NEO  Epipode 〜Ultima〜「完全版」

――第15話 「復活」

 

 

 

防衛庁――中央司令所

 執務室から長瀬と雨宮が戻ってきた時、司令室は既に重苦しい沈黙に包まれていた。

「議長、状況は!?」

 場の空気を察知して長瀬が尋ねた。

「何をしていたんだ……長瀬君……」

 木ノ下統幕議長は椅子に座ったまま沈痛な面持ちで答えた。

「本日2340(ふたさんよまる)、ゴジラは多摩川の最終防衛線を突破。第一・第十二師団はゴジラに対する作戦行動を断念したよ……」

「そう……ですか……」

それを聞いて長瀬は唇を噛んだ。これは、想像できた事態ではあった。しかし現実として突き付けられた時初めて、脱力感が長瀬を襲った。それは木ノ下も同じだったのだ。先程まで、彼は職務を放棄した長瀬に激しい怒りを内心覚えていた。だが、ゴジラの圧倒的攻撃力を目の当たりにした今では、普段なら頼りになろう右腕である長瀬が居ても居なくても結果は同じであろうと思われたからだ。

 そんな中で一人だけまだ目を輝かせていた者がいた――神崎俊也である。

「――ヘリによる監視は続行して下さい。都心部でも巧く開けた場所になんとか誘導できれば、ゴジラを攻撃出来るチャンスはあるかもしれません。」

 神崎は言葉の最後に力を込めた。もはや反論しようとする者はいない、ゴジラは日本の中枢に迫っていた――

 

  

東京――渋谷・原宿方面

 多摩川の最終防衛線を突破したゴジラは首都高速に沿うようにして北上、渋谷・原宿の街並みをかすめて真っ直ぐ新宿へ向かっていた。刹那的な享楽とコミュニケーションを求める若者たちで普段なら夜遅く未明まで賑わうこの街もゴジラ接近の報を受けて人影はまったくと言って良いほど無かった。まさにゴジラが創り出したゴーストタウンである。派手なネオンやビルの明かりだけそのままに、人間だけが姿を消したその光景は無気味の一言であった。

 

 しかし、その中にはゴジラを一目見ようとする酔狂な輩もいた。居住性の悪いスポーツカーに4人を詰め込み、流行りのポップスを大音量で流しながら深夜の街並みの中、車を飛ばしている。

「ねぇねぇ、やっぱり止めようよ〜。ここまで来ればもういいじゃん……」

 後部座席から身を乗り出すようにしている10代後半と思しき少女が力無く呟く。

「何言ってるんだよ、ゴジラだぜゴジラ!こんな時じゃなきゃ見れないんだぜ!」

「そうそう、それともエリコ……恐くなったのかなぁ〜?」

 ハンドルを握る青年に同調しながら助手席の少女が後ろを振り返る。

「大丈夫だって!いざとなれば飛ばして逃げればいいんだから!」

 後部座席で少女の隣に座っている男がそう言ったその時――

ズズ――ン…!!!

 不意の地響きに車体が一瞬飛び上がる。その振動で車はバランスを崩し、運転手が急ブレーキをかけた次の瞬間、目の前のビルが崩れ落ち、瓦礫の山が行く手を塞いだ。

「うわああああぁぁぁ〜〜っ!!!」

 フロントウィンドウ越しに上を見上げた4人の悲鳴が見事に重なった。瓦礫を蹴散らしながらビルの間からゆっくりと全身を現す巨獣の姿。ゴジラは4人の乗る車には一瞥向けただけで、大きく咆哮した。この世のものとは思えぬ鳴き声でガラスがビリビリと振動する中で、運転手の青年は恐怖に震えながらも本能的にギアをバックに叩き込み、アクセルを吹かした。しかしそのような状況で正常な運転が出来るはずも無く、車は猛スピードでバックしながら無人の店頭ディスプレイに突っ込んだ。4人は何も出来ずに目の前を通り過ぎる巨大な尾を見詰めるしかなかった。

 

 幹線道路に沿って新宿へと進むゴジラ。進路に立ち塞がるビル群は巨体と怪力で薙ぎ倒し、熱線の一撃で瓦礫の山と化す。そして、その目にも新宿新都心に聳える高層ビル群の威容が映ったのか、どこか懐かしげに低く唸り声を上げると天を仰いだ――

 

 

厚木市内――

 戦闘現場の調査は困難を極めていた。熱線が引き起こした火災があちこちで起きており、調査隊が充分に入り込めない状況だったからだ。佐々木達は柏木の指示の元すでに鎮火した現場、ほとんどは灰や炭と化した現場を調べていた。

「こんな中で生物の痕跡を見付けると言う方が難しいぜ…。」

 斎藤は放射能防護服の為、額を流れる汗を拭うことも出来ずに苛立たしげに言った。アルティマが死亡したと思われる地点は正にゴジラの熱線が直撃した場所。核爆発並みの高熱で焼かれたそこは死の世界だった。

「確かに……生物である以上これほどの高熱で焼かれて痕跡が残っているとは思えないな……。」

 佐々木もやや疲れた口調で応えた。火が燻った現場で防護服を着て作業することはサウナの中で運動することに等しい。周りには重機が入り、瓦礫を除ける作業が行われている。だが駆動音が響き渡る中、訓練でも経験したことのない苛酷な環境に集中力が散漫になりながらも佐々木はその中に何か違和感を覚えた。

「!?」

何かの気配を感じて立ち止まる佐々木。

「どうしたんだ?」

 それを見て斎藤が訝しげに問う。

「聞こえないか!?何か……鼓動のようなものが……」

「自分の心臓の音じゃあないのか?これだけ熱い中で作業を続けているんだ。心臓もバクバクいうさ。」

 斎藤は両掌を上に向ける――お手上げのポーズをした。その時――

どくんっ…

 彼等の周りで何かが大きく脈打った。

「佐々木……これは……!?」

 斎藤の背中を今までの汗とは違う、冷たいものが走った。

どくんっどくんっどくんっ…!!!

 それは確かに耳に聞こえるほどの大きさとなった。その振動で辺りの瓦礫が崩れ始める。

「ま……ささか……!!!」

 佐々木は自分の足の裏で地面を踏みつけると、顔から血の気が引くのを感じた。地面は普通のアスファルトやコンクリートの感触では無い、何か肉塊を踏んだような弾力があったのだ。次の瞬間、彼は声を張り上げていた。

「全員退避しろ!退避だー――ッ!!!」

 同時に斎藤も駆け出した。他の化学科部隊の仲間や重機を操る自衛官に声をかけながら二人は走った。生存本能がその場を離れるように告げていた。そして――

 瓦礫の山が弾けるように持ち上がり、地面から涌き出るようにして肉塊が無気味に盛り上がっていく。その大きさは文字通り小山のようになった。肉塊の膨張が止まると今度はその形態に変化が起きた。不定形だったものに次第に輪郭が形作られる。肉がくびれ、伸び、蠕動しながらその形を明らかにして行く。腕と足らしき部分には鋭い鉤爪が形を成し、胴体には巨大なスパイクが生える。肉塊の登頂部が震え、裂けるとそこが口になり、二つの赤く輝く双眼が覗く。最後に全身が銀色に輝く外骨格で覆われると、生物は叫び声を上げた。新しく生まれ変わった歓喜と自分を酷い目に合わせたゴジラに対する復讐心を象徴するような――。

「――アルティマ!!!」

 佐々木は身を投げ出したコンクリート片の影からその巨体を見上げた。第一師団からの報告ではアルティマが厚木市内に出現した当初の体長はおよそ20〜30mほど。しかし今はその倍以上、70m近くまで巨大化している。形態もより2足歩行に適した体型となっていた。

 アルティマは何かを探すように辺りを見回した。そして、ある方角をしばらく見詰めていると再び咆哮を上げる。すると、背中の一際巨大なスパイクが大きく迫り出したかと思うとみるみる枝分かれし、スパイクとスパイクの間に薄い膜が張ると全長100m以上の巨大な翼となった。いや、翼と言うほど優雅な代物ではない。まさに悪魔の羽のそれだ。アルティマは翼を二、三度大きくはばたかせると宙にふわりと身体を浮かせた。巻き起こった突風が辺りに嵐の様に吹き荒れ、埃や破片を舞わせる。佐々木と斎藤も瓦礫の影に身を潜め、弾丸の様に飛んでくる破片から身体を庇った。

 地上で突風が止んだ頃、アルティマはいつの間にか涌き出ていた雲間にその身体を消したところだった。

「ヤツは生きていた……!!!」

 斎藤は信じられないといった表情で呟いた。佐々木は部下の一人を捕まえると告げた。

「柏木一佐および作戦本部に連絡!アルティマは生存、おそらくゴジラの所へ向かった模様と伝えろ!!!」

「は……ハッ、了解しました!」

 形相の佐々木から開放されると隊員は指揮所に向けて駆け出した。

「まさか……全身を焼かれてまで生きているとはな……。」

 斎藤は埃で曇った防護服のバイザーを手袋で擦りながら言った。

「生きていたんじゃない、生き延びたのさ……ヤツは……!」

「生き延びた、だと?」

 バイザー越しに斎藤は眉をひそめた。

「確かにアルティマの体はゴジラによって原形を留めないほど破壊されたかもしれない。しかし、どこかに細胞の一片でも残っている限り、自己進化遺伝子が失われない限り、あいつは復活できるんだ……。自分の身体を灰にされたことでさえ、アルティマにとっては更なる進化を誘発する因子でしかないのかもしれん……!」

 佐々木はそう言うとアルティマの飛び去った上空を見上げた――。

 

 

防衛庁――中央司令所

 ゴジラの最終防衛線突破により決め手を失い活気の無くなった司令室に、衝撃的な一報がもたらされた。対ゴジラ作戦に没頭する余りその存在を頭の片隅に追いやってしまっていた、アルティマの復活だ。

「厚木の前線指揮所より入電!厚木市内においてアルティマと思われる生物が突如出現、ゴジラを目指し飛び去ったとの報告です!!!」

「死んだのではなかったのですか!?奴は!」

 藤田長官は驚愕した。ゴジラだけでも手一杯であるのに再び懸念が増えてしまったのだ。

「確認しろ!!」

 木ノ下統幕議長が指示するとオペレーター達は様々な部署と連絡を取り始めた。そして、

「府中防空司令部より入電!厚木市上空に出現した巨大な未確認物体が速度マッハ1にて新宿方面に飛行中!!F−15のスクランブルは間に合いません!」

 それを聞いて長瀬は呟いた。

「間違い無い、アルティマはゴジラともう一度戦うつもりなんだ……。」

 

 

厚木市内――前線指揮所

 佐々木達は指揮所に歩を進めた。野戦用の頑丈なテントは現場から離れていたこともあり暴風で崩れる事無く立っていた。防護服をシャワールームで洗浄し通常の作業着に着替えると、指揮所にあてがわれたテントに入った。中では柏木を中心に現場のブリーフィング(状況判断)が行われていた。

「佐々木、斎藤、大丈夫か?」

 二人の顔を見て柏木は安堵の表情を浮かべる。

「ええ……危ないところでしたが。」

 アルティマに接近したあの瞬間を思い出して、背筋をゾッとさせながらも斎藤は怯えている自分を悟られないよう頭を掻いた。

「ところで……アルティマはどうなりました!?」

 佐々木はテーブルに身を乗り出した。

「先程、作戦司令部から連絡が入った。府中のBADGEに厚木上空から新宿方面に飛行する未確認物体が捉えられたそうだよ……」

「では間違いなく……」

 佐々木の言葉に柏木は黙って頷く。

「しかし、奴は何故こんな短時間で成長することが出来たのだ?隕石墜落直後から植物の立ち枯れの発生、山村での住民虐殺、我々が初めてヤツと接触した秦野での戦闘、それぞれの成長には数日のインターバルがあった。今回はゴジラとの戦闘から僅か数時間……。」

 柏木が疑問を口にすると、佐々木は、一枚のレポートをテーブルの上に差し出した。

「これを見てください。ゴジラとアルティマの戦闘跡における残留放射能の時間ごとの数値です。調査を開始してから今まで、放射能の値は急激に下がっているのです!アルティマの急速な復活と放射能値の低下を合わせて考えますと……」

「通常の栄養摂取ではこれ以上の進化は困難と判断したアルティマの遺伝子は、ゴジラの残留放射能を吸収することによってより劇的な変化を遂げた、という事だな……」

 話を聞いていた斎藤が呟く様に漏らすと、佐々木は頷いた。

「ゴジラが核爆発の放射能で誕生したのと同じことが、残留放射能によってアルティマにも起きた訳か……」

「同じではありません!」

 柏木の言葉が終わるのを待たずに佐々木が声を上げた。

「お忘れですか?アルティマが進化する理由は、力を増す事でその時の天敵を排除する為です。現在、ヤツの天敵と言えるのは地球上最強の生物であるゴジラだけ。今回は唯一の天敵であるゴジラに敗北してからの進化です。つまりは――」

 佐々木はそこで一旦言葉を切り、 そして、断言した――

「ゴジラを超えるベくして生まれた、まさしく究極の生命体が誕生してしまったのです…!!!」

 


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