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現場から約4kmの後方に位置した『カールビンソン』にもその光景は見て取れていた。
「――『プリンストン』に退艦命令が出ました!!!」
副長がそう言ってから一分経たぬうちに水平線に閃光と共に火の手が上がり、濛々とした黒煙が立ち昇り始める。アレックスは双眼鏡の中に広がるその光景を凝視していた。赤々とした炎の中から立ち昇る黒煙が漆黒の闇の中へと広がっていく。
「爆発は……機関室からだ。長く持つまい……」
アレックスは、長きに渡り現場で活躍し続けてきた軍人の勘とも言える呟きを洩らした。そして、その言葉の正しさを証明するかのように2度目、3度目の爆発が起こった。彼にはその中でもがき苦しむ隊員達の絶叫が、断末魔の悲鳴が聞こえてくるような生々しい錯覚を覚えた。数分後にはなす術の無いまま『プリンストン』の姿は水上から消え、海中からなおも立ち昇る黒煙とその周囲に広がる、艦内から漏れ出した気泡によって白濁した海面が『プリンストン』が沈んだ位置を現していた。退艦命令からの時間の短さ、爆発の凄まじさを考えると艦から生きて脱出できた人間が何人いたか……。そう考えるとアレックスは胸を潰されるような悪感を感じずにはいられなかった。同時に、得体の知れない物体に対する堪えようの無い怒りが湧き上がってくる。目の前で大勢の部下を、同僚を殺されたことによるドス黒い怒りだ。未だかつてアレックスはここまでの怒り、言い換えれば殺意を感じたことはなかった。
「……前衛の『バンカーヒル』『ベンフォルド』に打電…!目標を発見次第撃沈せよ!!!」
「しかし艦長、目標は未だ『プリンストン』が沈没した海域に留まっている可能性があります!漂流者の安全を確認しないことには攻撃は困難です!!!」
「何を言っているロジャー!!?」
諌め役のロジャー大佐も今回ばかりはアレックスの剣幕に圧されてしまった。
「あれを見ろ!!あの爆発の中で何人が生きていることが出来る!!?今目標を沈めなくては艦隊全てが危険に晒されることになるんだぞ!!!もう一度言ってやる、全艦!総員!戦闘配置だ!!!」
アレックスはブリッジの窓の外、黒煙の上がる海域を指差してブリッジ全体に響くほどの大声で絶叫した。
「……了解。総員戦闘配置、目標を捕捉次第撃沈せよ!!」
一喝されたロジャーの言葉にはもはや迷いは無く、与えられた兵器を駆使して敵を撃破する、優秀な軍人の表情となっていた。
この時点で艦隊の隊列はこうだ。『プリンストン』沈没地点の後方2kmの右翼にタイコンデロガ級『バンカーヒル』、左翼にアーレイバーク級『ベンフォルド』が展開し、さらに後方1km、2艦の要の位置に空母『カールビンソン』が控えている。
「このノイズではパッシブは役に立たん。こちらの位置を知らせても構わない、目標の探知にはアクティブソナーを使え!捕捉次第、両舷3連装短魚雷発射。司令より撃沈命令は受けている……。」
「――了解」
『バンカーヒル』の艦長は一際積極的な動きを見せていた。彼は『プリンストン』の艦長と同い年だったこともあり、同型艦を預る者として公私を通じて親しい間柄にあったからだ。親友を奪われた怒り、そして目標を討たなくては自分達の命も覚束ないという恐怖はアレックスと同じく、彼の最も狂暴な部分を際立たせようとしていた。
『ソナーに感!左舷前方距離1500より反応あり!!左舷20°、速力10ノットで移動中!!』
「艦隊正面だと……!?」
艦長は思わず毒づいた。目標は『バンカーヒル』と『ベンフォルド』の間を突っ切ろうとしているのだ。僚艦を沈められ、報復に燃える我々に近付いて来るなど正気の沙汰ではない。少なくとも、物体が人間的な判断を持って動いているならば。ブリッジの窓から見ると『ベンフォルド』は減速して右に転舵、こちらが攻撃しやすく距離を取りながら目標の進路を塞ぐように動いているのが見えた。
「OK、左舷3連装短魚雷発射!!!」
だが、彼はその動きに心の中で舌なめずりした。もっと寄って来い、この“地獄の檻”へと――
『バンカーヒル』の左舷側面に設置されたハッチが開くと、そこに埋め込まれた3連発射管からMk46短魚雷が圧縮空気によって押し出されるようにして海中へと放たれた。魚雷は水中に潜るとすぐさまアクティブソナーの探信音を発信する。『プリンストン』の沈没は爆発と艦内から漏れる気泡で水中に大きな雑音を残している、そんな状況では目標の発する僅かな音を捉えるパッシブソナーは役に立たない。あらかじめ目標の速度、進路のデータを与えられている魚雷のセンサーは、探信音によって得られたデータを加えて自らの進路を修正し、水中を進む異形の物体へと突入していった。
『魚雷、目標を捕捉。目標の動きに変化無し!』
『命中します!!!』
CICのディスプレイで目標を現す輝点と魚雷を表す輝点が重なった次の瞬間、爆発音とともに3つの水柱が水面に立ち上がり、その衝撃はブリッジのガラス窓をもビリビリと震わせた。
「魚雷、命中を確認!!」
その様子を双眼鏡で見ていた副長が言った。現在の最新ホーミング技術で精密に誘導された魚雷だ、わざわざ確認しなくても命中したことは間違いないだろう。しかし彼は肉眼でその様子を見ることで、はっきりとした手応えを感じることが出来たが――
『な……!?』
スピーカーの向こうでCICの空気が凍り付くのがブリッジからも感じられた
「CIC、どうした?効果の詳細を報告せよ?」
艦長はただならぬ気配を察知し、怪訝そうな表情で聞く。
『――CICよりブリッジへ……!目標は健在!進路2−7−0、速力を増しながら本艦左舷に接近中!!』
「馬鹿な――!?」
爆発を確認した副長はそれ以上の言葉を失った。
「こちら艦長、間違いなく命中したんだろうな!?」
『はい!!しかし、ソナーの報告によれば目標に現在浸水音、金属音……無し。艦体破壊は確認できません!!!』
それを聞いて今度は艦長が言葉を失う番だった。短魚雷とは言えその弾頭に装填されているのはHE(High Explosive=高性能爆薬)、HMXオクトーゲン約60kgである。高性能爆薬としてよく知られているTNTの20倍以上の爆発力を持つを爆薬を60kg仕込んだ魚雷が3発命中、空母を撃沈するのにも足りないわけが無いこの攻撃を受けて僅かな浸水も損傷も無いとは一体この物体は何なのか――
ドンドンドン!!!
断続的に響き渡る炸裂音が彼の思考を現実の世界に引き戻した。見ると、艦首に装備された127mm速射砲が左舷側の海面、『バンカーヒル』に近付く白い航跡に向けて火を噴いていた。
イージス艦の脅威評価、目標に対する使用火器の選別は基本的にコンピューターによって自動で行われる。この時『バンカーヒル』と物体の距離は1000m強、この距離では空中での長い飛行軌道を必要とするASROCやハープーンミサイルでは目標を攻撃できない。よって、短い射程に対応できる127mm速射砲がこの場合は選択されたのだ。
「機関最大戦速!射撃を継続しつつ回避航行!」
『バンカーヒル』はゆっくりと、力強い唸りを上げながら加速していく。しかし、9600トンの艦体が自由に舵の利く速度に達するよりも早く、海中の航跡は艦に近付いてくる。尾を引く白い泡立ちの付近に次々と炸裂して海面を砕く127mm速射砲、それはアイオワ級戦艦の40センチ主砲のような重厚さでは無く、この巡洋艦の巨大な艦体と比べると頼りなく感じられるが連射速度は毎分20発を誇る。アメリカ軍の主力戦車である『エイブラムス−M1A2』の主砲塔の口径が120mmであることを考えると、このタイコンデロガ級巡洋艦は艦首に戦車と同等以上の火力を積んでいると言える。しかし、そんな弾幕を前にしても物体の速度は衰えることを知らない。
ダラララララララ…!!!
続いて、左舷のCIWSファランクスが目標に向かって射ち込まれた。CIWSとは索敵・追尾を自動的に行うレーダーに機関砲などの連射機能の高い火器を組み合わせた兵器で、艦に接近するミサイルに対する最終的な防御手段としてが主な用途である。ファランクスに使用されている6連装の20mmバルカン砲は自身の持つ毎分3000発の連射速度を遺憾無く発揮し、海面に白い射線を走らせながら劣化ウラン製の徹甲弾を絶え間無く射ち出しているが、それは言い換えれば『バンカーヒル』最後の抵抗だった。
「衝突します!!!」
その時、不意に砲撃の炸裂音が止んだ。砲を海面に向けられる俯角の限界を超えて物体が艦に近付いてきたからだ。クルー達は襲ってくるであろう衝撃に備えて歯を食い縛り、手当たり次第に何かを掴むと投げ出されないように体を固定する。しかし、予想したような事態は起こらず、甲板から海面に目を凝らすと物体の起こした航跡が艦の下に消えていったのが見えた。
「目標は!?」
ブリッジで艦長が叫んだ次の瞬間、『バンカーヒル』の右舷間近で海面が大きく隆起する。
『右舷に目標が浮上!!!』
ソナーが報告を告げるや否や、艦長はじめブリッジにいた士官は右舷の方向の窓際に殺到した。何かが、巨大な何かが海の中から影を現しているが、新月の夜の暗さでその全体像を把握することは出来ない。
「何なんだこれは――!?」
驚愕の表情を浮かべる艦長。もはや、彼の中にこの物体がロシアの潜水艦であるなどと言う意識は無い。物体はゆっくりと『バンカーヒル』に近づいて来る。
「(――口…?)」
物体の見せた動きを目にした彼等の率直な感覚がそれだった。物体がまるで口を開き『バンカーヒル』に噛み付こうとしている――、僅かに分かる影の形と動きからはそう感じられた。そして、次の瞬間――
ドガンッ!!!
右舷から強烈な衝撃、艦が左に傾く。物体の存在の注意を奪われていた者は体を支えきれずに床や壁に体を打ち付ける。艦内右舷の第2甲板にいたクルーもその一人で、狭い廊下の壁に体をぶつけていたことであちこちが痛むがヘルメットとライフジャケットが当たりの強さを吸収したおかげで怪我は無かった。
「オイ、大丈夫か!?」
彼は仲間のクルーに声をかけるが返事がない。そちらに目を向けると、仲間は顔面を蒼白にして目の前を何やら指差し、歯が震えて声にならない声を上げている。
「一体何を見て――」
仲間の指差している方向を見て、彼もまた声を失った。分厚い装甲板を貫いて長さ1m近い、形から“牙”としか言えないようなものが何本も艦の中に突き出ているのだ。
グルルルル……
廊下に、獣が唸るような低い音が響く。信じられない光景を目の当たりにして呆然自失していた彼等は、廊下が肉の腐敗したような生臭い匂いで満たされていくのと同時に、急激に温度が上昇しているのに気付かなかった。そして彼等が最期に見たものは、装甲板が一瞬にして赤熱して溶岩の沫のように溶けて吹き飛ぶと、青白い炎が怒涛のように流れ込んでくる光景だった――
『ベンフォルド』や『カールビンソン』からは『バンカーヒル』の艦橋の陰になって物体の姿を伺うことは出来なかったが、その向こうで稲妻が光ったような白い閃光が走り、『バンカーヒル』のシルエットが一際鮮やかに浮かび上がるのが見て取れた。次の瞬間、『バンカーヒル』は凄まじい破壊に襲われていた。中心付近で起こった爆発は艦を真っ二つに引き裂き、艦首と艦尾に向けて連鎖的に炎に包まれていく。それは『プリンストン』のものよりも迅速かつ完全な破壊だった。『バンカーヒル』は沈没することさえ許されず、爆発が収まった時には跡形も無く姿が消え、海面で燃えるオイルと宙に舞い上がった破片だけがそこに艦が存在していたことを示していた。
『プリンストン』『バンカーヒル』の沈没・爆発によって漆黒の海面を被うように広がったオイルが炎の照り返しによって粘り気のある光を放っている。そんな火とオイルの海を掻き分けるようにして再び、物体が異形の影を現した。海面に鋭い背鰭のようなもの――その大きさ5mは下らない――を突き出し、その表面はゴツゴツした岩肌のように覆われている。物体は真っ直ぐ『ベンフォルド』に向かって近付いてきた。『ベンフォルド』の後方1kmには『カールビンソン』が控えている。しかし物体の動きにはその巨大空母を恐れているような動きは無い。むしろ――
「狙いは……空母『カールビンソン』か!?」
『ベンフォルド』艦長は半ば確信したように呟いた。発見されてから今までの物体の動きには何か明確な意思が感じられるかの様に思われるからだ。最初に発見した『プリンストン』の報告によれば物体は艦隊の左翼前方距離8000から近付いてきた。その後艦隊正面に進路を変え、ASROCによる威嚇射撃を試みた『プリンストン』と、短魚雷で迎撃した『バンカーヒル』を撃沈した。それは最初から2艦を狙ったのではなく、邪魔物を片付けた、そんな印象を彼は受けていた。
ならば最初からの狙いは何なのか?巡洋艦が邪魔物でしかなかったのならば、自らの乗るアーレイバーク級駆逐艦『ベンフォルド』も邪魔物でしかないだろう。となると物体は最初から『カールビンソン』を狙って接近してきた事となる――
「『カールビンソン』に連絡!目標は本艦正面距離1000に浮上!狙いは……『カールビンソン』と思われます!!!」
『それは本当か!?』
「Yes、目標の動きから推測すると……おそらく……」
『正面距離1000……、そちらの攻撃オプションは?』
「――ありません!」
『何ぃ!?』
艦長の言葉にアレックスが驚きの声を上げるのが聞こえる。
「本艦と目標の位置関係から目標を攻撃できるオプションはありません。戦術システムは転舵を推奨しています。」
『ならば衝突する前に何とかしないか!?』
「――それは出来ない相談です!」
艦長はこの期に及んでもどこか達見したような口調で続けた。
「我々は空母の護衛部隊です。敵が空母を狙っていると分かっているのに、みすみす背中を見せて進路を開けるような真似をしてしまったらいい笑い者です!ルービン司令ならよく分かってらっしゃる事じゃあないですか?」
『しかし……』
アレックスは言葉を失った。確かに艦長の言っている事は自分が日頃から部下達に言い聞かせている事だ。アメリカの正義こそ世界の正義である、自分達はいつもアメリカの誇りを背負っている事を忘れるな――と。
「ご心配無く。我々は自分達の出来るベストを尽くします。報告を終わります!」
『待て!応答せよ!応答―…』
艦長は『カールビンソン』との無線を切っていた。
「進路速度そのまま!総員は対ショック姿勢にて待機!甲板員は速やかに救命ボートを降ろせる準備に取り掛かれ!!」
そう言った艦長の表情は悲壮感に満ちていた。
『ベンフォルド』と物体の距離が見る見る狭まっていくと、ブリッジからも物体が海面に見せる影が肉眼で確認できるほどの大きさになって見える。目を瞑る者、祈るようにして胸の前で十字を切る者、各々の方法でこれから彼等を待ち受ける運命に備える中で艦長はブリッジから身を乗り出し、正面に迫る影を凝視していた。
「(さぁ、来るなら来てみろ……。ここからは俺とお前のチキンゲームだ…!)」
そう心の中で一人語ちる。物体は『ベンフォルド』の舳先に吸い込まれるように消えていった、そして次の瞬間――
ガンッ!!!
硬いもの同士がぶつかり合うような音とともに、『ベンフォルド』の艦首が浮き上がった。クルー達は斜めに傾く艦体に必死にしがみついて堪えている。艦首では下部に取り付けられた丸いソナードームが潰れ、完全に破壊されていた。艦首はゆっくりと降下を始め、しかしその重量から勢いよく海面に叩き付けられた。浮き上がった時とは正反対の方向に再び衝撃が走る。
「総員退艦!救命ボート降ろせ!!!」
艦長は迷うことなく指示を出す。しかし――
ガリガリガリ……!!!
その間にも艦底からはまるで鋼鉄がノコギリで挽かれるような鈍い音が聞こえてくる。誰の目に見ても艦の沈降が早くなっているのが感じられた。
早々と非難体勢を取っていた事で、海上にはすでに数隻のゴム製救命ボートや内火艇が浮かんでおり、先んじて脱出したクルーが次々と艦から飛び込んでくる隊員達を懸命にボートの上に引き上げていた。だが、彼等の足元――厚手のゴムシートを隔てた海中――を黒い影が走った。それは見る見る海面に近付くと、海面を突き破ってきた。砕けた海水の勢いでボートはあっという間に転覆し、乗員は重油のようなに黒い海に呑み込まれていく。細長く、棘の生えた鞭のようなシルエットを見せるそれは空中でしなやかに蠢くと、沈みつつある『ベンフォルド』を狙ったように一撃した。装甲が裂け、艦の形が歪むほどの凄まじい威力を持った一撃だった。それによって生じた裂け目から一気に海水が艦に雪崩れ込み、『ベンフォルド』はあっという間に海中に没した。艦は沈む際、大量の水と同時に周囲に浮かんでいたクルー達も、まるで地獄への道連れにするかのように巻き込んで消えていった――
「『ベンフォルド』、沈降します……」
『カールビンソン』ブリッジからの視界から、『ベンフォルド』の艦体は完全に消えた。そして、その水面が白く変色し半球状に隆起すると、海上に莫大なエネルギーが開放され、水柱の中から黒煙が立ち昇る。艦体に大きなダメージを受けたまま沈んだ『ベンフォルド』は水圧に耐え切れず圧潰し、機関部や弾薬庫が押し潰され水中で火を噴いたのだ。その衝撃は9万トンを超える排水量を持つ『カールビンソン』をも少なからず揺さぶった。
「――目標は本艦正面に浮上してくる…。対潜哨戒機、ヘリコプターは進路に爆雷と魚雷をありったけ射ち込め!跡形が無くなっても構わない!!!」
今やアレックスの感情からは物体の正体に対する興味は消え、僚艦を沈めた敵に対する憎悪の炎が燃え盛っていた。しかし、誰もアレックスの暴言に近い命令を止める者はいない。『カールビンソン』に乗る者全てが目標を沈める事に心を支配されていた。
ギイイイィィン!!!
『カールビンソン』から飛び立ったS−3バイキング対潜哨戒機がジェットファンエンジンの爆音を響かせながら上空を旋回し、空母の前方にはSH−60Fシーホーク対潜ヘリ8機が鶴翼の陣形を作りながらホバリングしていた。海面には航空機によって無数のブイ型ソナーいわゆるソノブイが投下され、探信音がバリヤーのように『カールビンソン』の周囲に張り巡らされ目標の動きを逐一追っている。
『目標確認!衝突コース距離800の位置に浮上中!!!』
ソノブイを投下したシーホークからの報告がブリッジに響く。
「いいか!『カールビンソン』の艦体ならば多少の至近弾の爆発には耐える!遠慮せず撃って来い!!」
『了解!戦闘部隊、攻撃開始!!』
その言葉で火蓋が切って落とされた。S−3バイキングは一旦『カールビンソン』の艦尾方向に回り込むように編隊を組むと、そのまま突入体勢に入った。巨大空母<スーパーキャリア>の320mを誇る飛行甲板の上をあっという間に過ぎ去り、機の弾倉を開く。350ポンド対潜爆雷Mk54が次々と投下され、物体の航跡の上に水柱が上がる。それを皮切りにシーホークの編隊からMk50短魚雷が海中に向けて放たれた。8機のシーホークから2発づつ、16本の魚雷の群れが物体の、岩肌を思わせる表面に迫る。そして、爆発――16本の魚雷のエネルギーは海中であらゆる物を引き裂きながら一つになり、巨大な水柱となる。吹き上がった海水が宙を舞い、『カールビンソン』の甲板に豪雨のように降り注ぐ程の勢いを持っていた。
「もはや跡形も無いはず……」
対潜爆弾そして魚雷の一斉爆破の威力を見て、アレックスは半ば確信して呟くが、半分の気持ちは目標が吹き飛んで破片と化すまで不安を取り除けなかった。
「『カールビンソン』より各機。そのまま哨戒を続行し、目標の破壊を確認せよ!浮遊物を僚艦のものと見間違うな!」
『了解!』
ヘリはサーチライトを爆発の余波の収まりつつある海面に向け、物体の最期を確認しようとしていた。だが、突然水中が不気味に白く光り始める――
『何だあれは?』
一機のヘリが機を光に向けようとしたその時だった。海面から水蒸気が濛々と吹き上がったかと思うと、その中から炎とも光ともつかない一条の青白い閃光がヘリを舐めた。ヘリの装甲、コックピットのガラスが一瞬で蒸発するとパイロットは悲鳴を上げる間もなく炎に包まれ、機は空中で爆砕した。青白い閃光は上空を飛んでいたヘリや戦闘機を次々と狙い撃ちにしていく。低空にいたそれら航空機は突然の出来事に、閃光を避ける間もなく餌食になった。僅かな間に10機以上のヘリと戦闘機が撃墜され、炎をまとった残骸が海面に叩きつけられる。
「――!!?」
アレックスはその光景を目の当たりにして言葉を失った。一連の出来事は、25年の海軍経験を持つ彼でも未だに遭遇した事の無い事態だった。新鋭の巡洋艦・駆逐艦3隻が目標に僅かな損害も与えられないまま撃沈、そして20発以上のの爆雷・魚雷を受けた直後に、ヘリ・哨戒機がレーザーかビームを思わせる閃光で撃墜されたのだ。
物体は波を立てながら『カールビンソン』の右舷、艦橋の間近に移動してきた。そして海中からゆっくりとその姿を現し、巨体から海水のベールが滝のような音を立てながら滑り落ちるとその固まりかけの溶岩のような表皮が露わになる。物体が頭をもたげると、その大きさは『カールビンソン』の艦橋と同等、約50mの高さがあった。ブリッジの士官達が思わず右舷の窓側に殺到しようとしたが、ほとんどの者達はその場に押し留まる――
何故なら――窓の向こうから、直径1mはあろうかという巨大な瞳がギョロリと目を剥いていたのだ。
全員が顔面蒼白となる中で、ひとりアレックスは形相をその瞳に向けていた。その時アレックスは物体と自分の視線が合ったように錯覚し、思わず叫んだ――
「お前は……お前は一体何なんだ!!!」
その呼び掛けに答えるはずもなかった。だが、巨大な物体は答えの代わりとばかりに吼えた。この世のものとは思えぬ咆哮だった。鼓膜を切り裂くような高音と内臓を押し潰すような低音の入り交じった轟音が、間近で無数の落雷に見舞われたと思わせるほどの大きさで鳴り響いたのだ。その振動、いや衝撃でブリッジの窓ガラスは一瞬で砕け散る。大音声に突然、後頭部と殴られたような感覚に襲われれたアレックスの意識は次第に暗い闇の中に沈んでいった――
序章 了