NEO G Episode 2nd〜EDEN〜

 

 

――9 『本土緊迫』

 

横浜市内――美咲の勤める大学

 次の日、美咲は疲れがとれないままの重い体、晴れない気分を引きずったまま大学に出勤した。その日は週に一度行われる、彼女が受け持つ講義があったから休むわけにはいかなかった。発掘作業で先週を休講しただけに、授業をこれ以上遅らせる訳にいかない。

「今日はこれまで…!」

 そう言って美咲は授業を締めくくった。普段は疲れなど感じない時間であるが、今日ばかりは終わると同時に溜め息が漏れた。だが、彼女にはひとつ気になる事があった。いつもなら一番前の席で授業を熱心に聞いているはずの梢が今日は休んでいたからだ。昨日の彼女の様子ではそれもしょうがないと思いながら、研究室に戻る。それと同時に内線電話がかかって来た。

「はい、真田です…」

『あ、戻られましたか?三宅です。』

 電話の相手は三宅であった。声の調子は何だか興奮し、焦っているようにも聞こえる。

『すぐに耳に入れたい事がありまして…。今からそちら伺ってもよろしいでしょうか?』

 美咲はちらりと時計に目を遣った。次の予定までは充分時間がある。

「ええ、大丈夫です。何か新しい事が分かったんですか?」

 美咲は胸が高鳴るのと同時に、不安が広がって行くのを感じた。

『電話では話しにくいので…詳しくは後ほど。すぐに伺います!』

 そう言って電話は切れた。三宅は言った通りに、5分もかからずしてやって来た。三宅の表情はどこか疲れ切っているように見える。しかし、その目だけはギラギラ輝いていた。

「(この人のことだから、夜中に何か閃いてそのまま徹夜してしまったんでしょうね…)」

 美咲は三宅の様子を見て心の中で苦笑した。しかし、三宅の口から出た言葉は意外なものだった。

「――昨晩、夢を見たのです!」

 夢――そう聞いて美咲は思わず声を上げそうになった。しかし、それを何とか飲みこんで三宅の話に耳を傾ける。

「何とも妙な夢でしてね…。私が今とは違う、どこか過去の時代に居るんです。そして、そこは何物かによって壊滅させられていました。破壊を行った張本人を人々はこう呼んでいました…“エデン”…と――」

 それを聞いて美咲は頭の中が真っ白になった。やはり――美咲はそう思った。これはもう偶然では片付けられない。金属板に記されたエデンと夢の中に出てきたエデン、そして現代に現れた謎の物体には何らかの因果関係がある――!!!金属板を直接目にした人間は何らかの働きかけによって、そこに刻まれた過去を共有しているのだ。おそらくは梢も何かに気付いている、昨日の彼女の様子を思い出して美咲は確信した。

「酷い顔しているでしょう…」

 三宅は不精髭の生えた頬を擦りながら続けた。

「そんな夢を見たんで目が冴えてしまいましてね。徹夜で金属板の解読をしていたんです。不思議な事に夢を見た後は“グランド・グラフ”の変換表を見なくても文字が頭に入って来ましてね…あらかた解読は終わりましたよ。」

「それで、内容は!?」

 思わず美咲は見を乗り出していた。

「だから、急いで来たんです!」

 そう言って三宅は数枚のメモを美咲の前に差し出した。彼は夢中だったのであろう、汚い文字で走り書きしてある。

「結論から言えば…この金属板を作った者達の文明を滅ぼした存在こそ、エデンです!!!彼等の文明は繁栄し過ぎた代償に深刻な環境破壊に陥ってしまった…。“悪しきを除く”とは環境から汚染物質を取り除くことを意味しているんでしょう。エデンとは環境を浄化する為の装置だったと考えるのが妥当です。」

「ならばその装置が何故彼等を滅ぼすようになったんでしょうか?」

 美咲は三宅の話を聞いても釈然としなかった。彼女が夢の中で見たエデンとは街を破壊し、人を虐殺する兵器に等しい存在だったからだ。

「確かに彼等はエデンによって存亡の危機を逃れました。しかし…危機など去ってしまえば人々から忘れ去られるのはいつの時代でも同じようです。彼等は自分達が今まで以上に繁栄できているのがエデンのお陰であると忘れてしまったのでしょう、自分達自身がエデンの本来守るべき自然にとって“悪しきもの”になっていると気付かなかった…。“悪しきを除くもの“として作られたエデンが彼等を排除の対象と見なすまで時間はかからなかった――。では、エデンとはどんなものなのか……!?」

 三宅はそう言って、何も記されていない金属板を取り出した。

「この何も書かれていない最後の一枚…、これに正体は隠されていました。ちょっとカーテンを閉めてもらえますか?」

 美咲が言われた通りに部屋のカーテンを閉め切ると、ライトを取り出した。

「これは遺跡などの壁面に刻みこまれた文字の不鮮明な部分を光学的に浮かび上がらせる時に使う特殊なライトで、削れたものでも周りとの腐蝕の違いで捉える事が可能です。これを使うと・・・・・・」

 そう言ってライトを金属板に向けた。淡い紫色のライトが金属板で反射すると、空中に立体的な画像が浮かび上がる――

 美咲はそれを見て息を飲んだ。夢に現れたエデンが現実の巨大飛行物体と一致していたことは彼女の思い込み、偶然と言って割り切れた。しかし、目の前にもはや偶然とは言えないものが突き付けられたのだ。

「私達はこの物体を知っているはずです。TVで報道されたロサンゼルスに現れた飛行物体――あれがエデンなのではないでしょうか!?」

 三宅は声を落として続けた。

「なぜエデンが今、この現代に現れた理由は分かりません。しかし…今の人類の文明は“悪しきを除く”エデンの標的となっておかしくないほど地球を侵食しているのかもしれません…。」

「――私が追い求めていた文明の最期がこんな形で明らかになるなんて…」

 美咲もまた愕然とした面持ちでいた。そんな時、美咲の頭の中に梢の事が思い出された。

「あの…この紙を今日休んでいる木下さんにも見せたいので頂きたいのですが…」

「ええ、これはコピーなので差し上げます――」

 三宅が部屋を出て行くと、美咲は今日の予定に特に用事が入っていないことを確認して荷物をまとめて駐車場に向かった。

 

 

横浜市内――梢の住むアパート

ピンポーン…

 呼び鈴が鳴ってからしばらく経って梢はドアの間からゆっくりと顔を出した。

「先生…?」

「今日の授業に来ていなかったから心配になって…。」

 不安そうな顔をする彼女に美咲は微笑みかける。

「先生ぇ〜!!!」

 梢はドアを開け放つと、美咲に泣き付いて来た。

「私、恐いです…!!!」

「落ち着いて…分かっているから…。」

「え…っ…」

 美咲の言葉を聞いて梢は不思議そうな表情を浮かべた。

 美咲は大学で三宅から見せられたレポートを梢に見せた。そして、自分が見た夢の内容を話すと梢もゆっくりとだが喋り始めた――自分も夢を見たことを――

「――これは私の個人的な考えなんだけど、あの金属板には記してある文字だけじゃなくて見た者にイメージを、作った者が本当に伝えたかったイメージを夢として見せる仕掛けがしてあるんじゃないかな?だから私や三宅先生、木下さんは同じ夢を見た。あの金属板を作った人達が何故歴史から姿を消したのか――これではっきりしたわ。」

「でも先生、夢で見たエデンが現在に現れたとしたら人間はどうなってしまうんでしょうか?彼等の文明の様に世界が破壊し尽くされてしまうとしたら、私達はどうしようもありません……」

 梢はそう言って俯いてしまう。その間に美咲の脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。

「確かに、私達ではどうしようもない事だわ。でも一人だけ話を聞いてくれそうな人がいるの――」

 美咲は言葉に希望を込めて言った――。

 

 

市ヶ谷――防衛庁

 真田は足早に廊下を歩いていた。女子職員から知らされた言葉は意外なものだった。奥さんがロビーでお待ちです――と。ちょうど昼休み前であった事もあり、氷川からも面会を許可されたのだ。

 数年前にこの市ヶ谷に移転されたばかりの防衛庁庁舎のエントランスは広く、清潔に保たれている。顔見知りのガードマンに軽く会釈をすると、真田はソファーに座る美咲の元に急いだ。彼女もそれに気付いたのか、こちらを振り向き立ち上がった。

「忙しいのに悪かったわね…。」

 お互い向かい合って座った時の彼女の第一声がそうだった。

「いや…今は構わなかったが…急にどうしたんだ?」

 彼女の意外な様子に真田も驚いてそう答えるしかなかった。だが、職場まで押し掛けて来た彼女に対する苛立ちよりも、数ヶ月振りにまともに顔を合わせられた安心感の方が大きかった。

「ちょっと話をしたいんだけど…時間をとれないかしら?」

「ここじゃあまずいのか?」

 周りを見回しながら真田は言った。

「あのっ、私達二人の事じゃあなくてもっと別の事なんだけど…。もしかしたらあなたの仕事にも関係しているかもしれない…」

「そうか、分かったよ。」

 真田は少々落胆している自分を感じた。話の中で再び一つ屋根の下で暮らせる事への期待を淡く抱いていたが、美咲の言葉にその期待は打ち消されてしまったからだ。

「ならば僕達の家はどうだ?まだ、鍵は持っているだろう?」

「ええ、もちろん。」

 そう言って美咲はハンドバッグからキーを取り出して見せた。

「先に行っていてくれないか?僕は今日の仕事が終わり次第戻るよ。」

「わかったわ。ご馳走を作って待っているから…」

 美咲は微笑んだ。

「君の手料理は久しぶりだ…。楽しみにしているよ。」

 その言葉を最後に二人和やかな表情で席を立った。

 

――夕刻、いつもより早く帰り支度を始める真田に相沢が声をかけた。

「どうしたんですか、真田さん?」

「ちょっとな、早めに上がらせてもらうよ。」

「知っていますよ〜。昼間に奥さんが来たんでしょう?デートですか?」

「会うのは確かだが…、そんなんじゃない。」

 真田は浮き立つ心を抑えながら言ったつもりだが、相沢の鋭いところには感づかれてしまう。

「後は私に任せて、ゆっくりと楽しんできてください。」

「――ったく。いい加減にしろよ!」

 からかう様に言う相沢に苦笑しながら真田は背広を羽織り、オペレーションルームを出て行った。

 

 

東京都内――真田の自宅

カチャッ…

 出かける前にはいつもかけている鍵が今日は開いている。ドアを開けると中からいい匂いが漂って来た。

「ただいま、美咲。」

「おかえりなさい、誠さん。」

 真田がドアを閉めると、リビングから美咲が姿を現した。料理をしていたのか、白いエプロンをして肩まで伸ばしたセミロングの髪を首の後ろで束ねている。そんな姿を見ていると、とても大学の助教授には見えない。元々若作りな顔立ちだけに実際の年齢より若く、20代にも見える。

「――変わらないな、君は。」

 美咲の姿を見て真田は思わず呟いた。

「何か言った?」

「いや、何でもない。いい匂いだな…」

 エプロンを解いた美咲に悟られないように真田は話題を変えた――

 

「ご馳走さま、美味しかったよ。」

「良かった。一人暮しだとなかなかこういった料理をする事が無くて心配だったの。」

 真田から誉められ、美咲は素直に喜んだ。世間一般から見ればキャリアウーマンと呼ばれるような美咲であるが、料理の腕は確かだった。真田は久しぶりに感じる家庭の雰囲気が名残惜しかったが、それをミネラルウォーターと共に胸の奥に流し込むと話題を核心に向けた。

「――それで僕に話とは、一体何なんだい?」

「そう…だったわね。あなたに聞いて欲しい事があるの…。」

 美咲は真田の正面の椅子に座ると、切り出した。

「あなたのところには、ロサンゼルスやハワイの事件について情報は入ってきているの?」

「?、いきなりだな…。それが話と関係あるのかい?」

「話次第では、大有りかもしれないの。あなたの立場は分かっているけど、話してくれる範囲だけでいいから

…」

 真田は美咲の目を見つめた。彼女は興味本位の態度ではない。先ほどまでは見られなかった――どこか思い詰めたような、彼にすがるような視線。

「分かったよ。」

 真田は頷いた。

「相手が君だから話すんだ。他言しないように頼むよ…。でも――我々にもはっきりとした事は分かっていない。限定された情報になってしまうが――」

 真田は視線をやや落とし、記憶していることを思い出しながら続けた。

「……一番の謎はハワイにゴジラが残した放射能が物体の出現と同時に消えてしまったという事なんだ。同じような事が以前にも起こっている。君が調査先のミクロネシアで外出禁止を受けたことを覚えているかい?」

「ええ。」

「あの時、南太平洋のギルディアという小国が新型核爆弾の地下実験を行っていたんだ。しかし実験は失敗…。想像を超えた爆発力は地下のみならず大気中にも大量の放射能を撒き散らした恐れがあった。そこで周辺諸国をパニックに陥らせない為に当局は周辺地域の汚染調査を行った。結果、確かに現地には放射能で汚染された痕跡が見られた。しかし、不可解な事に放射能そのものは全く検出されなかったのだ。僕達の推論ではギルディアの事件でも物体と放射能は何か繋がりがあると考えている。」

「そう…」

 真田の話をそこまで聞いて、美咲は息をつく。

「――その物体って、もしかしたらエデンじゃあないかと思うの…」

「エデン!?」

 美咲の言葉に真田は驚きの表情を浮かべた。

「そう、エデン。今回の発掘でミクロネシアの遺跡から見付けた、古文書らしき金属板に記されていた名前よ。大学の先輩に協力してもらって、その金属板に刻まれていた文字を解読したわ。これがその内容――」

 美咲から差し出された紙を食い入る様に見る真田。

「――悪しきを除くもの、エデンか…」

「金属板によれば、エデンは自然に害をなす様々な“悪しき”を取り除く存在として古代の文明によって創り出されたもの。誠さんの話の通り、かつて古代の文明のあった海底が核実験によって激しく汚染されたとすれば、古代人を滅ぼし、海底の地層深く眠っていたエデンが再び動き出した理由もつじつまが合うわ…。」

 美咲はあえて夢の内容には触れなかった。

「なるほど…」

 真田は感心したように頷く。

「自衛隊の情報士官として言わせてもらえれば、正直信じられないような話だ。しかし、今起きている異常事態を理解する為にはそう考えるのが妥当かもしれない…。」

「エデンがロサンゼルスを破壊したことから、既にエデンは現在の人間の文明を“悪しきもの”として認識しているのかもしれないわ。だとすれば私なんかの力ではどうしようもない…。無駄だと分かっても、誠さんだけにはに聞いてもらいたいと思って…。」

「そうならば、もうひとつ君に言っておきたいことがある。」

「――何!?」

 美咲は俯いていた顔を上げ、真田を見た。

「物体がロサンゼルスから消えた時間とゴジラがハワイに現れた時間はほぼ重なっている。その後も物体はゴジラの後を追うような進路を取って消えたんだ。物体はゴジラを追っているんじゃないのか!?」

 真田がそう言うと、美咲は頷いた。

「私の予想が正しければ、エデンが人類だけでなくゴジラにも牙を剥くのは当然だわ。なぜならば人類もゴジラも地球環境にとって脅威となる存在としては同じだから…」

「物体がゴジラを追っているとすれば、我々自衛隊にとっても重要な問題となるんだ…」

「どうして?」

「これは防衛機密に値する。秘密は絶対に守ってもらうよ。」

 美咲が頷くのを待って真田は続ける。彼は気づかぬうちに机の上で拳を握っていた。

「僕の所属している調査部の予測ではゴジラはこの数日のうちに本土沿岸部に現れる可能性がある。となると日本はゴジラとエデン、両方の脅威に曝されるわけだ!」

ピピピピピピ……

 その時、彼の携帯電話がコールされた。着信音の違いから、それが自衛隊からの守秘回線であると真田には分かった。

「真田です――」

『真田二佐、相沢です……』

 相沢の声から、真田はスピーカーの向こうの緊迫した状況を感じたのだった――

 

 

数時間前――鹿島灘沖

 日本近海の太平洋には海上自衛隊によるゴジラ警戒態勢が敷かれていた。哨戒機からの上空監視、対潜ヘリと洋上艦による絶え間無い捜索活動。だが、ゴジラの進路と予想される海域全てをカバーするには海自の保有する艦船、航空機をもってしても充分ではない。そこで、大量のソノブイを海面に投下し、そこから得られる情報をヘリや哨戒機経由でイージス護衛艦のレーダーシステムに集約する手法が取られていた。第一護衛艦群所属イージス護衛艦「きりしま」は鹿島灘を中心とした海域において、ゴジラ探索の旗艦となっていた。その時――

「ソノブイ、No.5にコンタクト!!!」

「確かか!?」

 ソナー員が声を上げると、艦長がモニターを覗きこんで来た。

「はい。ですが反応微弱…、識別できません!」

「……まるでデカイ鯨が泳いでいる様だな。」

 艦長がソナー員から差し出されたヘッドフォンを耳に当てながら呟く。

「現場に一番近いヘリは?」

「はっ、『ゆうぎり』搭載のSH−60が上空に待機中です。」

 副長が応えると、艦長はヘッドフォンをソナー員に返し、マイクを取った。

「こちら『きりしま』。『ゆうぎり』応答せよ――ソノブイNo.5に反応した海中の物体をヘリに確認させてくれ――!!!」

 

「データ、来ました!!!」

 数分後――ソノブイ、ヘリ、護衛艦それぞれのソナーで修正された目標のデータが「きりしま」に送られてきた。

「キャビテーションノイズ、エンジン音無し。温排水無し、なお強い磁気反応が確認されています。データからは原子力潜水艦、通常潜水艦どれにも当てはまりません…。」

 報告が発令所に流れ、その場は緊張に包まれた。

「――ゴジラ…でしょうか!?」

 副長が艦長に言葉を向ける。

「ああ、間違い無い!!!」

 艦長は自らに言い聞かせるように頷くと、声を張り上げた。

「司令部に打電!――ゴジラ発見!鹿島灘沖より東日本沿岸に接近中!!!」

 

 

市ヶ谷――防衛庁

 護衛艦からの第一報が入り、防衛庁ではすぐさま政府への報告が行われると共に、陸・海・空の幕僚長、将官達による対ゴジラ作戦の立案が防衛庁長官の立会いの元行われていた。

「現在の速度、進路から約24時間以内にゴジラが茨城県の太平洋岸に到達する事は必至と思われます。」

「上陸すればどの地域がの可能性が高いと考えますか?」

 海自幕僚長の藤波へ、同席していた氷川が問う。

「最も可能性が高いと考えられるのはここでしょう…」

 藤波は地図の一点を指し示した。そこ場にいる全員の頭の中にあった場所だ。

「やはり…東海村の原発…」

 小川陸自幕僚長が息をつく。

「しかし、ものは考えようです。もしゴジラが東海村に向かうとすれば、TX−2000による迎撃が可能です。通常兵器のみの戦いに比べれば戦局は我々に有利と言えるのかもしれません。」

 周りを見渡しながら氷川が言った。

「危険な賭けだな…。万が一原発が破壊されると言う可能性が無いわけでは無い。」

 小川が言った時、部屋の電話が鳴った。それを、武藤長官が取る。

「はい…はい…分かりました、決定ですね…。」

 そのやり取りを聞いただけで、その場にいる全員が内容を理解した。

「――召集されていた緊急閣議で自衛隊の出動要請が下った。間も無く、関連各省庁と防衛出動に必要な各認可が下りるだろう。」

 武藤は受話器を置きながら言う。彼は幕僚達が囲む円卓に近づくと尋ねた。

「では…自衛隊の最終的な作戦はどうなりますか…?」

「はっ、まずはゴジラを海上で迎撃する態勢をとります!」

 藤波は円卓に広げた地図をポインターで示した。

「ゴジラの進路と予想される海域、長さ3km、幅約800mに渡って浮遊機雷を敷設します。機雷帯の内側、海岸より20kmの海域には第一護衛艦群の護衛艦6隻、外側には潜水艦4隻が待機。機雷でゴジラを足止めしつつ、遠距離からの砲撃によりゴジラを攻撃する布陣です。」

「空自の支援態勢は?」

 武藤に促され、村上空自幕僚長が一歩進み出た。

「既に百里基地の攻撃機部隊が出撃準備に入っており、4時間以内に完了する見込みです。同様に入間にも待機命令が下っています。」

「…陸上自衛隊の方は?」

「練馬の第一普通科連隊、朝霞の第31普通科連隊、駒門の第一特科連隊、高射大隊、戦車大隊が順次出動準備中。輸送経路の確保が出来次第、東海村に向けて出発できます。」

「――あとは時間との戦いですな…」

 小川の説明を聞いて、武藤長官は時計を見た。ゴジラとの戦いまであと24時間を切った――

 会議室を出てそれぞれの持ち場に戻る途中、小川は氷川に声をかけてきた。

「TX−2000の方は大丈夫なのか?」

「はい。その件に関しましては技研の住友一佐に一任しております。ハワイにゴジラが現れた時点から準備に入ってもらっていますので問題は無いでしょう。ただ住友一佐が危惧している通り、実射試験も行われていない機械です。その点が不安では無いといえば嘘になります…。」

 珍しく氷川は顔色を曇らせた。

「残念だが、いくら海自と空自が鉄壁の布陣を張ってもゴジラを食い止められる可能性は低い…。切り札としてTX−2000に頼る局面は大いに考えられる…」

「ハッ…。」

 氷川は頷いた。

 

 

都内――真田の自宅

 電話で相沢からゴジラの発見を伝えられた真田は再び制服に着替えていた。

「本当にゴジラなの…?」

 美咲が不安げに聞いた。

「相沢から聞いた限りでは間違い無いだろうな。未確認物体の特徴は確認されているどの潜水艦のものとも異なっている。そんなものが一直線に東海村の原発に向かっているんだ!」

 そう言いながらネクタイを締める真田。

「――私はどうしたらいいのかしら…」

「そうだな…ここにいても良いけれど…」

「あなたは戻って来れるの?」

 美咲は真田を見詰めた。

「イヤ…しばらくは無理だろう。少なくともこの作戦が終了するまでは…。」

 考えこみながら真田が答える。

「そう…。ならば私は電車があるうちに部屋に戻るわ。もしかしたら大学でも処理しなければならない事があるかもしれないし…。」

「…分かったよ。じゃ、行って来る…。」

 それを聞いて、真田は玄関に向かって踵を返した。

「無理しないで、無事でいて…!」

 後姿に美咲が声をかけると、真田は振り返らないまま頷いた――

 


8 悪しきを除くもの

10 迫る悪夢

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