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5月7日――東京

 ゴールデンウィークが明け、季節が春から夏に移り変わる中で気温が夏日を記録したこの日、片山は東京駅にいた。駅のトイレで普段は身に付けないネクタイを結び、ダークグレーのスーツで歩くその姿はどこから見ても日本一のビジネス街である大手町を歩く人々と相違ないビジネスマンのそれである。丸の内口の赤レンガ駅舎から皇居に向かって、新丸ビルを左手に見ながらオフィスビルの立ち並ぶ大手町を5分足らず歩いたところに、彼の目指す東都海上本社ビルはあった。

 東都海上は国内最大手の損害保険会社である。正面玄関の自動ドアをくぐり、27階建ての社屋に足を踏み入れる。大理石のタイルを敷き詰めた広々としたロビーを横切ると、カウンターに佇む二人の受付嬢ににこやかに迎えられた。

「いらっしゃいませ、どういったご用件でしょうか?」

 丁寧なお辞儀と滞り無い挨拶に、こういった事に慣れない片山は一瞬緊張した。

「あの、海運保険部の北野さんと約束があるのですが……」

「北野ですね、少々お待ちくださいませ。」

 受付嬢は慣れた様子で片山に返礼すると、すばやく内線電話をかける。片山はその間、手持ちぶさただったのでそれとなく二人の受付嬢に視線を巡らせてみた。自分の応対をしている一人は髪が長く細面の女性、隣で別の来訪者を受け付けている一人は髪の長さは肩まででふっくらとした丸顔である。二人とも年の頃は24、5であろう。濃紺を基調とした制服が良く似合っており、どこに出しても美人で通用する。応対の手際の良さといい、超一流企業の受付嬢ともなれば技能の優秀さの他に器量の良さも求められるのか、と片山は内心感心してしまった。

「たいへんお待たせ致しました。北野はまもなく参りますので、そちらにかけてお待ちください。」

 受付嬢はそう言うと、片山にロビーの窓際に置かれたソファーを勧めた。

「ありがとございます。」

 片山が軽く会釈すると、彼女も軟らかな物腰でお辞儀を返した。中庭の噴水を臨むロビーのソファーは体が沈むほど柔らかく、大学や自宅のOAチェアーに座り慣れている彼には逆に居心地が悪く感じられる程だった。10分近く待った時、

「片山!」

片山が噴水の動きを目で追っていると後ろの方から声をかけられた。振り向くと、ワイシャツ姿の男がカウンターの近くから手を振っていた。片山はソファーから腰を上げると男に向かって手を振り返した。

「北野、久し振りだな。」 

 片山は旧友との再会に思わず顔が綻んだ。彼の名前は北野誠二。片山と東都大学理工学部で同期であり、この東都海上海運保険部で課長代理を勤めている。彼の歳で課長代理ならば、充分一選抜のエリートコースに乗っていると言える。照明にキラリと冷たく光るメタルフレームの眼鏡と対照的に温和な瞳は片山の目から見ても学生時代と変わっていなかった

「いきなり片山の方から会いたい、と言われた時は驚いたよ。でもお前のことだ。わざわざ俺を指名したと言うことは魂胆があるんだろう?」

 北野は片山を肘で突つきながら言う。

「まぁな……」

 片山は自分の心の内を見透かされたようで、照れ隠しに頭を掻いた。

「――折角なんだがまだ仕事が残っていてな、あまり時間が取れないんだ。上のオフィスで話を聞くがいいか?」

「ああ、時間は取らせないよ。」

 片山は頷いた。

 

 14階のフロアに二人を乗せたエレベーターが到着すると、黒抜きで様々な部署の名前が書かれているシルバーのボードに『海運保険部』の文字が確認できた。北野の所属する海運保険部は海上を行き来する船舶の積み荷や船体そのものにかける保険を扱う部署であり、商社や自動車メーカーなど貿易関連企業の多くが顧客となっている。パソコンが置かれたデスクの並んだ広々としたオフィス、その広さの割にこの場で仕事をしている社員が少ないのはおそらく多くが得意先などに営業へ出ているからだろう。

「僕のお客さんだ。第2会議室を使わせてもらうから、後でお茶を頼む。片山!こっちだ。」

 北野は若い女性社員に一言二言告げた後、片山を手招きした。片山が招かれたのは5、6人が集まれる出小さな会議室である。

「失礼します。」

 二人が向かい合って座るのを見計らったタイミングで、先程北野と話していた女性社員が緑茶を運んできた。背中まで髪を伸ばし眼鏡をかけた女性で、新入社員なのだろうか、受付にいた二人よりも若く見える。

「ありがとう。」

「ありがとうございます。」

「失礼したしました。」

 北野と片山がお礼を言うと、女子社員はぺこりと頭を下げ、お盆を抱えて退室していった。

「受付のコもそうだったけど今の女の子と言い、この会社は美人が多いねぇ……」

 片山はその後ろ姿を視線で追いながら、感心した口調で言った。

「確かにそういう気はするな。でも俺は人事にいた事があるわけじゃないから詳しくは分からないが、美人だからってだけで採用しているわけじゃないぞ。今時、一般職の女の子はコピーや電話番以外にも部内のスケジュールを調整したり資料を集めたり、俺達男性社員の秘書のような役割をしなきゃいけない。利口さも必要なんだ。……でも、受付嬢はそんな中でも美人のコが選ばれているかもしれないな。」

 そう言って笑いながら北野は湯飲みに手を伸ばす。

「なるほど……」

 片山もそれに続いた。

「――茶飲み話はこれくらいにして本題に入ろうか。俺を尋ねてきた理由は何だ?」

 しばし茶を啜った後、北野は茶托に湯飲みを戻すと片山を見つめた。

「……日本最大の損害保険会社である東都海上に勤めるお前だから頼めることだ。過去に太平洋上で起こった海難事故の詳しい資料が欲しい……!」

 片山がそう言うと北野の表情が変わった。片山はそれに気付き、慌てて言葉を付け足す。

「ああ、説明が足りなかったな。顧客情報や契約内容を教えてくれと言っているわけではない。いつ、どこで、どのような事故が起き、原因は何だったのか、それが知りたいんだ。」

 それを聞いて北野の表情はいくらか緩んだ。しかし片山の言葉に対する疑問の余地は消えないままだ。

「へぇ……一体どうしたんだ?科学者のお前がそんなことに興味を持つなんて、想像出来ないぞ?」

「いや、事故そのものに直接興味があるわけじゃない。あくまで事故の起きた時期と場所、原因が明らかになっているかどうか、その資料が欲しいんだ。」

「そうは言ってもなぁ……。事故の資料は立派な社内文書だ。僅かでも契約内容や顧客情報が漏れるような危険があれば、いくら大学の同級生であるお前と言っても、それ公開することは東都海上<この会社>の信用に関わる問題だ。俺の一存で決められる問題じゃない。」

「そうか……」

 片山は落胆のため息をついた。

「しかし、片山も妙なことを言い出すな……。ウチの大学を卒業した後、アメリカの大学に留学して医学と生物学の博士課程を修了。若手の学者の中ではホープと言われているお前なら、バイオ関連企業が喉から手が出るほど欲しがる人材だ。お前が声をかければ就職先なんて選り取りみどりだろうに、いつまで一匹狼やっているつもりだ?」

 北野は呆れるように呟くと、片山は窓の外に広がる皇居を見下ろした。アスファルトとコンクリートの無機質な世界から、堀と石垣で隔離されたように浮かび上がる緑が目に映る。

「……俺はこの国のやり方と言うものに我慢が出来なくなったんだ。大学は派閥の社会だった。お偉方の教授に気に入られなくては、自分のやりたい研究は出来ない。大学で出世し、研究を続けていくのに必要なコネと金は全てが有力な教授の派閥に握られているんだ。俺のような人間には耐えられない世界だったよ。そうかと言って民間企業はどうだ?会社は俺のやりたい研究に金を出すわけじゃない、俺が企業の為に研究をして金を貰うんだ。そう考えると会社で働く気も起きなかった。俺にとって一番充実していたのはアメリカの大学で勉強していた時なのかもしれないな……。」

 そう言って片山は冷め始めた緑茶を啜った。

「片山の気持ちも分からないでもない。俺は大学で数学を勉強して、将来は金融工学をやりたかったのでこの会社に入れたことはラッキーだと思っている。会社の金でデリバティブやアクチュアリーの勉強をさせてもらえるからな。」

 北野の言うデリバティブとは金融派生商品と訳される金融サービスであり、高等な数式を駆使して少ない元本から大きな利益を上げられるように取引を行うことだ。目指す利率から取引を行うマーケットを選定し、ポートフォリオ(資産分配)を組み立てるには彼のように大学や大学院で専門的な研究を重ねていることが求められる。そしてアクチュアリーは保険数理人と呼ばれ、統計に基づいた事故の発生率や死亡率などから契約に必要な保険料率を算定し、保険商品の開発に携わる専門職だ。これもまたデリバティブのディーラー同様、高度な数学的知識が求められる。

「話は変わるが北野、お前はこういう仕事をしているんだ。先日起きたハワイ沖での米軍艦隊の沈没には何かしら興味があるだろう?」

 片山は今までの話題はお終いとばかり切り出した。

「いきなりだな……」

 北野は驚きながらも損保マンらしくビジネスライクに答えた。

「確かにあの事件以来、クライアント(依頼主)からの問い合わせは多くなっている。自分達の持っている船が通る航路になにかしら影響があれば、リスクの回避が求められるこの世界、保険料率の負担も当然高くなってしまうからな。」

「あれは事件なのか、事故なのか、どう思う?」

「ウチの調査部の連中はみんな事故だと言っているよ。アンダーソン大統領はこの前の声明で第3国の存在を仄めかしていたが、どう考えてもそんな国が空母を中心とする艦隊を全滅させられるとは到底思えない。アメリカに恨みを持っている国としてまず浮かぶのがイラクや北朝鮮だが、今の彼らにそんな国力があるか?リビアやイランと言う線なら考えられなくも無いが、空母を沈めることと潜水艦を保有していることは別次元の話だ。」

 北野の話に片山は黙って頷いた。北朝鮮の潜水艦としてよく知られているのは、湾岸警備用や偵察上陸用の小型艇で、長時間の潜行は不可能である。また、外洋に出るには日本海からオホーツク海に抜けるコースは太平洋に向かうには遠回り過ぎ、どうしても対馬海峡を横切って東シナ海に出るほか無い。そうすると、冷戦時代にソ連の艦隊を日本海に閉じ込めるためにアメリカが海底に敷設したSOSUS<Sound Surveillance System=音響監視システム>に捕らえられ、沖縄や岩国の基地からスクランブル発進した対潜哨戒機に追い返されるのが関の山だろう。湾岸戦争に敗北してアメリカに対して強烈な敵愾心を持っているイラクにしても、そもそも湾岸戦争を起こした理由のひとつが、石油輸出を進める為に国土にパイプラインと港となる海岸線を所有することだった。故に、実質的な内陸国家であるイラクは陸軍、空軍の規模に比べて海軍の力は無きに等しい。リビアやイランはロシアから、ディーゼル潜水艦『キロ級』を購入し保有しているが、僅か数隻で空母を要するアメリカ海軍機動部隊を全滅させるのは奇跡に等しい行為だ。

「――アメリカがああいう態度をとろうとする時は、ほとんどが重大な秘密を隠そうとしているときだからな……。だが、片山はどう思っているんだ?わざわざ俺に話を持ちかけてきたからには、何かしら考えがあるんだろう?」

 今度は北野が切り返す番だった。

「……俺は今回の事態を、事件だと思っている。しかし、世間で言われているような第3国による陰謀説を取っている訳でもない。俺が思うに、『カールビンソン』を沈めたものの正体は――」

片山はしばし沈黙して答えた。

「――ゴジラだと思っている!!!」

「ゴジラだって!?」

 それを聞いた北野は驚きとも嘲りともつかない表情を浮かべる。

「ゴジラが空母を沈めた?とても現実主義者の片山の言葉とは思えないな。お前は大学時代、自分の目で見た現象を最も信じて研究していたじゃないか。机上の空論に満足するよりも、少しでも自分の理論を実践して証明する、俺の知っている片山敏樹はそうやって実績を積み重ねてきた男だ。アメリカに留学しているうちにロマンチストに鞍替えしたか?」

「北野、俺は変わっていないよ……」

 片山は北野の笑いを遮るように言う。

「確かに……研究者として興味深い対象であるゴジラに生きていて欲しいと言う願望を持っていることは否定しない。しかし、俺はアメリカにいた時、MITのネイソン教授の研究所で実際にゴジラの細胞を見ているんだ。それも継代培養されたサンプルなんかじゃない、1954年、ゴジラが初めて日本に現れた時に採取されたものを冷凍保存した、正真正銘のオリジナルだ!俺はゴジラに関して真実を一つ多く知っていると思うが……」

「しかしな、片山?俺は数学が専門で、生物学はお前に習った程度だが、研究所と自然環境では細胞の生存条件が違うことくらい分かっている。当時の政府の発表も、ゴジラがビキニ環礁の核実験で浴びた放射能は、普通の生き物ならば即死している量だったと言っている。1954年の東京に現れたゴジラは言わば、核爆発の熱線で全身を焼かれた生きた屍だ。今頃海の底で力尽きていて可笑しくない、いや、間違いなくそうなっている。」

 北野の表情は確信に満ちていた。しかし、それを聞いた片山の目が一瞬鋭い光を宿す。

「間違いない……だって?北野、お前こそ自分の目で見たのか?海底で朽ちているゴジラの姿を!確かに、お前の言ったことは一般の常識として正しいと思う。しかし、生物工学も古生物学も今と比べてれば全く未熟だった当時の研究発表こそ、俺は机上の空論に過ぎないと思うのだがな!」

「それは……」

 北野にそれ以上の返す言葉は無く、片山が話を続けた。

「俺がMITで見たゴジラの細胞は、信じられないかもしれないが、冷凍保存され、生命活動のが弱まっていた筈なのにある物質を与えられると驚異的な活性を見せた。それは何なのか?北野、お前想像出来るか?」

「いや……分からない……」

 もはや話のペースは片山のものだった。

「放射性物質だ!!!放射性物質を与えられたゴジラの細胞は、凄まじい速さで分裂し増殖していた。まさにその姿は――不死身だ!!!」

「不死身……」

「そう!もし、ゴジラの体の一部ではなく全身にこの現象が起こっていたとしたら、放射性物質を自身の“栄養”として代謝する性質を身に着けていたとしたら……」

 そこで、片山は何かを思い出すように間を開けると再び口を開き始める。

「――標準的な核分裂物質であるウラン235が1kgを完全に燃焼させた時に生じる熱量は約200億ジュール、標準的な人間が一日に必要な摂取カロリーを2000kcalとすると、これは人間の2000万倍にあたるエネルギー量だ。あの巨体を動かし、炎のような呼気を吐くこともこれで説明がつく……!!」

 今度は片山が確信を述べる番だった。

「――俺はゴジラが生きていると思っている。そして、『カールビンソン』を襲って沈めたのも、自らのエネルギー源となる放射性物質を求めてのことだろう……」

 片山は断言して北野を見つめた。すると、北野の表情は先程までと違い、強張っている。

「どうした?」

「いや……片山の話を聞いていて、少し気になることがあってな……」

 片山が聞くと、北野は「お前だけに話すことだ、秘密は守ってもらうぞ」と前置きして口を開いた。

「ウチの会社<東都海上>の大口顧客に三友商事があるんだが、三友の名前はいくらアメリカ帰りのお前でも知っているよな?」

 片山は黙って頷いた。三友と言えば、戦前の財閥に端を発する巨大企業グループである。三友銀行、三友重工、三友不動産など東証一部上場企業だけでもその名前を挙げればきりが無い。三友商事はその中でも中核企業のひとつとなっている一流商社であり、かく言う北野の勤める東都海上も、三友の名前こそ無いがグループ内の損害保険を一手に引き受けている三友の一角だ。

「その三友商事が、石油会社から依頼を受けてチャーターしたサウジアラビア船籍のタンカー『サザンクロス』に、ウチが主幹事になって船体と積荷に対する損害保険をかけていた関係で分かったんだが、この『サザンクロス』が上げてきた報告書に妙な記述があったんだ。」

「妙な?」

「ああ。そうとしか言えない。当時、『サザンクロス』の航行していた海域には濃霧が発生していて視界がほとんど効かない状態だったらしい。そこに何か巨大な物体が突然現れ、船に50mの距離まで近づいてきたそうだ。悪天候、レーダーの故障などの偶然が重なって海上で船同士がニアミスしたというのなら、まだ信じられる話だが、この話には続きがある。接近を止めた物体は『サザンクロス』の周囲を、何やら探すようにしばらく動き回っていたらしい。そして、船長をはじめ、乗組員の多くが目撃している。濃い霧の向こうに浮かび上がった巨大な影と、獣のような唸り声を……!!!」

「――」

 北野の話に片山は言葉を失った。同時に、話に出てきた物体の正体についてもひとつの結論に達する。

「(間違いない……ヤツだ――!!!)」

 だが、同時にひとつの疑問が浮かび上がった。

「北野!その、タンカーが物体と遭遇した場所は太平洋のどの辺りなんだ!?」

 そう聞くと、北野は答えた。

「小笠原沖だ。」

「小笠原……」

 片山の頭の中に太平洋の地図が浮かび上がると、すぐさま、『カールビンソン』が沈められたハワイ沖との位置関係をはじき出す。その結果は誰が考えても同じであろう結論を導き出した。

「(日本に近づいている――)」

 片山の背筋に冷たいものが走る、その時――

「オイ、片山!人の話を聞いているのか!?」

 自分の思考の世界に入りかけた彼の意識を北野の声が現実へ呼び戻した。

「お前の話を信じるなら……『サザンクロス』が遭遇したと言う巨大な物体はやはり、ゴジラ……なのか?」

「――断定は出来ない。しかし、ゴジラの生存を肯定している人間がお前の今の話を聞いたなら、おそらく俺と同じ考えをするだろうな……」

「そうか……」

 それだけ言うと、二人の間に妙な沈黙が流れる。だが、その沈黙はすぐさま破られた。

コンコン

 外から、二人のいる会議室のドアをノックする音がすると扉が半分ほど開き、先程お茶を出してくれた女子社員が顔を覗かせた。

「あの……お話中のところ失礼します。北野代理、営業一課の溝口課長がお見えですが……」

「もうそんな時間か?」

 北野が腕時計に目をやると、時刻は午後6時を過ぎていた。二人は一時間弱話し込んでいたことになる。窓の外の陽も西に傾きかけていた。

「済まない片山、これから打ち合わせが入っているんだ。」

「ああ、こちらこそ忙しいところを悪かったな。この埋め合わせはいずれさせてもらうよ。」

 これを合図として二人は席を立つ。

「前もって知らせてくれれば、予定を空けておくよ。一杯飲みながら、今日見たいな話じゃなく、アメリカのもっと面白い土産話でも聞かせてもらおう。」

「分かった――」

 二人は軽く手を振り合ってその場は別れた。北野に言付けられた女子社員にエレベーターホールまで送られ、東都海上本社ビルを後にした片山の心中を去来するもの、それは5年間求め続けてきたゴジラとの邂逅が現実のものとなりつつある高揚感と、それによって訪れるであろう未だかつて無い厄災を想像した時の恐怖だった――


第二章―11

第二章―13

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