――4『ロサンゼルス崩壊』
防衛庁――防衛庁情報本部
「第3艦隊の戦闘機が行方不明?」
真田は訝しげな表情を浮かべた。相沢がプリントアウトされた書類を見ながら答える。
「はい。消息を絶ったのは空母「カールビンソン」の艦載機F/A−18スーパーホーネット、クーガー隊1番機。第3艦隊は先日までギルディア共和国への示威行動の目的で南太平洋にて作戦行動中だったのですが、ギルディアが国連からの調査隊を受けいれたことでその後アメリカ西海岸の基地に帰港途中でした。事故は夜間離発着訓練を実施中に消息を起こった模様です。」
「……原因不明なことは気になるが、不謹慎な言い方をさせてもらえればゴジラの線は薄いな。いくらヤツでも高空を巡航している戦闘機を撃ち落すことは出来ないだろう。」
「そうですね。横須賀の太平洋艦隊司令部も、通信記録から事故の原因を、突然発生した低気圧に巻きこまれた墜落したからだと断定しています。我々もちょっと神経質になりすぎているのかもしれません。」
相沢は肩を竦めて見せた。
「だが、氷川部長も『ゴジラが今回の爆発で目覚めてしまっている可能性も万に一つある』と言っていたよ。ゴジラの活動がどんな些細なことでも確認できない現在では、第一種警戒態勢も出すことが出来ない。神経質になり過ぎるもの問題だが、我々の仕事は慎重さには万全を期さねばいけない。」
そう言って真田は表情を引き締めた。だが、真田達の予想もしないところで事態は起こっていた――
アメリカ合衆国――ロサンゼルス市街
ロサンゼルス――このアメリカ西海岸最大の都市は温暖で海に面した地域は観光地、内陸部は高層ビル群、郊外は高級住宅地。そして視線を北東部に向ければ、山地に据え付けられたかの有名な「HOLLYWOOD」の看板を望むことが出来る。その日、ロサンゼルスは朝早くから滝のように叩き付ける豪雨に見舞われていた。異変は海岸沿いの地域から始まっていた。
一日の生活が動き始める時間、人々は傘おも叩き潰さんとばかり降りしきる雨の中を忙しなく進み、またこれから学校や職場に向かおうとする人は家の中でニュースを見ながらこの記録的な大雨が交通機関に与えている影響を心配することに余念が無い。そんな中、TVの画面に時折ノイズが混じり始め、微かに窓ガラスが震えるような微震が感じられても人々は異変に気づかなかった。ロサンゼルスの人々は過去に幾度の大地震を経験し、また小さな地震には慣れている。しかし振動が次第に大きくなり、窓どころか周囲の大気全体が震え始めると、彼らもその異常さを感じ始めた。振動が地面からではなく上空から発せられていることに気付いた者が一人、また一人と空を見上げ始めると、何時の間にか街を歩く人々にその行為が伝播して行き、大勢が傘を捨てて呆然と空を見上げ、家の中にいた人々も窓際に殺到する光景が街のいたるところで見られるようになった。
ロサンゼルスの上空に低く立ち込める雨雲の間から時折見える、巨大な発光物体。それは全市民の注目を集めながらロサンゼルスの中心部、ダウンタウン方面へと向かうのだった――。
ワシントンD.C――アメリカ国防総省
ロサンゼルスで発生した異常現象の情報はアメリカ大陸を横断し、国防の総本山であるこのペンタゴンにも届いていた。
「飛行物体はサンタモニカベイ上空に出現し、減速しながらロサンゼルス市街中心部に向かいつつあります!」
「空軍は何をしていた!UNKNOWNの領空侵犯を許したのか……!」
整然と並ぶコンソールと四方の壁面を埋め尽くす大型スクリーンに囲まれたオペレーションルームで、統合参謀本部ジョンストン議長が担当参謀を怒鳴りつけた。
「飛行物体の機影は空軍のレーダーにも、衛星にも捕えられていません。」
空軍の参謀は拡大されたロサンゼルス上空のレーダー画面を見ながら答えた。分厚い雨雲の下すら見通す警戒衛星のレーダーにすら、物体の姿は映っていなかった。
「相当なステルス性を持っているというわけか。すると、こいつは一体……?」
モニターに映る、雲間から漏れる光にジョンストン議長は目を移す。
「ロシアの新型偵察機か!?」
「まさか、偵察機がこれ見よがしにこれ程の低空を飛ぶとは思えません。」
その傍らに立つ副官が即答した。
「自らの存在を誇示する行動とも思える。ロシア人というのは何を考えているのか分からないところがあるからな……」
ジョンストン議長は憎々しげに呟く。
「空軍のF−16が出撃準備を完了していますが、いかが致しますか?」
オペレーターの報告にジョンストンが答える。
「目標は既に市街地上空に達しつつある。F‐16は目標に警告後、すみやかに領海外へ誘導せよ!我が国上空を横断させるような真似は断じて許すな。」
ロサンゼルス――
雲間の発光物体は低い唸りを発しながらロサンゼルス市街の中心部まで移動し、静止した。そして次の瞬間、雲が切れて物体の放つ光が一層強くなったかと思うと、物体の眼下を猛烈なダウンバーストが襲った。爆発を思わせる強烈な下降気流の威力で、人々が、そしてまともにその風を受けた物は路上の車までも吹き飛ばされる。衝撃波にビルのガラスというガラスは砕かれ、凶器と化した破片が雨のように路上の人々に成す術もなく降り注いだ。どこからともなく飛ばされて来た看板、根っこから引きちぎられた街路樹が路上に落下し、舞い上げられた車は地面に激突して爆発し、赤い炎と黒い煙が町のあちこちで立ち昇っている。
一瞬で巨大ハリケーンとトルネードが同時に襲ったような惨状の市街地で、幸いにも無事だった人々はずぶ濡れになりながら、曇天を見上げて絶句した。
分厚い鉛色の雲がゆっくりと押し広げながら、そこから見たことも無い飛行物体が姿を現し始めたのだ。極彩色の光を纏った巨大な物体――。それは一目ではまるで巨大な鳥、鳳凰や孔雀を思わせる姿だった。しかし、光の中に見える幾何学模様は明かに人工の意匠を見せ、楕円盤状の本体、嘴のような頭部には宝玉を埋め込んだような赤く光る単眼、広げれば数百mに及ぶであろう巨大な翼は折り畳まれており、裾が幾筋にも分かれた尾を優美に靡かせている。胴体の下には一際長い一本を囲むようにして短い6本の甲殻類を思わせる計7本の脚。
「UFO……?」
誰ともなく呟いた。少なくともその物体はそう表現するしか出来ない代物だったからだ。
人間と言うものは本当のパニックに直面すると、かえって何も出来なくなる。ロサンゼルスの人々はまさにそれに当てはまった。突如現れた超常的光景を目にして、命の危険も感じることが出来ず、何をすることが最良なのか分からないまま、ただ上空の物体を見つめるだけだった。
ワシントンD.C――国防総省
「あれは偵察機なんかじゃない……!!」
ジョンストン議長は映像を見て愕然とした。その時、オペレーションルームの統合参謀本部議長のデスクの上でホットラインの電話機が鳴った。この電話がかかって来る相手は唯一、ホワイトハウスの大統領執務室<オーバルルーム>からである。
「ジョンストンです。」
彼は自ら電話を取った。
『議長、補佐官のサウバーです。』
電話の相手はサウバー大統領主席補佐官だった。サウバーの役割は日本で言えば官房長官に当たる、大統領の側近だ。
「大統領はニュースをご覧になっているでしょうか?」
ジョンストンはモニターに映し出されている3大ネットワークの中継映像を見ながら言った。
『もちろんだ。副大統領もここに来ているよ。大統領は住民のパニックを心配しておられる。避難誘導は安全かつ的確に行って欲しいとのことだ。』
「もちろんです、既に陸軍と空軍が出動準備を整えています。」
『カリフォルニア州知事とロサンゼルス市長には連絡をしておいた。物体から半径2km以内の範囲に住民の避難勧告。誘導は州兵および市警察が担当。住民の避難が完了し次第、該当地域は軍が閉鎖する。ただし、くれぐれも市民を刺激し過ぎないように。後ほど議長にもこちらに来てもらって、あの物体に対する軍の見解を聞かせて欲しい。』
「分かりました、至急準備にかかります。では――」
ジョンストンは受話器を置き、画面に映る飛行物体を見詰めた。それは、かつて彼が戦った北ベトナムのゲリラ兵ともイラクの機甲師団とも違っていたが、同じ“敵”に見えた――
東京――防衛庁情報本部
真田の勤務する防衛情報本部も、ロサンゼルスの現状が入ってくるに連れ騒然となっていた。
「こいつか、ロスに現れたUFOというのは……!?」
普段から冷静な氷川でさえ、モニターのに映る物体の姿を見ながらの言葉が熱を帯びている。既に全世界に向けてこの異常物体の映像が流されていた。
「いったいこいつはどこから来たんだ、何物なんだ!?」
隊員の一人がその場にいる全員の気持ちを代弁するかのように一人語ちた。誰もが、彼とと同じ疑問を抱いていた。
「(まさか、宇宙から来た物体?)」
真田には、そう考えることが一番妥当なように思われた。
「アメリカの対応は?」
いち早く冷静に戻った氷川がオペレーターに問いかける。
「物体から半径2km以内の住民に避難勧告が出されました。既に陸・空軍が出動準備を完了、海兵隊にも同様な命令が下っていると思われます。第3艦隊も急遽予定を変更し、西海岸を目指しました。」
「今回の事件でギルディアの件がすっかり霞んでしまいましたね……」
オペレーターの報告を聞いていた真田の横で、相沢が耳打ちするように言った。
「こう立て続けに理解不能な事件が起こると、私は何か関連性を疑ってしまいたくなります。放射能を消し去ったのもあれと同じ、人知を超えた現象なのか……」
「憶測は危険だ――」
真田はそう言って相沢の言葉を遮った。
「冷静な判断を失うことは事実から我々を遠ざけてしまうだけだ。ただ万に一つの可能性があれば、それを考慮しておくことも大切だがな……」
それは、先日氷川に同じ言葉を言われた自分を戒めるためのものでもあった。
同日夜――ロサンゼルス市内
市民がパニックを起こす前に避難誘導が行われた為、大きな混乱は起きなかった。中心部に通じる道路は陸軍の検問とバリケードにより封鎖され、装甲車の傍らには自動小銃で武装した兵士の姿がある。ハリウッドパークに現地対策本部が設けられ、ロサンゼルス国際空港の離発着は中止されて空軍の臨時滑走路となっていた。海軍のF/A−18スーパーホーネット、空軍のF−16ファイティング・ファルコンといった戦闘機やAH‐64アパッチ、AH−1コブラ攻撃ヘリが出撃に備えている。封鎖線内部の路上ではM1A2エイブラムス戦車が120mm主砲を、高層ビル群のすぐ上に覆い被さる巨大物体に向けていた。張り詰めた緊張が保たれたまま日が暮れ、街は夜を迎えた――
物体から半径2kmの封鎖線の外では、住民が遠巻きに上空の物体を見つめている。ロスを離れようとする人々は市民の3分の1にも満たなかった。存在の不気味さ以上に、夜になり一層増した物体の現世離れした美しさが人々の頭の中から物体が危険な存在かもしれないと言う可能性を打ち消していた。
その時――
「オイ、あれを見ろ!!!」
聴衆の誰かが叫んだ。人々の視線が集まる先では、物体が円盤状の本体の周縁部に青白い光を走らせ始めた。
キイイイイィィィィ……ン……
光が強くなるにつれ、甲高い音が2km離れた封鎖線の外にも聞こえてきた。その不快な響きに耳を押さえる人も出始める。音はその高さを増してゆき、周縁部の輝きが最高潮に達した時には音は人々の耳には聞こえなくなっていた。人々は耳を押さえるのを止め、物体を見上げた。円盤状の胴体から光を発しながらロサンゼルスの摩天楼の上空に浮かぶ物体の姿は荘厳という一言に尽きた。物体は六本の短い脚を放射状に広げ、地面にパラボラを向けるような格好となった。そして、周縁部の輝きをゆっくりと胴体下部の最も長い脚へと収束してゆく――
「……!?」
人々は、その光景を見てある映画の1シーンを思い出していた。直径数十kmの巨大UFOが閃光の一撃と共にひとつの都市を壊滅させてしまう、90年代末に大ヒットしたSF映画だ。イヤな予感を感じた者が一人、また一人と物体に背を向け脱兎の如く走り去り始める。逃げ出す人々がある程度の集団となると連鎖的にパニックが起こった。我先にと人を押し退け駆け出す市民、軍もパニックを起こした群集を止められない。光は脚のの先端に集まり、地面を走査し始める。そして、光の本流が地面に向けて放たれた。起こるであろう大惨事にヒステリックな悲鳴を上げる市民。だが、彼等の予期したようなことは起こらなかった。物体から放たれた光は、波紋を描きながら地面に沿って駆け抜けた。瞬時にその波紋は封鎖線の外まで達し、光に追い付かれた人々は目をつぶり、身を硬くしたが何事も起こらない。波紋はロサンゼルスを北はノースハリウッドの更に先まで、南はロングビーチの先端まで飲みこんでいた。人々は立ち止まり、辺りを見回す。
「へっ…何ともないじゃないか……」
「驚かすわね、まったく……」
あちこちで安堵とも悪態ともつかない息が漏れた。が、真の災厄は次の瞬間やってきた――
ゴゴゴゴゴ……!!!
地の底から響く轟音と共に凄まじい縦揺れがロスの街を襲った。“立っていられない”どころの揺れではない。人々や路上の自動車が地面から数mも飛び上がる。同時に、衝撃で砕けたビルの窓ガラスや崩れた破片が頭上から降り注ぎ、凶器の豪雨と化す。そして、やや遅れてやって来た横揺れが事態を更に破滅的なものとした。最初の縦揺れで基礎が脆くなったビル群は横揺れによって撓み、拉ぎ、鉄筋コンクリートが易々とねじ切られた。本来なら最新の建築工学によって、地学的に想定できる地震には耐えられる耐震構造や免震装置も人知を超えたこの揺れには対応し切れない。不倒のはずの高層ビル群が無残にへし折れ、地面に叩き付けられると只のコンクリート塊と化す。頭上から落ちてくる瓦礫に押し潰される者、大きく裂けた地割れに飲み込まれる者、折り重なる人々の中で圧死させられる者……。
それは数分の出来事だった。映画産業とコンピューター関連のハイテク産業で富を成し、数百万の人口を抱えて西海岸屈指の大都会であったロサンゼルスの市街は壊滅し、数万の人命が一瞬で失われた。しかし、揺れが収まった後も今度は火災の恐怖が人々を襲った。駐車中の自動車、街中のガソリンスタンド、地下のガス管などから噴き出した炎は瞬く間に住宅地にも広がり、炎は自身が巻き起こした乱気流や上昇気流によって煽られ、火炎嵐<ファイアストーム>となって荒れ狂い、人々から逃げ場と命を奪って行く――
烈震を生き延び、火炎嵐から逃げ延びた人々は体中煤だらけ、埃だらけ、血まみれになりながら上空に静かに浮かぶ物体を見つめながら思った。この突然の大地震を起こしたのはあの得体の知れない物体なのか――。そんなロス市民の思いなど知るはずもなく、眼下に広がる阿鼻叫喚の地獄を見下ろしながら物体が再び動きを見せた。今まで畳まれていた翼がゆっくりと開き始めたのだ。炎の海の上、純白の光の翼を広げた姿は神々しくさえあった。そして、その白い翼がまるで眼下の炎を映し込んだように赤く、紅く燃えるように輝き始める。
「今度は何をするつもりだ…」
半ば絶望的に一人が呟く。次の瞬間、物体は全長数百mに及ぶ翼を壊滅したロサンゼルスに向けて羽ばたかせると、そこから紅い光を伴なった突風が放たれた。突風と言えども威力は衝撃波と呼べるもので、それに触れたあらゆるものは瞬時に燃え上がる。人間の視線から見れば、それは炎の壁が猛スピードで迫ってくるように見えた。炎の壁に呑み込まれたものは無差別に、跡形も無く焼き尽くされ、灰燼と化すと文字通り粉砕された。それは路上に停まった頑丈な戦車にも、地震での倒壊を免れた幸運なビルにも、そして生き残った人々も例外無しに等しく滅びを与えながら進んでいった――。
ワシントンD.C――ホワイトハウス
「ロサンゼルス!何があった!?状況を報告せよ!!!」
物体の動きに変化があったことが伝えられた直後、ジョンストン議長の懸命の呼びかけにもロス市内の対策本部からの連絡は映像、音声ともに沈黙し続けた。
「議長、どう言うことなんだ……」
苦虫を噛み潰したような表情で、ベネット大統領が問いかけた。
「分かりません。最後の報告から予測するには、物体が何かしらの動きを見せたのではないかと……」
そう言って、ジョンストンは唇を噛んだ。
「ステイツが外部からの攻撃を許すなんて、建国以来無かったのことだ……」
大統領も力無くソファーの体を預けた。閣僚の反応も、砂嵐となったモニターをただ見つめる者、机に手を付いたまま立ち尽くす者、様々だったが――
「大統領――」
ジョンストンだけが顔を上げて再び言葉を発した。
「ロサンゼルス沖で待機中の第3艦隊に、物体に対する攻撃命令を!!!」
「――その命令を出すことは、ロサンゼルスで市街戦を展開することを意味するのだぞ!それだけの根拠はあるのだろうな?ジョンストン議長?」
ベネット大統領が鋭い目つきで彼を睨んだ。
「戦いはもう始まっているのですよ。大統領――!!!」
「何だと!?」
ベネットは眉をひそめた。
「はい。ベトナムや湾岸戦争で前線を見続けてきた私の勘ですが、ロサンゼルスは既にあの物体によって奇襲されたと私は確信しています……」
大統領は黙ったままだった。ジョンストン議長は優秀な軍人だ。冷戦が終結し、アメリカが21世紀の新たな軍事戦略を打ち出すには彼の存在無くしては考えられない。彼の軍人として正気の眼を確かめて、大統領は口を開いた。
「分かった。待機中の第3艦隊に攻撃命令を出す。ロサンゼルス上空の飛行物体を速やかに排除せよ!」
ロサンゼルス――
物体は約1時間に渡って翼から放たれる炎と衝撃波による攻撃でロサンゼルスを跳梁し続けた。その冷徹な破壊は、地震で壊滅した後も物体の引き起こした厄災から逃げ惑う者達を嘲笑うかのようだった。焦土と化したロサンゼルスに動く物は見当たらない。倒壊を免れたものの単なる焼け焦げたコンクリートの箱と化したビルやかろうじて残った鉄骨が、弔う者もいないこの無差別破壊の犠牲者達の墓標となった。全てが破壊し尽くされ殺し尽くされ、黒煙と炎が燻る荒野がただ広がっている。獲物を追い詰めるようにして飛び回っていた物体の紅く禍禍しい翼の輝きは次第に収まり、その長大な翼を元の様に畳むと静止した。
西海岸沖――空母「カールビンソン」
「大統領からの攻撃命令が下りた!待機中のF−18は順次発艦!ロサンゼルス上空のUNKNOWNを速やかに排除せよ!!!」
ノーマン艦長が命令を出す。
「ロサンゼルス上空に低気圧が発生!雲が広がって行きます!」
「なんだと!?」
低気圧と聞いて、ノーマン艦長の脳裏に数日前の不可思議な出来事が過ぎった。突如発生した低気圧に巻き込まれた『カールビンソン』の艦載機が行方不明になったのだ。ビル十数階の高さに相当するカールビンソンの艦橋からも、ロス上空に先程まで晴れかけていた雲が急速に空を覆い始めたのが見える。
「このままでは戦闘機による攻撃にも支障が生じます!」
「――急ぐんだッ!!!」
ノーマンは嫌な予感を振り払うように叫んだ。
それはまるで物体が雲を呼び寄せたようにも見えた。雲はロサンゼルス沖から太平洋の彼方にまで広がると、豪雨と暴風が吹き荒れ始めた。風雨は空母『カールビンソン』の飛行甲板にも容赦なく叩き付けられ、戦闘機のキャノピーも水滴により曇らせる。そんな悪天候の中、ようやく発艦したF−18戦闘機がロサンゼルス上空に達し、迎撃体制を取った頃には物体は雲の中に姿を消していた。
その姿は空母艦載の早期警戒機や随伴するイージス巡洋艦のレーダーでも捕らえることは出来なかった――
3 静かなる遭遇
5 真珠湾衝撃