NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
――第7話 「火蓋」
大島沖――自衛隊潜水艦「うずしお」
『うずしお』は海中をゆっくり泳ぐゴジラとの距離3000に保ったまま追跡を続けていた。海上の護衛艦群の展開が完了すれば彼等はゴジラに対し第一撃を加える役目を与えられる。「うずしお」は艦橋から伸ばしたアンテナを海面に露頂させ、命令を待っていた。そんな時だった――
「『しらね』より入電。海上部隊はゴジラに対して艦隊を展開完了!ゴジラへの攻撃命令が出されました…!」
副長は一句一句確かめるような口調で報告を読み上げた。
「分かった…。」
艦長の江田光彦二佐は静かに答えると、マイクを手に取った。
「通信士官、『おやしお』と海中回線を繋げ。」
「了解……、回線開きます。」
ややあった後、雑音混じりの応答があった。
『こちら――、「おやしお」――。』
答えたのは、江田と同期の艦長である深見。その声には緊張と覚悟が同居していた。
「『うずしお』より『おやしお』へ。ただいま『しらね』よりゴジラへの攻撃命令が下された。至急、準備されたし。繰り返す――。」
自衛隊潜水艦「おやしお」――
「了解。」
回線を閉じると、「おやしお」艦長、深見義洋二佐は艦内マイクを手にした。まだ若い艦長は唇を噛み締めながら自分を納得させるように一、二度頷くと口を開いた。
「艦長より全クルーへ。本艦はただ今より目標――ゴジラに対し魚雷攻撃を行う。これは海上自衛隊初の先制攻撃であるが、ゴジラと言う外敵から日本を守るための正当な防衛行動だ!総員戦闘配置!!!。」
「総員戦闘配置!!」
副長が繰り返す。艦内の照明が赤く変わり空間を緊張感が支配する。
「魚雷発射管、一番から四番まで装填。注水開始!」
「一番から四番魚雷装填完了、注水!」
水雷長が復唱すると艦内にゴボゴボと、くぐもった音が響く。
「ソナー、目標は!?」
艦長は攻撃のための最終確認を行う為、ソナーを呼び出した。
『目標は依然本艦正面を微速で浦賀水道方面に北上中!』
それを聞き、深見は再び頷いた。
「魚雷発射管外扉開け!」
「発射管外扉開きます、魚雷発射準備完了しました!」
艦長の口元に発令所にいる全て者の視線が注がれた。次の瞬間――、
「魚雷発射!!!」
艦長は今までに無かった程の声を張り上げた。続いて水雷員が発射ボタンを押す、
放たれた四基の魚雷、それは人類とゴジラの死闘の幕開けを告げる狼煙であった――
「『おやしお』より魚雷4基の発射を確認。雷速40ノット、目標までの距離2000!」
潜水艦「うずしお」はゴジラと共に先行する僚艦「おやしお」の動きをフォローしいていた。
「目標、増速します!10ノットから15…20ノット!」
全身をくねらせて泳ぐ海中の黒い影は自分の背後に迫る機械の小魚に気付いたようだった。ゴジラが泳ぐ速度を上回って、魚雷は甲高い探信音を発しながら巨体に食らいつこうとする。
「雷速最大50ノット!目標まで距離1000を切りました。命中まであと…50秒!!!」
「爆発が近い…!総員ショック対応姿勢!」
艦長の言葉と共に艦内は静けさに包まれた。全員が時間の流れをもどかしいほど遅く感じている中で、規則的なエンジン音や計器の作動音だけが正確に時を刻んでいるように思われた。
そして――、四基の魚雷がゴジラの、固まりかけた溶岩のような頑強な表皮に接触する――
水上部隊のソナーにも、その瞬間ははっきりと確認できた。全長100mを超える海中の黒い影と魚雷を表した四つの輝点が重なった。その時――、
ズズズズンッ!!!
連なった低い衝撃音と同時に海面が白く変色する。半球状に隆起した海面は次の瞬間には数十mの高さにまで水柱を吹き上げた。大量の海水がまるで豪雨のように水面を打ちつける。この艦隊に参加している全て者のが光景を、息を呑んで見守っていた。あわよくば45年前、そして15年前に悪夢をもたらした存在がこのまま再び眠ってくれる事を祈りつつ――。しかし、そんな淡い希望はすぐに打ち破られる事となった。
海域に展開中の全艦のソナーが急速に浮上してくる物体を捉えたのだ。騒立ちが収まりつつある海面が再び隆起を始めた。魚雷の爆発とは違う、いびつな形に。水面張力を突き破り、最初に目に見えたのは10m近い巨大な背鰭だった。そのシルエットは山の険しい峰を思わせ、大小様々な鋭い背鰭が並んでいる。
そして海中から、それはゆっくりと頭をもたげて来た。まるで、水のベールを脱いで行くように上半身を露わにする。まるで岩の塊だ。その巨体の割には頭部が小さく見える。盛り上がった上腕と胸の筋肉が息使いのたびに大きく上下した。
フウゥゥゥーーーッ!!!
鋭く並んだ牙の間から息とも声とも付かぬ音を洩らすゴジラ。そして、咆哮――
大気が震えるとは正にこの事か。十数km離れて待機している第2、第4護衛艦群にもその響きは届いていた。暗く長い眠りから開放された歓喜だったのか、己の行く手を邪魔する小ざかしい存在に対する怒りだったのか、その意味を知る者はいない。
バラバラバラ……
ゴジラの頭上を対潜ヘリコプターが旋回していく。それによって捉えられた映像は艦船のみならず、神崎のいる中央指揮所にも送られていた。誰もがその姿を呆然と見つめていたが、第一護衛艦群旗艦『しらね』艦長、服部一郎一等海佐の冷静な一声によって目覚めた。
「目標の浮上を確認。全艦攻撃開始!!!」
この指示が無ければ艦隊は先制するチャンスを失っていたかもしれない。近距離で戦闘をしては護衛艦がゴジラの熱線の餌食になることは目に見えていたからだ。
護衛艦のレーダーがゴジラを捉えると艦隊の砲塔が一斉にゴジラに向けられた。『しらね』では対艦ミサイル「ハープーン」にデータが入力され、さらにASROC(アスロック)の射出口がゴジラに向く。ASROCとは魚雷をミサイルの弾頭として打ち出すシステムの事だ。
護衛艦「しらね」の放ったハープーンが戦闘の口火を切った。発射から山なりの軌道を描いた後下降、海面スレスレの低い弾道で飛ぶハープーンにやや遅れてイージス艦「きりしま」のVLS(垂直発射口)からもASROCが空に舞い上がった。
浦賀水道に進むゴジラに向かい、真っ直ぐミサイルが群がってきた。先行した数発のハープーンはゴジラの姿を自身のレーダーで捉えると一旦大きく上昇し、頭上からゴジラに襲いかかる。ミサイルの先端がゴジラの表皮に触れた瞬間、内部の高性能爆薬が信管によって発火し、爆炎が上がる。続くミサイルもゴジラに迫るが、煙の中でゴジラが一吼えすると水飛沫を上げながら頑丈な尾が、見た目からは想像出来ない程のしなやかさでミサイルを叩き落した。弾かれたミサイルはゴジラの本体に直撃すること無く尾で、叩き付けられた海面で爆発する。
ASROCは着水した後、切り離された弾頭の魚雷が探信音を放ちながらゴジラに迫る。魚雷が水中のゴジラの下半身炸裂すると、ゴジラはその巨体を揺るがせた。
ゴジラは姿の見えぬ敵に苛立つように咆哮すると、再び動き始めた――。
防衛庁――中央指揮所
「第1護衛艦群による攻撃第一波が開始されました!」
「第2、第4護衛艦群、間もなくゴジラを射程圏内に捉えます。」
司令室に戦況が入り始める。ゴジラへの攻撃中はヘリも退避しているので実際の映像をここで見る事は出来ない。
神崎はゴジラの位置と護衛艦の鱗形が映し出されたモニターを見つめながら唇を噛み締めていた。
「ゴジラの進路が東に変化。第一護衛艦群艦隊正面です。」
オペレーターによって最新の報告がもたらされると神崎は興奮を隠しきれない様子で顔色を紅潮させた。
「神崎君、この動きは…!?」
長瀬は問い掛けた。
「ええ、護衛艦の攻撃に惹き付けられています。作戦通り、第一護衛艦群を転進させて下さい。」
「うむ。」
頷いたのは南・海自幕僚長である。彼は素早く現場に向けて指示を出す。
「第一護衛艦群は攻撃を継続しつつ転進、ゴジラを予定の海域まで誘導。第2、第4護衛艦群は進路速度を維持せよ。」
「了解。こちら指揮所、『しらね』応答せよ、繰り返す――」
神崎の発案した対ゴジラ作戦は確実に遂行されつつあった。この時までは……
神奈川県――厚木市住宅街
神奈川県でも小田原市、鎌倉市、三浦市のような海に面する地域では住民の避難は県警、自衛隊の手によって順調に行われている。しかし、内陸に入った厚木市や平塚市では避難する者、様子を見守る者は半々ほどであった。ある家庭では父親がテレビのニュースに釘付けになっている。母親はいつでも逃げ出せるように荷物をまとめていた。
『自衛隊はゴジラに対し攻撃を開始しました!防衛庁は今後ゴジラを公海上に誘導したのち、アメリカ第7艦隊と協力した一斉攻撃によってゴジラを撃退する方作戦です。なお相模湾、海岸線に面する関東地方一帯の地域に避難命令が、それに隣接する内陸の市町村には避難勧告が出されています。避難される方々は警察、自衛隊の指示に従ってパニックを起こさぬよう――』
バラバラバラバラ……
テレビの音が聞こえなくなるほどの爆音を轟かせながら低空飛行をしているのは陸上自衛隊の攻撃ヘリAH−1S「コブラ」の編隊であった。振動で置き物がカタカタと音を立てている。
「かいじゅう、ここにくるの…?」
まだ小学校低学年ほどの少女が不安そうに親の顔を覗きこんだ。父親はうっすらと潤んだ子供の瞳を見つめると、髪をくしゃくしゃと撫でながら言った。
「大丈夫、自衛隊が何とかしてくれるよ。お前はそんな顔していないでお母さんの手伝いをしてきなさい!」
「うん…!」
子供は大きく頷くと父親の元を離れて行った。と同時に父親は顔を曇らせた。彼は1984年、まだ学生だった頃ゴジラ襲撃を目の当たりにしており、正直現在の自衛隊の戦力をもってしてもあの怪物を撃退することなど不可能に思われたからだ。娘にあの時と同じ悲劇を経験させてしまうことを不憫に思いつつ、煙草を口にくわえ火を点けようとした。
カタカタカタ……
再び置き物が音を立て始めた。またヘリコプターの編隊だろうと気にも留めなかったが、ヘリ特有の爆音は聞こえない。それどころか揺れはどんどん酷くなり、家具自体が動くほどになったのだ。
「地震!?」
彼は立ち上がり、妻と娘のいる部屋に向かおうとした。その時――、
ズズー―――ン!!!
二階建ての家が宙に浮いた。地中から現われた巨大な“何か”が家を基礎ごと持ち上げると壁は崩れ落ち、柱はへし折れ、家屋はバラバラになる。
「きゃああぁぁぁっ!!!」
隣の部屋で上がった妻の悲鳴は次に続いた生物の鳴き声に掻き消された。そして、部屋の天地がひっくり返る中で、彼は窓から見た。土を被った銀色の表皮、深紅の目をした巨大な物体がせり上がって来るのを――
続
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