NEO G Epipode 〜Ultima〜「完全版」
StoryU 『胎動』
富士山麓の樹海――隕石墜落地点から東へ3km地点
化学科部隊調査班、佐々木の率いるチームは登山者から妙な情報提供を受け、隕石墜落現場から近い樹海に入っていた。情報とは、森林のある部分が広範囲に渡って立ち枯れを起していると言うのだ。隕石墜落によって環境に対する化学的・生物的汚染の疑惑が浮上し、隕石の影響が無視出来ない化学科本部は問題の地帯の調査を彼らに命じたのだった。
「信じられないな…」
現場に到着した佐々木の第一声がこれだった。樹海のあちこちで範囲にして直径数十mがぽっかり抜け落ちたように木々が枯れているのだ。草は萎れ、樹木から葉は落ちひび割れた幹は枯れて何年も放置されたようだ。
「よし!」
佐々木は考えを切り替え、チームに指示を出した。
「残留化学物質の検出、平行して土壌の微生物を分析だ。あと…生物の痕跡は見逃すな!!」
「了解!」
小人数だが化学科部隊の中でも優秀で知られる佐々木のチームは手際良く作業を開始した。
「佐々木。」
聞き慣れた声で呼ばれ彼は振り向いた。傍らに現われたのは彼と防衛大学校で同期であり、チームの右腕でもある斎藤雅行三佐だった。
「お前はどう思う?」
「何をだ?」
斎藤の問いかけの真意が分からず佐々木は訝しげな表情を浮かべる。
「隕石衝突からこの一連の出来事、俺達に未知の生物が関係しているという話だ。」
「さあな、生物的汚染は発見されていない。」
「なら、分析班が粘液の付着していた破片を卵と断定した事はどう説明する?」
「粘液は今もDNA分析中だ。その結果を待つしかないだろう。」
「俺は嫌な予感がするぞ。俺達が化学科部隊に入って以来、化学兵器や生物兵器の研究こそ進んだが、今回の隕石墜落のような事態で出動したことは経験無いからな……」
「……」
佐々木はそれ以上は無言だった。彼の中にもそんな予感はあった。しかし、事実をこの目で確かめなければ憶測を口にしたくないというのが彼の自衛官としての信条であった。
「壊死しているな……。」
テント内に設えられた簡易ラボで、佐々木は立ち枯れを起こした植物の細胞を乗せた顕微鏡を覗きこんでいた。そこには茶色く変色し、水分を搾り取られたように干乾びた細胞が写し出されている。
「何らかの影響で急激に生命活動が停止した、と言った感じだ。分裂回数は少なく、細胞自体はまだ若い。つまり数日前までは正常に活動していた事になる。」
ピピピピピピ……!
佐々木と斎藤が枯れた植物の細胞を観察していると、受令機の呼び出し音が鳴った。
「佐々木です。」
『私だ。調査は順調か?』
声の主は柏木一佐だった。
「はい、もうすぐ作業は終わります。帰隊次第報告できます。」
『それは結構だが…』
「!?」
柏木らしくない歯切れの悪さに佐々木は眉をひそめた。
『たった今、新しい情報が入った。君達のいる現場からさらに東南東4kmの山村なのだが、その付近でも新たに立ち枯れが報告された。奇妙なことに、前日からそことの連絡が途絶えているらしい。所轄の警察が先に向かっているが、出来れば君達も同行し、調査して欲しい。』
「佐々木…」
「……はい、了解しました。」
斎藤の問いかけに彼は黙って頷いた。
「現作業は速やかに中断し、我々は移動する。新しい現状はここより東南東に4kmの山村だ!」
隊員に撤収の指示を出しながら彼は心の中で毒づいた。
「(まさかな…本当に地球外生命体がこの事件に関係しているのか!?)」
数十分後、彼はその予感が現実となるのを目の当たりにする――。
同日――山梨県神奈川県県境付近の山村
佐々木のチームが到着する頃には村内に通じる道路は封鎖され、赤色灯を点けたパトカーの回りでは制服の警察官が忙しなく動き回っていた。
「ご苦労様です、陸上自衛隊化学科部隊の佐々木三佐です。連絡は受けていると思いますが…。」
「ああ、待っていましたよ。どうにも我々には訳の分からない事件でして…」
佐々木と斎藤はそれを聞いて顔を見合わせた。年配の警察官の表情には困惑と、佐々木達の到着によって安堵の色があった。
「…それで、状況は?」
佐々木は車の窓から身を乗り出させて聞いた――
第一報を受け、駆けつけた警察官の案内で村内に入った佐々木達は言葉を失った。畑の作物が樹海と同じ様に立ち枯れているのはもちろんだが、何か大きな力を受けて倒壊したような家屋の周りには黄色いテープが張り巡らされ、関係者以外立ち入り禁止にされている。それをくぐり、潰れた天井に注意して家屋に足を踏み入れると、寝間と思われる部屋には大量の血痕が発見された。床、壁の一面に飛び散った血痕は既に乾燥し、褐色に変色している。しかし、死体は見当たらない。村のどの家屋も惨状は同じだった。
「酷いな……。熊にでも襲われたんですかね…?」
「山梨県に熊はいないだろ!」
隊員の一人が吐き気を堪えているのか、口に手を当てながらつぶやくのに佐々木は呆れた様に返した。だが、現状は皆に人間離れした力を感じさせるのに充分だった。その時、家屋の外から佐々木を呼ぶ声がした。
「佐々木三佐、足跡です!!!生物のものらしき足跡が見つかりました!!!」
見つかった足跡は形が崩れてはいるが長さ50cm以上、三本の鉤爪が特に深く地面を抉っていた。足跡は裏山と村の中心部を往復する形で広がっている。佐々木達は足跡を辿り、森の中に入って行った。森の木々は青木が原の樹海と同じく立ち枯れを起こしている。十数分ほど歩くとそれはあった。森の地面に直径約2mの穴が掘られていたのだ。
「うっ……すごい匂いだ……」
隊員の一人が思わず口と鼻を塞いだ。穴の中からうっすらと白い湯気が立ち昇り、腐敗臭とも刺激臭ともつかない悪臭が辺りに立ち込めている。
「こりゃ、地下で火山ガスか何かが漏れている可能性がある。一度センサーを降ろしてみよう。」
斎藤の提案を佐々木は受け入れた。すぐさま車のトランクから環境センサーが運び出され、穴の上部にスチールパイプの櫓を組むと、センサーをウインチで降ろしていく。
「……湿度は高いですが硫黄や一酸化炭素などなどの火山ガスは検出されません。成分としてはメタンとアンモニアの濃度が異常に高いようです。」
「それがこの異臭の原因か……」
斎藤は顔をしかめていた。
「内部に赤外線反応は無いか?」
「いえ、熱源は確認されません。」
それを聞いて、佐々木はモニター画面から顔を上げて立ち上がって言った。
「俺が降りてみよう。ロープを用意してくれ。」
佐々木は装備の中から登山用のザイルを取り出す。それを櫓のウインチに取り付けるとベルトの留め具を固定し、穴の中に降りて行く。
穴は入口より中の方が広くなって壷の形をしている。防毒マスクを付けていても、圧迫された暗闇の空間の中では息苦しさを感じる。穴の底には直径約4mの空洞が出来ていた。足が地面に着くと、頑丈なブーツが軟らかな土に踝まで沈んだ。
「(地盤が緩い、この空洞は出来て間もないな…。)」
そんなことを思いながら佐々木は懐中電灯を点けると辺りを見回した。空洞は真円に近いように思われたが、奥行きのある横穴が見つかった。佐々木はその方向に明かりを向けると低い天井に注意しながらゆっくりと歩を進める。緊張のためか自然と汗が頬を伝い、マスクの内側が息をするたびに微かに曇る。その時、佐々木が向けたライトの視界の隅を何かの影が横切った。
「――!!?」
思わず悲鳴を上げそうになるのを息を飲んで堪えると、ゆっくりと影のあった場所を照らし出す。それを見て、佐々木は驚愕した。
「何だ…これは…!?」
「何なんだ!?これは…」
夕闇の迫る森の中、時折写真を撮るフラッシュに照らされる“それ”を見て斎藤も佐々木と同じ様につぶやいた。悪臭の正体は穴の奥から地上に持ち出され、隊員は全員がマスクを着けて作業している。“それ”とは何か生物の蛹(さなぎ)のようなものだった。全長は2mほどで、苔緑と茶色の混ざったのゴツゴツした表皮、背中の裂け目からは生乾きの粘液が覗いている。傍らでは佐々木が何事か考えこんでいた。
「おい、佐々木!!」
「え?ああ。」
斎藤に呼ばれてやっと我に帰る。
「どうした、お前らしくないな?」
斎藤は少しからかうような口調であったが、彼も「無理もない」と思っていた。
「…どう考えても地球上の生物のものじゃあない。」
佐々木が口を開いた。
「ああ、こんなにデカイ蛹を作る生き物なんていない。まさか、村の人間を襲ったのもこの蛹から抜け出した“何か”なんじゃないのか!?」
「それは分からない……。本部で例の粘液の分析結果と照らし合わせなきゃならないがこれだけは言える。一連の事件は地球上にはいない、全くの異生物によるものだ!!!」
三原山噴火から2日後――東太平洋、フィリピンプレート海底火山帯
海洋調査船マザーブルー号この数日で活発になった海底火山帯の調査の為、この海域に派遣されていた。
「今回の調査は急に決まりましたネ。」
艦橋で黒人系の男がどこかアクセントの違う英語で隣にいる男に話しかけた。隣の男は年配の白人で、今まで覗きこんでいた双眼鏡を下ろすと色の濃いサングラスを掛けなおし、答える。
「何でも日本の自衛隊から至急この辺りの海底火山の調査をしてくれ、と要請があったそうだ。責任者は確か、カンザキとか…」
「折角太平洋をクルーズ中でしたのニ。」
「そう言うな、私達も海洋学者の端くれ。最近の海底火山の活発化は気になるじゃないか?」
「まぁ、そうですガ…」
『船長、間も無く予定海域に到着します。』
艦橋に女性のアナウンスが流れた。
「さて、クルージングはここまで……。仕事だ。」
そう言って艦長はテラスから艦内に向き直った。しかし、その時彼等は知らなかった。海底火山の巻き起こす激しい対流と気泡により乱されたソナーに紛れ、静かに北上する全長数十mの物体の存在を――
横須賀――巨大生物監視対策室
「――以上、海底火山付近に異常は認められません…」
座る者のいないデスクと数台のパソコンくらいしかない簡素な部屋の中で、雨宮は十数分前に送られてきた数枚のFAXを読み終えると目の前の男、神崎の顔色をうかがった。彼の表情は釈然としていない。「マザーブルー」による調査結果はその日のうちに衛星回線でここ、横須賀まで送られていた。
「神崎さん、やはり奴が三原山の火口からマントルの対流の中に落ち、海底火山から再び地上に現われるかもしれないという予測には無理があったんじゃあありませんか?いくら水爆実験で目覚めた化け物といっても高温高圧のマントルの中を千数百km移動するなんて耐えられないでしょう……」
雨宮は報告書を渡して言うが、神崎は表情を変えないまま答えた。
「確かに、可能性の一つが消えて安心しなければならないのは分かる。しかし……奴の行方が分からないというのは不安なものだな。」
だが、神崎たちの知らないところで全世界を揺るがす事件が起ころうとしていた――
東太平洋――小笠原沖
アメリカ海軍第7艦隊所属原潜「ダラス」は深度300mを約15ノットで航行していた。それは通常の訓練航海であった、ソナー員が艦に近づく黒い影を発見するまでは……
『ソナーより発令所、ソナーより発令所。右舷後方距離12000に移動物体発見。速度40ノットで本艦に急速接近中!』
「40ノット?ロシアのアルファ級ですかね?」
と、これは若い副長。髭をたくわえた年配の艦長は黙ってマイクを取った。
「こちら艦長。機関減速、無音航行。ソナーは音紋を取れ!」
艦長の指示が艦内に響く。エンジン音が次第に低くなり、海流が艦体に当たる音だけが残った。
『ソナーより発令所。目標物にエンジン音、スクリュー音無し。速度を保ったまま依然接近中、距離9000!』
ソナー員の声は次第に緊張感を帯びてきている。
コオオオォォーーーン
甲高い音が艦内に響いた。
『目標は本艦にアクティブソナーを発射、増速します!速度50ノット距離7000!!!』
「ソナー、目標の進路に変化はあるか?」
『――目標……転舵!本艦との衝突コースです!!!』
「これは本艦に対する明瞭な敵対行為です!直ちに戦闘体勢に入り、先制攻撃することを提案します!!」
ソナーからの報告を聞いて、副官が語気を強める。
艦長は眉間にしわを寄せたまま頷くと再びマイクに向かった。
「こちら艦長。只今より本艦は接近する未確認艦に対して攻撃体勢に移る!総員戦闘配置!!」
「総員戦闘配置!!!」
副長が命令を繰り返すと艦内の照明が赤く変わり、クルー達が艦内を駆け回る。
「機関増速!回頭120゜!」
エンジンが唸りを上げ、排水量7000トンクラスの艦体が加速をはじめる。
「魚雷室、1番2番発射管にMk48装填!注水開始!」
「1番2番管魚雷装填、注水!」
艦は近づく物体を正面に捉えた。
「機関後進、トリム水平に!魚雷発射管外扉開け!!」
金属音とともに外扉が開かれる。
「ソナー、目標に変化はあるか?」
『いえ、目標の速度進路ともに変わらず。衝突コース距離4000!』
それを聞き、艦長は僅かに息を吸うとマイクに叫んだ。
「一番魚雷発射!距離3000で自爆させて警告を与える。」
「了解。魚雷、発射します!!!」
水雷員は命令を復唱するとコントロールパネルの発射ボタンを押す。
水圧によって魚雷が発射管より押し出される低い衝撃が続き、甲高いスクリュー音を残し魚雷が目標に向かって行く。
『1番雷速70ノットで航行中。目標との距離3000…2500…』
『2000…1500』
『1000…自爆させます!!!』
水雷員がボタンを押すと、魚雷は有線誘導コイルからの指令に従って爆発した。それによって産まれた圧力が水中に無数な気泡を発生させる。衝撃はビリビリとした振動となって「ダラス」も伝わってきた。
「まったく、ロシア人は痛い目を見ないと自分達がいかに馬鹿な事をしているか分からないんでしょうかね。」
副長は嘲笑気味な表情を浮かべた。が――
『……目標、さらに接近!距離2500!!!』
「What!?クレイジー!」
ソナーの声で副長の顔色が変わった。
「艦長!!!」
彼の食い入るような視線に、艦長は頷く。
「――本艦はただ今より目標を撃沈する。2番魚雷データ入力、距離無制限!」
艦長は悲壮感の漂う口調で静かに告げた。再び放たれた魚雷は今度は有線誘導ではなく、自分で探信音波を発しながらアクティブホーミングによって目標に迫っていく。
「総員ショック対応姿勢!!」
最後まで音を追っていたソナー員がヘッドフォンを外した次の瞬間、先程より大きな爆発音が轟いた。
「ソナー、艦体破壊音は確認できたか!?」
ソナー員は再びヘッドフォンを当て耳を澄ますが、海中で金属がひしゃげるような音は確認できなかった。
『ソナーより発令所。艦体破壊音は確認できません。現在ソナー効率40%。』
「よし…、アクティブソナーをうて!。」
コオオオォォーーーン
探信音が爆発の中心に向かって行く。ややあって…
カアアァァァーーーン
何かに反射した探信音が帰ってくる。そのデータはコンピューターにかけられ即座に反響物の距離、大きさが割り出される。
モニターを見て、ソナー員は顔色を失った
『バ…馬鹿な…』
「ソナー、報告はどうした!?」
『目標は健在!!!距離2000まで接近中!!!』
「命中したはずだっ!」
そんな声が発令所に広がる。
「機関全速、深度600まで急速潜行!」
「機関全速、急速潜行アイサイサー!!」
ダウントリムをかけながらダラスは潜行を開始する。
『目標も進路を変更。本艦を追います!!』
ロスアンズゼルス級原潜の最高速度は約35ノット。しかしそれを追う物体の速度は50ノットを超えていた。追いつかれるのは時間の問題だった。
『目標、接触します!!!』
ソナー員が叫ぶと同時に艦体に衝撃が走った。支えを失ったクルーは床や壁に叩きつけられる。
同時に、金属が引き裂かれる音とともに艦内に海水が流れ込む。
「機関室、居住区浸水!!!」
「最大出力、振り切れ!!!」
「だめです!動力得られません!!!」
発令所ではクルーと士官の絶望的なやり取りがなされていた。
「原子炉内部隔壁破損!浸水!!!」
「原子炉は緊急閉鎖!!各員は防水作業をしつつ退避開始!!」
しかし、深海の水圧は大きく破損した艦体を見逃さず襲いかかった。80名のクルーをその中に抱えながらダラスは沈降して行く。そして、爆発音が深海に響いた――。
続
1 『発端』へ
3 『画策』へ