山中対酌

<解釈>

 二人差し向かいで酒をくみかわすそばに、美しい山の花が咲いている。一杯、一杯、もう一杯。

<出典>

 唐、李白(リハク)(字(アザナ)は太白(タイハク) 701―762)の「山中にて幽人(ユウジン)と対酌(タイシャク)す」(山中與幽人對酌)と題する七言絶句の第一・二句。詩題が「山中の対酌」(山中對酌)になっている本もある『李太白文集』巻二十三。『古文真宝前集』巻四。

 李太白文集

りたいはくぶんしゅう

古文真宝

こぶんしんぽう

宋の黄堅(生卒年不明)の編。元の林てい→注1(リンテイ)(以正)が刪定注釈したという。前後集各十巻。前集は巻頭に「勧学の文」四篇を置き、以下、漢代から宋代までの詩を五言古風短篇・五言古風長篇・七言古風短篇・七言古風長篇・長短句・歌類・行類・吟類・引類・曲類の十体に分類し、二百十九首を収める。後集は、戦国時代の屈原から宋代までの文を、辞類・賦類・説類・解類・序類・記類・箴類・銘類・文類・頌類・伝類・碑類・弁類・表類・原類・論類・書類の十七体に分類し、六十七篇を収める。「古文」とは質実古風の詩文の意であり、本書は初唐に陳子昴(チンスゴウ)らが起こした詩に漢魏の古風をとりもどそうとする詩の革新運動、中唐の韓愈・柳宗元を中心とする戦国・秦・漢の質実な文風を回復しようとする古文復興運動の主張にそった「古文」のすぐれた作品を集めたものである。分類のしかたや詩文の選択に問題があるものの、古文復興の動きとともに、元明時代、初学のテキストとしてさかんに読まれた。わが国でも、室町時代に伝来して以後、多くの注釈が作られ、中国においてよりも広く読まれて現在に至っている。(中村嘉弘)

注1 

<解説>

 山中の花を鑑賞しながら、気の合った友人と酒を酌み交わす歌。詩題にいう「幽人」は、浮世を離れて心静かに暮らす人。「対酌」は、二人で向かい合って酒を飲むこと。俗臭に染まらない清浄な大自然に包まれて、李白は酒を飲む。気の合う者同志が心おきなく飲む酒は、さしつさされつ、酔うほどに杯も重なる。一杯、一杯、また一杯。李白はここで、同一文字の使用を避けるという作詩のルールを痛快に破壊することによって、酒飲みの心理を形象化した斬新な飲酒のリズムを創出した。三度用いられる「一杯」という言葉は、杯を重ねる度に酒興の高揚してゆくようすを巧みに表している。(松本 肇)

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