NEO   Epipode 〜Ultima〜「完全版」

――第18話「決着」

 

 

 

東京――四ツ谷

 新宿方面から進んできたゴジラの頭の上を数機のヘリが旋回している。しかしゴジラの歩みに力強さは無く、その巨体を持て余すように引きずっている。目の前に立ち塞がるビルへ放射能熱線を吐くだけの力は無かった。両手でビルに掴みかかると、咆哮を上げながらそれを引き倒す。メキメキメキ…と軋みを上げるビル。外壁のコンクリートが崩れ落ち、曲げられた鉄骨がねじ切れる。

 地面に叩き付け、ビルを瓦礫と化したゴジラに近づく1機のヘリがあった――!!!

「それ以上ゴジラに近づくのは危険だ!編隊を守れ!!!」

 監視部隊の隊長機はそのヘリに警告を発した。しかし、ヘリはゴジラの正面に回りこんでいく。

「パイロット、官制名を名乗れ!!!」

 隊長は叫んだ。その時、司令室から隊長機に通信が入る。

『こちら幕僚長の長瀬だ!そのヘリには陸上自衛隊の神崎三佐が乗っている!彼の乗るヘリをゴジラに近づけるな!!!』

「(神崎三佐が何故……!?)」

 隊長も陸自の中でも変わり者で通った神崎の名前は知っていた。だが、そのことを考えるよりも早く彼は司令室からの通信に返す。

「しかし!神崎三佐のヘリは既にゴジラに近づき過ぎて、我々もこれ以上の接近は危険が伴います!」

『何とかならないのか……!!?』

 長瀬の言葉には悲壮感が漂っていた。

「待ってください!動きがあります!!!」

 隊長はそう言って言葉を切った。

 

 

 神崎の操るヘリはゴジラの進路上、着地出来る広さの屋上を持つビルへと降りていった。ゴジラとの距離はおよそ数百m、ゴジラは真っ直ぐそのビルめがけて進んでくる。

 神崎はヘリのエンジンを切ると、屋上に降りた。ゴジラへ向かい、ビルの端に歩きながら腰のホルスターから自動拳銃を抜き出す。一旦弾装を取り出して弾丸が装填されていることを確認すると、安全装置を解除し、スライドを引く。鈍い金属音と共にスライドが戻り、9mmパラベラム弾が装弾された。

 

 

 その姿を監視ヘリのズームカメラが捉えていた。

「神崎!!」

「神崎さん!!!」

 届かぬ叫びを上げる長瀬と雨宮

 

 

 神崎は屋上のフェンスの近くまで歩いてきた。そこで、何かを思い付いたようにふと空を見上げる。

「長瀬さん、木ノ下さん……最期まで無責任だった私を許してください。そして雨宮一尉、お前にとって私は決して良い上官ではなかったな。自衛官の誇りを持ってこれからの自衛隊を背負って立ってくれ……。みんな、後は頼みます……!!!」

 そう呟くと、腕を真上に伸ばし拳銃の引き金を引く。

パンパンッ!!!

 乾いた銃声が2発、夜空に木霊する。それが聞こえたのか、ゴジラはピクリと身体を振るわせると正面の、神崎の居るビルを見詰めた。そして、低く唸りを上げながら近づいてくる――!!!

 

 

「監視中のヘリ部隊!ゴジラを攻撃しろ!!!正面のビルから進路を逸らすんだ!!!」

 長瀬は叫ぶように指示を飛ばした。その表情は鬼気迫っている。

『しかし、市街地上空での攻撃は命令にありません!』

 ヘリ部隊隊長の声は明らかに戸惑っていた。

「非常時だ…!私が許可する!!!」

 それは木ノ下の声だった。

「議長……!?」

 ハッとなって振り向いた長瀬に、木ノ下は一つ頷くと言葉を続けた。

「――私も神崎君にここで死んで欲しくない……!」

 

 

「――こちらエコーリーダー。エコー2エコー3、ゴジラに攻撃せよ!正面のビルから進路を逸らすんだ!!!」

『了解。直ちにポイントを移動する!』

 UH‐60との混成部隊からAH‐1の2機が編隊を離れていく。そしてビル街を縫うようにしてゴジラの側面に回り込むと両翼からTOW対戦車ミサイルを放つ。白い軌跡を残してゴジラに炸裂する数発のミサイル、その爆風はビル屋上の神崎も襲った。破片と爆風から顔を守りながらも神崎は上空に銃を撃ち続ける。まるでゴジラを自らの元に呼び寄せるように……。

 ゴジラもその呼び掛けに応えているようだった。続けられるヘリからの爆撃を物ともせず、真っ直ぐと屋上に神崎が立つビルに迫る。

「そうだ……ゴジラ!!分かるか……俺の心が!!?」

 叫ぶ神崎。ゴジラもそれに導かれるように歩みを止めない。

 

 

『こちらエコー2!ゴジラとビルの距離が近すぎる!これでは屋上の神崎三佐が危険です!!!』

 ゴジラとビルの距離はすでに200mを切っていた。

「――構わん!命令を最優先しろ!!!」

 マイクに向けて怒鳴り付ける長瀬。その後ろで、雨宮は不安な面持ちで叫んだ。

「長瀬司令!神崎さんが危険です!攻撃を中止させて下さい!!!」

「いや、私の考えが正しければあいつはミサイルで死ぬような真似はしない……」

 長瀬は確信を持って言い放った。

「なぜならあいつは――」

 

 

 次々とゴジラに着弾するミサイルの爆発はビルのガラスを撃ち付け砕いた。飛び散った破片が地面に降り積もってゆく。

『エコー3、残弾無し…!』

『エコー2、こちらもだ!!』

 遂にミサイルが尽きたコブラは為す術無くその場から離れざるを得なかった。

ゴジラはアルティマとの戦いでつけられた傷痕をミサイル攻撃で開かれ、血を滴らせていた。皮膚から薄煙を燻らせながら歩を進めるゴジラ。神崎の目にその姿が次第に大きくなっていく。そして、ビルの手前まで――視界を塞ぐまでに接近する。

「俺はこの時を15年間待っていた――。」

 神崎は天に向けていた拳銃をおもむろに投げ捨てると、背中に背負っていたRPG――対戦車擲弾筒を水平に構えた。長さ1m程の筒の先端には既に楕円形の弾頭が装填されており、十字の切られたオプティカルサイトの先にはゴジラの巨大な鼻先が見える。

 

 

「神崎さん!逃げて…逃げてください!!!」

 司令室で雨宮は聞こえないと分かっていながら、痛々しく叫びを上げた。その目には涙さえ浮かんでいる。逆に長瀬は眉間に皺を寄せたままモニターを凝視し、口を真一文字に結んでいた。その場にいる全員が、監視ヘリから送られてくる映像に見入っていた。

 

 

 神崎はおもむろにRPGの安全装置を解除した。

カチリ…

 ビルの屋上に微かな音が響く。そして、その音に触発されるようにゴジラが咆哮を上げた。ビリビリと大気が震え、次の瞬間ゴジラの背鰭が再び輝いた。最初は弱々しいが、まるで最後の力を搾り出すかのように次第にその強さを増していく。

 ゴジラは力を振り絞るように声を上げた。すると背鰭の発光は最大に達し、落雷のような轟音が発生する。神崎はその猛威を文字通り身を持って感じた。凄まじい電磁波が体を駆け抜け、体の毛が総毛立つ。グリップを握る手が痺れ、感覚が無くなっていく。電気の粒が頭の中を駆け巡り意識が遠のきかけるが神崎は唇を噛み締め、その痛みで自我を保った。

 

 それは同時だった――

 

神崎がトリガーを引き、ゴジラはその口から熱線を迸らせる。

 

神崎にはその瞬間、全てがスローモーションのように見えた。

 

 発射筒の後方からジェットが噴き出す手応え。弾頭は炎の尾を引きながら、次の瞬間には折りたたまれていた4枚のフィンを開くと真っ直ぐゴジラへと向かっていく。

 大きく開かれたゴジラの口の中から陽炎のような息が洩れると神崎の周囲の温度が瞬時に上昇し、身に着けた戦闘服から薄煙が上がるのが分かる。

 白い煙を残しながら、弾頭はゴジラに向かう。

 ゴジラの口の奥が青白く光ると口の中は輝きで満たされ、有り余る高熱と破壊のエネルギーが放たれる。

 弾と熱線の接触は刹那であり、熱線に触れた瞬間に炸薬が高熱によって誘爆し、破片は蒸発して消えた。

 

 

視界が色を失い白く塗りつぶされるまで、全てを神崎は見えていた。

 

 

(みんな、もうすぐだ。この瞬間、全てが終わる…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎ッ!!!それがお前の出した結論かぁぁぁぁぁっ!!!

 長瀬の絶叫が司令室に木霊する――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱線の直撃を受けたビルの屋上は爆発で跡形も無く吹き飛ばされた。その下のフロアも衝撃によって打ち砕かれ、ビルの半分は原形を留めていない。司令室の中は皆が神崎の壮絶な最期を目の当たりにして静まりかえっていた。

 黒煙を上げるビルの残骸を見下ろすゴジラ。その双眼には驚きと戸惑いの表情が浮かんでいるようだった。自分が何故この場所まで導かれたのか、自分が今葬り去ったのが何者なのかは知る由も無かっただろう。ゴジラはその場を見下ろしたまま低く唸り、首をゆっくりと左右に振った。そして、天を仰ぐと大きく咆哮した。それはアルティマとの戦いで見せた勝利の雄叫びではなかった。まるで死者の弔いに手向けるような、もの悲しく伸びやかな鳴き声だった。

 響きの余韻が夜空から消えかけると、ゴジラは破壊痕から天高く煙を昇らせる神崎の墓標を避けて再び歩を進めた―――

 

 

防衛庁――作戦司令室

『ゴジラは現在永田町から浜松町方面に向け進行中。このままなら……東京湾に向かいます。』

 偵察ヘリからもたらされる報告。それに木ノ下議長が応える。

「了解、このまま監視を続行してくれ……」

 言い終えると、木ノ下は自分の斜め後ろの席を見た。そこでは長瀬が背もたれに体を預けたまま虚空に視線を泳がせている。木ノ下はそんな長瀬の姿を初めて見た。そして雨宮は先程から机に突っ伏したまま嗚咽を漏らしている。二人は神崎と特に近しい間柄にあったことは木ノ下も知っていた。本来なら状況がまだ続いている今、戦死者に対する感傷は慎むべきである。しかし木ノ下はそれを承知で見て見ぬ振りをした。それは彼自身も、状況が終息に向けて動いているのを感じていたからだ。

 

 

 ゴジラの暴挙といえる暴挙は四ツ谷で神崎のいたビルを爆砕させたことで事実上終わっていた。ゴジラは本当に最後の力を使い果たしたのか、行く手を遮る建物を無理に壊そうとせず広い幹線道路に沿って移動を続けていたため、周囲に大きな被害を出さずに済んでいた。

 そしてゴジラは東京湾に入って行った。補給を終えた攻撃機隊、対戦車ヘリ部隊が上空を監視するのも気を留めず東京湾を静かに南下していく。浦賀水道に出、引き続き第一護衛艦群とアメリカ第7艦隊の艦船が監視を続ける中ゴジラは太平洋の公海、アメリカ海軍の潜水艦でも追跡できない深海へとその姿を消した――。その時、夏の陽射しは一番高い位置にまで昇っていた。

 


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