NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
――第11話 「邂逅」
厚木市郊外――第一次防衛線
「全機聞こえたか――?ゴジラにだけミサイルをロックオン!地上部隊への誤爆は許されない!」
『了解――』
戦闘機は機体を翻し、各々高度を変えて突入して行く。パイロット達が操縦管のスイッチを押すと眼下に迫るゴジラに向けてミサイルが放たれ、白い軌跡を残して次々と直撃する。頭上を通り過ぎる戦闘機隊を恨めしげに見上げ咆哮するゴジラ。上空を引き返し、戦闘機隊が第2波攻撃を開始する。再びミサイルが放たれるとゴジラは背鰭を放電発光させた。するとミサイルは相模湾沖で護衛艦隊に起こったようにゴジラを避ける様にその軌道を変えていく。ミサイルの半数以上が目標を外れ、無人である郊外の市街地に爆発が起こった。
「直撃寸前にミサイルが軌道を変えた!?」
パイロットは上空を旋回しながら毒づいた。
『こちら司令部、戦闘機隊応答せよ――。背鰭を放電発光させた直後のゴジラは自らの周囲に強力な電磁波を発生させている為、誘導兵器が無効化されると海上自衛隊から報告されている!電子機器が回復するまではミサイルは使わず近接距離での誘導爆弾による攻撃を行ってくれ!!』
「――了解っ!」
「ちぃっ……!」
その報告を聞いてパイロットは舌打ちした。電子装置による誘導が出来ないとなればそれだけ距離を詰めて攻撃しなければならない。それはそれだけゴジラの攻撃を受ける危険性が高いという事。だが、防衛線の突破は間近。躊躇する訳にはいかなかった。ゴジラに向けて再突入を開始する攻撃機各機。彼等の目には先程よりもゴジラの姿が大きく映り、恐怖もそれにつれて倍増して行く。そして、電子音がゴジラを爆撃可能距離に捉えたことを知らせる。後は目視で照準を合わせ、スイッチを押すと爆弾が両翼からゴジラに向けて投下される。慣性と引力によって曲線を描きながら爆弾がゴジラに炸裂した。しかし、実戦経験の少なさと手動の爆撃に不慣れな事がその精度を低下させ、数mの誤差で外れてゴジラの周囲にも爆弾をばら撒く結果となった。
そして、戦闘機隊の第2波が接近したその時、ゴジラの口が開き虚空に熱線を迸らせた。熱線は戦闘機部隊の進路を先読みするかのように放たれていたので、高速で飛行する戦闘機には自分達の目の前に焔の壁が出現したに等しく見えた。
「ぐわああぁぁっ!!!」
回避し損ねた数機がパイロットの断末魔の悲鳴と共に熱線の引く尾に激突、炎上し、火の玉と化した機体は地面に激突し爆発する。運悪くも前線部隊の真っ只中に墜落した機もあった。まだ日の高い夏の空を黒煙が埋め付くし、炎は逃げ惑う隊員達のシルエットだけを映し出す。
なおもゴジラの侵攻を阻止すべく防衛線の最後を守る戦車隊が砲撃を続ける。しかし、ゴジラは何かに導かれるようにして止まらない。再び背鰭を――今までで最も激しく――発光させ眼下に凄まじい放射能火焔を吐き出した。熱線の奔流が地面を駆けると、一瞬にして炎の壁がその周囲に巻き起こる。炎の壁は猛スピードで辺りを呑み込んで行く。熱線の直撃を受けた戦車や装甲車は数秒で融解し、爆風はのその車体を空高く吹き飛ばす。人の身体ははその焦熱地獄の中で灰となって消えた。
防衛庁――中央指揮所
「第一、第二戦車中隊……壊滅。ゴジラ、第一次防衛線突破しました……。」
前線からの報告を受けるとオペレーターはその言葉だけを残し絶句した。その場にいた全員がモニターを見つめる。東名高速道路に沿って展開している防衛線を“G”のアイコンが通過していくのが映し出されていた。
「砲撃も航空爆撃も効果無しか……」
木ノ下統幕議長がつぶやいた。
「神崎三佐、前線への次の指示は……?」
「はい……まずは負傷者の救助。その後、戦闘可能な戦車・特車は輸送トレーラーに搭載し後退。再度防衛線を展開させます。」
藤田長官の問いかけに神崎が答える。
「しかし、ゴジラに通常兵器が効かないのは既に証明済みだろう?これ以上は無駄な犠牲を出すだけではないのかね……?」
閣僚の一人が不安げに重い口を開いた。
「無駄だと分かっていても、我々はみすみすゴジラの都心部侵入を認めるわけにはいかないのですよ!それは15年前でも同じでした!!」
「ぐっ……」
神崎が言葉の最後に語気を強めるとその閣僚は気圧されたように押し黙る。
「しかし、このままでは厚木市内のアルティマとゴジラが激突するのは時間の問題だ。なぜ……ゴジラはアルティマに惹かれるのだろうか!?」
「――!!」
モニターを見上げながらこぼした藤田長官の言葉を、佐々木は聞き逃さなかった。
「よろしいですか、長官?」
佐々木の声に周囲の目がそちらに向く。
「その帰巣本能から日本を自分のテリトリーとして認識しているゴジラは、そこに侵入したアルティマを敵として排除しようとしているのではないでしょうか?また、人間をも食料とするアルティマにとって人口過密な日本は最高の住処ともとなりうるのです…。両者が縄張り争いするのは自然界の必然であり、ゴジラとアルティマはそれぞれの生存本能から引かれ合っていると思われます。」
「生存本能……か……。」
冷静に言い放ったのは神崎だった。
「勝った方が我々の敵になるだけだ。どちらにしろ我々にとっては分の無い勝負ですよ……」
向けられていた視線は既に佐々木から神崎へと移っていた。司令室はコンピューターの駆動音だけが鳴り響く重苦しい沈黙が支配していた――。
神奈川県――厚木市内
西に傾きかけた陽射しが、街中のビルの間に二つの対照的なシルエットを浮かび上がらせる。かたやゴツゴツと盛り上がった溶岩の固まりのようなそれでいて鋭い背鰭のが険しい山の峰を思わせる――ゴジラの姿、かたや滑らかな曲線をした外殻に直線的なスパイクを身体中に生やした――アルティマの姿だった。
2匹の怪獣はお互いを威嚇するように、ゴジラは地の底から響くような、アルティマは様々な楽器を一斉に鳴らしたように劈く咆哮を上げる。避難命令が出されていた事もあって市内は無気味に静まり返り、2匹が破壊していく建物には生活の跡こそあれ人の気配は無かった。
周囲の一番高い建物はゴジラの肩までしかなく、それから推測するとゴジラの体高は50〜60m、アルティマのそれはゴジラより二回りほど低い。それでも地面からは見上げるような巨大さだ。
ゆっくりと向き直るゴジラに対し、アルティマが先に仕掛けた。ゴジラを睨み付けながら鳴き声を上げるとその強靭な後足を利して駆け出し、跳びの大きな一歩一歩でゴジラまでの距離を一気に詰める。一戸建ての住宅は3本の爪の生えた足に踏み潰されるか蹴り飛ばされてバラバラに崩れ、周囲のビルは外壁を身体のスパイクによって削られるか体当たりをまともに食らって倒壊した。それでもアルティマは一直線にゴジラへ向かう。そして、大きく跳躍すると発達した前足の鉤爪をゴジラへ突き出す。
ゴジラが苦悶の鳴き声を上げた。反応もままならないうちにアルティマがゴジラに跳び付き、鉤爪を肩と胸板に突き立てたのだ。アルティマが力を込めるとゴジラの岩のような皮膚が抉れ、鮮血が吹き出す。返り血を浴び、銀色の身体が紫色に染まってもアルティマは怯まない。ゴジラは苦痛に悶えながらもアルティマを振り解こうと巨体を揺する。ゴジラが動く度に周囲が瓦礫と化した、大きく振られた尾がマンションを直撃すると二つに折れた建物が地面に倒れ、砕け散る。
追い撃ちをかけるようにアルティマはゴジラの首筋に噛み付いた。噛み付きながら首を揺すり、牙を食い込ませようとすると、遂にゴジラも堪らなくなって来た。腕を伸ばしてアルティマの喉元を掴むと身体から離すべく締めつける。ごぼごぼと気味の悪い呼吸音をしながらアルティマの顎がゴジラの首筋から離れるが、その歯の間にはゴジラの肉片が挟まり、血液が滴る。
ゴジラに喉元を押さえられた事でアルティマの身体が仰け反り、鉤爪の力が緩んだ。ゴジラはそれを逃さずアルティマの身体を捉えると身体を捻り、遠心力を使ってアルティマを強引に投げ飛ばした。
ズズズズウウゥゥン!!!
投げ飛ばされたアルティマの身体が周囲の建物を下敷きにしながら轟音とともに地面に激突し横滑りすると、濛々と煙と埃が立ちこめた。アルティマが立ち上がるよりも早くゴジラは背鰭を発光させると眼下のアルティマに向けて放射能火焔を放つ。アルティマは身体を捻り直撃を避けるが、瞬時にして高温の炎が辺りに広がり膨張した熱波がアルティマを包む。
何とか立ち上がったアルティマであったが全身を炎に焼かれ、苦悶の鳴き声を上げる。だが、ゴジラはその隙を見逃さなかった。炎に怯んだアルティマを再び熱線で一撃する。
熱線の直撃を食らうアルティマ。青白い閃光に触れた部分が赤く燃え上がる。金属のような外殻にぶつぶつと泡が立ち融解を始め、亀裂が入った。その体内で緑色の体液が沸騰し、外殻の亀裂から吹き出した次の瞬間、頑丈な外殻が災いしたのか行き場を失った内圧がその身体を粉々に吹き飛ばした。外殻が砕け散り、肉片が飛び散る。アルティマが力無く断末魔の悲鳴を上げるとその身体は燃え盛る炎の中に崩れ落ち、消えた。
ゴジラは炎の海の中で天を仰ぎ、長い勝利の雄叫びを上げると、身体の向きを変え、再び北上を始めた――。
防衛庁――中央司令所
「ゴジラは厚木市内を抜け、町田方面に以前侵攻中!」
「次に防衛線を展開するとなるとどこが考えられますか?」
オペレーターの報告を受けて藤田長官は木ノ下幕僚長に話しかけた。木ノ下幕僚長は地図をテーブルの上に広げると、ゴジラの進路をポインターで示す。
「ゴジラの進路と速度をを考えると本日未明には新宿方面に到達すると思われます。第一次防衛線の残存戦力と第12師団の移動状況を考慮して――」
そこで言葉を区切ると、地図の一地点にポインターを滑らした。
「多摩川を最終防衛線と設定します。このラインを突破された場合は建物が高層化して地上部隊での攻撃が困難になりますし、交戦時の周辺への被害も大きくなる事が予想されるからです。」
木ノ下幕僚長はそこでポインターを畳むと、隣に座る神崎に目を向けた。
「神崎三佐、何か意見はあるかね?」
「はい、問題は無いと思います。」
神崎はそれだけを答えた。
「では、本日2100(フタヒトマルマル)までに部隊の移動を終了。それまでは引き続き第1ヘリコプター隊がゴジラの監視を行う!」
幕僚長の命令の元、オペレーターが次々と指示を出していく中、
「幕僚長、我々は厚木に行きたいのですが…。」
佐々木が訊ねた。
「事後処理をするなら前線部隊の方々だけよりも私と斎藤がいた方が何かが分かるかもしれません。それに…当事者として事の顛末をこの目で確かめたい、と言う気持ちもあります。」
それを聞いて木ノ下幕僚長が頷く。
「そうだな、君達に来てもらったのはアルティマに関する情報を報告してもらう為だ。現場に赴いてもらうのが一番だろう。ヘリを用意させる、その格好では動きにくいだろうからその間に着替えたまえ。」
木之下は、制服のままの佐々木と斎藤を一瞥して言った。
「ハッ、ありがとうございます!」
斎藤は敬礼すると扉に向かうが、佐々木は何かを思い出したかのように立ち止まった。
「雨宮一尉、少しいいかな?」
佐々木が雨宮を呼び寄せる。
「何でしょうか?」
雨宮は席を離れると二人と共に部屋を出た。防衛庁地下の廊下は司令室の喧騒とは逆に静まりかえり、一言一言が反響する。
「神崎三佐の事だ。神崎三佐は私の上司である柏木一佐と同期である筈なのに私と同じ三佐に甘んじている。あの人が無能であれば話は別なのだが、あの人の防衛大学校時代の実力は柏木一佐も認めていた。言動を見る限り、私も非常に優れた人だと感じた。相手がゴジラであるのは不幸としか言い様が無いがね。だから何なんだ、神崎三佐が15年前にこだわる理由は?15年前のゴジラ襲撃で彼の身に何が起こったんだ!?」
そこまで言うと佐々木は言葉尻が感情的になってしまったのに気付いた。
「すまない、こんな時に関係無い事だったな。失礼する…。」
佐々木が先に進んでいた斎藤の後を追おうとすると、
「確かに……神崎さんは私にも15年前の出来事を話してくれたことはありません。しかし――」
「しかし?」
雨宮の言葉に佐々木は思わず振り向いた。
「長瀬司令ならきっと知っているはずです。司令は15年前に神崎さんの直属の上官でした。巨大生物監視対策室に配属されて以来、私を自衛官として育ててくれた神崎さんがどうしてあそこまでゴジラに執着するのか不思議に思ってきました。私は司令から何とか真実を聞き出すつもりです……!」
「ありがとう、雨宮一尉。それでは…!」
佐々木は敬礼をすると身を翻した。斎藤の姿は曲がり角に消えるところであり、雨宮も佐々木が角を曲がるまでその場で敬礼の姿勢を崩さなかった――。
続
10 『上陸』へ
12 『緊迫』へ