――6『残された謎』

 

ロサンゼルス郊外――

バラバラバラ…

 いくつものツインローターヘリの爆音が黒煙で汚れた空に木霊する。

「こちら先遣小隊、ロサンゼルス上空到着……」

 陸軍の輸送ヘリの一団は夜明けを待ってロサンゼルス東部の山岳地帯を超え、上空にやって来た。市内に繋がる幹線道路は地震による地割れや崖崩れで断絶し、現場へ近づけない車両が滞留している、その為、偵察や支援の部隊を派遣するには航空輸送に頼る他無かった。

昨夜よりロサンゼルス市内との連絡は不通となり、飛行物体監視のために出動した陸軍や海兵隊からの応答も無い状態だったが、その原因をパイロットや乗員達は一目で理解して絶句した。

 視界一面が文字通りの焦土と化していた。かつての大都市の面影は全くと言っていいほど消えており、ただ情け程度にコンクリートの基礎部分や地下街やメトロの入り口だけがかつての街並の文字通り名残を見せている。方法こそ分からないが――地下深くの密閉された空間に居たのが幸いしたのか――奇蹟的に生き延びた人々が僅かに残ったビルの残骸に体を預けて自分達を襲った惨劇の原因も分からず絶望にくれていたが、ヘリの音が聞こえると力を振り絞って上空に向かって手を振った。

沖には既に海軍の揚陸艦が姿を現し、そこから救難ヘリやLCAC(上陸用ホバークラフト)が発進しているところを見ると、救援活動の準備はすでに行われているだろう。

しかし、彼等は心配は別にあった。これほどの破壊を一夜にして行えるものと言えば核兵器しか考えられない。市民の救援をするものそうだが、放射能から自分達の身を守る方法を考えねば――と。

 

 

日本国――防衛庁

 ロサンゼルスそしてオアフ島の惨劇から一夜明け、真田の防衛情報本部も情報が入り始めていた。防衛庁の会議室の一つではゴジラ専任調査官の真田と相沢、緊急動態部長の氷川、保科防衛事政務次官、他アメリカ海軍関係者がハワイにおけるゴジラの被害及び作戦効果について情報交換を行っていた。

「――我々アメリカ海軍は、オアフ島におけるゴジラとの戦闘で戦闘ヘリコプターアパッチ2機、スーパーホーネット攻撃機2機を失いましたが、当初の作戦通り真珠湾沖50kmに誘導後、ミサイル巡洋艦「モービルベイ」「ヴィンセンス」ミサイル駆逐艦「ジョン・S・マケイン」がゴジラを攻撃。現地時間の0032時、ゴジラをロスト。我々のソナー圏外から姿を消しました。ゴジラによる艦船の被害はありませんでした。」

 太平洋艦隊参謀長のニコラス大佐が流暢な日本語で報告文を読み上げた。それと同じペーパーに真田達は目を落としている。

「ゴジラのその後の行方は掴めていないのですか?」

 真田がニコラス大佐に訊ねる。

「残念ながら……。第7艦隊の総力を上げて捜索中ですが、ゴジラの動きは我々にも捉えられていません。日本近海に現れる可能性も否定できない現状では、今後自衛隊の艦船との協力も視野に入れて警戒を続けたいと思いますが、その点は如何でしょうホシナ次官?」

 ニコラス大佐が今度は日本側に言葉を向けてきた。

「そのことに関しては現在、貴方方のベイツ太平洋司令官が我々の前田防衛庁長官、武藤統幕議長らを交えて会談中です。ゴジラに対する防衛協力は1999年に定められたガイドラインには定められていませんので、その後閣議決定を仰ぐ形になるでしょう。」

「日本政府の意思決定が複雑な段階を踏まねばならない事は承知していますが、事は急を要するかも知れません。出来るだけ迅速な対応をこちらとしては望みますよ。」

 保科次官の言葉にニコラス大佐は皮肉を込めて答えた。

 

「ニコラスという参謀、少々苛立っていた様ですね。」

 会議が終わり、自分達のオフィスに戻った相沢と真田はコーヒーを飲みながら言葉のやり取りの中で擦り減らした神経を回復させるべく談話していた。

「ああ。ロサンゼルスで飛行物体に、そしてハワイでゴジラと彼等のお膝元で立て続けに恥をかかされたんだ。日本のはっきりとしない対応に不満を持っていてもしょうがないだろう。」

 そう言って真田はコーヒーを口に運ぶ。

「米軍との協力はどうあれ、ゴジラ出現時における第3種警戒態勢の発動は既に閣議決定事項です。護衛艦は横須賀の第一護衛艦群、呉の第44・第64護衛隊が、同じく呉第5潜水隊、横須賀の第6潜水隊が出動予定。空自も三沢の第3航空団が出撃準備に入りました。百里基地も受け入れ態勢を整えています。」

「横須賀と呉には「こんごう」級イージス護衛艦が一隻ずつ配備されていたな。そして三沢に配備されているのは新型の支援戦闘機F−2。自衛隊の誇る最新装備の初の実戦が対ゴジラ作戦になろうとは……」

 真田が何とは無しに呟く、その時――

「真田二佐、いいか?」

 先程まで自室でどこかに電話をかけていた氷川が真田の後ろに立っていた。

「なんでしょうか?」

 真田は立ち上がると「話はまた後で」と相沢に目配せした後、氷川に向き直った。氷川はブリーフケースを持ち、制帽のつばを直しながら彼に告げる。

「私は今から“技研”に赴く。その間の留守を頼みたい。もし緊急のことがあれば私を通さず、直接本部長の指示を仰いでくれ。」

 氷川の口から出た「技研」とは防衛庁・科学技術庁の合弁組織「防衛技術研究本部」のことである。アメリカからのライセンスに頼らない、自衛隊独自のシステムや装備の研究・開発を主眼とする組織だ。

「了解しました。その点はご心配なく。」

 真田が敬礼すると、氷川もそれに返礼して部屋を出て行った。

 氷川部長が動いた――。その事実だけで真田は事態が一気に緊張している事を感じ取っていた――

 

 

横浜市――郊外のマンション

「ただいま〜。」

 美咲は疲れの混じった声を誰も迎える者のいない部屋の中に響かせた。電気を点けると、出発する前に整理整頓をした部屋の閑散とした様子が浮かび上がった。この部屋は夫である真田との別居が決まってから住み始めた部屋である。駅や商店街から遠い事が不満点であったが、山の手の高台にあるため窓から横浜の夜景を眺められる絶好のロケーションと彼女が勤める郊外の大学に車で通勤出来る距離にあることが気に入っていた。

 荷物を置くと、我が家に帰って来た安堵感でどっと疲れが襲ってきた。ひと心地つこうとキッチンの棚からブランデーのボトルを取り出し、ワイングラスに指2本程の高さまで注ぐ。グラスを持って今に戻りソファーに半ば倒れ込むようにして座ると、傍らの留守番電話が点滅しているのに気付いた。のろのろと手を伸ばして再生のスイッチを押す。

「用件4件デス…」

 無機質な機械の応答のあと、メッセージが流れる。彼女の友人からが一つ、大学の関係者からが二つ、そして最後の4件目が再生された。

『もしもし美咲?僕だ。』

「誠さん……!?」

 真田の意外な声に美咲は思わず身を乗り出しそうになりながら電話機から流れるメッセージに耳を傾けた。

『お帰り。仕事の時間が空けば成田まで迎えに行こうと思ったんだが、君も知っている通りしばらく身動きが取れそうにないんだ――』

 彼女も飛行機の中で見た、ゴジラがハワイに現れたというニュースから真田が忙しい理由は推測出来た。彼女もまた、島で発見した金属板を解読しようと帰国を早めなければ、米軍による厳しい航空規制に引っかかって到着が大幅に遅れていたかもしれなかったのだ。

『――その罪滅ぼしというわけではないけれど……今度時間が取れた時には食事にでも誘うよ。それじゃ君も体に気を付けて……』

 ピッ

始まりと同じように小さな電子音が留守電のメセージが終わった事を唐突に知らせる。美咲は窓の外に広がる横浜の夜景を眺めていた。真田とはあの夜、半分喧嘩のような話し合いで別居を決めた。彼はゴジラの探査という四六時中気の抜けない職場に異動し、彼女は助教授昇進を目の前にして研究に没頭していたからだ。今は彼女も無事助教授となり、つい先日自らの持論を証明出来るかもしれない発見をした。そしてゴジラが現れた今、真田も不眠不休で戦うこととなるだろう。

「(いつになったらあの頃のような生活に戻れるのかしら…)」

 美咲は真田と出会った頃を思い出した。若き真田は自衛官としての使命に燃え、美咲もまた歴史の神秘に魅せられながらも、お互いの存在を大切にしていた。今も真田を愛していることには変わり無い。しかし、今はあの頃とは立場が違う――

 美咲はそんな考えを振り払うかのようにかぶりを振ると、手にしたグラスに口付けた。ブランデーの濃密な甘さと香りが口の中に広がり、アルコールの熱さが喉の奥を滑り降りてゆく。適度にアルコールが体に染み渡り、発掘作業の疲労から体が睡眠を欲して来ると、彼女はシングルベッドで眠りについた。明日から始まる彼女自身の戦い――文字板の解読と分析の力を蓄えるために。

 

 

ハワイ――オアフ島

 ゴジラ襲撃の翌日、現地に救助隊と調査隊が到着していた。ゴジラに破壊された地域の半径2kmに渡って封鎖され、その中では防護服で身を固めた隊員によって被害者の救助および捜索、そして放射能汚染の調査が行われていた。

ガリガリガリ……

 生物化学兵器に対する防護服はその物々しさから宇宙服<スペーススーツ>と揶揄されるが、彼らの着込む野戦用放射能防護服こそ気密性はもちろんだが分厚い生地の内部に放射線や中性子線を防ぐための金属繊維まで織り込まれ、着用している者を外界から隔絶させると言う点においてはより宇宙服に近いものと言えた。そして手にしたガイガーカウンターは不快な音を響かせながら数値は時々メーターを振り切っている。

 

あたりにはゴジラの尾によって打ち砕かれたビルの残骸、崩れなかった建物にもあちこちの壁面に文字通り深い爪跡が刻まれ、道路のアスファルトはゴジラの足によって踏み潰され、ひび割れた舗装の下には足型に凹んだ赤土が露出していた。その日は朝からの晴天にもかかわらず、立ち昇る黒煙が青空をくすませていた。その時、

ゴロゴロゴロ……

 その音を聞いて調査隊の隊員がふと空を見上げると、空を鉛色の雲が覆い始めていた。

「今はスコールの時期じゃあないが、一雨来るとこの後の調査がやっかいなことになるぞ……」

 隊員の一人がそう毒づくが雲の広がりは想像以上に早く、あっという間に青空は見えなくなり横殴りの豪雨が降り始めた。

「これは凄い……!」

 男達が口々に言うように、防護服の上からでも大粒の雨が叩き付けられるのを感じる。

『作業は一時中断!全員テントまで撤収せよ!』

「了解しました。」

 防護服のヘッドカバー内部に装着された通信機から本部の支持が聞こえ、皆がそれに従おうとしたその時、

「あれを……あれを見てくださいっ!!!」

 一人が曇空を指差し叫んだ。視線の先には雲間から差し込む極彩色の光が見える。そして、雲を割って巨大な何かが姿を現わす――

「あれはロスに現れた飛行物体か!?」

 全員がそれに注目した。物体は低い唸りを発しながらマウイ島市街地へ、ゴジラが破壊した跡の上空へやって来た。

「こちら調査班より『キティホーク』へ!市街地上空にロスと同じ飛行物体が出現!繰り返す、市街地上空にロスと同じ飛行物体が出現!!!」

『バカな!レーダーには何も捉えられていないぞ!!?』

 報告は調査隊の本部から沖の『キティホーク』に伝えられたが、返答は驚きを隠そうともしていない。無線の向こうから相当混乱しているであろうブリッジの様子が伝わってくる。

「何でもいい!至急攻撃準備を……」

 調査隊長はそう言いかけてマイクを手から落とした。その時、彼だけでなくその場にいた全員が上空に浮かぶ物体に釘付けになっていた。地上から光の粒子のような物が舞い上がり、物体の周りに集まり出したのだ。薄暗い曇空の元で物体の姿は荘厳の一言に尽きた。

『どうした!何があったんだ!?現地本部、応答せよ!』

 その光景を目の当たりにしていた彼等にはもはや『キティホーク』からの通信も耳に入らなかった。彼等の脳裏に通信で聞いたロスの惨状が浮かび上がっていた。表現する言葉も無いほどの壊滅状態、その元凶であると推測されたのが今目の前に浮かんでいる物体なのだ。

「隊長!これを見てくださいっ!!!」

 傍らに居た部下の叫びで彼は我に帰った。部下はガイガーカウンターを差し出している。

「これは……!?」

 ガイガーカウンターの数値を見て、彼は目を見張った。さっきまで振り切れていたメーターの数値がじわじわと下がり始め、遂には自然状態と同レベルで落ち着いたのだ。

「まさか……」

 物体は光の粒子を胴体の下から吸収しているように見えた。彼は上空の物体を再び見上げて呟く。

「あの物体は放射能を吸収しているのか!?」

「では……ギルディアの実験場から放射能が消えた事もあれが関わっているのでしょうか!?」

 部下も物体とガイガーカウンターを交互に見比べながら言った。彼等はギルディアへの調査団にも加わり、謎だらけの現状を目の当たりにしていた。

「確証は持てないが……こんなものを見せつけられては何が起こっても信じられてしまう、そんな気がする……」

 彼等は防護服の上から雨に打たれながら立ち尽くしていた。そして物体は再び上昇を始めると雲の中に消え、何かを追う様に光は西の空に去って行ったが、それがゴジラの消えた方角と同じだとはその時誰も気付かなかった――

 

 

横浜市郊外――某私立大学

 研究室で美咲は落ち着かない様子でいた。持ち帰った金属製文字板の放射線年代測定の結果が今日明らかになるからだ。資料の山に埋もれて悪戦苦闘している梢がふと美咲の方に目を遣ると、彼女がしきりに出入り口の方を気にしているのが分かった。

「先生ぇ〜?」

 梢のその声で、美咲は自分の作業が疎かになっているのに気付いた。

「私一人じゃあ、とても全部は調べ切れませんよ。」

「あ……木下さん、ごめんなさい。」

 そう言って美咲は手元の書類に目を戻した。それは金属板に描かれていた文字を転写したものだ。書いてある文字は現在世界中のどの地域でも使われておらず、その為過去にあらゆる遺跡で発見された古代文字の資料と照らし合わせながら文字の種類、文法構成の類似点などから解読しようと試みていた。部屋に美咲と梢だけなのは学生達はゼミ以外にも通常の授業があるからで、その合間に交代で解読の手伝いに来ているのだ。その時、廊下から聞こえてきた足音に美咲は耳を澄ませた。まだ授業中なので生徒が来る可能性は低い――

コンコン…

 美咲の部屋のドアがノックされた。

「真田先生いらっしゃいますか?山城研究室の三宅です。」

「どうぞ、開いています。」

 美咲が促すと、Yシャツの上に白衣、見るからに研究者といったいでたちの男が入ってきた。三宅は美咲の大学で古代文字を専攻している山城教授の助手で、それらに関する知識だけでなくあらゆる分析機器の扱いにも長けているので彼女は今回の仕事を彼に依頼したのだ。

「大発見ですよ、大発見!!!」

 彼は興奮した口調で脇に抱えたファイルをテーブルの上に広げて行く。

「それで、結果はどうだったんですか!?」

 美咲は三宅の顔を覗きこんだ。彼が持ってきたファイルの中身はグラフや成分表などばかりで理系の苦手な美咲にはさっぱり分からない。

「まず、金属の成分を分析しました。鋼にクローム、少々のマグネシウム……組成こそステンレス鋼に似ていますが、腐食に対する耐久性はこちらの方が遥かに上です!注目すべきは珪素が全く含まれていない事です。」

「どういうことでしょうか?」

 そう言って美咲が身を乗り出させる。

「もしこの金属が自然界で生成された物なら地中で化合される段階で土中の珪素を取り込んでしまいます。つまり、この金属板は人為的に精製されて作られたんですよ!そして――」

 三宅は一旦言葉を切ると、美咲と梢を見つめながら言った。

「放射線年代測定の結果、この金属板が作られたのはおよそ2万2000年前…。とても信じられませんがこれは……」

「我々の歴史より以前に地球に高度な文明を持った人類が存在していた証明となるものだわ!」

 三宅の言葉を遮って美咲が叫んだ。彼もそれに頷く。

「では彼等は一体どこへ消えたんですか!?そんな文明が存在していたなら今までどこかで痕跡が発見されていてもおかしくない筈です!」

 梢も突然の大発見に驚きを隠せない。

「その謎を解く鍵は、金属板に刻まれたこの文字に隠されているはずです。でも、どう解読したら良いか手がかりも掴めなくて……」

 美咲は金属板の拡大写真に視線を落とした。それを聞いて三宅は何かを思い出したように声を上げた。

「この文字なんですが、もしかしたら“エインシャント・コンテンポラリー・グラフ”を使って解く事が出来るかもしれませんよ……」

「エインシャント・コンテンポラリー・グラフ?何ですか。それは?」

 それは美咲も梢も聞いた事のない単語だった。

「ああ、真田先生は一昨日まで現地に居たんでしたね。先日、山城先生のところに論文が送られてきました。オックスフォード大学の研究チームが秋の学会で発表する予定の物です。これによると、世界中の遺跡で、ある時期に使われていた文字に一定の法則性が見られると言うのです。それが古代エジプトでも古代アンデスと遠く離れた地域でも発見されたと言うのだから驚きました。そして、この“エインシャント・コンテンポラリー・グラフ”は突然と歴史から姿を消しているのです!」

「かつて世界中に広まりながらも歴史から消え去った文法……」

 梢が感慨深げに呟く。

「それを使えばこの文字の意味を解読出来るんですね!?」

「……確証は持てませんが、手がかりにはなると思います。」

 美咲の力の篭った視線に三宅は頷いた。

「――明日から忙しくなるわ。」

 そう言った美咲の瞳はここ数日の疲れを微塵も感じさせず輝き始めていた――


5 真珠湾衝撃

7 忍び寄る脅威

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