NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
――第9話 「嵐」
大島沖――
ゴジラに対し護衛艦によるミサイル、魚雷攻撃は続いていた。攻撃を食らうたびにゴジラは怒り狂い、姿を見せぬまま遠くから狙ってくる護衛艦を野生の感というべきもので追いかけて来たが、突然立ち止まった。そして、何かを感じるように辺りを見回すと、天を仰ぎ咆哮すると進路を東から北西寄りに変えた。
「――!?」
イージス護衛艦『きりしま』のレーダーはゴジラの動きの変化をいち早く捉えていた。
「艦長、ゴジラが進路を北西に変えました!鎌倉方面に向かいます!!」
「何ぃ!?」
『きりしま』艦長、古賀二佐はレーダー画面を覗きこんだ。確かに、今まで彼等第一護衛艦群を追いかけてきたゴジラを現す輝点が艦隊から離れて行く。
「『しらね』に打電。至急第3波攻撃を準備されたし!」
彼はブリッジ全体に響くほどの大声で言った。
防衛庁――中央指揮所
「『しらね』より入電、ゴジラが進路を北西に変えました!第2、第4護衛艦群艦隊正面です!!!」
「何故進路を変えた!?」
オペレーターからもたらされた報告に南幕僚長は顔色を変えた。その時、
「ゴジラはアルティマを感じているのでは?」
扉が開かれると同時に室内に声が響いた。入口に立っているのは佐々木と斎藤だった。
「化学科部隊の佐々木並びに斎藤両三佐、柏木一佐の命により参りました。」
そう言うと二人は制帽を取り、折り目正しく敬礼をした。
「君達か、待っていたよ。」
長瀬も敬礼を返した。
「(柏木の…部下達か……)」
神崎は彼等の上司の名を聞いて、自分と同期でありながら今では自分より責任ある地位に就いている友人の名前を思い出した。神崎と柏木は防衛大学校で同期生だった。卒業後、神崎が幹部候補として部隊指揮の現場に配属されたのに対して、柏木は大学校時代に身に付けた専門知識を認められて化学学校へ、そして新設された化学科部隊に抜擢されたのだ。
「あの生物と実際に戦ったそうだな……。こちらは巨大生物監視対策室の神崎三佐と雨宮一尉だ。」
長瀬は自分の隣に控える二人を指した。
「あなたが神崎……三佐!?」
佐々木は怪訝そうにつぶやいた。自分が尊敬する人間の一人である柏木から昔話の中で、幾度となく『自分より優秀だった男だ。』と聞かされ、興味を抱いていた男が自分と同じ階級に甘んじているのに疑問を感じたからだ。
「佐々木三佐、君の上司のことはよく知っている。よろしく頼むよ。」
神崎も笑みを浮かべた。
「早速なのだが佐々木三佐、ゴジラがアルティマを感じているとはどういうことかね?」
気まずそうに挨拶を交わす二人の間に長瀬の言葉が割りこんだ。佐々木もそちらに向き直ると表情を再び引き締めた。
「はい……。アルティマは度重なる進化の結果、地球のどの生物をも超越した文字通りの怪獣となりました。同じく核によって異常進化を遂げたゴジラも生物の本能と言うべきもので、我々人間の攻撃よりもアルティマを自らの敵と認識したのではないでしょうか?」
「なるほど、確かに考えられないことではないな。しかし……」
そこまで言うと長瀬は一旦言葉を切って続けた。
「ゴジラが厚木市内のアルティマを目指すと分かっていても我々はゴジラの上陸を許すわけにはいかないのだよ……!!!」
それを受けるようにして藤田長官が告げる。
「現作戦は中断!第1護衛艦群は転針、ゴジラの背後を取れ!なお…入間と百里の航空隊に支援を繰り上げ要請!会合地点のアメリカ第7艦隊には作戦の変更と新たな攻撃地点を通達せよ!!」
「了解!こちら中央指揮所、府中航空司令部応答せよ――」
「第1護衛艦群、第3波攻撃に入ります!!」
「第2、第4護衛艦群、戦闘体勢!!!」
オペレーターがそう告げると全員がモニターを見上げた。
相模湾――
ゴジラが北西に進路を変えた頃、第2、第4護衛艦群はゴジラの正面に回りこむように接近していたので両者の距離は急速に近づきつつあった。
「ゴジラ、艦隊正面に接近中、距離12000。停船しますか……?」
この艦隊の指揮をしているのは第2護衛艦群旗艦『くらま』。艦長・池田一佐は艦隊を停船させゴジラを迎え撃つか、出来るだけ沖合でゴジラを撃退するかの判断を迫られていた。
「いや……奴をこれ以上陸地に近づけるわけにはいかない……!攻撃しつつ、艦隊はゴジラの進路を遮るように弧を描いて展開せよ!!」
「了解。こちら『くらま』、全艦減速、ゴジラを攻撃しつつ距離は最低でも5000を維持せよ!第2護衛艦群は右翼へ、第4護衛艦群は左翼へ展開!」
舳先で波を切り裂きながら総勢12隻の護衛艦が相模湾沖に展開した。そこから対艦ミサイル「ハープーン」を主力とした攻撃を続けるが、ゴジラは止まらない。池田が予想していた安全距離、5000はあっという間に破られた。
「ゴジラ、進路速度変わらず、間もなく距離3000以内に入ります。」
副長がやや沈んだ声で告げた。
「(このままでは……艦隊がゴジラの熱線に晒されることは必至だ……)」
彼は唇を噛み締めると心の中で一人語ちた。それは15年前の出来事を知る全ての者の心境でもあった。そこへ通信士官からの報告が追い撃ちをかけた。
「作戦本部より入電、航空部隊の支援及びアメリカ第7艦隊の到着は間に合わないと…」
「分かった……。」
そう言うと池田はマイクを取った。
「現在ゴジラは我々の鱗形に近づきつつある。このままでは艦隊と衝突する事が必至だ。交戦すれば撃沈される可能性も勿論捨てきれない、しかし……みすみす退いて市民を危険に晒すわけには行かない!!!艦隊に所属する全隊員の力を貸して欲しい!各個持てる火力を注ぎ込みゴジラを攻撃する!!!」
カチッ
艦長はマイクのスイッチを切るとつぶやいた。
「すまない…皆……」
「何を言っているんです…艦長!我々は自衛官です。日本を守る事が仕事です!!」
士官の一人が返した。周りを見ると、艦橋にいる全員がその言葉に頷いていた。
「……攻撃用意!右舷短魚雷、データ入力!!!」
艦長の指示が艦内に響き渡る。そして、ゴジラは艦橋からその姿を肉眼で確認出来るほど近づきつつあった――。
「くらま」の両舷に備えられた3連発射管がゴジラに向くと、魚雷が次々と海中に放たれていく。同時に127ミリ砲が威嚇するように火を吹き、ゴジラに炸裂する。全艦から発射された魚雷は十数本に及び、浅深度を進む航跡が海面を白く波立たせている。
ドバドバドバッ…ドバッ…ドバッ…ドバドバッ!!!
ゴジラの周囲に魚雷の数と同じだけの水柱が上がり、ゴジラの姿を覆い隠す。まるで霧のような水滴が宙を舞う中、ゴジラはまるで怒りを爆発させるように叫んだ。
フウウッー――!!!
牙の間から吐き出された息は陽炎のように空気を揺らめかせた。
パチパチパチっ…!!!
同時に何かが弾けるような甲高い音がした。音の正体は背鰭の先端から放電されている火花だった。
「来るッ!!!」
『くらま』艦長・池田は覗きこんでいた双眼鏡を跳ね上げるように外すとと叫んだ。
「熱線が来るぞ!!全艦機関増速、回避航行!!!」
しかし次の瞬間、ゴジラの背鰭は稲光のように輝き空中にその有り余るエネルギーを放電した。体内で核分裂物質が反応を起こし、熱エネルギーだけが取り出される。ゴジラは上体を後ろに反らして反動をつけ、その口を開く。刹那、ゴジラの口を中心として空気に火が付いたように衝撃が巻き起こると、膨大な熱量を持った青白い炎が渦巻ながら吹き出した。熱線は艦隊をかすめる様にして海面を舐めた。炎に振れたものは瞬時に蒸発し、行き場を失った海中の水蒸気は海水面を突き破り、水柱となる。同時に起こった高波が護衛艦を揺さぶった。
艦隊の最先端にいた護衛艦『あさぎり』は高波をまともに食らい、大きく船体が傾いた。支えを失った乗組員は壁や床に叩きつけられる。
「面舵一杯、波を受け流すんだ!」
船体を左右に揺らしながら体勢を立て直す『あさぎり』。転覆は免れたが、一度攻撃に転じたゴジラの動きの方が早かった。体内で燃え盛る力を抑えきれないといった勢いで閉じられた顎の隙間からちらちらと青白い炎が覗いたかと思うと再び背鰭が発光する。落雷を思わせる轟音が鳴り響くと、その残響に重なるようにして熱線が放たれる。今度の狙いは正確に、高波を受け速度の鈍った艦隊に向けられていた。
その時、『あさぎり』の甲板にいた人間の目は光と熱で焼き付いた。青白熱線は甲板を易々と融解させ、艦体を真っ二つに引き裂く。破壊された傷痕から熱波が船内に侵入すると機関室や弾薬庫に火が付き、『あさぎり』は爆砕した。
「『あさぎり』撃沈!!!なおもゴジラは第2護衛艦群に接近、艦隊との距離1000ッ!!!」
第4護衛艦群旗艦『ひえい』にも、『あさぎり』が炎上する黒煙が肉眼で確認できた。
「全艦、パープーンをゴジラにロックオン!奴の跳梁をこれ以上許すなっ!」
艦隊の左翼を構成する第4護衛艦群から、右翼の第2護衛艦群の防衛線を破らんとするゴジラに対艦ミサイルをロックし一斉発射した。低空の軌道から向かったミサイルは、アクティブレーダーで正確にゴジラの姿を捉えると、上昇してポップアップ軌道に入り、ゴジラを狙う――
「命中まであと……20秒!」
レーダー画面上のゴジラとミサイルを表した光点が接近し、カウントが少なくなる。そして、残り10秒――。
数基のミサイルがゴジラに迫る。だが命中の直前、ミサイルはそれぞれの軌道を外れ、急上昇急降下し迷走を始めた。ある物は推力を失ってそのまま海面に落下し、ある物は空中で自爆する。
「ハープーン、目標から外れました!」
「何ぃ……!?」
イージス艦『ちょうかい』のレーダーは第4護衛艦群の撃ったミサイルがゴジラをを避けるような軌道を取ったのを捉えていた。
「原因はなんだ!?」
艦長がモニターを覗きこむと、ミサイルのデータが解析され映し出される。
「ば……馬鹿な……!」
クルーの声は驚きで擦れていた。
「ゴジラの周囲に強力な電磁波が発生しています!!これではミサイルの誘導装置が役に立ちません……!
「背鰭が発光する際の放電で、大気が帯電してしまっているんです!!!」
オペレーターの言葉を証明するようにレーダーはゴジラの回りにぼんやりと霞むようなノイズを捉えていた。
「ミサイル攻撃は中止!左舷短魚雷発射用意!」
「ダメです!!海中はノイズが多く、ゴジラと艦隊の距離が近すぎて誤爆の危険があります!!!」
「ちっ…!」
艦長は舌打ちした。思わぬことで第4護衛艦群はゴジラに対する攻撃オプションを奪われてしまった。
「『さわかぜ』『さわぎり』は『あさぎり』乗員の救出、残りの艦は転舵!ゴジラと距離をとれ!!第4護衛艦群旗艦『ひえい』に、我々の後方5kmに移動するように打電!」
「分かりました!」
池田艦長が指示を出すと、鱗形から2隻の護衛艦が離れ、『あさぎり』が撃沈された地点に向かう。そこは艦から溢れたオイルが燃え上がり、火の海と化していた。その炎に煽られるように小さなゴムボートが数隻浮かんでいるが、その数を見れば全員が無事脱出できたわけではないのは明らかだった。
転進し、自分の正面から離れて行く護衛艦をゴジラは首の動きで追った。そして、再び背鰭を発光させると横に薙ぐように熱線を放つ。
「ぜ…全速前進…!!!ぐわあああぁぁぁっー―!!!」
熱線は『きりさめ』の右舷をえぐり、爆発で艦橋が吹き飛ぶ。艦はそのまま二つに折れるとバランスを崩しながらゆっくりと沈んでゆく。なおもゴジラは口から炎を迸らせながら振り向くと、正面に捉えた護衛艦を攻撃した。熱線が『こんごう』の舳先に命中すると、敵の砲撃やミサイルの被弾にも耐えられる甲板下部の垂直射出セルだったが、その威力の前に完全に破壊され、ミサイルが誘爆する。その一撃で、自衛隊の装備の中で最も高価なシステムが海の藻屑と化した。
「化け物…!!!」
地獄絵図を目の前にして、旗艦『くらま』の池田艦長は力無くつぶやいた。
続
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