NEO   Epipode 〜Ultima〜「完全版」

――最終話「宿命」

 

 

 

 こうして後に「第3次ゴジラ災害」と呼ばれる事件は幕を閉じた。しかし日本国に与えた影響はあまりにも甚大だった。海上自衛隊は保有する護衛艦の5分の1を失い、陸上自衛隊に到っては第一戦車大隊がほぼ壊滅。普通科連隊、特科連隊も第一師団が保有する車両の半数近くを失った。自衛隊全体の死傷者・行方不明者は約2000人と発表されたものの正確な数字はいまだ把握されていない。

 日本は経済的にも大きな打撃を受けた。中でも新宿の破壊が大きかった。新宿地域に本社や重要拠点を持つ企業は本部機能を移転させるのに多大なコストを支払い、収益は大きく悪化した。それを受けて東京証券取引所の平均株価は9000円台を割り史上最安値を更新し続けた。多くの路線のターミナルであった新宿駅が破壊されたことで、市民の足も大きく乱れた。

 政府は秋の特別国会にて今回のゴジラ災害に関する対策を発表。その中で、厚木市内に出現した巨大生物についても触れられたが、政府の見解は全く原因不明事件であり詳しいことは調査中という、生物の存在は認めたものの目撃者や加熱するマスコミの報道に一応の対応をするだけの物であり、佐々木達化学科部隊が集めた情報や資料は闇へと葬られた。

 

しかし、一番傷ついていたのはこの事件で大事な者を失った人々であろう……

 

こうして1年は文字通り矢の様に過ぎ去って行った――。

 

 

2000年――7月

 政府は都市復興と被害者救済の為に2年間で30兆円の特別予算を計上。安全保障理事会の理事国を中心に国連からの援助も集まり、ゴジラによって刻まれた傷痕は目に見えないほどゆっくりだが、確実に癒え始めていた。日本人はやはり逆境に晒されると逞しい。

 

 

東京――防衛庁

 佐々木は公用車を降りると夏の強い陽射しに目を焼かれ、顔をしかめた。クーラーの効いた車内と屋外の気温差で全身から汗が吹き出るのを感じる。続いて後部座席向かいの扉から柏木が、助手席から斎藤が降りてくる。柏木が運転手と一言二言交わすと、車は走り去った。

「あれからもう一年か……。早いものだな。」

 佐々木は呟いた。その日は第3次ゴジラ災害1周年として戦死者の合同慰霊祭が行われるという事で佐々木と斎藤は柏木に連れられて、防衛庁までやって来たのだ。

「私はいろいろと挨拶してこなければならない人がいるのでここで別れる。お前達も式の開始時間まで、会いたい人を探していたらどうだ?」

「はっ。恐れ入ります。」

 柏木はそう言い残し建物の中に入って行く。佐々木と斎藤はその姿を見送ると、会場の方へと歩いて行った。

 

 

 慰霊祭の会場の周りには制服姿の自衛官が多数集まっている。佐々木と斎藤は数分歩いて回ると、集まりからやや離れた場所に、目当ての人物を見つけた。

「雨宮一尉!!」

 斎藤が大声で呼んだ。雨宮は顔を上げ、声の主を探した。そして手を振る二人の顔を見つけると表情を和らげて応えた。

「佐々木さん、斎藤さんお久しぶりです。」

 そう言って雨宮は二人に会釈した。

「こちらこそしばらく振りだな。ここで詳しいことは言えないが、我々もあれからいろいろとあってね……」

 佐々木は苦笑した。アルティマ事件の中心にいた化学科部隊はアルティマに関する一切の資料・情報の管理と処分のために事件後、奔走しなければならなかったのだ。その為、関係者は外部との連絡さえも厳しく制限されていた。

「去年の約束だが……、話してくれる気になったかな?」

 出来るだけ雨宮の心情に気を使った口調で佐々木は切り出した。約束とは、16年前に神崎に何があったのか、そして何故神崎はあのような行動を取らなければならなかったのか、雨宮より聞くことだ。事件直後の雨宮の落ち込み様は傍から見ても痛々しいほどの物であり、人伝にそのことを聞いていた二人は彼が精神的に立ち直るまで待とうとした。そうこうしているうちに一年が経ってしまったのだ。

「もちろんですよ……。そうですね、どこから話したらいいか――」

 雨宮は去年長瀬から聞いた話、そして自分が目の当たりにした事実をまるで10年前の出来事を思い出すように喋り始めた――

 

 

「そうか、長瀬司令と神崎さんの間にそんなことが…。」

 16年前の事件について聞き終え、斎藤は嘆息した。

「ええ、司令が言うには神崎さんにとって全ては償いの為なんです。神崎さん根っからの自衛官ですから、日本を守るという意味では司令の考えも心のどこかでは認めていたんではないでしょう。仲間を殺したゴジラに復讐しようと考えるのは簡単です、ですが神崎さんは仲間を助けられなかったという負い目で自分を責める道を選びました。誰よりも孤独で、何よりも厳しい選択ですよ……」

 雨宮は言葉の最後に声を詰まらせた。

「では、なぜ神崎さんは死を選んだんだ?償うというなら方法はいくらでもあるように思えるんだが……」

 佐々木は、最大の疑問を口にした。これは長瀬ですら知らなかった事。真実は神崎の死と共に永遠の闇の中に葬られてしまったように思われたが――

「……神崎さんは最初からゴジラに殺されるつもりだったんです!!!」

 咽の奥から振り絞るようにして雨宮は声を出した。そして、懐に手を入れるとゆっくりと1通の封筒を取り出す。

「これは、去年神崎さんが最期に私へ残した手紙です……」

 そう言って手紙を佐々木に差し出した。

「いいのか!?」

 佐々木は一瞬受け取る事を躊躇した。神崎の形見――遺言とも言える物に想像以上の重みを感じたからだ。雨宮は黙ったまま頷いた。封筒の中に入っていたのは数枚の便箋だった。そこには一杯に文字が書きこまれている。佐々木は声を出さずに目で言葉を追っていった――

 

 

 『 雨宮一尉へ

   

   君がこの手紙を読んでいる時、私は皆の前から姿を消しているだろう。

   どう言う結果となろうとも私が元の場所に戻ることは無い。

   それは15年前から決めていたことなのだ。

 

   君の事だ。遅かれ早かれ15年前の出来事について知ることになるだろう。

   だからここでその事については詳しくは話さない。

   私は15年前、部隊の指揮官でありながら仲間を助ける事が出来なかった。

   理不尽な命令を下した長瀬さんを、そして自衛隊上層部を恨んだ時期もあった。

   しかし、論理的に考えれば考えるほど長瀬さんを責める事はできず、

   自衛官としての立場が個人的な理由でゴジラに復讐する事を許さなかった。

   そして――私は自分に業を課した。

 

   私は仲間の死を踏み台にしてまで昇進する気は無かった。

   この事については、私の将来を気にかけてくれた長瀬さんには済まないと思っている。

   「巨大生物監視対策室」にいればゴジラに誰よりも早く接触できる、

   そう確信して私は15年間過ごして来た。

   遂にゴジラは現われて以来、私は何度一人でゴジラに立ち向かおうと考えたことか…。

   しかし、今まで決心が遅れたのは雨宮くん、君が私のすぐ近くにいてくれたからだ。

   君を私の行動に巻き込む事は出来ない、そう考えて私は一人になれる機会を待った。

   君が私の元にいた5年間、ゴジラを忘れる事が出来た時間もあったよ。

   その時、私は心のどこかに救われたという気持ちを持てた。

   雨宮くんには感謝している。

 

   だが、私は自分の業を忘れることは出来なかった。

   何故なら私の業とは15年前、ゴジラに殺された仲間を見捨てた罪を償うこと。

   仲間と同じようにゴジラの熱線に焼かれ、身体を砕かれる事だけが15年前の業から

   私を解き放ってくれると信じて来た。

 

   私は死の覚悟で今から発つ。

   そこで一つ頼みがある。私からの最期のお願いだ。

   私がゴジラに殺されることがあっても、君がゴジラに復讐しようと考えることは止めてくれ。

   私は自分の意思でゴジラに殺されるのだ。

   15年前、日本をゴジラから守ろうと戦った仲間達と私の死は意味が違う。

   復讐からは何も生まれない。

   再びゴジラと我々人間が戦うことになっても、優しい人間である君には

   復讐の為に戦って欲しくない。

   この5年間、ろくに物事を教えることもせず君の上官として不適格だった私だが

   私の事を少しでも信じてくれていたなら、この最期の忠告だけは守ってくれ。

 

   このような形でしか別れを言えない私を許してくれ。

   長瀬さんに、もし会う事が出来たら私の防衛大時代の親友、化学科部隊の柏木一佐にも

   くれぐれもよろしく、そして済まなかったと伝えて欲しい。

 

   最期にもう1度言いたい。

   5年間私に着いて来てくれてありがとう

   そして、さようなら。

 

                                       神崎 俊也 』

 

 

 手紙の最後の数行はインクが涙で滲んでいた。佐々木にはそれが神崎のものか、雨宮のものかは分からなかった。佐々木は文面から顔を上げると、黙ってそれを斎藤に差し出す。それを待って雨宮は口を開いた。

「上官の命令とは言え、結果として仲間を見殺しにした罪、その仲間達への償い、自分自身に課した内なる業……。神崎さんは自分に厳しすぎたんですよ……。長瀬さんを、自衛隊を許せる優しさを持ちながら自分を許すことが出来なかったんです。そんな神崎さんを止められなかったなんて……部下失格です、私は……」

 雨宮は声を詰まらせた。

「ゴジラに殺される為に生きてきた15年間か……。彼はどんな心境で過ごして来たんだろうか?」

 佐々木は呟いた。

「だがな、雨宮一尉……」

 手紙を読んでいた斎藤が口を挟んだ。

「もしも45年前にゴジラが生まれなかったら、ゴジラが日本を襲う事が無かったら、神崎さんの運命は変わっていたんじゃないのか?自衛官として、立派に出世していた可能性もある。」

 それを聞いて、雨宮が応える。

「そうでしょうか?私は人間が核を持っている限り日本に核がある限り、ゴジラは生まれ、日本を襲う運命にあったような気がします。神崎さんの運命も、45年前にビキニ環礁で水爆実験が行われてた時から……いや、人間が初めて核を手にした時から決まってしまったのかも知れません……」

「人間とゴジラは戦う運命にあったと言うわけか。ゴジラが存在する限り人間はそれに対抗する為の力を持ち続けなければならない、アルティマがゴジラを倒す為に進化を重ねたのと同じ様に……。そして、その戦いを避けるためには手遅れな程人間は大量の核を持ち過ぎた!……皮肉な話だな。」

 佐々木はかぶりを振った。その言葉を最後に三人は沈黙してしまった。そこに――

「佐々木、斎藤、ここにいたのか?」

 名前を呼ばれ、二人は顔を上げた。

「柏木一佐!」

「柏木……さん?」

 その名前を聞いて雨宮はハッとなった。

「ああ、雨宮くんは一佐が初めてだったな。こちらは柏木一佐。我々富士化学科部隊の隊長で……」

「――神崎さんの同期だった方ですね?」

 佐々木の紹介が終わる前に、雨宮は柏木に会釈した。

「ああ、その通りだ。私も君の話は聞いていたよ。神崎からは生前話しがあったのかね?」

 そう言って柏木は手を差し出し、雨宮もそれを握り返しながら応える

「ええ、まぁ……」

 雨宮の答えは曖昧だった。それは柏木の名前を聞いたのが神崎の最期の手紙だったからだ。この際、わざわざ手紙のことを言い出すまでも無いが、彼は少し後ろめたい気持ちになった。

「今まで、長瀬司令と話をしていた。」

 柏木は意外な切り出し方をした。

「司令は今度の異動において君の希望を最優先したいと言う話だった。去年の事件を早く吹っ切って欲しいという親心からだろう。私も君には最善の選択をして欲しい。」

「お話は大変ありがたく思います。私も自分の将来に関してあれからいろいろと考えました。その中には自衛隊から離れた方が良いのではと思った時期もありました。しかし……」

「しかし、何かね?」

 柏木ばかりでなく佐々木と斎藤も雨宮の言葉を待った。

「――私は自衛隊を辞めません。私の希望を聞いていただけるのなら、『巨大生物監視対策室』に残りたいと思います!」

「雨宮一尉、それは!?」

 佐々木は思わず声を上げた。先程の手紙を読んでいて、悪い予感が胸をよぎったが、それに雨宮は微笑んで返した。

「心配しないで下さい佐々木三佐。私は神崎さんの仇を取ろうと思っているわけではありません。神崎さんの遺言……あれだけは守らなければならないんです!!!」

「遺言!?」

 柏木が怪訝そうな表情をして、佐々木と斎藤の方を見たが二人は頷いた。そして、雨宮が続ける。

「私は戦いの行方を見届けます。人間とゴジラ、はたしてどちらが歴史の中で存在を認められるのか?人間が自分自身に課してしまった核の業――ゴジラ――を克服する事が出来るのか?その観察者として自衛官人生を懸けたいと思っています!!!」

 雨宮の決意を秘めた表情に、佐々木達は安堵した。神崎を慕っていた彼のこと、復讐を誓ってゴジラに挑む最悪の決断をする恐れを持っていたからだ。今日ここに来た理由の一つは雨宮が最悪の決断をした場合、それをを思い止まらせる為。

「(神崎さん、これでいいですよね……。私も結局は自衛隊から離れませんでしたよ。)」

 雨宮は空を見上げた。

 

 

 男達は過去に囚われる事無く、未来に待ちうけるであろう戦いに向けて足を踏み出す決心をした。

 真夏の空は1年前と同じように青く――高く――

 絶え間無く鳴き続ける蝉時雨は過去にゴジラへ挑んで命を落とした者達への鎮魂歌のようだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEO G Episode 〜Ultima〜

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

Special Thanks

 

軍事考証監修

Lansさん

まつざわさん

 

初版連載協力

Hicoさん(「負けるな!!日本のゴジラ」管理人)

 

 

 

 

and

Thanks to all of Readers

 

 

 

 

Written by GTS

 

 

 

 

 

この作品はフィクションであり、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません

この作品は「13 Seconds」管理人、GTSのオリジナルアイデアによる小説であり
東宝および東宝映画の著作権を侵害する目的で作られたものではありません

 

 

 

 

 

後書き