NEO G Episode 2nd〜EDEN〜

 

 

――11『閃光の迎撃戦』

 

東海村――

「乗車――っ!!!」

 その掛け声とともに、整然と隊列をなしていた隊員たちはそれぞれの持ち場へ散って行く。その光景を見ながら住友はTX−2000の後方に位置するトレーラー程の大きさのある管制用車両に入った。

「発電所制御室と繋げっ!」

「了解!」

 住友はオペレーターが操作をし終わるのを待って無線機を取った。

「制御室、こちら防衛技研の住友一佐です。ただいまより原子炉を管制車の制御下に置きます。システムの同調を確認して下さい。」

 住友は片手でマイクを持ったまま、もう一方の手で手元のモニターを操作する。

『――同調確認しました、住友一佐。問題ありません。』

「ありがとうございます。以後の制御はこちらから出しますので、避難誘導の際はそちらにいる隊員に従ってください。はい――では…。」

 無線を切ると、彼は身が震えるのを感じた。自分の開発したこの兵器が日本を守る最後の砦となる――不安とも武者震いとも着かない震えだった。

「ゴジラとの距離は!?」

「……現在距離約18000、射程外です。」

 指揮所に正確な数字を確認していたのかやや遅れた返事だったが、住友は決意を固めるようにして頷いた。

「発電所1号炉、2号炉、3号炉出力85%!合計300万kwにまで上昇させよ!1次安全装置解除、コンデンサーに充電開始!!!」

「了解。1号炉から3号炉、出力を85%を維持。1次安全装置解除、TX−2000のコンデンサーへ充電開始。」

 住友の指示にオペレーターは迅速に対応する。発電所では原子炉の中のウランが核分裂を起こし、その熱量を膨大な電力へと転換して行く。そして、電力は発電所併設の変電施設から特殊送電ケーブルでTX−2000本体の後方に位置する、鋼鉄の箱のようなコンデンサーに送り込まれる。管制車両ではその様子がモニターグラフで現されていた。

「距離15000。ゴジラ、射程距離に入りました!」

「(いよいよだ――)」

 住友は心の中で一人語ちた。握った手はじっとりと汗ばんでいる。

「第2次安全装置解除、エネルギー加速開始!!!」

「了解、第2次安全装置解除。エネルギー加速開始します!」

ヒイイィィィィン……

 オペレーターが操作を終えると同時にTX−2000の本体上部、砲塔の円周部が甲高く響き始めた。300万kwの電力がTX−2000のエネルギー加速装置に送り込まれ、円周を回りながらその威力を増幅しているのだ。

「電子エネルギー、使用域まで加速完了。安全装置オールグリーンです。」

 オペレーターの報告に頷くと、住友は再びマイクを取った。

「住友一佐より戦闘指揮所、TX−2000発射準備完了――」

 

「――TX−2000、発射準備完了です。」

 住友からの連絡を受けた姿勢のままで氷川は言った。その視線の先には現場の作戦指揮官、陸上自衛隊第一師団長、篠原陸将が口を真一文字に結んでいる。篠原は組んでいた腕をゆっくりと解くと口を開いた。

「全部隊へ連絡!ゴジラへはTX−2000の攻撃を最優先とする。戦車隊、特科隊、ヘリ部隊は随時援護に回る事。――TX−2000第1射用意!!!」

 

『――第1射用意!!!』

 スピーカーから聞こえた篠原陸将の野太い声。住友は今までと別のモニターに向き直った。

「神山一尉!」

「ハッ!!!」

 ヘッドマウントディプレイを着けた砲手はトリガーとカメラ調整用ダイヤルの付いたレバーを握ったまま応えた。

「外すことは許されないぞ…!」

「分かっています。このシステムなら外しようはありません…!」

 住友は厳しい口調だったが、砲手の神山は微かに笑みを浮かべていた。彼はそれだけTX−2000の照準システムに自信を持っていた。モニターには超高精度デジタルカメラで捉えられた沖合のゴジラの姿が映し出されている。レバーを操作してサイトをゴジラに重ね合わせると瞬時に砲門からゴジラまでの正確な距離がミリ単位で弾き出され、同時にGPSからのデータが重ね合わされた。これでTX−2000の砲門は自動的に、リアルタイムでゴジラを追い続ける。通常の砲弾と違いTX−2000の攻撃は風などに影響を受けることも無く、ゴジラの動きでは一旦放たれた攻撃を避ける術は無い。

「…ターゲットロックオン!」

「最終安全装置解除!」

 住友はそう言うと自らボタンをカバーしているパネルを開き、力強くそれを押す。ボタンが青く点灯すると、砲手用レバーのトリガーが引ける状態になった。

「TX−2000発射します!!!」

 住友の動作を確認して、砲手の神山一尉はトリガーを引いた。

グンッ…!!!

 何かが引っ張られるような音。半透明なクリスタル状の材質で造られた砲身がその付け根から先端まで油が引かれたようなグラデーションで塗りつぶされるが、グラデーションは次に砲身を翔け抜ける真っ白な閃光に掻き消される。閃光は瞬時に砲門に達し、虚空へと放たれた。何かが爆発的に煌いたかと思うと、次の瞬間には海上を一条の光弾が光の尾を引きながら飛んで行く。

 ゆっくりと海上を進んでいたゴジラの目にも何か光るものが捉えられた、が――反応するその前に光の正体、TX−2000の光弾はゴジラの体へ突き刺さっていた。一直線に進んだ光弾は遮蔽物――ゴジラの体に激突すると拡散し、その威力を周りに振り撒いた。圧縮された300万kwの電子エネルギーはその場の空間を瞬時に加熱し、エネルギーに触れたもの全てを熱と光に変えて行く。海水は分子単位まで分解され、ゴジラの表皮ですら一瞬で炭化させられた。灰さえ残すことを許さない白い火球は膨張の限界を迎えると、衝撃波を伴なって弾けた。ゴジラの巨体はアッパーカットを食らったボクサーのように後ろに仰け反ると、もんどりうちながら海面に叩き付けられる――

 

 外に飛び出していた戦闘指揮所の氷川達にもその光景は見て取れた。TX−2000の放った光弾が東海村の沖合に吸いこまれたかと思うと次の瞬間、肉眼でも確認できるほど眩いばかりの白い閃光が立ち昇ったのだ。

「凄い…!!!」

 響いてくる轟音から、氷川達にもその威力は充分に想像できた。そして、実感した。この兵器が健在であればこのままゴジラを倒すことは出来なくとも、追い払うことは可能であると。

「初弾命中!!!」

 神山一尉のHMDに映し出された映像は鮮明に着弾の瞬間、そしてゴジラが倒れる姿を捉えていた。同じ画像をモニターで見ていたクルー達も立ち上がり、歓喜の声を上げている。

「まだだ!!!」

 しかし、住友が張り上げた一声で場が静まった。

「喜ぶのはヤツを撃退してからだ。各部冷却を行いながらテレメトリーせよ。点検終了次第次弾充電を開始すえる!」

「了解!」

 クルー達は自分の持ち場に向き直る。

「……まだ終わっていない。」

 住友は手応えの中にも、今だ拭えぬ不安を感じていた――

 

ザザザザザ……

 爆発の余波が収まりつつある海面が再び盛り上がる。ゴジラは纏わり付いた海水を払うように身震いすると天に向かって吼えた。TX−2000の一撃を食らったゴジラの目には抑え切れない怒りが浮かんでいた。分厚い胸板は表皮が痛々しく抉られているが、一瞬の高温によって傷口は焼き固められて出血は無い。やり場の無いエネルギーの捌け口の様にして背鰭を激しく光らせる――

 

「ゴジラ、海上に現れました!再び、東海村方面に進攻します!!!」

 神山一尉はHMDを付けたまま叫んだ。

「各部の状態は!?」

 それを受けて管制車両の各部に視線を巡らせる住友。

「送電ケーブル、コンデンサー、加速器、収束機ともに異常無し!」

「了解。次弾受電開始!」

 再び、住友の指示が下された。

 

東京――防衛庁

 住友、そして氷川達が現場で見ているのと同じ映像を真田と相沢も見ていた。

「TX−2000の第1射、命中しました!」

 オペレーターの声は耳に入っていたが、二人はモニターに釘付けだった。

「凄いですね…真田さん…。これならばいけるんじゃないですか!?」

「確かに想像以上の威力だが――」

「だが、何です?」

 相沢は真田の方を覗きこんだ、真田は彼に視線を合わさず続けた。

「いくら技研の開発だと言っても、これだけの威力を持つ兵器を実戦で初めて使うんだ。どこかに不備が出ても不思議じゃない。」

「――その気持ちは私にも分かります…」

 相沢は優秀な情報士官だ。机上のデータが有効なことも、そしてまたそれが時として何も役に立たない事は知り尽くしている。

「TX−2000、第2射開始します!」

 オペレーターの声に、二人は再びモニターへ視線を向けた。

 

東海村沖――

 閃光が海面を切り裂くと光弾の後には水飛沫が上がり、真っ直ぐゴジラに向かって飛んで行く。ゴジラ今回その光に反応出来た――が、避け切れず脇腹に攻撃を食らった。ゴジラの体は二つに折れると一瞬体全体が浮き上がる。光熱と衝撃波の中、ゴジラの姿は海中に消える――

 

「第2射命中!!!」

今度は先程よりも近い位置で爆発が起こった。だが、管制車では第1射の後のような歓喜の声は上がらない。住友の指示無しでも即座に各部のチェックが行われる。

「送電ケーブル、コンデンサー、加速器、収束機異常無し!」

「よし、第3射用意!次に現れた時を奴の最期にしてやる…」

 住友は乾いた唇を無意識的に舐めた。

「原子炉の出力を93%に!エネルギー量を400万kwまで増加させるんだ!」

「なんですって!?」

 住友の言葉を聞いてオペレーターは驚きの表情を浮かべる。しかし、住友は表情を崩さずに言った。

「理論上では許容範囲内だ。300万kwではゴジラに決定的なダメージを与えられなかった。奴は2発攻撃を受けて弱っているはず。ここに勝負を賭ける!!!」

 

「――分かりました。判断は住友一佐にお任せします。」

 それだけ言って氷川は無線機を置いた。

「篠原司令。住友一佐から、TX−2000の出力を現在の300万kwから400万kwまで上げると言う事です。」

「大丈夫なのか!?TX−2000は今回の作戦の要だ。もしもの事があれば原発の防衛に支障を来たしかねない。」

「確かに危険な賭けかもしれません。しかし出力300万kwのままでは決定打に欠けているのもまた事実です。ここは我々の中でTX−2000を最も知る住友一佐に任せるしかないのではないでしょうか?」

「――奴を倒すためには賭けの一つや二つはしなければならないのかもしれんな。」

 しばし考えた後、篠原は息をついた。

「氷川一佐。住友一佐に連絡、TX−2000の出力変更を許可する。異常時に備え、後方の特科連隊をいつでも動ける様にしておくんだ!」

「了解しました!」

 氷川はそう言うが早く無線機を手にした――

 

「――第3射受電完了!出力…400万kwです!!!」

「了解…!」

 報告を聞いて表情を引き締めた。

「神山一尉!」

「はっ!ターゲットロックオン。発射準備完了しています!」

「加速器開放、最終安全装置解除!」

 住友がパネルを操作すると、画面の表示が“SAFTY”から“FIRE”に変わる。そして、砲塔は上部に備えられた冷却ファンが高速で回転するとともに、甲高い音波を上げ始める。

「粒子速度発射位置です!」

「――第3射、撃て!!!」

「第3射、発射します!!!」

 住友の命令を復唱して神山がトリガーを引く。三度放たれるTX−2000の閃光弾――

 

 2度の攻撃は完全にゴジラの闘争本能を覚醒させていた。攻撃が飛んでくるであろう前方を鋭く見据え、体内に溢れんばかりのエネルギーを溜め込んでいる。研ぎ澄まされていたゴジラの神経は水面越しに輝く光を見逃さなかった。前2回の攻撃を受けた事から相手の攻撃の速度を本能的に覚えていたゴジラはそれに素早く反応し、背鰭を輝かせると放射熱線を海面に叩き付ける。それとほぼ同時にTX−2000の光弾は空気を切り裂きながらゴジラへと到達しようとしていた――が、その前にはゴジラの熱線の爆発によって生じた大量の水飛沫が――

 光弾はゴジラに到達すること無く水飛沫の壁に触れた。そして次の瞬間、水飛沫には光弾に触れた点から波紋が広がるようにしてエネルギーが走り、真円の穴が開く。水飛沫に吸収されなかったエネルギーもその指向性を失い、熱と衝撃波となって周囲に拡散してしまう。

 

「第3射がゴジラの手前、100mの位置でロスト!!!」

「どういうことだ!?」

 住友はモニターに詰め寄った。砲手の神山はデジタルカメラの映像を再生してみる。

「着弾の直前、ゴジラは熱線を海面に向けて放っています。それによって生じた大量の水飛沫がTX−2000のエネルギーを遮断してしまったんです!!!」

「しまった――!!!」

「どういうことでしょうか?」

 舌打ちする住友に、士官の一人が聞き返す。

「TX−2000の砲撃は高出力の電子エネルギーを加速収束して打ち出すものだ。確かに射出方向に対する指向性は非常に強いが…」

 そこまで言って住友は顔を歪ませた。

「逆にいえばそこまでしないと単一方向に志向出来ない不安定な性質を持っているといえる。大気のような密度の薄いものならばその影響を受けることは少ないが、一定以上の密度や濃度を持つ層に遮られるとその場で拡散してしまう…。威力こそ高いが貫通力が皆無なことはシミュレーションで分かっていたが、この場になって仇となるなとは…!!!」

 拳を握り締める住友。だが彼に追い打ちをかけるように管制車の中にアラームが鳴り響く。

「TX−2000に異常発生!砲身の一部に腐蝕!加速器が自動停止しました!!!」

「くっ……」

 住友は唇を噛んだ。全てが裏目に出た。砲身を破損した原因は明らかではないが、事前に実射試験ができず理論値のみで設計されたことに加えて、発射出力をデータ上では問題無しの範囲内とはいえ400万kwに引き上げたことに求められた。彼は打ちのめされた気分だった。しかしここで自分が取り乱してはクルー全体の士気が下がってしまう。住友は口の中に広がる血の味を感じながら努めて冷静に口を開く。

「TX−2000を前線から後退させて破損状況をチェック!修理班はチェックが終了次第パーツの交換を行え!」

 矢継ぎ早に指示を出すと、住友は無線機を握った――

 

『TX−2000は砲身内収束機が破損した為現在使用不能。破損状況のチェックと部品の交換に最低1時間以上…』

 住友からの報告を受けて指揮所の空気は凍り付いた。既にゴジラと発電所の距離は10kmを切っている。つまりゴジラが現在の進攻速度を維持するなら、TX−2000の修理は現実問題として間に合わない事を現しているのだ。

「…ここに来ての戦線離脱は痛いが、戦力はTX−2000だけではない!TX−2000は第2次ラインまで後退。戦車大隊は第1次ラインまで前進し攻撃待機!対戦車ヘリ、特科連隊の自走砲、ロケット砲部隊は前線の展開が完了次第攻撃開始!!!」

 篠原は無線機を置くと呟くように言った。

「ここからが我々の真の戦いだ――」

 TX−2000はコンデンサーとの接続が取り外され、エンジンをかけると後進を始めた。それと入れ替わるように地響きを立てて進んで来るのは最新型の90式を中心とする数十台の戦車部隊。ダークグレーの車体が海岸線に沿ってずらりと並ぶ。そして、戦車隊の後方から自走砲が一斉に火を噴いた。数秒の間が開いた後、沿岸の数km沖合いに水柱が上がり、炸裂音が遅れて聞こえてくる。続けてMLRS(多連装ロケットシステム)から放たれた弾頭が白い煙の尾を引きながら宙に消えていく――

 

 ゴジラは絶え間無い砲撃に翻弄されながらも前進を続けていた。“鋼鉄の雨”とも言われるMLRSのクラスター爆弾が周囲の海面を粉々に砕いても怯むことはない。爆発の炎と黒煙、水柱を掻き分けて進むその姿は魔神の姿そのもの。巨体が肉眼でも確認できる距離に近づきつつある今、その場にいる自衛隊員の全てに恐怖を与えるだけに充分な威圧感を持っていた。

「戦車隊!ゴジラを充分に引き付けろ!!!」

 戦闘指揮所では篠原師団長の檄が飛ぶ。TX−2000が使えなくなった今、破壊力と精密射撃を兼ね備えた戦車隊が原発を守る最後の砦だ。砲撃はゴジラの進行速度を遅らせる時間稼ぎにこそなれ、その歩みを止めることは出来なかった。ゴジラは今や海岸からわずか数百mの距離に近づきつつあった――

「撃てえっ!!!」

ズズズズズズズズン……!!!

 篠原のその言葉を待っていたかの様に90式戦車の120mm滑空砲が火を噴き、一面に火薬臭い白い煙が立ち込めた。90式戦車の砲弾――HEAT弾――はゴジラの頑強な表皮に当たると同時に前方に指向性爆発を起こして炸薬の威力を余すところ無く発揮させる。ゴジラは刹那にして全身が爆発に包まれた。腰から上が黒煙に覆い尽くされ、その動きが止まる――が、咆哮と共にゴジラはその煙を振り払い、再び進み出す。続いて戦車隊は第2射を行うが、それと同時にゴジラも青白い熱線を大きく裂けた口の奥から迸らせた。熱線に呑み込まれた砲弾は空中で爆発し、ゴジラに届くことは無い。こうなると戦車隊にもう勝目は無かった。第3射を用意するよりも早く、ゴジラの背鰭は光を放っていたのだ。

「総員後退!退避せよ!」

 戦車隊隊長の叫びも既に手後れだった。ゴジラは大きく息を吸い込むと眼下の戦車隊に向けて吐き出した。それは最初猛烈な突風だったが、やがて吐き出すゴジラの口周辺の空気が燃え出し隊員達の身を焦がすような高温を持ち、次の瞬間には熱線と化す――。それを浴びた者は苦痛を感じる前に全てを焼き尽くされ、熱線に舐め上げられた戦車は次々と蕩けた飴のように赤熱し、砲弾と燃料に引火すると粉々に爆砕した。爆風とそれに伴って巻き上げられた砂塵にその場の視界を奪われながらも、氷川や篠原を始め、指揮所の面々はテントを飛び出してその光景に目を奪われ立ち尽くしていた。そして、その場にいた誰も急に沖合から立ち込め出した暗雲に気付いてはいなかった――

 


10 迫る悪夢

12 エデン接近

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