NEO G Episode 2nd〜EDEN〜
――13『エデンの猛威』
東海村――
東海村上空には異変が起きていた。先程まで晴れ渡っていた空がにわかに鉛色に曇り始めたかと思うと、突然横殴りの雨が降り出したのだ。顔面を雨に打たれながらも氷川達はその光景に目を奪われた。頭上に低く立ち込める雲の一部が切れ、そこから一筋の光が降り注ぎ、その光の中から彼等が“ロスの飛行物体”と呼ぶものの姿が浮かび上がった。
「あれが…」
氷川は顔を拭おうともせず呟いた。映像では何度も見ていた。物体が初めてロサンゼルスに現れた時、そして物体が再びハワイのオアフ島に現れた時。姿形は記憶通りだが、実物は現実感の希薄なモニター越しのものと比べると全く違っていた。広げた純白の翼、鳳凰を思わせる極彩色の意匠は敵意を感じさせず神々しくすらある。ゴジラも突然現れた謎の物体に戸惑いを隠せない様に天を仰ぎ、唸り声を上げている。物体はゆっくりとゴジラに近づくと、向かい合った――
防衛庁――中央司令所
「空自の要撃機を振り切ったUnknownは東海村上空に到達!」
「現場より映像が入りました。主モニターに回します!」
オペレーターがパネルを操作すると、沿岸の地図が映し出されていたスクリーンが東海村の戦闘指揮所に設置されたカメラの映像に切り替わる。そこには海岸に迫ったゴジラの姿と、その上空に迫る“物体”が…。真田はその姿を見て、昨晩美咲の話した事を思い出していた。彼女は言っていた――自分達が“ロスの飛行物体”と呼んでいるものの正体は、古代の文明が作り出した兵器“エデン”であると。
「あれがエデン!?」
「エデン?」
思わず真田の口から出た言葉に相沢が反応した。
「ああ。昨日の晩、美咲と会っただろう?その時彼女の口からこの名前が出た。」
僅かな沈黙の後、真田は続けた。
「――我々が情報のエキスパートでも預かり知らない世界がまだまだあるという事だよ…」
「そう…ですか…」
自嘲気味に笑う真田の横顔を見ながら、相沢はその言葉を理解できないと言った表情を浮かべていた。
「話すと長くなる事だ。今回の事件が全て終わったらゆっくりとと話そう。」
「はい――」
そう言って二人は視線をモニターに戻した。しかし、真田は相沢に聞こえない様な小さな声で呟いていた。
「無事に終わったらな…」
東海村――
ドス……ン!!!
飛行物体――エデンの一本足が砂浜に着地した。ゴジラは正面に降り立ったエデンに向かって威嚇するように吠えるが、エデンは静かにゴジラを見下ろしている。そして、先に動きを見せたのはエデンだった。白い翼を赤く光らせると、脚で地面を蹴って体を浮かし、一瞬にしてゴジラとの距離を詰めた。そして、すれ違いざまにゴジラの胴体へ翼を一閃させる。翼はまるで光のブレードのように輝き、火花を散らしながらゴジラの皮膚を易々と切り裂いた。傷口は高熱で瞬時に焼き固められ、出血こそ起こさないがゴジラの肉体を深々と傷付ける。ゴジラが上げた悲鳴とも付かない鳴き声がその威力と苦痛を物語っていた。
エデンはそのまま回り込むように一旦上空に逃れる。そして再びゴジラに向かって突っ込んでくるが――、ゴジラも素早くそちらに向き直ると、背鰭を青白く光らせる。ゴジラの喉の奥が白く輝き、牙の間から漏れた呼気が空気に触れオレンジ色の炎と化す。接近するエデンを充分に引き付けると、ゴジラはその顎を大きく開くとエデンに向かって熱線を迸らせる。エデンは頑強かつ流線形の滑らかなボディで衝突の瞬間だけはゴジラの熱線を受け流したが、熱線の威力をその身に受けるうちバランスを崩して地面に叩き付けられた。
ズズズズズズ……
砂埃と地響きを上げながら地面を滑っていくエデン。ゴジラはエデンの方向に振り返ると、砂浜にその身を埋めたまま動かないエデンにゆっくり、一歩一歩近づいて行く。そして天を仰いで咆哮するとそのままエデンに渾身の熱線を叩き付けた。爆発――砂塵ごと炎が舞い上がり、あっという間にエデンの全身を覆い尽くした。その炎を見て満足げに鳴くゴジラ。だが炎の形に変化が起き、ゆっくりとその中から何か形が浮かび上がってくる。それは見紛うこと無い、全身に炎を纏ったエデンの姿だったのだ。
「何なんだ奴は…!?」
ゴジラとエデンの激突を目の当たりにして、篠原陸将補は思わず氷川に向かって目配せした。さすがの氷川もそれには黙って首を横に振った。
「我々に分かっている事はただ一つ。あの飛行物体はロサンゼルスを壊滅させた、恐るべき威力を持っていると言う事です!!!」
そして、そういうのが精一杯だった。
防衛庁――中央司令所
「物体はゴジラと交戦を開始!!!」
「東海村のカメラに切り替えます!」
司令室の大型スクリーンが地図から、東海村の指揮所からの映像に切り替わった。そこに映っているのはゴジラと、炎の中から現れたエデンの姿。
「やはり…物体はゴジラを目指していたようですね。」
相沢のこの言葉を聞いて真田は昨晩の、美咲との話を思い出していた。エデン、あの物体の正体。ギルディアが行ったN2反応の実験によって目を覚ました太古の兵器。美咲の話では、エデンの目的は自然の秩序を乱す“悪しきもの”を取り除くこと。現代に蘇ったエデンは人類の文明、中でも「核」を目標としているのは情報本部に集まった情報からも明らかである。だからこそエデンは核の生み出した象徴たるゴジラを追って日本までやって来たのだろう。そして、考えの中で真田はハッとなった。
「――ゴジラはエデンに勝てない!」
真田は思わず叫んでいた。
東海村――
炎の中から姿を現したエデンは体のあちこちが焼け焦げ、破損していたりはしていたが体自体はまったくの無事であった。小さな傷はゴジラの目の前でみるみる治っていく。ゴジラもその光景に戸惑うように唸った。
エデンは翼を大きく振り上げて風を巻き起こし、体に纏わり付いていた火の粉を吹き飛ばすと、広げた翼に赤い光を貯え始める。ゴジラがエデンに向かって一歩踏み出すと同時にエデンは翼を羽ばたかせ、熱衝撃波を解き放った。炎に包まれたゴジラはまるで全身を殴られたかのよう宙に浮き、水際まで吹き飛ばされた。
砂浜の上を炎が走った跡は扇状に焼け跡が海まで広がっている。一旦水中に没したゴジラだったが、全身から白い煙を上げながら体を起こした。そして怒りの咆哮を上げながら辺りを見回すが、憎き相手の姿はその視界に捉えられない。不意に気配を感じたのか、ゴジラは自分の頭上を見上げた。エデンはいつの間にかゴジラの直上まで移動していた。エデンは既に六本の足をパラボラ状に広げ、長い軸足を真下に伸ばしている。六本脚のパラボラに緑色の光が走り、一本脚の先端に収束していく。ゴジラもその光景を呆然と見詰めていた。次の瞬間、エデンはゴジラに向けて一条の閃光を浴びせる。言葉にならない、脳に直接響いてくるような甲高い音。ゴジラの周囲の海面は何か見えない力で押さえ付けられてクレーター状に潰れて海底が露になる。ゴジラの足は自分の体重が数倍になったかのように海底にめり込んだ――
修理中のTX−2000の管制車でも異常が起こった。あらゆる計器が振り切り、パネルが火花を上げる。
「テレメトリーに異常発生!!!」
「何が起こった!?」
「分かりません!まるで強力なジャミングをかけられたようです!!」
住友が叫び、オペレーターは頭に響く不快な異音に耐えながらかろうじて目を薄く開いてコントロールパネルを見ていた。
「あの物体だ…!あれが何かをやりやがった!!!」
住友は管制車を出た。ゴジラの頭上から物体が緑色の光を浴びせ掛けている。ゴジラの周囲が陥没し、海面も緑の光を避けるようにざわめいているのが目に入った。住友は直感的に光の正体を感じた
「あれは…重力波!?」
住友の推測は遠からず当たっていた。エデンから緑の光を照射されていることでゴジラの体重は通常の数倍、十数倍にまで増加していた。ゴジラはもはや身動き一つしない。いや、出来なかった。体のあちこちで皮膚自体が自重に耐え切れず剥がれ落ち、鮮血が滴る。そして、不意にゴジラの右腕がビクンと弾けたと思うと肩があらぬ方向に曲がった。関節が破壊されたのだ。思わず苦痛に悲鳴を上げゴジラは体を仰け反らせたが、その動きが引き金となって体全体に限界が生じた。分厚い胸板が無残に陥没すると、骨格が内臓に突き刺さったのか、ゴジラは口から鮮血を吐き出した。さらに鈍い音と共に膝が折れ、ゴジラは支えを失う様にして崩れ落ちた。
ゴジラが倒れたのを待ってエデンは光を止めた。それと同時に押し遣られていた海水も元に戻り、ゴジラの体の半分ほどを浸す。エデンは素早く次の動きを見せた。短い六本の足が触手のように伸びだしたのだ。その先端は鋭い刃物のようで、猛スピードでゴジラに襲い掛かると深々とその体に突き刺さる――
東京――防衛庁
「東海村の現場で強力な磁場が発生。画像が乱れています!」
オペレーターの言葉通り、司令室のモニターに映る東海村からの映像は時折色が飛び、砂嵐のようなノイズが走るなど乱れて始めている。
「ゴジラが勝てないってどういうことですか!?」
相沢は真田の小さな叫びを聞き逃さなかった。
「忘れたのか?あの物体が何故ここまでやって来たのか…。」
それを聞いて相沢はハッとなった。
「――そうでした。あの物体はゴジラを追っている。」
「ハワイのオアフ島ではゴジラの残した放射性物質はあの物体の出現と同時に消え去った。さらにギルディアのN2実験場では半径100kmに及ぶ汚染地域から48時間足らずで放射能の痕跡が消失した。二つの点を線で結ぶのがゴジラを追うように現れたあの物体だ。あの物体は放射能を吸収し無効化する能力を持っているとすれば放射能をエネルギー源とするゴジラはあの物体に勝てない!!!」
そう言った真田の目にも、エデンの光の威力に屈し崩れ落ちるゴジラの姿が映っていた――
東海村――
エデンの触手はゴジラの背中、肩、胸、腰などから突き刺さり、まるで何かを探し求めるようにゴジラの体の中を蠢いている。傷を抉られる苦痛にゴジラも鳴き喚き、体を捩じらせた。すると触手からゴジラの体液に混じって何か鈍く輝くものが吸い出されていた。そして、エデンはそれを体内に吸収し始めたのだ。
「あれは…!?」
その間にゴジラの動きが目に見えて弱まってくるのが氷川にも分かった。
「これを見てください!」
オペレーターの一人が叫んだ。氷川がそちら見ると、それはゴジラに焦点を当てたガイガーカウンターの数値だった。
「先程から、ゴジラが発する放射能値が下がり続けています!おそらくあの物体が吸い出しているものの正体はゴジラの体内の放射性エネルギーです!」
「なんだと!?」
再び氷川はゴジラとエデンに目を向けた。
「それがあの物体がゴジラを狙っている理由か!?」
エデンにエネルギーを吸い出され、ゴジラの目からも生気が薄れ始めた。口からは鮮血の混じった泡を吹き、体を小刻みに痙攣させている。エデンの触手はただ冷徹なまでにゴジラを捕らえて放さない。その時、弾けるようにゴジラは上半身が起き上がらせると、、目を見開きながら渾身の力で熱線を放った。エデンの触手は熱線によって断ち切られたが、熱線で絶たれた断面から急速に再生し、ゴジラに襲い掛かる。一旦邪魔された恨みを晴らすように、触手は前にも増して深々とゴジラの体に突き刺さった。肉が抉られ鮮血が飛び散る。苦悶の鳴き声を上げるゴジラ。残された力も使い果たした今、ゴジラに反撃する余力は無かった。焦点の定まらなくなった目は白目を剥くとゆっくりと閉じていった。エネルギーを吸い尽くされ、強張っていた全身の筋肉も弛緩し、背鰭に宿っていた内側からの輝きも失われた。遂にエデンの触手から吸われる体液にも光る物質は混じらなくなっていた。
この時、ゴジラはエデンに屈したのだった――
エデンはおもむろにゴジラから触手を引き抜いた。血塗られた先端のスパイクが妖艶に輝きながら宙を舞い、元の脚の位置に戻る。そしてエデンが振り向き様に片方の翼を大きく振り抜くと、そこから生じた暴風が辺りに立ち込めた。その一撃で自衛隊の自走砲やトレーラーなどの重機が空高く舞い上がり、地面に激突するとスクラップと化す。中には燃料に引火し爆発を起こす物もあり、突風に煽られて黒い煙と炎があちこちから立ち昇った。氷川達の居る指揮所のテントも根こそぎ吹き飛ばされるとそこにあった通信機、モニター類も音を立てて壊れた。
東京――防衛庁
埃と大小様々な破片の迫る映像を最後に東海村からの映像が突然途切れた。指揮所の音声もオペレーター達の悲鳴を残して今は耳障りなノイズが続いていた。真田も席から立ち上がり呆然とスクリーンを見詰めていた。
「……氷川部長は…!?」
相沢も一人語ちるように呟いた。その時、真田は氷川の残した言葉を思い出していた。
『自分が不在の時は幕僚長達から直接指示を仰げ』
考えをまとめている為に閉じていた目を見開くと、真田はオペレーターの肩に手を掛けた。
「いいか?応答があるまで東海村を呼び出し続けるんだ!」
「了解しました。」
オペレーターは表情を取り戻し、パネルに向き直った。氷川は踵を返して自分の席に戻ると受話器を取った。
「真田さん、どちらに?」
真田は相沢の問いに答えず短縮ダイヤルをプッシュする。数秒のコールの後、相手が出た。
「小川幕僚長、情報本部の真田誠二佐です。至急、幕僚長と統幕議長に司令室へおこしいただきたい…」
東海村――
立ち込める埃と煙で辺りは日中にも関わらず薄暗くなっている。悠然と翼を畳むエデンの眼下には凄惨な光景が広がっていた。横倒しになった自走砲の下敷きとなった隊員はピクリとも動いていない。黒焦げの装甲車の傍らには足があらぬ方向に曲がり、這いずりながら必死に砂を掴む隊員。もはや原形を留めていないかつて戦車であった残骸の出入り口から身を乗り出している、虚空に手を伸ばしている人影は残骸に炭となって同化してしまっていた。無事だった者も体のどこかしらから血を流し、顔を埃とも煤ともつかない汚れで黒く染めていた。
前線から比較的離れていた指揮所では設備こそ全壊してしまったが、死者が出なかったのは不幸中の幸いだった。氷川も倒れてきたテントの支柱で打った頭を押えつつ無線機を取ったが、ノイズがするだけで東京の司令室と繋がる気配はない。舌打ちするとそのまま無線機を地面に叩き付けた。
エデンは辺りを見回すように旋回すると上昇し、ゆっくりと南西の方向――首都圏の方角へ――飛んで行った。
続
12 エデン接近
14 打つ手無し