――21

 

5月30日、正午――東京

 永田町の首相官邸から市ヶ谷の防衛庁まで車で30分の間――それも前後を、赤色灯を点けサイレンを鳴らしたパトカーに誘導されての話だが――、小林総理は車上の人だった。非常事態になれば各方面からつぶさに情報を入手する事が出来る危機管理センターが官邸にはあるが、30分前に海上自衛隊がゴジラを捕捉した事が明らかになって、末端の一部所に成り果てた。ただ情報を収集するだけならば官邸に備えられた機能で充分なのだが、これから彼が直面しなければならないのは日本という国家の命運を左右する決断だ。画面に表示された映像、回線を通じて送られた音声などではなく、同じく事態に直面している者達の血の通った言葉を聞いたうえで決断を下したい。そう思ったから小林はマスコミに囲まれた官邸を出、防衛庁CCPに向かった。

 防衛庁前にもマスコミは押し寄せていた。しかし、銃剣を装着した64式小銃を携えて直立不動の姿勢を保つ警備隊――陸上自衛隊内から持ち回りでやってくる防衛庁警備担当隊員――の姿が抑止力となって、どこか遠巻きに見守っている。小林の乗る公用車は敬礼する警備隊員に送られ、ゲートを過ぎると防衛庁の中枢と言えるA棟の正面玄関に横付けされた。玄関前には古館防衛庁長官を始め、局長クラスの幹部が小林を出迎えた。

「――既に幕僚の方達はCCPに入っております。すぐにブリーフィングが始まりますので……」

 そう耳打ちする古館に小さく頷くと、小林は阿部官房副長官他、側近達と共にエレベーターに乗り込んだ。勿論このエレベーターもCCPに入場する為に、セキュリティチェックを終えた者しか使用する事が出来ない。そして地下3階に到着すると、等間隔に衛兵が立哨する廊下を通ってようやくCCPに辿り着いた。まるで隔壁のようなに分厚い合金製のドアを通り過ぎると、CCPの本山とも言えるオペレーションルームの威容が目に入った。ずらりと並んだモニターの前にはヘッドセットを着けた情報士官達が忙しなくやり取りを行っており、オペレーションルームの正面に据え付けられた、1辺5mはあろうかと言う2面のプラズマスクリーンには太平洋岸に展開している海上部隊、潜水艦、航空機の位置関係が光点によってリアルタイムで表示されている。そして、その中心にある一際目立つ「G」のアイコン――

「……」

 思わずその輝きを見詰めてしまった小林に、阿部が声をかけた。

「総理、会議室はこちらです。」

「――そうか。」

 促され、我に帰った小林はオペレーションルームを見下ろす位置にある会議室に入った。小林や古館の姿を認めると、着席していた幕僚達が一斉に起立し、敬礼を行う。

「時間がありません。早速説明を伺いましょうか……」

 そう言って場を制すると、小林は用意されていた上座に座った。全員が着席するのを待って、鹿取安全保障室長が切り出した。

「では最初に本日11時20分、室戸岬沖約200kmの太平洋上において海上自衛隊の哨戒ヘリコプターSH−1が発見した“ゴジラ”と思われる移動物体について山之内統幕議長から説明していただきます。」

「はっ。それではこちらの映像をご覧ください。」

 山之内が促すと、会議室の天井から下ろされているスクリーンに三色灯プロジェクターから映像が映し出された。

おおお……

 出席者の中から小さなどよめきが起こる。映像は、切り立った岩壁のようなものが列を成し、海上を進んでいるものだった。5月12日に潜水艦『みちしお』撃沈という前代未聞の事件によって50年ぶりに人類の前に現れたゴジラ。それ以来、海上・航空両自衛隊の懸命の捜索でも行方の掴めなかった姿が18日振りに、ようやく捉えられたのだ。

 その時、出席者達の表情には複雑なものが見えた。『みちしお』を撃沈して以来姿を晦ましていたゴジラを捕捉することが出来た事で、一応の不安要素が取り除かれた安堵感と、このままゴジラが日本近海から太平洋のどこかへ消えて欲しかったという淡い希望が打ち砕かれた失望感の入り混じった雰囲気に会議室は包まれた。そんな空気を、山之内が続けた言葉が遮る。

「――画面右が今回撮影された映像、画面左が5月12日に撮影されたゴジラの映像の背鰭部分を拡大したものです。……形状から、この二つが同一のものであることは明らかであり、我々はこの物体をゴジラであると断定できると考えます。」

 スクリーンの映像が分割され、二つの映像が並べられて表示される。その特徴的な形状は、誰の目にもそれがゴジラのものであることは明らかだった。

「この事を前提に、渡瀬幕僚長の話をお聞きください。渡瀬幕僚長……」

「はっ、私からは現在太平洋側に展開している海上自衛隊のオペレーションについて説明させていただきます。」

 山之内の後を渡瀬が引き取ると、画面がゴジラの映像からデジタル処理された太平洋沿岸の周辺図に切り替わった。画面には海上自衛隊の艦船を表す鱗形の光点、航空機やヘリコプターを表す円形の光点が無数に散らばっている。オペレーションルームのものと同じ、JTIDOSとリンクして、位置情報をリアルタイムで表示できるものだ。

「現在、ゴジラが発見された海域に一番近い位置には第4護衛艦群の護衛艦5隻が紀伊水道沖に展開中。さらに遠州灘に第1護衛艦群6隻、日向灘から薩南諸島にかけては第2護衛艦群ならびに第3護衛艦群第64護衛隊8隻が展開中であります。沿岸部には各地方隊が海上保安庁と共同で警戒に当たっています。」

 渡瀬はスクリーンをポインターで指しながら続ける。

「上空には対潜哨戒機P−3C、ヘリコプター『シーホーク』による監視体制を敷いており、現在海上自衛隊はゴジラを完全に捕捉しています。」

「いつでも攻撃できるというわけか……」

「はい。」

 呟く小林に、渡瀬は自信に満ちた口調で答えた。

「まず使用される兵器は対艦ミサイルの『ハープーン』です。ハープーンは護衛艦もしくは対潜哨戒機からの発射が可能であり、射程は約100km。ゴジラに接近することなく攻撃を行うことが出来、最も有効なオプションであると考えます。目標が水中に逃れた場合は、現場海域に展開中の潜水艦による魚雷攻撃、もしくは護衛艦によるASROC攻撃を行います。ASROCとは、魚雷付きミサイルと考えていただいて結構です。これによりゴジラを当該海域にて撃退、もしくは釘付けし、他海域で警戒中の各護衛艦隊と合流した上で火力を集中、ゴジラを無力化する作戦です。」

「文字通り、海上自衛隊の総力を結集した圧倒的物量攻撃というわけです!」

 古館防衛庁長官が小林の方向に身を乗り出して言うが、小林はまだ考え込んだままだ。

「……」

 暫くの間、沈黙を続けていたが、ふと顔を上げて言った。

「周辺国……中国や韓国の反応は?アメリカの動きは……」

「はっ。今回の出動に際して、周辺諸国には対ゴジラ作戦に関する詳しい資料を提供し、自衛隊の出動規模と活動範囲を事前に通告しております。自衛隊の大規模展開を必ずしも歓迎している様子はありませんが、『事態の早期解決を望む』ということで両国の見解は一致しており、自衛隊が攻撃に移る事で緊張状態が高まる可能性は低いと思われます。そしてアメリカですが……『カールビンソン』沈没以来、横須賀から『キティホーク』がパールハーバーに移って以来、大きな動きは見せておりません。」

 鹿取内閣情報調査室長が澱み無く答えた。もはや、小林の取るべき行動はひとつだけだった。

「総理……ご決断を……!」

 古館のその言葉と同時に、その場にいる全ての者の視線が小林に集まった。小林は幾度となく頷く仕草を見せると、口を開いた。

「防衛庁長官!」

「はっ!!!」

 まるで射抜くような小林の視線に、古館は思わず居住まいを正す。

「内閣総理大臣として、防衛出動に基づくゴジラ攻撃を決定する。自衛隊に命令を伝えよ。」

 小林の言葉が会議室に響き渡ると、まるでその意味の重さを噛み締めるかのように短い沈黙が訪れる。

「――分かりました!」

 古館が自衛隊時代さながらの張りのある声を上げると、続けざまに控える幕僚達に向き直った。

「統幕議長、全艦隊に攻撃命令を!」

「了解しました!」

 山之内統幕議長以下、幕僚達は一糸乱れぬ敬礼を返すと、足早に会議室を後にした。それに、古館と防衛官僚達が続く。部屋の中には、小林とその側近達が残された。

「日本を守る命令を下すのに、これほど苦悩しなければならないとは……皮肉な話だな……」

自嘲気味な笑みを浮かべながら、小林は椅子の背凭れに体を預けた。

 

 

12時42分、紀伊水道沖――護衛艦『ひえい』

 『ひえい』CICで、第4護衛艦群司令、川端海将補は1通の電文を手にしていた。横須賀のSF――自衛艦隊司令部からの命令電文だ。先程、小林総理の口から下された攻撃決定は、防衛庁長官命令として各自衛隊の司令部に秘匿回線によって電文で通達され、海上自衛隊では護衛艦隊の全指揮権を持つ自衛艦隊司令部と、各地方隊を統括する地方総監部へ。そして群司令、隊司令を経て各艦の艦長に伝えられるのだ。

「日高艦長、SFからの命令だ。総理が決定を下した。防衛出動に基づき、ゴジラを攻撃する。」

「……了解!」

 初の防衛出動、そして攻撃命令を受けたにも関わらず粛々と命令を下す川端に、『ひえい』艦長日高一佐も毅然と応えると、マイクを取った。

「『ひえい』より第4護衛艦群全艦へ!SFより命令が下った!全艦、現在の布陣を維持しつつゴジラを攻撃せよ!!!」

 通信士が日高の下した指示を一斉に各艦に伝えていくのを聞きながら、彼は所在無げに艦隊の位置を示したディスプレイを見詰めながら立ち尽くした。『ひえい』は群司令の座上する第4護衛艦群の旗艦であるが、実際の戦闘オペレーションを司るのはイージスシステムを搭載した『ちょうかい』である。さらに、『ひえい』はヘリコプター搭載艦として装備が対潜作戦用に特化しているため、対艦ミサイルの装備を持たない。現在の艦隊とゴジラの位置関係で攻撃に当たるのはハープーンなど対艦ミサイルを装備したミサイル護衛艦や汎用護衛艦である。

 日高は、まだ自分達の出番ではない事が口惜しかった。

 

 第4護衛艦群の護衛艦は、旗艦『ひえい』を中心に横に広がるように距離を取ると、艦舷の露天甲板上に据え付けられたSSM(艦対艦ミサイル)発射機をゴジラの進路上に向ける射撃体勢を取った。護衛艦に装備されているSSM発射機は通常、4連装発射機が左右の艦舷に1基づつ計8発のハープーンミサイルを搭載している。

 

12時45分――護衛艦『ちょうかい』CIC

「対水上戦闘用意、ハープーン戦!」

 イージス護衛艦『ちょうかい』でも、攻撃準備が滞りなく進められていた。CICに火器管制の責任者である砲雷長の指示が飛ぶ。

「ミサイルに諸元入力、目標G!!!」

「了解。ハープーン、イルミネーターリンク確認。システムオールグリーン!」

 砲雷科のオペレーターの報告を聞き、砲雷長は艦長へ向き直った。

「艦長、発射準備完了しました!」

「よし、撃ち方始め!!!」

 腹を決めていた艦長は、間髪をいれずに命令を下した。

「ハープーン、発射します!」

 復唱したオペレーターの指が、パネル上のボタンを押し込んだ――

 

 『ちょうかい』の露天甲板上、SSM発射機の後端から爆音と共に溢れんばかりの白煙が噴き出すと、その一瞬後には全長4.57m、重量667kgのハープーンミサイル本体が飛び出してきた。ミサイルはジェットファンエンジンの噴射炎から白煙の尾を引きながら上昇を開始した。それを合図として、それぞれ約3kmの距離を取りながら展開していた各艦からも同様の白煙が空に向かって伸びていった。その数、10基。それぞれは発射された艦の射撃指揮装置からの誘導と、イージスシステムを介したデータリンク機能によって、お互いの飛行進路を妨害することなく一直線にゴジラへと向かっていく。しばらく上昇飛行を続けていたミサイル群だったが、やがてプログラム通りに高度を低くし、海面から約数mという低空飛行に移った。敵のレーダーから出来る限り発見されない為の機能だが、対ゴジラ攻撃には無用の長物だ。

 

「『いなづま』『さみだれ』『まつゆき』『せとゆき』からハープーンミサイルの発射を確認。現在、Gへ向け飛行中!』

 オペレーターの報告がCIC内部に響く。LSDには艦隊の鱗形からGのアイコンへと向かっていく計10個のハープーンミサイルの光点が映し出されている。時速800kmの巡航速度を持つハープーンはみるみるGとの距離を詰めていく。

「ミサイル、アクティブホーミングを開始。レーダーシーカー作動、ホップアップ軌道に入ります!」

 それは、ハープーンによる攻撃が最終段階に入った事を表していた。

 

 ハープーンは発射直後、発射艦からの誘導によるセミアクティブホーミングを行う。そして、あらかじめ入力された座標に近づくと自らレーダー波を発して捉えられた反射波へ向かって突入する。その時、ミサイルは低空飛行からポップアップと呼ばれる上昇運動に入り、目標の上空から襲い掛かるのだ。他に艦船のいない、さらにチャフやECMといったソフトキル(電子的防御)の恐れもない状況では、ハープーンのアクティブ・レーダーシーカーは海上を進むゴジラの背鰭の列の影をはっきりと捉えていた。上昇運動から下降に転じたハープーンが稲妻の如くゴジラに向かって落ちていく――

 最初に着弾したのは、最も早く発射を行った『ちょうかい』のミサイルだった。ゴジラの背鰭に直撃した瞬間、接触式信管を作動させたハープーンは、弾頭に装填された224kgのHMX高性能爆薬を発火させていた。毎秒9200mの速度で燃焼するHMXは一瞬でミサイルの形を消滅させ、摂氏4000度以上の火球と化した。火球は炸薬の燃焼と同じ速度の衝撃波を発生させ、ゴジラの体を包んだ爆炎を中心に波を押し退ける波紋を海上に走らせた。

最初のミサイルが発生させたオレンジ色の炎が黒煙となって立ち昇り始めた時、続いて9基のハープーンが上昇軌道から下降軌道に移っていた。だが、1基のミサイルが最初のミサイルの発生させた爆煙を目標と誤認識し、煙の中で炸裂する。黒煙を吹き飛ばしたその威力の影響を受けて、直近のミサイルが軌道を逸らして、ゴジラ付近の海面に落下して爆発した。だが対艦ミサイルは、艦の喫水下を破壊し浸水を促して沈没させる事が目的の魚雷と異なり、艦そのものに直撃させて構造物ごと破壊するための兵器である。空中で爆発したものは衝撃波を海面へと叩き付け、水中で爆発したものの巨大な水柱を立ち昇らせてゴジラの体を揺るがしていた。そして、二つの爆発で再び開けた視界に、残り7基のミサイルが殺到していく――

 

 その時、『ちょうかい』CIC内のスクリーン上ではGのアイコンに接触した10基のハープーンミサイルの光点が全て消失した。

「ハープーン命中弾8、至近弾2!!!」

「現在、目標付近のレーダー精度が低下。効果は確認できません!」

 スクリーンに映し出された情報をレーダー担当のオペレーターが報告する。

「原因は何だ!?」

「ミサイルの爆発により、電波状況が乱れています。レーダー反射、赤外線ともにモニター不可能!」

「上空待機中のシーホークを現場に向かわせろ!群司令に現在の状況を報告!」

「了解!『ちょうかい』より、シーホーク1へ!直ちに目標上空へ向かい、効果を確認、報告せよ!」

『シーホーク1、了解。』

 

 上空に退避していた対潜哨戒ヘリSH−60Jシーホークにも、10発のハープーンミサイルが一斉爆発した衝撃はキャノピーガラスを震わせる振動となって感じられた。シーホークは機首を下げると、メインローターの回転速度を下げ、揚力をコントロールしながら高度を下げる。すると直ぐに立ち昇る黒煙が確認できた。

「目標はあれだ!」

 機長は海面の一点を指差した。まるで岩でできた細長い浮島のようなものから、薄っすらと白い煙が上がっている。

 

12時47分――護衛艦『ひえい』

「八発のハープーンが直撃したんだ。勝負はついている。」

 川端群司令はシーホークから中継されたその映像を見て、腕を組んだ。

「しかし、完全に無力化が確認されたわけではありません。『いなずま』と『さみだれ』を『ちょうかい』の指揮下に置き、接近して確認することを上申します。」

 日高艦長はモニターに移るゴジラの姿から目を離さず言う。

「……承認する。」

 川端は腕を組んだまま頷いた。

 

12時49分――護衛艦『ちょうかい』

「前進微速、面舵40!」

「了解!前進微速、面舵40!」

 旗艦『ひえい』からの指示を受け、『ちょうかい』のブリッジでは航海長の命令を復唱した操舵手が舵を回した。

「右舷後方3000に『さみだれ』、6000に『いなずま』を目視で確認!」

 ブリッジの左右に張り出したウィングでは、哨戒員が後続する2隻の護衛艦を大型双眼鏡の視界の中に捉えていた。

「進路、速度そのまま。シーホークからの報告に注意せよ!」

「了解!」

ゴジラを倒したかもしれない。ハープーンの一斉攻撃を行い、どこか緩み始めた隊員達の緊張感が、艦長のこの一言でまた引き締まった――

 

12時50分――紀伊水道沖、シーホーク

「ゴジラ……動きませんね……。」

 副機長が呟く。

「もう死んでいるのかも知れん。だが……まだ気を抜くな。」

 そう言いながら、機長は魚雷の安全装置が解除されていることを確認した。操縦桿の発射ボタンを押せば、機の両脇に抱えている2本のMk46短魚雷をいつでも投下できる状態になっている。その時――

ガクン!!!

突如機体が揚力を一瞬失い、バランスを崩した。

「どうしました!?」

 副機長が叫ぶと、一斉に計器類が警告を発し始めた。

「電気系統……に異常発生!メインローターの回転数が安定しない……!!」

 そう言いながら、機長は必死にサイクリックレバーとフットペダルを操って機体を安定させようと試みるが、機体は同様を繰り返しながら次第に高度を下げて行く。みるみる数字を小さくしていく高度計から、副機長が海面に視線を移すと、そこには先程よりも明らかに大きく目に映るゴジラの背鰭がある。次の瞬間、目の当たりにした光景に彼は息を呑んだ。

「――機長!見てください!!!ゴジラが……」

「何ぃ……!?」

 正直、余所見をしていられるような場合ではない。僅かでも気を抜けば機体が自由落下を始めてしまうような状況だったが、副機長の必死の叫びに僅かにキャノピーの下に視線を移す。すると、機長の表情も形相のまま凍り付いた。

ゴジラの周囲には漣が立ち、背鰭が不気味な青白い発光をしている。

「まさか、あいつがこの――」

 機長が不吉な予感を感じたその時、海中から巨大な何かが起き上がり、その高さは海面から十数mにまで達した。莫大な海水を滴らせているのは、ゴジラの上半身だった。ゴジラは背鰭を発光させたまま、周囲を探るように見回すと、何かに気付いたように首を上に向けた。そこには、ターボシャフトエンジンの爆音を轟かせながら懸命にホバリングしているシーホークの姿がある。

「出力全開!急速離脱!!!」

 機長にも、自分達がゴジラの凍りつくような視線に捕らえられたことを肌で感じた。バランスを無視してエンジンにフルパワーを与えると、シーホークはややスピードを上げるが、如何せん機体が不安定な状態ではその本来の性能を発揮できない。

「シーホーク1より緊急!ゴジラは生存!繰り返す、ゴジラは生存――」

 副長はヘッドセットに付けられたリップマイクに向かって叫んだ。だが、ヘッドフォンは雑音を流すばかりで味方の護衛艦からの応答は無い。次の瞬間、彼等は周囲が青白い閃光に包まれるのを感じたのを最後に、全ての感覚を喪失した――

 

12時53分――護衛艦『ちょうかい』CIC

 それは突然の出来事だった。確認のために高度を下げたシーホークからの映像が突如乱れると、音声は機関のトラブルを告げるものとなった。やがて通信まで完全に途絶すると、オペレーターの冷徹な一言がCICに響いた。

「――シーホーク01をロスト。IFFの反応も消えました。」

「爆発の余波の影響ではないのか!?」

 副長はオペレーターの席に寄ると、イージスシステムの中枢であるLSDを見上げる。

「イヤ……、シーホークは当時十分な高度にいました。水上レーダーではなく対空レーダーで確認していたので間違いありません。」

 オペレーターは務めて冷静に答えた。

「シーホークとの通信途絶直前より、目標付近に強力な電磁波の展開を確認。おそらくこれがシーホークの電気系にトラブルを引き起こしたのでしょう。」

「目標付近に強力な電磁波、接近したヘリのロスト……。考えられることは一つだ。」

 艦長が沈痛な表情で言ったその時、艦同士を結ぶ直通回線が着信を表示させた。

「『ちょうかい』、大谷です。」

『「ひえい」、川端だ。何が起こった!?』

 大谷が受けると受話器の向こうからは、デジタル処理によって秘匿化された川端群司令の緊張した声が聞こえてきた。

「分かりません。我々に入ってきている情報は、目標付近で強力な電磁波が観測されたこと、現場に向かったシーホークの反応が完全に消失したということだけです。」

『どういうことなんだ……』

 そういう川端も薄々事実を感じながらも、それを認めたくないといった様子が聞いて取れる。大谷は一呼吸置くと、意を決したように口を開いた。

「川端司令、今私から確信を持って言えることは、直ちに第2次攻撃を準備した方が良いという事です!!!」


第四章―20

第四章―22

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