NEO G Episode 2nd〜EDEN〜
――15『真の覚醒』
東海村――
「篠原司令、大丈夫ですか?」
氷川は簡易ベッドに横たわる篠原に声をかけた。篠原が上半身だけを起こしながら言った。
「私は大丈夫だ。それよりも他の隊員達は…?」
篠原はエデンの攻撃によって倒れたテントの支柱の下敷きとなって左足を骨折。氷川も飛んできた破片によって頭や顔に軽い傷を負っていた。
「はっ、私を含め指揮所の隊員は軽傷です。しかし、前線ではゴジラの攻撃を受けた戦車大隊がほぼ壊滅。死傷者は数百人を超える模様…」
「そうか…」
氷川の落胆した報告を聞き、篠原は溜め息をついた。その時、上空にヘリの爆音が響き始めた。
「おそらく救援隊でしょう。通信が途切れた事で司令部にもこちらで事態の変化が起きた事が分かったでしょうから…」
氷川がテントの天幕を見上げると、そこに隊員の一人が入ってきた。
「失礼します!救援部隊のものと思われるヘリがこちらに向かってきております。」
「分かった。以後は氷川一佐の指示の元、負傷者の収容と部隊の撤収に当たるように。氷川一佐、後は頼むぞ。」
「了解しました。」
氷川と隊員は篠原に敬礼すると、テントの外に出ていった。空を見上げると、複数のローター音とサーチライトが近づいてくるのが見えた。
防衛庁――作戦司令室
『東海村より司令所へ、情報本部の氷川一佐です。篠原司令が負傷治療中の為、私から詳細を報告させていただきます――』
東京市ヶ谷の防衛庁中央司令所に待ちに待った東海村からの連絡がもたらされた。篠原陸将補や氷川たちの無事が聞かれると安堵の表情を浮かべた政府首脳や自衛隊幹部連たちだったが、現場の惨状が報告されると会議室に集まった一同は例外無く表情を曇らせた。
「信じられないが…これが事実なのだな…」
武藤防衛庁長官はスクリーンに映し出された映像を見て愕然となった。復旧したカメラの映像は怪我人の手当てをしている救護テントの周りからゴジラの熱線によって原形を留めないほど破壊された戦車隊の列、そして海岸線へ。そこには微動だにせず水際に横たわり、周囲を自衛隊のゴムボート数隻に囲まれたゴジラの姿があった。
『物体はゴジラと交戦しこれを撃破。我々の部隊にも損害を与えた後、南西方向に飛び去りました。以後の情報は我々よりも司令所の方々の方が詳しいと思います。』
「氷川一佐、幕僚長の小川だ。我々は霞ケ浦付近で物体を対空ミサイルと高射砲で迎撃したが、防衛線を突破された…」
小川はそこで表情を一瞬険しくしたが、次に口を開くとそこには冷静さを取り戻した指揮官の顔があった。
「ゴジラが倒された今、我々は首都圏に近づきつつある物体への対処を最優先しなければならない。氷川一佐達は現場に留まり、救援部隊と協力して部隊の撤収とゴジラの監視に当たって欲しい。」
『はっ、了解しました。』
「以上だ。一旦通信を終わる――」
小川がそう言うと、スピーカらの音声が途切れた。ゴジラが倒されたと言うのに物体の存在が彼等に重く圧し掛かっている。そして、誰もがゴジラが倒されたと言う事実を信じられないでいるのだ。
会議室と通路を挟んだコマンドルーム。時折扉の方に視線を向けながら真田と相沢は思案顔を向き合わせた。
「真田さん、私は今ほど自分の無力さを恥じた事はありませんよ…」
そう言った相沢の人懐っこい顔にはありありと苛立ちが浮かんでいる。
「情報士官は情報を集め、それを分析する事でこの国に迫る危険を事前に察知し回避に有効な策を立てる。現代において情報を制する事こそ戦闘を制する事だと信じて仕事には誇りと自信を持ってやって来ました。しかし、今起こっている事態には情報が通用しません!ゴジラといい、あの物体といい、我々の想像を遥かに超えた存在です!」
コンピューターの作動音の他、現在は僅かな会話しか交わされていないコマンドルームでは相沢の押し殺した声も周りに響いていた。
「私達の集めた情報が役に立たなかったばかりに一体何人が犠牲になったというのですか!?」
「お前の気持ちはよく分かる…」
感情を爆発させる寸前の相沢を諭すように真田が言った。
「確かに今回の相手に我々は太刀打ち出来ないかもしれない。だが敵わないと分かって初めて道が開ける事もあるんじゃないのか?」
「――しかし方法はこれ以上…」
言葉を言いかけた相沢を制して真田は続けた。
「分からないじゃ済まされない、考えるんだ。それが俺達の仕事だろう?」
「……先輩の言う通りです。」
真田は自分の発言が本来氷川が言って似合いそうなことだな、と思った。しかしそれを聞いた相沢の顔に力強さが戻り大きく頷いた。だが次の瞬間、蘇りかけた彼等の希望を打ち砕くかのようにコマンドルーム、いや防衛庁全体が大きく揺れた。
「地震か!?」
真田は辺りを見回しながらも何か違和感を感じた。日本の防衛機構の要である防衛庁は地下7階から地上14階まで最新の耐震設備が整っている。その建物の地下にいてこれほどの揺れを感じるのは不自然である。その時コマンドルームの通信機が一斉に鳴り、その一つを取ったオペレーターが弾かれたように立ち上がると、彼はそのまま大声で叫んだ。
「物体追跡中のWIBARN、WIZARDより入電!幕張上空に飛来した物体が海浜幕張駅付近で市街地を攻撃!!!」
「被害は周辺地域になおも拡大中!!!」
この知らせは正に防衛庁を震撼させた。物体の攻撃を受けたロサンゼルスの惨状は情報が入っている。あの悲劇が遂に日本国内で起こったのだ――
幕張――
そこは見渡す限り荒涼とした世界と化していた。海浜幕張駅を中心とした地域の上空にエデンの悠然とした姿がある。ロサンゼルスの街並みを破壊し尽くした碧の閃光――地球の磁場に干渉し地殻を破壊。意図的に地震を発生させる神の力にも等しい光――はここでも十二分にその威力を発揮した。幕張の中でも一際目立つ双子のビル――ワールドビジネスセンターは建物の上半分が崩れ、幕張メッセは天井が落ちて全体が平らに潰れてしまっていた。あちらこちらで地面の隆起・陥没が起こり、断層の影響でまともに形の残っている建造物は皆無だ。エデンはその被害の大きさからは想像できないほど静かに――静かすぎるほどに――その場を後にし、再び西へ進み出した。
東京――防衛庁
突如幕張を襲った大地震。その被害の状況は次々とここコマンドルームにももたらされ、あらゆる方面への対応でオペレーターは忙殺されている。そんな中、真田と相沢は集まってきた地震についての情報を分析していた。
「この地震は非常に奇妙ですよ…」
相沢がキーボードを叩きながら言った。
「普通の地震は震源が中心にあり、震源から遠くなるほど震度が小さくなることが普通です。しかしこの地震には震源が無く、大きい震度がかなりの広範囲に渡っています。まるで震源そのものが外側に…波紋のように移動しているように見えます。」
「データから導き出せることは?」
真田もモニターを覗き込む。
「地震は地殻の非常に浅い部分を…地表数百mから1km以内の地盤が破壊されているようです。これはロサンゼルスが破壊された時と同じです。自然界で起こり得るものではありません…。」
「やはりエデンの仕業か…」
「真田さんはさっきもあの物体のことを“エデン”と呼んでいましたね?一体何なんですか、“エデン”とは?」
「ああ、実は美咲のやつがな…」
真田は先日、美咲から自宅で聞いたエデンの話を掻い摘んで話した。その間、相沢は驚きの表情を浮かべて聞いていた。
「――我々よりも前の文明を滅ぼした存在、悪しきを除くもの“エデン”ですか…。それを聞くとこれまでに起こった様々なことも納得がいきます…。」
「ああ、世の中には常識では計られないことがまだまだあるということだ。情報のエキスパートの俺達ではなく美咲の方がより真実に近づいていたんだからな。」
「そう言えば、昨晩会った後、姐さんはどうしたんですか?」
「美咲は横浜のマンションに帰ったよ。今にして考えてみれば、ここに引き止めておくべきだったか…」
真田は視線を机に落とすと唇を噛んだ。
「今回の被害を受けて首都圏には緊急避難命令が出されるでしょう。無事に避難が出来ていればいいんですが…」
「そうだな…」
二人は心配気味に今、正にエデンに関する対応が協議されている会議室の扉を見詰めた。
横浜――私立港南大学
東海村へのゴジラ接近が伝えられた影響か、キャンパスには学生の姿がまばらであり臨時休講となった授業も多かった。そんな中、美咲は梢とともに研究室にいた。すると、
ピンポンパンポーン
校内放送のチャイムが鳴る。二人は作業を止めて耳を傾けた。
『校内の全学生職員にお知らせします。ただいま、政府により首都圏全域に対し緊急避難命令が出されました。最寄りの避難指定場所は三ッ沢陸上競技場です。市内各所の警察、および自衛隊の指示に従って速やかに避難を開始してください…』
「先生…」
不安げな顔を向ける梢に、美咲は頷いた。TVを付けると、そこにはどのチャンネルも先ほど行われたらしい首相の記者会見をビデオで繰り返している。
『――幕張を中心とする甚大な被害を受けて、政府は国民の安全を最優先する為、非常事態宣言を発令する決定をいたしました…』
総理が文面を読み上げると記者席から一斉に手が挙がり、指名される前に次々と質問が飛んだ。
『幕張に被害を与えたと言う物体の正体は何なんですか!?』
『現在、東京に接近しているのはロサンゼルスに現れたのと同じ物体であると確認されました。この物体は東海村でゴジラと戦ったという報告も受けております。』
総理のその言葉に記者席はどよめいた。
『では、物体はゴジラを倒したと言うことになりますね!?そんなものが東京に接近しているんですか!?』
『その通り。現在迫っている脅威はゴジラではありません!しかし、政府は――』
記者会見の全てが頭に入ってきたわけではない。しかし、真実を知る二人にとっては充分だった。
「エデンが来る…」
美咲は不安を通り越して恐れを含んだ声で呟いた。
「(誠さん…あなたでもエデンを止められなかったの…)」
僅かな希望を打ち砕かれ、狭い教室の天井を仰ぐ…。
「私達も、早くしないと…」
横からの梢の声が、彼女を現実に引き戻した。
「――そうね。木下さん、私の車で一緒に行きましょうか。」
「はい…」
二人は荷物をまとめると、部屋を後にした。外は――学校内だけではなく街中が――にわかに慌ただしくなっていたのだった。
東海村――
司令所との通信を終えた後、氷川は被害状況やエデンに倒されたゴジラの調査などに追われていた。
「ゴジラの分析はどうなっている?」
氷川が言うと、隊員の一人が答える。
「はっ。現在、技研の住友一佐のチームがゴムボートに分乗し調査中です。」
「そうか、分かった。」
氷川は丘陵の上に設置されたテントから出て海岸線を見下ろした。夕闇の迫った砂浜、そこに設置された何台ものサーチライトが海岸線に身を沈めた異形の物体を照らしている。まるで岩山のように見えるゴジラの体に藍色の波が打ち寄せ白く砕ける。その大きさの前では住友達が乗っているはずの全長3mのゴムボートもまるで湖面に浮かぶ木の葉のようにも見えた。
「ゆっくり近づけ…」
ゴムボートの上で住友は部下に指示を出す。サーチライトに照らされたゴジラの巨体は目の前に迫っていた。彼はゴムボートの中から銃のようなグリップのついたガイガーカウンターを持ち出し、それをゴジラに向けるが数値は僅かに自然界の基準値を上回るだけで、以前見られたような劇的な反応は無い。
「神山一尉、超音波スキャン開始!」
『了解。』
無線機から別のボートに乗っている神山一尉の返事が聞こえた。するとボートに積まれたモニターに、色彩によって細分化されたゴジラの体内透過映像が映し出される。
「完全に生命活動を停止している…。あの物体によって体内の放射性エネルギーを全て吸収されてしまったんだ。ゴジラの体は言わば燃え尽きてしまっている、と言って過言ではないだろう…。」
映像を見て住友は言った。彼は安堵すると同時に心のどこかで残念に思っている自分を感じた。ゴジラとは一体どこから来たのか、そしてこれからどこへ行くのか、自衛隊の中でも実戦よりも研究に身を置く立場で染み付いてしまった探究心がこんなところで頭をもたげてしまっていることを自嘲した。その時だった――
ビリビリビリビリ……
微かな空気の振動を感じたかと思うと、足元を揺さ振られるような揺れが東海村を襲った。大きくはあったが立っていられないほどではない。すると、テントの中から隊員の一人が血相を変えて飛び出してきた。
「報告します!2010時に幕張において物体の攻撃があった模様!!!詳細はいまだ不明ですが周辺の被害は甚大であると…」
「…分かった――」
それを聞いて氷川は唇を噛み締めた。自分の時計を見ると午後8時13分を示していた。報告された攻撃の時刻と先程の地震の時間がほぼ合致している。幕張から遠く離れたここ東海村でこれだけの揺れを感じたと言うことは現場の状況はいかなるものか――彼には容易に想像がついた。
「全員大丈夫か!?」
波間で揺れるボートの上で住友は声を上げた。そして、全員の返事が返って来ると息をついた。今の地震は何だったのだろうか、疑問が浮かんだが丘に上がれば指揮所に詳しい情報が届いているだろう。彼は自分の任務を遂行すべくモニターに向き直る、が――彼は計器の一つを見て目を見張った。ガイガーカウンターの放射能値が急激に上昇を始めたのだ。
『住友一佐!!!ガイガーカウンターが…』
「分かっている!全員急いでここから離れろ!!!」
住友は部下の声を遮って叫んだ。ボートのエンジンを始動させる頃には値が安全値を超えて振り切ってしまった。いくら防護服を着ているといってもこのまま留まっていては危険なことは明白である。この時ばかりはボートのスピードがもどかしいほど遅く感じられた。
住友達のボートが砂浜に着くと、異常を察知した氷川が4WDで横付けして来た。
「住友一佐、どうしたんですか!?」
「分かりません…!しかしゴジラの体内から強力な放射能が測定されたんです!!!」
「何ですって!!?」
氷川は体の半分水に沈めたゴジラを見た。ゴジラの体はまるでアイドリングするエンジンのように震え始め、周囲の海面が騒立っている。さらに体中の筋肉が蠕動し始めると、突き出た背鰭に光が点り始めた。背鰭は赤く輝き、ゆっくりと染み渡るように広がっていく。そしてエネルギーが背鰭全体に行き渡ると、突然ゴジラの全身から眩いばかりの閃光が放射された。氷川達も思わず目を被うほどの煌き。莫大なエネルギーを受けて、周囲の海面が砕け散り巨大な水柱を上げる。それを最後にその場は異様な静寂に包まれた。誰も声を上げることが出来なかった。ただ、崩れた水柱が海面を叩く音だけが響く。皆が水煙に包まれた向こう側を凝視していた。そして、聞いた――あの血も凍るような雄叫びを――
聞くだけで頭から足の先まで衝撃によって貫かれる。
「(これが…真の恐怖と言うものか!?)」
氷川は生まれて始めて恐慌という感覚を理解した。自分達のいる場所から100mと無い距離を挟んでゴジラがゆっくりと立ち上がる。見上げるほどの巨体に迫られ、頭が次に何をすべきか考えられない。足が竦んで体がその場に縫い付けられたように感じた。
ゴジラは天を仰いで再び吼えた。轟音が大気を揺るがす。背鰭は燃えるように赤く光を放ち、双眼は爛々と輝き生気に満ちている。ゴジラは大きく息を吸い込んだ。胸板が隆起し、全身の筋肉が張り詰める――次の瞬間、ゴジラは天に向かって一条の熱線を放射した。熱線を直視できず、顔を背けて砂浜に倒れ込む氷川達。彼等の目に映ったものは、見知った青白い熱線ではない。凶凶しいまでに鮮やかな真紅の熱線。ゴジラは自らの体に宿った力を確かめるように鼻を鳴らすと原発には目もくれず沖へと向かった。ゴジラは呆然と見詰める氷川達に背を向けると、その身をゆっくりと海中に沈め始め、背鰭だけを海面に突き出すようにして水平線へと消えていった――
続
14 打つ手無し
16 浦賀水道燃ゆ