NEO  Epipode 〜Ultima〜「完全版」

――第12話 「緊迫」

 

 

 

東京都――新宿

『こちら陸上自衛隊東部方面隊です。ゴジラは現在神奈川県座間市内を北上中、ゴジラの進路に当たる神奈川県東部・神奈川県北部、および多摩市以東の東京都全域には緊急避難命令が出されています――』

 新宿駅東口――ファッションビルや繁華街には普段とは比べ物にならないほど人影がまばらであり、無気味な静けさが支配しつつある町並みの上空を自衛隊のヘリがスピーカーを鳴らしながら旋回して行く。名物ビルの一つであるアルタのオーロラビジョンにはテレビのニュースが映し出されていた。

 

『以上が、ゴジラが上陸するまでの経緯です…』

 顔を引き攣らせた若い女性アナウンサーが最新のゴジラ情報を伝えていく。

『本日はゲストとして、軍事評論家の星野誠一さん、生物学がご専門の東都大学教授・野々村克弘さんをお迎えしています。本日はよろしくお願いします。最初に伺いたいのですが……』

 年配の男性アナウンサーが二人のコメンテイターに解説を求める。

『ゴジラの身体的特徴は恐竜と言うよりもむしろ生物学的には――』

『政府の発表によりますと、ゴジラに対し自衛隊の兵器は全く効果が無く……』

『また、厚木市内ではゴジラが巨大生物と交戦したと言う未確認情報もあり――』

 テレビの特別番組ではアナウンサーがゴジラ情報を逐一伝えると共に軍事評論家、生物学者、エコノミストなどがゴジラ出現による様々な影響を様々な視点から悲観的に論じている。もっとも、楽観論など唱えることが出来る状態では無いのだが…。

 そして、人の波は確実に都心から離れつつあった。

 

 

東京上空――

 空を飛ぶヘリの中から佐々木は街並みを見下ろしていた。銀座・霞ヶ関・四ツ谷――15年前、そして45年前のゴジラ襲撃で破壊された場所だが人々の努力と時の流れによりその傷痕は完全に癒されていた。

「俺達はゴジラを知らなかったー―。」

 ふとつぶやいたのは佐々木だった。

「知らなかったってどう言う事だ?確かに45年前では俺達は生まれていなかったが、15年前は目にしたじゃあないか?報道された、この東京で暴れ狂うゴジラの姿を…。」

 斎藤の言葉にかぶりを振りながら佐々木は続けた。

「お前はどうか分からないがな、その頃新潟の田舎の高校生だった俺は連日のゴジラ報道を目にしてもそれほど危機というものは感じなかった。家をゴジラに潰されたわけでもなく、大切な人間が事態に巻き込まれたわけでも無いからな。俺達が知っていたのは画面の中のゴジラだけだったのさ。今こうして対ゴジラ作戦に直面し、目の前で仲間の自衛官達が死んでいく様を見せつけられて初めて実感した。ゴジラの恐ろしさを……」

 佐々木は作戦司令室で耳にした前線からの報告、爆音と共に途切れる無線などを思い出すと背筋に冷たい物を感じた。

「――ああ、その気持ちは俺もよく分かる。」

 強張った佐々木の表情を見て、斎藤も頷いた。

「神崎三佐は15年前、目の前でゴジラの脅威を体験した。そこで大切な物を…仲間か家族か分からないが、失ったに違いない。」

「なるほど、三佐があれほど対ゴジラ作戦にこだわる理由はゴジラへの怨み、復讐と言う訳か……。順調なら今ごろ一佐に昇進していてもおかしくないキャリアを捨ててまで……」

 斎藤は低いヘリの天井を仰いだ。しかし、佐々木は無言のままでいる。

「違うのか、佐々木?」

 考え込む姿を崩さないまま、佐々木が口を開く。

「俺が考えていたのは何と言うか……もっと奥が深いものだ。戦闘で仲間を失う事は軍人――あえて今はこうして呼ばせてもらうが――なら承知している事。優秀であればあるほどその辺りはわきまえている筈。怨みや復讐なんかではなく、もっと個人的で強力な動機付けがあるのではないかと思うんだ。」

「佐々木……」

 そう言って斎藤が佐々木の肩に手を置くと、彼は僅かに身体を震わせた。

「俺達が今やるべきは他人の内面を詮索することなんかじゃない。厚木で、アルティマが本当に灰になって消し飛んだのか確認することだ!任務を二の次に考えているなんて、お前らしくないな!」

 斎藤は言い終えると真剣な表情を一変させて笑みを浮かべた。それにつられるように佐々木も微笑する。

「済まない、そうだったな。後は全てが終わった後に雨宮一尉から聞かせてもらう事を期待しよう。」

 二人の会話が一段落したのを見計らうようにパイロットが声をかけてきた。

「厚木に向かうルートですが、直行すると最終防衛線の作戦空域とぶつかるので湾岸線方面に迂回します。到着は少々送れますがご了承ください。」

 そう言うとコクピットから後部座席に振り返りながら軽く頭を下げる。

「構いませんよ、よろしくお願いします。」

 佐々木が答えると二人は加速に備える為に席に深く腰掛け直す。

「なあ、佐々木…」

 眼下をゆっくりと流れゆく景色を見ながら斎藤は呟くように隣の佐々木を呼んだ。

「どうした?」

「あの時、秦野でだ。お前が間に合わず俺がアルティマに殺されていたら、お前は俺の為に復讐してくれるか?」

 佐々木は普段の斎藤からは創造しにくい感傷的な台詞に驚きながらも、頭に浮かんだものを即答した。

「当たり前だ。俺はチームの誰が殺されてもヤツをどこまでも追い詰めていたよ!」

 しばし真剣に見詰め合っていた二人だったが、そのうちどちらともなく吹き出し、笑い始めた――

 

 

東京都――最終防衛線

 夏の長い日も西に傾き、辺りを茜色に染めつつある中、多摩川を背にした最終防衛線には戦闘車両が次々と集結していた。キャタピラー駆動の戦車や装甲車、自走砲は長距離輸送用の大型トレーラーから下ろされ、連なるように並んで行く。前線部隊にも兵員輸送車が到着すると兵士達が次々と駆けだし、迫撃砲や対戦車ロケットランチャーを設置する。上空には雁の群れのように綺麗な編隊を組むAH‐1Sコブラ。関東の第一師団だけではなく上越・北陸の第十二師団まで動員した文字通り自衛隊東部方面隊の総力を結集した大部隊である。

「部隊の展開状況は?」

 戦線の付近の多摩川河川敷、そこに設営された大型テント中では戦闘服に身を包んだ中隊長、連隊長達が卓を囲み、迎撃作戦の最終確認を行っていた。指揮官である第一師団師団長、国枝陸将の声は、第一次防衛線の雪辱と、そこで殉死した隊員達の弔い合戦だとばかりに張り詰めていた。

「現在、部隊の約八割が展開完了。残りの部隊も2000(フタマルマルマル)までにはなんとか…!」

「出来るだけ急がせろ!」

 通信士からの報告に国枝は声を荒げた。

「部隊とゴジラの接触予定時刻は?」

 次に尋ねると、ヘリ部隊隊長の二佐が答える

「先遣の偵察機からの報告によるとゴジラは現在、東京都神奈川県境を越え町田市内を新宿方面に向け侵攻中。このままなら2100(フタヒトマルマル)には前線から射程圏内に入ります。」

 その言葉に国枝が頷く。

「まずは最終防衛線より5km地点から戦闘機隊による第一次攻撃を行う。続いて攻撃ヘリ編隊が第2次攻撃を行いつつゴジラの進路を東京湾方面に誘導。後方の戦車隊、特車隊は最終防衛線を死守、ゴジラの都心部侵入を何としても阻止せよ!」

 他の隊長達も無言で頷き、その決意を露わにしていた。

「作戦開始は2030(フタマルサンマル)!その後の判断は各個の連隊長に一任する。以上、解散!」

 国枝が言葉を切ると隊長達は一斉に立ち上がると、それぞれの持ち場に散っていった。

 

 

厚木市内――

 ヘリに乗った佐々木と斎藤はゴジラとアルティマが戦った場所からやや離れた場所に降り立ち、そこで簡易放射能防護服に着替えると、部隊が用意してくれたジープで現場までやって来た。そこには一般自衛官のものとは区別された防護服に身を包んだ一団が忙しなく動き回っていた。彼等の所属する化学科部隊の調査班である。調査班はがっしりした体格な男の指示の元、動いている。そして、その中の指揮官らしき男が佐々木達を呼び止めた。

「佐々木三佐、思ったより早かったな。」

 防護服のプレキシグラス越しではよく顔が分からなかったが、呼吸器を通したにも関わらず、その声は二人には聞きなれた者だった。

「柏木一佐!?どうしてここへ?」

 柏木は防護服の為動きにくそうに振り返った。大柄な体躯とゆったりとした防護服のせいでベテラン自衛官は歳を感じさせない。

「お前達がもっと遅れると思ってな。お前にチーフを任せて以来ご無沙汰だったが久々に部下を引き連れて現場に出てきたよ。」

 柏木はそう言って苦笑して見せたが、彼は15年前のゴジラ襲撃の時にも残留放射能の調査経験があり、化学科部隊の責任者として居ても立ってもいられずやって来たのだ。

「では、我々も隊長のお手伝いをするとしますか!」

 斎藤は腕捲りする仕草を見せながら軽い口調で応えた。厳格な柏木が自衛官としてはやや気をつけなければならない斎藤の言動を許しているのは彼の優秀さを評価しているからに他ならない。真面目で優等生タイプの佐々木と柔軟性な発想をし、アウトローな斎藤は正反対ながら良く出来たパートナーであり、彼の最高の部下だった。

 

 彼等は現場に足を踏み入れると、そこは全てが炭を通し越して灰と化していた。地面のアスファルトは沸騰・蒸発したまま固まり、表面がボコボコして歩きにくい事この上ない。元・住宅の建材だったものを踏み潰すと抵抗無く崩れ、灰の粉となる。ビルの鉄筋コンクリートは真っ黒に焦げたコンクリートと融解した鉄骨が無気味な大理石模様を描いている。全てはゴジラの放った熱線の高熱が引き起こしたものであり、熱線で焼き尽くされた一帯は核爆発の、その後の光景に等しかった。

「これではアルティマの痕跡などあったものではないな……」

 柏木はブーツの底を地面に擦り付けてみるが、ただ白っぽい灰が舞い上がるだけである。その後ろに佐々木と斎藤が付き、三人は高熱に曝された廃墟の周りを歩いていた。柏木は足を止めると振り向かないまま二人に声をかけた。

「――神崎には会ったか?」

「は……?」

 不意な問いかけに柏木の意図を理解出来ないまま佐々木は答えた。

「神崎三佐のことですか?ええ、防衛庁でお会いしました。話に聞いていた通り、鋭い刃のような雰囲気を持った人でした……。ただ分からないのはそれほどの人が何故あそこまでゴジラに拘るんでしょうか?その気になれば柏木一佐と同等なキャリアを積めた人が……。隊長は神崎三佐と同期でしたね、何かご存知ではないのですか?15年前に神崎三佐と長瀬幕僚長に何があったのか……」

「そうか…あいつはまだ15年前に縛られているのか……」

 佐々木の答えに溜め息をつくように言葉を切ると、再び口を開く。

「15年前のことは私も詳しくは知らない。当時の私は大宮の化学学校におり、ゴジラの放射能が周辺に及ぼす影響を調査するチームに編成されていた。神崎はの第一普通科連隊に所属し、晴海でゴジラを迎撃する部隊の一小隊を指揮していた。そして、彼の部隊はゴジラによって全滅させられたが神崎だけは無事にいたということだ。何故その時に神崎が部隊を離れていたか知っているのは当時一佐で直接の上司だった長瀬司令くらいだ。」

「……神崎さんの部下である雨宮一尉も同じ様な事を言っていました。」

「そうか……」

 佐々木の言葉に頷きながら柏木は再び歩を進める。

「実際、私は友人として惜しいと思っているんだよ。彼ほど有能な人物が場末の一室長などに甘んじているのが……!将来の師団長、いや幕僚長として自衛隊のトップに立つ事でさえ夢では無い男が――」

「失礼します!」

 柏木の言葉は突然現われた伝令の隊員に遮られた

「どうした?」

 それと同時に柏木の表情も過去の感傷と同期の友人に対する心象で沈んだ顔から毅然とした現場責任者のものになっていた。隊員は柏木の言葉を待って敬礼を解いた。

「作戦司令部より入電、ゴジラが最終防衛線まで5km地点に接近。まもなく攻撃開始されると言う事です!」

「分かった。ご苦労!」

 そう言うと柏木も隊員に対して敬礼を送る。隊員はそれに返礼すると持ち場に戻って行った。

「いよいよだな…」

 斎藤が緊張した面持ちで呟く。また、佐々木は遠く離れた場所にいる自分までが高ぶるのを感じていた。しかし、それを聞いても柏木は、

「(神崎…、何を考えている…!?)」

 心の中で一人ごちていた――。

 

 

東京都――最終防衛線

 夕闇が迫る市街地に咆哮が響き渡る――。空の色は西から青みがかり、蒼から紫、紫から黒へと東へつれて移ろって行く。住宅地には人気(ひとけ)が無く、忘れられたようにちらほらと電気が点り、街灯とビルの明かりが妙なくらい無機質に辺りを照らしている。

ズズー――ン…!!!

 地響きと共にゴジラの巨大な足が踏み出される度、アスファルトには深く抉られたように沈み込んだ足跡が残り、地割れが足の周囲に蜘蛛の巣のように広がる。そして、放置されていた自動車を踏み潰すと爆発と共に黒い煙が舞い上がり、怪獣の巨体を舐めるように上がって行く。進路を塞ぐ建物に腕の鉤爪を食いこませると信じられないほどの力で倒壊させ、瓦礫と化した。その神々しいまでに圧倒的な破壊の前に、この人知を超える怪物を止めることなど不可能に思われた。だが、そんなゴジラに立ち向かおうとする人間達の意志はまだ折れてはいない――

 

「ゴジラ接近!防衛線まで約5km!」

「了解。総員戦闘体勢!!!」

 オペレーターからもたらされた報告を受けて国枝は指示を下した。机の上に広げられた地図の上に「G」の標識が進められる。

「航空機部隊、突入体勢に入ります!!」」

 次第に近づく戦闘機の爆音を耳にして、これを誰もが決戦の狼煙であると感じた。

 

「全機、攻撃準備――!」

 航空機部隊隊長を務める甲斐一尉がそう言って火器管制装置のロックを解除すると、全機のパイロットもそれに続いた。

「第一次防衛線の交戦ではゴジラによってミサイルの誘導装置が無効化された…!今回はヤツが背鰭を光らせる前に叩き込む!全機、出し惜しみするな!!!」

『了解――!!!』

 そう言っている間にも彼等は視界の中に、街中を蠢く巨大な影を発見する。影は紅く燃えあがる業火を背景にしてその威容を際立たせていた。

「目標捕捉――ロックオン!!!」

 モニターの暗視装置ごしに映し出されたゴジラの姿に慎重にサイトを合わせるパイロット達。

「発射!!!」

『発射!!!』

 第一次防衛線と同じく、F‐1支援戦闘機とF−4EJ改スーパーファントム戦闘爆撃機の混成部隊が翼の下に抱えたミサイルを次々と切り離して行く。一旦後退するミサイルだが、ブースターに点火されるとあっという間に機体を追い抜き、幾本も白い軌跡を残しながらゴジラに突き刺さる。さらに第2波、第3波のミサイルが襲いかかり、いくつもの爆炎がゴジラを包む。

 頭上を通り過ぎる編隊を恨めしそうに見上げるゴジラ。咆哮を上げると背鰭を発光させ、編隊の後を追う様に熱戦を放つがそれは虚空を焦がすだけで終わった――。

 

 

防衛庁――中央司令所

「電子戦機より報告。最終防衛線においてゴジラが熱線を放射!背鰭の発光と同時に電磁波の発生を確認!」

 相模湾海戦と第一次防衛線での攻防の教訓から今回の航空機部隊には敵のレーダー波や通信を探知妨害する電子戦機がゴジラの放つ電磁波対策として投入され、その報告がもたらされた。

「現在、ゴジラに対する誘導兵器の命中率は30%にまで落ちる計算です!」

「何か……対応策は無いのかね!?このままでは航空隊は一次防衛線の二の舞だよ……」

 オペレーターがモニターから情報を読み上げると閣僚の一人が情けない声を上げるが、

「ご安心下さい、策は考えてあります!」

 木之下統幕議長はそう言って柳川空自幕僚長に目配せすると、柳川は意を得たりと頷きマイクを取る。

「こちら空自司令柳川だ。只今よりM2作戦を指示する。全機一時高度8000フィートまで離脱せよ!」

『了解――。』

 戦闘機のマスクごしに甲斐のくぐもった声が返ってくる。

「戦車隊、第3第4中隊は『強化マグネシウム弾』装填!ゴジラに向けて発射せよ!」

「強化マグネシウム弾……とは?」

 木之下が命令を終えるのを待って藤田防衛庁長官が尋ねた。

「マグネシウムは酸化する際に強力な光と熱を発する金属です。その性質を利用して、照明弾の燃焼材としても使用していますが、強化マグネシウム弾とは発光と発熱の性質を強化したマグネシウム合金を戦車の徹甲弾の弾頭に装填した物です。これは着弾と同時に目標に突き刺さり、そのまま数分間、発光と発熱を続けます。その光と熱が発生させる赤外線を目標とすれば、ゴジラが発生させた電磁波が干渉されることなくミサイルを誘導する事が可能なはずです…!」

 一旦言葉を切り、自身ありげな表情を浮かべると木ノ下は続けた。

「マグネシウム マーカー作戦、略してM2作戦と言うことです!」

「しかし……効果はあるのかね……?」

 それでも閣僚は不安げに呟く。それに神崎が手元の分析データに目を落としながら答えた。

「確かに……時間の制約もあり、実戦では初めて使われる兵器ですが、データ上ではマグネシウム弾頭1個あたりのエネルギー量はゴジラの電磁波を平均70%無効化出来ることが出来るのです。」

「だが、それは所詮机上の空論じゃないか……?」

 その閣僚は吐き捨てるが、

「我々は戦いに関して素人です。全ては自衛隊を信頼するしかありません!」

 なだめる様に言う藤田の目は力強くモニターを見詰めていた。

 


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