生命の探求3〜大洪水の物語、ギルガメシュの帰還


ギルガメシュはウトナピシュティムに嘆願した。
「不死の生命をもつあなたの肢体は私と同様です。私の目はあなたに向かって注がれています。私の腕はあなたに向かって差し伸べられています。
どうか話してください。あなたがいかにして神々の集いに立ち、不死の生命を探し当てたのかを」
彼の懇願に負けたウトナピシュティムは、口を開いた。
「隠された事柄をお前に明かそう、神々の秘密をお前に語ろう・・・」

・・・お前も知っているシュルッパクの町は、ユーフラテスの河辺にある町。その歴史は古く、そこには神々が住んでいた。
が、偉大な神々は洪水を起こそうとした。そこにいたのは彼らの父アヌ、彼らの顧問官・英雄エンリル、彼らの式部官ニヌルタ、彼らの運河監督官エンヌギ。
ニンシク・エアもそこにおり、彼らとともにいた。
しかし、彼は彼らの言葉を葦屋に向かって繰り返した。

葦屋よ、葦屋よ。壁よ、壁よ。葦屋よ、聞け、壁よ、悟れ。
シュルッパクの人、ウバラ・トゥトゥの子よ、家を打ち壊し、方舟を造れ。
持ち物を棄て、生命を求めよ。
生命あるもののあらゆる種を方舟に導き入れよ・・・

私は、エア神の仰せのとおりに町の長老や職人を丸め込んで方舟を造らせた。
そしてすべての銀を、すべての金を、すべての生き物の種を方舟に積み込んだ。
最後にわが家族、わが親族、すべての技術者を乗せた。
シャマシュ神は言った。
「朝にはクック(パンの一種)を、夕には小麦を雨と降らせよう。さあ、方舟に入り、戸を閉じよ」
シャマシュ神はそのとおりにした。私はそれから方舟の戸を閉じた。

その時がやってきた。
暁が輝き始めたとき、天の基から黒雲が立ち上った。
アダド神は雲の中から吼え、シャラト神とハニシュ神がその先駆けとなった。
エルラガル神が方舟の留め柱を引き抜き、ニヌルタ神が堰を切った。アヌンナキは松明を掲げ大地を燃やそうとした。
アダドの沈黙により全地が暗くなると、続く雄叫びで全地は壺のように破壊された。終日暴風が吹き荒れ、、大洪水が大地を覆った。
戦争のように、人々の上に破滅が走った。彼らは互いに見分けもつかなかった。
神々も大洪水を恐れ、アヌ神の天に昇ってしまった。神々はうずくまった。イシュタルは絶叫し、嘆いた。
「いにしえの日が、粘土と化してしまったとは!私が神々の集いで禍事を口にしたからか!どうして禍事を口にしてしまったのか!
人間を滅ぼすために戦争を命じてしまったのか!私が生んだ、わが人間たちが、稚魚のように海面を満たす・・・」
アヌンナキも彼女とともに泣いた。神々は嘆き、食物さえとらなかった。

六日七夜、大洪水と暴風が大地を拭った。
七日目、暴風と大洪水は戦いを終わらせた。大洋は静まり、悪風(イムフラ)は治まり、洪水は退いた。
光が地上に射した。
沈黙があたりを支配していた。
全人類は粘土に戻ってしまっていた。
私はそれを見て、泣いた。
あたりを見回すと、12ベールのところに土地が見えた。
方舟はニムシュ(あるいはニツィル、ニシル)の山に漂着し、止まった。
七日目になって、私は鳩を放した。鳩は飛んでいったが、戻ってきた。休み場所が見当たらなかったのだ。
私は燕を放した。燕は飛んでいったが、戻ってきた。休み場所が見当たらなかったのだ。
私は烏を放した。烏は飛んでゆき、水が退いたのを見てついばみ、身繕いし、引き返してこなかった。
そこですべての鳥を四方に放ち、山の頂を前にして供儀をささげた。
その芳香を嗅ぎ、神々が集まった。
マハ神(ベーレト・イリー女神)が首飾りを掲げて言った。
「神々よ、私はこの項のラピスラズリを決して忘れない。これらの日々を心に留め、決して忘れない。
神々よ供物に集え。だがエンリルは来てはならない。彼は熟慮なく大洪水を起こし、わが人間たちを破局に引き渡したからだ」
エンリル神は遅れて来たが、方舟を見ると怒って言った。
「何らかの生命が破局を逃れたのか。人間は生き延びてはならなかったのに」
ニヌルタ神が言った。
「エア以外に誰がこのようなことをするだろうか。エアはすべての業をわきまえている」
エア神がエンリルに言った。
「あなたは英雄、神々の賢者。どうして熟慮なく洪水をもたらしたのか。
罪人にはその罪を負わせよ、咎人にはその咎を負わせよ。それで赦せ、それで我慢せよ。彼とて抹消されてはならない。
洪水をもたらす代わりに、ライオンを放ち、狼を起こし、飢饉を起こし、エラ(疫病の神)を起こして人間の数を減らせばよかったのだ。
私は偉大なる神々の秘密を明かしてはいない。
アトラ・ハシース(最高の賢者の意。ウトナピシュティムのこと)に夢を見させたら、彼が神々の秘密を聞いたのだ・・・」
エンリル神はエア神の言葉を聞くと、私とわが妻を引き上げ、祝福して言った。
「これまでウトナピシュティムは人間であったが、いまや彼とその妻はわれら神々のようになる。
ウトナピシュティムははるか遠くの河口に住め」
神々は私を連れて行き、はるか遠くの河口に住まわせたのだ。

「・・・・・・だが、今、誰がお前のために神々を集わせうるだろうか、お前が求める生命を見出しうるために。
さあ、六日七夜眠らずにいてみるがいい」
ギルガメシュがウトナピシュティムの足元に座っていると、眠りが霧のように彼の上にかかった。
ウトナピシュティムは妻に語った。
「生命を求めるこの若者を見よ。眠りが霧のようにかかっている」
妻は言った。
「彼に触れて起こしてあげなさい。目を覚ますように。自分の道を帰り、自分の国に帰れるように」
ウトナピシュティムは言った。
「彼のためパンを焼き、彼の頭のそばに置きなさい。彼の眠った日数を壁に印しておきなさい」

ギルガメシュはウトナピシュティムに触れられて目を覚ました。ギルガメシュはウトナピシュティムに言った、
「私がまどろむとすぐに私に触れて起こしてくださったのはあなたですね」
ウトナピシュティムは言った。
「さあ、ギルガメシュ、あなたのパンを数えてみよ。眠っていた日数がわかるだろう」
そこには、乾いたパン、傷んだパン、べたついたパン、黴が生えたパン、灰色になったパン、冷めたパンと、焼きたてのパンがあった。
ギルガメシュは六日七夜眠ってしまったのだった。
ギルガメシュは嘆いた。
「私はどうしたらいいのでしょう。死が私を捕らえました。私が行くところにはどこにも死があるのです」
ウトナピシュティムはウルシャナビに命じてギルガメシュの体を洗わせてきれいにし、舟で元のところに返すよう命じた。

ギルガメシュが船出しようとするとき、ウトナピシュティムの妻が言った。
「あなた、ギルガメシュはここまでやってきて疲れきっています。あなたが何か与えたので、彼は帰ろうとしているのですか?
何かを与えて返してあげたほうがいいのでは?」
そこでウトナピシュティムはギルガメシュを呼び止め、言った。
「ギルガメシュよ、隠された事柄を明かそう。生命の秘密をお前に語ろう。
その根が刺藪のような草がある。その刺は野薔薇のようにお前の手を刺す。
もしこの草を手に入れられれば、お前は不死の生命を見出そう」
そこでギルガメシュは深淵(アプスー)への入り口を開け、重い石を足にくくりつけると深淵へと飛び込んだ。
そして、その草を見つけた。
その草を取る時に彼の手を刺が刺した。
ギルガメシュは石をはずし、岸辺に浮き上がってくるとウルシャナビに言った。
「これによって人は生命を得る。私はこれをウルクに持ち帰り、老人に食べさせ試してみよう。
その草の名は、『シーブ・イッサヒル・アメール(老いたる人が若返る、の意)』。私もそれを食べ、若き日に戻ろう」
二人は元の岸辺に戻ると、旅をして休息を取った。ギルガメシュは泉を見つけると、下っていって身を清めた。
すると一匹の蛇がその草の匂いを嗅ぎ、音もなく忍び寄ると草を取ってしまった。
蛇が戻っていくとき、それは皮を脱ぎ捨てた。
草がなくなったことを知ったギルガメシュは再び悲嘆に暮れた。
二人は旅を続け、ウルクに到着した。
ギルガメシュはウルシャナビに言った。
「ウルシャナビよ、ウルクの城壁に上り、往来してみよ。礎石を調べ、煉瓦を吟味してみよ。
その煉瓦が焼成煉瓦でないかどうか、その基礎は七賢者が据えたのではなかったかどうか。
ウルクの町は1シャル、果樹園は1シャル、粘土を取る低地が1シャル、それにイシュタル神殿の未耕作地、
すなわち、ウルクは3シャルとさらに未耕作地からなっている」


シャルとは3600、あるいは「全域」をあらわす言葉。前者の意味として、単位が広さをあらわす「イクー」だとすると、1シャルは約1300ヘクタールとなる。


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