オラトリオ《キリスト》作品97(未完)

私には彼が見える。しかし今はいない。
彼を仰いでいる。しかし、間近にではない。
ひとつの星がヤコブより進み出る。
ひとつの笏がイスラエルから立ち上がる。

民数記24:17




    1846年、オラトリオ「エリヤ」を完成させたメンデルスゾーンは、直ちに新作オラトリオ《キリスト(クリストゥス)》の作曲に取りかかった。キリスト降誕・キリスト受難・キリスト復活の三部構成となるはずだったが、彼の体はすでに激務と心労で極度に衰弱しており、最愛の姉ファニーの死が彼の魂に決定的な打撃を与え、結局この曲は未完の作品となった。残されたのは第1部と第2部のそれぞれ一場面。
    第1部「キリスト降誕」からは東方三博士の来訪。ソプラノのレチタティーヴォがマタイ福音書2:1「イエスがユダヤの地ベツレヘムで生まれた時・・・」と歌い出し、続いて男声の三重唱「新しく生まれたるユダヤ人の王はいずこに」。次いで民数記24:17に基づく美しい合唱「ひとつの星がヤコブより進み出で」が歌われ、それが安らかに終息すると、名高いコラール「輝く暁の星のいと美しきかな」(歌詞は異なる)が後を引き継ぎ、深い余韻を与えつつ終わる。
    第2部は「キリスト受難」よりピラトと民衆の場面。テノールがルカ福音書23:1「そこで全会衆は立ち上がり・・・」と歌い出し、弦の下降音形を伴うホモフォニックな合唱「この者はわが民族を惑わし」が続く。バッハの受難曲と同様、テノールが福音史家、合唱が群集を担当する。「十字架につけよ!」前後はヨハネ福音書にもとづくが、再びルカ福音書に戻り、イエスの言葉「シオン(聖書ではエルサレム)の娘たちよ、汝ら自身と汝らの子のために泣け」がコーラスで歌われ、第1部と同じくコラールで終結する。

《キリスト》の歌詞はこちら
MIDIデータはこちら(MIDI部屋)。


ディスコグラフィー

フリーダー・ベルニウス指揮      シュトゥットガルト室内合唱団      バンベルク交響楽団
ドロテア・リーガー(ソプラノ、福音史家)クリストフ・プレガルディエン(テノール、福音史家・博士T)
ヨハネス・ハッペル(バリトン、博士U)コルネリウス・ハウプトマン(バス、博士V)
[Carus  83−105]

神様、自分のために人がこんなに美しい曲を作ってるのに、その途中で死なせてはいかんでしょう。第1部の美しさは極上。降誕を扱った曲で、これほど素晴らしいのはそうはない。第2部は、そりゃあ大バッハ様に比べれば見劣りしますが、力入ってますし。他に、

キリエ ニ短調(1825)
ユーベ・ドミネ(1822)
三つの詩編 Op.78(1843/4)
モテット《イエス、我が信頼》(1824)

が収録されています。実力派ベルニウスがきれいにまとめています。


◇ゲオルク・クリストフ・ビラー(トマスカントル)指揮  
ライプツィヒ聖トーマス教会聖歌隊  ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
クリスティーネ・ヴォルフ(ソプラノ) マルティン・ペッツォルト(テノール)
アンサンブル・アマコード
RONDEAU(ROP 4029)

フェリクスゆかりのライプツィヒ勢による演奏。ライヴ・レコーディング。もし完成していればこういう形での演奏もあっただろうか。
ともに実力充分の団体、演奏もいい。
聖トーマス教会聖歌隊のライヴ演奏シリーズの一枚。
アンサンブル・アマコードは聖歌隊OBによる男声アンサンブル。

詩篇98 作品91
詩篇42 作品42
《イエス、わが信頼》
六つの讃歌 作品79
《われらに平安を与えたまえ》

も収録。別の機会のライヴ録音。
ライヴ集成アルバムだが、
オラトリオの未完成部分を補うようにキリスト降誕から受難、復活を経て昇天へ、という流れになっていて、そのつくりも素晴らしい。

 


◇ユルゲン・ブッダイ指揮 カントライ・マウルブロン
バーデン=バーデン&フライブルク放送交響楽団
ヴィリ・シュタイン(テノール)、トマス・プファイファー(バリトン)
[K&K]

2001年5月19、20日、マウルブロン修道院でのライヴ録音。
第1部での福音史家はソプラノ担当なのだが、テノールに歌わせていたりと変えてあるうえ、演奏精度も高くない。


ほかにはミシェル・コルボがリスボン・グルベンキアンと収録したエラート盤が昔あったみたいですが、持っていません。98年、コルボが日本でこれを演奏しています。


戻る