NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
――第10話 「上陸」
防衛庁――作戦司令室
「護衛艦『きりさめ』『こんごう』撃沈…!第2護衛艦群は戦闘継続を断念。行動を遭難者救助に移行します…。」
「第4護衛艦群、第2護衛艦群の後方5kmに待機。指示を待っていますが……。」
報告をもたらしたオペレーターもすでに疲れ切ってしまったような表情だった。
「護衛艦が3隻も……」
その場にいた閣僚の一人が溜め息と共に声を漏らす。
「神崎君……」
長瀬の問い掛けに神崎は噛み締めた唇を隠すように組んでいた手を解くと口を開いた。
「ゴジラのこの動きは我々が想定できたものと大きく異なってしまいました…。それに当初の作戦を継続するにはゴジラは海岸に近づきすぎています。これ以上水上部隊で攻撃する事は被害を拡大するだけです……。」
その言葉を聞いて席から立ちあがり罵声を浴びせる者もいた。
「今回の作戦は君達が考案したものだろう!?護衛艦と隊員を失った責任はどう取るつもりかね!!?」
「そうだ!君のクビが飛ぶだけでは済まないよ!」
その声に堪らず立ちあがったのは雨宮であった。
「失礼ですが神崎三佐が彼等を殺したわけではありません!!!この作戦の失敗を三佐の責任とするならこれは同じ巨大生物監視対策室に所属する私を含め――」
「待ちたまえ!雨宮一尉!」
そこまで言った雨宮を長瀬が制した。
「確かに神崎三佐等の提案した作戦は失敗しましたが、それを承認し実行したのは我々であります。私は神崎三佐の作戦は考えられる最良のものだったと今でも疑っていません。ゴジラは我々の常識を超越した生物であり、これは我々とゴジラの言わば戦争です!予定通り進む戦争などありません……。責任を取れと言うのなら、私はこの場で辞表を出しましょう。その時は……閣僚方が我々に代わって指揮を執って頂けるのですかな?」
長瀬は周りを見回した。先程まで無責任な非難を浴びせていた者達もすっかり長瀬に気圧されていた。
「……命を失った隊員とその家族の方々には心から哀悼の意を表します。」
そう言うと長瀬はゆっくりと腰を下ろした。
「――艦隊に新たな行動を指示!!」
張り詰めた場の空気が収まるのを待って南・海自幕僚長はオペレーターに指示を出した。
「こちら作戦司令部。第2護衛艦群は負傷者の救助。第4護衛艦群は転針、ゴジラの後方で第1護衛艦群と合流し艦隊を再編成せよ!」
そして、ゴジラは護衛艦の残骸が浮かぶ炎の海を勝利の雄叫びと共に横切って行った。
数時間後――相模湾沿岸
ゴジラは波打ち際にその巨体の全貌を現した。砂浜が重みで大きく足跡の形に大きく沈み込む。避難が完了しているせいか周囲に人の気配は無く、上空を自衛隊のヘリが旋回しているだけだ。ゴジラは上空のヘリを一瞥すると真っ直ぐ北上を始めた――。
「ゴジラ、由比ヶ浜から上陸。鎌倉市内に進路を取ります。」
オペレーターが告げる。モニターには“G”の文字が遂に陸地に現われていた。
「陸上自衛隊の作戦は?」
藤田長官が幕僚長達の席を振り返る。
「文化財保護の観点から鎌倉市内ではゴジラへの攻撃を極力行わない方針です……。現在、東名高速道路大和〜秦野間を第一次防衛線と設定し、第1戦車大隊、第1特科連隊、第4対戦車ヘリコプター隊を主力として部隊を展開。ただ誤算なのは……厚木市内のアルティマを監視する為、第一師団の普通科、戦車隊、ヘリ部隊から各1個中隊をそちらに向かわせていることです…。」
長瀬は口惜しそうに答える。
「しかし、遅れていた入間と百里からの航空支援は準備が完了しており、ゴジラに対し陸上部隊で足止めしつつ、航空機による一撃離脱攻撃を行います。」
神崎は長瀬の言葉を補足する。しかし、その心中にはゴジラを陸に上げた事で自分達の勝算はかなり薄くなったことを確信していた。新たな指示を受け、司令室がにわかに慌ただしくなる中、長瀬が神崎の隣に腰を降ろす。長瀬は神崎だけに聞こえるように言った。
「お前の考えは分かっている、奴を陸に上げた時点で我々に勝ち目は無いと言うことだろう。しかし、我々は状況の中で最善を尽くすしかないのだ。15年前に我々が最善を尽くしたようにな……」
「最善……ですって!?私が何も知らないとでもお思いですか!」
声は抑えていたが、神崎の口調には明らかな感情があった。
「そうだ。あの絶対的不利な状況下で自衛隊の将来を考えた最善の選択だ。あとはお前がどう割り切ることが出来るかだよ、神崎!!」
長瀬は神崎を半ば睨んでいた。その視線はめったに感情を表さない神崎の鉄面皮の裏を見透かしているようだった。
「私の選択はこの15年間の行動で示してきたつもりです。」
神崎は再び表情から感情を消すと、ゴジラの動きを示すモニターに視線を向けた。
「そうか……」
そう言うと長瀬は再び自分の席に戻った。モニターには鎌倉市内に向かうゴジラの進路が映し出されていた。
鎌倉市内――
普段なら観光客で賑わう鎌倉市内。しかし、ゴジラ上陸に伴う緊急避難命令により辺りに人影は全く無い。鳩や烏のような鳥でさえ只事では無い気配を察知したのか姿を消している。そんな静寂を破ってどこか遠くから地響きのようなものが聞こえてくる。それは次第に大きくなり、はっきりとした振動となった。
高台にある鶴岡八幡宮からは市の中心部を一望できる。一人の僧は信心からそこに残り、成り行きに身を任せていた。そして、突然の爆発音を耳にすると市街地に目を向けた。景観を保護する為にそれほど高い建物が無い中で、この世の物とは思えない異形の物体が一際僧侶の目を引いた。時折何かを威嚇するように咆哮を上げ、市街を跋扈している怪獣。踏み出した足元からは爆発と共に黒い煙が上がり、行く手を塞ぐ建物は手当たり次第に薙ぎ倒される。僧はこの時ばかりは信仰の無力さを呪った。
厚木市郊外――東名高速道路より南2km地点
見通しの良い大通りなど、開けた場所に陸上自衛隊の戦闘部隊が展開している。普通科連隊はトラックや装甲車に搭載した対戦車ミサイルや迫撃砲をずらりと並べ、隊員はカールグスタフ84mm無反動砲や口径12.6mm重機関砲などを構えてゴジラを待っている。そして、74式を主力にした戦車隊が前面に展開してゴジラを迎え撃つ。その中には第一師団には教習用として僅かにしか配備されていない虎の子の90式戦車の姿もある。相模川の河川敷にはAH−1Sコブラの編隊がゴジラの接近まで待機していた。
「ゴジラが我々の射程に入ったと同時に攻撃開始、何としてでもヤツの進行はここで食いとめる!!!」
戦闘服に身を包んだ現場の指揮官、第一師団長の国枝がボードをバシっと叩く。
「少なくとも1630(ヒトロクマルマル)まで……、入間からの航空支援が開始されるまでは持ち堪えるんだ。しかし相手はゴジラ……、無理はせず退くべきところは退けば良い。誰も文句は言わない……。質問は!?」
国枝は部下である各大隊、連隊の隊長達を見回す、口を開く者はいない。皆、彼の顔を凝視している。
「間も無く先遣部隊から報告が入るはず、総員配置に付け!!!」
「「了解!!!」」
敬礼すると、その場にいる人間は各自の持ち場に散って行く。時刻は16時を過ぎていた。
バラバラバラ…
厚木市郊外の上空を陸自の偵察ヘリコプター、OH-1が旋回する。眼下には住宅街を蹂躙するゴジラの姿があった。ゴジラの通った後に原形と留めて入る物は無く、そんな光景をパイロットは見下ろしていた。
「現在、ゴジラは防衛線より6.2kmの地点を北北東に進行中。あと……5分で攻撃開始圏内です!」
『了解――。』
インカムから国枝の落ちついた声が聞こえる。ゴジラへの効果的かつ集中した攻撃を行うため、射程は6km以内と定められていた。
「戦車隊、射撃準備!!!」
全部隊に国枝の声が響き渡ると、戦車の砲塔が一斉に同じ方向を向く。地響きは人間の耳にも聞こえる大きさとなり、音の主がその巨体を双眼鏡の視界に現したその時――、
「攻撃開始!!!」
『攻撃開始!!!』
国枝の命令が部隊の各部署で復唱されると、次々と戦車の主砲が火を吹き、その衝撃はゴジラの起こす地響きにも負けない勢いで地面を揺るがした。戦車砲独特の発射からやや間を置いた後、ゴジラに着弾し、爆炎が体を包む。戦車隊の砲撃は止まない。
ゴジラは咆哮を上げながらも前進を続けるが、そこへ普通科部隊の迫撃砲、対戦車ミサイルがゴジラの下半身に集中しその速度を鈍らせる。一発一発の威力は護衛艦の攻撃には及ばないものの、その数は遥かに上回っておりゴジラは翻弄された。
フウウウウッ…
口から息を吐きながら回りを見回すゴジラ。人間という余りにも小さい相手を確認できず、攻撃が止むと再び前進を始めた。
「ゴジラの進路に変化無し!防衛線まで距離3000!!!」
「攻撃ヘリ編隊上がりました!目標まで約…30秒!!!」
前線司令部に報告が入る。ゴジラと防衛線との距離が近くなるにつれ、司令部にも緊張の色が濃くなりつつあった――
戦車隊の砲撃が再開されるとゴジラの速度は鈍る。それに加えてAH−1Sコブラの編隊がヒットアンドアウェイを仕掛けるが、その姿は兵士達の目には徐々に大きく映って来た。そして自衛隊の執拗な砲撃に剛を煮やしたのか、ゴジラは背鰭を放電発光させると青白色の熱線を首を振りながら広範囲に散らすように放つ。熱線の直撃を受けた地帯は一瞬にして炎上し、粉々に飛び散った瓦礫が雨のように辺りに降り注ぐ。炎と衝撃波が地面を舐めるように周囲に広がって行くと、巻きあがった黒煙が周囲の視界を奪い、ゴジラを包み隠した。
「こちらエコー1。ゴジラの周囲が広範囲に渡って黒煙に覆われヘリでの攻撃は危険だ、エコー各機は離脱!」
『了解、陸上部隊は後退!ゴジラと距離を取りつつ攻撃続行!』
上空からヘリが離脱すると黒煙の中に再び戦車砲が撃ちこまれる。ただ爆発音が響くだけで命中しているかどうかは定かではない、その時、黒煙の中からゴジラが姿を現した。ゴジラは黒煙が辺りを包み、部隊の攻撃が手薄になっている間に防衛線との距離を詰めていた。
「ゴジラを捕捉!一次防衛線まで1000m!!!」
「前線の普通科連隊、接触します!!!」
グシャアアアァァッ
普通科連隊は歩兵が中心だったの事から後退が遅れていた。ゴジラの足がジープを、装甲車を踏み潰し、その周りを隊員が逃げ惑う。接近したゴジラの大きな一歩一歩が自衛官達を追い詰める。
ギイイイィィィィン……
その時、上空に響く爆音一閃。幾筋もの白線を、黒煙でくすんだ空に引きながら飛来したのは航空自衛隊のF−1支援戦闘機、F−4EJスーパーファントム戦闘爆撃機の混成部隊。対ゴジラ作戦の為にその主力を三沢や築城といった飛行隊から入間や百里など、関東地域の飛行隊基地に移動させていたのだ。その翼の下には搭載能力一杯の対地ミサイル、誘導爆弾を抱えている。
防衛庁――中央司令所
その時、東京の司令部は混乱に包まれていた。
「前線の退避はまだ完了していない!いま爆撃を行ったら自衛隊が自衛隊を傷付けることになる!!!攻撃は中止すべきだ!」
長瀬が激しい口調で言うところに神崎が反論した。
「いえ!ここはゴジラへの攻撃を優先すべきです!!今航空隊を引き返させたら次の出撃まで時間がかかり過ぎます!この機会を逃すべきではありません!」
「自分が何を言っているか分かっているのか!?爆撃地点にいる隊員はどうなる!」
神崎の言葉に思わず長瀬は立ちあがっていた。
「このまま航空隊の攻撃を続行すれば地上部隊を誤爆する危険があるんだぞ!そんな事態が許されると思っているのか!!!」
「私は現在考えられる最善の行動を言っているまでです!そう……15年前あなた方がやったのと同じように…!!」
「――!」
長瀬は神崎を見据えたまま唇を噛んだ。
「神崎さん……」
その横では雨宮が状況を飲みこめずに不安げな表情を浮かべていた。
「譲るつもりは無いんだな……?」
やや落ち着きを取り戻した声で長瀬が神崎を問いただすが、神崎は黙ってモニターを見据えている。長瀬はその沈黙を肯定と理解した。
「分かった。君をアドバイザーに推薦したのは私だ、お手並みを拝見させてもらうよ……」
そう言って扉に向かい踵を返す。
「長瀬司令……?――神崎さん!」
雨宮は隣に座る神崎の無表情な横顔と扉を押し開けようとする長瀬の背中を交互に見つめた。15年前、二人の間に何があったのか?――その疑問が頭をよぎる。
「柳川幕僚長――、指示をお願いします。目標にゴジラだけをロックして攻撃して下さい……」
全員注視の中、ただ静かに言い放った神崎の一言が司令室に響き渡る。柳川は我に帰ったように頷くと告げた。
「戦闘機隊、こちら空自司令柳川だ――。ゴジラにだけミサイルをロックして攻撃せよ!!!」
――ゴジラにだけ、その一言が彼の最大の譲歩だった。
続
9 『嵐』へ
11 『邂逅』へ