NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
――第13話 「深淵」
最終防衛線――
74式戦車の砲塔が稼動する機械音が周囲に響く。この戦車隊陣地からでも、約3km弱離れた地点で航空機による猛烈な爆撃が行われていたのを感じることが出来た。だが先程まで絶え間無く続いていた爆音は今や止み、航空機隊も上空に離脱している。陸上部隊の遠視スコープにはゆっくりと進むゴジラの姿だけが映し出されており、そのゴジラに戦車砲の照準は合わせられていた。
『強化マグネシウム弾発射!!!』
号令が前線に流れると同時に105mm砲の斉射が行われる。大爆発が起こったかのような轟音の余韻と黒い煙を砲口の周囲に残して、糸で引かれる様に砲弾は正確にゴジラを捉えた。だが、着弾した砲弾は通常弾の様に爆発せず、ゴジラの分厚い皮膚組織に食い込むと次の瞬間、強烈な光を放ち始めた。次々と命中する強化マグネシウム弾の光で、まるでゴジラの体は腰、胸、肩の辺りが眩く輝きに覆われる――
防衛庁――中央司令所
「強化マグネシウム弾の着弾を確認。戦闘機部隊、再突入体勢に入ります!」
「戦車隊第3・第4中隊は以後、一定間隔で強化マグネシウム弾の射撃を継続せよ!」
MM作戦が開始されると司令室は再び活況を呈してきた。しかし、その中で藤田長官は落ち着かない様子で、空席のままの長瀬陸自幕僚長の席を見詰めていた。
「こんな時に、長瀬司令はまだ戻らないのですか?」
藤田は隣の木之下統幕議長に目配せした。その声は前列に座る神崎と雨宮の耳にも届いていた。
「こんな事は初めてです。あの長瀬が任務放棄するとは…」
木之下は信じられないといった面持ちを隠さない。そんな様子を見て雨宮は自分の考えを固めた、それを実行に移すべく不安を振り切って場の空気を破った。
「よろしければ私が長瀬司令のところに伺って来ますが……」
その場の視線を集め、雨宮は僅かに気が引けたが、
「……そうだな、この非常時に陸自の司令官が直接指揮を取らないのでは現場の士気にも関わる。おそらく執務室にいるだろうからその旨を伝える様に頼む、雨宮一尉。」
「分かりました……!」
雨宮は心の中で安堵した。木之下の言葉に敬礼しながら答えると司令室を出る。その姿を神崎は視線だけで追っていた。
「戦闘機隊、攻撃体勢!!!」
しかし、オペレーターのその報告によって司令室は再び緊張の色を濃くしていった――
最終防衛線――
退避していた8000フィートの高空から再びゴジラの頭上に急降下してくる戦闘機隊。攻撃高度600フィートは一歩間違えれば地面に激突しかねないが、スピードを極端に落とせばゴジラの熱線に狙い撃ちされる危険性が高い。まさに前門の虎、後門の狼。そんな二つの恐怖の攻めぎ合いの中で、興奮から全身にアドレナリンを発しながらパイロット達は突入していく。
強化マグネシウム弾の効果はてきめんで、先程までふらふらと定まらなかったミサイルの照準が今度はゴジラの体に付いたマグネシウム弾の光点にピタリと合わせられる。そして、放たれたミサイルは熱と光を求める赤外線誘導装置を作動させ、迷走も自爆もせずに確実にゴジラを捉えた。爆発と共に鳴き声を挙げるゴジラ。
戦闘機隊が通り過ぎた後には攻撃ヘリ部隊がゴジラの前進を阻止する。正面からの反撃を避け、側面からゴジラを引き付けるような攻撃――TOW対戦車ミサイルもゴジラの胴体に射ち込まれたマグネシウムマーキングに誘導され、炸裂する。足元を狙って撃ち込まれたロケットランチャーが無数の爆発でゴジラのバランスを揺るがせ、顔面に集中された機関砲がゴジラを苦しめた。
ミサイルの爆発でマグネシウムの効果が薄れ始めると続けざまに戦車隊からマグネシウム弾の砲撃が加えられる。自衛隊の思惑通りの波状攻撃によってさすがのゴジラも僅かずつではあったが後退を始めた。
防衛庁――中央司令所
「陸上自衛隊、航空自衛隊ともに攻撃を続行中。ゴジラの進行は防衛線より2kmの地点で停まっている模様!」
「触接部隊より報告!ゴジラは攻撃を受け僅かながら後退しています!!!」
防衛線からの作戦成功の情報がもたらされると作戦司令室はどよめきで騒然となった。
しかし、雨宮はそんな喧騒を離れ静かな廊下を歩いていた。そして、目当ての場所に着き立ち止まる。そこは陸上自衛隊幕僚長の執務室、長瀬の仕事場だ。
雨宮はドアを二度ノックしてみたが中から返事は無い。木ノ下統幕議長から許しを得ている事と自分の決心が揺るいでいない事を信じてドアノブに手を掛けた。
「失礼します……」
静かに、礼儀正しくドアを閉めると雨宮は部屋の中の人物に向き直った。部屋の主は窓際に立ち外を眺めていた。
「――用件は何だね?雨宮一尉。」
長瀬は窓の外を向いたまま言い放った。
「はっ……統幕議長が幕僚長をお呼びです。指揮所の方にお戻り下さい……。」
「――分かった。君は先に戻っていてくれたまえ。」
何事かを考えながらのような口調で長瀬は言った。しかし、雨宮は直立不動の姿勢を崩さないまま上官の背中を見詰めていた。長瀬は窓ガラスに映る、背後の雨宮の視線に気付くと再び口を開いた。
「下がれと言ったのが聞こえなかったのか?それとも、他に用があるのかね?」
先程より明らかに感情のこもった口調。雨宮はここが機とばかりに切り出した。
「――神崎三佐のことで伺いたい事があります!」
その言葉に長瀬に肩がピクリと揺れた。そして訝しげな表情を浮かべながら振り向く。
「神崎のこと……だと?」
「はい……。神崎さんが何故あそこまでゴジラという存在に拘るのか――幕僚長はご存知じゃないのですか?」
雨宮の言葉に長瀬は眉をひそめた。
「神崎がゴジラに拘る理由……か……」
「私は配属されて以来ほとんどの期間を神崎さんの元で過ごしてきて、神崎さんという人間を少しは理解しているつもりです。しかし、今の神崎さん、ゴジラが現われてからの神崎さんは私が知っている神崎さんではありません。異常なまでにゴジラに執着し、上司であり恩師でもある長瀬幕僚長と衝突してまで主張を通そうとする……。15年前のゴジラ襲撃の時に何があったのですか!?教えてください!!!」
「何故君はそこまで神崎の過去を知ろうとするのかね……?たとえ部下であろうと人の過去に触れる権利があるとは思えないが…?」
長瀬は雨宮の真剣な瞳を見詰めたまま言った。その言葉を受けて、雨宮は言葉を継げることが出来なかった。
「(俺が神崎さんの過去を知りたい理由――…)」
しばし考え込んだ後、雨宮はゆっくり口を開いた。
「それは……部下としてはこの非常時に上司が何を考え、何を基準として判断しているのが把握している事が第一と思い……」
口調は次第に早口となったが最後の方はかすれる様に口の中で消えてしまった。我ながらひどい出任せだ、彼は思った。
「(本当は俺が神崎さんという人間を尊敬しているからこそ……あの人に一歩でも近づく為に……。いや、司令の言う通り、ただの好奇心なのかもしれないな……)」
雨宮は心の中で自嘲した。
「――君は正直な人間だな。」
長瀬の一言で雨宮はハッとなった。
「思ったことがすぐ顔に出る。神崎は君に鉄仮面の作り方は教えなかった様だな。人間的には好ましい要素だが、自衛隊という世界でこれから生きて行くには少々苦労するかもしれん……」
長瀬はそう言いながら苦笑した。
「はっ……」
長瀬の言葉の真意が分からず、雨宮は曖昧な返事を返す。
「自衛隊の醜い部分を目にする勇気が君にあるかね?」
「どういう事でしょうか!?」
雨宮は返した。
「――君にそこまでの覚悟があるのなら話そう。だが約束してくれ、安易に彼の心の傷痕に触れるような真似はしない、と。」
長瀬は半ば睨む様に雨宮に視線を送った。自衛官として30年以上のキャリアから生まれる威圧感をもって彼の決意を試そうとした。
「もちろん……そのつもりです!!」
雨宮の返事に頷くと、長瀬は再び窓に向き直り、記憶を呼び覚ますように目を閉じた。
「15年前、ゴジラ2度目の上陸の時だ――」
続
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