――7『忍び寄る脅威』
東京都内――防衛技術研究本部
住宅地や商業地からやや離れた街道沿いにその建物はあった。正面のゲートには制服姿の陸上自衛官が歩哨に立ち、広い敷地は高い鋼鉄製のフェンスに囲まれフェンスの上部には対物感知センサーが張り巡らされている。分厚いコンクリートで固められ窓も無い建物の中、二人の男が並んでいる。一人は制服姿の氷川、一人は年齢が氷川と同じくらいの男で作業着のような繋ぎの上に白衣を羽織っている。二人はシートの掛けられた二つの大きな物体の前で立ち止まった。
「住友一佐、これはすぐに使えるようになりますでしょうか?」
氷川は二つの物体を見上げて言った。
「ええ、いつでも動かせますよ。ただ実戦で使われたことはありませんので、理論的には大丈夫でも信頼性の面で不安があることは否めませんが……。」
その隣で住友と呼ばれた男が答えた。
「分かっています。これが実戦に投入される時は一刻の猶予も許されない時です。」
氷川が眉をひそめる。
「……氷川一佐、本当にゴジラは日本に現れるんでしょうか?」
住友は無表情に戻った氷川の顔を覗きこんだ。短い沈黙の後、氷川は口を開く。
「私の部下達が全力を注いで調査していますが、まだ確証は持てません。だが、もしゴジラが日本に現れる事態となったとしたら、この“STX‐0”が必ず必要となります。」
それを聞いて、住友は頷いた。
「任せて下さい。技研の名にかけて万全の状態にしておきます!」
「よろしくお願いします。」
氷川は深々と頭を下げた。
太平洋――小笠原諸島南東沖
――海上自衛隊第2潜水隊群第6潜水隊「わかしお」
深度約100m。薄らとしか太陽の光が届かない海中を、円錐を前後に引き伸ばしたような涙滴型<ティアドロップ>と呼ばれる特徴的なシルエットをした黒い物体がゆっくりと横切っていく。海上自衛隊所属の潜水艦『わかしお』は小笠原諸島沖の哨戒海域に向けて航海を続けているところだった。
『ソナーに感あり!2時の方向、距離4000に移動物体!』
ソナー員がそう告げると、艦内に緊張が走った。ゴジラがハワイに現れた翌日から、海上自衛隊は厳戒体制をとっていた。護衛艦、潜水艦、対潜ヘリ、対潜哨戒機、海自の保有する戦力の約3分の2が太平洋方面にゴジラ警戒のために投入されているのだ。
「機関減速、音紋を確認せよ!」
「了解、減速します!」
艦長から命令が下されると、艦内に響いていたモーターの音が次第に小さくなる。ややあって、ソナー員の声がスピーカーより響いてきた。
『音紋はロシア海軍SSN(原子力潜水艦)ビクターV級。キャビテーションに大きなノイズが混じっていますからウラジオストックから出た3番艦でしょう。』
「まったく、我々の気も知らないで……。ロシア人どもは艦隊司令部から行動自粛の命令を受けていないのか!?」
艦長は舌打ちしながら毒づくと、いつの間にか浮いていた額の汗を手の甲で拭った。
――ロシア海軍原子力潜水艦ビクターV級「ロマノフ」
『後方距離4000に潜水艦!音紋は日本の自衛隊の物です。』
「いかがいたしましょう、艦長?」
ソナーからの報告を聞くと、副長は艦長の顔をうかがった。
「いざとなれば我々の方が足は速い。このまま進んでも問題無かろう。日本の自衛隊はしつこく追いかけてくるが、こちらに魚雷を撃つような真似は出来ない。中途半端な軍隊だよ。」
艦長は余裕たっぷりに嘲笑を浮かべた。
『自衛艦が増速、距離3500まで接近してきます!』
「我々に警告しているらしい。この辺りまで哨戒の範囲を広げているとは、ハワイに現れた『ゴジラ』とかいう巨大生物を警戒しているという話は本当のようだ。」
そう言うと艦長の表情から笑みが消え、冷静な指揮官の顔に戻る。
「航海長、周辺の海流は?」
「はい、深度450mに変温層があります。」
「よし、無音航行。惰性で変温層まで潜るんだ!」
「了解、無音で潜行。深度450!」
命令が副長によって復唱されると、「ロマノフ」の艦体側面に取り付けられた潜舵が下向きに傾き、艦はゆっくりと潜行を開始した。
――海上自衛隊潜水艦「わかしお」
『ビクターVの音紋が途切れました!』
ソナー員はヘッドホンを耳に押し付け、忙しなくパッシブソナーの感度を微調整をしながら叫ぶ。
「こちらの接近を警戒して無音航行に入ったのでしょうか?」
「変温層に隠れたのかもしれない。アクティブソナーを打て!」
首をかしげる副長に艦長が命令する。
コオオオォォー――ン……カアアァァァー―――ン
「わかしお」から探信音波が海中を飛んで行き、反響した音波が再び「わかしお」に戻って来ると艦体に甲高い音響が木霊した。
『距離4000、深度450に感!これは……反応が二つあります!!!』
「ふたつ!?」
艦長は驚きの声を上げた。
「同じロシアの潜水艦でしょうか?」
副長も疑問を口にする。
「こちら艦長。ソナー、新たに発見された目標の音紋は!?」
『ハッ。新たな目標に音紋、キャビテーション無し。ビクターVにゆっくりと接近しています!距離500を切りました!!!』
「これはまさか……」
副長の頭の中にある予感が過ぎった。顔を艦長の方に向けると艦長は視線を隔壁の向こう、距離4000mを隔てた海中へと向けてながら呟く様に言った。
「彼等が気付いていないとなると……ビクターが危ない!!!」
艦長も副長と同じ結論に達していた――
――ロシア海軍原潜「ロマノフ」
「変温層に入りました。自衛隊は追って来ません。」
副長に報告に艦長は頷く。海中に生じた温度の高い層と低い層の境界が「ロマノフ」の発する音を反射し、目隠しの役割をしてくれる筈だった。
「よし、潜舵水平。機関20ノットまで増速せよ!」
艦長の命令通り「ロマノフ」の原子炉は出力を上げて核分裂による高熱を放出すると、発生した高圧の蒸気により駆動するタービンが唸りを上げはじめた、その時だった
『こちらソナー!本艦前方、距離350に磁気反応あり!』
「なにぃ!?」
艦長が叫ぶ。
「艦長、それはアメリカの潜水艦では!?自衛隊が警戒態勢を敷いているならば、米軍も周辺で活動している可能性は大いにあります!」
「冷静になれ、副長。今現在、我々が彼等から攻撃を受ける理由は無いはずだ。ソナー、目標の動きは!?」
『速度5ノットで以前接近中……本艦の右舷50mに並びます!!!』
「近いな……」
それを聞いて、艦長は視線を右舷に向けた。2重のバラスト室と耐圧隔壁の向こう側、50m足らずと言う間近に得体の知れない巨大物体がぴったりとくっ付いているのだ。
パシッパシッ!!!
不意に艦内の電子機器がスパークし、火花を上げる。
『目標が凄まじい電磁波を放ちながら本艦の周囲を回っています!』
ガリガリガリ……
ソナーの言うことを証明するように、艦体の外側を何かが引っ掻くような音がした次の瞬間――
メキメキメキメキ……!!!
金属が引き裂かれるような凄まじい音が艦内に響くと、到るところの圧力パイプから一斉に水が噴き出し、発令所では揺れに振られたクルーがあちこちで体を壁に打ち付ける。
「耐圧隔壁破損!!!各部署にて深刻な浸水です!!!」
「原子炉は!?動力室の隔壁は大丈夫か!?」
艦長が叫んだその時、動力室から絶望的な報告が返って来る。
『推進力が得られません!何か……とてつもなく重いものが艦に乗っている感じです!!!』
「一体何が起きているんだ!?」
天井を這うパイプから止め処も無く噴き出し、足元からもゆっくり迫ってくる海水と格闘しながら、クルーは懸命に原子炉の運転を守ろうとしていた。だが、隔壁はなおも不気味に軋みを上げている。そして、クルーは見た。隔壁を突き破る巨大な象牙色の鉤爪を。破口は水圧によって押し広げられ、膨大かつ低音の海水が一斉に雪崩れ込んで来た。水に呑まれた隊員達は意識を奪われ、視界はそこで途切れた――
――海上自衛隊潜水艦「わかしお」
わかしおにも「ロマノフ」の断末魔が聞こえていた。ソナーを介さずとも「ロマノフ」の艦体が引き裂かれる、潜水艦乗りにとっては本能的に虫唾が走るようなノイズに全員が心臓を何者かに掴まれるような悪寒を覚えていた。
「ソナー、何が起こったか分かるか!?」
『分かりません!凄まじいキャビテーションノイズです!!!』
ソナーがそう言った次の瞬間、艦内に鈍く低い轟音が響いた。
『――ビクターが爆発しました!沈降します!深度600……700……』
「この水温です、沈底出来たとしても深度は1000m以上。乗員は一人も……」
副長がかぶりを振った。
「ヤツだ。深海で原潜を襲って沈めるようなモノはヤツしかいない!!!」
「ゴジラ……ですね。」
副長がその場にいる全員の言葉を代弁すると、艦長に視線が集まる。彼は静かに頷いた。
「潜水艦隊司令部に打電する!通信可能深度まで緊急浮上せよ!」
圧縮空気がバラストの海水を気泡とともに吐き出させると、「わかしお」はゆっくりと浮かび上がって行く。陽の光の届かぬ深海から、光に満ちた海面へと。乗組員はその時「ロマノフ」の爆発音に被って、核の生み出した魔獣――ゴジラの咆哮を聞いたような気がした――
東京――防衛庁
激しい息使いと共にリノリウム製のタイルを革靴の底が蹴る音が廊下に響く。真田は走りながら制服の襟を留めようとするが、当然ながら上手くはいかない。身支度を整える前に彼は目的の場所に到着し、自分のIDカードをスロットに通した。電子錠の開く音がし、彼は扉を押し開いた。すると部屋にいた人間の視線が一瞬彼に集まる。
「遅く……なりました!」
「――真田さん、こっちです。」
声を返したのは相沢だけだった。他の人間は既に自分の持ち場に視線を戻している。真田はこんな時に当直明けだった自分に心の中で毒づいた。先程まで仮眠室で休んでいたのだが、そこを相沢に内線で叩き起こされた。ゴジラと思しき巨大物体を海上自衛隊の潜水艦が発見――そんな知らせを聞かされては着替える時間すら惜しんで否応無く駆け付けねばならないものだった。
「状況はどうなっているんだ!?」
真田は息を整えながら言った。
「発見したのは第2潜水隊群の『わかしお』です。ロシアのビクターV級を追跡中に遭遇したそうです。もっとも、ビクターはその後海の藻屑となって消えたらしいですが……」
「ゴジラがやったのか?」
真田が問うと、相沢は黙って頷いて続けた。
「現在、P−3C対潜哨戒機と対潜ヘリが現場海域周辺を捜索中。佐世保の第47、62護衛艦隊も動員して包囲網を取る作戦です。」
ディスプレイには自衛隊の護衛艦、潜水艦、航空機、ヘリの配置、アメリカやロシア軍艦船の動きまでが映し出されていた。小笠原諸島の南東沖周辺におびただしい数の光点が遠巻きに取り囲んでいるのが分かる。
「――部長はどうした?」
真田は後ろを振り返って言った。オペレーションルームにある氷川の席にはこんな状況でも主の姿が無い。
「一佐はもう首相官邸に向かいました。統幕議長や幕僚長達も一緒です。」
相沢は天井――防衛庁の本庁の位置――を見上げながら答えた。やはり、当直などするべきではなかった、と真田は心の中でもう一度自分を罵るのだった。
首相官邸――
海上自衛隊がゴジラらしき物体を発見――。この報告を受けて内閣は臨時閣議を召集。閣議前の懇談も一種異様な雰囲気に包まれていた。予定されていた時間からやや遅れて総理が統幕議長、陸海空の幕僚長達を連れ立って到着したことでようやく閣議は始まった。
「『わかしお』がロシア原潜の圧潰音を確認したのはこの地点です!」
海自幕僚長がスクリーン一点をポイントする。
「アメリカ第7艦隊がゴジラを見失った地点がハワイ沖のこの地点。二つを結んだ線をそのまま延長して行くと……」
ポインターをそのまま引きずって行き、日本列島の上でピタリと止めた。
「ゴジラは福島県南部から紀伊半島にかけてのいずれかの太平洋沿岸に到達する可能性があります!!」
幕僚長はそう言うとポインターを畳み、厳しい表情で周りを見回した。閣僚達の反応は腕組みをして考え込む者、額を押さえて唸る者、様々であった。
「――ゴジラ上陸の可能性は否定できないとして、それにしても範囲が広すぎるのではないか?」
国土交通大臣が最初に口を開いた。
「自衛隊の装備で今言われた範囲をカバー出来るだけの戦力はあるのかね?」
「現実問題として、海幕長の申し上げた範囲全てに展開できるだけの陣地形成能力は自衛隊にはございません。しかし現在、艦船・航空機の両面でゴジラを追跡中であり早急にゴジラの進路を特定することで、進路上に戦力を集中する作戦であります。」
統幕議長が答えた。
「航空自衛隊も三沢基地の第3航空団、新田原の第5航空団が保有する支援戦闘機部隊をそれぞれ百里・小松両基地に移動させ対ゴジラ防衛のために出動準備体制に入っています。」
空自幕僚長が続ける。
「しかし、万が一海上の防衛網を突破された場合は?陸自の戦力だけであの怪物を止められるのか?」
総務大臣は皮肉げに陸自幕僚長を見つめながら言った。
「――その件に関しましては防衛情報本部の氷川一佐から提案があります。」
陸自幕僚長が控えていた氷川に目配せすると、彼は立ち上がった。
「只今幕僚長からご紹介に預かりました、防衛情報本部の氷川直之一佐であります。今回のゴジラ接近に関しまして、我々防衛情報本部が立案した計画を申し上げます。」
「ちょっと待ちたまえ。防衛情報本部と言ったが幕僚でもない君にそれだけの発言権があるかね?」
財務大臣が驚いたように言う。エリートコースを歩いてきた財務大臣は権威や立場にうるさい癖があった。
「――財務大臣は御存知無いようですが、私は統幕会議において、防衛情報本部が提供した情報による作戦立案について発言する権限を持っております!」
氷川の口調は静かだが、えも言わせぬ迫力があった。財務大臣が押し黙るのを見て、氷川は口を開いた。
「…続けさせていただきます。先程よりお話を伺っていたところ、閣僚の皆様方が不安に思われている点は自衛隊<われわれ>がゴジラに対して有効な火力を持ち合わせているか否かということだと思われます。そこで我々はゴジラの上陸阻止という最大の目的を達成するため――」
そう言って、氷川はちらりと総理の方を見た。総理は官房長官と一言二言言葉を交わした後、氷川に向かって頷いた。
「――STX−0の凍結を解除します!」
氷川がそう言うと、部屋が急にざわついた。
「エス・ティー・エックス ゼロ!?」
「詳しくは防衛技術研究本部第一課の住友一佐から説明申し上げます。」
氷川が一歩退くと、隣に座っていた男が立ち上がった。先日、技術研究本部の格納庫に氷川と一緒に居た男である。
「私からSTX−0について説明を申し上げたいと思います。では、このスライドをご覧ください。」
部屋が暗くなり、正面のスクリーンに一枚の写真が浮かび上がった。そこに映っていたのは無骨な戦車のようにも見える車両だった。装甲は鈍く銀色に輝き、操縦席が車体の右端から前方に突き出すように配置されている。ガラスのような半透明な素材で作られた砲身には無数の放熱孔の開いた覆いが被せられ、発射ショックを吸収する目的で2段にスライドするようになっている。上から見ると八角形の砲塔にも冷却ファンが付いていた。周りで整備する人間の大きさで比べると通常の戦車よりも二回り以上大きい。
「0式自走電子砲プロトタイプ。我々はコードネームでSTX−0と呼んでいます。」
「これは……いわゆるレーザー砲というやつかね?」
年配の法務大臣が疑問を投げかけると、住友はそれが予期されていたかのように説明を続けた。
「STX−0はレーザー兵器ではありません。原理は電流の中から高質量の電子を分離し、加速収束して撃ち出すもので、簡単に言えばビーム兵器に近い物です。」
住友はスライドを切り換えた。
「STX−0の技術は元々、第5世代型戦車の主砲として開発されてきたものですが、開発コストの上昇や機体強度が長時間の野戦耐えられないなどの問題に直面し一時開発は中止になりました。しかし、1995年のゴジラ襲撃の際、現行兵器が全くゴジラに歯が立たなかったことからより強力な火力が必要という結論に到りました。STX−0はその技術を対ゴジラ兵器に特化させ開発を続けて来たものです。」
女性閣僚である文部科学大臣が訊ねる。
「その、STX−0でゴジラを倒せるのですか?」
「私共の計算では電力に換算し300万kwの出力を確保することが出来れば、理論値ですがゴジラを殺傷出来るだけの威力を得られると考えています。」
「300万kwの電力ですって!?」
文部科学大臣が驚きの声を上げると、今度は氷川が答えた。
「STX−0を運用する点で最大の問題なのが電力の確保なのです。その為、私達はSTX−0を対ゴジラ極地防衛兵器として位置付けました。ゴジラが接近する可能性が高く、またゴジラに破壊されることで国家的危機を招く場所。そして300万kwの電気出力を容易に得ることが出来る場所……」
氷川がそこまで言って周囲の表情を見渡すと、皆が同じ結論に達したようだった。
「そう、原発です!STX−0はゴジラが原発に接近した際に迎撃任務に就く事を前提に設計されているのです。」
「ではゴジラが都市部に現われた場合は?」
今度は運輸大臣が質問した。
「変電設備さえ整えばSTX−0を市街地で使用することは可能です。だがその場合は周辺一帯の電力を一時的に供給停止にすることになりますので、関係各省庁の協力が必要となります。」
閣僚達は一様にして考え込んでしまった。ゴジラに対して力も知識も無い彼等はあまりにも無力だと分かったからだ。
「――私は氷川君の意見に賛成したいと思う。」
今まで話を聞いていただけの総理が初めて口を開いた。
「私達政治家が自衛隊の戦い方や技術に口を出してもしょうがないでしょう。国民の安全を守る為、彼等の作戦に必要なものを支援するのが一番だと思う。」
そう言って、閣僚達の顔を見渡した。
「現在行われている第二次警戒態勢を自衛隊には日本近海の安全が再び確認されるまで継続していたただく。なおゴジラが現れた場合には警戒態勢を第三次から第四次に移行するとともに、防衛情報本部から提唱された作戦を実行に移す。その際関係各省庁は連携し、作戦行動が速やかに行われるように協力して欲しい。私からは以上です…。」
総理が言い終えると、その後は閣僚達から氷川らにいくつか質問が投げかけられ、閣議は終了した。
部屋に残っているのは氷川、技研の住友、統幕議長、陸海空の幕僚長だった。
「住友一佐、君は狸だな。」
突然、統幕議長が苦笑しながら言った。
「文科大臣が君に『STX−0でゴジラを倒せるのか?』と聞いた時、君は明言しなかった。実際はどうなんだね?STX−0は切り札になりそうなのか?」
「――正直、勝算は五分五分……いやもっと低いかもしれません。なにせ研究所から出した事の無い機械ですからね。一度でも試射が行えれば解決できる問題点もあるんですが、その為には50万世帯以上が一日に使用するに相当する電力量とそれに耐えうる変電設備を確保しなければなりませんし、自衛隊の演習場でこの条件を満たせる所はありません。」
そう言って住友は頭を掻いた。陸幕長は煙草に火を点け、紫煙を吐き出しながら言う。
「しかし、総理は腹を決めたようだ。その場になって考えが変わる事は無いだろう。」
「政治さえしっかりしてくれれば、後は我々の仕事だ。自衛隊は無能な組織ではない。」
統幕議長が陸・海・空自幕僚長の顔を見渡すと、三人は黙って頷いた。
「――私はそろそろ部署に戻ります。暫く現場には苦労をかけますが、我々情報本部も万全を尽くしますのでよろしくお願いします。」
氷川は立ち上がるとそう言って深々と頭を下げた。
「何を言っているんだ。君達の方がよっぽど年中神経をすり減らしているではないか。こうなってしまえば皆現場のようなものだよ。」
海自幕僚長が諭す。
「挙国一致……という戦前に使い古された言葉は使いたくないが、相手はゴジラだ。日本の持てる総力を結集しなければこの危機は乗りきれないだろう。」
幕僚長の中でも最も若い空自幕僚長の言わんとしていることは全員が分かっていた。ゴジラ掃討――この国難を回避し、国民の安全を守る為に男達は西日の差し始めた部屋で決意を新たにしたのだった――
6 残された謎
8 悪しきを除くもの