NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
――第4話 「決断」
陸上自衛隊練馬駐屯地――化学科部隊本部
「納得行きません!!!」
佐々木は珍しく感情的になり、上司の机に拳を叩きつけた。柏木はそれに動じないといった面持ちで構えている。
「証拠は充分です。隕石に付着した粘液状の物質、富士山麓の怪現象、先日の山村における住民失踪・血痕、生物の足跡、地下で発見された蛹、全てが我々にとって未知の、人間を襲うほど危険な生物が関係していると考えればつじつまが合います。我々は人類史上初めて地球外生命体から国民をを防衛しなければならないかもしれないんですよ!?」
「佐々木三佐、君は憶測で物を言う人間では無いと思っていたがな…。」
「私も最初は信じられませんでしたよ。しかしですね、細胞のDNA分析結果を見てください。粘液と蛹はDNA構造が約40%、全く同じなんですよ。これは偶然ではありえない数値です!!」
やや考え込むようにして柏木は答えた。
「では、残りの60%が一致しない理由は?」
「これからは私の推測になりますが…」
佐々木は粘液と蛹、2枚の染色体写真を並べた。
「粘液の染色体数は8本。蛹の染色体数は20本です。つまり、一致しているのはこの8本。残りの12本は後から追加されたものと考えます。つまり――」
自らの説に説得力を持たせるように一拍置いて、佐々木は続けた。
「この生物は周囲の環境、食料、自らの行動に伴ってDNA自体を自己進化させられる生物だと思われます。それも地球上の生物の進化速度と我々の常識を遥かにに超える速さです…!既に形状も誕生直後とは全く異なっているでしょう。」
佐々木は未だ考え込む柏木を見据えた。
「このままでは確実に新たな被害者が出ます。進路と移動速度から人口密集地に向かうのは時間の問題です。生物が現在潜伏していると思われる丹沢方面半径30kmの地域に警戒体勢を敷いてください!」
さすがの佐々木も柏木の態度に訝しげな表情を浮かべる。
「そこまで警戒態勢発令を渋る理由はなんです!?」
柏木は頬をピクリと動かした。そして溜め息をつくと、やれやれといった感じで重い口を開いた。
「…これから話す事はまだ公表されていないものだ。機密は守ってもらうよ。」
そう言うと彼はスチール製机の特に重要な書類を入れる引出しの鍵を開け、一冊のファイルを取り出した。佐々木がファイルを開くと同時に柏木は話し始めた。
「昨日早朝、沖縄沖で訓練航海中だったアメリカ第7艦隊所属攻撃型原潜『ダラス』が『未確認物体と交戦中』との報告を最後に突如消息を断った。」
「(未確認物体)!?」
佐々木は眉を寄せるが、そのまま読み進める。柏木も話を続けた。
「米軍と自衛隊が事後調査を行った結果、『ダラス』を撃沈したのはゴジラだと判明した…!!」
「ゴジラ!?」
驚きを隠さない佐々木の言葉に柏木は頷いた。
「この報告を受けて内閣は臨時閣議を召集。つい先ほどゴジラに対する哨戒活動を中心とする防衛出動が決定されたよ。同時に全自衛隊に特別待機命令が下された。ゴジラが探知されれば哨戒から攻撃に作戦が移るのは時間の問題だ。我々も余計な動きは出来ない…。」
「……!!」
佐々木は唇を噛み締めるしか出来なかった。
「だが……」
その時、柏木の口から続いて出た言葉は、佐々木にも意外なものだった――
斎藤はタイル張りの廊下を足早に歩いてくる佐々木の姿を見つけた。
「隊長の結論は?」
「ダメだった…。」
斎藤の問いかけに佐々木は断られた理由を伏せたまま即答したが、その手には銃器庫の鍵が握られていた。
「おい、それは…!?」
佐々木のような主任クラスの人間であっても銃器を使用するのには隊長である柏木の許可が要るはずだった。
「チームを集められるだけ集めておいてくれ。」
そう言い残すと佐々木は銃器庫のある地下へと降りていった。その姿を見ながら斎藤は一人ごちた。
「…あいつ、俺とやり方が似てきたな。」
彼はニヤリと笑った。
4WDのトランクには様々な火器が積み込まれていた。89式自動小銃、スペアの弾丸、手榴弾そして対戦車ロケットが発射可能な無反動ランチャーまで防水シートの中には見えた。だが、それよりも佐々木は駐車場に集まった面々を見て驚いたようにつぶやいた。
「斎藤、お前皆に何て言ったんだ?」
フッと斎藤は鼻で笑った。4WDには彼等のチーム全員が既に乗りこんでいる。
「簡単さ。『クビになりたい奴は付いて来い』ってな。」
「みんな、ありがとう!」
佐々木は助手席から振り向くと後部座席の後輩達に頭を下げた。
「いや、現場を実際見た者としてほっとけないですよ!」
「自分は生物の正体をこの目で確かめたいですからね。」
彼等も自分と同じ危機感を持っている、そう考えると佐々木は緊張の中にも安心を覚えるのだった。
「あとは、門の衛兵をどうやって誤魔化すかだが…」
佐々木はしばし考え込むが…
「任せろ。はったりと口八丁は俺の専売特許だ。」
ハンドルを握る斎藤は自信ありげな笑みを浮かべた。どちらかと言えば冷静で優等生的な佐々木に比べ、斎藤は切れ者且つ変わり者として隊では通っている。車をゲート横の衛兵詰め所に横付けすると、斎藤はウィンドウを降ろし、相手に口を挟ませない様に話し掛けた。
「化学科部隊の佐々木班だ。柏木一佐から連絡を受けていると思うが…」
「ああ、墜落隕石の追跡調査ですね。こんな時間にご苦労様です。」
「はぁ!?」
軽く敬礼する衛兵の言葉は意外なものだった。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないんだ。ゲートを開けてくれるか?」
斎藤がそういうと衛兵はボタンに手を伸ばす。ブザーの音と共に鋼鉄製のフェンスが左右にスライドして行く。衛兵に敬礼を返すと、斎藤はアクセルを踏み込んで行った。
基地から離れて行くライトを柏木が窓から見つめていると、不意に内線が鳴った。相手は門の衛兵からだと分かっていた。
「私だ。」
『よろしいんですか?指示通り通過させましたが…。』
「勿論だ。全ての責任は私が取る。ああ、手間をかけたな。」
受話器を置くと、柏木は机の上に視線を落とす。そこには「退官願 佐々木一生」と書かれた無地の封筒がふたつに破られて置かれていた。
「どうやら一佐はお見通しだったようだな。」
斎藤は苦笑していた。佐々木もまたシートに持たれかかると息をついた。
「ああ、まだまだあの人には敵わない…」
佐々木は自分の辞表を柏木に叩きつけてまで譲歩を引き出そうとした。しかし、武器の持ち出しにしても待機中の外出にしても手を回したのは柏木であったのだ。彼はウィンドウ越しに、明かりの点る隊長室の窓を見つめていた。
続
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