NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
――第6話 「発見」
翌朝早朝――化学科部隊本部
佐々木は柏木一佐の部屋に昨晩の報告の為に来ていた。だがNHKのニュースに長浜総理の緊急記者会見の模様が映し出されると、柏木はデスクに着いたままTVに視線を向けた。その内容が気になり佐々木もしばらくの間それに倣った。その日新聞の紙面は政府がゴジラの生存と日本本土への接近を認めた記事で占められており、それを受けて早朝より首相の記者会見が開かれていたのだ。
『ゴジラの生存はアメリカ第7艦隊所属原子力潜水艦「ダラス」の沈没によって明らかになったものであります。』
総理は手元の声明文を読み上げている。
『ゴジラは日本にやってくるのですか?』
『ゴジラが現われた場合、有効な手段を自衛隊は持っているのですか?』
続けざまに質問が飛び、記者会見場は騒然となっていた。首相はそれを静めるように声を張り上げた。
『15年前の研究結果からゴジラが日本を目指し、いずれかの場所に上陸することは必至であると思われます。自衛隊もすでに対策を立案しており、陸海空の総力を上げることでゴジラを撃退できると信じています。また、今回の事態は日本の安全を脅かす外敵の侵略と同義あると認識し、日米安全保障条約に基づき米軍の協力を得ることも在日米軍指令及び合衆国大統領から了承されています!」
ざわざわざわ……
会場のざわめきは収まらなかった。
『総理、よろしいですか!?』
記者席の一角から手が挙がった。
『どうぞ――。』
総理は彼を指差し、発言を促した。立ち上がった記者は切れ長の目が吊りあがった背の高い男だ。
『1週間前の隕石落下と今回のゴジラ事件ですが、何か関係があるのでしょうか?』
それを聞き、総理は眉をひそめる。
『確かに…時期的に二つの出来事は一致するところですが、因果関係は認められていません。』
『では隕石落下以来、自衛隊の化学科部隊が頻繁に動いていると言う情報なのですが、これに関して当局が何かの情報を秘匿している可能性は!?』
それを聞いて総理がマイクから口を離すと、背後に控える藤田防衛庁長官が口を開いた。
『それは隕石落下による周辺環境への影響調査が目的であります。ゴジラとの関係はありません。』
『う〜ん…』
記者は唸りながらペンの先で頭を掻く仕草を見せると続けた。
『では昨晩、神奈川県秦野市の住宅街に自衛隊が出動したと言う話は?これも隕石の影響調査ですか?それにしては距離的に離れていますねぇ…』
記者は不敵に笑みを浮かべた。
『それについては詳しい報告をまだ受けておりませんので…。危険物の処理であると聞いています。』
『危険物ねぇ…。そういうことにしておきます。』
そう言うと、記者は席に座った。長浜総理や藤田長官をはじめ、壇上の面々は彼の態度を明らかに不快と感じていた。
テレビでその様子を見つめていた佐々木は首を捻った。
「マスコミ…、何か嗅ぎ付けているかもしれませんね……」
「怪しまれても仕方あるまい。今も現場をあれだけ厳重に封鎖しているのだ。警察には緘口令が敷かれている、住民には被害者以外に目撃者が出なかったのが不幸中の幸いだな…。」
「実際目撃した人間に言わせていただければ、あれは公表出来るような事件じゃあありませんよ…」
佐々木はかぶりを振った。
「話が逸れてしまったな。続きを聞こうか。」
「あ、はい。」
柏木に促され、佐々木は報告書に視線を戻した。
「我々は事件のあった民家に踏み込み、生物と遭遇、交戦しました。最終的には生物に深手を負わせ、撃退する事に成功しましたが、取り逃がしたため生死は不明です。犠牲者は被害に遭った住宅の住人3名、最初に現場から報告した警官、突入を試みた機動隊員のうち5名の計9名です。私のチームは大原と高島が負傷しました…。」
佐々木は顔を曇らせた。
「先程入院先の病院から連絡があった。大原一尉は鎖骨と肋骨骨折で全治2ヶ月、高島二尉は脳震盪で絶対安静だが二人とも命に別状はないそうだ。」
「そうですか…。優秀な奴等ですから是非復帰してほしいものです。」
謎の生物との戦闘、報告書の制作で徹夜し、少しやつれた顔を佐々木は綻ばせた。
「ところで…、今度生物が現われたとしたら何か対策ができるかね?」
柏木の問いに佐々木は表情を引きつらせた。
「そのことなのですが…。生物は当初、我々の通常装備である自動小銃や拳銃傷でつける事が可能でした。しかし、生物には交戦している内に銃弾が通じなくなったのです。そこでやむを得ず私はロケットランチャーを使用する事で撃退に成功したわけです。」
「銃弾が効かなくなったとは、どういう事なのだ?」
「自己進化…と思われます。」
佐々木の言葉には確信があった。
「あの生物は周りの環境、または外敵の攻撃に合わせて自らの遺伝子を組換え、進化していると思われます。つまり、銃弾によって傷つけられた奴はそれに対応すべく自らを強化したのではないでしょうか。」
そのままやや間を開けて佐々木は続けた。
「私が恐れているのはもし生物が生きていたらとしたら、次に現われた時は自衛隊本体が出動しなければならないほど進化しているかもしれないという事です…!」
「まさか、人類最初の地球外生命体との接触がこんな形になるとはな…」
柏木は背もたれに体を預けると大きく息を吐いた。
当日――日本近海太平洋上空
「ソノブイ、1番から8番まで投下。」
「1番から8番まで投下準備よし。」
低空飛行する海上自衛隊の対戦哨戒機P−3Cオライオンの下部からソノブイが海面に次々と投下されて行く。ソノブイは海中に発生する様々な音を拾い、P−3Cのソナーに情報を送ってくる。
この海域では旗艦『しらね』、イージス護衛艦『きりしま』を中心とする第一護衛艦群と対潜ヘリコプターSH−60Jが、海中にも潜水艦がゴジラの動きを見逃す事無い様、24時間体制の哨戒活動を行っている。この15年で索敵技術は目覚しい進歩を遂げており、自衛隊には15年前の失態を繰り返さない自信があった。
「んんっ…?」
ソノブイからの反応をモニターしていたクルーは眉をひそめた。海面から600mという深深度にかすかながらゆっくりと北上する物体を捉えたのだ。
「おい、これは!?」
彼は側にいた仲間を呼び寄せた。
「600m?海自の潜水艦じゃあこの深度までは潜れないな…。」
「誤認を防ぐ為に米軍がこの海域に展開していないとなると、こいつはもしかしたら…!」
二人は顔を見合わせた。
「司令部及び『しらね』に打電。北緯36°東経142°付近を北上する大型の物体を発見。至急確認及び警戒をされたし!」
防衛庁――中央指揮所詰所
「神崎さんッ!」
雨宮の言葉と共に部屋のドアが勢いよく開いた。
「海自が近海の太平洋を潜行する巨大物体を見つけたそうです!!」
「…ゴジラか!?」
「かもしれません。」
神崎は椅子から立ち上がると雨宮を押しのけるようにして廊下に出た。大股で作戦室に向かう神崎を雨宮は急いで追いかける。
「目標は現在、潜水艦部隊が追跡中。接近した上で確認を行うそうです。」
「米軍は誤認を防ぐ為に日本近海には展開していない。ロシアにも外交ルートでこの海上行動の旨は伝えてある…、わざわざ火の中に飛び込んでくる馬鹿はするまい。」
神崎は話ながらも歩く速度を変えない。
「…となるとやはりゴジラ!?」
「おそらくな…。」
バンッ
神崎は指揮所の扉を押し開けた。数多くのモニターが並び、それぞれをオペレーターが対応している。太平洋に展開している全自衛隊からの情報がここに集結しているのだ。二人が席に着くのにやや遅れて藤田長官、長瀬を始め各自衛隊の幕僚長が入ってきた。正面の大型モニターには日本近海の海図と展開する護衛艦の鱗形が映し出されている。そして、“Unknown”と示された未確認物体。
「第2潜水隊『おやしお』と『うずしお』が未確認物体に接近!」
オペレーターから発せられたその言葉により、作戦室に今までに無い緊張が走った――。
日本近海太平洋――海自潜水艦「おやしお」
艦内の空気は張り詰めていた。米軍の原潜を撃沈したと思われる“怪物”に距離4000まで接近しているのだ。
「目標、正面に捕らえました…。」
そう言うと、副長は艦長に視線を投げかける。艦長はそれに頷き、マイクを取る。
「艦長からソナーへ、スキャン開始!」
『了解。』
連続した探信音が目標に向かって放たれる。反響が返ってくるたびに発令所のモニターに目標の立体映像が鮮明に映し出される。それを見て、発令所にいた全員が声を失った。
頭から尻尾の先までの全長は100m以上、背中には大きく突き出た背鰭が並んでいる。誰もが見知っている特徴的な形態だ。次の瞬間、探信音波に反応したのか、目標の上げた咆哮をソナーが捉えた。艦内にもそれが響く。
咆哮の余韻が艦内を支配している中、沈黙を破るように艦長が口を開いた。
「司令部に入電、目標はゴジラと確認。繰り返す、目標はゴジラと確認!!!」
防衛庁――中央指揮所
「『おやしお』より入電!太平洋を潜行中の物体をゴジラと確認、海上自衛隊は警戒体勢に入りました!!」
遂に、ゴジラ発見の第一報がもたらされた。
「水上部隊の状況を報告せよ!」
「第一護衛艦群は浦賀水道に展開中。第2、第4護衛艦群は遠州灘より相模湾沖へ移動、到着予想時刻は本日1340!」
「羽田空港は滑走路を全面封鎖。国内の離発着便は運航中止。着陸予定の海外線は成田と関空に廻せ!!」
「房総から伊豆半島までの太平洋岸に警戒宣言発令!各県に住民への避難勧告!!」
「入間、百里基地にスクランブル!攻撃機は発進準備に入ります!」
司令室には次々と命令と状況報告が飛び交う。その様子をただ凝視していた神崎の肩に手が置かれた。
「…長瀬幕僚長!?」
神崎は横に座る制服の男へ向き直った。長瀬は視線を合わせることなく語りかけた。
「お前の気持ちは分かる。だが今は15年前とは私達の立場も置かれている状況も違う。我々にできる事はここで戦況を見届けることだけだよ…。」
それを聞き、神崎は心の中で一人語ちた。
「(立場はどうあれ、見届けるだけでは15年前と同じことなんですよ…)」
神崎は視線の先には15年前に焼き付いた、晴海埠頭の惨状が映っていた――
東京――自衛隊化学科部隊
緊急待機命令以来、佐々木達は化学科本部に詰めていた。万が一ゴジラ上陸という事態になれば、放射能対策で彼等に出動がかかることは確実だった。今も休憩室で皆、テレビのニュースに釘付けとなっている。そんな中、一人何やらメモのような物に目を落とす佐々木の姿があった。
「何をやっているんだ?」
そう言って紙を取り上げたのは斎藤だった。斎藤はそこに書かれた走り書きの文字を不思議そうに読み上げた。
「Ultima…、アルティマ!?」
「ああ、」
佐々木は何と無しにつぶやくと、一呼吸置いて続けた。
「あの生物の呼称だ。報告書を書いているうちにその名前が浮かんできてな…。」
「しかし、何故アルティマなんだ?」
答えを促すように、斎藤はメモを佐々木の手に戻した。
「お前も見ただろう、奴の身体が目の前で再生されるのを。それまでは弾丸で傷つける事ができた皮膚がまるで防弾装甲のように弾丸を弾くようになった。」
「ああ……」
斎藤も、あの時の光景を思い出して頷く。
「考えてもみろ。最初は地中で植物からエネルギーを吸収するだけだった生物がこの短期間で人間を捕食するまでに成長したんだ。おまけに外敵に対する適応力も万全、これを進化と言わずに何と言える!?」
「だが…、ロケットランチャーで身体を半分吹き飛ばしたのはお前だ。奴も生物なら生きてはいないだろう?」
「死体を確認したわけじゃあない…。」
佐々木は静かに答えた。
「奴が常に外敵を上回る進化を行うとしたら、次は我々の通常兵器など通用しない姿になっているかもしれない。それが恐いんだ…。」
「(恐い…だと?)」
それはこの数年、佐々木の口から聞いた事の無い言葉だった。同時に、斎藤は佐々木が生物を“アルティマ”と呼んだ意味を飲み込むことができた。
「自己進化することでどんな環境にも適応し、天敵の存在を許さない生物…。正に“究極”と言うわけだな…。」
斎藤の脳裏には地中で傷を癒しつつ人間に対して憎悪を燃やす“アルティマ”の姿が浮かび、彼を身震いさせた。その時――、
バンッ!
休憩室の扉が勢いよく開かれた。その場にいた全員が振り向くと、言葉を発するより早く立ち上がった。扉の向こうに立っているのは彼等の上司、化学科部隊の責任者柏木一佐である。彼が部下の休憩室を訪れる事などめったに無い。全員が緊張した面持ちとなった。
柏木は部屋に足を踏み入れると、部下の顔を見回し、ゆっくりと口を開いた。
「只今、防衛庁から連絡があった。海上自衛隊が大島沖に北上する巨大物体をゴジラと確認、間も無く戦闘体勢に入る。全自衛隊が待機態勢から緊急警戒態勢に移行するに伴い、我々にも出動待機命令が下った。」
そこまでを、柏木は顔色一つ変えず言いきった。
「柏木一佐!」
声を上げたのは佐々木である。
「アルティマ――いや、例の生物に対する警戒はどうするのですか!?奴のデータを持っている我々した対応できる者はいないと思いますが…。」
「そのことだがな…」
柏木は佐々木に一瞥を向けた。
「確かに、あの生物への警戒は私も必要だと思う。だが、いかんせんタイミングが悪過ぎた。統幕本部はゴジラへの対応に追われ、我々の報告を吟味出来ない状況だ。今回ばかりは私も命令を無視する事はできないのだよ…。」
佐々木は沈痛な面持ちとなった柏木から部下に視線を移した。彼は上司と部下、両方の気持ちを察するしかできなかった。
「…分かりました。我々佐々木チームは只今より出動待機態勢に入ります。」
いつのまにかテレビの画面は民放のスタジオから首相官邸の記者会見場へと移っていた――
『現在、潜水艦部隊がゴジラを捕捉中。艦隊の展開が整い次第攻撃が行われる予定です。』
木之下裕二・統合幕僚会議議長が力強い口調で語っている。記者はざわめき立ち、カメラマンは頻りにシャッターを切っている。そんな喧騒の中、統幕議長は続けた。
『ゴジラの進路に当たる相模湾、東京湾、房総半島沿岸の地域にはすでに避難勧告が出されております。我々自衛隊は関係各省庁と連携し、今回の事態に対応する所存であります。なお、マスコミ各社は事実のみを伝え、国民にパニックが起こらないよう協力をお願いしたい!』
その後、記者から質問が立て続けに出されたが、それはもはやただの雑音にしか聞こえなかった。
「(もしゴジラとアルティマが同時に日本を襲うとなったら…我々は防ぎ切ることが出来るのか!?)」
佐々木は声に出さず一人語ちた――。
続
5 『遭遇』へ
7 『火蓋』へ