この作品は、1999年に公開した小説「NEO G Episode 〜Ultima〜」に加筆・修正を行った完全版です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1984年――東京、晴海

 東京湾を臨む埠頭の一角に一人の男が佇んでいた。自衛隊の戦闘服に身を包んでおり、背が高く年の頃は30歳を僅かに越えた程度に見える。俯いているためその顔色を伺うことは出来ない。

 彼の目の前にはこの世のものとは思えない光景が広がっていた。舗装のアスファルトは高熱で融解し、沸騰したままの状態で固まっている。そして、一面に原形を留めていないスクラップが散乱していた。それは知識を持っているものが見ても、それが戦車なのか、装甲車なのか、区別が付かないほど破壊されている。辺りに視線を巡らせると彼と同じく自衛隊の隊員が、かろうじてそれが人間だったと思われる炭と化した塊を沈痛な面持ちで遺体袋に詰めていた。

 そう、この場は1954年以来、30年ぶりに現れたゴジラが上陸した地点だった。数時間前まではここで、湾岸に接近するゴジラに対し熾烈な攻撃が展開されていたが、彼等の奮闘虚しく防衛隊はゴジラの熱線の一撃で壊滅させられたのだ。

 男はぎゅっと拳を握り締め、込み上げる感情を抑え切れない様子で鳴咽を洩らし始めた。そして、それが慟哭に変わるまで時間はさほどかからなかった。そんな男に近寄りがたい様子で、一人の若い隊員が彼に声をかけてきた。

「神崎一尉、司令部より報告です!本日0143、ゴジラの超音波誘導に成功。同0417、三原山の人口噴火によってゴジラは火口に滑落。作戦は終了しました!」

 若い隊員はそこまで言って、神崎と呼んだ男の背中を見詰めていたが、男からはまるで返事が無いので一旦敬礼すると身を翻していった。

 夜明け近くで本来なら空が白み始める時間であるのに、空は黒煙とに埋め尽くされ薄暗い。そして、にわかに雲が湧き出し始めると、灰塵の混ざった大粒の雨が降り出し始めた。雨が、男の目から溢れる涙と一緒に頬を伝う。土砂降りとなった雨の中で、男は身を震わせていた。やがて、食い縛っていた歯がガチガチと鳴り始めると、それを振り払うかのように叫んだ

「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 その獣のような叫びは地面を叩く雨音に掻き消されることなく、空高くまで響いていた――

 

 

そして、15年の歳月が過ぎ去った……

 

 

 

NEO  Epipode 〜Ultima〜「完全版」

 

 

 

1999年――

 漆黒の宇宙空間に浮かぶ満天の星々、その中に一際鮮やかに青く浮かび上がる地球。その地上に溢れる人々の醜い争いや、自然を破壊する公害など感じさせないくらい美しい。しかし、そんな地球に誰も知らぬ脅威――1つの隕石が忍び寄っていた。

 人々は古来より流れ星に神秘的なものを見ていた。それは『流れ星に願い事をするとそれが叶う』、と言われるように誰もの心の奥底に潜んでいる。流星は不気味な赤い光を発しながら大気圏へと飛び込んできた。

 その時、今まさに地球の重力圏に引き込まれて来る流星に願いを託した人々が地球上ににはいたかもしれない。それが、地上に災厄をもたらすものだと知ること無く――

 

 

 

StoryT 『発端』

 

 

 

1999年7月――山梨県富士山麓――午前2時

 都会から離れた地、空を見上げる人々もいない。突如の轟音とともに夜空が赤く染まった。次の週間、流星は炎を纏った姿で光の尾を引きながら猛スピードで地面に激突していた。衝突のエネルギーは地面を吹き飛ばし、火山の爆発のように砂煙を舞い上がらせる。

 そして、飛散した火の粉が樹海の木々を火の海に変えていった…。

 

 

隕石衝突とほぼ同時刻――富士山地震観測所

 男はまどろみに入りかけた頃に爆音を耳にした。そして、観測所の機器が緊急事態の警報を鳴らしている。

「まったく…やっと眠くなりかけたところだったのに…。」

 彼は悪態をつきながら眠い目を擦ると、観測室の扉を押し開ける。そこには当直夜勤の助手が既にモニターと睨み合っていた。

「何事なんだ?」

 彼が尋ねると助手はモニターから目を逸らさず、キーボードを叩きなから答えた。

「隕石です。先程、午前2時13分に地震計が記録しています。」

「大きさは!?」

 男は地震計から吐き出されたグラフを広げていた。その傍らでは助手がモニターを覗きこみ、データの分析を進めている。

「墜落時の振動の大きさから割り出すと、直径は数mから10m以下と思われます。震源は山中湖の北東20km、樹海の中心です。」

「厄介な場所だな、調査が大変だぞ…」

「我々が行くわけじゃあないですよ。あとは所轄の警察か自衛隊の仕事でしょ?」

 助手は上司のつぶやきを一笑に伏し、急に降って湧いたこの仕事を終わらせるべく再びモニターへと向かい合った。

 

 

翌朝――隕石衝突から約5時間後、富士山麓

 国土庁からの要請を受け、防衛庁は山梨県、陸上自衛隊板妻駐屯地より第34普通科連隊から墜落現場へと調査隊を派遣した。生木が燃えた嫌な臭いが漂う中を兵員輸送車とジープが数台の隊列を成し、目的地を目指している。

「被害の状況なんですが…、どうなっているんでしょうね?」

「馬鹿かお前。それをこれから俺達が調べるんじゃないか!」

 悪路に揺られながら、車内では隊員同士でそんな他愛もない雑談が交わされていた。

「まぁ、大き目の流れ星が燃え尽きずに地上に落ちるのは世界じゃあよくある事さ。ただ、今回の様に隕石の直径数mもあるような場合は地質的、環境への影響を調査しなければならない。」

「分かっていますよ。ただ、これが宇宙人の追跡とかなら面白いと思うんですけどねぇ。」

それを聞いて、車内に乾いた笑い声が満ちる。

「ははは、あいつでさえこの15年間眠りつづけているんだ。これ以上この日本に何かあってたまるか。」

「それはそうですが、予言にもあるじゃないですか。≪1999年7の月、空から恐怖の大王が降って来る≫って。もしかしたら今回のが恐怖の大王かもしれませんよ。」

「いい加減にしないか!」

 低く威厳のある声で雑談はピタリと収まった。

「我々の仕事は国民の安全を保障する事であり、そのための今回の出動だ。不謹慎な言葉は慎め。」

「申し訳ありません、隊長。」

 若い隊員が頭を下げると車が止まり、タイヤが地面を擦る音が目的地に着いた事を彼等に知らせた。

「全員降車!装備を確認後、各班に分かれて整列せよ!」

 隊長と呼ばれた男の一言で、先程まで車内で冗談を交わしていた男達も国を守る使命を課せられた、整然と訓練された集団の顔に戻っていた。

 そこは直径約30mのクレーターがを中心に、周りの木々が激突の衝撃で薙ぎ倒され、焼け焦げた生木は煙を立てながら未だにくすぶっている。

「住宅地に墜ちなかったのは幸いだな…」

 隊員の一人が溜息とともに声を洩らした。

 クレーター内部に入る者は防護服を身に着け、調査は数班に分かれて行われていた。ある者はガイガーカウンター片手にクレーター内部、その周辺をメーターを注視しながら歩き、ある者は隕石のものと思われるめぼしい破片を手際良く金属性のボックスに収めていく。さらには土壌のサンプルまでが彼等によって入手された。

 夏の陽射しが西に傾き始めた頃、調査は終りを迎えていた。墜落現場にガイガーカウンターの反応はほぼ自然界のものと変わらず、一番心配された放射能汚染は見られなかった。隕石の破片は組成こそ地球上の物とは異なるけれども、成分は地上のものとほぼ同一だった。

「どうやら森が焼けた以外は問題無さそうだ。」

 隊長としてこの調査を任された陸上自衛隊三佐が安堵の声を洩らしたのと同時に、一人の兵士がテントに入って来た。兵士は三佐に敬礼をすると毅然とした口調で口を開いた。

「報告します。只今現場で発見した隕石の破片なのですが、問題があるとの事です。」

「何だと……!?」

 彼だけでなく、その場にいた全員が怪訝な表情を浮かべた。

 問題の破片が発見されたのは衝突現場から少し離れた場所であり、火災はそこまで及んでいなかった。問題の破片は80cm四方の板状のもの。わずかに湾曲している。

「これのどこに問題が?」

 三佐は発見された場所を担当した班長に尋ねた。

「ここをみてください…」

 班長が指差した場所、そこには半透明の粘液が付着していた。

「……これは生物の痕跡と思われます。」

 そのモノから目を離さずに班長は言った。

「火災に巻きこまれなかったので粘液が焼失せずに残ったのか…」

 予想外の事態に三佐はしばし考え込んだ。

「粘液は破片とともに回収。通信係は練馬の『化学科部隊』を呼び出すんだ。サンプルは全てそちらに引き渡して分析してもらうしかあるまい。」

「了解しました。」

 そう言うと、班長の指示の元、破片は今まで以上の慎重さでボックスに収められた。

「(地球外生物…?まさかな…。)」

 その心情とは裏腹に、作業を見ながら三佐は心のどこかに嫌な予感を覚えるのだった。

 

 

同日――三原山上空

 そのヘリは爆音を轟かせ、火口の上空を何度も往復していた。形から見て、ただのヘリではないには明らかだ。機体の下には高性能のレーダーが取り付けられており、それを照射しながら火口の上空を往復している。回数を重ねるごとに画像が鮮明になっていく。

 それを熱心に覗きこむ一人の男の姿があった。彼が見ているのは溶岩でもなければ地層でもない、火口の底に横たわる巨大な黒い影。それは岩ではなかった。ゆっくりとだが確かに蠢いている。そして、溶岩でもない。温度センサーはそれが周りの溶岩よりも低温であることを示していた。

「神崎さん、何度見ても結果は同じですよ…」

 同乗しているもう一人の男はあきれた様に言った。

 神崎と呼ばれた男、陸上自衛隊三佐・神埼俊也――40代半ばの齢を超えてもその意志の強い眼差しは衰えていない男はその言葉に『ああ、分かった』という風に手を振るとモニターを見続けていた。彼の所属は東部方面隊第一師団「巨大生物監視対策室」。15年前のあの災害により設置された部署であり、設立当時は『緊急の』事態に即応する為重要視されていたが、現在は海上自衛隊の横須賀地方隊にヘリと護衛艦を間借りしているに過ぎない。彼は1日2回の三原山上空飛行を欠かした事は無かった。

 同乗者のある男、雨宮駿・陸上自衛隊一尉はその様子に幼さの抜けない丹精な顔を歪めて溜め息を付いた。彼が神崎の行動に不満を持っているのも無理なかった。富士山麓への隕石落下報告を受けて以来、神崎に予定外の飛行に付き合わされているからだ。

「分かったよ雨宮一尉。今日はもう戻ろう。」

 神崎はようやくモニターから顔を上げた。

「横須賀へ。」

パイロットにそう短く告げると、神崎は次第に遠ざかる三原山を窓越しに見続けた――。

 

 

隕石衝突から2日後――陸上自衛隊練馬駐屯地、化学科部隊本部

 陸上自衛隊第一師団第1普通科連隊を擁する練馬駐屯地司令部の一角に一際目を引く真新しい建物がある。そこは自衛隊内でも化学兵器や生物兵器の専門集団である「化学科部隊」の本部だ。その一室で二人の男が向かい合っていた。

「卵……だと!?」

 隕石に付着した粘液の分析報告を聞き、この化学科部隊の最高責任者である柏木耕介一佐はそれ以上の言葉を失った。

「はい…。」

 もう一人の男は化学科部隊調査班の主任、佐々木一生三佐。彼も日に焼けた厳しさが漂う精悍な顔に、信じられないといった表情を浮かべながら続けた。

「粘液を詳しく分析したところ、孵化寸前の個体を守る、卵内部の粘液質と極めて似た性質であると分かりました。粘液の付着していた物体が他の隕石の破片と全く異なった物質で構成されている事も…。これを見てください。」

 佐々木はプリントアウトされた1枚ののCG画像を差し出した。

「破片から岩石を取り除き、表面の形状から全体像を推測したものです。」

 そこには楕円形の物体が映し出されていた。

「長径3m、短径2mの卵殻状の物体を厚い岩石質が覆っていたと思われます。岩石質が熱に非常に強いのに比べ卵殻は熱に弱く、火災が起こった現場で卵殻が発見できなかったのはそれが原因と思われます――」

「もういい…。」

 柏木は佐々木の報告を遮った。

「その話が事実なら問題はそんな事ではない、これは地球外生命体が存在し、現在日本のどこかに潜伏しているという可能性を示唆しているとでも言うのかね!?」

「いや……そんなことは……」

柏木がそう言って机を叩くようにして立ち上がった時、突き上げるような揺れが部屋を襲った。

「地震!?」

 立っていられない位のの揺れが1分ほど続いた。その時、三原山が15年ぶりに噴煙と溶岩を吹き上げたという事実を彼等はまだ知らなかった――。

 

 

同時刻――横須賀、「巨大生物監視対策室」

 地震直後、三原山噴火の一報がもたらされると神崎はレーダー搭載の監視用ヘリに乗り込んでいた。雨宮もまた、神崎に遅れながらも続いた。

「神崎さん!今飛んだって何も分かりませんよ!!」

 そう言いながらも雨宮はシートベルトを締めていた。

「馬鹿!!!こんな時だからこそ奴が現れるかもしれないんだ!」

 神崎がそう言うが早く、ヘリは飛び立った。三原山の噴煙は横須賀から肉眼で確認できるほど高く立ち昇っていた。

 

「神崎三佐、これ以上火口には近づけません!」

 パイロットは左右に揺れる機体をなんとか操作しながらインカムに叫んだ。三原山の上空は噴煙によって視界が悪く、気流が乱れている。レーダーにはノイズが混じりまともな画像は得られていない。

「分かっている。でも、飛べるだけ飛んでくれ……」

 神崎は何かに祈るようにつぶやいた。

 

 

翌日――三原山上空

 今回の噴火は最初の規模こそ大きかったものの、それ以後は急速に沈静化していった。噴火の翌日には噴煙も収まり、火口からは白い水蒸気が上がっている。神崎と雨宮はいつものように火口の底をレーダーで探索していた。

「いいか、溶岩の動きはできる限りカットにするんだ。奴の体温は溶岩内部でも低く保たれているからな。よし、見えてきた……」

 レーダーの画像は“奴”がいるべき場所を捉えていた。しかし――

「いない…!?」

 神崎は思わず声を上げた。

「爆発によるマグマの流れでどこかに移動したんじゃあないですかね?」

 すかさず雨宮がフォローをいれるが、

「いや、この噴火で火口のマグマ溜りは量が激減しているはず。この深度で確認できないとなると…」

 モニターを覗きこみながら、神崎は自分の血の気がゆっくりと引いていくのを感じた。

「と言うことは、奴は噴火の際に出来た火口の裂け目に沈んでしまった、ことになりますね。いくら奴でも摂氏1500度、高温高圧のマントルにどっぷり漬かっては生きてはいられないでしょう?万が一生きていても二度と地上に現われない事を祈りますよ。」

 雨宮の口調にはどこか安堵があった。

「……そうだな。」

 力の無い返事を返した神崎だったが、この任務について15年目で初めて奴の姿を見失ったことに言い知れぬ不安を抱いていた。

 


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