NEO G Episode 2nd 〜EDEN〜

 

 

 

――18『神を殺す戦い』

 

東京上空――

 エデンは悠然と湾岸線に沿って飛んでいた。もはや瓦礫の山だけが連なる街並み、羽田空港は海側の敷地の半分ほどが地盤沈下し海に沈んでいる。京浜地域に林立する石油コンビナート、化学工場は真っ黒な煙と火柱を上げながら炎上を続けていた。そんな光景を純白の翼に映り込ませながら、エデンは再び“あれ”の存在を感じていた。“あれ”はこの地上に存在するどんな“悪しきもの”よりも強大なエネルギーを持っている。だからこそ、この海の果ての島国まで追い詰め、完膚なきまでに叩き潰したのだ。しかし今感じているエネルギーはその時よりも遥かに大きく、邪悪の度合いも強い。

『我が名はエデン、我は悪しきを除くものなり』

 その本能のみに従って、エデンは速度を上げてゴジラに向かった。今度こそ、“悪しきもの”にとどめを刺すために……。

 

 

 それと同じ頃、真田が操縦する自衛隊ヘリが東京上空を飛んでいた。

「お前に背中を押されて飛び出したはいいが、美咲が今どこにいるか分からない!横浜と言ったって広いぞ!」

 真田はヘルメットに付けられたマイクに、ヘリのエンジン音に負けないくらいの声で叫んだ。

「僕に考えがあるんです…。真田さん、姐さんが持っている携帯電話の番号は分かりますか?」

 相沢はバッグからノートパソコンと携帯電話を取り出し、ケーブルで接続している。

「携帯で連絡が取れるならとっくにやっているさ!こんな状況じゃあ基地局も無事じゃないだろうし、回線もパンクしている!」

「僕にだってそれくらい分かりますよ!でも手はあるんです。早く…!」

 興奮気味の真田に対し、相沢の方がこの時ばかりは冷静だった。相沢のクールな口調で、真田も頭に上っていた血がスッと退いて行くのを感じた。

「ああ…、090−××××−○○○○だ。」

 それを聞きながら、相沢はパソコンに番号を打ち込むと同時に何らかのソフトを起動しているようだった。

「何をやっているんだ?」

 真田が聞くと、相沢はモニターから顔を上げずに答えた。

「――確かに、地上の基地局を中継しては姐さんの携帯には繋がらないかもしれません。まず僕の電話で横須賀の緊急回線にアクセスします。そこを中継にして通信衛星に接続、姐さんの携帯電話の位置をコンピューター上に表示させようって訳です。使える衛星が一つだけなのでGPSのように正確とまでは行きませんが、今は緊急事態です。使えるものは使わせてもらおうじゃないですか!」

 相沢はニヤッと笑った。真田もこの時ばかりは彼の人懐こい顔がこれ以上無く頼もしく見えた。

「さすが俺の後輩だ!」

 真田は操縦かんを押し込むと、ヘリを一気に加速させた――

 

 

横浜――

 油を流したように静まりかえる夜の東京湾が突如小山の様に盛り上がると、低く鉛色の雲が発ち込めた空にゴジラの咆哮が木霊する。カッと血走った双眸を見開かせると、ゴジラは辺りを見回す。羽田から川崎にかけての湾岸地帯はすでに火の海と化している。そんな中で一際目を引く地域があった。地上296m、横浜の文字通り象徴であるランドマークタワーを中心としたみなとみらい21地区の商業ビルの灯りが一際鮮やかに浮かび上がっている。

 その時、何かがゴジラの頭上で空を切った。猛烈な衝撃波が海面に叩き付けられ、水飛沫が上がる。ゴジラは上空に目を剥いた。そこには巨大な鳳を思わせる物体がゴジラを待ち構えていた。エデン――2万2000年の時空を超えて現代に甦った地球自律防衛機構。自らを創り出した、そして地球を汚染した古代の人類の文明をも壊滅させた美しくも究極の破壊者は今や、新たに文明を発生させた人間達よりも、地球環境に有害な放射能を撒き散らす巨大な生物をその標的としていた。エデンは体の正面をゴジラに向けたままゆっくり下がっていくと、みなとみらい上空で静止した。その姿はまるでゴジラを挑発しているようにも見える。

 横浜上空から見下ろすエデンに導かれる様に、ゴジラも波を掻き分け横浜港へと向き直った。その前に立ち塞がる白亜のベイブリッジも、燃え上がる海岸線を背景にするとまるでゴジラを地獄へ誘う門を思わせる。だが、ゴジラはただエデンだけを見据えて進んでいた。その眼には明らかな怒りと共に静かな意志が宿っているようにも見えた。東海村で――ゴジラはエデンに完膚なきまでに叩きのめされた。小賢しい、針で刺すような人間からの攻撃を蹴散らし自らのエネルギー源まで僅かに迫った時、それは現れた。ゴジラも手をこまねいていた訳では無い。必殺の放射熱線を幾度も浴びせかけたが、敵は一向に弱る気配は無かった。逆に自分のエネルギーを吸い取られ、激しく傷付けられ敗北したのだ。しかし今は違う――ゴジラは自分の体の中に新たな力が宿っているのを感じていた。エデンに敗れた時以上の力を――。その力を憎き敵に叩き付ける為に、ゴジラは今進んでいる。

ガッ!!!

 ゴジラはベイブリッジまで迫り、鉤爪をアスファルト舗装に食い込ませた。深々と突き刺さった爪から路面に亀裂が幾筋も走って行く。ゴジラがその腕に力を込めると架橋は鉄骨ごと裂け、瓦礫となって水面へと落下する。腕を振り上げると架橋を支えるワイヤーが腕に絡み付き、引き千切れ、路面と接合しているビスごと宙に舞いビュンビュンと風切り音を鳴らした。

 破壊したベイブリッジを悠然と通り過るゴジラ。上空のエデンもゆっくりとゴジラに近づいてくる。先に仕掛けたのはエデンの方だった。エデンの頭部が天を仰ぎ、甲高い機械音を上げるとそれに反応して鉛色の空に雷鳴が轟く――次の瞬間、凄まじい稲妻がゴジラの体に降り注いだ。瞬時にして全身をくまなく駆け回る電撃にゴジラは苦悶の鳴き声を上げる。しかし、進む速度は一向に衰えない。確実にエデンとの距離を縮めて行く。さらに2発、3発、4発・・・!!!幾度も雷がゴジラを貫き、表皮から焦げ臭い紫煙が上がる。それもゴジラの怒りを増幅する効果しかもたらさなかった。

クワッ・・・!

 ゴジラが目を見開かせると、それと共に背鰭が焼けた鉄の如き紅い輝きを放ち始める。ゴジラの周囲の海水は表面が蒸発し、薄っすらと水蒸気があたりを包む。ゴジラの体温そのものが急激に上昇し、表皮近くは熱対流が起きてその姿が霞んだ。体内から沸き起こるエネルギーはもはや止められない。捲れ上がった口の端、牙の間から炎が漏れる。ゴジラは真っ直ぐ狙いを定めるとエデンに向かってその口を開いた。一瞬、周囲の空気がゴジラの口内に凝縮したかと思うと、爆発的な衝撃を伴なって深紅の熱線が迸った。熱線軌道上の海面が余波を受けて飛沫を上げる。エデンは熱線を避けるようにしてインターコンチネンタルホテルの影に隠れた。しかし、逆襲に燃えるゴジラの新たな熱線――プルトニウム熱線――はホテルの客室部分、帆船の帆を模した三角形の上層棟を容易く貫き、エデンの胴体を抉る。絶え間無く吐き出され続ける熱線の威力に耐え切れず、ホテルの上部は完全に吹き飛び、それに伴なう大爆発はホテルの低層部分そしてエデンをも巻き込んだ。全身に爆発の炎と黒煙を纏わり付かせながら空中でバランスを崩すエデン。そのままインターコンチネンタルホテル隣の国際会議場の屋根に地響きと共に墜落する。その衝撃で国際展示場はガラスと言うガラスが一瞬で砕け散り、一階部分のホールから外に向かって猛烈な砂埃が吹き抜けた。

 ゴジラは溜飲を下げる様に咆哮すると、その足を臨海パークの岸辺に踏み出す。護岸のコンクリートはその重量に耐え切れず海に崩れ落ち、柔らかい土と芝生には4本爪の足跡がくっきりと刻み込まれる。崩壊し炎上するインターコンチネンタルホテルを横目に見ながらゴジラはエデンの墜落した国際会議場に迫った。エデンは仰向けになったまま身動き一つしない、が――ゴジラが再び背鰭を輝かせた次の瞬間、カッとその単眼に光を宿すと大きく翼を羽ばたかせた。羽ばたきに伴なう突風は墜落の衝撃によって脆くなった会議場をあっさりと吹き飛ばし、周囲に凄まじい量の埃を撒き散らせる。焦る様にゴジラはその中に熱線を撃ち込むが、それは会議場の残骸を炎に包み、灰にしただけだった。辺り一面に立ち込める埃と炎に伴なう煙の中からエデンはゴジラの後ろに回り込む様に姿を現した。その胴体の左側は最初の熱線によって抉り取られ、何やら機械状の組織が剥き出しになっている。

 エデンはゆっくりと、時間を稼ぐ様にしてみなとみらい地区から横浜港方面に飛んで行く。その間にゴジラの熱線によって破壊された傷口はまるで細胞分裂映像の早送りのようにして再生が進んでいた。これもまた古代文明人がエデンに付加した機能のひとつであった。現代風には“ナノマシン”とでも言えるか。エデンに内蔵された極小擬似生命が破損分から伝達された情報を元に、その場で分子を再構成してしまうのだ。ゆえにエデンは多少の傷を負っても止まる事がない――常に自分を活動に最適な状態に保ちながら、状況によっては自身の機構を再構成して機能増幅・進化すら可能な、限りなく有機生命体に近い完全な無機物体――それがエデンの正体だった。

 ゴジラは海に逃れようとするエデンをゆっくりとした足取りで追う。だがエデンは既に修復を完了しており、横浜クイーンズスクエアを挟んでゴジラと向かい合う形となった。その時、エデンは翼を大きく広げるとエネルギーを集中し始めた。翼は燃え上がるようにして赤く染まっていく。全力で放てば自分の視界全体を火の海と化す事が出来る程の威力を持つエデンの主力兵器、熱衝撃波。しかし今はその狙いを正面の一点、ビル越しに捉えたゴジラに向けていた。ゴジラがただならぬ気配を感じて熱線を撃とうとしたまさにその瞬間、エデンは翼からそのエネルギーを解き放った。翼は羽ばたくと同時に輝きを失うが、クイーンズスクエアに叩き付けられた衝撃波はビルの一面に張り巡らされたガラスをあらかた粉砕させる。そして建物は衝撃波に触れた部分から瞬時に炎に包まれ、壁面を火焔が舐めて行く。砕け散ったガラスは炎に呑み込まれ、光の粒子となって宙に消えた。同時にビル内部にも炎が侵入し、フロアー内部をあらかた焼き尽くす――これらは一瞬にして起こった事だった。ビルを隅々まで侵食した炎はエデン側からゴジラ側へ向かって噴き出し、ゴジラを襲う。猛烈な火焔と高熱を伴なった衝撃波をまともに受け、ゴジラは仰向けに倒れ込む。そこに、焼き尽くされ破壊し尽くされたクイーンズスクエアの建物が天を突く火柱となって崩れてくる!!!。ゴジラは吐きかけていた熱線をそこへ向かって放つが、構造物の一部を吹き飛ばし炎の塊に風穴を開けただけで倒れてくる勢いを止める事は出来ない。

グオオオォォォー――!!!

 憎しみの入り混じった絶叫を上げるゴジラの上から地獄の業火が降り注いでくる。ゴジラを呑み込んだ炎は地面に激突して砕け散り、辺り一面に火の粉と砂塵を巻き上げた。炎の向こうに浮かぶエデンの姿――それは全身に炎の照り返しを受け、妖しく輝いていた。

 

 

東京湾上空――真田達のヘリ

 ヘリは猛スピードで横浜に向かっていた。湾岸地域はエデンの攻撃によって起こった火災により、煙や乱気流で視界が悪いため、ヘリは陸地からやや離れた海上を飛んでいる。

 真田は操縦に注意しながらも、後席でコンピューターと格闘している相沢の様子が気が気でならなかった。

「まだ繋がらないのか!?」

 相沢が作業に集中し始めてから黙り続けていた真田だったが、立ってもいられず遂に不安が口をついてしまった。

「ええ……横須賀の方も回線を目一杯使っているようなので…、僕の個人端末からの接続は弾かれてしまいます!」

 相沢も苛立ちを滲ませながら舌打ちした。

「なぁ、情報本部のコンピューターを迂回させられないか!?今なら氷川一佐の持っている回線が使われていないままだ。勝手知ったる本部のコンピューターなら侵入するのも簡単だろう!?」

「その手がありましたか……。言うほど簡単じゃないですが、やってみます!」

 相沢は再びノートパソコンに向き直ると、猛烈な勢いでキーを叩き始めた。

「情報本部のホストにアクセスして……氷川一佐の回線に侵入……と。真田さん、責任は取ってもらいますよ?」

「ああ、後始末は俺がしてやる!早く!」

「了解!……Go ahead!!!」

 相沢が勢い良くリターンキーを叩と一瞬画面がフリーズし、ハードディスクがカリカリと小さな作動音を立てる。ほんの数秒もかからない時間だったが、狭いヘリの中で二人はとてつもなく長い時間に感じられた。

「(ダメか――!?)」

 そんな予感が真田の頭をよぎった時――

「やりましたよ真田さん!!!」

 ヘリのエンジン音に負けないほどの大声で相沢が歓声を上げた。ディスプレイにはものすごい速さで画面が流れ、コマンドを処理している。

「入力された電話番号の位置、横浜第3基地局圏内で電波の受信を確認!!!」

「第3基地局!?」

「横浜市関内から山手にかけての半径5kmの地域です!それ以上詳細な場所はシステム上、検索出来ません…。何か…心当たりはありませんか?」

「関内から……山手……」

 真田はそれを聞いてしばし考え込んだ。すると、ふと頭の中に一つの住所が飛び込んで来た。

「(なんてこった!簡単なことじゃないか!!!)」

「分かったんですか!?」

 その時真田の表情が変わったことに気付き、相沢は後席から身を乗り出させた。

「ああ、ビンゴだったよ相沢!そこは美咲が一人暮らしをしているマンションに近い!美咲は間違いなくマンションの近くにいる!!!」

 二人は目の前の視界に横浜の街並みを捉え始めていた。そしてそこには激化するゴジラとエデンの戦いを物語るかのように大きな火の手が立ち昇る。

 

 

横浜――みなとみらい

 燻り続けるクイーンズスクエアの残骸の上でホバリングするエデン、ゆっくりと旋回しながら下敷きになっているゴジラの様子を見ているようだ。すると、瓦礫の山が振動しはじめた次の瞬間、瓦礫を跳ね除けゴジラが姿を現した。背鰭には既に赤い輝きが灯っており、エデンをその視界に捉えるや否や、咆哮の残響が消え切らないその口から熱線を放った。

 しかし、ゴジラの動きを見ていたエデンは急降下でそれを躱す。そしてゴジラの身長と同じ高さにまで下降するとゴジラに突進した。渾身の熱線を放ったばかりのゴジラはその素早い動きに対応できない。エデンの右翼の付け根当たりがゴジラの腹に食い込み、体がくの字に折れるとゴジラの体が宙に浮いた。エデンはゴジラの体を乗せたまままっすぐ突進を続ける。目の前には日本一の高さ296mを誇るランドマークタワ−が迫るが、後ろ向きのゴジラにそれが分かろう筈が無い。勢いを付けたままゴジラを投げ捨てるように急上昇するエデン、ゴジラは慣性がついたままなす術無く後方に吹き飛ばされた。ゴジラはランドマークタワーの根元に叩き付けられ、さらに2万5000トンの体重がスピードに後押しされたことで外壁を突き破りビルの奥深くまで、ビル内部のショッピングモールが立ち並ぶ吹き抜け部分にまで達する。

ズシン…!!!

 地響きとともにゴジラの体がタワーの内側に激突し、濛々と粉塵が立ち込めると根元の強度を失ったタワーは構造が自重に耐え切れず傾き始めた。さらにタワーは中層部分から二つに折れ、ゴジラの埋まる最下層に中層、そして最上層が重なるようにして落ちて来る。数万トンの鉄骨とコンクリートが地面に激突した衝撃は凄まじく、タワーのみならずランドマークプラザまで巻き込んだ破壊を引き起こした。プラザのホールを粉塵が駆け抜け、衝撃で割れた窓ガラスや扉と言う扉から外に吹き出ると、それに遅れるようにして建物が内側に崩れ落ちで行く。僅か数秒で日本一の高さを誇る高層ビルが瓦礫の山と化した。

 エデンはタワーの真上に移動すると脚をパラボラ状に広げ、東海村と同じく重力波を放った。緑色の光の奔流に晒されると、数万トンの瓦礫の山は数倍、十数倍に重量が増幅され、まるで何か見えない力で押し潰されているかのように形を変える。その余波は周囲にまで達し、アスファルトの道路に地割れが走った。岸壁は海に崩れ落ち、海面も異様に波立っている。重力波の影響はみなとみらいに留まらず、桜木町や関内方面にまで広がり始めた。みなとみらいを中心に市内から明かりと言う明かりが、波紋の広がるように消え始める――

 

 

横浜市内――

 美咲と梢はすっかり廃虚のように人気の無くなった街中を急ぎ足で避難所に向かおうとしていた。しかし、避難所まではいくらなんでも女性の足では遠過ぎる。美咲も道のりの全てを徒歩で行こうと言う気はなく、避難所に向かう車の集まる国道まで出られれば、二人を乗せてくれる人もいるだろうと思っていた。だが、しばらくして梢が息を切らし始め、歩くペースは遅くなっていた。

「すいません…、自分で付いてきたくせに足を引っ張ってしまって…」

 梢は涙ぐみながら言った。

「そんなことないわ。車が壊れたのはあなたの所為じゃあないし…。それに何でも自分の所為にしようとするのはあなたの悪い癖よ。」

 美咲は彼女を励ますために明るく振る舞おうとした。実際、美咲も不安で泣きたい心境だった。ゴーストタウンと化した市内を見渡すと、もう地上には自分達しかいないような恐怖に襲われる。さらに時折みなとみらい方面から聞こえる爆発音、ゴジラの咆哮、エデンの奇声が二人の背筋を凍り付かせた。『ここはもう横浜ではなく地獄なのではないだろうか?』美咲は思っていた。そして、それは当たらずとも遠からずだったのだが……。

「無理してもしょうがないわ。何か、飲み物でも買って来ましょう。」

 そう言って美咲は辺りを見回す。商店はコンビニを含めて全て閉まっているが、未だ明かりを点し続ける自動販売機を探すのは容易だった。美咲が財布から500円玉を取り出し、投入口に近づけた時、フッと自動販売機の照明が消えた。

「あら…?」

 美咲が顔を上げると自動販売機だけじゃない。街灯やマンションの夜間灯、住宅の消し忘れの明かりまで、まるで潮が引くかのように彼女らの周りから消えていったのだ。そして次の瞬間、マンションで感じたものに近い大きな揺れが二人を襲った。それはエデンがゴジラに向かい重力波を放った数秒後のことだった。

「「きゃあっ!」」

 二人の悲鳴が重なる。そのあまりの恐怖に、彼女たちが身守る術はただ身を屈めるしかなかった。

 

 

横浜――みなとみらい

 瓦礫の山の中心が突然吹き飛んだ。重力波に逆らうようにして広がる破片と砂煙の間から、垂直に伸びてくるのは紛れも無くゴジラの放った深紅の熱線。熱線は緑の光と激しく衝突しながら、だが勢いが衰えること無くエデンに向かって行く。エデンも重力波を上回る熱線の威力を感じ、重力波の照射を一旦停止させる。抵抗が無くなって、ゴジラの熱線はスピードを上げた。エデンが体を傾けて熱線をやり過ごそうとしたがもやは手後れだった。熱線はエデンの下部を抉ると重力波を放っていた脚を吹き飛ばす。千切れた脚の節々が宙に舞い、エデンの体が大きくバランスを崩した。

 そして熱線で瓦礫に開いたクレーターのような跡が崩れ、ゴジラが破片を押し退けながら巨体を現した。エデンはふらふらと桜木町方面に回り込もうとする。ゴジラはランドマークタワーの残骸から抜け出ると、エデンに向かって再び熱線を放った。もはや回避できる間合いではない――エデンは翼で体を覆い隠し、それを防ごうと試みた。エデンの白亜の翼とゴジラの深紅の熱線が衝突し、衝撃で翼を形作る羽の一部が吹き飛ぶ。捲き起こった炎に全身を焼かれながら、エデンは熱線の威力を堪え切れない。それはゴジラの新たな熱線の威力が東海村よりも遥かに上がっていることも原因にあった。しかし、それに加えてエデンの力が明らかに弱まっていた。

 ゴジラは熱線を吐き出し続ける。エデンはその威力に圧され、背面から横浜銀行本店ビルに突っ込んだ。エデンの巨体に跡形も無く潰されるビル。その跡を熱線が舐め上げると、一面は炎に包まれた。

 炎を瞳に映り込ませながら、ゴジラは天を仰ぎながら何度も長い咆哮を上げる。まるで自らの力を神に見せつけるかのように――

 


17 美咲、危うし

最終話 審判は下る

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