NEO G Episode 2nd〜EDEN〜
――10『迫る悪夢』
夜が明け、朝早くから新宿や渋谷の街頭大型スクリーンには普段のCFやインフォメーションではなく、各TV局からの特別放送が流されていた。誰もがその前で足を止め、画面に見入っている。
『――昨日未明、政府は鹿島灘沖合にてゴジラを発見した事を発表しました!ゴジラは現在茨城県沖に接近していると思われ、進路に予想される福島県、茨城県、千葉県の太平洋沿岸一帯に緊急避難命令を発令しました。なお、首相は昨日臨時閣議を召集。日本本土に接近するゴジラに対し、自衛隊の出動命令を下しており、これによって東名、中央、常磐の各高速道路及び主用幹線道路は自衛隊車両の移動の為大幅な交通規制が行われています――』
人々の反応は一様に違っていた。若者にはゴジラの恐怖が実感できないのか、興味本位の会話を友人達と続け、ビジネスマンは携帯電話で忙しなく取引先や職場との連絡に追われていた。しかし、そんな人々の考えとは裏腹に、上空にはCH−60輸送ヘリやAH−1Sコブラ戦闘ヘリの機影が隊列を成し、爆音と共に次々と東の空へと消えて行く。それを見て初めて人々は日常では考えられない事態が起こっているのを感じるのだった。
東京都内――防衛技術研究本部
重厚な鋼鉄製の扉が開かれると、敷地内から次々とジープや兵員輸送車といった自衛隊の車両が走り出てくる。付近の道路は上下線とも完全に封鎖され、警官、機動隊が等間隔に並んで蟻1匹入り込めない物々しいまでの警戒態勢が敷かれていた。門から1台の大型トレーラーが出てきた時に、その場の緊張は最高潮に達した。トレーラーの積み荷にはカバーが被せられ、ワイヤーで固定されている。そう、防衛技術研究本部――技研がこの数年に渡って極秘に開発して来た対ゴジラ兵器「TX−2000」が初めて日の目を見た瞬間だった。後方から出てくる管制車両には開発責任者の住友一佐の緊張した面持ちがある。その時、完成車両の無線がコールされた。
「住友です。」
『氷川です。そちらの状況はいかがですか?』
予想した通り、相手は氷川だった。
「今技研を出発しました。今のところは何も問題ありません。都内から常磐道に入り、正午までには東海村に到着する予定です。」
住友は時計を見ながら答える。
『了解しました。陸上部隊の展開もその頃を目処に進めます。』
「氷川一佐は今どこに?」
『ヘリで一足先に現場へ向かっています。土浦と古河の部隊が先行する手はずになっていますので…』
「分かりました。では後ほど…」
そう言って住友は無線を切った。TX−2000を乗せた車両はパトカー、白バイに先導されながら一路決戦の地、東海村へと向かった――
防衛庁――
昨晩美咲と別れてから今まで、真田や相沢達は情報本部のオペレーションルームで不眠不休で事態を見守っていた。
「現在ゴジラは鹿島灘沖約120kmの海中を毎時15ノットで進攻中。海自の潜水艦が追跡しています。」
「海自は海上でゴジラをなんとか迎撃したい構えですね。沖合30kmの海域に浮遊機雷、その内側にはイージス艦「きりしま」を中心に第一護衛艦群の護衛艦が6隻、加えて空自は三沢の第3飛行隊から虎の子のF−2を投入してまで百里の戦闘部隊を増強しています。今までゴジラに対しこれほどの部隊が展開したことはありません…。」
オペレーターからの報告を受けた相沢は、スクリーンに投影された部隊の展開状況をみて息を飲んだ。
「米軍は海自の輪形の外で遠巻きに見ていますね…。太平洋艦隊はハワイでゴジラに恥を掻かされたからもう少し積極的に出てくるかと思ったんですが…。」
「ガイドラインの解釈内にゴジラに対する防衛出動を含むかどうかはまだ明文化されていないからな。ゴジラが戦闘範囲外に出た場合の予防措置、として譲歩したらしい。TX−2000の情報公開を条件にな――」
真田はそう言って毒づいた。開発に心血を注いで来た住友を始め、技研の面々の心中を考えると割り切れない思いだったが、「いつかは公になること…」と自分に言い聞かせた。
「第一戦車大隊、特科連隊、東海村到着――」
現場から次々と入ってくる状況により、オペレーションルームの緊張感も時代に高まりつつあった。
東海村――
東海村は異様な様相を呈していた。原子力事業関連の企業がひしめくこの町だが、今は避難命令により一般市民の姿は無い。周囲には戦闘服に身を包み小銃を携えた自衛隊員に姿ばかりである。放置された自動車の横を戦闘車両を乗せたトレーラーが横切り、兵員輸送車、装甲車の一団が集結地点の海岸付近を目指していた。
太平洋、そして海岸に面した東海村原子力発電所を臨むことの出来る高台に臨時指揮所用のテントが数基建てられ、部隊展開の準備に追われていた。そのテントの横に1台のジープが横付けされると、野戦服を着込んだ年配の男が現れた。男は数人の部下を伴なってテントに入って行く。
「――師団長、ご苦労様です。」
その男を見て、すでに現場に到着していた氷川達は敬礼して迎えた。男は今回の作戦の現場での司令官を命じられた、第一師団長篠原恒男陸将である。彼は無言で全員の敬礼に頷いた。
「部隊の展開状況は?」
篠原は大股で地図の広げられたテーブルに寄ってくる。
「はっ。1100(イチイチマルマル)現在、普通科連隊、戦車大隊、特科連隊は随時現場に到着。あとは都内を出発したTX−2000の到着を待つばかりです。」
「うむ…」
それを聞いて篠原は大きく頷いた。その時、テントの中に居ても分かるほど周囲がにわかに慌ただしくなった。
「――TX−2000、到着しました!」
オペレーターが無線機から顔を上げて告げると、その場に居た全員がテントの外に飛び出した。
一際大型のトレーラーが幹線道路から下り、戦車、自走砲、ミサイル車両が陣取る更地に入っていく。トレーラーはあらかじめ空けられたスペースに停車した。皆がその光景を見守っている。固定用ワイヤーの拘束を解かれ、全体を覆っていたカバーが取り払われると、今まで秘密のベールに包まれていたTX−2000の姿が真昼の一番高い太陽の元、露わになった。90式戦車よりも二周りも大きな車体、、外観は銀色の特殊装甲で統一され、砲塔に付けられた冷却ファンと、半透明のスリットが入り放熱孔の空いた覆いが被せられた砲身が、この機体がただの戦車でない事を物語っている。TX−2000は想像以上に静かなエンジン音を発しながらトレーラーから降りていく。そうするとすぐさま管制車両に乗っていた住友達、技研のクルーが車両に群がった。
「一班は発電所に向かい、制御室と管制車のシステムを接続!二班はコンデンサーと本体に送電線をセットしろ!!!」
「了解!」
住友の指示が飛ぶ。クルーはきびきびと動き回り、自分達の仕事をこなしていく。それを見届けながら住友は管制車の無線機を取った。
「こちら住友一佐。TX−2000現場到着、起動準備は0130(ゼロイチサンマル)までに完了予定――」
鹿島灘――
「ゴジラが速度を上げました!毎時30ノットで東海村に向かっています!このままの速度では我々は追い付けません…!!!」
海上は一見平静を保っているが、海中では状況に変化が起こり始めていた。ゴジラを追跡中の海自潜水艦「はるしお」のソナーはゴジラの影が自分達から次第に離れていくのを捉えていた。
「方向に間違いはないのだな!?」
「はい、ゴジラの進行方向には機雷帯と海上には護衛艦が展開済みです。…我々も攻撃しますか?」
「まあ待て…」
緊張を隠し切れない副長を艦長が制した。
「攻撃は機雷帯でゴジラの動きが止まってからでも遅くない。下手に攻撃してヤツの進路を逸らしてはどうしようもない。――待つのだ!!!」
艦長はモニターに現されたゴジラの影が東海村沖合に展開する機雷帯に近づいていくのを凝視した――
ドーン…ドドーン!!!
静かな海面に高々と水柱が上がった。数十メートルの高さまで上った水滴がまるで滝のように海面を叩き付ける。豪雨にも似たその喧騒が次第に収まりつつある時、海面の一部がにわかに騒立ち始め――その下から異形の物体がゆっくりと浮かび上がってくる。固まった溶岩を思わせるゴツゴツした黒い地膚、内から湧き上がる凶暴性がそのまま形になったかのような鋭く巨大な背鰭。上半身を海面上に露わにするとその物体は吼えた――幾つもの稲妻が同時に走ったような凄まじい音量、まるで地獄の底から響いてくる声はビリビリと大気を震わした!!!
東海村――
「ゴジラ現出!!!海自の敷設した機雷帯に侵入し、毎時5ノットの速度で進攻中!!!」
「護衛艦が戦闘態勢に入ります!!!」
オペレーターのアナウンスにより、東海村の指揮所は緊迫した雰囲気となった。だが機雷帯は東海村から20km沖合に敷設されている為、ゴジラの姿を見ることはもちろん出来ない。しかし、浮遊機雷の爆発音とゴジラの咆哮は潮風に乗り、氷川達の耳にも届いていた…
鹿島灘――
「各艦転舵!舷側ゴジラに向け、パープーン発射!!!」
6隻の護衛艦。先頭に立つ旗艦「きりしま」が面舵を切ると、二列縦隊は互い別方向に広がっていく。
「ハープーンデータ入力!攻撃開始!!!」
『きりしま』艦長の命令が全艦に伝えられ、各艦の戦闘指揮所ではミサイルの発射スイッチが押された。艦橋構造物の影に隠れるようにパープーン対艦ミサイル発射機は設置されており、それぞれ4基づつが左舷右舷に向いている。そんなランチャーが密閉式発射管を突き破って次々と火を噴くと、ブースターから白煙の尾を引きながら計6基のパープーン対艦ミサイルがゴジラへと向かう――。ミサイルは軌道を海面スレスレの低空に変えると、内蔵された自律誘導装置がゴジラの姿をそのレーダーに捉え、みるみると距離を詰める――
ドウン…ドウッドドンッ…ドウンドウン!!!
ゴジラの表皮の上で爆発が続けざまに起こる。オレンジ色の炎が輝いたかと思うと黒煙がゴジラの体を覆っていく――だが、ゴジラに傷付いた気配は無い。全身に纏った煙のヴェールを拭うようにゆっくりと前進する。
旗艦「きりしま」のレーダーにもはっきりと映っていた。護衛艦から放たれたパープーンミサイルを現す光点は確実にゴジラを直撃した、が――ゴジラを現す光点は消えること無くまっすぐこちらに進んで来る。
ハープーンミサイルを6発も食らえば空母も沈む。それなのにあの怪物は――!?ギリっ…。艦隊司令も務める一佐は歯軋りした。彼は直感していた。あの怪物に通常兵器は通用しない、それがこの艦に積まれているASROC弾頭でも、魚雷でも…。5インチ速射砲や20ミリバルカンなどは論外だった。しかし、彼等に与えられた任務は東海村方面に侵攻するゴジラを鹿島灘で迎撃すること。いかに不利な状況であろうと命令無しに逃げることは許されない。彼がそんなことを考えていたのはミサイル命中からわずか数秒のことだった。
「全艦、第2次攻撃用意!!!」
彼は再びマイクを握ると告げた――
茨城県――航空自衛隊百里基地
「――テイクオフ!!!」
百里基地ではゴジラの侵攻に備えていた航空機部隊が次々と飛び上がっていった。最新鋭のF−2支援戦闘機、F−4Jスーパーファントム戦闘爆撃機は翼のウェポンベイに搭載能力一杯の誘導爆弾、対地ミサイルを積んでいる。文明の生んだ炎で武装した鋼鉄の猛禽類達はアフターバーナーを全開にすると、東の空に消えていった。
鹿島灘――
ゴジラに対しミサイル攻撃を続ける護衛艦隊の上空に爆音が響いた。まるで雁の群れのような隊列をした戦闘機部隊が高度を下げながら突入してくる。
「目標確認。ナイト隊突入!ルーク隊は援護せよ!!!」
最新鋭支援戦闘機F−2からなるナイト隊を指揮する佐々木二佐の号令のもと、戦闘機部隊による攻撃が開始された。ナイト隊が速度を下げながらゴジラに照準を合わせる間、F−4Jファントムからなるルーク隊は左右に分かれながら先行し、ゴジラとの距離を詰める。
「撃てッ!!!」
ルーク隊隊長中西三佐はそう言って操縦悍のトリガーを絞った。毎分3000発の連射速度を持つ20mmバルカン砲が火を噴き、オレンジ色に輝く曳航弾の軌跡を残しながら、劣化ウランの弾丸がゴジラの皮膚の上で無数の火花を上げる。ルーク隊による左右からの牽制にゴジラの足が一瞬止まった。その隙を佐々木達優秀なパイロットが見逃すはずは無かった。ロックオンサイトがゴジラに重なる――
「ファイア!!!」
ナイト隊のパイロット達は目の前に迫る巨大な怪物に向けて、翼の下に抱いた凶器を解き放った。ミサイルはまるで自分の意思を持っているかのように、わずかに感じるゴジラの体内熱めがけて飛んで行く。5機のF−2から撃たれたミサイル10発は左右のルーク隊に気を取られていたゴジラに残らず命中した。
東京――防衛庁
防衛情報本部オペレーションルームのメインスクリーンでは東海村付近の地図が映し出され、艦隊、部隊の展開状況、ゴジラの位置が示されていた。そして――
「空自のナイト隊、ルーク隊突入開始します!」
逐一入ってくる現場の情報。真田もそれに釘付けだった。
「(これがゴジラとの戦闘か――!?)」
真田は心の中で一人語ちた。そこには彼の知っている戦争の形とは全く違ったものが展開されていた。ベトナム戦争、イラン・イラク戦争、湾岸戦争――自衛隊の情報士官となって近代戦争の記録は読み尽くした。それらを概して言えば、物量で相手を圧倒し、情報で戦況を有利に進める――それが戦争だった。しかし目の前で繰り広げられているのは、そんな常識は通用しない。数の上では圧倒的に上回る自衛隊の火力、ゴジラの特性を研究した綿密な作戦、そんな人間の思惑を上回ってゴジラはなおも進んでいる。
「――ゴジラの進攻は止まりません!!!」
オペレーターもそう言ってかぶりを振った。
「このままでは……!?」
不意に相沢が端末に向かい、キーボードを叩き始めた。画面には次々と今回の作戦に参加している部隊、護衛艦、各種兵器のデータが表示される。
「マズイですよ、真田さん…」
「どうした?」
相沢に呼ばれ、振り向いた真田はモニターを覗きこんだ。
「VLS(ミサイルの垂直発射システム)を全弾ハープーンに換装出来るイージス艦の『きりしま』はともかく、それ以外の護衛艦では対艦、対潜攻撃能力は通常のままに限られてしまいます。ゴジラに対してパープーンやASROCを使用してもゴジラの移動速度の低下は僅なことから。このままではゴジラが倒れるよりも早く弾薬の方が尽きてしまいますよ!!!」
「………」
真田は無言でそれを肯定した。そして――
「まだだ。海自と空自がダメでもまだ陸自にTX−2000が控えている…。」
周りに、そして自分にも言い聞かせるように言った。
鹿島灘――
F−2支援戦闘機ナイト1パイロット、佐々木二佐は視界に命中するミサイルを見ながらゴジラの上を通り過ぎて行った。そして、上昇する機体のキャノピー越しにゴジラが背鰭を発光させるのが見える――
「ナイト4、ナイト5突入中止!ブレイクしろ!!!」
彼は危険を察知し、突入してくる後続機に向かって叫んだがすでに遅かった。ゴジラはカッと目を見開き、迫り来る機械の鳥をその視界に捕らえた。そして、首の動きで戦闘機の軌道を追うようにして熱線を放った。ナイト4は熱線の直撃を受けて爆散する。ゴジラは返す刀で熱線を吐き出しながら首を逆に振った。回避運動中だったナイト5が辛うじてその直撃を免れた、が――熱線に舐め上げられたそ左翼は赤熱し、本来の強度を失った。高速旋回の風圧に耐え切れず空中で分解してしまう左翼、コントロール不能になったナイト5は海面に突き刺さって砕けた。
「後藤!大谷!」
佐々木はその光景を視界の隅に捉えながら叫んだ。しかし、彼の怒りと悲しみの代弁者となるべきミサイルはすでに尽きている。彼は部下の命が散って行くのをただ見ているしかなかった。
ゴジラにして見ればそれは鬱陶しい虫を叩き潰したくらいの感覚でしかなかったのだろう。そんなゴジラが不意に振り返った。そこには護衛艦の放った4基のハープーンが迫りつつあったのだ。だが、いちど戦闘本能に火が付いたゴジラの反応は素早い。背鰭を光らせながら落ち着いた様子でミサイルの飛んでくる方向に向き直り、宙へ熱線を迸らせた。突入してくるミサイルは熱線に飲み込まれると、ゴジラの手前で爆発する――
護衛艦「きりしま」のレーダーにもその様子は捉えられた。接近するミサイルの光点はゴジラの光点に接触する前に掻き消えたのだ。
「パープーン、撃墜されました…」
「ゴジラ、機雷帯を突破します…」
オペレーターの言葉にも力は無かった。艦長にも分かっていた。今の攻撃で護衛艦の持つパープーンミサイルは使い切ったことを。残された兵器は敵が艦に接近して来た場合に効果を発揮するものばかり。威力の劣る兵器で艦隊がゴジラと近接距離で戦闘を行えばこちらに被害が出ることは明白である。
「司令部に打電だ――」
艦長は水平線を見詰めながら言った。
東海村――
「――護衛艦隊はゴジラに対し、安全距離を保っての攻撃手段を失った。以後の作戦指揮を陸上自衛隊に移譲する…だ、そうだ。」
篠原陸将は送られてきた通信文を抑揚の無い口調で読み上げた。司令部からは既に、2機を失った航空機部隊は百里基地に、第一護衛艦群は補給の為に横須賀に帰航させる旨の命令が与えられており、原発を守る最後の砦として彼等が残された。
「氷川一佐、住友一佐にTX‐2000の射撃準備を指示してくれ。」
「了解しました!」
決意に満ちた篠原の表情を見ながら務めて冷静に応える氷川だったが、その心の内では迫るゴジラに気持ちが高ぶるのを感じていた――
続
9 本土緊迫
11 閃光の迎撃戦