イシュタルの誘惑、天牛との戦い


ウルクに帰還したギルガメシュは、髪を濯ぎ、身を清め、王の衣装を纏い、冠を戴いた。それはまことに堂々たる美丈夫で、これを見た女神イシュタルは彼の前に顕われ、言った。
「さあ、いらっしゃい、ギルガメシュ、御身は夫になるべきお方・・・」
女神は、ギルガメシュに富と権力を与えることを約束し、熱烈にプロポーズするが、ギルガメシュはこれに全く心を動かすことはなかった。
「あなたは解けた氷、埃や風を遮れない壊れた扉、英雄をつぶす宮殿、・・・あなたの連れ合いの誰がながく続いたろう。あなたの勇者の誰が天に上ったろう・・・」
そして、彼は、イシュタルの愛したものがその後どのような末路をたどったかを暴いてゆく。

あなたは恋人ドゥムジを冥府に渡した。
あなたはアラル鳥を撃ち、その翼を引き裂いた。
ライオンには落とし穴を掘った。
軍馬には鞭と尖り棒と革ひもを当てることを定めた。
若い牧人を撃ち、狼に変えてしまった。
父神アヌの園丁イシュラーヌを蝦蟇に変えてしまった。

「・・・あなたは、わたしを愛して、彼らと同じように扱おうとする」
ギルガメシュはきっぱりと拒絶した。
これを聞いたイシュタルは怒り狂い、天に上ってアヌ神の前で泣き、ギルガメシュが自分をなじったと訴えた。しかしアヌ神は言った。
「おまえが王ギルガメシュを挑発したのではなかったか。だから、彼はおまえに嘲りを数え上げたのだ」
しかし、女神は父神の諭しを聞きいれなかった。女神は言った。
「父よ、天牛を造ってください。ギルガメシュを打ち倒させてください。さもないと、冥界の死者たちをよみがえらせ、彼らに生者を食わせましょう。死者が生者より多くなるようにしましょう」
これを聞いて困ったアヌ神は言った。もし天牛を造れば、ウルクに七年間の飢饉が起こるだろう、と。
これに対してイシュタル女神は、七年間の豊作を用意しましょうと答えた。
アヌ神はイシュタル女神の怒りの大きさに、やむなく天牛の手綱を渡す。女神は手綱を引いていった。

地上に恐怖が舞い降りた。
ユーフラテス川は深くえぐられ、天牛の鼻息によって掘られた穴に人が次々に落ち込んでいった。
これを聞きつけたギルガメシュはエンキドゥとともに駆け付けた。
天牛は二人に対すると、凄まじい鼻息を吹き出した。大地がえぐられ、エンキドゥがその中に転落した。しかし彼はそこからすぐさま跳びあがり、天牛の角をつかんだ。両者は激しい力比べを始めた。
エンキドゥはギルガメシュに言った。
「わたしの力はこいつとほぼ互角だ。わたしがこいつの動きを止める。あなたは剣で止めを刺してくれ」
エンキドゥは天牛を追い回し、その尾をつかんだ。ギルガメシュは剣を振りかざし、天牛の首筋、角、眉間を深々と刺し貫いた。
天牛は絶命して倒れた。二人はその心臓を引き出し、太陽神シャマシュに捧げた。
これを見たイシュタル女神はウルクの城壁の上から二人を呪った。これを見たエンキドゥは天牛の腿を引き裂き、女神の顔に投げつけて言った。
「おまえも征伐してやろう。これと同じようにおまえもしてやろう。そのはらわたをおまえの脇にぶら下げてやろう」
面目丸つぶれの女神は神殿娼婦たちを呼び集めて嘆いた。

天牛を征伐したギルガメシュは、ラピス・ラズリでできている天牛の角を、呼び集めた職人たちに加工させた。そしてそれを寝室の飾りとした。またその容量と同じ分量の香油をルガルバンダに供えた。それからエンキドゥと共にユーフラテス川で手を洗い、二人並んでウルクへと帰還した。民は彼らを一目見ようと集まった。
「人々の中で、ギルガメシュこそ最も素晴らしい。男たちのなかで、ギルガメシュこそ最も立派である」
ギルガメシュは祝宴を催し、やがて横になって休んだ。
次の朝、目覚めたギルガメシュに向かってエンキドゥが声をかけた。彼は不思議な夢を見たのだ。


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