NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
――第8話 「交錯」
防衛庁――中央指揮所
その時、場にいたほとんどの人間が対ゴジラ作戦に注視していた。そこに一本の緊急回線が飛びこんできた。受信したオペレーターは一人顔色を変えていた。彼は荒荒しく受話器を置くと半ば叫ぶように声を上げた。
「陸自座間前線司令部より入電!厚木市内に巨大な未確認生物が出現!!!」
「何!?どういうことだ!」
藤田防衛庁長官は思わず立ちあがった。
「分かりません…。地中から突然現われたそうです。生物の体長は20〜30m。第1師団は相模湾沿岸に展開中の攻撃ヘリ部隊1個中隊、戦車隊1個中隊を厚木に向かわせる決定をしました!」
「被害の状況は!?」
「厚木市内に出されているのは避難勧告の為、住民の避難は徹底されていません。市街地ではかなりの被害が予想されます…!」
「問題はそんな事では無い…、そいつは何物なんだ!?」
バンッ!!!
藤田長官はデスクの天板を叩いた。そこで長瀬陸自幕僚長ははっとした。
「(まさか、例の墜落隕石と関係が…?)」
そう考えると彼は立ちあがった。
「長瀬さん、どこへ?」
彼の動きを見て神崎は不思議そうに問い掛けた。
「…確認したい事があってな。」
そう言い残すと彼は作戦室を出て自分の執務室へと戻ってきた。そして、既に記憶している番号をプッシュしながら彼は一人語ちた。
「柏木一佐の化学科部隊が墜落隕石について大きな動きを見せていた…。ゴジラ対策に忙殺されて報告書の吟味が隊内で疎かになっていたのは迂闊だったな…。」
数回の呼び出し音の後、彼の部下の一人が電話に出た。
「長瀬だが。化学科部隊の柏木一佐に繋いでくれ。あと…化学科部隊から提出された報告書、10日前からのもの全てを集めておいてくれるか?」
ややあって、柏木が受話器の向こうに出た。
『柏木です。』
「ご苦労。長瀬だが…単刀直入に言おう。立った今、厚木市内に巨大生物が現われた。無論ゴジラとは別物だ。」
長瀬のその言葉に返ってくる言葉は無かった。彼には受話器の向こうにいる柏木の表情が見えるような気がした。
「君達化学科部隊はあの生物に関して、知っているのではないかね?…誤解が無いように言うが、私は君達を責めている訳ではない。ゴジラ対策の為に報告書が上まで回って来る時間が無かったのだ。報告書はもうすぐ手元に来る。その前に君から話を聞きたい。」
それを聞いて柏木も口を開いた。
『…幕僚長の想像通りですよ。その生物は先日の墜落隕石によって地球にもたらされた未知の生物であると、私の部下である佐々木三佐のチームが調査に当たった結果明らかです。詳しくは報告書を見ていただければ分かると思います。』
その時、部屋のドアが開いて一人の職員が数冊のファイルを置いて出ていった。長瀬はファイルの生物について触れられている個所を流し読みした。隕石の落下から樹木の喪失、住民が行方不明になった山村で発見された巨大な蛹、先日には化学科部隊員が生物と秦野市内の住宅街で交戦している。今の今までこれほど重要な報告が無視されていたことに長瀬は気が遠くなるようだった。
「この生物について、一番詳しい人物をこちらに遣して欲しい。大至急、ヘリを用意させる!」
『了解しました、この件を担当した者を二人送ります。そうです、チーフの佐々木と斎藤、両三佐です。』
「分かった、そのように頼む。」
そう言うと長瀬はゆっくりと受話器を戻した。彼は机の上のファイルに視線を戻すと、それを手に再び司令室に向かった。
柏木は長瀬が電話を切るのを待って受話器を置いた。そしてすぐに取り上げると佐々木と斎藤を呼び出した。
神奈川県――厚木市内
「きゃああぁぁーっ!!!」
「うわぁぁっ!!!」
突如出現した巨大生物によって厚木市内に悲鳴が交錯した。昆虫とも爬虫類とも付かない銀色の外殻を纏った生物は10階建てクラスのビル並みの大きさがある。住宅街に現われた巨大生物は三本指の足で家を踏み潰し、地底生活している特徴である発達した前足の鉤爪でビルを崩しながら市内中心部に向かっていた。一足先に現場に到着した攻撃ヘリ、コールサイン『アロー』隊は生物の頭上を威嚇するように旋回している。
「アローリーダーより作戦本部へ。生物への攻撃命令はまだか?このままでは市内は壊滅だ…!!!」
『作戦本部からアロー1へ。攻撃許可はまだ下りていない。監視をそのまま続行せよ!』
「ちっ…!」
パイロットは舌打ちした。
「アローリーダーより各機へ。攻撃待機を維持せよ!」
そう言うと彼は機体を上昇させた。
練馬駐屯地――化学科部隊本部
ヘリのローターが起こす突風に飛ばされないように制帽を押さえながら、佐々木と斎藤は隊が用意したヘリに乗り込んだ。彼等が身に付けているのは待機中に着ていた戦闘服ではなく皺一つ無い陸自の制服である。
上昇を始め、次第に基地が遠ざかると口を開いたのは斎藤だった。
「絵に描いたような最悪の事態になってしまったな…。」
「ああ……」
佐々木は答えた。
「厚木市内に現われた生物は間違い無くアルティマだ!柏木一佐の話では体長30m近くまで成長しているらしい…。あの時仕留め損ねた俺の責任だ…!!!」
佐々木は膝の上で拳を握り締める。
「自分を責めるな佐々木!俺達は最善を尽くしたさ。俺達が呼ばれたのもアルティマを倒す為に俺達が必要だからだろう?挽回のチャンスだと思えばいい。」
「…そうだな。」
斎藤の言葉に頷くと佐々木は視線を窓の外に向けた。視線の先にアルティマが、そしてゴジラがいる。彼の人生の中で最も長い時間が始まる事を予感しつつ――。
ヘリは一路防衛庁へと向かった。
防衛庁――中央指揮所
「この報告が事実なら我々はゴジラだけに戦力を集中することは出来ない…!陸自の戦力は分散させなければな。」
報告書に目を通し藤田長官は声を漏らした。そして、神崎にちらりと目を遣ると、
「折角なので君の意見も聞こうか、神崎三佐。」
「!?」
自分の専門外の質問に一瞬戸惑いの表情を浮かべた神崎だが、報告書のコピーをめくりながら答えた。
「私は信頼するに足るだけの材料があると思います。その生物が地球外からもたらされたと考えれば報告書にある経緯、異常な成長速度など不可解な点も納得がいきます。確かに…100%の確証はありませんが…。」
「我々は目の前にあるものを判断するしかないのだよ…。」
長瀬が一人語ちるようにつぶやく。
「厚木市内に現われた生物は国民に脅威をもたらしているのは明らかだ。ゴジラと共に生物に対しても臨戦体制を取る事が妥当だと考える!」
強い口調で長瀬は続けると周りを見回した。反論する者はいなかった。それを待っていたかのようにオペレーターの一人が声を上げた。
「現在、戦車隊1個中隊が市内に向けて移動開始。引き続いて第4対戦車ヘリコプター隊が生物を監視中。再三、攻撃命令を要請してきていますがいかがしますか?」
「ヘリ部隊には市民の避難が完了次第、攻撃を許可する。生物の進攻は現在位置までで阻止せよ。なお生物は以後、化学科部隊の報告書に基づいて“アルティマ”と呼称する!!!」
神奈川県厚木市内――
無人となった商店街の店頭に並ぶテレビ、そこにニュースの画像が映し出されている。
『政府は、厚木市内に出現した未確認生物に対する攻撃命令を下しました!市民の方は警察・自衛隊の誘導に従って速やかに避難して下さい。繰り返します……』
『作戦司令室よりアローリーダーへ。生物への攻撃許可が下りた。生物の進攻を現位置で阻止せよ!。』
「…了解。」
パイロットは無線を切るとほくそえんだ。あの忌々しい生物にやっと一撃を加える事が出来る…、一発で戦車をも破壊可能なミサイルを自分の指先一つで撃ち出せる状況にありながら、生物が市内を蹂躙する姿を黙って見ているしか出来なかったからだ。それは正義感の強い彼にとってやりきれない時間であった。
「アローリーダーより全機へ。只今より生物への攻撃を開始する。アロー3、アロー4は生物の背後に回れ!アロー2は右から、俺は左に回る!」
『アロー2了解!』
『アロー3了解!』
『アロー4了解!』
返事が返って来ると同時に各機が散開して行くのが視界に入る。彼も操縦桿を倒すとアルティマの目の前をかすめる様にして旋回した。機を向き直させるとアルティマまではやや距離が開いていたが、生物の巨体とTOW対戦車ミサイルの性能を考えれば的を外す可能性は皆無であった。
「発射ッ!!!」
彼は叫ぶと操縦桿の発射ボタンを押した。AH−1Sコブラから左右一発ずつの対戦車ミサイルが放たれ、アルティマに向かった。白煙の軌跡を残して計8発のミサイルがアルティマに炸裂する。
「全機上昇せよ、動きで相手を翻弄するんだっ!!」
バラバラバラバラ……
4機のコブラはそれぞれ上昇しながら次の攻撃ポジションを確保しようとする。まとわりつく煙を払うように暴れるアルティマの身体は鎧のような外殻がミサイルの攻撃で削れ、体液がにじみ出ていた。
『効いているようだが…あの程度か!?』
パイロットの一人が毒づいた。
「目標の頭部にミサイルをロックしろ!弱点を突いて一気に叩く!!」
そう言うが早く、再びミサイルが放たれた。アルティマは赤い眼球をギロリと動かしミサイルを睨みつけると直撃ギリギリでそれをかわす。目標を失い迷走するミサイルは高層マンションを誤爆し、直撃したフロアを粉々に吹き飛ばした。
「思ったより動きが速い…!アロー3、アロー4は目標の足元を狙って足止めするんだ!コブラ2はその隙に再度ロックオンする!!」
『了解!』
ヘリ部隊は再び散開する。アロー3とアロー4は慎重に位置取り、円筒形ポッドから小型ロケット弾を撃ち出した。一撃にTOWミサイル程の威力は無いが、多数の弾頭を集中して発射できるのが利点だ。狙い通りアルティマの足元で無数の小爆発が起こる。アスファルトの舗装は爆発で引き剥がされ、ロケット弾の軌道上にあった家屋は無残にも全壊してゆく。
アルティマの足が止まり、アローリーダー、アロー2のパイロットがミサイルを発射しようとした時、アルティマはいきなり身を翻すとアロー3、アロー4に襲いかかった。
「アロー2攻撃中止!アロー3、アロー4振り切れ!」
生物の突進を回避しようと左右に2機は分かれた。だがアルティマはその動きに迷う事無くアロー3に前足の鉤爪を伸ばす。テールを大きく振り、それをか避けるアロー3。だがその事は機のスピードを大きく落としてしまった。次の瞬間、彼の視界には大きく踏み込みもう一方の手を掲げるアルティマの姿が入った。彼は半ば反射的に操縦桿のトリガーを引いていた。機体下部に装備された3連装20mm機関砲が火を吹き、無数の弾幕がアルティマに撃ち込まれるが、機関砲程度ではその身体は傷付かない。視界がアルティマの姿で覆われるとアロー3は叩き潰され、地面に激突炎上した。
「くっ…!アローリーダーより司令室、アロー3が撃墜された!!」
『戦車隊の到着までまだ時間がかかる、無理はするなよアローリーダー!』
オペレーターはそう答えてきたが、パイロットは覚悟を決めていた。
「(仲間を殺されて…黙って逃げるわけにはいかないだろ!!)」
彼は司令室との無線を切断すると僚機だけに向けた通信をした。
「…これからの攻撃は本機単独で行う!アロー2、アロー4は離脱し援護を頼む!」
そう言うが早く、アローリーダーはアルティマに向けて機を飛ばしていた。そして、アロー3を撃墜して歓喜の咆哮を上げているアルティマの頭部にミサイルをロックする。
『隊長!何をするんです!?』
「まだだ…!」
『アロー』隊隊長である彼は、部下の制止を無視してアルティマの動きを見た。30mはあろう巨体に関わらず、ミサイルのレーザー誘導を避けるほど相手は素早いのだ。彼はアルティマがこちらの攻撃に反応出来ないギリギリの距離を待った。民家の屋根をかすめるほどの低空飛行で距離を詰める。
「今だっ!!!」
そう叫ぶと同時にミサイルの発射ボタンが押される。放たれた2発のミサイルはアロー3を撃墜し、勝利の余韻に浸るアルティマへ一直線に向かう。アルティマがこちらに向き直った時にはミサイルは誘導装置によってアルティマの頭部を直撃していた。
「やったか!?」
苦悶の鳴き声を上げるアルティマの正面をアロー1が上昇しようとした時、顔に纏わり付く煙の中からアルティマの顎が突き出された。機体を咥え込まれたアロー1は真っ二つにへし折られ、パイロットの悲鳴が外に届く事は無かった――。
続
7 『火蓋』へ
9 『嵐』へ