットアンドアウェイに必要な直線的な動きを得意とする。
加えて導入から今まで、支援戦闘機は空自の戦闘機の中では日陰者として過ごしてきた。同じ空自の中でも、要撃戦闘機であるF−15JイーグルやF−4EJファントムは、今でこそ少なくなったものの70年代から80年代にかけての東西冷戦期、旧ソ連からの領空侵犯機に対するスクランブル発進を数多くこなし、日本を守る空の力として注目を集めてきた。比べて彼等支援戦闘機は、敵対国の艦船が領海内に侵入した、また地上部隊が上陸したという事態でも起こらない限りその存在感を発揮する事は無い。今までに彼等が機体に対艦ミサイルや誘導爆弾を抱えて出撃することが無かったのは幸運だったのかもしれない。
だが、第6飛行隊F−1隊を率いる横田三等空佐は内心喜びを感じていた。パイロットになってから慣れ親しんできたF−1の機体。今年度中に全てが退役し、新鋭機であるF−2に更新される前に栄えある舞台が与えられたこと、彼等がこの機体で訓練を積み重ねてきた成果を発揮できることが横田の意識を高揚させていた。
『Levin01,this is Torero.Now,you are under my control.(レビン01、こちらトレロ。これより誘導を開始する)』
微かなノイズを伴ったTorero<トレロ>――中空SOCのコールサイン――からの通信が横田を思考の世界から引き戻した。物思いをしていたと言っても、視覚、聴覚、触覚、必要な感覚は全て操縦に振り向けていたので、一瞬にして彼はその思いを終了させ、酸素マスク内のマイクに応答を吹き込んでいた。
「Levin01,roger.Request order.(レビン01了解。支持を請う)」
『Steer 300,maintain presant angel.(方位300へ向かい、現在の高度を維持せよ)』
「Roger.Levin,this is leader.Steer 300,maintain presant angel.(了解した。隊長機より全機へ。方位300、現在の高度を維持せよ)」
指揮系統無線から個別無線に切り替わり、ヘルメット内蔵スピーカーから(ラジャー)と部下の各機から応答が次々と帰ってくる。横田が操る1番機を先頭とした5機編隊のワイドデルタ隊形を維持したまま、彼等は機首をゴジラのいる海域上空へと向けた。
『Levin01,this is Torero.Target dead ahead 52,reduce angel.(レビン01、こちらトレロ。目標は正面、距離52ノーチカマイル、高度を下げろ)』
「Roger.Levin,descenting to attack position now!(了解。全機攻撃位置へ降下始め!)」
オペレーターに応えると、横田は操縦桿を前へ押し込んだ。水平飛行よりやや体にGがかかり、それを感知した耐Gスーツが腹部と脚部をに空気を送り込んで圧迫し、下半身への血流を抑制する。Gによって一時的な貧血になることを抑制するのだ。そして、水平線が眼下に広がるくらいまで高度を下げて再び水平飛行に移り強烈なGから開放されても周囲はまるで加速時のように視界が狭く、黒い靄がかかったかのように色が失われている。
「これは……煙か?」
横田は一人ごちたが、その理由はすぐに明らかになった。まず、視界の左前方には直径2〜300mに渡って白濁した海面、その中心からはまるで海底火山のように黒煙を噴いている。そして正面には艦橋構造物がそっくり抉られてはいるが、後部甲板上に並んだVLS発射機を見れば、それが対ゴジラ作戦で出動した第4護衛艦群のイージス艦『ちょうかい』であることが分かる。その周辺に浮いているいくつかの小さな物体はおそらく艦から降ろされた救命筏だろう。艦橋の状況からかなりの犠牲者が出ていることは想像に難くないが、少なくとも生存者がいたことは横田を僅かながら安心させた。
「Torero,this is Levin01.Now Reached the spot.There is some suvivers ≪TYOUKAI≫.Request rescue them.(トレロ、こちらレビン01。現場に到着した。『ちょうかい』の生存者がいる。彼らの救助を要請する)」
「(だが……『さみだれ』は……)」
横田は唇を噛み締めると、部隊の機に向けて回線を開いた。
「Levin,this is leader.(隊長機より全機へ)」
「目標は得体も知れない怪獣だが、こちらが捕捉したことを知っても対空ミサイルを撃ってくる様な事は無い。各自、レーダーを全開にしろ。」
部下と意思疎通をすること、そして緊張を和らげる意味も含めて、作戦飛行中の違反を承知であえて日本語で吹き込んだ。同時に、下方索敵レーダーのスイッチを入れる。しばらくすると、コックピット正面に据え付けられたHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)に輝点が表示される。IFF(敵味方識別信号)は無し、Unknownだ。
「Torero,this is Levin01.Target positive contact.(トレロ、こちらレビン01。目標を探知した)」
『Levin01,this is Torero.Unknown is confirmed into target.Clear fire,kill Godzilla.(レビン01、こちらトレロ。アンノウンは目標と確認された。武器の使用を許可する、ゴジラを攻撃せよ)』
「Roger,kill Godzilla.(了解。ゴジラを攻撃する)」
横田はマイクに吹き込み、ヘルメットのバイザーを下ろした。
「This is leader.Levin02、03 follow to take atteck position.04、05 put off and maintain presant angel(こちら隊長機。レビン02と03は続いて攻撃態勢をとれ。04と05は現在の高度で攻撃待機せよ)」
各機からの復唱を聞き終えると、横田の乗るF−1がさらに高度を下げて海面スレスレと言えるような位置まで降下すると、2番機、3番機も同様のコースをとった。その上空では残った2機がスプリット――2機編隊を組んで旋回していく。J/AWG−12火器管制レーダーは既にゴジラと認識された輝点をターゲットサイトの十字の中心に捉えていた。肉眼の視界にすら入っていないが、彼等にとってはどうでもいいことだった。
「Levin01,F one!(レビン01、フォックス・ワン!)」
横田が操縦桿の発射ボタンを押し込むと、F−1の両脇に2発抱えられていた80式空対艦ミサイル、ASM−1がパイロンを離れ、ロケットエンジンからオレンジ色の炎の尾を引きながら目標へと突入していく。
「Popping up!(上昇!)」
2番機、3番機からもASM−1が一発ずつ放たれ、横田機に従って上昇を開始した。3機は、時速500マイル(約800km)に達したミサイルからやや遅れて上空から追随する。濃紺の海面上に白煙を真っ直ぐ引きながら飛行するミサイルが小指ほどの大きさに見え、その先には海上に聳える黒い小山のような物体が見えた。
「Target,vigual contact……!(目標を肉眼で確認……!)」
横田がそう吹き込んだ時には、ASM−1はすでに終末誘導段階に入っており、目標追尾装置を作動させ、アクティブレーダーが作り出した海上で最も大きい影に向かって突入した。上空のF−1からは、ゴジラに着弾したASM−1が一瞬白い閃光と発すると、150kgのHE半徹甲弾頭が起爆してオレンジ色の火球となるのが見えた。同時に海面に波紋が広がり、エネルギーを開放し終えた火球は黒い煙となって立ち昇る。
「やったか!?」
横田はバイザーを押し上げると、明度の増した視界を風防ガラス越しに見下ろした。
グオオオオォォォ……ン!!!
だが目に入ってきたのは、表皮から薄っすらと煙を上げつつも自分達を見上げながら吼え、憎悪に満ちた視線を向けているゴジラの姿だった。
「Torero、this is Levin01!Target,no damaged!(レビン01よりトレロ!目標に損害無し!)」
横田は驚きを隠せない口調で叫ぶ。
『Levin01,this is Levin04.approach second attack!(レビン04より隊長機へ。第2次攻撃を開始する!)』
効果が無かったことを見て取ったのか、3番機までとは別コースを取っていた4、5番機が高度を下げてゴジラの正面から突入してくるのがレーダーでも確認された。するとゴジラは吼えるのを止め、じっと力を溜め込むように視線の先を見据えている。同時に、背鰭が先端から青白く輝き始めると、それは背鰭全体へと広がった。ゴジラの体に触れている海水が沸騰し、濛々と水蒸気を上げ始める――。
『目標は得体も知れない怪獣だが、こちらが捕捉したことを知っても対空ミサイルを撃ってくる様な事は無い。』
横田は自分が先程とんでもない間違いを言ってしまったことに気付き、Gがかかっているわけでもないのに視界がゆらりと暗くなるのを感じた。出撃前のブリーフィングでは、確かゴジラは火炎状のものを口から吐いて攻撃してくる可能性があると説明されたが、それは射程が長いわけではなく、ASM−1の射程には届かないだろうと言うのが幕僚監部の見解だった。有効射程50kmのASM−1の性能と命中精度に自信を持つ横田達は、その言葉を疑うことなく今回の作戦に出撃した。しかし、先程目にした『さみだれ』と『ちょうかい』の惨状。『さみだれ』は撃沈され、『ちょうかい』は艦橋を根こそぎ吹き飛ばされていた。『射程の短い』『火炎のようなもの』に出来る芸当ではない。俺達は、ゴジラの攻撃力を見間違えている――
「レビン04、05、正面から突っ込むな!!!」
横田が絶叫した時には、
『Levin04,F<フォックス> one!』
『Levin05、F<フォックス> one!』
両機からの交信がヘルメットの中に響き渡っていた。
F−1 4番機、5番機がASM−1を発射したのと同時にゴジラは顎を開き、口腔の奥から青白色の熱線を迸らせていた。熱線はミサイルよりも早く2機のF−1に迫り、ミサイルとミサイルの間をすり抜けると、上昇直前の4番機、5番機の目前で海面に突き刺さり、熱量が全て水蒸気に換えられると、凄まじい爆圧を伴った水柱が立ち昇った。
「しまった……!」
4番機のパイロットが毒づくよりも早く、F−1の機体は熱線の起こした衝撃波によって激しく動揺し、水柱の中に突っ込んだことで風防ガラスが水滴に覆われて全く視界が無くなる。パイロットは数秒間機体を安定させることに努め、高速飛行により水滴のほとんどが後に流れ去ったが、その時にはゴジラの姿が眼前に迫っていた。
「くっ……!!!」
反射的に操縦桿を引き上げ、機体を上昇させる。しかし、ゴジラもその動きに合わせて顔を上げると、狙いすましたかのように熱線を放つ。灼熱の熱線は4番機のちょうど中心部を直撃し、悲鳴を上げる暇さえ許さずF−1を炎の塊に変えた。
「村中!!!」
横田が部下の名を叫ぶ。しかし、その視界には4番機からやや遅れて上昇に転ずる5番機の姿が捉えられていた。4番機を葬ったゴジラは次の獲物を5番機と決めたのか、その動きを眼球と首の動きで逐一追い続ける。そして狙いを定めると、再び熱線を打ち上げた。だが、5番機はそれを読んでいたのか、機体を傾けて回避しようとする。わずか数mと離れていない空間を熱線が通り過ぎ、5番機はかろうじて直撃を避けた。しかし、その瞬間コックピットでは一斉にアラームが鳴り響いていた。
「コントロール不能……!?コントロール不能!!!」
索敵レーダー、火器管制レーダー、高度計、自動航法装置……全ての機器が警報を発し、HUDはでたらめな表示をめまぐるしく表示するばかり。確かに5番機はゴジラの熱線の直撃は避けた。しかし、それが機体の脇を掠めた時、『ちょうかい』のイージスシステムを使用不能にしたほどの強烈な放射線によってそれらのアビオニクスは狂わされ、さらに摂氏数千度の熱線が撒き散らした約千度の熱波に舐め上げられたことでジェットエンジンがオーバービートを起こし、火を噴いていたのだ。5番機はみるみるうちに高度を下げていく。機体の復旧に全力を挙げていたパイロットが海面への墜落を覚悟した時、エンジンの火災が燃料タンクまで引火し、F−1は内部から起こった爆発によって数m上昇したかと思うと、あとは火の玉となって海面へ激突した。
「兵藤……」
横田はすでに絶叫を振り絞るほどの力は無く呟いた。だが、その目には明らかな怒りが宿っている。
「隊長機より全機!ゴジラから距離を取れ!ミサイルの射程ギリギリから第3次攻撃!」
その声は怒りとは裏腹に意外なほど冷静だった。横田は指令所に状況を報告する為に口を開いた。
「Torero,this is Levin01……」
15時00分、防衛庁――中央指揮所
その瞬間、CCPの正面に据え付けられている大型レーダースクリーンには、『LEVIN04』と『LEVIN05』と緑色の輝点で表示されていたコールサインが、続けざまに消えると、赤く点滅するコードへと変わった。
「コードレッド……!?」
それを見た長谷川空幕長は思わず椅子から立ち上がる。このコードが表示されたと言うことは、機体が損傷して緊急脱出を試みたか、パイロットの生死に関わらず機体が戦闘単位と見なされなくなった、つまりは撃墜されたのと同義である。
「どういうことなんだ?長谷川幕僚長!?」
そんなことは露知らぬ小林総理が長谷川の答えを聞くよりも早く、オペレーターの一人が声を上げた。
「中空SOCより連絡!ゴジラ、熱線のようなものでレビンを攻撃!04、05が撃墜されました!!!」
レッドコードが表示された意味が証明された瞬間だった。
「01から03、第3次攻撃を開始!……ミサイル、ゴジラに対して効果無し!01、指示を求めていますが……」
オペレーターは所在無げに後ろの幕僚席を振り返った。
「現在、海上部隊の状況はどうなっている?」
山之内統幕議長が言うと、担当のオペレーターがメインスクリーンから情報を読み上げる。
「現在、交戦海域に展開中の4群のうち護衛艦『さみだれ』が撃沈、『ちょうかい』が大破。SH−60J哨戒ヘリコプター1機が撃墜。護衛艦『いなずま』『せとゆき』が救助に向かっており、『ひえい』『まつゆき』が待機中です。日向灘沖から3群が現場に向かっていますが、援護は事実上不可能かと……」
「それでは空自は?」
「築城006<マルマルロク>F−1三機が上空待機中、全機残弾無し。同隊F−2五機、新田原301<サンマルイチ>F−4EJ五機、爆装完了。命令を待っています。」
「了解した。築城006と新田原301には順次出撃命令を出す。4群はレーダーとヘリコプターによりゴジラの監視を引き続き行う……よろしいですね?」
「はい。異論はありません。」
現在の攻撃指揮権を持つ空自の長谷川が言うと、敗軍の将と言える渡瀬は頷いた。
「しかし、このままではゴジラが沿岸に接近する可能性があります。紀伊水道沿岸に警報を出し、避難誘導の体制を整えておくことも考えなければならないと思います。」
「宮川幕僚長の言うことも重要なことだ。阿部君……」
今まで黙って戦況を見詰めていた宮川が言うと、小林総理が阿部官房副長官に言葉を向けた。
「連携してゴジラの進路に当たる沿岸地域の避難誘導に当たるように、防衛庁と警察庁の意見を調整してくれんか?」
「わかりました!」
阿部は書類をまとめると、秘書官とともにCCPを後にする。
「それと、宮川幕僚長、」
「はっ。」
「陸上自衛隊にも、ゴジラの上陸を想定した部隊の出動を要請したい。……海空の自衛隊には当然頑張ってもらうが、事態は万全を尽くさねばならない。」
「了解いたしました!」
明らかに海空自衛隊の包囲網をゴジラが突破することを見越した総理の指示に宮川が答える。だが、双方の当事者からは反論の一言も出なかった。
「東部と中部、各方面総監部の司令と連絡をとってくれ!」
悲壮感の満ちたCCPの空気の中、宮川陸幕長の声が硬質な響きを持って響き渡る。
「ゴジラ、進路0−4−0に転進!」
「築城006、新田原301、FS(Fighter Supporter=支援戦闘機)上がりました!」
次々とCCPに入ってくる報告を聞きながら、小林はゆっくり立ち上がった。
「ゴジラの……今後の予想進路を表示させることは出来るのかね?」
そう言うと、山之内統幕議長が応える。
「はっ。現在までの進路と速度から予想できる範囲を表示させます。……頼む。」
山之内がオペレーターに命令すると、ややあって正面スクリーンのひとつの表示が切り替わる。それはまるで台風の予想円のように時間を経て陸地に近づき、最終的な円の中に入った海岸線は赤く塗りつぶされている。
「現在の情報から推測されるには、本日1700<ヒトナナマルマル>に和歌山県御坊市に最接近。その後、日ノ御坊沖をかすめる様にして北上。1900<ヒトキュウマルマル>までに有田市、和歌山市付近に到達する見込みです。しかし、これはあくまで推測ですのでゴジラが生物である以上、今後どのような動きをするか予測することは事実上不可能です。」
オペレーターは補足して解説した。
「事実を、国民に知らせなければならない……」
それを聞いて、小林は引き攣った表情を浮かべて呟いた――