風魔三部作 澁谷での戦い 前編

……ム、殺気!
 唐突に息吹は飛び上がり、隠し持っていた苦無を投げ付ける!苦無は近くの大木に刺さる。どうやら相手はかなりの手慣れの者の様だ。気が付くと背後に先程の気を感じる。
「はっ!」
 身体を回転させ、背後の敵に"旋"を当てようとした…足を受け止められた。
「何者!」
 息吹の足を掴んだ人物…青い忍装束と梵字の書かれた白いはちまき、そして邪魔なのだろう、真っ逆さまに逆立てた髪が印象的な…
「お主、なかなかの手慣れでござるな」
 さっと一歩引き、息吹に向き直った。
「拙者、服部半蔵と申す。ちとものをお尋ねするが…」
「服部半蔵…え…それってあの……」
 息吹が唖然としていると半蔵は懐から一枚の写真を取り出す。
「この男を探しているでござる、見覚えはないでござるか?」
 その写真には真っ赤な獅子髪の、ド派手な男がピースサインをしている。
「知らないけど、どうかしたの?」
「この男、風魔殿、と申すのでござるが、拙者の…」
 半蔵は拳を握り締めて震えている…
「拙者の財布を盗んだでござるよ〜〜〜〜!!」
がたん!
 思わず息吹は態勢を崩した。
「お陰で拙者食事にはありつけず、移動手段も身一つ…」
 何だか聞いていて、情けなくなってきた。
「解った、あたしも知り合いが日本に来てるし、一緒に探してあげるよ」
「かたじけないでござる…」
「あたし、息吹。ね、先刻から気になってたんだけど、半蔵さんって……」
 息吹の言葉はそこで止まった。
ぐぐぅ〜〜…
「取り敢えず腹ごしらえがしとうござる………」

「おー、あれ以来の久し振りの日本だぜ…」
「哥哥が温泉に落ちた時だっけ?」
「温泉に落ちたぁ?ばっかでぇ!」
「何言ってんの、姐姐だって足滑らせて落ちた癖に」
 李兄弟に李姉妹。今度は観光にやってきた4人だった。
「たしか、犬の浮き彫りが沢山有るところで、息吹と待ち合わせだったな」
 ヤンが辺りをうろうろ見回す。
「あ、あれじゃない?」
 ヤンフェイが指差した先…芝犬のレリーフが有る。
「"ハチ公口"…あ、ここだ」
 ユンたちはどさどさと荷物を下ろす。そのうち息吹が私服姿でやってきた。
「よ、来たねお揃いで…あれ、呼ばなかったの?幼馴染みの子」
「いくら何でも、ホイメイまで呼んだら悪いと思ったからさ」
「確かに、リンフェイも連れて来たかったけどさ…って、息吹?後ろの奴誰だ?」
 ユンファが指を差したのはGジャンにジーンズ、はちまきの男。
「ちっと訳ありでね、有る人を探してるの」
 そう言うと男がポケットから写真を取り出す。
「拙者、半蔵と申すが…この男を知らぬでござるか?」
 見た途端、ユンがカエルを潰した様な声を出す。
「げっ!!」
「あ、こいつ…」
「知っているでござるか!」
「知ってるもなにも…こいつは……」
 そこ迄言うと、思い出したかの様に言葉をつぐむユン。興味津々でユンファが顔を近づかせてきた。
「何だ?何があったんだ?」
「なっ…何でもねぇ!唯こいつはホイメイになぁ!」
 顔を茹でダコの様にして叫ぶ横で半蔵は頭を抱える。
「またやってるでござるか……」
「"また"って言うと、何かやってるの?」
 ヤンフェイが尋ねる。
「風魔殿は何時も女子を"なんぱ"ばかりして迷惑をかけているでござるよ」
「そうだったな、哥哥」
 意味有りげに言うヤンにユンが大声で
「ああそうだよ!」
 と叫ぶのだった…そう、李姉妹に聞かれでもしたら…うん、間違いなくユンファは笑い転げて馬鹿にするだろう、女装してナンパされているなどとは…
「で、何だ?こいつがまた何かしでかしたのか?」
「財布を盗まれたらしいのよ」
 息吹が付け加えた。
「風魔殿が"100円貸してくれ"と申されたので財布を出したらそれを奪って逃げたでござる…今度有ったら2倍に利子を付けて返してもらうでござるよ」
 どうせそれ以上に使っていること位、目に見えているのだから。
「と、ゆー事なの、観光ついでにこいつ探そうかな、とね。半蔵さん曰く、人通りの多い、女性の多い所には神出鬼没らしいよ」
 そういう息吹の一言で、渋谷観光兼風魔探しが始まった。
「ところで、名は何と申すか…その…同じ顔二人づつで解らないでござるよ」
 そういう半蔵に4人が苦笑する。考えてもみれば2人は双子な上、4人共似ているのだから。
「俺は李・芸」
「李・陽。俺と芸は双子で、俺が弟だ」
「俺は李・芸花。同じ名字だけど別に親戚って訳じゃないぜ」
「李・陽妃。芸花の双子の妹。はじめまして」
 一人一人指を差しながら
「えーと、ユン殿、ヤン殿、それとユンファ殿、ヤンフェイ殿…でいいでござるな、息吹殿」

 道元坂に文化村通り、109の前は流石に半蔵も良く知っている様で李兄弟、姉妹とも楽しんでいた様子。
「先刻から聞きたかったんだけどね、半蔵さんってあの伊賀頭目の服部半蔵正成さん?」
 息吹の質問に半蔵は頷いた。
「御存知でござったか。拙者は"たいむましん"なるからくりでよく色々な時代の勇者達と戦っているでござるよ」
「タイムマシン…?」
 5人が目を丸くする。暫く考え、半蔵の口調といい、時代錯誤さといい、何となく理解したようだった。
「この時代には高校生の柔道家の良子殿に誘われてきたことはあるのでござるが…修行のわりに来たのはこの辺りとか、"でぃずにーらんど"とかいうからくりの街とか…」
「それってさ、デートじゃないの?」
 息吹、つっこみ。
「そういやリョウコ……って、あ、あの柔道金メダリストの出雲良子かぁ!」
 暫く考えて声を上げる息吹だった。
「あ、俺も知ってる。一度戦って見たいと思ったんだ。オリンピックとか見てさ」
 ユンファが頷く。
「成程…良子殿はこの時代では有名なのでござるな」
 そう言い乍ら今度は半蔵が道を案内した。
「ところで、俺、そろそろ何か食いたい」
「俺も。腹減った」
 ユンとユンファの腹の虫が鳴る…この辺り、ユンファには色気もへったくれもない。
「…哥哥……」
「姐姐ったら…」
 両弟&妹は頭を抱える。
「確かこの辺にさぁ、おいしいお店がなかったっけ?」
 息吹が辺りを見回すと半蔵が第一勧銀の入ったビルを指差した。
「食事なら取り敢えずここが妥当でござるよ」
 そのビルの6・7階はレストラン街である。値段そこそこ、店の種類それなり。6人はエレベーターに乗って洋麺屋"五石衛門"に入るのだった(半蔵の食事代は5人割り勘で立て替え)食事時、彼等は、自分達の習っている武術の事を半蔵に尋ねられていた。
「成程、息吹殿は古武術をなさっているでござるか。流石にあれだけの身のこなしが出来る訳でござる」
「半蔵さんも忍術系の体術でしょ?」
「拙者、より強い者と戦って強くなろうと思っているでござるよ」
 箸をくわえながらユンが頷く。
「解る、強くなりたいなら自分の知らない武術を使う奴と全力で戦うのが一番だよな」
「そうそう、男だろうが女だろうが手加減なし!」
「姐姐ったら……」
「何だよ、ヤンフェイだって口にはしないけど俺達と同じだろ」
 言い切るユンファにヤンの方がクスクスと笑った。
「ユン殿達は中国拳法でござったな」
「大体は八極門。後は形意門、蟷螂門…哥哥は八極大架の套路が得意だったな」
「ヤンは五虎小林拳3路108式、良くやってるな」
 そう言うと、今度は姉妹の方が言い出してきた。
「基本的には小林門ってところかしら?私も男だったら小林寺武術学校行きたかったなぁ…」
「女、だってーと、真剣に対錬とかやってくれねーもん、俺達だって真剣勝負したいってのにな」
 肘を付いて遠くを見るユンファにユンが突っ込む。
「真剣勝負?何時でも受けてやるぜ、ユンファ」
「お前とは一度、サシでケリをつけねーとな、ユン!」
「何ならここで受けてたつぜ!」
「よぉ〜し、立てよ、ユン………てっ!!」
「だぁっ!!!」
 立ち上がろうとした二人を両弟妹が引っぱたく。
「食事中に、こういう処で喧嘩する馬鹿がいる?」
「全く…単純なんだよ、哥哥共は」
 呆れる二人。そんな双子達を半蔵はにこにこ笑いながら見た。
「拙者の知り合いの良子殿にしろ、殿方顔負けの女傑は沢山居るでござるよ、何なら拙者と一つお手合わせ願うござるよ」
「………」
 黙々と聞いていた息吹が切り出す。
「あたし、半蔵さんと仲良くなれそうな人、知ってる…」
「それは誰でござるか?」
「あたしが今迄戦ってきた中で、多分一番強いと思う」
「ああ、自分じゃ"最強ではない、俺より強い奴に逢いに行く"なんて…今どの辺居るんだ?」
 息吹がヤンに同意を求めるとヤンは大きく頷く。
「お金、持ってないからのたれ死にそうになって、うちの菜館でただ飯食わせてやったっけ」
 続けて言い切るユンに半蔵は身を乗り出して尋ねる。
「して、名は何と申される?」
「「「「「リュウ」」」」」
 5人の声が揃った。

「あ〜、美味かった」
 喜色満面の笑みを浮かべて歩くユンとユンファ。
「あ、見ろよ、変な大道芸やってるぜ!」
「お、何だ何だ?!」
 これだけ似てるのに、何でこの2人は顔合わせる度に喧嘩してるんだろう…否、きっとアルゴリズムが同じだから図星付かれまくりなんだろう、お互いに。そんな時である。
「半蔵さ〜〜〜ん!」
 6人の背後から声が聞こえる……
「何だぁ、こっちの時代に来てたなら呼んで下さいよぉ」
「り、良子殿でござったか…ところで風魔殿見かけなかったでござるか?」
 唖然とする5人をよそにしっかり腕をとる良子。
「え?風魔さん?見てないよぉ。何かあったんですかぁ?風魔さんが対戦すっぽかしてナンパしてるのなんて、今に始まったことじゃないし」
「見かけたら教えて下され、拙者の財布を盗んだでござる」
 良子は腰に手を当て半蔵に向き直る。
「風魔さんったらそんな事したのぉ!解った、逢ったら捨てちゃうから」
 この場合、捨てる=投げ技をかます(多分二段背負い投げ)
「…ホレてるのは彼女の方ね…」
「半蔵は鈍感なんだか、その気がないんだか…」
 ヤンとヤンフェイが二人で納得。
「あ、でも今日はバイトの日だから…そこの先のアイスクリームショップ居るからみんな来てね、おまけするよ」
「「本当?!」」
 目を輝かせるのは勿論ユンとユンファ。
「じゃ、またあとで!半蔵さん!」
 そう言いながら元気良く去っていく良子であった。

 暫く進むと、確かにそこに良子のバイトするイタリアンジェラードアイスクリームショップは有った…が結構混んでいる。
「取り敢えず拙者と誰かで買いに行くでござるが…」
「じゃ、俺達が一緒に行こう、良いよな、哥哥」
 座ろうとしていたユンの首根っこを掴んで列に並ぶ3人に、残りの3人は希望のフレバーを伝言…ちなみに半蔵が息吹、ヤンがユンファ、ユンがヤンフェイの分を買いに行く。

 さて…今日は休日なので会社もお休み。残業疲れの筈なのに、元気に遊びにいく風間小太郎くん…否、今は風魔小太郎くん。ちょっくら渋谷の街でも探索しますか…と。予算は半蔵の財布で沢山有るし。
「半蔵の奴、こっちに居ねぇ割にはこっちの金も結構持ってやがるぜ、これなら結構遊べそうだな…」
そう言いながら街を歩く。
「そういや良子ちゃんがこの辺でバイトしてるって話だったな…よぉ〜し…」
 街を歩きながら、回りを見渡すとそのうちに結構混雑しているアイスクリームショップを見つける。そして近くの6人程座れそうなガーデンテーブルに可愛らしい女の子が3人、座って喋っているのを見つける。
……レーダー確認・オール女子高生、レベル・オールハイ
「かっわいー!3人まとめてここは……」
ターゲット・ロックオン!
 人ごみを掻き分け、3人の元へ進む風魔であった。

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