――22
13時01分――
大谷一佐は『ひえい』との通信を終了させると、受話器を置いてCIC内に視線を向け直した。
「通信士!『いなずま』『さみだれ』に連絡。現位置で艦を停止。別命あるまで警戒態勢のまま待機せよ。」
「了解!『いなづま』『さみだれ』との通信開きます。」
「操舵士、逆進取り舵90度!右舷を目標に向けて本艦も待機せよ!」
「了解!逆進、取り舵90度。ヨーソロー。」
ガクン……
『ちょうかい』は艦体を右に傾けながら、艦尾を振るようにして方向転換をすると停止した。
「『ちょうかい』より『ひえい』へ。SH−1を発進させて下さい。SH−1のモニターカメラなら、目標に接近することなく映像を確認できます!」
『「ひえい」了解。SH−1を発進させる。』
と、日高一佐が応えて10分と経たないうちにLSDには<SH−1−04>とマーキングされたアイコンが『ひえい』のアイコンから離れていくのが映し出された。
「シーサーペント04の発進を確認。目標上空まで12分!」
「艦長!水上レーダーに感あり!当該海域に移動物体。速力10ノット、進路2−1−0、距離280000!」
「こいつは……ゴジラか……!?」
大谷は顔を歪めた。
「艦長!ハープーンはいつでも発射出来ます!」
「待て!SH−1の映像による確認を待つ。」
艦長の言葉に、CICにいる者は全て、LSDに映し出された輝点がゆっくりと近づいてくるのを見詰めていた。
13時20分――紀伊水道沖上空
『ひえい』から発進したSH−1は艦隊上空を通り過ぎると、目的地に達した。
「目標との相対距離2000を維持。」
「<ロングノーズ>、レーダーリンク確認。目標へフォーカスする。」
前席に座るパイロットがホバリングを続ける。後席のオペレーターは計器を操作しながらモニターを覗きこんだ。<ロングノーズ>とはSH−1に搭載されている超望遠カメラのことであり、機首から前方に突き出すように内蔵されているのでこう呼ばれている。レーダーで捉えられた目標へ、自動的に焦点を合わせることができるのだ。最初、モニター内でも豆粒のような存在だったものが一瞬にして画面いっぱいに広がり、鮮明な映像となった。
「何てこった……!!!」
オペレーターは毒づいた。彼が目にしたものは、肩から上を海面に露出させたゴジラの姿だった。
「サーペント04より『ちょうかい』へ!移動目標はGと確認。繰り返す、Gは健在です!!!」
同時刻――『ちょうかい』CIC
『――Gは健在です!!!』
大谷艦長は、なかば悲鳴のようなSH−1からの報告を聞き終わると、マイクを取って口を開いた。
「……『ちょうかい』艦長、大谷だ。第二次攻撃を開始する。安全圏まで退避してくれ。」
まるでそのことを予期していたかのような驚きも何も感じさせない、淡々とした口調だった。
『サーペント04了解。安全圏まで退避します。』
その言葉が終わると、LSD上でも<SH−1−04>と記された輝点がGのアイコンから遠ざかっていく。それを確認すると、大谷は艦内に再び命令をした。
「砲雷長、第二次攻撃用意!副長、『いなずま』『さみだれ』にも指示!」
再び、爆音と巻き起こる噴射煙をともなってハープーンミサイルが空気を切り裂いて上昇していった。『ちょうかい』から2基、『いなずま』『さみだれ』から1基づつ、計4基。
LSDにも、3艦から放たれた4基のハープーンを表す輝点が映し出され、みるみるGとの距離を詰めていった。CICにいる皆がスクリーンを注視する中で、副長がクルー達に気付かれないように小さな声で大谷へ耳打ちした。
「艦長……。先程、我々は少なくとも8発のハープーンを命中させています。もし、第2次攻撃が命中したとしても、これの効果が無かったとしたらゴジラを倒せる保障はありません。むしろ、我々の装備ではゴジラを撃退できないことを証明するようなものです……!」
「副長!間違ってもクルーの前ではそんなことを言わないことだ!」
大谷は副長の方を見ず、正面を見据えながら声を低くして答えた。
「皆が同じ不安を抱いている。しかし、指揮官がそのことを口にしてはクルーの士気に関わる!我々の仕事は、敵に勝つか負けるか……どちらかしかない。僅かな可能性があれば、それに全てを懸けるのだ。……もしかしたら、先程の攻撃は命中の直前に何らかの欺瞞があったかもしれない。今回の攻撃でそれを証明する。その為に、SH−1を現場に残しているのだ。」
そう言っている間にも輝点はGとの距離をみるみる詰めていく。大谷はマイクを取った。
「『ちょうかい』よりサーペント04。間もなくハープーンが目標に到達する。効果はレーダーによらず、目視にて確認せよ。繰り返す、効果は目視にて確認せよ!」
13時25分――紀伊水道沖
「サーペント04、了解。効果を目視にて確認する。」
そう言ってオペレーターが<ロングノーズ>の焦点を再度ゴジラに向けて画像を得たと同時に、SH−1の眼下の海上を4基のハープーンが白煙の尾を引きながら、まるでそれ自体が意思を持っているかのように真っ直ぐゴジラへ向かっていくのが見えた。あっという間に4基のミサイルが彼らの肉眼では見えなくなるほど小さくなると、オペレーターは<ロングノーズ>の焦点を調節し、ハープーンを追うように設定した。モニターは、まるでミサイルにカメラが搭載されているかのように視界が変わる。
ハープーンは第1波攻撃と同じようにゴジラの手前でホップアップをすると、猛禽が獲物をその視線の先に捉えた姿さながらに急降下を始め、ゴジラへ襲い掛かった。<ロングノーズ>はその光景を鮮明に捉えていた。
ターボファンエンジンと時速800kmの速度が起こす甲高い風切り音に反応したのか、ゴジラが顔を上空に向けると、まさに狙ったかのようにその頭上にハープーンの1発目が着弾した。火球と衝撃波が発生し、その威力で押し潰されるようにゴジラの頭と首が沈む。続けて左の肩口、右背面でハープーンが炸裂すると、ゴジラの体は左右に大きく揺さぶられた。1発だけゴジラを外れて海中に突入したミサイルがあったが、それもゴジラの手前で爆発し、それによって起こった水柱でその巨体を仰け反らせる。ミサイルの破片と巻き上げられた海水が豪雨のように海面を叩き、ひとつになった爆発の黒煙はキノコ雲のように上空に立ち昇る。
「――やった!」
画面に捉えられた映像を見て、SH−1のオペレーターは叫んだ。
「今度こそ命中した!サーペント04より『ちょうかい』へ!ミサイル命中弾3、至近弾1!」
『「ちょうかい」よりサーペント04へ。こちらでも確認した。引き続き、監視に当たってくれ。』
「了解。」
ゴジラの周囲は、爆発の黒煙と水煙の交じり合った灰色のベールで覆われている。しかし、そのベールも時間が経つにつれて、風に流れていく。
「間もなく視界がクリアになります!」
オペレーターは少しでも鮮明な画像を映し出そうと、モニターを覗きこむと小まめに<ロングノーズ>の焦点を調節した。すると、薄まった煙の中に黒々とした影が浮かび上がる――
「何!!?」
彼はその光景に我が目を疑った。着弾を確認したのは他ならぬ自分だ。224kgのHMX高性能炸薬を装填したハープーンミサイルが3発も命中した威力など、想像がつかない。しかし奴は――ゴジラはそれに耐えた。岩山の如き巨体を悠然とさせながらも、自らを攻撃した“何か”を探して周囲に視線を巡らせている。そして、水平線上の一点を見定めると、そこを見詰めたまま口の端を捲り上げて唸り声を漏らすと、続けて天を仰いで咆哮した。
グオオオオォォォン!!!
「ひっ!!!」
音が聞こえていないはずなのに、モニターを覗いていたオペレーターが仰け反るほどの迫力だった。ゴジラはそのまま頭から海面に突っ込むと、その巨体を水中に没させた。
「――こちらサーペント04!ハープーンは命中するも、ゴジラに対して効果は認められない!繰り返す、ハープーンの効果は認められない!!」
ゴジラの姿が画面から消えたことでオペレーターはようやく我に帰り、半ば叫ぶようにして報告を行った。
13時31分――『ちょうかい』CIC
SH−1からの報告があった直後、レーダースクリーン上からゴジラのアイコンが消失した。報告の通りなら、それはハープーンにより撃滅に成功したのではなく、再び水中での移動を始めたことを表している。
「対水上レーダー、Gをロスト!!」
「ソナーに反応はないか!?」
「目標海域に水中雑音無し!捕捉出来ません!」
「奴を見失った!?」
大谷艦長は毒づいた。それは、彼等にとって油断と言えるものだった。
最強の水上艦と言われるイージス艦であるが、それは対水上・対空に関してのことで、対潜については従来より他艦やヘリコプターとのデータリンク機能、ソナー機能こそ強化されているが、個艦での能力は従来の護衛艦の延長線上にあるに過ぎない。海上に露出したゴジラを確認し、計10発のハープーンを命中させたことで、彼等はこの局面が対潜戦闘に変わる可能性を想定していなかった。通常の戦闘において、水上艦が突如として潜水艦に変わることなどあり得ない――
だが、大谷はすぐに冷静さを取り戻していた。
「総員対潜戦闘用意!『いなづま』『さみだれ』に至急シーホークを発進させるように伝えろ!」
「了解!」
「ソナー、僅かな水中の動きも見逃すな!」
大谷はスクリーン上でゴジラの消えた一点を凝視していた――
大谷の指示がCICに響き渡っていた時、護衛艦『いなづま』『さみだれ』の後部甲板上にSH−60J対潜ヘリがガイドレールに載せられながら格納庫から引き出され、クルーの素早いチェックの後、緊急発進した。しかし、それまでにはゴジラの失踪から20分あまりが経過しており、SH−60Jはゴジラの進路と予想される海域にありったけのソノブイを投下し、ソノブイバリヤーを張り巡らせるが時間だけが過ぎていく――
それは、突如として出現した。『ちょうかい』のOPS−28水上レーダーは、艦隊から距離1500の位置にUnknownを捉え、LSD上に輝点として映し出したのだ。
「水上レーダーに感!本艦左舷距離1500にUnknown現出!!!」
「ゴジラだ!!!」
オペレーターがその事実を告げると、CIC内の誰と無く叫んだ。
「確認する。外部カメラを最大望遠で目標に向けられるか?」
大谷が指示を出す。
「やってみます!」
護衛艦には艦周辺の哨戒を目的に数箇所にカメラが据え付けられている。その中でウィングと呼ばれる、艦橋の左右に張り出したスペースに双眼鏡とともに設置されているカメラが、CICからの遠隔操作によって左舷方向に向けられた。
CICでは、次第にズームされていく画面に全員が釘付けとなった。肉眼で水平線上の僅かな影の形で民間船か軍艦か判断できる彼らの目に、それが船ではないことがはっきりと分かった。大谷の口から思わず声が出る――
「――127mm速射砲攻撃用意、CIC指示の目標!」
その時だった。
海面に姿を現したゴジラはゆっくりと首を左右に動かし、まるで何かを見定めるかのような仕草を見せた。そして、次の瞬間には視線を水平線上の一点に固定させる。
フウウウゥゥゥ……
僅かに開いた口から覗く牙の間から唸り声を漏らすと、口の端を僅かに吊り上げる。それを合図とするかのように、ゴジラの背鰭が青白く発光を始めた。体と触れた海面からは白い水蒸気が上がり、その間にも背鰭の輝きは強くなっていく。ゴジラは体を仰け反らせるようにして大きく息を吸い込むと、先程見据えた視線の先に向けて口を開いた――
『ちょうかい』の前部甲板、碁盤の目のようなVLSエリアの前に据え付けられているOTOメララ社製127mm54口径単装速射砲がモーターの唸りを上げながら左舷方向へと向いた。砲身は僅かにその狙いを微調整すると、機械らしい迷いの無さでピタリと動きを止めた。内部は無人で、CICからの遠隔操作により水上・上空の目標に対して照準を合わすことが出来、艦が動揺したり異動しながらでも正確な射撃を可能としている。給弾も自動化され、発射速度は毎分40発を超える。
「127mm速射砲、自動照準システムオールグリーン。」
「砲撃開始!!!」
「待って下さい、レーダーに感!何だ……これは!?」
経験を積んだオペレーターも、LSDに現れた奇妙な影の正体が分からなかった。ゴジラと思われる輝点から直線的に伸びる細い線がそれだ。ディスプレイ上ではその速度は800ノットと表示されている。音速の1.3倍だ。だが、オペレーターは最後にひとつだけ断定した。
「『さみだれ』に向かっています!!!」
13時57分――護衛艦『さみだれ』
1500mという近距離から音速を超える速度で放たれた青白い閃光は、たとえ『さみだれ』のレーダーが『ちょうかい』のイージスシステムとリンクしていても、防ぐことは出来なかった。対空ミサイル『シースパロー』はおろか近接防空システムCIWS『ファランクス』を放つ暇さえ許さず、『さみだれ』の煙突付近にそれは突き刺さった。その一撃が『さみだれ』の命運を決した。
『さみだれ』はむらさめ型と呼ばれる護衛艦であり、煙突付近の露天甲板には『シースパロー』用VLSと対艦ミサイル発射機が集中的に配置されている。16発の対空ミサイルと5発の対艦ミサイルはゴジラの熱線の直撃によって誘爆し、熱線自体の威力と相まってひとつの巨大な爆発と化した。膨張した火球と衝撃波は『さみだれ』の上部構造物を押し潰し、熱線が甲板を引き裂いて艦内に侵入すると、その威力は艦の背骨と言える竜骨を粉砕した。竜骨を失った船はもはや船の形を保つことは出来ない。特に護衛艦は上部に大きな構造物を持っている。艦自身の重量によって『さみだれ』は、くの字型に曲がり、黒煙と炎を噴き出しながらゆっくりと海中にその姿を消えていく。
14時00分――護衛艦『ちょうかい』
「『さみだれ』被弾!炎上中!!!」
「ゴジラからの……攻撃です!!!」
「――機関始動、両舷全速!砲撃を開始しつつ回避航行!」
「了解!」
これは訓練ではない――乗組員達は恐怖を押し殺しながら艦長の命令を忠実に実行していた。「教練」と名の付く場合ならば、僚艦を失うことも自艦が被弾し傷付くことも想定して行動したことがある。しかし、これは「教練」ではなく「実際」なのだ。『さみだれ』は今も炎を血の様に海面に流しながら、その命は尽きかけている。 先程から断続的に響き始めた127mm砲の砲声も空砲ではなく実包だ。『ちょうかい』はガスタービンエンジンの甲高い咆哮を上げ、右に艦体を傾けながら動き始める。
その時、水平線上では再び青白い輝きが起こっていた――
ドドーン!!!
『ちょうかい』の左舷わずか50mの位置で凄まじい爆発とともに巨大な水柱が上がった。レーダーにはその3秒前、『さみだれ』に迫ったものと同じ直線が『ちょうかい』に向かって来るのをディスプレイ上に映し出していたが、爆発と同時に4基のLSDは全てがホワイトアウトし、CIC内のあらゆるセンサー、モニターにもノイズが走った。
「どうした!?被弾か!」
衝撃に揺さぶられ、海図台にしがみつきながら大谷は叫んだ。
「いえ……強力な電波障害です!」
「ダメージコントロールルーム、こちら大谷だ。各所の損傷を報告せよ!」
『現在対空、水上、対ミサイル全てのレーダーに異常が生じており、127mm砲も自動照準システムが応答しません!』
「全力で復旧させるんだ!」
そういうと、大谷は乱暴にマイクを切った。
「一体何が起こった……」
原因は『ちょうかい』の間近で起こったゴジラの攻撃による爆発であることは疑いの無いところだ。しかし、何故電子機器に異常が発生したのかが分からない。ゴジラ、爆発、電波障害……。
「艦長!」
その時、大谷の思考を航海長の声が遮った。
「ウィングと甲板に哨戒員を出します!」
航海長は、クルーに指示を出すべく既にマイクを手に取っていた。だが、その瞬間大谷の頭の中で何かが閃いた。
「航海長!待て!!」
「はっ!?」
艦長のその言葉に、航海長は硬直した。
「――全艦にフォールアウト警報発令!哨戒員は防護服着用の上、待機せよ!!」
「フォールアウト……防護服……」
航海長は艦長の言葉の意味が直ぐには分からず呆然としたが、次の瞬間にはその真意を理解し、命令を復唱していた。
「――了解!フォールアウト警報発令、哨戒員を防護服着用の上待機させます!!!」
「艦長……どういうことでしょうか……?」
納得のいかない表情で、若い初任幹部が聞いてくる。大谷は答えた。
「奴は……ゴジラは核兵器のようなもの……ということだ。」
フォールアウト<放射性降下物>警報。核兵器の使用や原子力船事故など、放射能汚染状況下におけるオペレーションのひとつだ。これは、放射能を含んだ汚染物質から艦や乗員を守ることが目的となる。この警報が出された『ちょうかい』では放射能塵洗浄装置と呼ばれる機能が作動を始めていた。艦橋構造物、煙突、後部射撃指揮所などの上部から、ポンプによって汲み上げられた海水がノズルによって霧状に噴射され、『ちょうかい』の全体を覆っていく。
その間、『ちょうかい』は全ての目と耳を奪われたようなものだった。イージスの心臓部であるフェーズド・アレイ・レーダーはゴジラの熱線が艦を掠めた際の放射線によって麻痺し、その爆発で巻き上げられた放射性物質を含んでいるであろう海水を洗い流す為の放射能塵洗浄装置が作動している間は、艦の外部に哨戒員を出すことも出来ない。前面を覆うプレキシグラスと突き出た空気清浄装置のマスクを被り、放射性物質の付着を防ぐ表面のつるりとした分厚い生地の防護服を着込んだ航海科の哨戒員達は隔壁の内側で息を潜めるようにして命令を待っていた。防護服を身に着けているとはいえ、不安が無いわけではない。防護服は体が放射性物質に汚染されることは防いでくれるが、強力な放射線、中性子線を食い止めることは出来ない。そんな沈黙の時間が始まって10分以上が過ぎた頃、放射能塵洗浄装置から放出される海水の勢いは弱まり始め、やがて止まった。
『艦長より航海科各員へ。艦周辺の哨戒を厳にせよ!』
「よし!行くぞ!!」
命令が下ると、航海科の士官、分隊の先任海曹などの指示の元、首から双眼鏡を下げた海曹・海士がハッチから飛び出し、配置に付いた。外はまだ洗浄装置による海水の霧が立ちこめ、肉眼での視界も悪い。だが、この霧がかかっているのは艦の周辺だけだ。次第に薄れていき周囲の景色が見えてくる――
「んん?」
双眼鏡を覗き込むクルーの白い視界が、急に黒い影で覆われる。双眼鏡を下げると、薄くなった霧の中にまるで影絵のようにそれは浮かび上がっていた。
グオオオォォォン!!!
不意に発した大音声に、クルーは腰を抜かし尻餅をつく。その咆哮を合図として霧が晴れ、影はゴジラの巨体となって『ちょうかい』の前に立ち塞がる。その距離、左舷から10数メートル。
「ゴ……ゴジラ……ゴジラ!?」
防護服の中で蒸発した汗と呼気でプレキシグラスを曇らせながら、クルーは蒼白となった表情でうわ言のように呟く。そんな中異変を察した他のクルーが艦内に通じる無電地電話を取っていた。
「ゴジラ発見!左舷前方、距離10から20!!!」
「いつの間にそんな近くに!?」
哨戒員からの報告はCICを驚愕させた。最新のイージス艦といえども、これほど近距離の目標を攻撃できるのは手持ちの機関銃や小銃くらいしかない。
「機関両舷全速!目標より距離を取れ!!」
動揺を押し殺しつつも大谷艦長が命令を下す。ガスタービンエンジンの吸気音がにわかに高まり、艦は明らかに感じられるほどの加速感を発生させつつ動き出す。しかし、4基で10万馬力を誇るCOGAC式ガスタービンエンジンといは言え、戦闘行動中で燃料・弾薬を満載して1万トン近くなった排水量の艦体をもどかしいほどゆっくりしか加速させることが出来ない。
ゴジラはその間に背鰭を青白く発光させ始めていた。そして咽喉の奥に同じ輝きを灯させると、大きく開かれた口から閃光を放った。爆発的なフレアが口腔の周囲に広がり、その中心からまるで青白い炎を凝縮したような熱線が一直線に『ちょうかい』の艦橋へと向かっていく。
その閃光が甲板上に出ていたクルー達の目を一瞬にして焼き付かせて失明させると、ゴジラの熱線は『ちょうかい』艦橋に突き刺さっていた。護衛艦の艦橋は戦闘指揮所やレーダー等に使用する電算室を内包した文字通りの中枢だ。熱線は外部の鋼鉄製の装甲を易々と融解させ、内部に達した。次の瞬間には膨れ上がった熱量は艦内のあらゆる物を引き裂き、荒れ狂う。それは、CICを守る鋼鉄とセラミックスの複合装甲も例外ではなかった。強烈な衝撃を感じた数秒後、命令を出すことも被害報告を聞くことも許されないまま、熱波がCIC内部にも押し寄せた。青白い光は触れるもの全てを紅蓮の炎と化し、人も物もCICのなかにあるもの全てがその中に消えた。
『ちょうかい』へと向けられたゴジラの熱線がその威力全てをひとつの爆発と化した時、艦橋は跡形も無く吹き飛んだ。直線的な平面で構成された艦橋は、無惨に抉られたような痕を残すのみだった。艦橋が完全に破壊された護衛艦はいわば脳死に陥った人体のようなものだ。エンジンはまだ生きているので艦はゆっくりと前進はしているが、黒煙と炎を吹き上げ、焼け焦げた機器や内装が曝されているその姿はまるで幽霊船。ゴジラはその力無い姿に興味を失ったのか、向きを変えると再びゆっくりと進みだした。