NEO G Episode 2nd〜EDEN〜

 

 

――12『エデン接近』

 

太平洋――鹿島灘沖

 海上自衛隊潜水艦「はるしお」は浮上航行をしながらディーゼルエンジンによる発電で海中活動用のバッテリーを貯えているところだった。

 そんな中、ソナー長・溝口曹長はソナーに異変を感じていた。

「どうしたんですか、水測長?」

 もう一人のソナー員は彼の挙動に疑問を思い話しかけた。

「ああ、さっきから上空監視レーダーにノイズが入っているんだ…」

 溝口は機器を操作しながら答える。

「おかしいですね。今この上空は自衛隊機以外の飛行は自粛されているはずですが…」

 ソナー員もヘッドフォンを着けて音に耳を澄ませた。

「!?、こんな音は私も聞いた事ありません…。」

 訝しげな表情を浮かべるソナー員。

「――哨戒機やAWACSの類じゃない!もしそうならばレーダー波に一定のパターンが見られるはずだ!」

 溝口は思わず大声を上げると、マイクを取った。

「ソナーより発令所へ――」

「何だと?空中に異常な音源!?アメリカ軍の哨戒機じゃあないのか?」

 艦長はそう言って副長に視線を向けた。副長はレーダーモニターを覗き込みながら答える。

「レーダーは飛行物体を捉えていませんが・・・」

 しばし考え込んだ後、艦長は口を開いた。

「航海長、艦橋に出て上空を目視してきてくれないか?」

「分かりました。」

 航海長は艦橋に繋がる梯子を登って行った。外に出ると、艦内の澱んだ重油臭のするものと違って空気が澄んでいる。航海長はそんな空気を胸に吸い込むのもそこそこに、耳を澄ませた。確かに不気味な鳴動が辺りに響いている。彼は弾かれたように上空を見上げた。そこには雲間を移動する発光物体が「はるしお」に併走するように飛行していたのだ。航海長は乱暴にマイクを掴むと声を張り上げた。

「艦橋より発令所へ!上空に発光する飛行物体を確認!!!真っ直ぐ北西へ向かっています!!!」

 

 

東京――航空自衛隊総隊司令部

「はるしお」からの報告を受けて、府中の航空総隊司令部は騒然となった。その後、航空自衛隊百里基地より2機のF−15Jイーグル戦闘機がスクランブルした。

「百里基地より要撃機2機上がりました!」

「海上自衛隊からの報告によればUnknown(未確認目標)は鹿島灘沖合60kmを毎時約150kmのスピードで移動中。このままでは30分以内に領空に侵入してきます…!」

「――依然、レーダーには捕らえられていないのか!?」

 航空総隊司令は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。

「ハッ、残念ながら…原因は不明です。BADGE(自動管制警戒装置)には目撃情報からの予想位置を示しています。」

 彼は巨大なメインモニターを見上げた。「UNKNOWN」と記された赤い光点の進路はまるで台風の予報円のように日本列島に近づくに連れて不安定に広がっている。

「”WIZARD(ウィザード)”と”WIBARN(ワイバーン)”が間もなく物体に接触します!」

 オペレーターが声を上げた。モニター上では”WIZARD”、”WIBARN”と記された二つの青い光点はUNKNOWNの進路円に近づきつつあった。

『航空総隊より、”WIZARD”、”WIBARN”応答せよ――』

 

 

鹿島灘沖上空――

「こちら”WIBARN”。」

 F−15戦闘機パイロット橋本一等空尉は応えた。

『UNKNOWNはレーダーに捉えられないステルス性を持っている模様。慎重に接近し、詳細を報告せよ!』

「WIBARN、了解!」

「WIZARD、了解!」

 もう一人のパイロット、飯塚二尉も続く。

「見ろ!前方に低気圧が発生している。おそらく目標はあの中だ!」

「分かりました!速度を落として侵入します!」

 雲の中に飛び込んで行く2機のF−15戦闘機。

「くっ…!!!視界が悪い!ほとんどゼロだ!」

 橋本は毒づいた。彼等ほどのパイロットでもキャノピーの外を流れる真っ白な世界には恐怖を感じながらの操縦である。

「これでレーダーが使えないとなると衝突にも注意しなくては!!!」

 飯塚も機体を安定させられるギリギリのスピードまで落とし、正面に目を凝らしている。その時、彼等の目の前に目も眩むような光が飛び込んできた。

「何だこれは!!?」

 一瞬ではその全貌を捉える事が出来なかった。巨大な物体が彼等に猛スピードで接近して来たのだ。

「スプラッシュ!回避せよ!!!」

 橋本は咄嗟に叫んだ。後ろに続いていた飯塚も遅れなく機体を操作する。物体の巨体スレスレに、F−15は機体をバンクさせながらすれ違う。

「これは!?」

 橋本の目にかろうじて嘴ような頭部と胴体に生えた巨大な翼が見て取れた。そして、次の飯塚の言葉が彼の考えを確信に変えた。

「――これはロスに現れた飛行物体では!?」

「どうしてこんなところにヤツがいるんだ!!?」

 2機はエンジンの出力を振り絞り、機体を上昇させながら雲の外に抜けようとしていた。そして不意に窓の外の世界が白から青みがかった紫へと変わる。雲の外に出るのを待って、橋本は通信を開始した。

「WIBARNより司令部へ!Unknownはロスに現れた飛行物体と確認!繰り返す、Unknownはロスに現れた飛行物体です!!!」

 

東京――航空自衛隊総隊司令部

「なんだと!!?」

 総隊司令は思わず立ち上がった。

「WIBARN、物体の進行方向を報告せよ!」

 やや間があって、橋本の答えが返って来た。

『物体は東北東の方向に毎時約200kmのスピードで移動中!』

 その報告を受けて、モニターの物体予想進路が修正される。それを見た全ての人間がひとつの点に釘付けになった。

「茨城県…東海村!!?」

「東海村では現在陸上自衛隊が対ゴジラの作戦行動中です!」

 総隊司令は唇を噛んだ。

「――陸自の東部総監部に緊急連絡!物体が鹿島灘沖より東海村に接近中と伝えろ!」

「現在上空で待機中のWIBARNとWIZARDはいかが致しますか?」

 副官が耳打ちするように司令に告げる。

「……実戦装備はしているのか?」

 司令はモニターから目を離さず呟く。

「ハッ。出撃したF−15Jには近接戦闘用のバルカン砲と短距離のサイドワインダー(赤外線追尾ミサイル)、中距離のAMRAAM(レーダー誘導ミサイル)を2基ずつ搭載して出撃しています。」

 それを聞いて司令は決心をしたように頷くと口を開いた。

「航空司令よりWIBAEN、WIZARD。使用火器はバルカン砲に限定、威嚇射撃をもって目標を領海外に誘導せよ!」

 

 

鹿島灘沖上空――

「――了解。WIBARN、WIZARD、物体への威嚇を開始する!」

 バンクを切って雲海内に突っ込んでいく2機のF−15Jイーグル。数秒間視界が白く塗りつぶされた後、開けた前方に巨大な翼を持つ物体の姿が見て取れた。

「WIZARD、目標の距離500まで接近。バルカン砲の一掃射の後、三時の方向に離脱する。出来るな?」

「勿論です!」

「よし、速度マッハ1.2で突入開始!」

 双発ジェットノズルからの噴射が勢いを増すと、F−15イーグルの機体は瞬時に音速を超えた。巡航速度マッハ2.0、最高速度マッハ2.4が可能な、世界でも最高水準の運動性能を持つF−15にかかればマッハ1.2での突入など三沢、小松と並ぶ空自の要である第7航空団に属する彼等にとって安全運転と言える。目標との速力差は倍以上あり、あっという間に物体へ追い付いた。

「ファイア!!!」

 その言葉と共に二人はトリガーを引き絞る。機体の左右に装備されたバルカン砲が火を噴き、線のように連なった無数の弾丸が物体に吸い込まれていく。物体とすれ違いながらバルカンを叩き込むと、2機のF−15は右方向へと旋回する、が――物体には何も変化が無く、進路も変えようとしない。F−15は上昇し、再び雲の上に出た。

「こちらWIBARN、Unknownに対しバルカン砲による威嚇を試みた!だが、目標に効果無し!次の指示を乞う!!」

 そう言って橋本は眼下に目を移した。すると雲海を突き破って物体が上昇して来るのが見える。

「向こうから出てきましたよ!橋本一尉!!!」

 飯塚の言葉には興奮の色が見て取れた。

「分かっている!!!WIBARNより司令部、Unknownは高度を上げて我々に接近しています!現行命令のままでは危険と判断します――ミサイルの使用許可を!!!」

 

 

東京――航空自衛隊総隊司令部

「司令、Unknownは高度を変えてWIBARNとWIZARDに接近中です。WIBARNよりミサイル発射の許可要請が来ておりますが…」

 オペレーターは後ろの席に控える総隊司令を見た。司令は正面の2機の位置を現している大型スクリーンを見詰めていた。空自初の領空侵犯に対するミサイル攻撃が世の中と今後の自衛隊に与える影響と二人の優秀なパイロットの命の価値を比べた時、彼の口は自然と開いていた。

「――WIBARNとWIZARDへ!ミサイル発射を許可する!Unknownを速やかに上空から排除せよ、撃墜も厭わない!!!」

「ハッ、司令部からWIBARN、WIZARDへ――」

 

 

鹿島灘沖上空――

「――了解。物体を排除します!」

 橋本は心の中で司令に感謝した。しかし彼にとっても実戦におけるミサイルの発射は初めての経験である。操縦幹を握る手が思わず震えた。

「橋本一尉、ロックオンサイトが作動しません!」

 飯塚の声がスピーカーの向こうから聞こえてきた。訓練ではターゲットをロックオンするだけでミサイルを発射する事はない。それはミサイルそのものの誘導装置の性能向上があるからである。だが、目の前の物体にはその誘導装置が通用しなかった。ロックオン用のサイトは物体の周囲をふらふらするだけで発射状態に一向にならないのだ。

「飯塚!AMRAAMの誘導装置を切って、目測で照準を付けるんだ!あれだけの巨体なら慣性でミサイルを当てられる!だが油断するなよ!向こうはロサンゼルスを壊滅させた化け物だ!!!」

「了解!!!」

 物体は2機のかなり前方を進んでいる。二人はただ物体を凝視し、その瞬間を待った。

「WIBARN、AMRAAM発射!!!」

 橋本が操縦悍のボタンを押す。F−15の左翼から放たれた中距離対空ミサイルAMRAAMはみるみる

うちに物体との距離を詰めて行く。ミサイルは白い煙の尾を引きながら物体の放つ光の中に吸い込まれ、純白の翼の上でオレンジ色の爆発が起こる。WIBARNはスピードを上げて物体を先行する形になるが、物体にダメージを受けた痕は無い。すると、物体が急に速度を上げてWIBARNを追い上げ出したのだ。

「こっちを追ってくる…!さっきまでよりずっと速い!」

 橋本は後ろを振り向き、物体を見た。F−15の10倍以上の翼長を持つ物体が迫ってくる迫力というものは脅威と言わざるを得ない。

「援護します!!!」

 WIZARDからもミサイルが放たれると今度は物体の後部、尾の部分に命中した。2機の戦闘機に挟まれ、物体の動きが膠着した、その隙にWIBARNは機体を反転させ、物体を振り切ろうとする。その機影の動きを物体頭部の単眼が追う――。その時、橋本は機体の周囲がフラッシュのように光るのを感じた。本能的に危険を察知するとアフターバーナーを点火し、機体を一気に加速させる。次の瞬間、WIBARNのいた場所を紫色の稲妻が貫いた!

「危ないところだった――」

 だが油断する隙も無くどこからともなく次々と稲妻が襲ってきた。橋本は機体を激しく揺すりながらなんとかそれを全て回避して行く。一時の激しい攻撃が止み、WIBARNとWIZARDは再び並んで編隊を組んだ。

「AMRAAMは効果がありません!どうしますか!?」

「…サイドワインダーで同時に近接射撃を試みる!俺は目標左翼に向かう。WIZARDは右翼に回り込め!」

 F−15は二手に分かれ、再び物体に接近して行く。

「WIZARD、ヤツの攻撃はそれほど命中率は高くないが注意しろ!」

「了解、突入します!!!」

 物体の斜め後方から近づいて行くと案の定、稲妻が再びF−15を襲ってきた。2機はそれを巧みに回避しながらサイドワインダーの射程距離まで接近する。

「今だ!!!」

 橋本がそう叫ぶと、左右からほぼ同時に計4基のサイドワインダーが放たれた。赤外線追尾ミサイルは、物体胴体中心部の熱源を捉えて、四方から突っ込んで行く。次の瞬間、物体の表面で次々と爆発が起こるが、煙が後方に流れると無傷の体が現れる。

「我々だけの火力ではどうしようもありません…!」

 機体を大きく上昇させながら飯塚は言った。

「残弾は…AMRAAMが一発づつか…」

 橋本も舌打ちした。

「しかし、ヤツは我々を追いかけて来ています!このまま南に進路を変えて、洋上の護衛艦隊まで誘導してはどうでしょうか!?」

「それまで耐えられればいいがな…!」

 飯塚の言葉に橋本は自嘲した。だが二人のそんな思いとは裏腹に、物体はF−15を追跡する事を止め、雲へと降下を開始した。二人の目の前で巨体が雲海に沈んで行く。

「どうしたんでしょうか!?」

 飯塚は驚きを隠せなかったが、橋本は眼下の雲海の向こうに見える景色から、自分達が今どこに居るのか推測し、ハッとなった。

「この下は…もう東海村だ――」

 


11 閃光の迎撃戦

13 エデンの猛威

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