生命の探求2〜酌婦シドゥリとの対話、死の海を渡る


美しく装われた女神シドゥリは海辺に座っていた。ギルガメシュは彼女を見つけると、そちらへと向かった。
シドゥリはギルガメシュを見た。ライオンの毛皮をまとい、神の肉体を持った英雄だが、その心には悲嘆、表情には疲労があった。
シドゥリは思った、これは殺人者かもしれない、と。そして、館に入ると門を閉ざしてしまった。
ギルガメシュは門の前で呼ばわり、自分の身分を明かした。しかしシドゥリは信用しなかった。
「おまえがギルガメシュであるなら、フンババを殺し、ライオンどもを殺し、天牛を打ち倒した者であるなら、
なぜそのように憔悴し、消沈し、悲嘆に暮れているのですか」

ギルガメシュは応えた。
「どうして私が憔悴せずにいられよう、どうして私が消沈せずにいられよう、どうして私が悲嘆に暮れずにいられよう!
わが友エンキドゥ、ともにフンババを殺し、ともにライオンどもを殺し、ともに天牛を捕らえ殺した、
私と労苦をともにしたわが愛するエンキドゥ、彼を人間の運命が襲ったのだ。
昼夜、私は彼のために泣いた。
私は彼を葬ることを許さなかった、
私の叫びを聞いて、もしやわが友が起き上がりはしないか、と。
七日七晩、彼の顔から蛆がこぼれ落ちるまで・・・
彼が冥界に下ってしまってからは、私は生命を見出せない。
私は盗賊のように荒野をさまよった。
酌婦よ、いまこうしてあなたにまみえたからには、私が恐れる死を見ずともよいようにしてほしい」

シドゥリはギルガメシュに言った。
「ギルガメシュ、おまえはどこにさまよい行くのですか。
おまえが求める生命を、おまえは見つけることはできないでしょう。
神々が人間を造ったとき、彼らは人間に死をあてがい、生命は彼らの手中に収めてしまったのだから。
ギルガメシュよ、自分の腹を満たしなさい。昼夜、自身を喜ばせなさい。日夜、喜びの宴を開きなさい。踊って楽しみなさい。
衣を清く保ちなさい。頭を洗い、水を浴びなさい。
おまえの手にすがる子供に目をかけなさい。おまえの膝で妻が歓ぶようにしなさい。
これが人間のなすべきことなのです・・・」

しかしギルガメシュは言った。
「私はエンキドゥゆえに苦しんでいるのだ。酌婦よ、あなたは海辺に住んでいる。私に道を示してくれ。そのしるべを私に与えてくれ。
そのほうがよければ、私は大洋をも渡ろう。よくないならば、私は荒野をさまようだろう」
シドゥリは言った。
「ギルガメシュよ、この大洋を渡った者はいません。そこを行く者は誰も戻ってこれません。シャマシュ神のほか、誰も渡れません。
渡航は困難を極め、そこに至る道はさらに困難。その間には死の水があり、行く手を遮っています。あなたに何ができるというのです?
・・・ただ、ウトナピシュティムの舟師ウルシャナビがいます。彼は『石物』を持ち、森からひこばえを切り出しています。
さあ、行きなさい。彼のもとへ。もしその方がよいと思うならば、彼とともに海を渡りなさい。よくなければ、引き返しなさい」
ギルガメシュはウルシャナビのいる森に着くと、斧を振り上げて木を伐り始めた。ウルシャナビはその音を聞きつけ、ギルガメシュに気付いた。
ギルガメシュは彼を見つけると有無を言わせず捕らえ、縛り上げて樹に釘で固定すると、「石物」を奪い、これを船に積んで舟を漕ぎ出した。
しかしウルシャナビなしでは舟はまともに進まない。「石物」の重みで舟がなかなか進まないのに業を煮やしたギルガメシュは、それを打ち砕いてしまった。
大洋に漕ぎ出したギルガメシュは、「死の水」に出遭った。目の前に横たわる広大な「死の水」の恐ろしさに、ギルガメシュは舟を止めた。
そして引き返し、ウルシャナビの縛めを解き、彼に助けを乞うた。

ウルシャナビは言った。
「あなたは死の海を渡る護符であった『石物』を壊してしまいました。ですから、5ニンダ(30m)の櫂材を120本、伐り出してください。
皮をはぎ、水掻きをつけ、舟へ運び込んでください」
ギルガメシュはただちにそのようにした。
ギルガメシュとウルシャナビはマギル舟に乗り込み、出航した。やがて二人は死の水にたどりついた。
ウルシャナビが言った、
「水から離れてください。水に触れてはいけません。櫂を取ってください。ひと漕ぎしたらその櫂を捨て、次の櫂を取ってください。それを続けるのです。
さもなくば、濡れた櫂から死があなたを捕らえます」
ギルガメシュはそれに従い、死の海を渡っていった。120の櫂をすべて使い尽くしてしまうと、ギルガメシュは衣を脱いで舟柱にかけ、高く掲げて帆の代わりとし、航海を続けた。

遥かなる地の河口に立っていたウトナピシュティムはこれを望見し訝しがった。
「なぜ舟の石物は壊されているのか?なぜ舟主でもないものが舟を操っているのか?」

ギルガメシュは河口に辿り着くと、ウトナピシュティムを見つけ、その前に立った。彼は自分の旅の目標を告げた。
ウトナピシュティムは言った。
「あなたはなぜ、悲嘆を引き伸ばそうとするのか。
あなたは神々と人間の肉をもって造られた。あなたの父と母のように神々はあなたを造ったのだ。
・・・神々に仕え、捧げ物をしなさい。そうすれば、あなたを脅かす悪者、敵、邪術を、神々は遠ざけてくれる。
エンキドゥは神々によってその運命に連れ去られたのだ。
あなたはなぜ眠らないのか。自分を疲れさせ、身体を悲嘆で満たし、あなたの遠い日を近づけている(死期を早めている)ではないか。
人間の名前は葦原の葦のようにへし折られるのだ。誰もそれから逃れることはできない。
原初の人間(つまりウトナピシュティム)は若者だった。
私に対する祝福が告げられた時、偉大なる神々アヌンナキは集い、創造女神マミートゥムが彼らとともに天命を定めたのだ。
彼らが死と生との定めを決定したのだ。しかし人間にはそのしるしを見ることはできないようにした・・・」


古バビロニア語版では、舟師の名はスルスナブ、ウトナピシュティムはウタナピシュティム。
櫂の数は300となっている。


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