NEO G Episode 2nd 〜EDEN〜

 

 

 

――最終話『審判は下る』

 

横浜上空――ヘリ機内

「このあたりで間違いないはずです!」

 横浜の街はゴジラとエデンの戦いの影響で停電し周囲は真っ暗であったが、真田と相沢の乗ったヘリはGPSを頼りに目的とする場所、美咲の住んでいるマンションの上空にまで来ていた。

「よし、もっと高度を下げて探すぞ!」

 真田が操縦かんを押し込み、プロペラのピッチを変えるとヘリは前傾となり地上との距離を近づけていく。サーチライトの明かりを頼りに、目を皿のようにして地面に目を凝らす。その時、真田の目に周囲でひときわ高いマンションが入ってきた。

「あそこだ!」

 真田は確信を持って叫び、ヘリを加速させる。数秒でマンションの上空に到達し、真田は建物にぶつからないよう機体をホバリングさせながら周りを旋回させていく。

「真田さん!あれは何でしょうか!?」

 相沢が何かを指差して言った。その方向に機首を向け、サーチライトで照らすと暗闇の中に一台のRV車が現れた。マンションの玄関ホール前に無造作に停められた車、そのボンネットにはビルの上から落ちてきたであろう大きな破片がめり込んで、エンジンルームを押し潰している。

「美咲の車だ!」

 真田はそれに見覚えがあった。前に一度ここに訪れた時、美咲が通勤用に買ったと言って見せてくれたのだ。活動的な美咲の性格に合った、コンパクトなRV車…。

「とてもじゃないですが、あの様子では動かせないですよ!」

「そのようだな…」

 相沢の言葉に頷きながら、真田は半ば考え込むようにして続けた。

「しかし、車が壊れたからと言ってこの辺りに隠れていることは危険と美咲も分かっているはずだ…。必ず避難場所に行こうとするはず。歩いて向かったとすれば交通量の多い、国道方面しかない!!!」

「僕もそう思います…!」

「ここからそう離れたところまでは行っていないはずだ!」

「(美咲…今行くからな…!!!)」

 心の中で一人語ちながら、真田は再びヘリを上昇させた。

 

 

横浜――

グワッ!!!

 ゴジラの熱線が一閃する。そして爆発――鉄筋コンクリートのビルが木っ端微塵に打ち砕かれると、溢れ出した火焔が路上のありとあらゆる物を呑み込んで広がっていく。巻き起こる炎を避けるようにエデンは宙を舞っている。戦いは明らかにゴジラが圧倒していた。ゴジラの力が東海村の時よりも明らかに上回っていることはもちろんだが、エデン自身にも変化が起き始めていたのだ。

 原因はゴジラの深紅の熱線に含まれているプルトニウムだった。プルトニウムは核分裂物質の中でも極めて汚染力の強い物質であり、加えてウランが中性子を吸収して初めて精製される為、自然界には存在しない。エデンにはあらゆる汚染物質を吸収・分解し、地球環境に無害なものにすることが出来るが、プルトニウムのような猛毒物質は一旦体内に吸収してしまっても完全に分解されるまで毒性が残ってしまう。ここに来て常に、ゴジラの熱線から発せられる大量のプルトニウムを体内に取り込んでしまっているエデンはその影響で本来のパワーが抑え込まれ、損傷回復のスピードも落ちてしまっていた。鮮やかだった幾何学模様の輝きが濁り、赤い単眼が力無く瞬き始めている。

 みなとみらい地区の建造物は戦いによってあらかた破壊されてしまっていて、跡には無残な残骸を晒しているだけであった。飛行能力を持っているエデンは、歩行によってしか移動できないゴジラの動きを封じ込めるために、戦場を桜木町方面に移そうとしていた。しかし、そんなエデンに向かってゴジラはなおも熱線を放つ。エデンはその攻撃を急上昇して回避する。目標を失った熱線はビルの間を縫って、繁華街からやや離れたところを爆発させる――

 

 

 美咲と梢も、爆発音や鳴き声がだんだん近づいてくるのを感じていた。時々後ろを振り返ると、墨を塗ったように真っ暗な空に火柱が上がり、火の粉が尾を引いて飛んでいくのが見える。ふたりとも疲労困憊となった体に鞭を打って歩を進めた。しかし次の瞬間、一際明るいオレンジ色の光が二人の姿を照らし出し、影が前方に長く伸びたかと思うと凄まじい爆発が背後で起こった。

「「――!!?」」

 思わず二人は悲鳴を上げるが、それは爆発の轟音によって掻き消された。エデンから外れたゴジラの熱線が不運にも、美咲達の近くにあったビルを直撃したのだ。一撃で粉々に吹き飛ぶビル。爆発の余波は周囲の建物まで巻き込み、炎が壁面を路上を走り、全てを焼き尽くしていく。不幸中の幸いか、炎こそ美咲達には届かなかったものの、衝撃に足を取られて、二人は地面に倒れ込む。美咲は背後を見上げた。さっきまであったビルがすでにそこに無く、紅蓮の炎と黒煙を濛々と上げている。宙には炎を纏った無数の破片が舞い上がり、そのいくつかは二人目掛けて降ってくる――

「木下さん!危ない…!!!」

 美咲は叫ぶと体を起こそうとした――が、足首に激痛が走り立ち上がることが出来ない。

「(倒れだ時に足を捻ったの!?)」

 背後には確かな危険の気配を感じる。舌打ちをしている時間さえ無いことは明らかだ。

「先生!!!」

 梢の絶叫にも似た声が耳に響いた。しかし。美咲は迫り来る火の玉をじっと見詰めている。そして、それが自分を直撃する位置に落ちて来ることを見極めると、同時に体を捻って地面を転がった。足が痛むのを気にしている場合ではない。梢を庇うように体を重ねたその時、美咲が倒れていた場所に直径数十cmの炎を纏った瓦礫が落ちて来た。それはアスファルトに当たると砕け散り、細かな破片を飛び散らせる。美咲は背中に破片が当たる痛み、頬をかすめる熱さを感じた。目をつぶり、歯を食いしばって恐怖に耐える二人。

「大丈夫…?」

 美咲が覗き込むと梢は緊張が限界に近づき、顔を引き攣らせながら頷いた。美咲はそれだけ確認すると立ち上がろうとしたが、忘れていた足の痛みに顔を歪めた。

「先生こそ大丈夫ですか!?」

 梢の表情に感情が戻り、座り込む美咲の足首を探っていく。

「痛ッ!!!」

「ここですね……。ひどい…!」

 彼女は慣れた手つきで美咲の靴とソックスを脱がすと、息を飲んだ。美咲の右足首は炎の僅かな明かりでも分かるほど、周りと違う色に変わっていた。

「これじゃしばらく歩けないわね……」

 美咲は痛みに耐えながらしばらく考え込んだ後、心を固めて口を開いた。

「木下さん、あなたは先に行きなさい!私に付き合ってこんなところに残ることはないわ!!!」

 有無を言わさぬ口調で、美咲は言ったつもりだった。しかし梢は逆に普段見せないくらいに真剣な表情で言い返してきた

「先生を置いて行くなんて出来るわけ無いじゃないですか!!!先生が…いなくなったら…誰が…私…に…考古学を…教えてくる…と…言うん…ですか!?」

 涙交じりに、声を絞り出すような梢の言葉の最後は途切れ途切れになっていた。

「バカな子ね…。センセイの言うことを聞かない生徒は今年の単位を没収よ…」

 茶化しながらも、美咲も泣いていた。頬を伝わる涙を拭おうともしない。

「また先生のところで勉強できるなら、留年しても…いいです!」

 梢は美咲に肩を貸しながら、微笑んで答えた。その笑いに美咲は救われた気がした。その時、美咲と梢の髪の毛が突然どこからか吹いてきた風によって舞い上げられる――

 それは、全くの偶然だった。みなとみらいから外れたゴジラの熱線が起こした爆発に嫌な予感を感じた真田がその方向にヘリを向けた時、ゆらゆら揺れる炎の灯かりの中に僅かだが人影が見て取れたのだ。

「真田さん!あれは人じゃないですか!?」

「ああ、間違いなく人間だ!早く助けに行かなくては!でも、こんなところに残っているとなると美咲かもしれない!!!」

「しかし、怪我の功名ですね!ゴジラの熱線があのビルを壊さなければ、気付きませんでしたよ!!!」

 人影の発見に、二人とも興奮気味になっていた。真田はヘリの高度を下げるとサーチライトを人影に向ける。その中には女性と思しき姿があった。一人は髪の長い眼鏡をかけた少女、そしてもう一人はその少女に肩を借りながら盛んに手を振る、見慣れたセミロングの髪型の女性――

「美咲だ!!!」

 真田はその名前を叫んでいた。再びヘリを上昇させると、着陸できるだけ広い場所を探した。真田は通りに交差点を見付けると、その真ん中に機体を誘導していく。

 髪が舞い上げられる風を感じて初めて、美咲と梢は自分達に近づいてくるヘリの爆音に気付いた。ヘリは自分達の姿を確認するように高度を下げ、サーチライトをこちらに向けてくる。ライトの逆光ではっきりとは分からないが、機体には『自衛隊』の文字が見て取れた。助かった――安堵の気持ちで膝が崩れそうになったが、梢が支えてくれたおかげで留まることが出来た。そしてヘリに向かって大きく手を振る。ヘリは一旦上昇すると、美咲達のいる場所からやや離れた交差点の中に降りて来た。

 美咲は思った。自衛隊が助けに来てくれたとしてもタイミングが良すぎる。まるで自分がここにいることが分かっていたかのようにやって来た。そう、まるで映画のヒーローのように――。もしかしたら…自然と美咲の胸は高鳴った。そして、ヘリは道路に着地するとローターの回転を落とし始める。

バンッ

 勢い良く開いたドアから飛び出してきた隊員の一人が開口一番叫ぶ。

「美咲っ!!!」

 その声を聞いて、美咲は涙が溢れ出た。足の痛みも忘れて声の主の方へ駆け出す。しかし足に力が入らず転びそうになったところを抱き止められた。

「誠さん……」

「美咲、無事で良かった…」

 真田は彼女の肩をそっと抱きながら囁くように言った。今は二人にそれ以上の言葉は要らなかった。ただお互いの存在を確かめ合えればそれで良かったからだ。

 梢も気持ちを通い合わせる二人の姿を傍らで見て、思わず涙を誘われた。すると――

「君は大丈夫かい?」

 溢れそうになった涙を指先で拭おうとしていると、そう言って後ろから肩を叩かれた。突然のことに驚いて振り返ると、そこにいたのは優しそうな目をした青年がいた。彼も自衛隊の制服を着ている。

「す、すいませんっ!」

「君が誤ることはないんだよ。」

 梢は顔を真っ赤にして思わず頭を下げたが、相沢は優しくたしなめる。が、その時再び爆発音とともに地響きが辺りを揺るがす。

「きゃっ!」

 バランスを崩した梢を支えながら、相沢が叫ぶ。

「真田さん!早くしないとここも危ないですよ!!!」

「そうだな。美咲、君たちもヘリに乗るんだ。相沢、操縦を頼む!」

「分かりました!さ、君もこっちへ…」

「はい…」

 真田は美咲と一緒にヘリの後部座席に乗り込み、相沢が梢を後部座席まで案内する。それまでの間、梢は相沢の腕をしっかり握っていた。

「それじゃ、行きます!」

 操縦席に座った相沢がヘリのエンジンを始動させると、ローターの回転に伴う振動が大きくなる。全員がシートベルトを締めるのを確認して、相沢は操縦かんを引いた。ガクン、と一旦前傾した後、機体はゆっくり浮き上がる。美咲は眼下に広がる景色を、どこか寂しげな表情をしながら窓から見下ろしていた。ヘリの姿は横浜の街並を焼き尽くしている炎に照らされながら、夜空に向かって上昇していった。

「美咲……」

 ヘリが上空で安定するのを待って、真田は美咲に声をかけた。

「どうしてこんな場所に残っていたんだ?大学からならもう避難場所に着いていてもいい時間じゃないか!?」

 真田は出来るだけ、彼女を咎めるような口調にならないように気を付けながら聞いた。美咲は無言のまま、どこか自嘲気味の表情をしながらバッグの中から例の写真立てを取り出した。

「これは……僕達の…!?」

 それを見て真田は驚きを隠せなかった。確かにそれは自分が彼女に別居が決まった際、自分と美咲の身辺が落ち着いて再び一緒に暮らせることを祈って預けたものだ。

「これを取りに戻ったの……」

 美咲は恥ずかしそうに言うと続けた。

「誠さんがどういう気持ちでこれを私に預けてくれたのか、それを考えたら部屋に置いて逃げることは出来なかったわ。あなたのことだから、私が無事でいれば写真のことは許してくれるかもしれないけど、その時は写真も一緒に戻らなきゃ、私にまた一緒に暮らす資格は無いと思ったの……。ごめんなさい、心配かけて……」

 涙を浮かべながらも、美咲は真田に微笑んだ。

「いいんだ。僕こそ相沢が背中を押してくれなきゃ、まだコマンドルームで悶々としていたかもしれない。」

 それを聞いた操縦席の相沢は半身になって振り返ると、美咲に親指を立てて見せた。

「……来て良かったよ、君が無事で。」

 二人が見詰め合った、その時――突如突風がヘリを襲った。激しく揺れる機内。何かが窓の外、視界の隅を横切る。

「エデンです!!!」

 相沢が叫んだ。急上昇するエデンの巻き起こした風にヘリが振られたのだ――

 

 

 上空に逃れたエデンをゴジラが見上げている。エデンは翼の一部がゴジラの熱線を受けてボロボロになり、熱衝撃波を放つことが出来ない。しかし完全に吹き飛ばされた脚と違って、こちらはエネルギーを修復に集中出来る時間があれば回復は可能であった。既にみなとみらい21と桜木町一体は破壊し尽くされ、ゴジラの進撃を妨げるものが無い。するとエデンはゴジラの熱線が届かない高度を保ったまま、飛行を開始した。しかし、移動は長いものではない。湾岸を伸びる国道一号線と高速横羽線を越えると横浜駅上空に降下し、静止した。

 

 

「エデンはゴジラから逃げているのか?」

 その光景を見て、真田は呟いた。

「分からないわ。でもエデンの行動には何か意志があるはず。逃げずにあそこに留まっているのがその証拠よ!」

 美咲も、真田と並ぶようにして窓からその姿を見ていた。

「先生、見てください!エデンの…翼の傷痕が直っていきます!」

「本当だわ!」

 梢がそれに気付き、指差しながら言った。確かに彼女の言う通り、上空のヘリからでも羽の一部が剥がれ落ち、地肌の見えていた翼に新たな羽が再生し、純白の輝きを取り戻していく様子が見て取れる。そして10分足らずを要したであろうか、エデンは翼を完全に蘇らせると大きく広げた。翼の内側から染み出すような光が閑散とした横浜駅前の街並みを闇の中、仄かに浮かび上がらせる。優雅に翼を羽ばたかせるエデンのその姿はまるでゴジラを挑発しているかのようだった。

「エデンは……この一撃でゴジラとの決着を付けるつもりだわ!!!」

 美咲は眼下の一帯を満たす只ならぬ空気を感じ、直感的に叫んだ。

「僕も、同じ考えだ…」

 真田は頷いた。しかし真田だけでなく相沢も梢も、乗り合わせた者全員が同じ結論に達するのは難しいことではなかった――

 

 

 ゴジラも導かれるようにエデンを追った。もはや廃虚となった桜木町の町並みを瓦礫の山と化し、エデンの待つ横浜中心街へ。目の前に聳える横浜駅駅ビルもゴジラの進撃によって無残に切り崩される。足に鉄道の架線が絡まり、千切れて火花を上げるのもものともしない。西口前のバスターミナルに勢いよく駅ビルの残骸が崩れ落ちると、それを押し退けてゴジラが全身を露にした。ゴジラの正面にエデンが待ち構えている――

 ゴジラは天を仰ぎ、轟音をあげて吠える。エデンもまた機械音のような鳴き声を上げる。ゴジラとエデン、二つの破壊神はしばしの間微動だにせず睨み合いを続けていた。その間、場は不気味なほどの沈黙に支配される。

 その拮抗を破ったのはエデンだった。エデンは二、三度翼を羽ばたかせると、翼を大きく振り上げた状態でぴたりと動きを止めた。そして、その翼に紅い光を貯え始める。翼の放つ光と、エネルギーが起こす熱対流によって翼そのものが数倍の大きさに広がったかのように錯覚さえ覚えさせる。それを見て、ゴジラも背鰭を輝かせた。ゴジラの双眼は白目まで赤く染まり、歯の間から漏れた呼気が口の周りの空気を燃え上がらせる。

 まるで両者はこれがお互いの最期の一撃となる事を悟っているようだった。お互いが体内に溜め込んでいるエネルギーのぶつかり合いによって横浜駅周辺に地響きが起こり、吹き荒れる突風は路上の様々なものを舞い上がらせた。ビル街のガラスは振動によってあらかた砕け、飛んできた自動車や電話ボックスが地面に激突し、あちらこちらで小さな爆発が起きる。

 飽和したエネルギーに大気が耐え切れなくなったのか、無数の落雷を横浜の町を襲った。そして、ひときわ大きな雷光が辺りを真昼のように明るく照らしたのを合図として、エデンは天高く掲げていた翼をゴジラに向けて振り下ろした。それはエデンが今までの闘いの中で見せた中で最も強大な攻撃だった。熱衝撃波に触れた建物は例外なく粉々に砕かれ鉄骨が露になると、その鉄骨も高熱によってまるで飴のようにぐにゃりと曲がる。その後に襲ってきた灼熱の炎は全てを蒸発させ、消滅させた。目に見えぬエネルギーの固まりは一瞬で形を成し、街を被い尽くすほどの火焔の津波と化すとゴジラに迫った。

 エデンが翼を振るった一瞬後、ゴジラも体内の力を解き放っていた。裂けんばかりに開かれた口か迸った真紅の熱線は、周りの空気を炎と化して巻き込みながら渦巻くようにしてエデンに向かう。熱線がエデンの放った炎の波の中に消えた次の瞬間、ゴジラの体もその炎に覆い隠される――

 

 上空の真田達のヘリも突然の乱流に機体が大きく揺さぶられた。

「「きゃああぁっ!!!」」

「大丈夫か!?」

 悲鳴を上げる美咲と梢。そう言いながら真田は腕に抱き付く美咲を支えた。

「しっかり掴まっていて下さいよ!!!」

 相沢は必死に機体を立て直そうと操縦かんに握る。その甲斐あってヘリは暫くすると飛行が安定してきた。真田達が窓から外を覗き込むと、彼等は想像を絶する光景を目にした。

 横浜駅前を中心に、先程まで普段通りの街並み広がっていた場所から、天を突き、空を焦がさんばかりに高く巨大な火柱が立ち昇っているのだ。火柱は高く立ち昇るばかりでなく、その裾野も広げながら街を呑み込んでいた。

「何が…起こったんだ!?」

 真田は呆然とその絶景を見詰めた。おおよそ人知の及ぶものではない。ゴジラとエデン、現代と古代こそ違え人類の科学から生み出され、それを超越した存在となった両者によるものだという事だけは想像に難くなかった。

「あれを見て!!!」

 美咲が虚空の一点を指差しながら叫んだ。その視線の先には炎の中から虚空を切り裂く一条の閃光が――。真田が、そして相沢も梢も窓の外に目を凝らすと、彼等の視界は真っ赤に塗り潰された。その猛烈な紅い光に真田達は直視出来ず目を細める。

 

全てが紅く染まる中、火柱が真っ二つに割れた。

 

 まるで聖書の『出エジプト』でモーセの祈りが紅海を割り、道を成した伝承のように――閃光がエデンの炎を退けている。光の正体はゴジラの口から放たれている熱線だった。ゴジラの熱線は口から伸び、エデンの体を捉えていた。熱線がエデンの体を貫き、空に消えると、エデンの左の翼が根元から吹き飛んだ。まるで壊れた機械の音にも似た鳴き声を上げるエデン。それは命を持たない怪物の上げる苦痛の悲鳴だった。吹き飛んだ翼がスローモーションのように宙に舞いあがると、艶やかな輝きを失いがながら羽がはらはらと抜け落ちる。エデンの体から離れた翼は、焼け跡に落下すると骨組みを残してバラバラに崩れた。

 ゴジラは咆哮し歓喜を現していた。東海村で負わされた屈辱の溜飲を下げるかのように体を震わせている。エデンは片翼を失った事で崩れたバランスと立て直そうと空中でもがくが体は傾き、焼け焦げたビルの残骸に体を擦りつけたが、焼け落ちて脆くなったビルがエデンの重さに耐えられる筈がなかった。崩れる建物と一緒に地面に叩き付けられるエデン。埃と煤の入り交じった粉塵が一帯に立ち込める。

 ゴジラはゆっくりとエデンとの距離を詰めていく。だがエデンもそれに気付いたのか、最後の力を振り絞って片方の翼を羽ばたかせ、宙に浮きあがった。しかし、スピードも無く反撃も出来ないエデンはゴジラにとって絶好の的であった。

 ゴジラの背鰭が赤々と燃え上がる。そして、頭上を見上げてエデンの姿を捉えると大きく口を開いた。喉の奥に炎が点り、周囲の空気がそこに凝縮していく。ゴジラの胸板が大きく隆起し、限界まで吸い込んだ息がピタリと止まった次の瞬間、全てを絞り出すかのような凄まじい熱線が迸った。熱線の勢いでゴジラの足が地面に沈みこみ、足元に地割れが走る。

 深紅の奔流が真っ直ぐエデンに向かっていくと、夜空に浮かぶエデンの体が赤く照らし出された、その瞬間――熱線はエデンを直撃した。高熱がエデンの体を構成する分子ひとつひとつを侵し、その存在をこの世から抹消していく。熱線の全てが吸い込まれるようにエデンの体の中に消えた、その時――

 エデンの胴体は外側へと膨張し、生じた体の亀裂の内側から深紅の光を発すると、エデンは苦しげな鳴き声を上げる。それがエデンの断末魔だった。次の瞬間エデンの体は爆発し、木っ端微塵に吹き飛んだ。バラバラになった破片も宙で光り輝く塵となり、炎の中に消える――

 ゴジラもその光景を見上げていた。ゴジラの顔を照らしていた爆発の炎が収まり、辺りに静寂が戻った時にはエデンの体は塵一つ残さず全てが消滅していた……

 

 

「エデンが……」

 真田は呆然とその瞬間を見詰めながら呟いた。エデンの最期を目の当たりにした衝撃よりも、彼にはゴジラの見せた圧倒的な、破滅的なまでの力の方が強く心に刻まれていた。

「これが……審判なの……」

「審判?」

 突然美咲の洩らした『審判』と言う言葉を聞いて、真田は我に帰った。

「そう、審判。現代に蘇ったエデンは“悪しきを除くもの”として、自然も科学も超越した存在であるゴジラを、そして地球にまるで寄生するように生きる人類も滅ぼす筈だった。しかし、生き残ったのはゴジラと私達人間……。まるで何者かの意志が働いているようにも感じられるわ。もしこれの結末が地球の意志によるものだとしたら、それは私達人類にどんな審判を下したというのかしら……?」

 美咲は街の炎を見詰めながら言った。その横顔は真田でさえ今まで見たことない程の憂いに満ち、逆に美しさも湛えていた。

「審判……。ゴジラと人類への審判……」

 真田も燃え盛る炎の中、黒い岩山のようなゴジラの巨体を見下ろす。その姿にを見詰めているうちに、真田はひとつの考えを確たるものにしていた。

「そう――だとすれば結論はただひとつさ。運命は人間とゴジラの決着に、エデンのような横槍が幕を降ろすことを許さなかった。人類は核を手にしたことで犯した過ち――ゴジラとの宿命を自らの力で清算しなければならないんだ……」

 真田の言葉を相沢と梢も無言で聞いていた。そして、それに続けて美咲は囁くように、しかし確信を込めて言った。

「それが、たとえゴジラに滅ぼされる運命であっても――」

 

 

 ヘリは上昇すると大きく旋回して、廃虚と炎の海と化した横浜から離れて行く。それはこの世の光景とは思えない、まるで地獄がこの場に現れたようにも見えた。そんな中、ゴジラは地獄の業火に身を焼かれながらも咆哮を上げている。ゴジラのこの怒りはこの世界の全てを焼き尽くすまで止まることはないのではないか?真田達はそんな恐怖に駆られながらも、その光景目を背ける事は出来なかった。

 

 

ゴジラの姿が視界から消えても、その雄叫びは彼等の耳に鳴り響いていた

 

 

いつまでも、いつまでも――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEO  Episode 2nd〜EDEN〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Special Thanks

 

予告編Gifアニメーション
イメージイラスト提供

どん亀工房さん

 

予告編イメージ曲提供

KUWAさん

 

 

 

 

 

 

and

 

 

 

 

 

 

Thanks to all readers

 

 

 

 

 

 

Written by GTS

 

 

 

 

 

 

この作品はフィクションであり、実在する人物・団体・事件とは一切関係はありません

この作品は私、GTSのオリジナルアイデアの小説化であり、
東宝および東宝映画の著作権を侵害する目的で作られたものではありません
この件に関して不都合があれば、内容およびコンテンツの修正を行います

 

 

 

 

 

後書き

 

 

 

 

 

 

予告

 

 

 

 

 

 


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